27.今夜は足並みを揃えて



 ◇



 真っ黒に塗りたくった空にのっかっているお月さんはちょいと顔が欠けている。

 半月でもなければ三日月でもない、誰かに顔を分けたんじゃないか? と思うほどの小さな欠け具合。空飛ぶアンパンヒーローみたいな欠け方してらぁ。

 もしかしたら、誰かに貸したのかもしれないな。お月さんの光が必要だから、一日だけ貸して下さいとお願いをされてさ。きっと明日の夜になれば元通り、真ん丸お月さんに戻っているに違いない。お月さんの光のおかげで星は顔を隠しているけど、千切られたような雲は点々と見られる。

 昼見る雲と違って、夜見る雲はなんだか地上に圧迫感を掛けているみたいだ。存在を忘れるなとでもいうように、俺達のいる地上を見下ろしている。見据えているって表現が適しているかも。


 そんな空の下ではビルや車の人工光が埋め尽くしている。

 艶やかともいえる光たちが右往左往、空の上にある光になんて負けませんわよと色を放って空にアピール。地上の光はまるでどギツイ化粧でもしたようなケバケバシイ色が多い。見るからに痛々しい色なのに、堂々と発光して自然の光に対抗している。


 常に光戦争の真っ只中にいる人間は、両者にさほど興味を向けることもなく思い思いの時間を過ごしているみたいだ。

 俺も普段は光戦争に目を向けることなんてない。地上で自分の興味あることにしか目を向けてないよ。今日は特別だから、こうやって空を見たり、街並みを見たりしているだけだ。


 街道を歩いている俺はココロと会話することなく、ゆっくりとした歩調で肩を並べていた。ファミレスからコンビニまで約七分程度の場所にあるんだけど、七分以上時間を掛けようと頑張っている。だって正直コンビニに用事なんてない。コンビニに行くなんて、ただの口実なんだから。

 人の行き交いが多い街道を歩く俺等はどうしても話を切り出すことが出来ず、緊張したまま足だけ動かしている。

 歩きながら話すってのも、なんか心落ち着かないな。だからって立ち止まって話すのも落ち着かない。結局どういう状況になっても、落ち着かないんだ。今のこの状況は。


 心音だけが、やけに鼓膜に纏わりつく中、俺は一々ココロの足並みを気にしながら歩く。

 少しでも遅れたり、先を行ったりしないように。 


「ケイさんと、こうやって二人で歩くって初めてかもしれませんね」


 状況を先に打破してきたのはココロ。いつも自転車だから変な感じがすると曖昧に綻んできた。

 そういえばそうかもしれない。ココロと買出しに行った日も基本的にチャリだったし(しかも二人乗りだったし)、彼女と一緒に歩くといっても、チャリとめて店に入るまでの距離。店内をうろつく短い距離だったから。こうして肩を並べて街道を歩くなんてなかったかも。

 「俺だって歩きくらいあるよ」彼女に笑い掛ける。ちょっと声音が引き攣ったのは緊張のせい。向こうは気付いてくれているのかいないのか、それに対して反応することはなかった。


「だって自転車といえばケイさんですよ」


 ココロは歩きよりも、自転車に乗る俺の方がしっくり来ると笑顔を零す。


「自転車に乗って助けに来てくれた時もありましたから……前触れもなしに現れて助けてくれるケイさん、月光仮面みたいでした」


「疾風のようにチャリで現れて、疾風のようにチャリで去っていく。あの人は誰? 答え、地味っ子田山圭太でした! ……ココロ、月光仮面だったら俺、おじさんになるんだけど。ココロと同じ世代だから、俺」


 それにちょっと世代古いかな、月光仮面。

 分かる人は分かるだろうけど、分からない人には分からないぞ。今の時代はバットマンかな、バットマン。真昼間からチャリ乗って助けるバットマンもお笑いネタにしかならないけどさ!


 持ち前のお調子乗りのおかげさまで、すっかり空気が緩和されてココロもクスクスと笑ってくれる。

 空気を崩した感はあるけど、緊張したままのギスギス空気で時間を潰すより断然マシだと思った。そうやってココロは笑ってくれていた方が好きだよ。垢抜けてない笑顔を零してくれる方がずっとずっとずっと好きだ。

 好きなんだ、笑ってくれるココロが。


「助けに来たというよりも、あの時は無我夢中だったんだ。ココロが不良に絡まれているの見て、いても立ってもいられなくなったんだ」


 めっぽう喧嘩が弱いくせに、相手に喧嘩売る勢いで現場に乗り込んだ。

 俺はあの時のことをあるが儘に白状する。向こう片側三車線では車の行き交いが激しい。前から後ろか車が流れているのを視界の端で捉えることができる。流し目で見つつ、俺は前方を見つめて言葉をゆっくりと紡いだ。


「その時にはもう……意識をしていたんだ、ココロのことを。実を言うと買出しに行った時から意識していた。散々お友達でいましょう的な空気を作ろうと頑張っていたけど、本当は意識しまくってたんだ」


 また声音が引き攣るけど、構わなかった。

 不器用、不恰好でもいいや。飾らない言葉をココロに一つひとつ伝えたかったんだ。純粋に自分の気持ちってヤツをさ、伝えたかったんだ。


「だから魚住の行為にビビッちまってさ」


 まさか避妊具を投げ渡される日が来ると思わなかった。

 傍から見ると、俺達はそういう付き合いをしている関係に見られていたのか。ショックだった。自分の気持ちが彼女に、周囲にばれてしまったんじゃないか。あの時はいつもぐるぐると思考を巡らせては悩んでいたのだとココロに伝える。


「そんな事件も遭って俺は……すべてをなかったことにしようとしたんだ」


 ココロを意識しているのは一時、人種が似ているしチームには俺と彼女だけしか地味っ子はいない。そのせいで変に意識をしているのだと思った。

 仲間内でもちょいそういう目を向けてくるようになって、余計に片意地張った。これは一時の気持ち。ココロには別に好きな人がいる。俺なんかアウトオブ眼中、諦めてイイオトモダチ関係でいよう。そう割り切ろうとした。

 高鳴る鼓動に違うんだと言い訳をしてきた。これは一時の感情だって思い込んできた。傷付きたくないから思いを伝えるなんて大それた行為は避けてきた。


 なのに、思いと気持ちは反比例。

 思い込めば思い込むほど目は誰かさんを追って、誰かさんを気になって、彼女と話している舎兄に嫉妬していたりなんかして。嗚呼やっぱり俺は恋をしているのだと思い知らされた。

 大きな契機で恋に落ちたわけじゃない。ドラマや漫画みたいに大きな事件を通して恋に落ちる、なんて面白い展開じゃないけど、俺は確かに恋に落ちた。あの日ヨウが俺を舎弟にし、つるんでいる仲間を紹介してくれた。皆と接していくうちに気になる人を見つけ、小さな日常の積み重ねが恋心に変わってしまっていたんだ。


「ヨウが好きなんだよ思っていた。だから諦めようとした。勝てないって分かってたから……んでも、相手がヨウが好きだと思い込んでも、どうしようもなかった。きっと俺はココロのヨウに対する気持ちを知らなくても、伝えたい気持ちは変わらなかったと思うんだ。あ、信号」


 俺はココロと立ち止まって、危険だと警告色を放っている赤信号を見つめる。

 忙しい車の行き交い。向こうからオートバイでも来たのか、喧(かまびす)しいエンジン音が次第次第に近付いて来る。それに便乗するように、俺はエンジン音と一緒に気持ちを伝える。恥ずかしいからなるべく騒音で散らして欲しかった。

 だけどちゃんと受け取ってもらいたかった、その気持ち。 精一杯に笑いながら伝えるから。



「誰を見ていても、俺はココロに好きだって伝えたかったんだ。俺はココロのことが好きなんだ」



 鼓膜が破れそうなエンジン音の塊が目の前を通り過ぎて行く。

 通りに舞い上がる騒音と俺の告白は夜空に吸い込まれていくような気がした。

 やがて赤信号は安全色の青信号へと顔色を変える。向こうから人が渡ってくる中、俺もココロと横断歩道を渡る。相変わらず足取りは遅く、亀のように俺達はノロノロと停車しているトラックや自動車の前を横切った。

 向こうの道に辿り着く頃、信号は点滅。安全色は再び警告色へと変わった。そのままコンビニに行く俺の足は、ココロが足を止めてしまったせいで立ち止まる羽目になる。


 流れ始める車やバイクを背後で感じながらココロは俺を見つめて、泣き笑い。

 ちょっと涙目になって、「初めてで……」何を返せばいいか分からないと本心を教えてくれるココロ。薄い唇を震わせながら、一つひとつ言葉を紡いでくれる。俺は静聴することにした。ココロが勇気を振り絞って俺に気持ちを伝えてくれるって分かっていたから。


「私……小中はずっと苛められて、疎ましく思われて……性格に問題があるって分かっていました。でも……簡単に変えることなんてできなくて、響子さんと出逢うまではオドオドしてばかりで。響子さんやヨウさん達に出逢っても、大して性格が変わるわけじゃなくて。だから、その、私を女の子として好きと言ってくれる人は初めてで。嬉しいやら泣きたいやら、どうすればいいか分からなくて」


「うん」


「私でいいのかな? とか、卑屈に思ってしまいます……で、でもやっぱり気持ちに嘘はつけなくて。弥生ちゃんのことがずっと好きだと思っていましたから、その……えっと……」 


 言葉を詰まらせたのか、言葉が思い当たらないのか、ココロは口を閉じてしまう。


 俺は微苦笑を零した。

 彼女のそういう卑屈になったりするところは、仕方が無いと思う。

 本人だって変えたいけど、簡単に変えられる一面じゃないのだろう。辛い思いしてきているんだ。難しいことだと思う。俺だってこの性格を変えようとしても、なかなか変えられない。十年以上培ってきた性格だ。口で言うのは簡単だけど、行動に起こして結果を出すのは難しいと思う。


 だけどなココロ、俺はひっくるめてココロのことが好きなんだ。

 卑屈なんて誰だって持っている面だし、ココロは自分の悪いところばかり口にしているけれど、本当はそうじゃない。誰に対しても人に優しく接してやれる女の子と俺は知っている。


「ひとつ。ココロはさ、勘違いをしている」


 俯いているココロに歩み寄って、そっと両肩に手を置く。

 大袈裟に跳ねる彼女がおずおず見上げてきた。俺はそんな彼女に照れ臭く笑みを向ける。


「ココロがいいんじゃなくて、俺はココロじゃないとヤなんだ。ココロじゃないと駄目なんだよ」


 信号はまた青に変わったらしい。人が渡りの行き交いを始める。

 こんなところで俺達は何をしているんだろう。通勤帰りのOLさんやリーマン、学生さんが通る場所で佇む俺達は本当に何をしているんだろうな。だけど今は人の目よりも、彼女の方が大切だ。

 大きく瞠目して固まっているココロに、「反応してくれないと凄く恥ずかしいんだけど……」俺は苦笑いと照れ隠しの両方を見せた。石化が解けたのかココロは涙目に、だけど花咲くような満面の笑顔で俺に気持ちを教えてくれる。

 それはありきたりで、ドラマや漫画の中では溢れ返っている聞きなれた言葉。でも俺自身には向けられたことのない、初めての言葉。  


「私、ケイさんが好きです。ずっと前から好きでした」


 熱を帯びた気持ちが彼女の告白によって沸騰しそうだった。

 人を好きになるって、逆に好かれるって、こんなにも息苦しくて沸騰しそうな……熱い気持ちに駆られるんだな。まるで気持ちが火傷を負ったみたいだ。高揚し過ぎた感情のせいで胸が疼いているし、ジクジクして痛いし、それに火照っている。

 「そっか。一緒なんだな」「はい、一緒です」顔を見合わせて一笑、「俺も好きだよ」「私もですよ」視線をかち合わせて一笑、「片恋で終わると思っていたよ」「実は私もなんです」照れ隠しの一笑。


 そろそろ四度目の信号の変化する、五度目かもしれない。数なんてもう覚えてないや。目前のことで頭が一杯だから。

 「戻ろうか」俺は踵返して信号を渡ろうかと提案。目的地にしているコンビニになんて用事の欠片もないしな。こっくりと小さく頷くココロは、初めて俺に小さな我が儘を口にしてきた。ゆっくりと時間を掛けて戻りたい……と。

 可愛らしい我が儘に異論はなかった。俺は赤から青に変わる信号を眺めて、次で渡ろうと再提案。「ちょっと遠回りして帰ろうか」そう付け足して。




 信号を渡った俺達は、来た道と違う大通りをゆっくりと歩いてファミレスを目指す。

 ネオンの集合体で充満している街道を二人で歩く。相変わらず横の道路では忙しなく車が行き交い、歩道では通行人とちょいちょい擦れ違う。

 また俺達の間で会話が消えちまっているけど、今度は緊張の空気じゃなくてドキドキの空気。思いが通じ合ったから、空気に色付いちまった。色に例えるとあー、桃色かな? え? クサイ? ……いいじゃないか、俺にとって初めての両思いなんだから! 桃色ピンク空気になってもさ! 不良とばかり青春してもおもろくねぇだろ! 俺だってこういう青春の一つや二つ味わったって罰は当たらないよな? な?!


 あ、そうだ。

 気持ちが通じ合って喜びを噛み締めている俺だけど、ココロに大事なことを告げないといけない。これはちょっと気鬱になるけど、現実だから言っておかないと。あんま俺にとって芳しくない現実を。


「ココロ……あのさ。告白していてなんだけど……俺はココロと付き合っていいのか、躊躇いがあるんだ」


 「え?」突然の話題に、ココロは一変して吃驚している。

 遠回りをするためにわざわざ歩道橋を選んで階段を一段いちだん、踏み締めるように上りながら、俺は構わず続けた。


「俺ってさ、ヨウの舎弟だろう? ヨウの名前は近所で売れっ子の不良。おかげで散々な目に遭ってきたんだけど、最近じゃ俺も名前が売れてきているからさ。俺の彼女になったらココロも……危険な目に遭わせるかもしれない」


 前みたいにガラの悪い不良に絡まれることもあるかもしれないし、きっと今まで以上に立ち位置を危険になる。

 ただでさえヨウのチームメートということで立ち位置が危ないのに、舎弟の俺と付き合うことになったら彼女は今以上に危険な目に遭うかもしれない。俺はココロを危険な目に遭わせたくない。


「ココロじゃないと嫌なのは本当。でも、今の俺達は日賀野達と潰しあいをしている。どんな手で攻められるか分からない。利二の時のように、向こうが俺の好きな人を利用してくる可能性もある」


 どうにもこうにも今の状況じゃなあ。

 俺に彼女を守れるだけの手腕があればいいんだけど、残念なことに地味っ子平凡くんは非力だから。

 今は素直に気持ちが通じ合った現状に喜びを感じ、それをよしとすれば良いのかもしれない。嘘、全然良くない。俺だって年齢相応の青春を満喫したい。ココロの傍にいたいし、甘やかしたい。彼女の笑顔を独占したい。デートだってしたい。もっと心を知りたい。

 だけどこればっかりは俺一人の問題じゃない。ココロに辛い思いはさせたくない。俺の我儘で彼女を傷付けるわけにはいかないんだ。両想いという点だけでも今は満足するべきだろう。


「あのですね、ケイさん。私、とても我が儘なんです」


 静聴していたココロが、静かに口を開く。

 幾分明るい口調で笑声交じりに、とても我が儘なのだと俺に吐露。皆からは人を気遣える良い子だと言われているけれど、自分だって人並みの我が儘は持っている。彼女は軽く目を伏せて、だけどはっきり俺に告げてくる。


「思いが通じ合うだけじゃ嫌なんですよ。せっかくケイさんに気持ちを伝えられたのに、私が弱いばっかりに気遣わせて終わってしまう。両想いで終わってしまう。そんなの嫌です」


「違うよ、弱いとかじゃなくて」


「そうなんです。ケイさんに気遣わせてしまっている点で、そういうことになっているんです。ケイさん、心配してくれてありがとうございます。だけど私、我が儘だから……ケイさんの心配を受け取れそうにないです」


 歩道橋を渡っていた足を止め、ココロは決意を宿した瞳を俺に向けると「これじゃイヤです」はっきりと自分の気持ちを伝えてくる。

 随分と勇気を振り絞っているみたいで、ぎゅっと二つの小さな握り拳を作って主張。このまま終わらせたくもないし、気遣わせたくもない。「何よりも……」いつもオドオドしていたあの口調はどこへやら。強い口調で俺に訴えてきた。


「私はちゃんとケイさんの……特別にっ、なりたいです」


 数メートル先で立ち尽くす俺に、ココロは言葉を重ねた。


「私、ずっとケイさんの背中を見てきました。ケイさんはいつも努力をしていましたよね。ヨウさんに見合うような舎弟になろうと、周囲からとやかく言われても努力していましたよね。喧嘩ができなくてもヨウさんの足として立派に動いていました。今でも立派にチームのために動いています。足手纏いにならないよう、水面下で努力をしているケイさんを私は知っています。周りが不良でも、ちゃんと自分を持っているケイさんに私は憧れていました。私と同じようなタイプなのに、直向きに不良と走るケイさんを……きっと好きになったんだと思います」


 気付けば足が動いていた。もう止められそうにない。


「私もケイさんみたいになりたいと思いました。卑屈とか、オドオドとか、そんなの吹っ飛ばしてケイさんみたいに心を強くしたいです。亡くなった両親も心を強くして優しく生きなさい、そういう理由で私に“こころ”って名前を付けたんだと思います。今度は私が努力します。気持ちをもっと強くします。ケイさんのため、いいえ、私自身のために。他の人に取られたくないから……ケイさんの特別になりたい。そう思っちゃ、」  


 彼女の息を呑む声が聞こえるけど、駄目だ、それ以上言わないでくれ。俺の心臓が持たない。

 こんな行動取るなんて自分でも予想だにしてなかったけど、俺がやると似合わないかもしれないけど、そんな問題じゃない。告白してまだ時間が経ってないだろとか、そういう問題じゃないんだ。

 本当に心臓が持たない。破裂しそう。どうにかなりそうだからちょっとだけ……ちょっとだけ、さ。


 「ケイさん?」腕の中で名前を呼んでくる細い声に、「ちょっとだけ」俺は彼女に甘えて肩口に額を乗せた。

 そしたら彼女は「はい」ろ返事をして嬉しそうに笑ってくる。ついでに、「お返事の代わりと思っていいですか?」おどけ口調で質問を飛ばしてくるもんだから本気の本気でタンマ。少しくらいさ、俺に感情処理の時間を与えてくれたっていいじゃないか。

 早鐘みたいに鳴り響く心臓を抑える術を知らない俺は、そのままの状態で口を開いた。

 情けないことに体が震えている。緊張かもしれないし、別の震えかもしれない。今の俺にはよくその震えの正体が分からなかった。


「今しばらくは忙しい日々が続くと思う。安易に隣に置いておくこともできなければ、デートもできない。チームのことで忙しいと思う。なにより俺はヨウの舎弟、あいつを支えるために留守にすることが多い。常にココロの傍にいてやることができない。それでも俺と付き合ってくれるか? 精一杯ココロのことを守るよう努力するから」


 沢山の勇気を振り絞ってココロに伝える、偽りない俺の気持ち。

 守るなんて簡単に口にしちゃいけないと思う。なるようになる……じゃ、駄目だ。それだけの実力を持っていない俺だからこそ、簡単に口にしちゃいけないと思う。逆を言えば口にしたら、それだけの覚悟と努力をしないといけない。


 だから俺は俺なりに覚悟と努力をするつもりだった。  

 なあココロ、すべてを承知の上で俺に言ってきてくれるんだろ? 強くなると言ってきてくれるんだろ?

 ありがとう、ココロ。君の覚悟を受け止めて、俺も不安を吹っ切って覚悟することにするよ。大切な人を作り、その人を守る覚悟……なんてクサイけど、ココロを守れるくらいも強くなる決意を持つことにするよ。それくらいしないと、男すら名乗れねぇ。


「俺もココロに特別になって欲しい。そして特別になりたい」


 顔を上げて、彼女を見つめる。

 多分、今の俺は最悪なほど顔が赤いんだと思う。緊張もしているし、声だって情けないことに告白タイムよりも震えている。だけど、そんなちっぽけなことはどうでもいいや。ココロの気持ちさえ聞ければ、本当にどうでもいいって感じ。

 今度は俺の気持ちを素直に受け止めてくれたようだ。彼女は破顔する。


「はい。喜んで」


 恋は不思議だ。

 彼女の一つひとつの言動に可愛いや愛しいとそう思う俺がいるんだから。


 なあ……ココロ。

 ココロに恋をしている俺の姿は君にはどう映っているんだ? 情けなく映ってないか?

 俺はさ、俺に恋をしてくれているココロがすっごく可愛く見えるんだ。一々ココロにときめいていたりするんだ。

 今まで片意地を張ってずっと気にしない振りばかりしてきた。ココロはヨウが好きだから、割り切って諦めようとしていたけれど、君を意識をしたら最後だった。結局俺はココロだけを見て、ココロだけを追って、ココロに振り回されてばっかりだったんだ。


 ココロが地味っ子だとか、苛められっ子だったとか、そんなのカンケーなくココロが可愛く見える。

 断言できるよ。どんな女の子が来ても、今の俺の目にはココロしか映らないってさ。それだけ君に夢中だよ。きっと人はこの状況を『恋は盲目』と呼ぶんだろうな。



 俺達はどちらが先に伸ばしたか分からない手を結び合い、二つの体温を一つにしながら歩道橋の階段を下りた。

 そろそろ帰らないと、ヨウ達が帰りを待っている頃だろう。歩調は相変わらずいつもの三倍遅いけどさ。


 また会話がなくなっちまったけど、今はこれで十分だった。

 視線を流せば彼女とかち合って、お互い照れ笑い。何一つ言葉はなかったけど手を結んで足並みを揃える、それはとてもとても幸せなやり取り。少なくとも俺達にはそう、感じている。感じているよ。


 彼女と結んだ手のぬくもりを感じながら、俺はちょっとだけ欠けたお月さんと顔を合わせる。


(日賀野達と衝突しても、この手を守れるだけの力くらいは欲しい。そう思っても罰は当たらないよな?)


 形も大きさも異なる手と手は、ちょっぴり肌寒い夜風に吹かれても解かれることはなかった。 


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