20.裏切りと終わりのエリア戦争(中編)






「……蓮か」




 立ち止まる浅倉の、切々な呟きですべてを察してしまう。彼が浅倉の“舎弟だった男”だと。

 元舎兄に名を呼ばれ彼の能面に些少の変化が見られたが、それもすぐに消えてしまう。器用に片手で鉄パイプを回すと、背後を狙った輩にそれを向ける。蓮と呼ばれた不良の背中を狙ったのは現在の舎弟桔平。


 「待て桔平!」浅倉の制する声など届かないようで、「蓮てめぇっ、なんで榊原の下につきやがった!」彼は向けられた鉄パイプを掴み、力ごと引き抜こうとする。

 しかし輩は糸も容易く鉄パイプを引くと、前のりになった桔平の腹部に膝を入れた。迷いのない膝蹴り、うめき声を上げる桔平の胴を薙ぐように更に一蹴りを浴びせ向こうに蹴り飛ばす。


「桔平!」


 倒れた舎弟の下に駆け寄ろうとした浅倉の前に蓮が回ってくる。

 パイプの先端を腹部に入れようとする蓮に舌を鳴らす浅倉。すかさず援護をしていたヨウが桔平の下に走り、鳩尾を押さえている不良に手を貸す。大丈夫か、声を掛けると「くそっ」桔平は奥歯を噛み締め、手加減すらしてくれねぇや。心身共に榊原につきやがって、と悪態をついた。


「あんなに和彦さんを慕っていたくせに。会ったら、一発かますって決めていたのに」


「西尾……」


「荒川さんっ、俺はいいから。和彦を。蓮はっ、ただ腕っ節が強いだけじゃない。武術経験者なんだ」


 つまるところキヨタと同じように武術を習い事として経験している。

 それでは一対一のサシ勝負では不利ではないか! 慌てて浅倉に視線を流す。そこには無感に鉄パイプを振り下ろし、元舎兄の頭をかち割ろうとする不良の姿が。

 その場に桔平を寝かせ、飛び出そうとするものの、「手ぇ出すな!」一喝され踏み止まる。浅倉の心情を察してしまった。浅倉は手前で舎兄弟の決着をつけてしまいたいのだ。自分がもし、ケイと対立することがあったら、きっと手前で決着をつけてしまいたいと思う。そしてその後は、もう一度“舎兄弟”で本音を言い合いたい。

 嗚呼、浅倉も同じなのだ。自分と同じ事を考え、元舎弟の敵意を受け止めている。


 だから身を引くことにした。


「最終目的だけは忘れるな! 浅倉!」


 情に流されて負けるような真似だけはするな。

 今の仲間のことを忘れるなと喝破し、ヨウは自分に襲い掛かってくる不良にセーブすることなく殴り飛ばした。未だに痛みに身悶えている桔平に刺客がいかないように張り手をかまし、相手の身を持ち上げて向かって不良に投げる。

 どうしても力が篭ってしまうのは浅倉に対して、蓮と呼ばれた不良に対して、新旧舎兄弟に対して想うことがあるから。




 一方、浅倉は蓮の鮮やかな鉄パイプ捌きに苦戦を強いられていた。

 さすがは“少林寺拳法”と呼ばれた拳法を習っていただけある。動きが滑らか且つ重量のある鉄棒を、まるで棒術のように巧みに操ってくるのだから。小6でやめたらしいが少林寺拳法とやらを習っていたおかげさまで、蓮はチームの中でもずば抜けて喧嘩が強かった。それはそれは強かった。

 しかし、彼自身は喧嘩を好まず。無益な喧嘩では決してその腕を見せようとしなかった。いざという時に、それこそ大切な仲間がピンチに陥った時に使う力なのだと本人から直接聞いた事がある。親に無理やり習わされ得た力だけれど、誰かを守るために使いたい。


『ちょっとクサイですかね? 和彦さん』

 

 舎弟はそう、照れ臭そうに笑って話してくれた。

 蓮と榊原の思考は常に相反していた。喧嘩を極力避けていた蓮、一方で喧嘩を好んでいた榊原。その二人が同じチームに属している。自分を見切った点については、自分に何か問題があったのだと割り切れるが、榊原について行った蓮が気掛かりでならなかった。


「おりゃあ、テメェがどうしてそっちに行ったのか分からない。正直、舎兄弟を解消されてショックも受けたしなぁ」


 反撃の拳を相手の右肩にぶつけ、浅倉は後退する元舎弟を見据えた。


「ホトホト振り回されることに疲れたんだよ」


 ケッ、吐き捨てる蓮はすぐに熱くなって周囲の状況を判断できなくなる舎兄にウンザリしたのだと悪態付く。

 先方までは敬語だったというのに、まったくもって180度違う態度だが……どことなく違和感を覚えたのは直後のこと。違和感があり過ぎてお前はどこぞの大根役者だとツッコミたくなった。指を差して笑いたくなるほどだ。


 そこで浅倉は小さな、けれど重要なことに気付く。

 自分のことで手一杯だった故に、一度も離れて行った舎弟自身の心境に気付いてやれなかった、と。

 舎弟との関係はそれなりに長い。それなりの絆を作り上げてきた筈。それなりの時間を舎兄弟で過ごしてきた筈なのだ。舎弟が理由もなく自分から離れて行く筈がない。自分達はそれだけ信頼し合っていた仲なのだから。



――嗚呼そうか、自分は何処かで舎弟に恨みを抱き、失望していたのだ。



 前触れも相談もなし舎兄弟を解消されて、ワケも分からず相手を責めては打ちひしがれていたのだ。舎弟自身の心のことなど考えもせず、自分で一杯一杯になっていたのだ。普段の舎弟を誰よりも知っているくせに。

 おっと感傷に浸っている暇は無いようだ。紙一重で相手の鉄パイプを避けると、思い切り足を振り上げて凶器を手から放させる。同時に相手の胸倉を掴んで、自分の元に引き寄せた。軽く怯みを見せる元舎弟、否、今でも大切なダチに聞くのだ。


「蓮。おりゃあ、テメェに見切られたことよりも、お前自身の気持ちが気掛かりだ。お前はこんな喧嘩なんざ好んだことがないだろ。凶器を使うなんて、おめぇらしくもねぇ。桔平の時もそうだ。手前の気持ちを隠すように足を出しやがって。蓮らしくねぇんだよ」 


 向けられる瞳が萎縮する。

 それはコンマ単位ではあったが、限りなく小さな動揺が瞳に宿った決定的瞬間。浅倉は確かに相手の心を垣間見た。

 「煩い」耳障りだとばかりに蓮は浅倉に掴まれている胸倉を離させるため、渾身の力を籠めて浅倉の胴体を蹴り飛ばす。これまた痛烈な攻撃を食らったものだと顔を歪めながらも、浅倉は確信を得たと握り拳を作って元舎弟に声音を張った。


「来い蓮! おめぇに勝って、おめぇ自身の本音を聞いてやる。覚悟しておけ! おりゃあ容赦しねぇからな! 向こうのチームに行ったとしても、おめぇはまだ俺の舎弟だ。一方的におめぇが俺を切っても、俺等はまだ終わっちゃねぇよ!」


 ニッといつもどおりに笑って見せると、向こうはあからさま動揺を見せてきた。

 能面に戻るものの、襲い掛かってくるその拳に迷いが見え隠れしている。些少の変化を見逃す筈もなく、浅倉は向こうに渾身のストレートをかました。呻き声を上げる蓮だが、苦痛に顔を歪めている現実に目を瞑り、その横っ腹を蹴り飛ばした。

 体勢を崩す蓮は地面に手をつき、「チッ…」聞こえるか聞こえないか、小さな舌打ちを鳴らす。

 やはり蓮には何か、向こうチームに行く心境の変化があったのだ。しかも向こうの本意ではない、心境の変化が。




「ちっ。頭数を増やしても、向こうの協定チームの戦力が一枚上手か」 


 現状を冷静に分析した榊原が仕方が無いと乱闘の最中、携帯を取り出す。

 なるべく協定を結んでいる“奴等”の手は借りたくなかったが(何故ならば後ほど恩着せがましいことを言って自分達を“駒”にしてくるからだ)、荒川庸一率いるチームの戦力に苦戦を強いられているのも確か。さすがは荒川チーム、“奴等”と肩を並べているだけある。荒川率いるチームを伸すには“奴等”を呼ぶしかない。


 見返りに気鬱な気持ちを抱きつつ連絡先を呼び出しながら、榊原は向こうの攻撃を避ける。と、突拍子もなく手から携帯が飛び上がり宙へと舞った。後を追う間もなく、舞い上がった携帯機をキャッチするそいつは「残念でした」シニカルに口角をつり上げてくる。

 犯人は見事な赤メッシュが入った不良。荒川チーム頭、荒川庸一本人。ザマァとばかりに舌を出し、「モト。受け取れ!」携帯を向こうに投げる。チャリで携帯を追うモトは、片手運転で器用にハンドルを操作。片手でキャッチし、「受け取りました!」返答してくる。


 よし、頷いたヨウは鼻で榊原をせせら笑った。


「ヤマトを呼ぼうなんざ野暮だろ。テメェ、随分協定チームを引っ張り出してきてるんだしなぁ? ここは俺達だけで楽しもうぜ」


 なんなら俺と手合わせしても良いんだぜ? ヨウが指の関節をパキポキと鳴らす。

 しかし連絡手段を絶たれても、榊原は腹立つほど余裕綽々の笑みを浮かべて見せた。


「そりゃあな。けどな、お前等の戦力に対抗できるのは、日賀野大和達だけだしなぁ」


 こいつ、何か腹に目論んでやがるな。

 警戒を強めるヨウに対し、榊原は片手の親指と人差し指で輪を作り、口に銜えて音を鳴らす。乱闘中の最中、指笛の甲高い音が響き渡り、それに反応した数人の不良達が一斉に同じ方向に駆けた。その中に蓮の姿も見受けられる。


「榊原の合図だ。行くぞテメェ等!」


 浅倉との戦闘など念頭にもないようで、「予定通りに行くぞ!」大声で指示。元舎兄に背を向けて駆けてしまう。

 「おい戦闘の途中で逃げるは狡いぜ! あんまりだ! 格好がつかねぇ!」浅倉が非難を上げても、右から左に聞き流しているらしい。蓮は数人の不良達と共に商店街の外に出て行った。


「あんにゃろう。直接ヤマトを呼ぶつもりか!」


 事態にヨウは容易に相手の考えを察してしまう。 

 「クソが!」地団太を踏み、榊原と距離を取って自分もまた携帯を取り出す。

 いつでも連絡できるようアドレス帳画面で携帯を閉じていたため、すぐに発信可能。お返しだとばかりに携帯を奪おうとする榊原の蹴りを擦れ擦れに避けながら、携帯を耳に当てる。


 コールの秒数がもどかしい。

 早くしてくれ。携帯に急かした刹那、此方の援護をしてくれるように前に出て榊原の相手を買ってくれる不良がいた。浅倉和彦だ。


「決着つけようなぁ? 榊原。よくもまぁ仲間を次々に引っこ抜きやがって……舐めンな!」


「お前のアタマの悪さにはウンザリなんだよ! ただただチンタラお仲間ごっこ、ンなの俺は望んでねぇなかったっつーの!」 


 自分が欲しかったのは居場所、それも当然あるが周辺の地域を治めるだけの力。チームの力なのだ。つまり地位と名誉が欲しかったらしい。榊原という男は。

 折角、力の集った仲間がいるというのに、何も使わない、行動しない、群れるだけ。そんなの堪えられなかった。皆の力を無駄にしている無鉄砲のリーダーに堪えられなかったと苦言。


 なるほど、確かに一理あるだろう。

 リーダーとしての自覚がなかったことも、アタマを使わなかったことも、無鉄砲だった自分がいたことも認める。反省点だと思っている。


 しかし、だからと言って仲間達を引っこ抜き、チームを分散させたことには目を瞑れない。

 どのような手を使って仲間を手に入れたか、自分に引き込んだか、使える仲間だけ勧誘をしたか知る由もないが、使えない仲間を見捨てた榊原は間違っていると浅倉は断言。腕っ節のない仲間はクズだから見捨てたのか? だったら、榊原も自分と同じでリーダー失格だ。


「腕っ節のねぇ奴等は奴等で、チームの支えになっている。どっか糧になっているんだよ。力だけで信用なんざ買えると思うな、阿呆が。そりゃ偏食っつーんだ。どいつもこいつも腕っ節があるから、それだけで仲間に引き込んだとしてもなぁ。偏食してるおめぇのチームは崩壊するのがオチだ!」


「ンだと?」


「おりゃあ、この目で見たぜ。どんな奴でも仲間だと受け入れて、チームの糧になろうとしている仲間の力を最大限に引き出そうとしている男を。そういう男こそ、リーダーに相応しいんだぜ。榊原」


 男と女、地味と不良、日陰と日向、強弱のある人種。

 そんなものお構いなしに仲間だと受け入れ、仲間のために走り、仲間の持つ力を最大限に引き出し、仲間を守ろうとしている男の姿をこの両目でしかと見たのだ。近くで見てきたのだ。そういうリーダーになりたいものだと心から思ったほど、そいつの背中は大きく逞しく頼り甲斐があった。

 「おめぇじゃ無理だ」力がすべてだと考えているお前じゃ、形だけのリーダーにしかなれない。浅倉は左の拳で相手の左頬を殴り、次いで右の拳で鳩尾を狙い撃ち。よろめき、後退する榊原にニッと余裕の笑みを見せてやる。


「勝ってやるよ。弱小と呼ばれたチームのリーダーとして、おめぇにぜってぇ勝ってやる」


 力だけがすべてじゃないことを、今此処で証明してやると浅倉は目を細めて笑った。





「……はあっ?! 今っ、ヤマトチームと一緒ってどういうことだ!」


『いやぁ、ちょ……向こうから姿を現してくれた、みたいな? しかもそっちも、不良が来ているんだろ? ………さすがに俺等、大ピンチです。ヨウ』



 さてヨウは裏道を使い、ヤマト達を呼びに榊原の刺客が向かっていることを舎弟に一報していたのだが、思わぬ報告に素っ頓狂な声音を上げる他なかった。まさかケイ達がヤマト達と一緒にいる、なんて。

 なんだ、この大どんでん返し大ピンチは!


 表情を強張らせながらも、「待ってろ!」今そっちに行く、ヨウは居ても立っても駆け出した。

 エリア戦争が気がかりではあったが数分ほど抜けても、今の状況では支障など出ないだろう。

 それよりもヤマト達をどうにかしないと、この喧嘩が負けてしまう! 浅倉達に一旗あげさせることが不可になってしまうではないか!


 焦るヨウの前に、「乗って下さい!」心情を察したモトがチャリで現れた。何度か相手の攻撃を受けたのだろう。学ランが砂埃まみれ。顔や体は傷だらけだ。それでも負けずチャリを乗り回し、喧嘩に参戦していたのだろう。砂で汚れた頬を学ランの袖口で拭い、再度乗るよう捲くし立てる。


「ケイのようにはいきませんけど、オレも足くらいにはなれます! 急いで!」


「助かるモト! 頼む、裏道まで走ってくれ!」


 ママチャリの後ろに乗り、向かうは商店街から大通りに繋がる裏道、平坦一本道だ。




 ◇




 それは話を遡ること、数十分前。

 裏道で待機していた俺とハジメは頻繁に仲間と連絡を取り合っていた。

 遠くから聞こえてくる喧(かまびす)しいバイクのホーンで、『エリア戦争』という名の喧嘩がおっ始まったんだと理解した。本当ならば手伝いたいところだけど、言ったところで足手纏いになることが分かっている俺達は直接参戦することはなく、裏道で見張りを買って出た。


 新たに参戦する協定チームがいないか、特に日賀野達の動きがないかどうか、弥生達と連絡を取っていたんだ。

 もしものことがあれば舎兄に連絡を。喧嘩で連絡が取れなかったら、直接俺等が現場に乗り込んで仲間内に連絡するという大役を仰せつかっていたんだ。幾ら喧嘩で名高い荒川チームでも、日賀野達が参戦されちまったら勝算の確率がグンと下がるからな。

 見張りと連絡役って楽な役を貰ったことには嬉しいけど、直接エリア戦争に参加はできないから申し訳ないやら複雑な気持ちだ。


 でも俺達が行ったところで足手纏いになるのは目に見えている。寧ろ気を散らせちまうだろ? ケイとハジメは喧嘩できないけど……大丈夫なのかな? ヤラれていないかな? なんて向こうに心配させて怪我でもさせたら、それこそ申し訳ねぇや! ……だから、悔しいけど俺等は俺等のできることをやるしかない。


 ハジメは弥生に連絡して動きを分析中。 

 弥生曰く、日賀野達の行動範囲は西地区。ただ今、優雅に喧嘩中……と、いうことらしい。

 どうやら向こうは向こうで喧嘩を楽しんでいらっしゃるようだ。良かった、十二分に喧嘩を楽しんできてもらいたいぜ! おりゃあ、日賀野と対面するだけでも冷汗脂汗涙汗なんだしな!


 さて俺は直接的な仲間じゃないけど、間接的仲間。でもって俺の一番の理解者である利二に連絡を取っているところだった。

 利二はこの『エリア戦争』のために、わざわざ情報を掻き集めてくれている。幸いな事に今日の利二はバイトも予定もない。すこぶる暇な一日らしい。そのため俺は遠慮なしに連絡を取っている。利二は外に出て、不良達の動きを見てくれているらしく、電話機向こうから車が通り過ぎたであろう雑音が聞こえてくる。


 曰く、近所の不良達の動きが慌しいらしい。

 『エリア戦争』が始まった事が、周辺の不良達の耳に飛び込んでるみたいだ。どのチームが勝つか予想し合っているようで、大半が榊原チームが勝つと予測しているらしい。前々から優勢に立っていたのは榊原チームだし、奴等が日賀野達と協定を結んだことは噂になっている。勝つのは時間の問題だと話題になっているようだ。


『気を付けろ。野次馬がそっちに向かう可能性も十二分にある。不良達の動きが慌しいからな』


「ああ。分かった。いつも悪いな。また連絡するよ」 


 『こっちも連絡するから』「おう。サンキュ」利二が電話を切るのを待って俺も携帯を閉じる。


 野次馬がこっちにやって来ることも……か、オッソロシイな。

 べつに野次馬に来てもらっても構わないけど、喧嘩に加担されるなんてなったら面倒だ。

 まずこの裏道を使われたら俺等が戦闘しないといけないわけで。そう喧嘩できない俺とハジメのコンビで、喧嘩という危険極まりないコマンドを選択しなければいけないわけで。なるべくは野次馬不良が訪れてくれないことを願うよ。


 はぁーあ、溜息をついてハンドルに肘をつく俺に、「皆どうしているんだろうね」心配の念を口にするハジメが話を振ってきた。

 肩を竦めて、後ろに乗っているハジメに流し目。どことなく悔しそうな面持ちを作っているのは、自分に力があれば喧嘩に加担できたのに……という気持ちの表れだろう。

 だったら俺だってそうだ。筋肉ムキムキボディが欲しいというわけじゃないけど、強い肉体が欲しいよ。ついでに不良を打ち負かせるような強い気持ちが欲しい。両方兼ね備わったら、きっと女の子にキャーモテモテ! じゃない、チームのためにできる事が増えるのになぁ。


 でも身の程を弁えて、今はこうして待機。

 豆粒みたいな糧だろうけど、これだって立派にチームの力にはなっていると思う。そう思いたい。じゃないと割り切れないし、切ないじゃないか。


「ヨウ達なら大丈夫だよ。お前の作戦も上手くいったみたいだしさ。今頃ワタルさん辺りが豹変して、皆ビビッてるんじゃないかなー」


「ワタルの攻撃はえぐいしね。ドドドドドS攻撃連発」


「そうそう! マジ鬼畜だよな。初めて目の当たりにした時は、俺にまで飛び火してくるんじゃないかと……いやぁ恐ろしかったぁ」


 身震いする俺に、「根は良い奴なんだけどね」喧嘩になると燃え滾るんだとハジメ。

 そりゃ分かるよ。俺だってゲームをする時はテンションアゲアゲだからな。それと同じ理屈でワタルさんもテンションアゲアゲになるんだろうけど、アゲアゲに問題ありなんだよな。あの人。なんで鬼畜方面にアゲアゲなるわけ? わっかんねぇ……まあ、ワタルさんだから、で、すべての理由が片付くんだけどさ。


 それにしても連絡や情報のやり取りを頻繁にするだけというのも、ちょい暇だ。

 裏道で見張るだけだから俺的には暇が幸せなんだけどさ。皆が頑張っている時に暇だと思うのも後ろめたい気がする。

 んー、常に連絡待機組に回される弥生やココロもこんな気分なのかなぁ。あの二人は女の子だし力も弱いから、典型的に連絡・情報役を任せられているけど。実はやきもきしてたりしているんじゃないかな。


 二人のことを思っていた俺だけど、不意打ちがてらにハジメに質問。



「ハジメって弥生のこと好きなんだろ? なんで告白しないんだ?」



 今とはまったく関係のない話題にたっぷり間を置いて、「さーね」ハジメはおどけ口調で流す。

 気持ちを否定するつもりはないらしいく、非難の声は飛んでこなかった。ただ質問に対しては曖昧に「さあね」「どーしてだろうね」を繰り返す。焦れた俺はハジメの名前を強めに紡ぐ。誤魔化しなど効かない、その意味合いで相手の名を呼ぶと向こうがあどけなく笑ってきた。


「悲しませたくないからだよ。何かと弱い僕は、いつか“弱さ”のせいで彼女を悲しませると思うから」


 意味深な言葉を投げてくるハジメは言う。

 特別な関係になればなるほど、悲しみの深さは大きい。だから安易に関係を作るより、今の関係をキープさせる方が気も楽。告白なんて行為は一生懸かってもしないと思う、そう補足して――ハジメってさ、自分の気持ちにも弥生の気持ちにも気付いてるんじゃね? 気付いていながら敢えて、今の関係をキープしようとしているんじゃ。


 気持ちを伝えることくらい、別に悪いことだとは想わないけどな。

 確かに特別な関係になればなるほど、その人に対する悲しみの深さは大きいと想うけど。


 ハジメの言葉によって俺はふと気付いた。

 もしも俺がココロに告白したら、ココロは……その、あれだ、上手くいけば初カノってことになるわけで。それは喜ばしいんだけど。できれば彼女にしたいんだけど。でも、俺は近所でも有名過ぎる荒川庸一の舎弟。ココロはその舎弟の彼女になるわけで。

 今まで自分の立場を真剣に考えたことなんてなかったけれど、俺は不良達の地位の中じゃわりと上にいるんじゃないか? いや、外貌とか、腕っ節とかそんなのは抜きにして。


 だって俺はかの有名な荒川庸一の舎弟な。

 ヨウの名前が売れすぎているせいで、何度八つ当たりにも似た喧嘩を売られたか。その度に俺は何度嘆き泣いたことか。それでも、どうにかこうにかノリで乗り越えてはきたわけで……名前もちょっとずつ売れてきたわけで……いつしか正式にヨウの舎弟になったわけで。

 俺の彼女になるということは、それだけの危険も伴ってくる。随分と名前も売れちまったわけだから……何か危険が及べば彼女にも影響が出る可能性だってある。つまりはココロを悲しませることになるわけだ。 


 嫌で大切な事に気付いちまった俺は、ガリガリ頭部を掻いてムシャクシャする気持ちを霧散させようと躍起になる。

 どうするよ、ココロに「予約な」とか言っちまった後にこんな大切な事に気付くなんて。此処で気持ちを告げずに終わるのは男としてどうかと思うけど、この問題に目を逸らすわけにもいかないし。


 あ゛ー!

 母音に濁点付けるもんじゃないけど、ッア゛ーな気分! どーしよう! 盲点だったよ、この問題! ……ええいっ、気持ちを告げる舞台を作っちまったんだ。自分の手で、ちょい成り行きだったけど、自分の手で作っちまったんだ! 気持ちは伝える。おう、伝えてやらぁ。田山圭太は男になってやらぁ!

 でもココロを彼女にするかどうかは(上手くいけばの話だけど)、この問題を彼女自身に話してからにしよう。うん、そうしよう。


「にしても、ありえねぇ。こういう大事な事は、もっと早く気付くべきだろ、俺。いやでも、俺、今まで地位の高いところまできたことなかったしさぁ」


 平凡人生万歳でしたから。

 まさかこんな地位的なことで悩もうとは! 田山圭太も昇進したものだ、うん。昇進に対して幸せかどうかって聞かれたら、そら悩むけどな!


 頭を抱えてうんぬん呻いている俺に対し、ハジメはチョイチョイと肩を叩いて声を掛けてくる。


「ケイさんケイさん。僕を置いて、何処に旅立っているの? ネバーランド?」


「そうだよ。今、妄想ウェンディと戯れていたところ」


「なるほど。妄想ティンカーベルとも一緒に戯れてるんだろうね。そりゃ邪魔してごめん。だけど戻っといで。僕等、お仕事中」


 そりゃそうだ。

 俺は思考を現実に戻して、大きく溜息。これは後で一杯一杯悩もう。此処で悩んでも、喧嘩の妨げになるだけだしな。 

 って、あ、メールが来ているみたいだ。妄想ネバーランドに行っていたせいで気付かなかった。ランプがチカチカ点滅しているし。俺は未開封になっているメールを開いて、中身に目を通す。次の瞬間驚愕。


 差出人は利二からだったんだけど、



『From:五木利二 件名:緊急

 “エリア戦争”を知った日賀野メンバー数人がそっちに行った。見かけてしまった。今、そっちに向かっている!』



 内容が内容なだけに俺はドッと冷汗。

 おいおいおいマジかよ。俺等のことを聞きつけちまったのか? それとも、『エリア戦争』を興味本位で野次馬しに来ているのか?! どっちにしたって俺にとっちゃ芳しくない一報だぞ!

 俺は急いでハジメにメール内容を見せる。血相を変えたハジメは真偽を確かめるために弥生に連絡。俺はヨウに連絡を入れるためにアドレス帳を開いた。



「……そこにいるのは荒川チーム? か?」



 ギク。

 真偽を確かめる暇も、舎兄に連絡を入れる暇も、神様はお与えにならなかったようだ。

 恐る恐る声の方に首を回せば、燃えるように赤い髪を持った不良(確か名前はススムだった筈。向こうのチームの副頭だってことは憶えている!)と、ピンク髪の中坊不良(モトと仲が悪かった不良で名前はホシ)、それから……ああ、お早い再会だな。健太。


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