08.ついに俺にもファンがついたよ!アンチファンだよ!泣きたいよ!




 ◇



 俺達が倉庫に戻ると、何やら淀んだ重々しい空気がお出迎えしてくれた。

 どうやら俺達が抜けている間に良からぬ出来事があったらしく、我等がリーダーもチームメートも顔を顰めている。

 「どうしたんだ?」声を掛ければ、弾かれたようにヨウが俺達を見て「戻ってきたか」もう大丈夫か、ココロに笑みを向けてきた。小さく頷く彼女は気恥ずかしいのか、それとも迷惑を掛けた後ろめたさがあるのか、そろそろーっと俺の後ろに隠れた。


 おいおいココロさん、俺の後ろに隠れられても……田山ガードはさほど効力を持たないぞ。少なくともチームメートの前じゃ。

 寧ろからかわれるネタ作りにしかならないぞ!

 ほら見ろよ、ワタルさんのあの悪意ある微笑み! 間違ったって「あら微笑ましい光景ね」じゃなくて、「おやん? これは美味しいネタゲットの予感」という面をしているから! うっわぁ、あの目、あの笑み、あの雰囲気、まさしく俺等(というか俺!)を美味しい餌食にしようとしちゃって。これは話題を切り替えなければ!


 後ろに隠れるココロを余所に、ついでにワタルさんの悪意面をスルーし、俺はヨウ達に何かあったのかと再度質問を投げる。

 ただならぬ雰囲気だけど……そう聞くとヨウは浅倉さん達から連絡があったことを苦々しく説明。曰く、日賀野達が自分達と協定を結んでいる不良達チームに、俺達と協定を結んでいる浅倉さんチームを襲わせたんだと。


 幸いな事に向こうが勝利したらしいんだけど、日賀野達は俺達と繋がりを持っている不良達をターゲットにしたらしい。

 荒川チームじゃなく、まずは周囲潰しに専念し始めたようだ。ヨウは荒々しく頭部を掻いた。ということは俺達に手を貸している奴等、繋がりを持っている奴等にも被害が及ぶというわけで……まさか間接的情報役を買って出ている利二にも。可能性がないとは言い切れない。あいつはチームメートでなくとも、俺と繋がりを持っている上にチームに手を貸している。利二の身の上が危ないんじゃ。


 俺の懸念を読んだのか、「さっき五木に連絡をしてみた」ヨウは電話したことを告げて来る。

 だけどバイト中だったのか、電話に出なかったと不安の色を隠さぬまま俺に報告。そういえば今日はバイトがあると言っていたっけ。多分、大丈夫だとは思うけど……後で俺からも連絡してみよう。何だか日賀野達の動きが過激化しているような気がするな。


「……向こうも本腰を入れ始めたのかな。ヨウ」


 俺の意見にヨウは相槌を打つ。


「ああ。そのことについて、今話し合っていたところだ。ヤマトの得意戦法は相手を徐々に追い詰めて、弱ったところを一気に叩き潰す。まさしくその段階に入っていると読んでいいだろう。あいつ等もガチになりやがったな。そろそろゲームに飽きてきたのか、それとも何か目論見があるのかは分からねぇが」


「ふ……古渡さん……関係しているかもしれません」


 ここで俺の後ろに隠れていたココロがひょっこりと顔を出す。

 古渡という女はココロにとってトラウマそのものなんだろうけど(俺で言う日賀野に当たる人物だろう)、チームのためを思ってなのか、古渡が関与しているじゃないかと意見。ヨウは間を置いて、良ければそいつのことについて教えてくれないかと頼む。

 俺的にはあんまりココロに辛い思いをさせたくないけど(べつに後日でもいいじゃないかと思っている)、彼女の目を見ていたら俺に止める余地なし。口を挟まないことにした。彼女はヨウの頼みを聞くとばかりに頷いて、怖々口を開いた。


「古渡さん……本名は古渡 直海(ふるわたり なおみ)さん。あの人はとても……あ、あ、悪女です。お、男の人を何人廃人にしたか! あ、哀れでした。廃人になった方々は中学生だったのに……あんなに打ちひしがれて」


 ブルブルッと身震いを起こしているココロは、思い出しただけでもゾッとすると固唾を呑んだ。

 廃人って、どんだけっすか? 目を点にする俺達に対し、ココロは話を続ける。

 曰く、古渡は小中時代ココロと一緒の学校に通っていた女で男に媚、女を手玉にするような輩だったらしい。良くいえばリーダーシップを取るクラスの中心人物、悪く言えば女版番長的存在だったとか。ココロ自身は彼女からパシられるような、またストレスの捌け口にされるような苛めにあっていたらしく、あんまり苛めのことは話したくないと詳細は教えてくれなかった。


 敢えて言うなら、ようやく友達を嘲笑うかのように自分から遠ざけてしまうような悪女だったとか。この時点で古渡をぶん殴りたいと思ってしまう俺は、ココロの彼氏的ポジションにいるからだよな? 腹立たしいんだけど!

 俺の心情を余所に、ココロは眉根を寄せながら記憶のページを捲ってポツリポツリと語る。


「古渡さん。お友達の彼氏を寝取ったり、自分に気を向かせるだけ向かせて振ったり、男の人に貢がせたり…、それはそれは凄いことをしてました。噂立ってましたし、本当に私、そういうぬ、ぬ、濡れ場を学校で目撃……うわぁあああ! 私は何も見ていないですぅうう!」


「こ、ココロお、落ち着け! 俺はだあれ? 目の前にいるのは圭太だよ! 君は俺を見ているよ! いかがわしい光景なんて目の前にないよ!」


 漫才のようなやり取りによってココロは落ち着きを取り戻す。

 顔を真っ赤っかにしている彼女は、うーっと唸って俺の腰に抱きついてきた。ちゃっかし美味しいシチュエーションに内心デレデレである。いや、下心を持っている場合じゃない!

 「あれは悪夢でした」思い出のご感想を述べるココロに、ついつい同情。本当にいかがわしい光景を目にしてトラウマを作っちゃったんだな。


「と、とにもかくにも表向きの顔は良いです。それに顔立ち可愛いですし、胸おっきいですし……男心をよく掴む人なので、モテる方だとは思います。ただ性格に難があって……彼女は男の人を利用するだけ利用してポイ捨てするような人でした。捨てられた男の人達は可哀想なほど廃人さんになってしまって。私の経験上、顔が良い人って何か裏がありそうで怖かったりするんですよね」


「あーいるよねんころり。顔が良いほど、そういう性悪な奴。人を選び放題だから食い散らかすって言うか?」


 ワタルさんが横目でどっかの誰かさんを見る。


「ふぁ~……まあ、顔が良い奴ほど……恋愛に困らないだろうしな……」


 シズが欠伸しつつ、横目でどっかの誰かさんに視線を投げる。


「フンッ、なんでい。顔が良いからってデケェ態度取りやがって。ムカつくんだぜゴラァア」


 タコ沢があからさまどっかの誰かさんを流し目。


「ちょっ、ヨウさんがそんなことするわけないし!」


 ヨウ信者のモト、まさかそんなとばかりに誰かさんを見つめた。


 ジトッと仲間内から視線を投げられたイケメン不良は「いや何もしてねぇって!」とんでもない濡れ衣だって大反論。

 分かっているよ、ヨウ。お前がそういう奴じゃないってことくらい。ただな、どーしてもイケメンは嫉妬対象になるんだよ、残念な事に。ははっ、イケメンも辛いねぇ! ちょっと胸がスカッとするのは俺の性格が悪いんじゃないぞ。自然の摂理ってヤツだ! あっはっはっはっ、たまには辛い目に遭っとけい!


「え゛! も、もしかして……ヨウさんって……あああっ、ど、どーしましょう。私、ヨウさんのイケナイ過去に……触れて……あああっ、その、そういうつもりで言ったわけじゃ」


 そして本気にしている子一匹。

 あわあわと慌てふためくココロに、「だから違うって!」ヨウは全面的に否定したけど、一呼吸置いて大丈夫ですと笑顔を作る。


「今が大切です。昔がどうであれ、改悛(かいしゅん)したことに意味がありますから! あ、ちなみに改悛っていうのは心を入れ替える意味だと祖母から習いました。昔は知りませんが今のヨウさんの顔が良い、そして好青年不良ですから大丈夫だと思います! ……不良に好青年もおかしいでしょうけど、でもでも何より頼れるリーダーさんじゃないですか! 私が言えることじゃないですが、過去はどうあれ今が大切だと思います」


 ニコニコと満面の笑顔で励ますココロ。

 頑張って励ます事が出来たんだぞ、とドヤ顔をしている彼女は、まったく悪気がないんだと思う。寧ろ善意の塊で言っているんだと思う。

 けど性悪な俺達は揃いも揃ってその励ましに噴き出した。ヨウ、言われてやんのっ。イケメソ乙、カワウソー。本人はといえばココロに引き攣り笑い。


「あ、ありがとな。けどなんかちっとも嬉しくねぇんだけど、ココロ……てか、テメェ等、勝手に俺を悪に仕立てるんじゃねえよ! 俺は言われるほど落ちぶれちゃことはしてねぇよ!」


 ぶっ飛ばすぞオラァ。

 こめかみに青筋を立て、かたい握り拳を作るヨウをからかうのも程々にして話を戻すことにする。

 ココロは俺達に話してくれる。古渡の人脈が広い。特に男の人脈が広かった。不良とも沢山付き合っていたようだし、日賀野達と関わっていてもおかしくない。ハジメを使って俺達の仲を掻き乱そうとしていた古渡。日賀野達の仲間になったことで、向こうチームは勝機を確信したんじゃないか。それほど古渡の人脈は幅が広いらしい。

 何より、彼女自身も面白いゲームが大好きだそうだ。日賀野達と手を結ぶことでゲームへの快感を得ようとしているんじゃ……ココロはギュッと顔を顰めた。


「彼女のゲーム好きのせいで折角できたお友達を何人も失いました。他の人も、彼女のゲーム好きで彼氏さんをとられたり……お友達同士で小競り合いをさせたり。きっと、再会をしたらまた何かゲームを仕掛けてくるんじゃないかって……」


「ほんっと悪女だよね! でも大丈夫、ココロ! 私達そんな女には負けやしないから! フルボッコにしてやる! 待ってなさい、古渡。ハジメの仇、ぜぇえったい取ってやるんだから。往復ビンタは絶対だよねぇ」


「そうだぜココロ、大丈夫。うちがそんな女、リンチにしてやっから! アンタは何も心配するなって。可愛い妹分の礼、姉分のうちが耳を揃えて返してやる」


 弥生と響子さん、二人の友情にココロはジーンと感動に浸っているみたいだけど……男の俺等からしたらちょい怖かったり。

 だって二人とも、顔は笑っているけど目が一ミリも笑ってないしさ。言っている事が結構物騒だったりするんだよ。「ビンタ」「リンチ」「フルボッコ」って……そりゃあ、女の子が使う単語じゃないと思う。

 でもココロは二人の友情に酷く感動しているみたいだ。涙目になりつつ、目元を擦ってはにかむ。


「実は私、ハジメさんのことで凄く、怖くなっていたんです。主犯の一人が古渡さんだって聞いて……お友達……もう失いたくないって。古渡さん、私みたいな地味っ子を弄ぶのが大好きですから、きっとお友達ができたって知ったら。それに彼氏さんができてるって知ったら……そ、それこそ寝取られたりしないかって」


 へ? お、俺が寝取られ……へ?


「ハジメさんも、嘘だとはいえ営みのこと口にしましたから……そうやって風に人の気持ちを弄ぶかもしれない。よく知っている人だからこそ、何を仕掛けてくるかある程度が予測できるんで怖いんです」


「ダイジョーブだって。ケイが寝取られるなんざねぇだろ。仮に寝取られることがあったら、うちがケイの根性を叩き直してやるって。もしくは女にしてやっから」


「響子さん……」


「安心しろ。ココロ、アンタの傷付くようなことは起きない。うちが起こさせないさ」


 可愛い妹分に歩んで頭を撫でる響子さん。

 ココロはジーンと二度目の感動に浸っているけど、会話の節々おかしくないですか? 完全に俺、響子さんにボコされる決定じゃないっすか。女にしてやるって、それはナニをもぎ取るってことですよね。俺が女になったら、付き合っているココロと俺の関係、大変別物になってしまうんですけど!

 嗚呼……畜生、可愛い娘さんを貰ったと同時に恐ろしい姑さんを頂いた気分。響子さんが怖過ぎる。てか、寝取られても、それって俺が悪いんですかね? そんなことしないしされないけど、仮にそうなったら俺が悪いんですかね?! 無理やり襲われても俺が悪いんですかね?!

 ズーンと落ち込む俺は、「キヨタぁ……」思わず近くにいた弟分にオイオイ泣きつく。


「どーしようキヨタ。俺、近々男じゃなくなるかもしれない…っ…女になっちまう」


「け、ケイさん」


「ううっ、俺…男じゃなくなったら圭子って改名するから! 姉分になったらごめんな。その時はすっぱり弟分をやめてくれていいから」


「な、何を言うんっスか! 俺っち、ケイさんの性別が変わろうと弟分には変わらないですから! ケイさんに何処までもついて行きますっス! ケイさんに対する尊敬心は誰にも負けないっスよ! 性別で左右されると思ったら大間違いっス!」


 こいつ、兄分泣かせなことを。

 ポンッと両肩に手を置くキヨタは、垢抜けた笑顔を見せてくる。


「俺っちはケイさんの弟分っス。忘れないで下さい。俺っちは男であろうと、女であろうと、ケイさんの弟分なんっス。どんなことがあってもついて行くっス」


「キヨタ……お前……お前って奴は……めちゃくちゃイイ奴だなっ! 俺はお前を一生弟分として大事にしていくよ!」


「光栄っス! ケイさんッ、マイベスト兄貴ィ!」


 ガッチリ男と友情の抱擁。

 キモイ? 馬鹿を言うんじゃない。男の友情を確かめる抱擁の何が悪い。女同士だって抱擁するだろーよ。男同士だって友情を確かめ合うためにするんでい! むさ苦しい? 馬鹿、甲子園とかを観てみろ。勝った時、負けた時、どっちにしても男同士で抱擁して友情を確かめ合うだろうよ! これは友情の証だ!

 ヨウ達が呆れ返っているけれど、何処吹く風で俺達はアッツーく抱擁。田山も強くなったな、俺も不良とこんなことが出来るようになったんだぜ! レベルがツーランクくらい上がったよ! 最初こそキヨタと上手く付き合っていけるか分からなかったけど……くぅう友情に大乾杯!


「……おいテメェ等、いつまでそうしておくつも……っおいモト。そんな目で見ても、俺はやらねぇからな」


「え゛?」


 俺等、兄分弟分の友情抱擁に感化されてスタンバっていたモト、ヨウに一蹴されてあえなく撃沈。どんまいだ、モト。

 でもお前の敬愛はいつだってヨウに(多分)伝わっている筈だから! 落ち込むことなかれだぞ!



―――ガシャンッ!



 馬鹿馬鹿しく他愛もないやり取りプラス、真面目な集会を打ち切る騒音。

 倉庫内に響く窓ガラスの割れる音に俺達は弾かれたように出入り口を見た。

 そこには数台のバイクと、鉄パイプを持った見知らぬ不良達。俺達の反応を待たず、バイクは無造作に中に飛び込んで来た。奇襲だ。何処のどなた様達か分からないけど、不良達が奇襲を仕掛けてきやがった!

 数台のバイク達の姿に驚く暇もない。


 俺達は急いで地を蹴ると、四方八方に散らばって飛び込んでくるバイクから逃げた。マジでさ、バイク対人間とかないだろ。どっちが勝つか容易に判断できるだと……まあ、『エリア戦争』で俺達もバイクを使ったけど、これはあんまりだろ! 予告も何もなしなんだぜ?!

 広い倉庫じゃないけど、バイク達が走るには十分スペースのある俺等のたむろ場。喧騒な音を倉庫内に満たすバイク達は一斉にターゲットを定めた。

 ターゲットはキヨタだ。揃いも揃ってキヨタを追い駆けている。さすがに合気道の経験を持っているキヨタでも機械相手じゃ敵うわけがない。「俺っちモテるっスね!」おどけては見せているけど、声に余裕はない。


 「キヨタ!」誰よりも先にモトが親友に向かって駆けた。

 間一髪、轢かれそうになるキヨタを、モトが横から押し倒すことで最悪の事態は免れる。

 だけど別のバイクが来て二人は大ピンチ。上体を起こす猶予もなさそうだ。「モト、キヨタ!」ヨウが助けに向かうと同時に、倉庫に放置されていた鉄パイプがバイク運転手に向かって回転しながら飛んできた。それによって運転手はダメージを負い、走る軌道を逸らす。


「さっさと立って逃げろゴラァア!」


 二人を助けたのはタコ沢だった。

 持ち前の肩の力を発揮して、次から次に鉄パイプをバイクに向かって投げている。

 その姿は雄々しくも凛々しい。タコ沢お前……タコ沢のくせに惜しみなく仲間を助けてくれる奴だったんだな! 嫌々ヨウのパシリくんになっているから、てっきり仲間は助けない奴だと思ってたのに。案外イイ奴なんだな! ついでに俺とヨウへの雪辱も忘れてくれると嬉しいんだぜ!


 タコ沢の活躍のおかげで、隙を見つけることのできた二人は急いで飛び起きて、その場から逃げる。

 「オラァ、リーダー!」これで応戦しろとヨウや仲間達に鉄パイプ、それが無くなったら木材を投げて救済。つくづくチームメートとして働いてくれるタコ沢に感謝したくなる。まったく、お前って……実は人情味のある不良なんだな。吠えるけどさ!


 仲間達が対抗武器を取っている間、俺は喧嘩のできない弥生、ココロを連れて窓辺に駆けていた。  

 二人を倉庫の外に出そうと思ったんだ。響子さんはこの奇襲に絶対参戦するだろうから、とにかく彼女達だけでも窓から外に出さないと。埃で汚れている窓を開けて、俺は弥生とココロに外に避難するよう促す。足手纏いになると分かっている二人は、十二分に外を確認して敵がいないかどうか確かめると、各々窓枠を乗り越えた。

 「ケイも!」弥生に来るよう手を差し伸ばされて、俺は迷う事無く窓枠に足を掛けた。俺自身も喧嘩ができない足手纏い組。倉庫内にいたら皆の足手纏いに……目を削いだ。


 外向こう、金網フェンスを乗り越えて来る不良が数人。俺達の避難を見計らったようにフェンスを越えてきやがった。  

 男女平等思考を持っているのか、向こうは弥生やココロにも敵意剥き出し。このままじゃ二人が。

 俺は急いで窓枠を飛び越えて、二人に襲い掛かろうとしている不良のひとりに飛び掛った。勢いと体重が勝って俺は相手を押し倒すことに成功。「中に戻れ!」二人に怒声を張りながら、俺は相手を押さえ込もうと躍起になる。


 くそっ、向こうの方が力が……しかも他からも手が伸びて、いや足が伸びてきやがった!

 「イデッ!」横っ腹を蹴られた俺は地面に倒れた。次の瞬間、腹の上に片足を乗せられた。体重まで掛けてきやがる。重いッ、敵さん不良に体重を掛けられた上に、他の不良から四肢押さえつけられた。寄って集って田山いじめは宜しくないぜ!

 「この……」激しく抵抗する俺に、「弱ぇ。噂は本当か……荒川の舎弟はチャリができないと何もできない」嘲笑う敵さん不良方。


 煩いやい。何もできなくて悪かったな。

 ふっ、見たかコノヤロウ。これが俺の実力さ・喧嘩ちっともできなくてゴメンナサーイ! チャリないと習字できるだけの地味っ子なの、ポク。一応何もできないわけじゃないよ? お習字もできるのよ?


「けどまあ……そうやって舎弟は周囲から見下されてきたが“喧嘩”で使えないだけで、能が無いわけじゃない。チームの“足”は厄介な存在」


 言うや否や、見せ付けてくれるその凶器に俺は血の気が引いた。

 ちょ、あんた達、それ、果物を切るためのお道具でしょ。なんでポケットに忍ばせているの? 地味っ子にどうして刃先を向けてるの? しかも狙いをッ、ウアアアッ! 読めたっ、この状況すこぶる読めた! お前等“足”の存在を消すつもりだろ! チャリを漕がせないつもりなんだろ?!

 うわっツ、ヤダぜ、そんな刃を向けられながら褒められるの! 痛い思いするなんて真っ平ごめんだっつーのっ! 犯罪っ、刺したら犯罪だからな! 訴えるからな!


「皆さん、落ち着きましょう。平和的なお話しあっ……いやいやいや! ほんっと刃傷はいけないことだと思います! ニュースで話題が挙がる通り魔もですね、人を刺して罪を背負います。あなた方も俺という地味っ子を刺したらっ、例え地味野郎を刃傷したとはいえ、犯罪に地味も派手もなく、これは立派な犯罪にっ……あああっ、ちょっとタンマ! それはタンマ!」


 「ケイ!」「ケイさんっ!」倉庫内に戻った弥生とココロの悲鳴が聞こえるけど、二人に構う余裕が無い。

 あからさま悪意のある凶器が俺の目前に、それが傷付ける道具だって分かっていて尚且つ振り翳されているんだ。余裕の「よ」もない。

 俺は飛んでくるであろう痛みに恐怖した。くそっ、有名人になるって全然嬉しくねぇよな! 素敵で無敵な不良さんの追っ駆けが増えるし、それに、ちょ……能天気なことを思っている場合じゃないから!


 身を捩って抵抗、手から逃げようとする俺を押さえ込む不良。殴ってくるから抵抗の力も弱まってくる。

 隙を見て凶器を片手に狙いを定めてくる不良は俺の片足を押さえ込んだと思ったら、勢いづいて「イヤ―――ッ!」

 鼓膜を破るほど聞こえてくる悲鳴と同時に、凶器を持った不良の顔面に飛んできたのは……ローファー? 相手の顔面に当たったと思ったらローファーが俺の腹の上に落ちる。


「ケイさんっ、今の内に!」


 ローファーを投げ飛ばしたのはなんと我が彼女。咄嗟の判断でローファーを投擲(とうてき)にしたらしい。なんて無茶な事を!

 高揚しているのか息遣いは荒く、それでも「ケイさんを放して!」と悲鳴交じりの喝破を不良に向ける。ココロに倣って弥生も自分のローファーを脱いで、俺を押さえ込んでいる不良の一人に勢いよくそれをぶつけた。顔面は向こうに些少ながらもダメージを与えるらしい。


 向こうが怯んだ隙に、俺はどうにか掴まれてる片足を出して敵が持っている凶器を蹴り上げた。飛ぶ凶器は窓辺付近に転がる。

 ついでに首を捻って、押さえている腕の一本に噛みついた。卑怯? バカチタレ、腕っ節のない奴にとっては噛み付くも立派な戦法だぞ! 痛みに後退する不良を押し退けて、素早く上体を起こした俺は急いで凶器を取りに行く。

 あんなものを振り回されたら、いずれこっちが怪我を負う。俺だけじゃなく、他の仲間にも刃が向けられるじゃないか。くそっ、最近の喧嘩は本当に物騒なことだ!


 小型の果物ナイフを拾った俺は手早く折り畳み、「預かっててくれ」弥生にそれを投げ渡す。

 「分かった」返答する弥生と、「アブナイ!」叫ぶココロの声が同時に重なった。俺は反射的にその場から飛び退く。振り下ろされた木材にドッと冷汗。マージかよ。あんた達、次から次に凶器を持ち出すなんてつくづく卑怯だぜ。丸腰なんだけど、俺!


 思う間もなく、長い木材に鳩尾を突かれた。

 や、やべぇ……今のは効果抜群。超効いたんだけど。鳩尾って人間の急所の一つ、HPが一気に半分減少。いやそれ以上。呼吸が……死にそう。片膝を折る俺に別の不良が足に狙いを定めて横払い。尻餅をつく俺の左足に、更に一発振り下ろされる木材という名の凶器。


 思わず悲鳴を上げた。  

 弥生やココロの声が聞こえるけど、まったくもって答える余裕は無い。

 加減なしに木材を振り下ろされた。鉄パイプじゃなかっただけ不幸中の幸いだけど、木材も立派な凶器。痛ぇっつーの! しかも向こうは完全に“足”の存在を消したいらしい。重ねて足に狙い下ろし。

 痛みに耐えながら、俺はどうにか靴裏で木材を受け止めるんだけど、せいぜい一人が精一杯。数人相手じゃ到底力に及ばない。このままじゃ。



「へいへいへーい! こっちでもお遊び中? 俺サマも交ぜてくれッ、よ!」



 このウザ口調は。

 顔を上げると可憐に窓枠を飛び越して応戦してきてくれるワタルさんの姿。持っているその鉄パイプで敵達を薙ぎ払っている。

 ははっ、カッケー。んでもって助かった。ワタルさんが来てくれたら千人力だ。この人、喧嘩めちゃくそ強いしな。攻撃はえぐいけど。ほらっ、思っている矢先、喉をパイプ先端で突いちゃって。の、喉はいかんでしょ。喉は。


 思わず喉を押さえる俺を余所に、「立てるか?」ワタルさんが声を掛けてくる。

 なんとか立てそうかも。俺は金網フェンスを支えに、どうにか立ち上がる。足元がふらついた。まだ鳩尾と左足のダメージが残っているようだ。けれど足手纏いにならないくらいの動きは出来ると思う。


「助かります……ワタルさん。中は」


「キヨタを完全にターゲットにされてらぁ。こりゃ向こうはチームの基盤を崩す戦法に出たな。ケイといい、キヨタといい、厄介で癖のある駒から排除する目論見だろうぜ」


 というと?

 説明を求める俺に、「だーかーら」地を蹴り、不良達にキックや拳をお見舞い。一方で声音を張りながら俺に説明してくれる。



「いいか、ケイ。団体戦の喧嘩ってのは、個人戦の喧嘩と違って単に腕っ節があるだけじゃ勝てねぇ。戦法、判断力、機転、そういったものが必要不可欠。力も当然必要だが、他人にはない長けた能力ってのは団体戦の喧嘩じゃ超有利ってわけだ。

 俺サマやヨウ、シズ、響子、モト、タコ沢はどちらかと言えば肉体派。更に向こうチームには中学時代の俺サマ等を知っているから、ある程度能力を把握している。とにもかくにも力中心のパーソンだ。力には力で対抗すればいい、向こうにとって力のパーソンはさほど怖くはねぇ。


 問題は個性派パーソンだ。

 これは単に力で対抗すりゃいいって話じゃねえ。何せ、他人にはない長けた能力を持っている。俺サマ等チームの中で特に個性派っつーのはキヨタ、ケイ、ハジメ。この三人に絞られる。合気道を習っていたキヨタは向こうチームにとって“力”で簡単に対抗できる相手じゃないから厄介。ケイは土地勘とチャリの腕に長けている、間接的な喧嘩の場面で活躍するから厄介。んで、一時離脱したハジメは誰より機転が利いていた。頭脳派は団体戦の喧嘩をするに当たっていっちゃん厄介な存在。だから向こうはハジメを真っ先に狙って潰したんじゃないかって俺サマは思っている」



 それがハジメが潰された真の理由なのか。ワタルさんの説明に、つい眉を寄せてしまう。



「今、この状況下で一番危ないのはキヨタだ。あいつの腕っ節はそんじょそこらの不良じゃ太刀打ちできねぇ。何が何でも潰したいんだろ。こっちとしてもキヨタを失うのは痛手も痛手だ。あいつほど腕の立つ奴はいないしな。あいつが抜けたらチームの戦力はがた落ちだ」


「じゃあ、あいつ等はキヨタを潰すためにッ」


「おーっとケイ。お前もチョー危ないんだぜ? 言っただろ、チームの個性派はキヨタ、ケイ、ハジメ。現にこいつ等、お前を狙ってフェンスを乗り越えてきやがった。倉庫の外に避難することを見越して。モテるねぇ、羨ましいぜ!」



 そ、そんなに危険な立ち位置にいるのかよ俺!

 向こうが個性派パーソンに抜擢してくれたのは(ちっとも嬉しくないけど)嬉しい、でもこんな風に追っ駆けさんが出てきてくれるなら是非とも抜擢して欲しくなかったなぁ! どうしてくれるの、この追っ駆けさん! 全員俺のファンだよ! アンチファンだよ!

 「アリエナイ」嘆く俺に、「個性派モテるからなぁ」一笑してワタルさんは最後の不良を伸す。


 取り敢えず、一安心ってところかな。俺はワタルさんに歩んで助けてくれた礼を告げた。

 ほんっと俺ってこういう場面じゃ使えないよな。個性派も、もう少し力をつけないと、チャリと土地勘が長けてい「ガンッ!」




――衝撃と共に目の前が真っ白に染まる。あれ、どうしたんだろ。俺。




 いきなり状況判断ができな……「ケイ!」ワタルさんにしては珍しく焦る声。そして弥生、ココロの悲鳴。

 あ、やっべぇっ、これってもしかして……気を失う感じなんじゃ。考える余裕は無い。崩れるように前に倒れて、俺は意識を飛ばした。皆の声を聞きながら。

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