19.裏切りと終わりのエリア戦争(前編)




【商店街(北)―廃墟の住処―】




「やけに静かだな。榊原達が動き出しているなんざ……嘘みてぇに静かで不気味だ」



 浅倉率いるチームと商店街北門前に辿り着いたヨウは、目前の光景に眉根を寄せているところだった。

 そろそろ青から赤に染まり始める刻の空の下、満開一杯に広がる景色は店じまいだと教えてくれるシャッターばかり。入り口に立つだけで既に殺風景だと思える商店街、奥に続く道は淀んだ空気を取り巻きながらひっそりと息を潜んでいる。

 この道をひたすらに真っ直ぐ進めば、南口に辿り着けるだろう。


 シズのバイクの後ろに跨っているヨウはブレザーから携帯を取り出し、迷うことなくアドレス帳から別行動をしている舎弟の電話番号を呼び出す。

 コールが掛かって間もなく、『こちらケイ。どうぞ』携帯機から舎弟の声が聞こえた。「動きは?」主語もなしに用件のみ尋ねるヨウだが、向こうは内容を把握しているため、間髪容れず返答してくる。


『裏道に人は見当たらないよ。不気味なくらい静かだ。あ、ヨウ。再三言うけど、北から南口に続く大きな一本道は用心しとけよ。いくつか横道が存在するから……不意打ちを食らいかねない』


「ああ。分かった。肝に銘じておく」


 舎弟は現在、ハジメと共に大通りに繋がる裏道入り口前にいる。

 向こうが援軍を呼んでいるか、また大通りに出入りがあるか動きを見てもらうためだ。今のところ動きはないようだ。

 いや、それとも向こうの準備が整ってしまったのだろうか。こちらも不気味なほど静かだと、ケイは簡略的に報告してくれる。と、『って、ちょちょちょ!』ケイの焦り声と、『うわっと!』微かにハジメの悲鳴交じりの声音が聞こえてきた。

 やや焦って名を呼ぶと、たっぷり間を置いた後、『驚かせてごめん』ケイは引き攣ったような声を出した。


『今さ、急いで大通りに逃げたんだけど……また向こうに数人不良が追加された。日賀野じゃないけど、バイクで南門に向かっているところからして榊原側っぽい。こりゃあスピード勝負で蹴りが着くか、下手すりゃおあいこになりそうだ』


「チッ。なるほどな。向こうの頭は生粋の策士……ってことか。考えてやがる」


『というよりも癖があり過ぎるんだよ。今報告したとおり、向こうもどうやら乗り物を持参しているっぽい。あ、なにハジメ? ……分かった。ヨウ、バイクは突破口を作るための道作りに、幾分方向転換が利くチャリは脇道を上手く使って南門に攻めて欲しいってハジメが』


「脇道? けど、向こうの不意打ちを食らいかねないんじゃねえか?」


『何度か説明したと思うけど、商店街南門に続く脇道の幾つかはチャリしか通れない。それだけ細い道が存在するんだ。目にすれば一発で分かると思う。スピードの出るバイクじゃ到底無理だ。各々一本道は一本道だけど曲がりくねっているし……機転の利きやすいチャリだからこそ通れる道なんだ。チャリを使ってこそ攻められる戦法ってヤツだな。さすがに向こうはチャリを使って無いみたいだし、ちょい細い道を使ってみるのも手だと思うよ』


 舎弟と策士の助言を素直に聞き、「気を付けろよ」身を案じて電話を切る。

 早速一報を仲間内に連絡、チャリ組は脇道を使うよう指示した。

 了解だとばかりに元気よく返事したのはチャリ組切り込み一隊員のモト。先陣を切る少数チームに自ら志願したのだ。切り込み組はなるべく喧嘩が弱い者、体力に相当自慢がある者でなければ、いざ榊原チーム達と衝突した時に支障が出る。


 榊原チームとやり合う本隊は腕っ節のある者達が集っとかなければ、当初の目的を果たせないのだから。


「にしてもタコ沢。テメェ……ママチャリがやけに似合うな」


 首を捻りヨウはタコ沢に視線を投げる。

 同じく切り込み組のタコ沢元気(※本名:谷沢元気)は、見事にママチャリが様になっていた。チャリのボディの色が臙脂色だから、またなんともかんとも……ことごとく赤系が似合う男である。下手すればバイクよりも似合う図だとヨウが指摘すると、「るっせぇ!」俺は谷沢だとお馴染みの台詞を吐いて、こめかみに太い青筋を立てる。


「いいか、これが終わったら俺は貴様等に雪辱を晴らすからな! 舎兄弟に必ず決闘を申し込んでやる!」


「んー? 俺、テメェに雪辱を晴らされないといけねぇことなんざしたっけ? パシリくん」


 すっ呆けるヨウにタコ沢は更なる青筋をこめかみに浮かび上がらせる。


「だぁあああああ! 貴様という奴はっ……チッ、ヤマト達との決着がついたらでいい。決闘を申し込むぞゴラァアア! それまでは大人しくパシリ……じゃない、臨時戦闘員を買ってやるぜゴラァア!」


「安心しろって。臨時じゃなくて、正戦闘員だから。テメェも俺等の立派な仲間だよ」


 イケメン不良、荒川庸一(現在15歳)はサラッと前髪を手で掻き分けながら爽やかに決めてみる。

 周囲&バックにキラキラとした光があるような、ないような、いやはやイケメンとは羨ましい限りである。何を言っても絵になるのだから。それに「カックイイ!」と弟分のモトがはしゃぎ、タコ沢は仲間と呼ばれてジーンと感動に浸って、「滅べクソイケメン!」いるわけなかった。


 タコ沢は主張する。思い返せば、この舎兄弟に出逢ってから碌な事がない、と。

 ほら目を閉じれば、こやつの舎弟にチャリで踏まれるは。弁当を頭の上に落とすは。白飯とタコウインナーを頭にのせてくるは。それ見たキャツ達は揃いも揃って爆笑してくるは……舎兄は忌まわしきあだ名(タコ沢)を付けてくるは。最悪なことにパシリくん扱いにされるは、本当に碌な事がなかった!


 だがしかし仲間と呼ばれて、少しばかり心に思うことがあったり……である。


「フン。誰が胸糞悪いテメェが率いるチームの仲間になんて……いや俺様の力が必要なのは分かるが……」


 ブツブツ文句垂れるタコ沢に、「ツンデレにならないのんのん」にやりにやりワタルがのほほん茶化したため、「ツンもデレもあって堪るカァアアアア!」気色の悪い表現するなと熱血漢タコ沢元気は大音声で吠えた。今日もすこぶる元気の良い奴である。


 さて馬鹿なやり取りも程ほどに、先陣を切る少数チームが二手に分かれて行動開始。次第次第にスピードに乗っていく乗り物たちが東西に分かれて流れて行く。遠ざかるバイクの唸り声やら、油切れしているチャリの軋む音をBGMに、斬り込み組を見守りながら、「不安か?」ヨウは先程から険しい顔で無言を貫き通している浅倉に声を掛けた。

 途端に浅倉は力なく表情を崩し、「さあねぇ」おどけ口調で誤魔化した。

 同じリーダーの立ち位置にいるヨウは彼の心中を察してしまったが、敢えて何も言わずシケた面だけはどうにかしろと一蹴。勝てるものも勝てなくなると厳しく諌める。


 何よりも浅倉について行くと決めた仲間が不安になってしまうではないか。

 リーダーらしい発言に、「そりゃスンマソ」微苦笑する浅倉は未練がましいんだろうなとヨウに吐露した。弱音に近い吐露だった。彼自身、かつての仲間と争うことに些少ながらも抵抗心を抱いているようだ。

 しかしすぐに気持ちを切り替えた浅倉は持ち前の金髪を掻きあげて軽くかぶりを振った後、「これはこれだな」制服の胸ポケットから煙草を取り出す。百円ライターで先端を焙り、ふーっと紫煙を吐いて一笑。


「おりゃあ、リーダーとしてやれることをやるまでだ。迷っている暇も何もねぇ。な?」


「テメェな。今から舞台に上がろうってのに、躊躇されちまったらこっちが困るっつーの。テメェの仲間、こっちに吸収しちまうぞ」


 「そりゃ困る」自分だって仲間は大事なのだから。浅倉は本調子を取り戻したのか、軽い口振りで紫煙を宙に漂わせる。

 そうでなくては困る。ヨウはシニカルに笑い、仲間達の合図を待つ。大丈夫、先陣を斬ってくれる仲間達は皆、頼もしい奴等ばかりだ。浅倉のチーム面子の詳細は分からないが、此方の面子ならば胸張って断言できる。頼もしい奴等だと。

 二手に分かれた中には自分の可愛い弟分モト、響子、大口を叩いてはいるがタコ沢だって頼もしい自分の仲間なのだ。きっと上手くやってくれる。


(間接的連絡係りに弥生とココロ。直接的連絡係りとしてハジメとケイ。喧嘩できねぇあいつ等だって俺の大事な……この喧嘩、仲間達のためにも一旗あげる。ぜってぇに)


 リーダーは仲間を守ると同時に、誰よりも仲間を信じなければいけない役目を背負っている。

 大丈夫。先陣を斬ってくれてる仲間も、連絡係りを任せている仲間も、待機している仲間も自分を支えてくれている頼もしい仲間。すぐに周囲が見えなくなる自分をリーダーだと認めてくれる奴等なのだ。

 必ず、上手くやってくれる。





「――喧嘩にチャリ使うとか、マジどんな喧嘩だろうな。ダセェ。初めての経験だよ」


 自分もバイク組が良かった。バイクの後ろに乗せてもらいたかった。

 二手に分かれた東西の一手、東組の斬込みを任されたモトだが、まさかチャリで喧嘩に乗り込むとは思いもしなかったと落胆の意を見せる。しかも使用しているチャリがママチャリって……格好の付く付かないの問題ではない。

 取り敢えず、これで喧嘩に乗り込む行為にしては“格好が悪い”の他に感想が思い当たらない。どんな不良映画、漫画、アニメでも、不良の足といえばバイクではないか。何が悲しくてママチャリ。ママチャリで喧嘩に乗り込む事例など聞いた事がない。


 あ、いや、身近に大尊敬している兄分をチャリの後ろに乗せて、かっ飛ばしている先輩というべき男を知っているが……ママチャリと喧嘩と不良の三拍子。最悪に格好が悪い。


 けれど愚痴を吐いてばかりもいられない。

 自分達はリーダーのために一肌も二肌も脱がなければならないのだから!

 ダイダイ大尊敬している兄分の顔に泥を塗るような失態などできない。なにかと兄分の舎弟ばかりが活躍しているが、舎弟ばかりが活躍なんて癪ではないか。自分だって兄分のことを、チームのことを想っているのだ。舎弟に負けやしないさ。

 これは舎弟に対する対抗心。しかしそれは彼自身を認めていないのではなく、彼の実力と努力を認めているからこそ張り合おうとするのだ。自分は彼を好敵手(ライバル)として見ているのかもしれない。


「(負けてられないよな。オレ、ヨウさんに“後継者”だって言われたんだし)よし、後れを取るなよタコ沢!」


 側らにいる同行者、同じグループのタコ沢に小生意気な口をきくと喝破が飛んできた。


「ダァアア! こんのクソガキ! 365日プラス生まれた日数、俺より年下のくせに生意気言いやがって! そして俺は谷沢だ!」


 誰がタコだと物申す不良に、タニか、タコかの違いではないか、モトは舌を出す。

 見る見る米神に青筋を立てる熱血不良男に、「ヨウさんのパシリのクセに」ついでに負け負けのくせに! と、相手の怒りを煽った。よって相手の眼光が鋭くなったのだが、モトは気にせず颯爽とママチャリを漕ぐ。


 刹那、後ろから怒号が聞こえた。

 モトの脇から暴風が通り過ぎ、「俺の前を走るんじゃねえ!」タコ沢がチャリを立ち漕ぎして前を走る。

 そのスピードといったら、先頭を走るバイクを越す勢いだ。どうやら向こうの闘争心に火を点けてしまったらしい。単純な奴だと呆れつつも、モトは表情を崩してペダルを踏んだ。繰り返しペダルを踏み、踏み、ふみ、足を動かし。


 やがてブレーキを掛けて、チャリを一時停止。弾かれたように前方に視線を向ける。

 東門出入り口前には柄の悪そうな不良達がわんさかわんさか。都丸チームの不良が集っている。

 どうやら榊原チームが動き出したことを察知して、チームなりに迎え撃つ準備をしていたらしい。少人数ながらも乗り物に跨った自分達の出現に、相手のチームから大きな敵対心と警戒心を向けられた。


 バイクは勿論、チャリに跨った不良達に些か不審を抱いているようだ。異質なものを見る眼で此方にガンを飛ばしている。

 異質に見てしまう点は共感できる。自分だって喧嘩という大舞台にママチャリで乗り込まれて来たら、なんだこいつ等……という気分になるだろう。そんな彼等に一言物申したい。ママチャリは不本意だ、と。

 同じグループであり、向こうのチームに属している副頭の涼がシニカルにニッと口角をつり上げた。相手チームの視線も跳ね飛ばしてタメで挨拶を始める。 



「そげんえずい顔せんでちゃ、まちっと歓迎しとってくれてもよかろーもん。心ん狭い奴等(そんなに怖い顔しなくても、もう少し歓迎してくれてもいいじゃないか。心の狭い奴等)。――行くぞテメェ等!」



 訛りに訛った挨拶の後、気合の入った涼の号令と共にバイクとチャリで一斉に猪突猛進。

 「アブネ!」向こうの悲鳴やら怒声やら罵声やらを浴びながら、軽く相手を挑発する意味で集っている都丸チームを引っ掻き回した。勿論そんなことすれば相手がどういう反応を見せるか、予測するまでもなく。


 バイクはともかく、チャリに乗っている不良はハッ倒してしまおうと敵意を見せてくる。

 チャリに跨っているモトやタコ沢、その他の不良達はハンドルを切って器用に敵の拳から逃れ、襲ってくる輩に突進。派手に尻餅つく不良を鼻で笑い、チャリの車輪で相手の爪先を踏んでその場を通過した。


 怒りを煽れば煽るほど、相手はこっちの策に溺れてくれる。

 挑発染みた言動に完全に向こうの頭は煮えてしまったようだ。「ブッコロス!」「焼き入れる!」「テメェ等っ、浅倉チームだな!」物騒な台詞や今更の台詞を飛ばし、北門に攻め込む動きを見せた。浅倉チームは榊原に戦力を奪われた弱小チームだと思われている故に、策なく潰してしまおうと考えに行き着いたのだろう。


 そうなればこっちのものだ。

 一旦引き上げだとグループを仕切る涼がバイクを飛ばして先頭へ。後を追うように次々バイクやチャリが彼の走った道を辿る。 

 北から南へと繋がっている商店街イチ大きな通りに出た涼と一行は追い駆けて来るであろう都丸チームを待ち構えつつ、西門に発破を掛けに行った仲間達の姿を探す。まだ仲間達の姿は見えない。早くしないと向こうチームが追いついて来る。

 

 例え、追いつかれても乗り物で応戦し、向こうの攻撃を避けていれば良い話なのだが……なるべく労力は榊原チームに回したい。

 無駄な労費をしたくないため、仲間達が早く来てくれることを願う。タイミングよく両チームが鉢合わせになれば、労費は少なく済むのだから。そう思っている間にも、東から都丸チームらしき不良軍が見えてきた。

 「チッ。間に合わないか」涼は舌を鳴らし、仲間内に応戦する指示を出す。同時にモトが仲間内全体に聞こえる声音で叫んだ。



「響子さんが来た! 刈谷チームがやって来るぞ!」



 言うとおり、西門に続く道向こうから仲間の姿が。

 バイクやチャリに跨っている向こうの一手と合流した両グループは、少し距離を置いて都丸チームと刈谷チームを鉢合わせにする。


 するとどうだろう。

 此方が挑発して怒りを煽っていたおかげか、二チームが顔を合わせると邪魔だとばかりに喊声(かんせい)を挙げながら衝突。殴り合い合戦が始まったのだ。

 作戦成功、なんて意気揚々としている場合ではない。うかうかしていると此方に敵意が向けられ、攻撃の手がやって来る。東西に別れていたグループが一つと化した浅倉チームだが蟻の子のように四方八方へと散らばり、「バイク組鳴らせ!」涼が命令。とバイクのホーンが一斉に甲高く空へと舞い上がった。


 斬り込み部隊は本隊に聞こえるように、いつまでもバイクのホーンを鳴らし続ける。

 ホーンという音が音を上塗り。それは繰り返され、一つの音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音、音。


 それは本幕が上がるという、絶叫に近い合図――。






「――きたな。荒川」


「ああ。成功してくれたな」



 北門出入り口で待機していた本隊に合図が届く。 

 作戦は成功したという喜びの合図、同時に本番だという緊張の合図。両方の意味合いを持つ合図を耳にした浅倉とヨウは、各々チームメートに行くぞと声音を張って号令。バイクのエンジンがけたたましく唸り声を上げ、回るモーター音が周辺に響く。

 次の瞬間、静寂を裂くように一斉にバイクが走り出した。宙を切って風を生み出すバイクはスピードを上げるかわりに、絶え間なく排気ガスを吐き出して空気を汚している。すっかり錆びれた商店街の周辺には息を潜めるように住宅街が建っているが、『廃墟の住処』が広範囲に渡って土地を取っている。それが余計騒音の苦情を警察や役所に届けられそうだが、正直通報など余計な事を考えている暇などないのだ。


「シズ。鳴らせ」


 向こうに本隊が動き出したことを知らせる。

 ヨウの指示に運転しているシズはバイクのホーンを鳴らす。

 すると仲間内でバイクのホーンがこだまのように次々に鳴り響き、音に音が上塗り。重ね塗り。分散している音音音、音は一つの合図音と化した。加速するバイクたちは直ぐに現場目前まで辿り着き、作戦開始。シンプルすぎるその作戦は、合戦している両チームの間に割って入るように強行突破するというもの。


「あれはっ、荒川だ! 浅倉の野郎、あの荒川と協定を結びやがった!」


 ホーンやエンジン音によって自分達の姿に気付いてくれた両チームは急いで道の両端へと避難してくれる。

 おかげで人を轢くこともなく(轢いたら大問題だ!)、悠々スムーズに道を走ることができた。ついでに浅倉チームが地元では名高い不良の荒川庸一と手を結んだことを察したようで、あからさまに顔色が変わる。

 「ずいぶんと有名だな」その人気に嫉妬しちまうぜ、と笑声を零す浅倉に、「ファンが多くて困るぜ」おどけ口調で返した。


「だがテメェのおかげで志気が揺らいでいるもの確か。イケメンの知名度には感謝だぜ」


 バイクに跨っている向こうのリーダーを一瞥。鼻で笑い、口角を緩める。


「ッハ、嫌味にしか聞こえねぇよ浅倉。それに雑魚には興味ねぇだろうが。俺等が食らうのは榊原チームだ」


 ヨウ達は合戦を素通りして無事に仲間達と合流、予定していた人数で南門へと向かう。

 途中チャリに乗っている組は助言を守り、脇道に入ると別の道で南門を目指した。此処までは作戦によって何事も無く終えているが……問題は此処からだ。ヨウは脇道以外のバイクでも通れそうな横道に目を配る。

 早速お出でなすったようだ。向こうから見覚えのない面子がバイクに跨っている。ご丁寧なことに、運転役以外は何かしら武器らしき金属バットやら鉄パイプやら果物ナイフやら。


「また殺し合い……んにゃ死闘ご希望かよ。武器とか反則だろうが」


 思わず舌を鳴らしてしまう。

 最近の若者は喧嘩を何だと思っているのだろうか(自分も若人という類ではあるが)。

 タイマンを張ってこその喧嘩。拳を使っての喧嘩だろうに、凶器を持ち出してくるとは……事を警察沙汰にさせたいのだろうか? それとも脅し程度に持ち出してきたのか? どちらにせよ、この喧嘩状況は良い傾向ではない。


(雑魚にだって油断はしねぇ)


 敵を睨みつつヨウは口角をぺろっと舐めると気を引き締める。

 脳裏に過ぎるのは池田チームとの喧嘩。仲間が傷付いた一シーンがヨウの胸を焦がす。強く手の平を握り締めた。エリア戦争の覇者になるためには、雑魚を含めた向こうの頭と幹部を全員撃ち取るしかない。最優先に榊原達を潰す予定ではあるが、危険視する相手は徹底的に潰しておく。


「和彦さん! 此処は俺等に任して下さい! だから荒川達と榊原達を!」


 浅倉チームの面子数人が協定を結んでいる不良チームや雑魚は自分達が潰すと申し出。

 少しでも腕っ節のある者達を榊原チームのところにやりたい一心なのだろう。そのまま軌道を変え、凶器を持っている不良達のもとへと走った。人数が人数だ。勝算は薄いだろう。それでも面子は勝気に勝負を挑んでいく。勝利のために。


 「あんの馬鹿ども」顔を顰める浅倉だが、「信じている。あいつ等が簡単にヤラれるタマかよ」気持ちを切り替えたようで、誰よりも先に南門に突入。続いてヨウ達も南門陣地に入り、バイクを停車。待ち構えていたチームを見据えた。

 場所問わず大笑いたくなる不良の人数と、各々手中には物騒な凶器らしきブツ。

 ガチ話、向こうは喧嘩でなく死闘を要望しているよう。生憎此方は喧嘩を要望しているのだが、どうも意思疎通はできないようだ。


「どいつが榊原だ」


 バイクを降り、ヨウは浅倉に質問をぶつける。

 同じく滑らかな動きでバイクを降りた浅倉は、髪を紫に染めている奴だと顎でしゃくった。なるほど、確かに異質の色を放つかのごとく髪を紫に染めている不良が軍団の中に紛れている。

 なんとまあ、どっかの誰かさんを思い出す策士なお顔にニヒルな笑みだこと。顔を合わすだけでも感じる、自分とは絶対にソリが合わないだろう、と。此処まで手の込んだ死闘という舞台を用意してくれたのだ。ソリも馬も気も合わないだろう。ヨウは盛大に舌を鳴らした。

 榊原と呼ばれた男が此方に気付き、ニヒルな笑みが濃くなる。


「浅倉ぁ、少しはアタマ使うようになったじゃん? らしくねぇことに協定を結んだみてぇだな。しかも近所で名高い荒川のところとはなぁ? こりゃあ日賀野を呼ばないかんかもなぁ。まあ、今のところは人数が人数だし、様子見だけどな」


 余裕綽々。

 上から目線で問い掛ける男の態度がなんとも癪に障る。


「じゃあかしい。あんまり褒めるとお前に惚れるぞ、何様のつもりだ」


 努めておどけ口調。しかし目はちっとも笑っていない浅倉が忌々しく敵方の頭を見据えた。向こうの面子には見覚えのある元仲間達がいるようだ。

 どういう策で仲間を自分の手中に収めてしまったか分からないが、親しかった仲間や……可愛がっていた元舎弟がそこにいる。それだけで胸が締め付けられているのだろう。


 だが感傷に浸っている場合ではない。

 ヨウが声を掛けると、此方の言葉を遮るように浅倉は申し出る。頭は自分が打ち取らせて欲しいと。でなければ、自分について来てくれた仲間に合わす顔もない、と。

 まったくもって今更。返事をするまでもない頼みだ。返事の代わりに背中を叩き、「行くぞ!」ヨウはバイクから降りた仲間達に声を掛け、人数なんて関係と声音を張った。地を蹴って先陣を切る。遅れてやって来たチャリ組も乗り物に乗ったまま加担。


 赤から紫に染まる空の下、迎え撃つ榊原チームともつれ合うような形で火蓋が切って落とされた。

 一方は小手を狙い、凶器を蹴り飛ばし、また拾い上げ自分の護身に。また拳を飛ばして急所を狙い、トドメに蹴りを入れる。一方はその護身を振り回し、相手を怯ませ、なぎ倒す。さすがは『エリア戦争』で優位に立っていただけあって、向こうの圧倒的人数もさながら中々の腕っ節ぞろい。


 悪戦を強いられそうだと思考を巡らせながら、ヨウは飛び上がって相手の額に頭突きを食らわせる。着地したと同時に後ろ回し蹴り。張り手を飛ばし、既に一発お見舞いされ、切ってしまった口端を舐めながら、冷静に状況判断。

 なにぶん、向こうは凶器という凶器を手にしてくれているため、迂闊に手が出せない。自分の身を守りつつ、懐に入って攻め込まなければならいのだから苦戦も苦戦だ。


 「おっと!」振り下ろされた鉄パイプを紙一重で避け、すかさず小手を狙い、凶器を払い落とす。素早く拾って、背後から振り下ろしてくる別の凶器を迎え撃つ。

 警察沙汰になることはごめんだ。凶器はなるべく使わず、回収できる分は回収。護身として使えるものは使っていこう。皆もきっと分かっている筈だ。



「ホワチョー!!!!」



 なんとも間の抜けたドデカイ雄叫びと共に三人を一変に伸したのは、チームイチ腕っ節のあるキヨタ。

 さすがは合気道で全国大会にいっただけある。動きも力も判断力も桁が違う。向こうの凶器を物ともせず、懐に入って裏拳。背が低い分、羽交い絞めを食らうことも多いようだが、見事な運動神経で相手を前に投げ飛ばしている。


「やるな。キヨタ」


 相手に足払いを仕掛けた後、ヨウは近くにいるキヨタに声を掛ける。

 見た目は地味少年のちびっ子中坊だが、中身は凄腕の彼はニッと満面の笑顔を浮かべ、「数減らしは任しといて下さいっス」背後から振り下ろされた鉄パイプを両手で受け止めると、それを力任せに引っこ抜き、先端で鳩尾を突いた。


「俺っちは地元で名高いヨウさんのチームメート。ナンバーワンのチームに属しているんっスから、それなりの働きはしたいんっス、よ!」


 大柄の不良の顎を手の平で下から上に突き、シニカルに綻ぶ。


「このナリをしているだけで皆油断をして、俺っちを真っ先に潰そうとしてくるっス。ッハ、舐められたものっスよ。俺っちを誰だと思っているんっスか。かの有名な荒川の舎弟、田山圭太の弟分っスよ!」


 兄分に見合う男になるためにも、負けるわけにはいかないのだとキヨタは口角をつり上げ、顎を擦っている相手の股間を容赦なく蹴り上げる。

 少しならずヨウは引きつり笑いを浮かべてしまう。笑顔でなんとも卑劣でえぐい攻撃を。同性でありながら、男の泣き弁慶とも言える急所を躊躇なく蹴り上げるなんてとんだ悪魔だ。と、しみじみに思うヨウだが、直後目前に刺客が現れ、容赦なく急所攻撃。

 チームメートがチームメートならば、頭も頭である。


「ア゛ァアアアアアアアァアア! 今、うちの尻触った奴は誰だァアアアア! ドサクサに紛れて何しやがるんだぁあああん?! ぶっ飛ばすぞあぁああああん!」


 何処からともなく聞こえてくる大音声。

 思わずヨウとキヨタは、動きを止めて声の方を流し目にする。そこには青筋を立てに立てまくった我等がチームの『華』というべき、女不良。三ヶ森響子の憤った姿が。彼女は怒っているのではない。激怒している。

 目の前の不良の顔面にストレートパンチ。相手の歯をへし折ってしまう響子だが、拳の血を拭うこもせず、真横にいる敵に右フック。どいつが自分の尻を触ったと業を煮やしている。

 女性の顔など、そこにはない。今あそこに立っているのは、鬼の形相をした雄々しい不良である。


「……わぁ、怖いこわい。ヨウさん、響子さんって……前々から思っていたんっスけど喧嘩強いっスよね。しかも……怖いっスっ! パねぇっス!」


 その場で二の腕を擦り、キヨタが身震いをする。同じくヨウも背筋を凍らせていた。


「……付き合いは長いが、やっぱあいつのブチ切れは怖ぇな。頼りになる分、ああなったら見境がねぇ。無差別に男という生物を殴り飛ばす。気が済むまでな」


「え゛? それって不味いんじゃ……だって無差別って仲間も。ヨウさんっ、いえ、リーダー! 責任を持って止めてきて下さいよ!」


 「はあ?」お前、俺にそんなとんでも発言を。ヨウは間髪容れずに反論。


「馬鹿言え。俺も男だぜ? あいつに近付いたら殺されちまう! テメェはリーダーの俺に死ねってか!? ジョーダン言うなって」


「けどこのままじゃ犠牲者が! 仲間に犠牲が出るなんて悲しいっスよ! こういう時こそガツーンとリーダーの出番っス! さあ、モトの兄分として、ケイさんの舎兄としてガツーンと男を見せて下さい!」


 さあさあさあ。

 目を輝かせながら、相手を伸すキヨタ。脱不良でもしたような、黒髪の色を一瞥して、ヨウは笑顔で答える。


「俺、しーらね。響子に殴られた奴は自己責任だ、自己責任。リーダーも何もカンケーねぇや」 


「えぇえええ?! リーダー、そんな無責任な! あんたリーダーっしょ!」


 頓狂な声を上げるキヨタだが、ヨウは知らない知らない何も見ていないとブツクサブツクサ。

 目前の死闘か、それとも響子の暴走を止めるか、その場で選べと問われたら即答で前者。喧嘩で怪我する分より、響子に殴られて怪我するほうがよっぽど怖いのである。イケメン不良のヨウだって一端の人間、普通の人間であるからして……つまり命は惜しいものである。


「アッハー! 俺サマに拳を入れた奴っ、よくやりやがった! 出て来いや!」


 こちらでも喧嘩によって豹変している不良が。

 長髪のオレンジ髪を振り乱しながら、振り下ろされる金属バットを受け止めるワタルは「あひゃひゃひゃ!」甲高い笑声を上げながら、相手の手から凶器をすっぽ抜いて柄頭で相手の喉を突く。


「あひゃひゃひゃ! たのすぃぜ! あーひゃひゃひゃ!」


 笑いが止まらないのか、あひゃひゃひゃ! あひゃひゃひゃ! あーひゃひゃひゃ! ……ゲホンゲホン、笑い噎せながら相手の急所を狙い撃ち。


「あっちでもえげつねぇことを。さすがはドS不良だな。喧嘩になるとドドドSになりやがる」


 仲間内ながらも、ワタルが悪役に見えるのは気のせいではないだろう。

 頼もしくも豹変すると怖い仲間達が敵を潰してくれる中、ヨウは直進している浅倉を見つけて援護に回る。

 腕の立つ浅倉だが、雑魚の相手をさせるわけにはいかない。彼が打ち取らなければいけない相手はただ一人。体力を温存させるためにも、自分が雑魚を買って出なければ。協定を結んだ時から心に決めていた。仲間を引き抜かれ、絶望を味わった同類に必ず一旗あげさせる、と。


 気質も性格も似ている自分達。

 お互いに直球型の不良の自分達。舎兄弟に関して境遇が似ている。自分は舎弟の覚悟ある決断により救われたが、浅倉は……もしかしたら自分とケイも彼等と同じ目に遭っていたかもしれない。二人の間に何が遭ったのかは分からないし、部外者の自分には知る由もない。


 けれど何かしてやりたかった。

 榊原よりも浅倉にリーダーの素質があるのだと、向こうに行ってしまった彼等の元仲間達に教えてやりたかった。策士の部分では確かに浅倉は劣っているかもしれない。しかし仲間を想う気持ちは向こうよりも上なのだと、彼等に教えてやりたかった。


 援護をしてやりながら、浅倉と榊原に向かって駆ける。


 不良軍の中でも異色を放つ目立つ髪をしているため、直ぐに榊原の姿は捉えることができた。

 このまま猪突猛進に――榊原を援護するように前に不良が現れる。見事なまでに夕陽色に染まっている赤髪、切れ目をこちらに向け、片手に長い鉄パイプを握り締めている。能面に近い表情を作っているその不良は、「通さない」二人の目的を見越して構えた。


 向かい合うだけで分かる。こいつはだだものではない、と。


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