06.もうね、女の子に怯えられる日が来るとか死にたいんだけど!



【とある男のツイッター的呟きなう】



>>目には目を歯には歯を


 よく耳にする言葉だな。

 意味は、広辞苑によると、アー……例えば受けた害に対して、つまり闇討ちにあったら、それ同等の仕打ちをもって制裁を下すことだそうな。簡略的に言えば報いだな、報い。汚ぇやり方で勝ちを得たら、汚ぇやり方で敗北する。そういう意味合いの言葉だ、これは。

 真っ向から挑まれたら真っ向から返される。歪曲な挑みをしたら、歪曲で返されるってことだ。OK?



>>仲間


 某少年週刊漫画雑誌ではお馴染みの言葉。

 仲間ねぇ。同じ志の奴等が集っている群というべきか、それとも自分の居場所を作るための集団っつーか。

 俺的には“仲間”に固執すると、相手の策に溺れやすいと思っている。仲間ってのはその絆が強ければ強いほど結束力が上がる、が、反面強く深い仲間意識があればあるほど厄介で利用しやすいもの。利用される奴も駒にされる奴も計画のために動く奴も、仲間意識が強ければ強いほど、仲間のために動き、相手の思惑に嵌っていく。

 それなりの付き合いが一番じゃねえか? って、俺は思っている。



>>不良


 社会的に「こいつ等めんどくせぇ」と思われている奴等のことだろ。

 素行が悪いっつーか、俺みたいな奴っつーか、取り敢えず身形がチャラチャラしていてバイク乗り回してたら不良なんじゃねえの? 煙草とはぷかぷかさせてな。


 俺は今、とある不良達の動きに興味津々中なう。


 ははっ、とうとう対決するみたいだな。あいつ等。

 どっちが勝つと思う?  俺? 俺は……そうだな。簡潔にシークレットとでも言っておこうか。

 だって俺が言ったら面白くねぇだろ? 例えて言うなら……そうだな。買ったばかりのゲームを、いざプレイする前に攻略本を見ちまって先行きを知っちまう、そんな気分になっちまうぞ? 先なんて知ったら面白くないだろ。


 荒川チームが勝つか、日賀野チームが勝つか、はたまた相打ちになるか、先行きを見守ろうぜ。俺と一緒にさ。

 そうそう、今出した三つのキーワードはよく憶えておくように。ゲームの先行き知った後で、そういう意味かって笑えるからさ。


「仲間に囚われている哀れな不良達の晩餐を楽しまないと……なぁ?」


 ベッドに寝転がり、携帯を弄くっていた男はペロッと口端を舐めた。

 彼の発する言葉は、まるで未来そのものを視ているようだった。



 ◇ ◇ ◇




「出席を確認するぞ。相本、石田、岩城」



 あ、出席確認が始まった。担任の前橋が出席を取り始めている。

 こうやって超真面目に朝のSHRに出席する度に、俺は大きく溜息をつきたくなる。

 何故なら出席を確認のために、『あ』から名簿順に読み上げられていくんだけど、『つ』の順番が回ってくる度に仲間がいないことを思い知らされるんだ。このクラスにいる頭文字に『つ』の付く苗字の奴は一人しかいない。


 『つ』は土倉肇のつ、俺のクラスメートで俺等の大事なチームメート。


 担任の口から入院していると聞いたんだけど、よく分からずじまい。

 分かるのは彼が重傷だったということだけ。何処の病院に入院しているか、担任に聞いても顔を渋らせるだけ。どんな容態でいるのか……目を覚ましたかどうなのか、俺達には一切情報が入ってこない。弥生の情報網をしても掴めないなんて。どんだけ向こうの弁護士様の権力が強いんだ。


 だけど俺達は信じている、ハジメは必ず戻って来ると。

 その内きっと俺等に連絡をして、『暇だからそっち行っていい?』とか言って、たむろ場にひょっこり顔を出すんだ。


 信じているよ、ハジメ。

 お前は黙って姿を消す奴じゃない。敵に利用されない道を選んだ強いお前だ、今度こそ弥生に告白するためにチームに戻ってくるよな。じゃないと誰かに取られちまうぞ。ワタルさんが「狙おうかなっぱ」とか言ってたくらいだしな(完全に煽り発言だけどさ)。能天気に時間を過ごしていたら、ホイホイっと男に取られちまうって。

 もっとも、彼女は他の男なんてアウトオブ眼中。お前の帰りをただひたすらに待っている。あんなに大泣きして「嫌い」と「好き」を交互に口にしていた弥生だけど、お前のこと、やっぱり嫌いになれないみたいだ。


 弥生は言ってた。

 ハジメを甚振った女を必ず引っ叩いてやる……と、愛されてるねぇ、お前も。


 ハジメ、今日もお前の大好きな弥生は朝のSHRをサボって情報収集に出ているよ。

 さっきメールで情報収集に出るから遅刻する、そんな内容が届いたんだ。犯人を焙りだすために夜分遅くから、早朝から、誰よりも働いている。よっぽど悔しかったんだろうな、大好きなお前がズタズタに傷付けられてさ。


 それにしても……ハジメを甚振った奴等は何処のどいつなんだ?

 あの雨の夜、ハジメを甚振っただけじゃなく、俺等の神経を逆立てするように画像を送りつけてきやがって。

 ハジメの名誉のために各々メールは削除したけど、彼を侮辱した怒りは消えることを知らない。俺がここまで怒りを感じているんだ。長い付き合いのヨウ達は俺以上に怒りを感じている筈。そしてハジメに想いを寄せている弥生も、随分と憤っていた。


 頬杖を付いて俺は窓の向こう、広がっている青い空を見つめる。

 ハジメ……お前の仇は絶対に取るからな。俺は不良らしからぬ不良だし、喧嘩も弱っちいけど、俺と同類のお前がここまで男を見せたんだ。俺も男を見せるよ。お前の仇はチーム一丸となって取ってやるから。今はゆっくり体を休めてくれ。


(そしてまた再会して、思いっ切り遊ぼうな)


 お前と、また笑って遊びたい。学校生活を満喫したいよハジメ。



 朝のSHRが終わると、俺は教科書や筆記用具を取り出して席を立つ。

 これから移動教室だ。ちゃんと授業に出席するために、俺は教室を移動するつもり。

 チームのことはあるけれど、俺も一端の学生。出席日数を稼いでおかないと進級に響く。出席日数は多分、大丈夫……だよなぁ。俺もおさぼりが目立ってきたからなぁ。留年したらどーしよう。マジで焦るぞ。母さんにも殺される。どうしよう、マジどーしよう。

 心中で焦燥感を感じながら廊下に出ようと移動を開始。


 ドン。

 ぼんやり歩いていたせいかクラスメートとぶつかった。

 「あ、ごめん!」俺はぶつかったクラスメートに謝罪。ぶつかった相手は比較的大人しそうな女子だった。名前は確か島さん、だっけな? 島……えぇえっと下の名前が分からん。ちっとも思い出せない。タイプ的には俺と似たり寄ったりの地味っ子さんだったよーな違ったよーなー。

 んー、記憶に薄っすらぼんやりいるようないないような。大変申し訳ない……基本的に地味っ子は存在が薄いから顔を覚えるのに苦労するんだ。地味ちゃんな俺が言えたことじゃないけどさ。


 あーあ、俺とぶつかったせいで、島さんの筆記用具やら教科書やらが散らばっている。俺の方は全力死守したから大丈夫だったけど。

 しゃがんで拾う俺に、島さんは大丈夫だと慌ててぶつかったことを謝罪。謝罪。謝罪。なんだか詫びの嵐だ。

 島さんよ、同じ地味っ子にそこまで詫びなくても……しかもビクビクと俺を見ているような見てないような・うそ。もしかして超怯えられている? えええっ、俺って女子から怖がられている存在?!


「えっと……島さん」


「ほんっと、すみませんすみませんすみませんっ! 田山くん、拾わなくて大丈夫だから!」


 確定、完全に怯えられてやんの。

 不良と関わりを持ってるせいだろうなー。

 ははっ……教科書を手渡すだけでも三度、頭を下げられた。俺ってどんだけー! ……ガチな話。そんなに俺って人相が悪い? 不良とつるんでお顔が凶悪面になった? だったら落ち込む! 取り敢えず普通顔だとは信じたいんだけどな!


(同類の女の子から怯えられる日が来るなんて)


 嗚呼マジへこむ。

 女子からこんなにも怯えられる日が来るなんてへこむ。落ち込む。地面に顔面がめり込んじまう。

 ありえないんだぜ! 外貌も中身もフッツーっ子なのにこうやって女の子にビクビクと怯えられているんだぜ! 田山圭太、あんま経験したくない初体験にショッキング!


 でも、まあ、気持ちは分かる。

 俺も今は不良達と仲良くやっているけど、ヨウやその友達に怯えていた時期があったから。胃と心臓が大号泣してたっけなぁ。いやぁイイ思い出。今でも見知らぬ恐ろしい不良に出逢ったら、胃と心臓が一緒に慟哭するんだけどな!


 誰かと繋がりを持つ。

 それは本当に人生を左右をすると思うよ。こうやって同類の女の子に怯えられたら、尚更な。

 だけど後悔はもうしていない。ヨウ達と繋がったこと、ヨウの舎弟になったことに俺は後悔をしていない。不良という点で怯えることはあっても、ヨウ達不良と繋がったことに今は感謝をしているくらいだ。あいつ等は俺にとって大事な友達、仲間なんだから。


 「はいこれ」俺は拾った残りの教科書を島さんに渡して、さっさと退散することにした。

 去り際さえも頭を下げられたけど、「気にしてないよ」飛びっきりの愛想笑いを向けて謝罪を止める。


「こっちこそごめんな」


 ぶつかったことを詫びて廊下を出る。

 向けられる島さんの視線に“意外と怖くない”と、含みある眼が飛んできた。寧ろ背後から「フツー」と聞こえてきたけど、気にしちゃ駄目だ俺。ツッコミ魂を燃やしちゃ駄目なんだぞ俺。間違ってもまだ俺に怖じを抱いているであろう島さんに、「フツー以外の何者でもない!」と返したら、逆効果で怯えさせてしまうだろう。

 くそう、まさか女子に怯えられるなんて。しかもクラスメートから怯えられる日が来るなんて。これはこれで別の意味で溜息が出てくる。


 ズーンと重たい二酸化炭素を吐いた俺は、ぎこちない足取りで移動教室場所に向かう。

 はぁーあ……本当に不良になっちまおうかなぁ。煙草だって吸えたんだし。ええいっ、このナリで超怯えられているのならば、いっそキンパにして皆をビビら……駄目だ。ウケ狙いでしかねぇ。笑い者になるのがオチ。俺がキンパ、似合うはずがない。

 んでもってそんなことをしたら担任の前橋から呼び出し。学年主任も出てきて、ううっ……保護者呼び出し。三対一でお話し合いという名の地獄が俺を待っているっ! 俺、死亡フラグ! なので髪染めはできぬ!


 二度、重い溜息をついて廊下をトボトボと歩く。

 ふと足を止めて窓に歩み寄った。中庭と東校舎が見える窓の景色に俺は目を細めた。

 もうすぐ、すべてが終わる。終わるための大仕事が待っている。日賀野達と決着……なあ健太。とうとうお前と全面的に対決しちまうんだな。片隅で嫌だと対決を拒む俺がいるけど、ハジメの件を見過ごすわけにはいかないんだ。お前自身の差し金じゃなくても、お前が身を置いているチームの差し金だったら、俺等は仇を取るために行動を起こす。


「ハジメ……」


 ついついメールに添付されて送り付けられた画像のハジメの姿が脳裏に過ぎって、思わず握り拳を作った。

 ズタボロのコテンパンのフライパンにしやがって。一斉送信とか悪質な悪戯しやがって。ハジメを傷付けやがっ、ポン――。


 自分の世界に浸っていたせいか、肩を叩かれた俺の体は大きく飛び跳ねた。


 急いで振り返れば、


「こんなところで突っ立って何をしているんだ?」


 もしかして彼女のことで妄想中? だったら邪魔してごめーん、飛びっきり茶化してくる光喜の姿があった。

 「違うっつーの」不機嫌に返答する俺に構わず、ニシシと笑声を零す光喜はそばかすの散らばった頬を掻いた後、一緒に教室まで行こうと首に腕を回してきた。そして俺の片頬を抓んでくる。


「ジミニャーノのくせに空気がピリピリしているぜ? お前らしくねぇや。いつものノリノリ空気は何処へ行ったよ。少しは肩の力を抜けばいいじゃん、学校なんだし」


 「ほ~ら笑う」光喜は俺の頬を容赦なく引っ張る。

 「いひぇひぇ!」ギブギブ。参ったと白旗を挙げると、馬鹿面をしている! 光喜は笑いながら解放してくれた。

 いってぇ。加減ナシに抓りやがってからにもう。ほんのりと赤く腫れた頬を擦って光喜を睨むけど、「怖くねぇ」しっかりちゃっかり大きく笑い飛ばされた。


「ま、俺は怖かないけど? 女子を怯えさせるのは如何なものかと思うぜ? 田山クーン」


「なっ! お前、見ていたのかよっ!」


「キャッ、田山くんコワーイ! 普通顔のくせにコワーイ! イヤン、そんな目で俺を見ないで。襲わないでぇ!」


 ぶりっ子口調でからかい颯爽と逃げ出す光喜に、「この野郎っ!」俺は一発かますために逃げる光喜を追い駆けた。


「きゃあっ、田山くんが襲ってくるー! 俺、女子に怖がられた田山くんに襲われるー!」


「光喜マジお前っ、一発かますからな! ああ、かましてみせる! 不良の舎弟を舐めるなよ!」


「だけどそんな田山くんは不良の舎弟でもナリは変わりませんね!」


「イェーイ、俺ってジミニャーノの鏡! ……乗らすな!」


 怒鳴る俺に、「それでこそ田山!」大きく笑声を上げて光喜はグングンと加速する。

 背中を追い駆けながら、鈍感な俺は気付く。これは光喜なりの励ましなんだと。いつもと空気が違うことに気付いた光喜は、いつもの悪ノリを俺にかましてきてくれた。普段の俺を取り戻させるために。詮索はしてこないけど、何かあったんだと空気は読める奴だから、学校にいる時くらいは力を抜けとおどけ口調で助言をしてくれる。 

 チックショウ、なんだよ。友情を感じるじゃねえかよ。光喜の優しさを感じるから癪に障るなくそ。

 「待てって!」俺は光喜を追い駆けながらも、知らず知らず表情を緩めた。不良の繋がりを持っても、こうやって俺の傍にいてくれる奴もいるんだよな。周囲から怖がられたり、距離を置かれたりすることもあるけど(そしてそれはとても悲しいことだけど)。


「田山ー! 不良じゃない子、可愛い女の子を俺に紹介してくれよー! お前だけ彼女持ちとかねぇし! ……てか、田山の彼女、今度紹介してくれよ! 狙っちゃる!」


「だぁああっ! お前なんかに紹介するなんて勿体ねぇよ! ちょ、待てって光喜! 殴らせろー!」


 変わらない関係を保ってくれる奴等もいる。いるんだよな。

 そういう奴等を大切にしたい、強く思う俺がいた。

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