22.裏切りと終わりのエリア戦争(終戦)







――とうとう、ここまできた。





 嗚呼、やっと終わらせることができる。

 大尊敬している舎兄に背を向けたあの日から望んでいた“終わり”。

 自分の同志と共に決めていた“終わり”がようやく目前に……長かった。とてもとても長かった。一ヶ月という月日がただただ長かった。



 風を切るようにチャリで現場に戻った蓮はそれを乗り捨て、急いで地を蹴る。


 さあ、総仕上げだ。最後の仕事をしなければ。自分は許されぬことを、仲間や舎兄にしてしまった。許してもらおうなんて一抹も思わない。己の弱さと罪を認め、それに対して責任を負うつもりだ。


 けれどその前に、最後の仕事を。裏切り行為をしたあの日からずっと心に決めていたことを。

 戻って来た蓮に何処からともなく視線が飛んでくる。それは“蓮の同志”である榊原チームのもの。彼等に成功した旨を伝えるために、蓮は指で輪を作ると迷わずそれを銜えて甲高い音を鳴らした。三回、指笛を鳴らすことにより、浅倉チームと対峙していた同志達の意識が仲間内に向けられる。



 異変に気付いたのはかつての仲間である涼だ。空気の違和感に眉根を寄せている。



 そんな彼と目が合うが、振り払うように口から指を出すと蓮は大声で同志に伝えた。




「潰せっ、作戦は成功した! 榊原チームと協定チームを一人残らず、潰せ! 和彦さんを、浅倉チームを勝者にしろ――! 俺達は奴等とここで終わるんだ!」




 するとどうだろう。

 あれほど浅倉チームと対峙していた元チームメート達が、「合図だ。潰せ!」次から次に己のチームを潰すために動き出す。

 これには現浅倉チームならびに協定の荒川チームが戸惑いを見せる。敵だと思っていた不良が、仲間を潰しに掛かっているのだから。同志達が榊原チームや協定チームに敵意を見せ、かつての仲間を助けている。ああ、夢にまでみた光景だと蓮は顔を微かに歪めた。

 先程、膝蹴りをお見舞いした桔平が視界に入る。未だに腹部を押さえている彼は、苦戦を強いられているようだった。すかさず蓮は桔平を助けるために背後から不良の背に肘を入れ、その場で引き倒す。



「蓮っ、なんで」



 彼の疑問に答える間もなく、蓮は向こうで苦戦を強いられている舎兄に向かって走る。

 重量のある鉄パイプを振り回しているリーダーと、素手で対抗する舎兄の下へ急げ。報告をしなければいけないのだ。最後の仕事のひとつとして、リーダーに報告を。


「チッ、鉄パイプは卑怯だろーよッ?!!」


 榊原に気を取られていたせいで、舎兄は背後から忍び寄ってくる不良の鉄パイプに気付かなかったようだ。「二人掛かりかよ」横っ腹をやられ浅倉はその場で膝をつく。やられた患部を押さえて顔を顰めた。同時に隙を突いた前衛後衛が鉄パイプを振り下ろした。

 響く鉄パイプの音。飛び散る汗と鮮血。そして息を呑む声。二本の凶器を頭や肩や腕で受け止めたために、蓮の視界がぶれる。


「れ、ん? おめぇ」


 舎兄の声が遠い。

 それでも蓮は気丈に足を踏ん張り、こめかみから滴る血を拭うこともせず、また乱れた呼吸を整えることもせず、右の腕で受け止めた鉄パイプを引っ掴み、後衛を任されていた不良の鳩尾を突く。

 次いで前衛を受け持っていたリーダーにシニカルな笑みを向けて、報告。


「残念だったな、榊原。日賀野達との協定は解消してきた。援軍は来ない」


「……ンだと?」



「これが俺達の末路だ! 終わりだっ、榊原っ! お前は俺達と終わるんだよ! 一緒に堕ちようぜ、地獄にさ」



 激昂する榊原が鉄パイプで蓮の体を薙ぎ払ったのはその直後のこと。構えていなかった蓮が地面に叩き付けられる。




 代わりに動いたのは蓮の舎兄。

 彼、浅倉和彦は仲間の傷付けられるその光景を目の当たりにして、ただただ腹立たしかった。血を流す舎弟に己の方が痛みを覚えるほどだ。

 横っ腹の痛みなど念頭にもなく、素早く立ち上がるそのバネを利用して向こうにまずは一発ストレートを入れる。怯む相手が鉄パイプを振り回そうが、素手で受け止め、懐に入ると頭突き。此方にも些少ながらダメージを食らうが、気にする余裕もない。


(一気に畳み掛ける)


 小手を狙って鉄パイプを叩き落し、左右フック、そして顔面に拳を入れて体を飛ばした。

 向こうが転倒する際、歯が二、三本、宙を浮いた気がするが、不確かな光景だった。榊原が倒れると同時に、血の滲む拳を拭うこともせず、浅倉は舎弟の下に駆けた。


「蓮!」


 膝を折って、崩れている舎弟に手を掛ける。

 目を白黒させている舎弟は、正気に戻ったようで浅倉の優しさを拒むように自力で起き上がろうとするが体が言うことをきかないようだ。抱き起こす浅倉の腕の中に沈んでしまう。なおも動こうとする舎弟に、頼むから動くなと浅倉がすると、「終わらせないと」すべてを終わらせたい、彼はうわ言を漏らす。

 仲間が終わらせるために走っているというのに、自分が動かないわけにはいかない。いかないのだ。蓮はくしゃくしゃに顔を歪め、痛みに呻く。


「和彦さんっ……貴方の、勝ちですよ。もうすぐ榊原チームは終わる。寄せ集めの、チームなんて結局脆いもの……なんですよ」


 頭が倒れた今、このチームは崩壊するだけとなった。

 このエリア戦争は浅倉和彦とそのチームが勝つのだ。弱小チームと嘲笑された浅倉チームは今、王者として名を挙げようとしている。なんて喜ばしいのだろう。蓮は微かに笑みを作ると、胸を撫で下ろしたように安堵の表情を零す。


「とどめをっ」


 自分もまた榊原チームの端くれ。どうかとどめを刺して欲しいと蓮。

 できるわけないではないか。そう返しても、彼は終わりを羨望してくる。どうしても終わりたいのだ、と。


「全員……ぶちのめして、エリア戦争の……勝者に……」


 浅倉はすべてを察した。舎弟は最初から自分に心を置いていたのだと。榊原についた振りをして常に味方だったのだと。


「っ、ばっきゃろう。蓮、おめぇはほんとにっ……」


 どうして自分は舎弟の本心にいつも遅れて触れてしまうのだ。

 激情を抑えるように苦悶する浅倉に蓮は言う。喧嘩の勝者は笑っているもの。だから舎兄はあの頃のように笑っていればいいのだ、と。






「――蓮っ、なあ蓮、しっかりしてくれよ! どうして俺にっ、一言相談してくれなかったんだよ。おりゃあいつもそうだ。失って初めて気付くっ、今も、あの時も!」


「浅倉……」



 ヨウに体を支えてもらいながら“エリア戦争”の現場に足を踏み入れた俺は、悲痛な嘆きを口走る浅倉さんを仲間と目の当たりにしているところだった。


 俺達が戻ると既に榊原チームとの喧嘩は終わっていた。地べたのあちらこちらで榊原チームや協定の不良が倒れている。中には浅倉チームに属している不良もいるようだ。


 ある意味、凄惨な光景だと言える。

 それらに目を伏せつつ、浅倉さんに視線を戻すと、俺とハジメを助けてくれたあの不良がこめかみから血を流し、ぐったりと頭を垂らしていた。


「最初からおめぇは俺を勝者にしようと……ふざけるなよ。こんな勝利、誰が喜ぶんだ?」


 本当に阿呆だ。阿呆過ぎて悪態も出ない。

 浅倉さんは行き場のない苛立ちを自分の太ももにぶつけていた。拳を振り下ろし、何度もぶつけていた。桔平さんや涼さん、それに向こうチームの仲間が浅倉さん達の下に足先を向ける。その面持ちはただただ哀しい。


「……これが俺等の望んでた勝利、だったのかな。ヨウ」


 実質……俺等の勝ちだというのに、まったく勝利に喜べない光景。ヨウも同じみたいで、無言で光景を見つめている。


 俺は初めて知ることになった。

 喧嘩に勝つ。それがすべてじゃないし、勝ったからと言って終わりでも始まりでもない。喧嘩に勝って喜びを得られるものもあるけど、喧嘩に勝って得られない、寧ろ後味の悪い勝利もあるんだと。元々仲間同士だったチームが分裂。喧嘩の果てに待っていたのは、勝利に酔えない複雑な光景と人間模様。

 蓮さんはどういう思いで、榊原チームに身を投じていたのだろう?



「夕陽が眩しいや」



 俺の呟きは空気に溶けていく。

 沈んでいく夕陽は勝者にも敗者にも優しくない、ふてぶてしい顔色で俺等を赤々と染め照らしている。まるで愚かな喧嘩をした俺等を咎めているように、無愛想にいつまでも赤々と染め照らしていた。



 その日の夕暮れ。


 北を支配していた浅倉チームは協定を結んだ荒川チームと共に、南を支配していた榊原チームに勝利。

 東西を支配していた刈谷・都丸チームもお互いに衝突し合って相打ち。その上、浅倉チーム勝利の一報、荒川チームとの協定話を耳にして降参。弱小と呼ばれていた浅倉チームは晴れて、『エリア戦争』の勝者となった。


 ぬめぬめしているような後味の悪さを噛み締めながら、『エリア戦争』の勝者として名を挙げることになった。


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