04.捻くれインテリ不良、チーム離脱宣言



 放課後。


 すっかりしょげてしまっている弥生を連れて俺達はたむろ場に足を運んだ。

 弥生はチームのムードメーカーだから、彼女が落ち込んじまうとこっちまで気が滅入る気分。だからといって元気出せなんて無責任なことは言えず、結局男の俺達じゃ気の利いた言葉を掛ける事が出来なかった。


 後のことは女子の響子さん、ココロに任せるしかない。

 先にたむろ場に足を運んでいた響子さんとココロは事情を聴いて(ヨウが事前に電話で話をしていた)、落ち込んでいる弥生の傍に寄り添う。やっぱ女子同士だと気が緩むんだろうな。

 見る見る涙目になる、「ちょっとパニックになっただけ」ショックだったけど、ハジメをまだ信じていたいと声音を震わせていた。お互いに気持ちを伝え合っていないけれど、弥生はハジメが好きで、ハジメも弥生が好き。俺達は勿論、本人同士もそのことに薄々気付いている。


 弥生は信じてるんだ。

 まだ自分のことを想ってくれるんだと。自分がハジメを想っているように、ハジメも弥生を想っているんだと信じているんだ。


 俺は響子さんとココロに慰められている弥生を見つめた後、軽く目を伏せて自分の携帯を取り出した。  

 今日受信したハジメのメールを開いて内容確認。メールの内容を読む限り、ちゃんと学校に来る意思表示はしているんだけどな。ディスプレイに映っている文字の内容に嘘だとは思えないし、ワタルさんの受信したメール内容を重ね合わせてみると、本当に学校に来る雰囲気を醸し出している。 


 俺も信じられねぇよ、ハジメ。お前が別の女と一緒にてお楽しみ中……なんてさ。

 こんなことしてチームの輪を乱すお前じゃないだろ? 信じられない。信じられねぇよ。


「はぁ……なんで日賀野達の問題だけに集中できないんだろうなぁ」


 携帯を閉じて、ポケットに捻り込むと俺は曇天を見上げる。

 そろそろ雨が降りそうだな。雲行きが怪しくなってきた。雨、降らないといいけどな。


 中学組もたむろ場に来て、ハジメを除く全員の面子が揃う。 

 ヨウは全員にハジメのことを伝えて、自分と副頭のシズでハジメと話してみるから暫く事を荒立てないで欲しいと申し出た。

 内輪揉めを避けようとしてるんだな。多分、俺と連絡が取れなくなった時もこんな風に内輪揉めを回避してくれたんだと思う。デリケートな問題だから、メンバーを傷付けたくない。日賀野達にでも感付かれたら厄介だ。自分と副頭でハジメに会ってくると、ヨウはメンバーに口頭で伝えてきた。


「今の状況が状況だ。一個人の問題とは言え、この問題は追々チームの将来にも関わってくる。チームの輪を乱す行為はあいつに控えてもらわねぇとこっちも困るしな。単独行動を起こしているハジメとは俺とシズできっちり話を付けて、こっちに顔を出させるから……テメェ等は此処で待機しておいてくれ」


 「ハジメが……」話を静聴していたモトが信じられないと肩を竦める。

 モトはハジメと中学時代からの付き合いだから、心底現状を信じられないでいるみたいだ。そんなことする奴じゃないと何度も否定をしている。


「第一ハジメは童貞じゃん! なあキヨタ!」


「えー……俺っちが知るわけないじゃんか。童貞なの?」


 なんで、男共は揃いも揃ってそこを口にするんだろうな。まったくもってデリカシーがねぇ。此処には女子様がいるのに、ついでに下ネタ嫌いな響子さんもいるのに、その発言は大幅な赤点ものだぞ!


 そりゃ……俺だってそう思っているよ、そんなことする奴じゃない。メンバーの誰もがそんなことする奴じゃないと信じている。

 だからこそ、この現状が信じられないんだ。ハジメが弥生を差し置いて、何処のどなた様か知らないけど女とアダルティーワールドを繰り広げているなんて。こんなことをしてチームの輪を乱す奴じゃないって、現在進行形で俺等は信じている。


 早速、ヨウとシズはハジメの下に行くみたいだ。

 出掛けてくると俺等に伝えてくる。後のことはワタルさんと響子さんを中心に任せた、なんてリーダー達の仕事を二人に任せていた。もっとも、響子さんは弥生を慰めることで手一杯みたいだから、ワタルさんが中心になりそうだ。ワタルさんで……大丈夫なのかなぁ。とか思ったのは俺だけの内緒だ。


 と、その時だった。


 外出しようとしていたヨウの携帯が空気の悪い倉庫内に鳴り響く。

 音からして着信っぽい。今まさに出掛けようとしていたヨウが誰だよと舌を鳴らして、相手も確認せず、その電話に出る。「ハジメ?!」次の瞬間、ヨウの素っ頓狂な声音が響いた。グッドタイミング、電話の相手は問題を起こしている張本人だったみたいだ。


「テメェ何してやがるんだよ! 今何処でナニをしているんだ。今、弥生がどうなってるのか知っているのか。てか、学校は?! 来るって言ってなかったか?!」


 感情的になって捲くし立てるヨウをシズが宥め、まずは事情を聴こうとリーダーに意見。

 同感だと頷く響子さんだけど、弥生を傷付けたことが腹立たしいのか、やや怒気を纏わせて自分達にも聞こえるようにしてくれと携帯をスピーカーフォンに切り替えるよう指示した。スピーカーフォンだと周囲にも声が聞こえる。ヨウから会話内容を聴くよりも、ハジメの説明を自分達の耳で直接聴きたいというのが響子さんの意見だった。

 それに対して躊躇うヨウだったけど(弥生とハジメ両方を気遣っているんだな)、弥生自身がスピーカーフォンにして欲しいと何度も頼んだからヨウは、相手に皆がいることを伝えスピーカーフォンにしても良いかと尋ねた。


 了承を得られたんだろう、ヨウは携帯を耳から外してスピーカーフォンに切り替えた。

 それによって俺達はヨウの周りに集まることになる。スピーカーフォンによって拡張する声音を聞き取るため、また俺達自身も向こうと話すために。


『ハージーメー。ねえ、ハージーメーってばぁ!』


『ちょっと、煩いから……ッ、くっ付くなって鬱陶しい!』


 ………おいおいおい嘘だろ。


 ハジメさんの声と一緒に、いきなり甘ったるい女の声が聞こえてきたんだけど! しかもくっ付くなってお前、女の人と何をしているんだよ!

 女とハジメの声を聴いた途端に弥生が涙目。オロオロとするココロ、それに慰めている響子さんの表情が凶悪面に……怖い……空気が怖い。重い。呼吸困難になりそうなほど空気が悪い。くそ、ハジメ……お前を信じているけど、この空気を作った責任くらいは取れよな! 怖いやら重いやら何やら最悪だぞ!


 ヨウはヨウで、チームの空気に頭を抱えながら、「何しているんだ?」改めてハジメに状況を説明するよう強要。

 学校に来るんじゃなかったのかよ、待ってたんだぞ。若干ヨウが責め口調でハジメに詰問。たっぷりと間を置いて、ハジメは『二日酔いでね』と家で寝ているんだと返答。嘘っぱちもいいところだ。二日酔いのくせに、どーして女の声が聞こえて来るんだよ。

 まっさか女を連れ込んで……いやいやいや! 俺はまだハジメを信じてるからな!


『さっきはヨウ、電話して来てくれたみたいだね……ああ、弥生も電話して来てくれたみたいだけど』


 もごもごと口ごもったような声でヨウに話し掛けるハジメ。我等がリーダーは大袈裟に溜息をついた。


「おかげさんでこっちは色々ゴタゴタしてるぞ。テメェ、マジで何して」


『あー…ちょっと昨晩酔った勢いで女の子を引っ掛けて、そのまま……シちゃったみたい、なんだ』


 ………は? ハジメ、それってつまり若気の至りってヤツっすか?


『ははっ……目が覚めたら女の子が隣に寝てて。学校に行く予定ではあったんだけどさ、ちょっと、その、ね。どーしよう……まったくもって記憶にないんだけど……責任を取るしかないよなぁ。これ』


 ハジメさん、お前はチームの空気を悪くする天才だな。

 今をもってチームの空気は雪崩れのように険悪ムードと化したんだけど。

 俺には響子さんを見やる勇気なんて一抹もないや。漂ってくるオーラだけで肌の細胞核が悲鳴を上げてらぁ。響子さんは女の子を泣かす男ほど許さないものはないんだぞ。お前、分かっているのか? ……てかそれ、本当なのか? ハジメ、お前本当に女を……弥生、泣きそうだぞ。マジ泣き一歩手前だぞ。半歩手前だぞ。


『抱いたもんは仕方が無い……責任取って僕は彼女の傍にいたいからさ。ヨウ、チームを抜けてもいいかな?』


 次から次に爆弾発言を投下するハジメに、そろそろ俺もキレたい。チームが混乱してきたじゃないか!


「は? ま、待てってハジメ。テメェ、言っていること分かってンのか!」


『仕方が無いだろ。酒の勢いとはいえ、こうやってヤったんだし。僕がいるせいでチームの輪が乱れる。特に僕と弥生は……分かっているだろ、ヨウ。チームを取るか、僕を取るか、君はどっちを取る気なんだいリーダー? 僕というお荷物を持ったせいで、チームの輪は乱れ、ヤマト達に負けることになるよ。仲間を受け入れる、確かにそれは大切だけど、同時に切り捨てることも大切だと僕は思う』


 馬鹿みたいにハジメの声音が据わっている。

 マジなのか、ハジメ。マジでチームを……でも俺は信じられねぇよ。だってお前、数時間前までメールで学校に行くと普通に返してきてくれてたじゃん。ワタルさんにだって、ヨウにだって、弥生にだって。

 信じない。俺は電話でハジメの本心を聞いたとは「分かった」


 !!?


 俺はヨウの返答に心臓を飛び上がらせた。

 な、何を言っているんだよお前! ハジメのことを信じていないのかよ! なんで分かったとか簡単に返事しちまうんだよ。それでも中学時代からの付き合いかよ! なあ、ヨウ! おかしいよ、お前っハジメの言葉、簡単に信じちまうのかよ!


「ヨウ!」


 思わず名前を呼ぶ俺を無視して、舎兄は向こう同様落ち着いた声で言葉を重ねる。


「テメェがそう思うなら、俺は止めねぇ。俺はチームの頭だからな。チームの輪を乱されるのは不都合極まりねぇ」


 ヨウ……お前……。


「だが、テメェの本気を知りてぇ。こんなチャチイ電話のやり取りで、イエス・ノーを決めるほど俺も甘かねぇぞ。そんなに言うなら、俺の前で同じ事を言え。じゃねえと抜けるなんざ一切認めねぇよ。顔も見られねぇ電話じゃ本当なのか嘘なのかも分からねぇ。俺の前で同じ事を言え。俺が見定めてやる、テメェの主張を。俺はチームのリーダー、同時にテメェのダチだ。顔を見て判断したい」


 チームメートの前で堂々と言うヨウのその判断力に、俺は数秒前まで舎兄に対して思っていた貶し言葉を全てデリートしたくなった。

 ははっ、舎弟のクセに俺も分かってねぇな、リーダーのこと。ヨウが信じているわけないじゃないか。ハジメの言うことを、さ。

 あいつは誰よりもハジメと付き合いが長いんだし、ハジメを不良に引き込んだ張本人だ。誰よりもハジメのことを理解している。そうだろ? ヨウ。ごめんな、心中でもお前を貶しちまって。


 リーダーの言葉にハジメは暫し沈黙、そしてクスリと笑声が聞こえた。

 クスクスと聞こえてくる笑声は次第に大きくなる。異様なまでに高笑いするハジメに、ヨウも俺達も呆気に取られていた。だけどハジメは笑声を抑えることもせず、『ほらね。こうなると思った!』自分のリーダーを舐めるんじゃないとハジメは、ヨウじゃない、俺等にでもない、誰かに吐き捨てる。

 『もぉ』ぶーっと脹れ声の女の人を煩いと一蹴して、ハジメは高笑い。


『僕のリーダーこういう奴だ。僕等チームの輪を掻き乱して、内輪揉めを望もうとしたって無駄さ。ふふふっ、頭でっかちの弱者の僕を利用してチームを掻き乱したかったんだろうけど、生憎僕は君達に利用されるつもりはないよ。ヨウも仲間も捻くれの僕を馬鹿みたいに信じてくれているからね。今、向こうでは怒りに満ち溢れてるだろうけど、きっと彼等には僕の嘘も簡単にお見通しなのさ! 今も童貞でごめーん!』


「はじ……め? テメェッ、やっぱ今のは嘘か! ナニがあったっ、おい!」



『あっはっはっはっ、僕を利用できなくて残念だったね! あっはっはっはっは! 失敗失敗大失敗! ……あ? やる? どーぞどーぞ。僕は仲間を売るくらいなら、此処でコテンパンのフライパンにされて野晒しにされた方がマシだね! 嘘っ、暴力は好きじゃアーリマセン!

 あ゛ー、くそっ、弥生に変な誤解はさせようとするし……誰がアンタみたいな女を抱くって? ただ単に胸だけでかい色女だろ。酒の勢いがあったとしても僕はアンタみたいな女は抱かないって。押し倒す勇気もないしね! 押し倒される恐怖はあるけど!


 ふふっ、僕は利用されない。僕自身のためにも、チームのためにも、此処で果ててやるさ。それが僕を馬鹿みたいに信用してくれている仲間への恩返しさ。何度、卑下に屈してチームを抜けようしたか。その度に仲間が止めてくれた。支えてくれた。

 だから今度は僕が仲間に恩返しする番。僕は利用されない。チームのためにも、あんた達の計画を覆してあげるよ。うっわっ、カッコイイ僕! ッ……いってぇ……もー始める? いいさ、やればいい。僕は逃げも隠れもしない……いや、これは逃げられないと言っておこう。逃げられるものなら、僕だって逃げたいよ! 君達、なかなか卑怯だね。その人数』



――携帯機の向こうから聞こえる焦り交じりの皮肉染みた笑声。


 ハジメ、お前っ、お前はっ。  

 一変して空気が変わる俺等は、各々ハジメの名前を呼んで向こうに呼び掛ける。馬鹿みたいに笑っているハジメは『いいさ、やればいい!』向こうを挑発しまくってたけど、俺等の呼び掛けにようやく反応。

 『ヨウ、ごめん』ハジメは時間が無いから、チームリーダーの呼び掛けに反応した。


『僕は一旦、離脱する他ないみたい。やっぱりこうなる前にあの時、チームを抜けておけばよかった……のかも。だけど僕は僕なりに……仲間……としてチーム……にやれたかな? やれてたらいいな』


「馬鹿言ってんじゃねえぞっ! 今何処だっ、何処にっ」


『大丈夫、一旦離脱するだけだから……すぐに戻って来るって……僕の選んだリーダーは君で、選んだ仲間は今のチーム達なんだから。こんな僕でもさ、皆を仲間だって思いたいんだよ。僕を受け入れてくれた皆を、まだ仲間だって……ああそれと、弥生がそこにいるならさ、伝えておいて』


 今日のことはぜーんぶ嘘。

 今日も会いたかった、学校には行くつもりだったんだって。不本意でも傷付けたことはごめん、後日謝るからって。ちゃんと謝るからって……弥生に。僕はね、どんな女に迫られてもやっぱり彼女のことがっ、うわっツ―――ブツン……ツゥーッ、ツゥーッ、ツゥーッ。



 無情にも電話が切れた。

 あまりのことに絶句していた俺等だけど、「ばかぁ」そんなこともう、どうでもいいからっ、振り絞るように弥生が声を出して弾かれたように駆け出した。

 「弥生ちゃん!」後を追ったココロが弥生の前に回って止めているけど、彼女はハジメを捜しに行くの一点張り。ココロの手を払って駆け出す。

 怯むことなくココロが弥生の前に立って少し落ち着くよう促す。だけど気が動転している弥生は落ち着けるわけないと絶叫。悲鳴に近い声は倉庫内を満たした。「ハジメがぁ……」はらはらと大粒の涙を零しながら、「早くハジメを助けに行かないとっ!」彼女は大きくしゃくり上げる。


 まるで弥生の涙とシンクロしたかのように、向こうに広がっている曇天は雨天と顔色を変え、水滴を落とし始める。嗚呼、空も泣いているみたいだ。

 どうでもいいことを思いながら、俺はヨウの指示を見越して行動を開始する。俺だけじゃない。男共は全員、無言で雨空へと飛び出した。指示をするまでもない。指示を聞くまでもない。俺達の気持ちは今一つになってる。怒りと悲しみ、それから仲間を助けたい気持ちの三拍子が胸を占めているんだ。

 濡れ始めるチャリの鍵を解除した俺は、ペダルを漕いで倉庫裏か前に移動。俺を待っていたヨウは、チャリが来るや否や後ろに乗って、「シラミ潰しに行くぞ」低い声で唸った。怒りに満ち溢れていた、その声音に俺は怖じることもな、強く頷いてみせる。


「集団リンチができそうな場所を当たる。フルスピードで行くからな。振り落とされるな、兄貴」


「言うまでもねぇ注意事項だ。テメェ等! ハジメを見つけたら直ぐに俺に連絡しろ! ナニが何でもあの馬鹿を助ける。いいかっ! 連絡しろ! 輩を見つけても無暗に出しゃばるんじゃねえ! 弥生、ココロ、テメェ等もおとなしく待機することはできねぇだろうから捜す許可は出す。けど何かあったら連絡はしろ。いいな? 響子、二人につけ!」


 必ずハジメを助ける。

 喝破に近い指示をして、ヨウはバイクに跨る仲間達から目を逸らすと俺に出すよう命令。言われるまでもなく、俺は力いっぱいペダルを踏んで誰よりも先に倉庫の敷地を飛び出した。

 バイクでは行けない細い路地を通って、ハジメがフルボッコにされそうな寂れた土地を目指す。「ヨウ。俺のポケットから携帯出してくれ」言われるがまま、ヨウは揺れるチャリの上でバランスを取りながら俺のブレザーに入っている携帯を取り出した。

 「五木にだな」俺の考えを見越したヨウは、アドレス帳を開いて携帯を操作。躊躇なく利二に連絡を取り始める。


 不良が集いそうな場所は利二の方が詳しい。

 間接的だけど俺達の情報屋を買って出てくれている奴だ。バイト先のコンビニに不良が入り浸るせいか、利二はそういう不良情報が長けている。まだ時間帯的にはバイトじゃないだろうから利二は出てくれる筈だ。

 案の定、利二は電話に出てくれたようだ。ヨウが早口で状況を説明して、利二に情報を呼び掛けている。

 ぱらぱらと降る雨粒を全身に浴びながら、俺はヨウと利二の会話に聞き耳を立てつつハンドルを強く握ってハジメの無事を強く願った。


 ハジメ、無事でいてくれよ。


 俺、初めてなんだよ。仲間が大ピンチだってことを知って、こんなにも恐怖を感じているの。

 お前を心底仲間だと思っているからこそ、無事を願わずにはいられないんだ。ハジメ、やっぱりお前は俺等の最高のチームメートだよ。不良の落ちこぼれでも何でもない。お前は俺等の仲間だって堂々胸張って言える奴なんだよ。


 怖い、こうしている間にも仲間が傷付けられているんじゃないかと思うと、怖くて仕方が無い。嗚呼、無事でいてくれ、ハジメ。

 知らず知らずペダルを漕ぐ足にも力が入る。冷静を欠かさないよう運転に集中しながらも、片隅ではハジメの受けているであろう暴力に、苦痛に、傷付けられているであろうその仕打ちに怖じていた。


 シラミ潰し戦法ほど、不手際な戦法はないと思う。 

 手分けしてハジメを捜すんだけど、何処に行けばいいのか目星も付けられない。人気の少ない通り、路地裏、治安の悪い古本屋近くの駐車場。不良の溜まりそうな場所に行っては次の場所に移動。行っては移動。行っては移動。埒が明かない。

 雨の中、俺はヨウと隣町境のバス停までチャリを飛ばしてみた。ここら一帯も不良の集う場所として、有名なんだけど……雰囲気的にいなさそうだ。


「はぁ……はぁ……くそっ。いない。何処行っちまったんだ。ハジメ」


 息が上がり始めた。雨のせいで体力がいつもの倍削られる。


「大丈夫か? ケイ。随分漕いでいるだろ」


「俺はどーでもいいよ。それよりハジメだ。あいつ……無事だといいけど」


 顔を顰める俺に、ヨウも賛同して次に行こうと指示。

 付け加えて、もう暫くしたら、チャリを漕ぐ役目を交替しようと言ってきた。俺の体力への配慮なんだろうけど、ギリギリまで漕ぐからと心意気を見せる。格好付けかもしれない。だけど、俺はチームの足なんだ。その役割はきっちり果たしたい。


「ヨウは戦力の要だぞ。体力温存しかないでどーするよ……ん? 俺の携帯が震えている。メールか?」


「俺もだ。まさか、何か分かったのか」


 ブレザーのポケットに捻り込んである携帯のバイブで、俺はメールが来たんだと認識。

 ヨウにも来たってことは、ハジメ? もしかしてハジメなのか?

 期待を籠めてメールを開く。俺達は瞠目、そして絶句した。ディスプレイが雨粒で濡れるけど、ンなことはどーでもいい。怒りに俺は手が震えた。ディスプレイに映っているのは件名無題、本文なし、添付された画像のみのメール。

 差出人はハジメの名前になっているけど、添付されている画像もハジメ本人。  

 嘘だろ、何だよこれ。悪質な悪戯にしては悪質すぎる。変な方向に腕が曲がっている、ハジメのズタボロ、ボロ雑巾姿が俺達メンバーの携帯に一斉送信されてやがるなんて。一斉送信されてやがるなんて。


 喪心しているであろうハジメの痛々しい寝顔に俺は奥歯を噛み締めた。

 最低悪質メールだ、こんなのっ! 俺等を挑発しているにしか思えねぇ! ……くそっ、くそったれっ、ハジメがナニをしたってんだ! 弥生にまでこんなメール送りつけやがって、あいつが、どんな思いでメールを見ていると思っているんだ!


「ケイ……出せ。行くぞ」


「……おう」


 怒りに震える俺、そしてヨウは必要最低限の言葉以外何も交わさず、携帯を仕舞ってチャリを出す。

 ハジメ、間に合わなくてごめん。

 だけど俺等は諦めずにお前を捜す。迎えに行くから、もう少しだけ辛抱してくれよ……ハジメ、もう少しだけ、な? お前は俺等の仲間、誇れる仲間だから……必ず迎えに行くからな!



 降り頻る雨、暮れた空の下で俺とヨウはハジメを捜し続ける。  

 そろそろチャリを漕いでいる足の悲鳴を上げ始めるけど、俺は総無視していた。

 チャリのヘッドライトを点けて、ずっしりと重たくなる制服を感じつつ、懸命に足を動かす。一分一秒を無駄にしたくなかったんだ。ハジメを助け出したい一心で、俺は重くなる制服を振り払うように足を動かしていた。

 相変わらず、情報の一切が手に入らないけど諦めたくない。ハジメを襲ったそいつ等に負けを認める気がして。  


 五里霧中でチャリを走りまわしていると、ヨウの携帯から着信音。電話のようだ。

 ヨウは相手を確認、「ハジメから……だと?」唸り声を上げながら電話に出る。送り付けられた画像を見る限り、ハジメが電話に出れる筈がない。ということはハジメの携帯を使って誰かが、それこそ主犯がヨウに電話を掛けて来たに違いない。

 ヨウは自分の携帯をスピーカーフォン設定のままにしているのか、向こうの声が俺の耳にまで届く。相手は女、ハジメを甘ったるく呼んでいた女の声だった。


『ハロー。お元気? 私はお元気。ハジメちゃんどえす』


 こいつ、ふざけるなよ。

 俺、初めて女に対してこんなにも殺意を抱いたんだけど! 今の俺ならその女に張り手を食らせそう。男が女に手を上げるサイテー! とかカンケーねぇ! こういう場合、男女平等だろドチクショウ。


 思わずハンドルを握る手に力が篭った。

 「誰だテメェ」ヨウは挑発に対しても冷静に返答。

 ただ俺の肩を握る手に力は篭っていた。気持ちは分かるんだけど……ちょい痛い……ヨウ。大変遺憾なことに俺の肩にも痛覚があるから……あんま強く握られると痛みを感じるんだよ。もうちょいソフトに。ソフトにな?


 『つまんないな』怒ってくれないと楽しくない、ムカつくことを言ってくる女はハジメは解放するからと単刀直入に用件を告げてくる。

 ハジメを解放? どういうことだ? 眉根を寄せる俺とヨウに対し、電話向こうの女は淡々と説明。


『つまりフルボッコから解放するってこと。まあ、どっかで野ざらしになるのがオチだと思うけど。ああ大丈夫、多分、死んじゃないと思うから。あの男、弱いくせに見栄だけ張っちゃって。あーあ、利用されてくれない男って大嫌い』


「こンの、クソアマッ。ハジメに何しやがった!」


『わぁお、怖い怖い。怒った声もイケメンくんね、ヨウサンって。何をしたか? 画像送り付けたとおりのこと。詳細は想像にお・ま・か・せ。これもゲームなんだから、一人くらい不能になったくらい大丈夫でしょ? じゃあね、ばっはは~い』 


 言いたいことだけ言って電話を切る女。

 なんだよ……ゲームって。こうやって仲間を甚振ってくれるのが、お楽しいゲームってか? なあ。結局ハジメの居場所は教えてくれもくれなかった。自分達で捜し出せってことかよ。解放したとか何とか言って……これもゲーム感覚で楽しんでいるってか? なあ!

 俺はハンドルを切って方向転換をしつつ、怒りに身を震わせていた。俺の後ろに乗っているヨウは携帯を片手に、ただ黙然と俺の肩を掴んでいた。痛いくらい俺の肩を掴んでいた。



 ザァザァ。ザァザァ。

 雨音が勢いを増して一層地上に音を奏でている。捜しても捜してもハジメが見つからないことに焦れたヨウは、一旦仲間を集結させることにした。埒が明かないと思ったんだろう。

 それに……大変申し訳ない話なんだけど、チームの“足”と自負している俺の体力も限界にきていた。流石に降り頻る雨の中、延々と二人分の体重を乗せたチャリを漕ぎ続けるのにも体力がいる、もう限界だ。

 まだ漕げるっちゃ漕げるけど、運転する手には力が入らない。俺の体力も見越してヨウは仲間達を集結させようと踏み切ったんだろう。


 仲間達にメールをしたヨウは俺にたむろ場に向かってくれるよう頼んでくる。

 交替しようか、なんて言葉は聞きたくなかったから、俺はペダルを強く踏んで最後の力を振り絞った。どうしてもチームの“足”としてその任務を真っ当したかったんだ。ほんっと……負けず嫌いになったよな、俺も。


 だけど随分遠出してたもんだから、俺等のたむろ場に戻るまでチャリでも15分時間を掛けちまった。

 「悪い」俺は倉庫前でチャリをとめて、パンパンに張ってるふくらはぎを叩きながらヨウに詫びる。結構時間を掛けちまった。普通だったら10分で帰れた距離なのに、俺の思っていた以上に足は限界の限界まで達してたらしい。


 ヨウは気にする事無く、「お疲れ」俺の肩を叩いて言葉を掛けてきてくれる。チャリから降りて倉庫に入った。優しい馬鹿だから入り口で俺が来るのを待ってくれている。

 チャリを漕ぎすぎてガクガク笑っている俺の膝だけど、ハジメのことを思えば歩けないこともない。ちょっと動作は遅いものの、自力でチャリを降りて、愛チャリをそのままにヨウの下に歩んだ。縺れてこけそうになったけど、ヨウは見て見ぬ振りをしてくれた。それが俺にとってとても有り難かった。


 明かりが漏れている倉庫内には、既に俺とヨウ以外の全員が揃っていた。

 大半がバイクだったから、戻って来るのにさほど時間が掛からなかったんだろう。皆びしょ濡れのずぶ濡れで倉庫にいる。

 徒歩組であろう女子群も傘も差さず、ハジメを捜していたみたい。揃いも揃って重たそうな制服を身に纏っている。頭から爪先までびっちょりだ。明日チームメート全員、風邪をひかなきゃいいけど。


 俺とヨウの姿に、全員揃ったかとシズがメンバーを再確認。

 ハジメ以外の面子が揃ったことを十二分に確認して、シズは歩んでくるヨウにこれからどうすると話を切り出す。

 無闇に捜し出そうとしても、時間を無駄にするだけだとシズ。時刻はもうすぐ八時。これだけ捜しても見つからない上に、もう夜だ。見つけ出すのに手間取るのは目に見えていると意見した。

 分かっている、頷くヨウは助っ人を呼ぶと力強く仲間内に告げる。協定を結んでいる浅倉さん達だ。向こうなら人数も多いし、『エリア戦争』で戦友となった俺等にも快く手を貸してくれるだろう。敵さんが言うには、既にハジメは解放されたらしいから、どこかに倒れている可能性もある。


 早くハジメを見つけるためにも全員が調べたところを把握、まだ調べていないところを浅倉さん達と共に調べて捜し出すと言った。

 把握する時間が惜しいとばかりにヨウは顔を顰めたけど、慌てて捜しても埒が明かないと分かっている。手早く把握しようとしているんだ。同じ場所を調べても、同じ結果しか現れてくれないと知っているから。


「此処からはケイ中心に行くぞ。土地勘に優れているのは、ケイだから」


 「いいな? ケイ」ヨウに指名されて、俺は頷く。

 できる限りのことはするつもりだよ。できる限りのことは。

 けどちょっと座らせてくれ……俺もチャリ漕ぎ過ぎて足が死んでいる。体力の限界をとうに超しているから。座り込むと大丈夫かとキヨタが声を掛けてきてくれた。頷く俺は、早速始めようと皆に告げた。


 急いでハジメを捜し出すためにも。





「あっちゃー。みんな……おそろい……大遅刻しちゃった……かな?」





 皮肉交じりの聞き慣れた声音、俺達は衝撃を受けた。  

 まさか……その声は。弾かれたように俺等は倉庫の出入り口を見やる。

 そこには変に曲がってる左腕を押さえて、出入り口の枠に寄り掛かっている捜し求めていた仲間。青痣は目立つし、口端は切れているし、こめかみから血が出ているけど、腕も変に曲がってるけど、俺の知っているハジメ張本人だった。

 送られてきた画像よりもこっ酷い姿をしているシルバー髪の不良は、「シンドイ」吐露して、右の手で持っていたブレザーをその場に落とすと一歩、また一歩足を前へと動かし始める。


 「ハジメ……」震える声音で逸早く駆け出したのは弥生だった。遅れて俺達も駆け出す。


 駆け寄ってくれる弥生に気が緩んだのか、ハジメはつんのめって姿勢を崩してしまう。間一髪で彼の体を受け止めた弥生は、「ハジメ! 大丈夫? 大丈夫じゃないよねっ、酷い怪我をしているよね」矢継ぎ早に捜し求めていた思い人に声を掛けていた。

 弥生の肩口に顔を埋めて反応を返さないハジメだったけど、ふと掠れた声で思い人にポツリ。



「会いたかった……ずっと弥生に会いたかった」



 それだけ零して全体重を弥生に委ねる。 

 「馬鹿……」弥生は本当に馬鹿だと叫んで、ハジメの体を抱き締める。

 昼休みからずっと待っていたのだと金切り声で叫んだと思ったら、ワッと泣き出して馬鹿の連呼。どうして居場所を教えてくれなかったのだと泣き崩れる。そうしたらもっと早く助けに行けたのに、こんな酷い怪我をせずに済んだのに、もっと早く会えたのに。彼女は泣き喚いた。


「ハジメの馬鹿、心配かけるハジメなんて大嫌いだよッ!」


 大嫌いだと腹の底で叫んだ後、弥生はそれ以上に大きな声で叫んだ。



「でもやっぱり大好きなんだよッ、ハジメの馬鹿――うわぁああああアアアア!」



 弥生の告白は喪心している相手には受け取ってもらえず、無常にも倉庫に散らばった。

 ショックのあまりに泣き崩れて声にならない声を吐き出す弥生は、ハジメの体を抱き締めたままその場に蹲る。「弥生ちゃん」ココロが両膝ついて弥生の肩を抱く、一方で響子さんが救急車を呼ぶからと携帯を取り出して輪から離れた。俺は見てしまった。響子さんが悔しそうに涙ぐんでいる、その表情を。 

 俺自身も痛々しいハジメの姿に泣きたくなった。憤りたくもなった。辛さの余りにその場で咆哮したくなった。


 けど、実際に俺ができている反応は震えのみ。怒りに震えるしかなかった。

 友達をこんな風にメチャクチャにされて、こんなにも怒りを覚えたの初めてだった。友達だからこそ、こんなにも怒りに震えるんだ。

 ハジメ……ごめん。間に合わなくてごめん。こんな無様な姿にさせてごめん。雨の中、歩かせてごめん。俺等が不甲斐ないばっかりに、助けるどころか、何も出来ず終わっちまった。


 でもお前、帰って来たかったんだよな……俺達の下に。   

 散々チームを抜けるかどうか迷って卑屈になっていたお前だけど……やっぱりチームの皆のことが大好きだったんだろう? 俺がチームの皆のことを大好きだと思っているように、お前も……どんな目に遭ってでも、それこそ体を引き摺ってでも戻って来たかったんだろう?


 だってお前も、



「ああぁぁあああアア! ハジメっ、ハジメ――ッ!」



 かけがえのない、立派な俺等チームのメンバーなんだから。

 弥生の悲鳴交じりの泣き声を聞きながら、俺は天井を仰いでそっと目を閉じる。

 ハジメ、お前の大好きな人が泣いているぞ。涙くらい拭ってやれよ。気を失っている場合じゃないだろ……嗚呼、畜生、倉庫の中でも雨が降って来てやがる。外も雨で中も雨ってどういうことだ。なあ、ハジメ。


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