09.不良にお迎えされて嬉しい馬鹿が何処にいよう?




「あ、ケイさん、良かった。気付いたんですね」



 重たい瞼を持ち上げれば、見知らぬ高い天井と俺の顔を覗き込む少女の姿が視界に飛び込んできた。此処は一体。

 ぼんやりと少女を見つめる俺に、「大丈夫ですか?」彼女は声を掛けてきてくれる。取り敢えず心配を掛けたくなくってうんっと頷くけれど、生返事同然。まだ瞼が重い。視界も思考も重い。何も働かない。機能停止状態。田山機能停止って感じ。

 どうやら俺はソファーに寝かされているらしく、視界端になめし皮の長い背凭れが映る。頭が重い。此処は何処、私は誰、いや私は田山圭太ですが。


「ケイさん。私が分かります?」


「……うん」


 鈍い反応を返す俺を心配したのか、「やっぱり病院に」独り言を呟いてソファーから離れる。

 あ、行って欲しくなかったのに。思ったけど動くのが気だるい。目を閉じて、もう一寝入りすることにした。

 だけどその前に、忙しい開閉音が聞こえて「ケイ!」大丈夫かと心配を含む声。目を開ければ、赤メッシュの金髪不良。随分と顔の整ったイケメンくんが俺を見下ろしてくる。


「ケイ、大丈夫か?」


 大丈夫か? そりゃ一応は大丈夫。

 どこも異常は無いと思う。頭がズキズキするけれど、取り敢えず大丈夫。うん、俺は一つ頷いた。やっぱり生返事に近かった。曖昧に返事をしたせいか、向こうにもっと心配を掛けることになったみたい。「あんま大丈夫じゃ無さそうだな」顔を顰めている。

 病院に連れて行った方がいいかもしれない。彼の意見に、少女も首振り人形のように頷く。この様子じゃ病院に連れて行った方がいい、と。


 いやいや、俺はいたって元気だよ。ただちょっと思考回路がストップしているだけで。

 「だいじょうぶ」俺は二人に返して、ゆっくりと上体を起こす。「イタッ」頭に鋭い痛みが走って思わず頭部を押さえた。何だよ、めちゃくちゃ頭が痛いんだけど。ズキズキしていた痛さが、起き上がることでガンガンするような痛さに豹変。頭がかち割れそう。

 痛みに呻いている俺に、「大丈夫じゃねぇだろ」不良は声を掛けて、ソファーに腰掛けて来た。


「ケイ。テメェは頭を殴られて気ィ失ったんだって。脳震盪を起こしたのかもしれねぇ……やっぱり病院行くべきだ。なんか俺等のこと、あんま分かってなさそうだしな」


「……分かるって」


 頭は痛いけど、俺はフル回転させて不良と少女を見つめる。

 そろそろ思考機能停止解除、田山圭太一時復活しないといけなくなったみたいだ。向こうを心配させている。どうにか復活を遂げた俺は、大丈夫だとばかりに笑顔を作った。


「俺は田山圭太だろ。で、お前は荒川庸一だろ。そっちが若松こころだろ。うん、かんぺき……おはよう、二人とも。俺、超元気げんき……あー……なんで頭が痛いんだ。殴られたって何? 大体此処は……」


「此処は浅倉さん達のたむろ場です。ケイさん」


「浅倉さん達の? え、俺達に遊びに来たっけ?」


「……ケイ、憶えてねぇのか? 俺達は襲われたんだ」


 襲われた。はて、誰に? 俺は痛む頭部を優しくさする。

 ちょっと記憶がこんがらがっているようだ。口に出して整理をしてみようか。

 「此処は何処だって?」「だから浅倉のたむろ場だって」「俺は何をしていたっけ?」「奇襲を掛けられたんですよ」「ふーん……えっと此処は何処だって?」「……け、ケイさん?」「何していたっけ?」「………」「………」


「……ケイ。やっぱりテメェは病院に行くべきだ。全然会話が進まねぇから」


「大丈夫だって。で、此処は何処だって?」


「ケイの状況判断がつかなく……くそっ、向こうにしてヤラれた気分だ。けど大丈夫だ。すぐに治るから。な? 安心しろ。ケイ」


 真顔で質問する俺に、ヨウは真顔で答えてくれた。


「け、ケイさん……病院に行きましょう。わ、私、ついて行きますから!」


 おろおろとココロがパニくり、何故か気まずい沈黙が流れたのはその直後のことだったりする。まる。


 閑話休題。

 俺の思考回路が完全に回り、やり取りに落ち着きを取り戻した頃、ヨウとココロは現状を説明をしてくれた。

 曰く、俺は情けないことに喪心していたらしい。なんでもワタルさんに伸された筈の不良さんがゾンビのように蘇り、俺は隙を突かれて木材で頭をかち割られたそうな。目からお星様を飛び出した俺は目の前が真っ白になってバタンキュー。気絶の道にウェルカムしていたという。


 俺が気を失った後、ワタルさんがすぐに仇を取ってくれた。ココロ達に悪意のある拳は伸びなかったという。

 また倉庫内で喧嘩をおっ始めていたヨウ達は、どうにかバイクに乗った不良ライダーに勝利。そしてまた刺客が来るかもしれないと、すぐさま場所を移動を決断したそうだ。どうやら浅倉さん達に頼んでたむろ場に避難したらしい。俺はワタルさんに背負われて此処までやって来たらしい。いやはや、申し訳ない思いで一杯だ。

 失神した俺が寝かされていた場所はビリヤード室奥にある休憩室。ビリヤード台は一つも見当たらない。代わりに部屋にはソファーや丸テーブル、不良達が荷物置き場にしているのか、四隅に通学鞄が放置されていた。


「俺……どれくらい気を失っていたんだ?」


 気だるい上体を起こし、タオルで巻いたアイスノンを殴られた患部に当てながら、二人に眠っていた時間を尋ねる。

 「30分くらいでしょうか?」ココロは、なかなか俺が目を覚まさなくて心配したと蚊の鳴くような声で呟いた。更に目を覚ました俺が、ワケの分からんことを口走るもんだから余計心配したとポツリポツリ。本当に病院に行かなくて大丈夫かと聞いてくる始末。


 あれは全部、殴られたことが悪い。

 だから二人とも、そんな俺を哀れむような目で見ないでくれ! ほんっと大丈夫だから! ちょっと混乱していただけだから!


 話を変えるように、俺は皆は隣室にいるのかと質問。

 するとヨウは軽く溜息をついて、全員いると返答する。溜息の意味は良からぬことが起きたことを指している。

 何か遭ったのかと尋ねれば、ヨウがキヨタが負傷したこと、そしてキヨタが向こうチームの標的にされていることを教えてくれた。

 向こうチームとキヨタに直接的な因縁はないけど、彼は合気道を心得ているチームイチ手腕のある不良。相手の力を恐れ向こうチームはキヨタ潰しに本腰を入れ始めたようだ。こっちに避難する間も、何回か不良に襲われたのだと舎兄は語る。

 しかも狙いはキヨタばっかり。執拗な攻撃にキヨタはついに肩を負傷。幸い軽い怪我で済んだみたいだけど、キヨタは危ない立ち位置にいるみたいだ。


「そっか。じゃあキヨタはチームで一番……危ない立場にいるんだな?」


「ああ。あいつは合気道で全国に行っているからな。向こうも懸念しているんだろ。逆を言えば、キヨタさえいなくなれば……俺等の優位は一気に崩れる。ハジメに引き続き、キヨタがいなくなるのはチームとして痛手だ。暫くは単独行動を控えさせる。常に警戒心を持たせるようにするつもりだ」


 それがいいだろうな。

 幾ら強いキヨタでも、数には敵わないだろう。肩を負傷しちまったなら尚更だ。

 ヨウの意見に相槌を打つと「ケイ、テメェもだぞ」舎兄が硬い表情で見据えてくる。眼光を鋭くする彼は、今回の怪我は俺にも半分責任があると指摘。厳しい口調で物申してくる。


「常に警戒心を抱いとけ。今回は半分、テメェの甘さに問題がある。最後まで周りをしかと見とけ。簡単にヤラれているんじゃねえぞ、馬鹿が! ざけるなよ!」


「よ、ヨウ……?」


 なんでそんなに怒って……思った瞬間、勢いよく胸倉を掴まれた。

 ちょ、目が怖い。怖いんだけど兄貴! どーしてそんなに怒っているんだよ?! 久しぶりにヨウへの不良に対する恐怖が込み上げてきたんだけど!

 ドッと冷汗を流す俺に、「油断はするな!」舎兄は大喝破する。


 あ、ヨウ……胸倉を掴む手が震えて……。


「いいかケイ、これまでの喧嘩と違ぇんだ! 奴等は小さな油断でも隙を突いてくる。土地勘とチャリに長けているテメェは、向こうチームにとって厄介な存在。キヨタと同じ立ち位置にいることを忘れるな! ……チッ、単独行動は控えろ。警戒心を持っとけ」


 ヨウは荒々しく胸倉を手放して、隣室に向かう。

 扉の取っ手を掴む際、もう暫く此処で休んで置くように指示。んにゃ命令してくる。

 「後でまた来る」言うや否や、バン――! 無造作に扉を開けて勢いよく閉めた。ヨウの態度にただただ目を点にする俺だったけど(初めての舎兄弟喧嘩じゃないか? これ)、「心配していたんです」一部始終光景を見守っていたココロが静かに口を開く。

 彼女に視線を流せば、あれは心配の表れだと思うと目尻を下げた。


「ヨウさん、ケイさんがヤラれたと聞いた瞬間に凄く動揺しちゃったんです」


「……あのヨウが?」


「はい、あのヨウさんが動揺しちゃったんです。こっちがびっくりするくらいに……ヨウさんは動揺していました。倉庫内でバイクを乗り回している不良さんと苦戦を強いられた喧嘩の後、ケイさんの事を聞いてヨウさん、喧嘩終えた直後にも拘らずケイさんの下に全力疾走したんです。文字通り、血相を変えて走ったんですよ。気を失っているケイさんを目の当たりにして、ヨウさん、もっと動揺しちゃって。『嘘だろ……約束したのに。ケイ、約束したじゃねえか! 何しているんだよ!』そう……怒鳴ってましたよヨウさん。


 約束。

 あ、それはあの時の。


「ケイさん、ヨウさんと何かお約束をしていたみたいですね? ヨウさんはしきりに“約束”のことを口にしては怒っていたり、心配をしていたり、行き場の感情を噛み締めたり。始終顔を顰めてましたよ。そして誰よりも心配していました。きっと私以上に、ヨウさんが心配していたと思います。

 ムッとしたお顔のまま何度もこの部屋に顔を出しましたよ。そして目を覚ましたかどうか確かめに来ました。その度に文句も吐いていました。『約束を破る奴じゃない』ヨウさんは自分に言い聞かせたり、病院に連れて行こうかと迷う素振りを見せたり、ほんと……今までにないくらい落ち着きが無かったです。ちょっと怯えの顔を見せていましたね」


 ヨウらしからぬ態度にチームメートも戸惑いと苦笑いを零していたらしい。

 それだけヨウは動揺していたのだろう。ココロは微笑ましそうに俺を見つめた。  


「ヨウさんにとって舎兄弟は特別みたいですね。私には弟を心配している……お兄さんのように見えました。他人になのに、そう見えるって不思議ですね」


 ふーん。ココロの話に相槌を打ちつつ、内心照れ臭さを噛み締める。

 何だよヨウの奴。心配をしてくれているのなら、心配をした旨を口で言ってくれればいいのに……ちぇっ、素直じゃない奴。

 まあ、でも……俺も悪いんだよな。あいつにとっていっちゃん感じたくない恐怖を感じさせちまったんだから。あいつは目前で仲間が消えることを恐れている。傷付くことを何よりも恐れている。


 俺達は約束を交わした。俺はヨウについて行く。何が何でも最後まで舎兄について行く。途中リタイアはしない。

 それはヨウも同じ。途中リタイアはしない。最後までチームを引っ張る。そんでもって自己犠牲するような真似はしない、と。

 男に二言はないと明言したにも関わらず、俺は早々約束を破りそうになったわけだ。そりゃあヨウも怒る筈だな。駄目だねぇ……舎弟としてまだまだだ。

 でも、弁解をさせてもらうと怪我をしてでも這ってついて行くと、一応あいつに言ったのだけれど。確かに頭ゴッチーンとされたけれど、こうやって復活を果たした。ついて行くさ。ちゃーんと、最後まで。言ったことには責任を持つタイプですよ俺。


 あーあ、怒ってくれちゃう兄貴には、まったくもって友愛を感じるよ。チョーアツイ友情を感じる。

 そして気持ちは痛いほど分かるから、怒る気も反論する気もない。反省の猛省することにする。多分、俺が逆の立場だったら、同じように怒っていたと思うしさ。不良のヨウ相手にどんだけ怒れるかは謎だけど。


「んじゃ、これ以上ヨウに怒られないよう、もう少し横になっとこうかな。まだちょっと気だるいし」


 よっこらしょ、親父くさい掛け声と一緒に俺はソファーにごろん。

 肘掛部分を枕にして、どうにか気だるい体を労わろうと努力する。まだ頭部がズキズキする。よく切れなかったな。下手をすれば縫う可能性もあっただろうに。

 「ゆっくり休んでくださいね」微笑を向けてくれるココロを見上げて、俺は目尻を下げる。


「もしかして……ずっと傍にいてくれた?」 


 彼女は頬を紅潮させて「心配ですから」小声も小声でボソボソ。

 うっわぁ、どーしよう。俺は舎兄にも彼女にも目いっぱい愛されちゃっているようだ。きっと仲間にも心配を掛けただろうし……うん、俺の居場所は此処なんだと思う。不良のチームに身を置いている平凡くんにとって荒川チームはかけがえのない居場所のようだ。

 「サンキュな」傍にいてくれたことを感謝すると、「いいえ」どうってことないと、彼女ははにかみを見せてくる。照れ隠しのように何か飲み物はいるかと聞いてきた。


 実情、ちょっとだけ喉は渇いてたけど、俺は気にしないことにした。

 だってほら、彼女には一分一秒傍にいて欲しいからさ。俺はスツールに腰掛けているココロに、頬を掻いてみせながら照れ隠し。


「何もいらないから……あー……もうちょいこのままがいい」


 意味深に言ったおかげで、ココロも察してくれたんだろう。

 あどけない笑顔を浮かべて大きく頷いてくれた。その笑顔が俺にとって、ほんの少し眩しいものに思える。ほんっと恋は盲目だよなぁ。ぜーんぶが良く見える。全部、ぜーんぶさ。



 こうしてもう暫く休憩を挟み、体と頭を労わることにした俺はヨウがこっちに来るまで一眠り。

 折角二人っきりになれたんだしココロと沢山会話をしたかったけれど(最初の方はしていたけれど)、いつでも体を動かせるよう、体力を回復させておきたかったからオフモード。どんな事が遭っても動けるように日賀野達との喧嘩に備えて充電。付け足して言うと、まだちょい頭が痛かったから、それを癒す意味でもおやすみなさいモードに入っていた。

 ココロも分かってくれてたんだと思う。寝る俺に何を言うわけでもなく(寧ろ“休んで下さい”って顔に書いてあった)、始終スツールに腰掛けて、物静かに傍にいてくれた。何か遭った時は起こすから、そう一言補足して。

 おかげさまで気兼ねなくうたた寝に入ることができた俺は、夢路を行ったり来たり。軽く意識を飛ばして時間に身を委ねていた。


「ケイさん、起きれます?」


 不意に意識が浮上、彼女の声で俺は目を覚ます。

 あーよく寝た気分。頭はやっぱしまだ重いし痛い。けど幾分マシになった気がする。寝起きの俺だけど、「起きれる」どうにか返事をして上体を起こした。ズキッと頭部に痛みが走るけど、無視して欠伸を一つ。ほんと、うたた寝とはいえよく寝た気分。今何時だろう。


「田山、完全に寝惚け顔だぞ。顔でも洗ってきたらどうだ?」


 笑声交じりの聞きなれた声。 

 俺は仲間内の不良達に“ケイ”と呼ばれている。“田山”と呼ぶ奴は身内にいない。

 ということは……首を回して視線を投げれば、部屋にはチームメート全員。それに向こうのチームリーダーの浅倉さん、副の涼さん、新旧舎弟お二人。後は……わぁお、愛しのマイフレンドジミニャーノ利二くんじゃないですか! 浅倉さん達のたむろ場で、まさか利二に会えるなんて!


「利二!」


 体のことなんてそっちのけでソファーから飛び下りると、地味友の下に駆けた。

 実は超心配をしていたんだ。俺達と協定を結んでいる浅倉さん達が日賀野達に襲われたと聞いてたからさ(正しくは日賀野達と協定を結んでいる不良チーム何だけどさ)。

 もしかしたら、間接的に関わりを持っている利二も危ない目に遭っているんじゃないかって。さっきヨウが電話をしても出なかったと言っていたから。また不安で……嗚呼、良かった。その様子だと何事も無かったみたいだな。

 何で此処にいるのか分からないけど、取り敢えず……無事で良かった。本当に良かった。


 既に利二もある程度事情を知っているのか、安堵の息をつく俺に、「心配性だな」と肩に手を置いてきた。

 うるせぇやい。心配性のお前には死んだって言われたくない台詞だぞ。


「まったくお前は……また無理して怪我をしたのか? 失神していると聞いて度肝を抜いたぞ」

 

「いやぁこれは……あー……お、俺の……甘さのせいかな。はははは」


 今グサッと舎兄から鋭い視線を飛ばされたんだけど。怖い、兄貴、怖いよ。

 でもでもでも俺は猛省したって! 田山猛省しました! 甘かった俺がわるぅございました! ゴミンチャーイ!

 誤魔化し笑いを浮かべながら、「利二はどうして此処にいるんだ?」質問を投げ掛ける。

 すると利二は一変して暗い顔を作った。なんでそんな顔を……おま、もしかして何かあったんじゃ……! 心配する俺を余所に地味友は重々しく口を開いた。


「今日……バイト自体はなかったんだが、シフトを出しにコンビニへ行ったんだ。ああ、荒川さんが電話をくれた時、自分は店長と話をしていたから出られなかっただけだ。一応説明しておくぞ」


 うんうんうん、俺は相槌を打つ。それで?


「シフトを出し、帰宅しようとコンビニの裏口から出たその瞬間……なんとびっくり。見知らぬ不良数人が待ち構えていた」


 え、それじゃあやっぱり、日賀野達は利二にも目を付けて。


「驚く間もなく『お前が五木利二か』と名指しされ、肯定すれば『ちょっと面を貸せ』と言われ、数人相手じゃ絶対に逃げられないと思った自分は……渋々と後について此処までやって来たという」


 ……ん? 此処に連れて来られ?


「つまり説明もされず、事情も分からず不良にお迎えされたんだ、自分は。更にワケも分からず此処に踏み込んでみれば、また不良の群。もはや人生此処までかと最期を悟ったくらいだ」


 あー利二さん、ちょ、涙目というかなんと言いますか。クールツッコミ系ジミニャーノの面影が薄れていると言いますか。

 フルフルと利二は軽く体を震わせて、俺に力説する。


「荒川さんが此処にいたから、なんとなく事情を察し、救いの光を自力で見出せた気がしたが。それにしたって田山。自分もな、強い心を持っているわけじゃないんだ。せめて一言、一言ッ、メールでもいいから不良が迎えに来るなら来るとっ……どれだけ恐怖と孤独を噛み締めたと。自分も強い人間じゃないんだ、田山。所詮はジミニャーノなんだ」


「とととと、利二、今度奢ってやるから、な……泣くな! いや気持ちは分かる。分かるぞ! すこぶる分かるぞ!」


 利二においお前、もしかして不良がお迎えに来ることを知っていたんじゃないか、と恨めしい眼を飛ばされる。が、しかし、俺は知らなかったぞ! バッタンキューしていたからな! 痛い思いをしていたんだからな!


 追々話を聞けば、ヨウが浅倉さん達に頼んで利二がコンビニにいるかどうか、もしいたら此処に連れて来て欲しいって頼んだみたいだ。

 なあヨウ、お前もしくは仲間内が利二の下に行ってやれば良かったんじゃないか。そうすれば利二、多少なりとも恐怖を感じなかったと……ヨウはヨウなりに、日賀野達の手から利二を守ろうとしてくれたみたいだけど利二、ちょいとトラウマになっているみたいだぞ。

 うん、俺が利二だったら絶対トラウマになっていると思うよ。コンビニの裏口を開けることが怖くなったと思う。扉を開けたら、見知らぬ不良の群でした、なんてぜってぇトラウマだろ!


 珍しくも涙目になっている利二に、「お前がんばった」慰めの言葉を掛けてやる。

 「何がいい?」奢るからと慰める俺に、「気分は肉だ」と言われたから、今度利二に肉を奢ることが決定された。ちゃっかし高いものをねだってきやがって。


「ケイ。五木にはこれから暫く、チームに身を置いてもらうことになっている」


 と、俺達のやり取りを打ち切るようにヨウが会話に加担。

 「え?」嘘だろ、目を丸くする俺は思わず利二を見やる。「一時的だ」利二は苦笑い。日賀野達のやり口と身の安全を考えて、ヨウからチームに身を置いとけと助言されたらしい。直接的な喧嘩に関わることはないけど、俺等に関わっている以上、自己防衛策としてチームに身を置いとけ……だとか。

 そうだな間接的に俺達と関わっちまっているし、多分向こうも情報通だから利二のことは知っているだろう。日賀野なんて利二と対面しているしな。顔を覚えていないとうそぶいているようで、実は覚えていそうだから怖い。単独にさせるよりは、チームに身を置いて貰った方が俺的にも安心かも。


「てかさぁ、五木ちゃーん、チームに入ればイイジャンケン」


 間接的じゃなくて、直接的な仲間になればいいのに。

 尤もらしいワタルさんの意見に、俺は複雑な心境を抱く。

 そりゃ利二がチームに入ってくれたら嬉しいけど……喧嘩も多いし、怪我をすることも恐怖も多々。あんまオススメしたくないや。なるべくなら不良と関わって欲しくない。フツーのジミニャーノでいて欲しい。

 複雑だと思っている俺を余所に、「入るか?」ヨウは利二を勧誘する。

 そしたら利二は驚くほど綺麗に微笑を向けてポツリ。


「自分、田山に手を貸しているだけであってチームに手を貸しているわけではありません。それに以前も言いましたが、荒川さん。自分、貴方を田山の舎兄だと一切認めていませんので、きっと自分を正式にチームに置いても内輪揉めを起こすと思いますよ? 丁重にお断りします。貴方がもう少し、知恵のある頭の使う人ならば舎兄と認めないこともありませんけどね」


 え゛? ちょ、利二……?


「五木。あ、相変わらずテメェの言葉はキチィんだけど……胸が抉られた気分」


「本当のことです」


 ………あのー…と、と、利二くん。

 アータって子はぁ、どーしていきなり悪い子になっちゃったんだい! お前は空気の読めるジミニャーノだろ! 不良相手に、しかもヨウ相手にそんな発言したらぁっ、うわぁあああっ、ほらぁああ! ヨウ信者のモトが怒り心頭している! しているからぁ!

 利二くん謝りなさいっ、今すぐ謝りなさいっ! 不良相手に果敢に喧嘩を売るもんじゃ……モトが吠え始めたぁあ!

 

「五木ィイイアンタかぁああ! ヨウさんに舎兄失格発言した奴! 何様だぁあ!」

 

「べつに(恐ろしい存在ではあるが)不良が特別偉いわけではないし、これは個々人の意見だ。自分は現在進行形で舎兄の存在を認めていない。文句は言わせない」


 すっげぇドライに返答する利二だけど、表情はいたって柔らかい。

 内心は分からないけど、表向きはモトの吠えに怖じている様子も何も無い。それがモトの怒りを煽っているんだけど、利二は気にする事無く微笑を零したまま。「ほら内輪揉めを起こすでしょう?」ヨウに目尻を下げて、やめとくよう助言。自分も入るつもりはないと付け足す。

 「入ってくんな!」モトはムキになってこっちだって願い下げだって声音を張っていた。よほどヨウを侮辱されて悔しかったらしい。憤りを見せている。


 あーあーあー……空気がちょっと悪くなっちゃって。利二、お前らしくないぞ。何かあったのか? やけに子供っぽい一面を見た気がするけど。

 「んー」断られたヨウは納得しているようなしていないような表情を作りつつ、利二の気持ちを尊重して承諾。結局仮チームメートの称号を得ることになった。


 俺達の軽い内輪揉めも程々に、ヨウは俺達チームメートと浅倉さん達チームに呼び掛けて集会を開始。

 日賀野達の行動の過激化。そして対策。反撃について皆の意見を求めつつ、話し合いを進めていった。

 結果、出した結論と俺達の起こす行動は一つ。俺達自身が、直接向こうのたむろ場に乗り込んで喧嘩をおっ始める。んで決着をつける。以上! 終わり! シンプル・イズ・ベスト! もはや作戦も何もねぇや。

 猪突猛進の勢いで向こうのたむろ場に乗り込むんだってよ。目には目を歯に歯をだってよ。ありえねぇ!

 なんでまたそんな直球勝負を打ち出しちまったんだよリーダー! いやリーダーが直球型不良だから仕方が無いかもしれないけど。作戦っつーより、決意表明に近いぞ。これ。


 そんなリーダー曰く、浅倉さん達に協力してもらって、邪魔立てするであろう日賀野達が結んでいる協定チームは潰してもらうんだと。浅倉さんところは人数も多いし、再結成した結束あるチーム。きっと向こうの協定を潰すだけの力量は持っている。

 俺達は日賀野達一本に絞って、周囲の雑魚チームは浅倉さん達に任せたいというのがリーダーの意見だ。異議申し立てはあるかと聞かれて、何も意見できず、意見も出ず、この作戦(といえるかどうか分からなかったけど)でいくことに決めた。


 そうそう、利二情報で日賀野達のこんな内情を耳にする。


「向こうの仲間内の何人かが負傷しているようなんです。その内の一人は魚住って名前だったような……喧嘩をしたらしいですよ」


 この情報に一番反応を見せたのはワタルさんだった。

 「あのアキラが?」手腕はある方なのに。てか、何で自分以外の奴から怪我を負っているんだと彼は不機嫌に鼻を鳴らしていた。自分で仕留めると決めているみたいだからこそ、不快に思ったらしい。


 不機嫌とは言えば、モトは完全に利二に敵意を持っちゃって、利二の情報に「本当か?」一々突っ掛かっていた。

 いっちゃん面倒な奴に敵意持たれちゃったな、お前……でも利二はなんでヨウにあんなこと言ったんだろう。ヨウはさして気にしてないようだけど(「前にも言われたしな」と言っていたし)、だけど俺は利二をよく知っているからこそ戸惑っている。あいつは無闇に人を傷付けたり、チームを掻き回したりするような奴じゃないのに。

 まさか内輪揉めにワザと持っていった? ……わっかんねぇな、利二の気持ち。

 本人は本人で平然とチームにいるけど、モトに敵意を持たれてぜってぇ内心は超ビビッているだろう。こうなったら聞いてみようかなぁ、本人に。


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