№05:衝突決戦

01.リア充爆発しろと思っていましたが、土下座して謝ります



【もしもし、電話中】



 もしもし? ああ、義兄さん。

 いつもの、あーはいはい、報告だろ? まったく、いつもいつも僕をパシってさ。僕は今年受験なんだけど? 少しは義弟を労わって欲しいね。僕にとってはどーでもいい話だし、大体無関係だろ? 人使いが荒いっていうか、義弟使いが荒いというか、さっさと僕はこの役目を終えたいというか。

 まだ計画を実行しないの? 計画を温存は勝手だけど、向こうも察しがいいから、そろそろ気付かれてもおかしくないよ……あーあーあー、分かったよ。ゴタクはいいから報告だろ?


 まずは荒川チームが『エリア戦争』に加担したらしいよ。


 あ、うん、そうそう。

 日賀野チームは『エリア戦争』に直接的には加担していない。

 間接的には関わってたみたいだけどね。榊原って聞いたこともないチームと協定結んでたらしいけど、一方的に切られたっぽい。珍しいこともあるよなぁ。日賀野チームを参戦していれば、『エリア戦争』の勝敗は榊原チームに転がったかもしれないのに。


 荒川チームは浅倉ってチームと協定を結んでいるらしいよ。浅倉チームって弱小チームらしいけど、再結成するとかしないとか。ちなみに『エリア戦争』の勝者ね。今、商店街の『廃墟の住処』を支配してる。『廃墟の住処』ってのは元々は池田チームが占領してた、あの寂れた商店街のことだよ。

 今のところ報告はそんだけ。もういい? 勉強を再開したいから。また何かあったら連絡するよ。じゃあね。



――ツゥーッ、ツゥーッ、ツゥーッ。




 携帯を閉じた男はやれやれとばかりに、肩を竦めて調べかけの英単語を検索するために電子辞書の電源をONにした。

 眼鏡のブリッジ部分を押し、その男、生徒会長と肩書きを持っている須垣誠吾はシニカルに笑みを浮かべた。


「どーでもいいよ。荒川達がどうなろうと、日賀野達がどうなろうと、義兄さんがどうなろうと、僕は不良なんて大嫌いだから」


 だって不良なんかみーんなジコチューじゃないか。

 モラルもマナーも守らないし、私生活もなっていない。馬鹿騒ぎしては警察沙汰になったり、チャラチャラ男女で営みをしていたり。ふしだら極まりないったらありゃしない。全員で潰しあって滅べばいいんだとさえ思える。


「滅ぶことが不可でも、僕にとって一番利益のある奴等が残ってくれればそれでいいかな。さあて、誰が残るんだろう? ちょっと見物だな」


 傍観者になりつつ、勉強でもしましょうかね。

 学生の本分はオベンキョウ、自分は国立を狙っている故に勉強時間は欠かす事ができないのだ。誠吾は忍び笑いを浮かべながら、電子辞書でアルファベットを打っていく。



 f o r e s e e a b l e



「んーっと意味は“予測可能な”。“予知できる”……ははっ、これって何のお告げだろうね? ま、僕でさえ、これから先のことは予測できないよ。誰がどうなろうと僕の知ったこっちゃないけどね」



 笑声を漏らす誠吾の笑みは限りないアイロニーが含まれていた。




 ◇ ◇ ◇




 このところ安穏平和平穏と、三拍子の穏やかな日々が続いている。

 『エリア戦争』も終わって随分経つけど、これといった大きな事件も起きていない。

 ちょくちょく舎兄の喧嘩の飛び火が俺のところにやって来ることはあるけど(いつものことだけどさ!)、それ以外は静かで平和そのものな日常が俺達に休息をくれた。骨休みでもしなさいと言っているような穏やかさ。


 だけど……その穏やかさが俺には嵐前の静けさにしか思えなくて、ちょっと警戒心を募らせていた。

 向こうが何か目論んでいるんじゃないか、仕掛けてくるんじゃないか、実は実は背後に日賀野が立っていたり! 振り返った俺は大絶叫して喪心したり! ……日賀野をお化け扱いしてるけど、そんだけ俺のトラウマはオッソロシイってことだ。

 黒髪青メッシュとか想像するだけで悪寒が背筋を駆け抜けるんだぜ!


 今までが今までだしな。

 こんなにも平和が長く続くと、どーしても心配に……グスン、何だか俺、平和から疎遠になっているような気がする。地味で平和な日々はどこいっちゃったかなぁ。


 はぁーあ、ジミニャーノ達は俺の苦労を知ってか知らずか、面白おかし話として聞いている。

 今も放課後に、こうして日直の仕事をしながら俺は平和への疎遠話を愚痴っているのだけれど、聞いてくれる薄情ジミニャーノ達は揃いも揃って「どんまい」のカッコ笑いカッコ閉じる、を俺に向けてくれる。誰もが俺の立ち位置にならなくて良かったって言いやがったよ。

 ああくそっ、マジで嫌味な奴等だな! ここは友情で慰めてくれるのが人情ってもんだろーよ!


「田山ってつくづく不運だよなぁ。いやぁ俺、お前じゃなくて良かった!」


 野球部に行く仕度をしながら、光喜がニシシッと意地の悪い笑声を漏らす。

 同感どうかんだと透もほのぼのと相槌。利二は利二で苦笑いを零しながら、「お前の立ち位置だけはごめんだ」と肩を竦めた。

 くそうお前等、誰か一人くらい俺の立ち位置になってみようかなぁと思うチャレンジャーはいねぇのかよ! 見損なったぞ! ちなみに俺がお前等なら、死んでも「その立ち位置になりたいな」とはおもわ……あー……今はどうだろう。


 最近の状況はちょっと俺にとっては春だしな。

 苦労や恐怖や波乱ばっかあるけど、その、うん、悪いことだけじゃないぞ。


 黒板消しで黒板を綺麗に磨いていると、「ケーイ!」窓枠に寄り掛かった舎兄が俺を呼んできた。

 俺はもう慣れちまったけど(あいつの舎弟なんだ。そろそろ慣れないとおかしいだろ?)、利二も慣れているけど(間接的に仲間だしな?)、他の二人は不良の登場に固まる動作がチラホラ。二人とも慣れって大事だぜ? 慣れりゃ、どうってこと……ないってわけなじゃないけど、まあ、そこそこ免疫はつくもんだ。俺は強くなった! レベルが1は上がったと自負するね!

 奇襲者改めイケメン不良のヨウは俺の日直している姿に、ちょっと不満そうな顔を作った。


「何だよ、真面目に日直の仕事をしているのか? おせぇと思ったら……さっさと済ませろって。愛しのココロちゃんがお前の登場を待っているぞ」


「い、愛しの……ヨウ! からかうなって!」


「ほーんとうのことじゃねえか。はぁーあ、いいねぇ。羨ましいねぇ。微笑ましいねぇ。舎弟には春が来て。まあ、勘違いもしていたみたいだけど? あーあ、だーれだ、ココロの好きな奴が俺とか思った馬鹿。助言をしていた俺ってもしかして舎弟の嫉妬対象だったとか? うっわぁ、だったら俺乙じゃねえか。カワイソー。舎兄の優しさはムクワレナイデスネ」


 ゲッ、お前……またその話を蒸し返してくる。

 赤面する俺は思わず黒板消しをその場に落とした。「ちょっとしたすれ違いだったんだって!」声音を張って過去を弁解するも舎兄はヤーレヤレと白々しい呆れを見せ、「廊下で待ってるからな」笑いを押し殺しながら俺に待っていると手を振った。

 チッキショウ、なんでヨウが俺達の勘違いエピソードを知っているのか知らないけど(俺とココロだけしか知らない筈なのに!)、ちょ、その話は俺の黒歴史だぞ! 出来ることなら消去したいんだぞ!


 アアアッ、そんな意地の悪い目で俺を見ないでくれ兄貴!

 ハズイ! 激ハズイッ! ちょ、誰だよ、本当に誰だよヨウにチクったのぉおお! 誰よりもヨウにだけは知られたくなかったのにぃいい!

 そうだよ、美形不良のヨウに嫉妬していました! だってヨウ、イケメンだもの。嫉妬対象になってもしょーがないじゃないか! 俺だって嫉妬くらいするっつーか、なんっつーか……美形に生まれたかったんだぜ、女の子にモテモテになってみたかったぜ、とか思う夢見るボーイだよ。

 逆ギレ? おおうっ、逆ギレだよ! 逆ギレ万歳だよ! このやろうのド畜生、ヨウの奴、今しばらくこのネタで弄ってきそうだな。母音に濁点付けるもんじゃないけど、ッア゛ー! な気分だ! 穴があったら隠れてしまいたいっ!


 黒板消しを拾い上げ、俺は荒々しくそれをクリーナーに掛ける。


「え……ちょ、田山、お前」


「ナニ?! 今の俺は黒歴史という名の羞恥と闘っていて忙しいんだけど!」


 声を掛けてくる光喜に噛み付く勢いで返せば、「リア充? 彼女持ち?」唸っている俺に構わず、光喜が指差してポツリ。

 だったらどうしたとばかり鼻を鳴らしてみせる。そーだよ、今話題のホットなリア充ですが? ……あ、今気付いた。俺ってリア充か。ちょいと前まで「リア充爆発しろ!」とか妬みながら思っていたのに、いやぁまかさ俺がリア充なんて……ちょっと照れる気がした。

 俺でも彼女が作れると分かった。好きと言ってくれる子がいると知った。うん、幸せ。今まで爆発しろとか思っててごめんなさい。猛省します。


「最近、彼女ができたんだ。悪いかよ」


 途端に、「アリエネェ!」光喜がダイダイダイダイ大絶叫。裏切られた気分だと、よろよろ後退した。


「おまっ……ジミニャーノ星を代表する地味っ子だったくせに、なに彼女を作っているんだよ! チョベリブだぜ今の俺! オトモダチを裏切っていいのかよ!」


「お生憎さま、先に薄情という裏切りをしたのはどっちだよ! 最近の俺はチョベリグ。不良と波乱万丈の日々を過ごしているんだ。そ、そういう……ご褒美青春くらいあったっていいだろ。てか、チョベリブもチョベリグも完全死語だろ! 乗らせるな!」


 ちゃんとツッコミも忘れず、俺は綺麗になった黒板消しを溝に置くと粉を払いながら早足で自分の席に戻る。 

 ヨウを待たせているしな。それに……彼女と早く会いたいという気持ちもある。俺達は他校同士だから学校で会えるわけじゃない。遊びに行ける機会も今のところはないから……こうして小さな時間を楽しみにするしかないんだ。


 あーあ、それはそれで切ないなぁ。早く日賀野達と決着がつけばいいんだけど。

 健太のことも同じ。決着つけて、できれば友達に戻って……もう少し時間と心にゆとりを持ちたい。ヨウ達とも普通に遊びたいしさ。いがみ合う喧嘩より、普通に遊んだ方が楽しいや。


「やっぱりお前、くっ付いたんだな。コンビニに来たあの子だろ? 彼女」


 急いで鞄を肩に掛ける俺に利二が一笑。

 「見たことあるのか?!」光喜がやけに食い付いてくる。奴ほど恋愛青春を望んでいた男はいなかったから、人の恋沙汰にすげぇ興味があるらしい。

 利二は光喜に頷いて、「可愛らしい子だったぞ」と感想を述べてくる。ちょっと誇らしげに思う俺がいた。ココロは可愛いんだよ、おう、可愛いさ。地味っ子だけどカンケーねぇ!


「あの子は控え目でいい子だったぞ。とても清楚な子だった。ココロ……だったか? 名前」


「うん、そう。ココロ。若松こころっていうんだ。他校に通っている子なんだよ」


 デレ、頬を崩す俺に光喜がうぜぇと雄叫びを上げる。ガン無視をして透が祝福の言葉を贈ってくれた。


「わぁ可愛い名前。ココロちゃんか。いいなぁ、圭太くん。おめでとう。大事にするんだよ、彼女。捨てられないようにね!」


「おう、サンキュ透。最後だけ余計だけどさ!」


 透とハイタッチすると、そろそろ廊下で待っている舎兄が痺れを切らすからと告げ、俺は三人に挨拶。

 また明日な、手を振って教室を出た。足取りは軽い。やっぱ彼女に会えるあるからだろう。俺は急いで舎兄の下に駆けて行った。


「はぁーあ……ココロちゃんか………可愛らしい名前。田山、アリエネェ……田山の立ち位置カワイソーとか思ったけど、彼女を持っている時点でカワイソーがウラヤマシーに変わったぞ。いいよなぁ、彼女。控え目でいい子で清楚ってことは不良じゃないんだろ? 不良とばっかつるんでる田山が、フツーに可愛い子ゲットとか。マジねぇって。俺もフリョーになってみよーかなぁ」


「長谷、お前が不良になってもギャグにしかならないからやめておけ。第一お前は部生だろ。髪でも染めたら先輩にシバかれるんじゃないか?」


「舎弟として頑張っている圭太くんへのご褒美だよ。友達として心からお祝いしてあげなきゃ。それに光喜くん、地味っ子圭太くんに彼女ができたってことは、地味っ子僕等にも彼女ができる可能性があるって勇気付けられたじゃん!」


「そりゃそうだけど……」


 何だか切ないヤルセナイ。

 ガックシ肩を落として嘆いている光喜と、それを呆れ慰める利二、透のジミニャーノやり取りを、俺は知る由もなかった。


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