21.裏切りと終わりのエリア戦争(後編)




 俺はぎこちない表情を作りながらも、健太に目を向けた途端、馬鹿みたいに冷静になる自分がいた。


 向こうは冷ややかな目で俺に視線を向けてきてくれる。随分とまあ不良ぶってくれちゃって……ま、俺達は絶交しあった仲だからな。そういう素っ気無い態度を取っても仕方がないだろうけど。


 取り敢えず、なんでこいつ等が此処にいるんだよ! 『エリア戦争』の傍観者にでもなりに来たか?! だったら此処で止めないと不味いよな。

 斎藤進という不良以外は喧嘩的にも腕っ節的にも俺とどっこいどっこいそうだけどっ、副頭は強そうだぜマジで! あの切れ長の目と、冷静を纏っている雰囲気。コワッ!


「あれあれあっれー? なーんでヨウのチームが此処でたむろっているのかなぁ? しかも舎弟はハジメと一緒? 変な組み合わせだね」


 ピンク髪の中坊・ホシが鼻に掛かった声で甘ったるく問い掛けてくる。

 何故だろうか、その甘ったるさにグーパンチを飛ばしたくなるんですが! フッ、答えてやる義理なんてな、義理なんて、ないんだからな!


「ちょっとそこまでお買い物中です! パシられ中なんでお気になさらず!」


 正直に答えてやる義理はないけど、質問されたら返してやるのが礼儀だよな! べつに副頭が怖いからじゃないぞ! ち、違うんだぞ!

 俺の返答に軽く眉根をつり上げる副頭。ちょいブルって震えた気がするけど……気のせいか?


 「嘘付け」俺の返答に異議申し立てしてきたのは、付き合いの長い健太。糸も容易く俺の嘘を見抜き、シニカルな笑みを浮かべてくる。


「ははん。さてはお前等、『エリア戦争』に関わっているな。此処の裏道を使えば、五分足らずで商店街南門まで出られる。そうだろ、圭太。土地勘の優れているお前がこんなところで駄弁っているってことは、何かしら一噛みしているんだろう?」


 健太……お前。

 馬鹿正直に顔を歪める俺をせせら笑い、健太はビンゴだと笑みを深める。

 まるで俺等の中学時代の関係を一切合財なかったことにして接してくるそいつは、友人という顔じゃなく、一端の敵チームとして接してくる。クソッ、お前は割り切っちまったのかよ。俺等の関係をあの日の絶交宣言で、全部割り切っちまったのかよ。

 だったら残念、俺はそう簡単に割り切れないんだよ。

 なんでならさ、俺はお前を大事なダチだって思っているから……もう焦って答え出すのもやめたんだ。お前と俺の関係に、焦って答えだすことはもう。


「ケイ。大丈夫かい?」


 手の色が無くなるまでハンドルを握り締める俺に、ハジメがそっと声を掛けてくる。

 ぶっちゃけるとちっとも大丈夫じゃないさ。こうして向かい合うだけでも、失友した胸が痛む。

 でもな、今は大丈夫だって気丈に振舞ってやるさ。「ハジメ、副頭の実力分かるか?」ハジメの心配を聞き流して、向こうチームの実力を尋ねる。健太の実力はある程度把握している。あいつも元々はジミニャーノ。俺と実力は変わらない筈……中学時代までのデータだからなんとも言えないけど。


「ホシは分かるんだけど。副頭までは……ヤマトが高校に進学して仲間にした男だろうね。雰囲気的には冷静沈着で、分析力にはとても長けていそうだ。なにより向こうの副頭をしている腕前なんだしね。油断はならないよ」


 ご尤もな意見に頷き、俺はどうやってこの修羅場を切り抜けようか思案を巡らせる。

 ヤーんだぜ、副頭にフルボッコされるなんて。ぜってぇヤダかんな! 日賀野大和で十分、俺は堪能したんだからな!


「フーン、『エリア戦争』にヨウが向こうに関わってるんだ。じゃあー、ヤマトに連絡してやろうっと」


 ホシの行動に俺とハジメは以心伝心。

 しっかりとハジメが俺の肩に掴まり、俺は思いっ切りペダルを踏んでチャリをかっ飛ばした。不意打ちともいえる俺等の突然の行動に向こうは怯みを見せるけど、気にするととなく俺は三人の脇をすり抜けた。


 同時にハジメがホシの取り出した携帯を引ったくる。

 ある意味、犯罪染みた行動を犯す俺等は見事にホシの携帯をゲットして後ろに下がった。

 「ちょーっと返してくれる?」ぷぅっと可愛く膨れる(ちっとも可愛くねぇよ!)ホシが俺達に携帯を返すよう命令。冗談じゃない。あいつに連絡をされちまったら、こっちの計画が狂っちまう! 日賀野に連絡させることだけはさせねぇよ。



「連絡されたら困る、というところか」



 スーッと目を細めて俺等を捉える斎藤が一歩、足を踏み出した。

 やっべぇ。こりゃ来るな。俺はハジメにもう一度肩を掴んでおくよう指示。瞬間、チャリを漕いで大きく旋回させた。あくまで俺の力は人の“足”になる移動とスピードに乗らせる手段でしかない。喧嘩できる相手を乗せて初めて、爆裂的な攻撃力を生み出すことができる。今の面子じゃちょい無理があるわけだ。


「ケイ、頭低くして!」


 ハジメの言葉に俺はちょいと頭を低く下げる。ハジメは落ちる覚悟で俺の肩から両手を放して、持っていたホシの携帯に回転を掛けながら投げた。

 「アアアアア!!」何てことするの! 悲鳴を上げるホシを余所に、携帯は斎藤の頬横を通り過ぎて、健太の手に命中。正確には手に持っていた携帯に命中。弾かれたように二つの携帯は宙を舞い上がって、向こうへと飛んでいった。

 どーやら副頭に相手させておいて、健太は頭に連絡を入れようとしていたようだ。


 まったくもって狡いぜ! ジミニャーノ不良! って、うわっつっ、どっわぁああ?!


 副頭が前車輪目掛けて横蹴りを入れる。

 それによって俺等はバランスを崩して転倒。俺はハジメと仲良くアスファルトに叩きつけられた。

 アイッテーっ、自転車ってのは前からの攻撃には強くても、横から攻撃されると、こんな目に遭う。横は弱点だぜ、弱点! 打ち付けた肩を擦りながら、「大丈夫か?」俺はハジメに声を掛ける。「なんとか」でも背中打ち付けたと苦言を漏らす。

 だよなぁ、スピードあっての転倒だから、俺も擦り剥いちまって擦り剥いちまって、あーいってぇ。擦り剥いて指から血が出てらぁ。青たんができてもおかしくないよなぁ!



「自転車がない舎弟は使えないと聞く」



 どん、効果音にするとこの音がピッタリだろう。

 俺等の前に赤い彗星が現れた。あ、ちげぇ赤い副頭が現れた。髪の色に反してこのクールっぷり! 同じ髪の色を持つタコ沢と大違いだな! ……てか、大ピンチ? 俺等フルボッコカウントダウン入っている?

 「携帯の仇はとってね!」能天気に応援するホシと、「……」眉根を寄せたまま仏頂面で立っている健太の視線を受けながら、向こうの副頭は冷然と俺等を見下ろしてくる。


 俺とハジメは顔を見合わせ、肩を竦めた。


「ヤーレヤレなんだぜ。またフルボッコされる羽目になるとはなぁ、ハジメ」


「だねぇ、ケイ。でもほら、今度は一人じゃなくて二人だから。死ぬ時は一緒だよ、と言ってみる」


「ンッマー、惚れちゃいそう。ハジメさん。その前に、ええいっ、そこの副頭さん! 今さっき自転車がないと使えないと仰ったけどな……じ、自転車以外にも俺には習字って必殺武器があるんだぞ! あ、ナニその顔、習字がどうしたって顔しているな? 習字は精神力との勝負なんだぞ! この際だから教えておいてやろう!」


 習字とは文字を正しく、美しく書く練習のことを言うんだ。戦闘スタイルはいたってシンプル。

 今回は特別に毛筆編を特に教えてあげよう! 次回はないけどさ!


―戦闘スタイル(毛筆編)―


 その1:墨汁をたっぷり吸った筆を持つ。

 その2:半紙と向き合い、

 その3:どれだけ字を綺麗に正確に丁寧に書けるか勝負をする。


 文字vs俺の真剣勝負開始!

 消しゴムで消すなんて手法がないため一発勝負。

 謂わば真剣勝負なのだ! 俺、田山圭太は確かに自転車がなくなると使えない人間になる。それは認める。だけど取り得としてもう一つ、真剣勝負に強い習字が得意だってことを覚えておいてもらいたい! ちなみに熱弁している俺だけど、習字が大好きとかそうゆーことないっすよ! 寧ろ習字は親から習わされていたんで夜露死苦!


「どーだ。人間っていうのは何か一つや二つ、必ず取り得がある。俺は習字が得意だからそれも覚えとけ! ……うっし、スッキリした。日賀野と同じことを副頭さんにも言ってやったぜ。不良相手によく言った。がむばった俺。後はなーむになるだけだ。悔いはねぇや。未練はあるけど」


「ぶふっ、あっはっはっはっは! ケイっ、この状況でナニ言っちゃってくれてるの! しかもそれ、ヤマトに言ったわけ? あっはっはっは!」


 場所問わず大爆笑してくれるハジメは「ヤマト相手に言ったんだ!」それは今からフルボッコにされる男が言う言葉じゃない。KY過ぎる! ヒィヒィ笑声を上げて、腹を抱える。

 おいおいおい、俺の習字伝説をなんだと思っているんだよ、ハジメ。いや、そりゃーKY発言だって自覚はあるけど、俺だってあの時はテンパって「ククッ」そうそう……こうやって日賀野を笑わせ、ン?


 俺は顔を上げて今からフルボッコしようとする不良さんを見上げた。

 副頭さんは俺等に背を向けると、スタスタと民家の塀に歩み寄ったと思ったら、しゃがみ込んで身を震わせている。何をしているんだ、あの人。口元に手を当てたりなんかしちゃってからに、まさか吐きそう? ……此処で吐くくらいなら、コンビニでトイレを借りることをオススメするぜ! 何事もマナーは大事だろ!

 血相変えたのは健太、「始まったよ」呆れているのはホシ。健太が慌てて駆け寄り、しゃがみ込んでいる副頭に声を掛ける。


「ああぁああ! ススムさんっ、大丈夫ですか!」


 口元を押さえている相手からは応答は無い。やっぱりあれか? 吐きそうなのか?


「ナニ健太。その人、ガチで吐きそう? 俺、ビニール袋をそこのコンビニから貰ってこようか? エチケットは大事だぜ! こういう時は敵も味方もない!」


「あ、お気遣いどーもどーも。確かに敵味方関係なくエチケットは大事ですよねぇ」


「エチケットは人間社会のマナー! 皆で守ろう、社会マナー! 忘れないでジャック、俺も貴方も敵の前に同じ人間よ!」


「デイビット、忘れていたよ。君も同じ人間だったことを!」



「ちょ……ケンまで、どうしたの?」



 どん引きしているホシの一言により、ハッと健太が我に返る。

 「しまった。乗せられた」頭を抱え、どーんと落ち込む健太はやっぱり俺と同じ調子ノリのようだ。こうやって乗ってくれる健太を見ていると、まだ俺の知っているあいつなんだなと安心できる。

 はてさて、忘れられそうになっていた副頭さんは俺等のやり取りを聞いて咳き込み始めた。ガチで吐きそうなのか? さっきから身を震わせているけど……フルボッコどうするの? あ、別に望んでるわけじゃないけどさ!


「け……ケン。笑わせるな。さっきからツボって、し、し、死にそうだ」


「こ、こんな時にツボらないで下さいよ! ススムさん! 本当に笑い上戸なんですから!」 


 えええっ、あの人笑い上戸なの? 

 超クールそうに見えるのに……んじゃ、さっきブルっと震えていたのは俺の返答に対して必死に笑いを堪えていたからか? ンマー、面白い返答をした覚えはないんだけど。人間って見た目だけじゃ分からないよな。まあ、笑うことはイイコトだと思うよ。笑う角には福が来る、だしな。きっと副頭さんは毎日が福でいっぱいなんだろうな。

 完全にツボっている副頭さんに溜息をついた健太は、キッと俺を睨み(ええっ俺に責任ありかよ!)、「卑怯者め!」非難の嵐。


「ススムさんが笑い上戸なのを知っていて、面白可笑しい馬鹿なことを言うなんてっ! クソ地味!」


 く、クソ地味!

 地味に地味と言われて俺、カッチーンなんだけど! 不良だろうと、相手は健太。カンケーねぇ!

 「だっれが地味だ!」「お前だ!」いや、まったくもってそのとおりではあるけど、お前にだけは言われたくないぞ! 俺は立ち上がって、健太を指差した。


「お前にだけは死んでも地味なんて言われたくねぇよ! 不良気取ってもどーせ中身はチキンジミニャーノのくせに! 本気で日向デビューしたいなら、いっそのこと白にでも染めちまえバーカ! 俺をビビらせてみやがれってんだ!」


「んだと、このKYジミニャーノ! さっさとフルボッコにされれば良かったんだよ!」


「あーあーあー。お友達にそんなこと言っちゃう? 言っちゃうんだ? だったら此処で暴露しちまうぞ。お前の巨乳好き!」


「ちっげぇ! おれは貧乳好きっ……ああぁあああ! また乗せられた! お前と話すだけで調子が狂う!」


 両膝をついて落ち込む健太に、俺は一本取ったと握り拳を作った。

 知っていたさ、お前のひんぬー好き。敢えて巨乳を出したのは、お前が乗ってくれるって分かっていたから――なあ、健太。お前はあの時ですべてが終わったと思っているだろうけど、俺は終わってないと思っている。思っているんだ。埒が明かないと判断したホシが携帯を取りに動こうとしたのを視界端で捉える。「ハジメ!」そっちは頼んだと声音を張り、俺は健太に突っ込む。

 ハジメは地を蹴って、ホシよりも先に携帯を駆け出した。俺はというと、戦闘復帰にもう少し時間が掛かる副頭を差し置いて、健太のお相手。あんま喧嘩はできないけど、足払いして相手の体勢を崩しに掛かった。


 地面に手をつく健太だけど、手際よく足を出して俺の腹部に靴底をめり込ませる。

 随分と健太も修羅場を掻い潜ってきたようだ。喧嘩に幾分慣れている動きを見せる。「チッ」俺は舌を鳴らして、その足を掴むと一気に上に持ち上げてバランスを崩させた。尻餅をつく健太に馬乗りになって、俺は胸倉を掴む。

 そして敵意剥き出しの友達に言ってやるんだ。


「健太、俺はお前をまだ友達だって思っているよ。絶交宣言してもさ。俺はお前を友達として見ることにした」


「ッ、何言って……フッザけるな!」


 俺の手を腹って胸倉をつかみ返してくる健太は、怒号を上げた。


「誰がお前と友達だ! おれ等は終わっているんだよ! 古いおれ等はもういらねぇんだ! ……いらねぇんだよ。分かれよ、馬鹿」


「焦って答えを出すことはやめにしたんだよ。そりゃ俺は……ヨウの舎弟でお前は向こうのチームだけど。どんなにお前が敵のチームに身を置いていようとも、中学時代の関係に後悔はないし、感謝もしている。だから、俺はお前を今までどおり友達として見ていくことに決めた。これからどうしていけばいいか答えが見つかるまで、いや、見つかっても、俺はお前を友達として見ていく」


 怯みを見せる健太だけど、ギュッと顔を顰めて俺の面を殴った後、押し倒してくる。

 いってぇな馬鹿。思いっ切りグーで頬を殴りやがってっ。顔はな、父さんにもぶたれたことないんだぞ。頭には拳骨を何回か食らったことがあるけどな。見下ろしてくる健太はギラついた眼を俺に向けて、低い声で唸った。


「おれはいらねぇや。古い関係も友達もお前も。過去なんていらない。だからおれはお前を潰す。過去を断ち切るために、お前を全力で潰してやる。田山圭太って男を、潰してやる」


「そっか。それがお前の答えか? ……じゃあ、友達として、お前を迎え撃ってやるよ。健太」


 気丈に笑ってやる俺に、向こうはまた一発かましてくる。

 あのなぁ健太。ぶたれているのは俺なんだぜ、痛いのは俺。んでもって、お前、自分で決めたんだろ? 過去を絶って俺を潰すって。

 そう心に決めたなら、それを貫けばいい。俺は俺の決意を貫いていこうと思うから。だからそんな顔をするなって。二度もぶたれてさ、痛い思いをしているのは俺なのに、ぶっているお前が辛そうな顔するなって。馬鹿健太。


 俺はお前にどんなことを言われようとも、友達と言うよ。

 絶交宣言、俺の中じゃ消散しちまったんだ。悪いな、ごめんな、お前の覚悟を霧散するようなことしちまって。

 お前はお前なりに、俺のことを思って絶交してくれたんだろう? きっとお前の方が先に友達が敵のチームにいると知ったんだよな? 随分葛藤したんじゃないかと思う。お前の性格を熟知している俺だから、きっと俺よりもずっと長くながく苦しんでいたんだろう。簡単に想像がついちまう。


 本当にごめんな。

 お前が苦しんでる間、俺は能天気に日々を過ごしていた。何も知らず平々凡々と、ヨウの舎弟として充実過ぎる日々を過ごしていた。

 でもな健太、お前との過去をなかったことにできるほどお前の関係は軽いものじゃなかったんだ。少なくとも俺の中では。後悔なんてしていないよ、お前と友達になった日も、楽しくノリツッコミ三昧だった日々も、一番仲が良かった関係も。



 ヴー、ヴー、ヴー。



 おーっとお電話みたいだ。

 ちょいタンマ、俺等、本来の仕事に戻らないといけないみたいだ。あ、タンマなんてしてくれるわけないよな。その顔からして。そいじゃお返しがてらに。


「ちょっと失礼シマーっ、ス!」


 俺は投げ出していた右腕に力を入れて、健太の横っ腹に拳を入れた。ついでに邪魔だから健太の体を突き飛ばす。 

 これくらい許されるだろう?! 俺なんて二発も顔面にパンチっつーかビンタ食らったんだからな! ついでに川に落とされた恨みはまだ根に持っているんだぜ! あの後熱が出るは、仲間内から寝返ったんじゃないかって疑念を抱かれるは、大変だったんだからな! ぜーんぶ、お前が悪い! 俺を川に落としたお前が悪いんだからな!


 心中毒づきながら、俺は急いで健太と距離をとって電話に出る。

 相手は勿論舎兄。向こうは矢継ぎ早に俺に用件を告げてくる。曰く、榊原チームの不良達数人が裏道を使って応援を呼ぶ行動に出たらしい。ちょ、こっちに向かってるだって?! まっずいってそれ!


「ヨウ、俺とハジメ……今、日賀野チームとご一緒しているんだけど」


 しかも、その内一人は副頭サマがいたりするんだけど。

 途方に暮れてる俺にヨウは電話向こうで素っ頓狂な声を上げた。


『……はあっ?! 今っ、ヤマトチームと一緒ってどういうことだ!』


「いやぁ、ちょ……向こうから姿を現してくれたみたいな? しかもそっちも、不良が来ているんだろ? ………さすがに俺等、大ピンチです。ヨウ」


 なにぶん、見張り&情報役ペア、喧嘩できないもの同士なんで、このまま行けば確実フルボッコタイムが始まるかと。あ、複数だからリンチタイムか。えへへっ、大勢でがやがやわいわいすると楽しいよな。超楽しみ……なわけないだろ! リンチとか最悪のシナリオじゃないか! 俺のトラウマがまた一つ増える!

 焦る俺に、『待ってろ!』ヨウは今すぐそっちに行くと言って電話を切ってきた。あ、おい、ヨウ……っ、あ~~~っ! ヨウはそっちにいないとダメだろうにっ……俺等が弱いばっかりにっ、ドッチクショウ!


 自分に苛立ちを募らせながら携帯をポケットに捻り込むと、「ハジメ!」ホシと対立している仲間に声音を向けた。


「此処にヨウが来る! 緊急事態で、その他オマケの不良も来るらしい! ちょい、とんでも事態になっているけど、とにもかくにもヨウが来るまで持たせろ!」


「リョーカイ。五分持てばいい方だよね。おっと!」


 ホシの蹴りを避けているハジメに、「そんなところ」俺は引き攣り笑いを浮かべて目前を睨んだ。

 生憎俺の最大の武器の自転車は倒れちまって、道端に放置されている。起こしに行ってやりたいんだけど、どーも向こうがそれを許してくれなさそうだしな。闘争心剥き出しの級友、それにやっと笑いの発作が治まったのか、またクールな雰囲気を取り巻いて級友と肩を並べてくる副頭。どうぞどうぞまだ笑っておいて欲しかったんだけどな。

 アウチ、田山圭太はラスボス一歩手前の大ボスと、俺とどっこいどっこいの実力戦闘員を相手にしないといけないのか。


 無理だこれ。敗北フラグ大だぜ。

 なにせ俺、防具も武器もなしの丸腰で二人を相手にしないといけないんだぜ? ぜってぇ負け確実だろ! ……んでも、やる時はやらないとな。


「せめて一人ずつ、じゃ駄目ですかね? 完全に俺の不利ですから? ご慈悲のほどをお願いしたいんですけど?」


 一応バトルスタイルを要望してみる。

 相手が受け入れてくれるかどうか分からないけど、此処はフェアでいきたいしな? すり足で距離を置きながら、俺はご慈悲のほどを頼んでみた。


 すると健太が間も置かず、俺に向かって駆けて来る。

 ちょちょちょっ、おまっ、バトルスタイルの要請にさえも受け答えしてくれないってか? ひっでぇよな! そんなに俺を潰したいってか? ……受けて立つっつーんだ。こっちとら、お前のせいで散々な目に遭ったんだからな。川の件とか、超恨み持っているんだからな。友達に川どっぼーんなんてしていいのか? え? 健太さんよ!


 打ち付けた体に鞭打って、右に体を傾けると勢いづいた拳を受け流して膝で向こうの鳩尾辺りを突く。

 舎兄の喧嘩を傍で見てきた俺だ。そんなに喧嘩ができなくとも、どうすればどう相手に攻撃できるのかの動きは見極められるようになった。だけど向こうも喧嘩っつー修羅場を掻い潜ってきた兵(つわもの)。


 走る痛みに顔を顰めつつも、バネにように足を弾ませて横っ腹を蹴っ飛ばしてくる。相打ちってところかよ。

 お互いに距離を置くため後退、今度は俺が先制攻撃を仕掛ける。

 相手の懐に入ろうと飛躍。裏拳を入れようと構えた右手を受け止められたから、俺は飛んでくる左手の拳を受け止めて、相手にガン付けた。見慣れた顔、でも見慣れない髪の色を持つ不良は「この調子乗り」小さな悪口(あっこう)を吐いてきた。


「調子のイイコトばっか言いやがって……今が大切なくせに……過去なんて捨てろっつーんだ」


 辛酸を噛み締めるような顔を作ってくる健太に、「残念」俺は意地悪く笑みを浮かべてやる。


「過去もひっくるめて今が大切なもので」


 俺ってイイコト言うよな、おどけて見せたら向こうの癪に障ったみたい。

 「ざけるな」鋭い眼光で俺を睨んできた。ごめんなさい、本当のことを言っちゃって。俺ってオトモダチ思いだから、んでもって我が儘だから、ヨウ達も大事だけど健太も大事なんだよ。主に後者の理由で俺はお前を捨てきれない。OK? お分かり?

 空気を読んでくれているのか、副頭さんは俺等の間に入って仲間に手を貸そうとする素振りは見せない。ハジメやホシの喧嘩にも手を貸そうとしない。


 ただ腕を組んで、商店街の方角に焦点を定めている。そろそろヨウが来てくれてもおかしくない。それとも先に榊原チームの不良が来るか。頼む、ヨウ……急いでくれ。

 俺の願いも虚しく、向こうから見えて来たのは見慣れない不良達。協定を結んでいる日賀野達に援軍を要請しようって奴等だ。チックショウ、先にあいつ等かよ。止めたいけどさ、目前の元ジミニャーノが退いてくれねぇんだよ。しかも、ちょっと余所見をした隙を突かれて足払いされた俺は、無様にその場に倒れた。


 素早く覆い被さって、拳を振り下ろしてくる健太の攻撃を受け止めた俺は凄いと思うよ。マジで。



「クソ……っ、退け、健太。俺には別にお仕事あるんだよ。お前バッカに構ってらんねぇ」


「――言っただろ。お前はおれが潰すって。圭太、いやケイ……お前は向こうの頭の舎弟でチームの“足”的存在。お前を潰せば、こっちが幾分優勢になるだろ?」



 クツリと喉を鳴らすように笑う健太は、まるで吹っ切ったように一笑。

 シニカルに笑うその顔は、俺のトラウマ不良を思い出させる。誰かと一緒にいれば感化されるもんだよな。俺だってヨウに感化される面が多々あるし。ったくお前、嫌な奴に感化されちまってさ。ほんっとぶっ飛ばすぞ、その面。


 「退け!」「ヤだね」ジミニャーノ攻防戦が繰り広げられている中、裏道を走っていた不良達は俺等の喧嘩光景に立ち止まる。

 そりゃ驚くだろうな。裏道でこんな喧嘩を目撃しちまったら。


 向こうはすぐに、片方が日賀野チームメートだって気付いたんだろう。

 迷うことなく副頭さんに歩んで、彼と同じ髪の色をしている不良が「日賀野チームだな?」確認してくる。肯定の返事をする副頭さん、「榊原チームなんだけど」そいつは協定を結んでいるチームだと身分を明かしていた。


 ああくそっ、やばいって、マジでやばいって! どうにか止めに入りたい俺は必死に健太を退かそうとするんだけど、こういう時、冷静が人の勝敗を左右する。焦る俺に対し、余裕綽々で健太は押さえ込んでくる。くっそっ、性格悪くなっただろ? お前!


 俺等の攻防戦が激化していく中、「アンタに恨みはないけど」そいつは副頭さんに前触れもなく拳を振り下ろす。


 え? 思わず瞠目してしまう。

 体重を乗せていた健太もこれには驚いたようで、紙一重に避ける副頭さんの安否を確認するために顔を上げた。「なんの真似だ?」副頭さんのご尤もな問いに、そいつは口角をつり上げ、「リーダーからの伝言だ」目を細めて嘲笑を零す。


「榊原チームは今を持って日賀野チームと協定を解消する」


 彼の発言に仲間であろう数人が非難の声を上げたけれど、彼を守るように三人の不良が飛び出し、仲間内に攻撃を仕掛けた。

 仲間の攻撃によって次々に倒れる榊原チーム、その側らで同チームのひとりが強硬手段を使って副頭さんに協定の解消を求めていた。解消できないのならば、日賀野大和が一番頭に血が上る方法で協定を解消する。そう脅す赤髪不良が構えを取る。


「おいテメェ等。荒川チームを助けてやれ」


 今、やられそうになっているのは浅倉チームの協定だと彼が声音を張った。

 あいつは俺達のことを知っているようだ。そいつの命令によって、仲間内を伸した不良達が俺とハジメを助けるために駆けて来る。危険を察したのだろう、副頭さんが健太とホシを呼びつけて自分の下に戻るよう指示した。

 面白くなさそうに鼻を鳴らし、「帰る」ヤマトに報告しなければ、と副頭さんが肩を竦めた。

  

「ヤマトに事を報告する。『エリア戦争』に間接的係わりがなくなった今、傍観する価値はなくなった、と。榊原との協定は白紙となった」


「えー? でもヨウ達が係わっているよ?」


 ホシのご尤もな意見に、「機会は幾らでもある」此処で呼んで決着付けても向こうは疲労しているだろう。疲労した輩を甚振る、そんなの面白くない。

 淡々と意見する副頭さんは、「それに分も悪い」向こうを睨んで肩を竦めた。

 不良達の後からやって来たのは、ママチャリを漕いでるモトにヨウ。喧嘩光景に揃って驚愕している様子。だよなぁ、榊原チームの数人は倒れているし、俺等は俺等で榊原チームであろう不良に助けられているし。


 ママチャリを停めたモトはホシの姿を見るや否や、



「アァアアアア! カマ猫! なんでこんなところにっ、いつもながらその髪の色うぜぇ!」


「出たぁ。ヨウの犬! なーんで現れるんだよぉ」



 ぶーっと可愛らしく脹れる(だから可愛くないって!)ホシに、「うぜぇえ!」モトは髪を振り乱してギャンギャン吠えていた。ほんと仲が悪いんだな、あいつ等。

 モトの出現によってホシは機嫌を悪くしたのか、「帰る」フンッと鼻を鳴らしてハジメにズカズカ歩み寄ると、「携帯は返せよ」手から奪い取ってズンズン副頭さんのもとへ。健太も今日は引き返す空気を読んだらしい。俺に向かって舌を鳴らしたと思ったら、そそくさと大通りの道に視線を流した。


 「アイテテ」見ず知らずの不良さんの手を借りて上体を起こす俺に、「ケイ!」ヨウが駆け寄って立ち上がる手伝いをしてくれる。

 その最中、榊原チームに疑心の目を向けた後、宿敵である副頭に視線を飛ばした。


「テメェ等……」


「安心しろ。『エリア戦争』に係わる気はない。たった今、榊原チームと協定を解消したところだからな。どうやらそいつ等は、貴様等の協定と見た」


 「は?」どういうことだとばかりに瞠目するヨウを差し置いて、


「内紛しているチームと手を組んだところで此方に利はない。今日は身を引いてやる」


 副頭さんは次回会う時は楽しい喧嘩にしようと別れの挨拶。

 喧嘩に楽しいも何もないと思うのは俺だけか? いや、ツッコんじゃいけないところなんだろうけど。

 さっさとトンズラする副頭さん、携帯が疵付いているとむくれているホシ、それから早足で仲間の後を追う健太。だけどすぐに足を止める。「ケン?」先を歩くホシ達が振り返る中、健太は前触れもなしに高笑いを零した。仲間達がすこぶる驚いていたけれど、健太は愉快だと、楽しくなってきたと額に手を当て、体ごと俺の方に向いた。



「ケイ、次会う時が楽しみだな。ははっ、お前を潰すのは誰でもないおれだ。荒川の舎弟なんて知るか。ヤマトさんのお気に入りなんて知るか。おれはお前を殺す勢いで潰す。それこそお前の抱く妄想すら潰してやるさ。ははっ、あっはっはっは、お前がいつまで夢を語れるか見物だよ!」



 狂ったように笑い、健太は憂慮を向けている仲間達の脇をすり抜ける。

 過去の関係ごと俺に背を向けて歩く健太。俺は独り言を呟いた。それはツッコミという名の、悲しい独り言。


「どこのアニメ台詞だよそれ、お前、漫画の読み過ぎなんじゃね?」


 健太、お前が苦心した上でその選択しか見出せなかったというのなら、俺は何も言わない。

 それがお前の答えなんだろうからな。俺にとやかく言う権利はないよな。お前は俺以上に長く苦しんで、苦悩した上でその答えを出したんだろうから。


 だけど、お前が俺の答えをとやかく言う権利もない。

 俺は俺なりに苦悩して、辛酸を味わって、挫折しながらも答えを見出したんだ。いや、答えなんて見つけてねぇよ。途中段階だ。どうすりゃ分からない暗中模索状態だけど、俺はお前を捨て切ることはできない。

 だから言うよ。何度だって、お前は俺の……友達だって。夢を語り続けてやるさ。お前が参ったというその日まで。



 さてと、感傷に浸るのもそこそこにして。

 俺等は仲間内を伸してしまった赤髪不良含む四人の不良に視線を投げた。俺はヨウに事情を説明して、協定解消のこと、仲間割れしたこと、そして援軍を免れたことを伝える。まったくもって予想だにしてなかったとヨウが瞠目する間もなく、「蓮」向こうの不良の一人が赤髪不良に声を掛けていた。


「終わらせて来い。今が榊原を伸すチャンスだ。俺達もすぐに行く」


 蓮と呼ばれた不良は後のことは任せたと仲間に綻ぶと、俺等の目を気にすることもなく颯爽と来た道を戻って行く。

 「ちょい借りるぜ」と言って、さっさと人のチャリに跨……って、それ、俺の自転車! ドロボー! 俺の愛チャリっ、返せー! 罰金だからなー!


「俺のチャリ!」


 嘆く俺を余所に、ヨウはどういうことだと残った不良達を見据えた。

 こんなことをすれば、どうなるか馬鹿でも分かる筈。お前等は負けたいのか。問い掛けに、不良の一人が答えた。「終わらせたいんだ」


「やっと終われる。和彦さんが……このエリアの勝者になれる」


 これまた予想してない言葉に、俺等は言葉を失う。

 敵意をまったく見せない榊原チームの不良達は、「和彦さんが勝者になれるなら」なんだってするさ。そう、なんだって。自分達は榊原と共に終わるのだと哀しそうに、だけど晴れやかで覚悟を浮かべた面持ちを俺達に見せた。


「お前等。ありがとうな。和彦さんたちと手を組んでくれて。荒川達がいたから、俺達はこの作戦を決行できる」


「作戦、それじゃあ君達は最初から」



「俺達は裏切り者さ」



 ハジメの言葉を遮る不良のひとりは明言する。




「俺等は単なる裏切り者なんだよ」




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