23.山田健太とリーダー





【商店街外れ・とある一角にある地下のバー】



「はぁ……あーりえねぇ。荒川達が『エリア戦争』に関わっていたなんざ。それを知らず、ノウノウ別の喧嘩に行っていたなんざ。一杯食わされた気分だぜ。あーあ、折角のゲームが。楽しめるゲームがぁ。これも全部、榊原が悪い。なんだってんだあいつ。あ゛ーアリエネェ」



 日賀野大和改めヤマトは、心躍るであろうゲームを逃した切なさに気分を低空飛行させていた。

 ソファーの肘掛に肘を置き、「ねぇよな」缶ビールを片手に先ほどからゲームを逃した心情をタラタラ垂れ流している。珍しくも落ち込んでいる様子。


 だがしかし、理由が理由なために彼の隣に腰掛けている帆奈美は呆れたように肩を竦めて梅酒を口元に運んでいた。

 「男は皆、物騒」喧嘩以外に考えることはないのかとむすくれている。「おやおや不満か?」昨日散々オサカリしたんだけどな、落ち込んでいてもさすがは我等のリーダー。意地の悪さだけはドS級だ。意地の悪い発言をするヤマトに、フンッと鼻を鳴らしてご機嫌ナナメを訴える帆奈美は噛み付くようなキスを相手に食らわせ、梅酒で喉を潤す。

 間を置いてヤマトは足を組み、笑声を漏らす。


「ほぉ。お姫さんは欲求不満のよーだな。なんだ、構って欲しいのか?」


「そうだと言ったら?」


 あくまで気丈に振舞う帆奈美。「喧嘩ばかりツマラナイ」愚痴まで漏らす始末。

 「ハイハイ。だったらちょいと慰めてやりましょーかね」ペロッと上唇を舐めて行動を起こそうとするヤマトに、「ストーップぅううう!」全力で待ったを掛けたのはカウンターに腰掛けていた伊庭である。


 忘れられている可能性もあるため、説明しておこう。

 伊庭三朗、仲間内からは“サブ”と呼ばれている男でシズを敵視しているアンド、タコ沢に『イカバ』と呼ばれ、暑苦しく対立していた奴である。


 「此処でサカるのはやめてくれよ!」TPOを考えてくれ、サブは嘆いた。

 こんなところで盛られても困るし、この室内にいる者達はどうなるのだ。仲間内に公開プレイをしたいのならば、それはご免である。他をあたってくれ。サブの訴えに、「わーってる」此処じゃしねぇよ、とヤマト。


「後でちゃーんと家にお持ち帰りするから」


 なんぞとキャツは言うがサブが止めに入らなかったら、悪戯本位であっらやだなことをしていたに違いない。

 ABCの段階でいけば、AとBの狭間程度の戯れ合いをこの場でしていたであろう。分かっていたからこそ、サブは全力で止めに入ったのだ。「ったくもう」愚痴るサブは、余所でほんの少しガッカリしている帆奈美を流し目。

 ガチな話、本気で勘弁してくれ、サブはガックシと肩を落とした。


「わぁあああ! 今、たっくんから『アイシテル』って言われたぁあああ! もぉおおイケメンすぐる! 抱いてぇえええー、アズミ抱いてぇええ!」


 向こうは向こうで黄色い悲鳴。

 サブはカウンターの向こうではしゃいでいる仲間、関あずみに視線を向けた。乙ゲー大好きなアズミは携帯型ゲーム機の画面に向かってへにゃりと蕩けた顔を作っている。駄目だこりゃ。二次元ワールドで恋愛してらぁ。どーでもいいが、悲鳴自重しろ。痛いぞ。

 誰かまともな奴はいないのか、まともな奴は。そうだ、向こうのソファーで酒飲んでる副頭がいた筈!


 救いの目を向けるように副頭のススムに目を向ければ、「ぶふっ!」盛大に笑いを押し殺している副頭の姿。

 普段からクールな空気が取り巻いていることを自覚している故に声に出して笑うことをしないススムだが(声に出して笑えば凄い笑い声になるのだ)、何か面白いことでもあったのか、必死にソファーの背凭れにしがみ付いて笑いを押し殺している。

 「まーた笑ってるよ」向かいの一人用ソファーで爪を研いでいるホシが肩を竦めた。


「いい加減に思い出し笑いから離脱したら? 不気味だってススム」


「いや……ふとした拍子にっ……習字話がっ、ぶふっ」


「あーもう。どんだけー。ススムの似非クール」


 バカみたいだと鼻を鳴らすホシだが、『習字』というキーワードに逸早く反応したのはヤマトだった。

 「プレインボーイに会ったのか?」満ち溢れんばかりの期待を籠めた問い掛けに、「奴は強敵だ」ぜぇぜぇっとススムは笑いを噛み締めて声音を震わせる。


「今から……敵になろうとする相手に、あそこまでこと細かく習字を……説法するとは……恐るべしだな。荒川の舎弟は」


「なんだよ、プレインボーイにあったのか。あいつはオモレェからな。あー、やっぱ切ねぇ。ゲームを逃したなんて……マージ切ねぇ」


 大きく溜息をつくヤマトだったが、ふと一室をぐるり。 

 “あいつ”がいないことを確認したヤマトは蓋の開けていない缶ビールと飲みかけの缶ビールを手に持ち、腰を上げて、少し外に出て来ると仲間内に断りを入れた。ヤマトが何処に行くのかは皆察しがついているために、誰も何も言わず。ヤマトもそれ以上のことは言わずに木造の扉を押し開ける。



 バーを出ると早足で地上に続く視界の悪い階段をのぼり、出入り口右横すぐの壁際に目を向けた。

 そこには、ジベタリングをしてぼんやりと煙草をふかしている仲間の姿。彼は最近、皆とまじろうとせず、此処で煙草をふかすことが多い。ほかに何をすることもなく、ただただ煙草だけを消費している。無言で彼の前を素通り、隣に腰を下ろして地面に放置されている煙草の箱を拝借。一本抜き取って、そのまま相手の吸っている煙草の先端と自分の持っている煙草の先端を合わせた。


「ん? っ、ヤマトさっ……!!!」


 一連の動作でようやく自分の存在に気付いたケンは、素っ頓狂な声を上げて此方を見てくる。


「動くなっつーの。火が点かないだろうが」


 だったら普通にライター貸すんですけど。

 眼で訴えてくるが綺麗に無視して、ヤマトは十二分に焼けた先端を確認すると口に銜えて軽くふかす。「付き合え」ぶっきら棒に、未開封の缶ビールを投げ渡し、自分の分で喉を潤す。「どーもです」会釈してくるケンは、有り難く頂くと差し入れの蓋を開けた。


「ケン、お前が決めることだ。誰も何も言わない。俺も、な」


 何を決める、は口にしない。口にするまでもないと思ったのだ。

 「居場所を取らないで下さいよ」苦笑を零すケンは、それ以上のことを言わなかった。チームを抜ける選択肢が来るならば、自身が不良をやめてしまうか、それともこれ以上チームに迷惑を掛けないよう身を引くか。

 どちらにせよ、リーダーの思うような選択肢は永遠に来ないだろう、とケン。


「邪魔と思うなら別ですけどね。おれは……向こうの舎弟と確かな繋がりを持っていましたし。疑われる要素も、内輪を乱す要素も持っています。チームに支障が出るなら切り捨ててもらってもっ、アイッデ―――ッ!」 


 ストレートパンチをケンの頭に食らわしたためか、彼は頭を抱えて壮絶に身悶えている。躊躇ないパンチは非常に堪えたようだ。

 「ヤマトさん痛いです」せめて加減して欲しいと申し出られるが、「殴れって顔に書いてたからな」要望に応えてやっただけだとヤマトは鼻で笑う。そんな無茶苦茶な……ケンの抗議は右から左に受け流す。

 一方、脹れ面を作るケンは頭を擦りながら心中で溜息をついた。この人はいつだって自分の都合の良い理由で、人を打ち負かしてしまう。


「居場所だって思ってンなら、それでいいじゃねえか」


「え?」


 不敵に笑うヤマトの心情がケンには読めない。


「クソめんどくせぇ奴だな。ケン、お前がどー落ち込んでようと知ったこっちゃねえがな。誰も昔の手前についてなんざ何も言わねぇし、手前の過去なんざ誰も知ったこっちゃねえんだよ。誰が邪魔なんざ言った? 被害妄想も大概にしとけ」


 ふーっと紫煙を吐き出し、「一々気にしてられるか」他人の過去なんざ知るか、そこまで面倒看きれねぇよ。リーダーは皮肉交じりに悪態を付く。

 荒々しく素っ気無い物の言い草ではあるが、ケンには十二分にヤマトの気持ちは伝わってきた。彼はこれでも心配してくれているのだ。優しいなんて彼には程遠い言葉だが、これは彼なりの心配の表れであり、それゆえの皮肉だ。

 呆気に取られていたケンは柔和に綻んで、「ヤマトさんらしいですね」少しずつビールを胃に流し込む。炭酸と苦い液体が胃を支配し、体内で熱を帯びた。


「なんだか気が晴れました。いろんなことでグルグルしてたんで……此処にいていいのか、とか。おれのしたことは間違ってるんじゃないか、とか。抜けた方がいいんじゃないか、とか」


「っつーか、テメェ、簡単にチームを抜けられると思っていたのかよ。だったらおめでたい頭だな。テメェが決めたことには誰も何も言わねぇけどな、抜ける話は別件だぜ? チーム全体に関わるしな」


 言葉を上塗りされ、ケンは意表を突かれた。

 立てた膝に肘を乗せて、頬杖をつくヤマトは「阿呆だろ」バーカ、引っ掛かったなとシニカルに一笑を零す。


「どーしても抜けたきゃ俺の条件を呑むことだな。そうだな……フルボッコメニュー。チーム全員でテメェをフルボッコすっからそれに堪えろ。見事堪えられたら、抜けてもいいぜ。堪えられたらの話だけどな。そんだけ抜けるってのは難しいってことだ」


「それリンチって言うんですよ。ヤマトさんは本当にずるいなぁ。結局、抜けるなんてハナッから許していないじゃないですか」


 遠回し遠回しに自分を必要としてくれるリーダーにケンは泣き笑い。

 だから彼は非常に意地悪で優しく仲間思いの、皆から慕われるリーダーなのだ。人の不安を根っこごと霧散させてくれるのだから。決して周りからの評判は良いものではないが、内輪では誰よりも頼れる男だ。自分は向こうのチームの頭、荒川庸一という男を話でしか知らないが、自分にとってついて行きたい男は彼ではなく、隣に座る男なのだと思っている。


(だいったいおれがこんなにも落ち込んでいるのは圭太、お前のせいだからな。お前がおれのこと、まだ友達とかほざくから)


 過去に囚われているのは誰でもない自分。 

 向こうにいる絶交宣言を交わしたケイに、「まだ友達だと思っている」なんて言われてしまった。表では冷然としていたが内心では酷く動揺してしまって、折角決めていた決心が鈍ってしまった。

 過去も今も大事だとケイははっきりと自分にそう宣言した。

 本音を言えば、自分も同じ思いだが……今は誰よりも隣で胡坐を掻いている男に一旗あげさせたい。結局過去ではなく、自分は今を取りたいのだ。中学時代ではなく高校時代という今を手に取りたいのだ。


「ケン、俺の舎弟にでもなってみるか?」


 「……え?」ビール缶を傾けるヤマトが突然、舎兄弟の案を出す。


「だったらプレインボーイと対等に張り合えるだろ? 俺の舎弟になってみっか?」


「おれが……ヤマトさんの」


 瞠目するケンだったが、少々冷静になって考えてみると、舎弟になるということはヤマトが自分の舎兄になるわけで。

 確かにケイと対等になるわけだが、普段の私生活を考えれば自分はヤマトの弟分として、あれやこれや奔走しなければいけないような……いけなくないような……普段のヤマトの私生活を考えると……考えてしまうと……ふっかーく考えてみると……………。


「……。……。……ヤマトさん、ご好意だけで十分です。想像しただけで、ヤマトさんとおれじゃ不釣合いだって思いました」


「おい今、完全に三拍くらい間があったよな? んー? 俺の舎弟が嫌ってか? ケン」


「えーっと嫌っていうか。ホラ、ヤマトさん。面白い人好きじゃないですか! そういう人になってもらいたいと思います!」


 死んでもヤマトの舎弟はご免である。

 リーダーとして慕ってはいるが、舎兄弟とはまったくの別件である。


「まあ、ノリの良い奴は好きだけどな。プレインボーイもノリ良くて面白かったし……もしかしてテメェもノリが良かったりな?」


 ギクリ。

 ケンはたらたらと少量の汗を流した。

 こう見えてケンは高校に進学してからというものの、調子ノリの部分を封印して日々を過ごしてきた。未だ誰にもその面を見せたことはなかったのだ。つるんでいる面子が面子だ。なるべく普通の平々凡々不良でいこうと思っているのだが……これは不味い。


「そういやプレインボーイと随分仲が良かったと聞いたが、中学時代はどういう感じだったんだ?」


「(え゛、過去なんて知ったこっちゃねえって、数分前に言っていたのに聞いちゃうんですか。聞いちゃうんですか、人の過去!)」


 心中で毒づきながらも、ケンは平常心を保ちつつニッコリと笑顔を作った。


「どういう感じと言われても、フツーでしたよ。一緒に駄弁る仲だったと言いますか。名前が山田と田山、健太と圭太で似ていたもんですから、仲良くなったと言いますか」


「フーン。確かにテメェ等、並びは違うが名前の漢字、一文字違いだよな」



「そうなんです。それなんです。だからおれ等、コンビ名がありまして。苗字を掛け合わせて“山田山(やまださん)”というコンビ名で貫いていたんです。だけど、あいつは“田山田(たやまだ)”というコンビ名を付けてっ、山田の方が苗字的に多いんだから“山田山”がイイっておれは言ったのに。あいつは頑なに“田山田”を貫いて……ちょっと語らしていただきますが、ヤマトさん、日本は大衆国です! 多数決国家です! 赤信号、皆で渡れば怖くない精神を持っています! 王道を貫くのならば、山田の名を先に持ってきてこそだと思いませんか?!


 あんのバカヤロウは山田の人口率を無視して、田山を先に持ってくるんですよ。

 あああっ、山田人口率を舐めてやがる! そりゃ田中や佐藤や鈴木には負けるけど、山田も負けてナーイ! おれは断固として“山田山”だと言い張る! ああ言い張るとも、おれはどんなことがあっても“山田山”を貫くんだ。山田健太16歳、好きなタイプの女性は清楚で料理の上手い女! 巨乳より貧乳派! 地味出身、現在不良、本日も“山田山”を貫くことを高らかに宣言!」



 ふーっ、久々に素を出せた気がする。すっごくスッキリした。

 いやぁ、いつもいつもいつも、素を出さぬよう頑張っていたから「ぷはははっ! ケン、お前の素かそりゃ?!」……オーマイゴット、やっちまったんだぜ。

 いつの間にか立ち上がって熱弁していたケンは、「ちょっとノっただけです」気恥ずかしく思いながら腰を下ろす。中学時代の話を出されたものだから、ついついあの頃の素が出てしまった。隣でヒィヒィ笑い転げてる我等がリーダーは腹を抱えて、「タンマだタンマ!」発作を抑えようと努力。


「なっ、なあ。やっぱ俺の舎弟になるべきだっ。さっすがプレインボーイとつるんでいただけあるっ、クククッ。決めた、俺はお前を」


「いやいやいや! おれなんて面白くもなんともないですよ! い、今までどおり圭太……じゃない、ケイを狙っておいて下さい」


 「遠慮するなって」にやにやするヤマトの視線に、「ケイみたいにチャリの腕とか土地勘とかないですし!」ケンはじわりじわり追い詰められている気分だった。あああっ、なんでこんなことになった。いや、調子に乗った自分が悪いのだが、それにしたってこの不運と言ったらっ!


(圭太っ、お前のせいだぞっ! お前がさっさとヤマトさんの舎弟にならないから……っ、こんのバッキャロー!)


 理不尽な理由でケイのせいにするケンだった。


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