18.狼煙を上げる準備はできた




 ◇




「榊原チームが動き出した。どうやら奴等は今日一日でカタを付けるみてぇだ。協定を結んでいる不良チームと南門に入り浸っているらしい。幸い協定を結んでいる不良チームの中に日賀野達はいないようだ」



 なるほど。

 確かに日賀野達はちょっとやそっとじゃ動くことのない名高いチーム。

 自分達にとって利得があるかないか、もしくは面白いことがあるかないかによって動きが変わっていく。エリア戦争という規模の大きい喧嘩があると知ってはいれど、まだ自分達の動く基準にまでは達していないのだろう(俺等が加担していると知ったその瞬間、参戦して悪戦を強いられるに違いない!)


 けれど榊原は策士だ。

 例え日賀野達の姿は見えなくとも、頭数を増やし周囲のチームを圧倒させることによって他のチームを萎縮させる。そこを一気に畳み掛け、テリトリー争いの覇者になろうとしている寸法だ。狡い。

 「チッ」ストレスを解消するために吸っていたであろう煙草を地に落としたヨウは、忌々しそうに先端を靴底で踏み潰した。


「例の作戦でいく。これ以上、手をこまねいているわけにもいかねぇ。向こうに動きがあったのなら、こっちも動き出さないとヤラれちまう。何事も、先手必勝だ」


 作戦は弥生の発言で閃いたハジメのスピード作戦。『別名:強行突破&誘導作戦』だ。


 俺達は今から三つのグループに分かれて行動を起こす。先陣切るのは少数バイク&チャリの二グループ。

 バイクはともかくチャリってのが笑えるんだけど(だって不良がチャリンコで喧嘩に挑むとかカッコ悪! 俺は別として!)、とにかく二手は人間の足よりスピードのある乗り物に跨って東西チームを挑発・誘導する。勿論喧嘩をするわけじゃない。できるだけ両チームを挑発して怒らせた後は、チームを誘導して両チームを鉢合わせる。

 その後は野となれ山となれ。勝手に向こうが喧嘩をおっ始めてくれるだろう。そして待機をしている最後のグループは合図があり次第、強行突破を開始。喧嘩しているであろう二グループの間に割って入るようにバイクやチャリで突破する。先陣切った二グループは紛れて合流。みんなで榊原チームを倒しましょう作戦に移る。


 ちなみに俺は三つのグループの何処にも属していない。別の任務を任されている。

 極端に喧嘩ができない奴等は俺と同じように別の任務を任されているんだ。それは男女関係なしに任される、ある意味重要な任務。俺は喧嘩をしている皆の余所で、ちょいと愛チャリを跨いで別任務を頑張ってきます! 間接的には喧嘩に関わる任務なんだけどさ!

 ……ははっ、こわっ。ガチな話、喧嘩なんて怖いっつーの! 慣れないよな、これだけは。

 今日、家族に会えるかなぁ! マジで泣きそうなんだけど! 今日即決でエリア戦争に挑むとか予想すらしなかったよ。心の準備は大切だって! ぶっつけ本番でライブの舞台に立つ気分だ!



「いいか、負けの喧嘩に興味ねぇ。力の弱小なんざ思って尻込みする奴がいたらその場で焼きを入れてやる」



 ガタブルと心中で震えている俺の傍らで、ヨウは倉庫に集まっている手前のチームと浅倉さんチーム両方に勝つ気でいろと一喝。

 人三倍負けん気の強いヨウは、喧嘩に対する『敗北』という二文字が大嫌いだ。腕っ節がある分、プライドも高いんだろう。少し前のヨウなら、ただそのプライドを守るために、仲間内を守るために使う力だっただろうけど……今は違う。

 傍若無人に腕っ節を使うんじゃなく、一端のチームの頭として、その力を有効且つフルに発揮しようと努めている。もともとリーダー気質が備わっていたヨウだ。しっかりと立場を自覚すれば、その力はグングン右肩上がりに伸びていく。今のヨウはチームの顔そのものだった。



「浅倉。テメェにすべてが掛かってるからな」



 ヨウは浅倉さんの肩に手を置き、榊原を倒すのはお前だと視線を投げる。

 浅倉さんはやや迷いのある顔を見せていたけれど、それを振り切ってヨウの手を軽く払うと「行くぞ」全員に強く指示。雄叫びにも似た返答ともに不良達は行動を開始する。


 皆が動き始める中、俺も愛チャリの鍵を解除して跨るとハジメを呼んだ。

 これから俺はハジメと一緒に行動するんだ。喧嘩できない不良&地味っ子コンビなんだぜ! ははっ、襲われたら最悪だな! 逃げるしか手立てがねぇ! 自慢にもならないけど逃げ足だけはピカイチだ! まっかしとけ!


「うわぁ……ケイのチャリの後ろに乗るのって初めてだな。できるだけ優しく運転して欲しいんだけど」


 俺と同行するハジメがおずおずと申し出。

 勿論却下に決まっている。優しい運転イコール、それは穏やかなスピードでほのぼのとサイクリングを楽しみましょうなレベルだぞ。そんなんじゃな、直ぐに捕まってフルボッコなんだぜ?! 嫌だぜ、フルボッコなんて。おりゃあ、もう二度と経験したくないね。あんな痛い思い!

 「しっかり掴まっといてくれよ」肩を握り締めとけ。チャリに同乗する初心者に助言をしてペダルに足を掛ける。



「ハージメ。ケーイ!」



 いざ出発しようとする俺等のもとに弥生が駆け寄って来た。走ることによって生み出される風に、持ち前の染めた長い茶髪を靡かせながら。

 立ち止まるや否や弥生は携帯を取り出して、再三再四連絡について確認。喧嘩のできない俺等はある意味喧嘩の連絡係、少しでも怠ると勝敗に左右されかねない。

 お互い十二分に確認した後、弥生は携帯をブレザーのポケットに突っ込むと「無理しないでね」優しい言葉を掛けてくる。俺達に言ってくれているようで、直接的に気持ちとして伝えたいのは俺の後ろに乗っている奴だろう。彼女の焦点は後ろに定まっている。


「チームのためだからって、無理をしたら一緒だよ。自分にできることをすればいいんだから」


「うん、弥生も……直接現場に行かないとしても襲われないとは限らない。だから、気を付けてくれな」


「馬鹿、私よりもハジメじゃんか。ハジメは時々びっくりするくらい無理をするところがあるし! 無理をして馬鹿をしたら私……ハジメを困らせるよ。泣いて困らせるからね」


「それは困るなぁ……弥生の泣き顔だけは見たくないし」


 おうおうおう、どーやら田山はアウトオブ眼中らしい。

 なんだお前等、人を無視してリアリアの充実した時間を過ごしやがって。傍にいるだけでごちそーさましたい気分だよ!

 ハンドルに肘を付いて頬杖、俺は二人のやり取りを傍観することにした。いや、この場合は傍聴? とにもかくにも完全に二人の世界に浸っているハジメと弥生を交互に見やり、深い溜息をついた。蚊帳の外に放り出された田山圭太は空気と化している。無いものして扱われているよ。


 ああもう、こいつ等の会話を聞いてるだけで甘ったるい気分になるんだけど。アツいよな、この二人。早くデキちまえばいいのに


 わざとらしい溜息をついて会話を待つことにする。

 二人のバレバレな気持ちを含む会話に気付かぬ振りをしてやり取りが終わるのを待つ。待つ。待つ……結構苦痛だなおい! 余所でやってくれってカンジなんだけど!


 「ん?」俺はふっ、と顔を上げて首を動かす。

 少し距離が離れた向こう側に視線を投げ掛けてくれているひとりの女の子。チーム内で唯一同類の少女は響子さんの傍にいながらも、こっちに眼を向けてくれていた。俺の視線に気付いた彼女は、ハニカミを作ると小さくちいさく手を振ってきてくれる。

 その小さな仕草でさえ胸が熱くなる。不思議と胸が火照るんだ。動作一つひとつに炎系魔法でも掛けられているみたいに彼女の動きだけで、かち合う視線だけで、綻ばれるだけで胸が熱を帯びる。

 冷ますように、俺も小さく手を振り返して柔和に表情を崩す。


 すると彼女は口だけ動かし、俺にメッセージを送ってきてくれた。

 小さな距離という溝があっても伝わってくる彼女の気持ち。簡単でありきたりな四つの語、『が ん ば れ』

 有り触れた単語だけど、俺にとってかけがえのない糧になる言葉だ。どうしてかな、彼女が言葉を紡いだくれるだけで俺の胸に大きく響くんだ。馬鹿みたいにさ。


 向こうに分かるように頷いて、「そろそろ行くぞ」俺はハジメに声を掛けて二人の会話を打ち切らせた。

 悪いけど、俺等もそろそろ行動しないと……時間は惜しい。計画が狂ったら、俺等がヨウや浅倉さんにシバかれる。俺は弥生に気を付けてと言葉を掛け、向こうも俺に掛けてくれ、挨拶を交わしてペダルを踏む。


 発進するチャリ、風を少しずつ頬で感じつつ、俺は最後にもう一度だけ彼女に視線を向けた。

 向こうにいてもまるで見送りをしてくれるように瞳はこっちを捉えていた。だから俺は相手にできる限りの笑顔を向けた。そっちも頑張れ、怪我だけはしないように。その意味合いをたっぷりと籠めて。






(――どうかご無事で、ケイさん)



 指を組み、祈るような気持ちで彼等を見送ったココロはただひたすら、その場に佇んでいた。

 次々に出発していく仲間を見送りながら、行ってしまった思い人に仄かな想いを寄せる。

 てっきりあの子が好きなのだろうと勘違いしていた彼の思い人。だから諦めようとしていた。不良達と走るその背中を見守るだけで十分なのだと思っていた。傍にいるだけで幸せなのだと思っていた。どこかで不満足する自分がいたけれど、気持ちに目を瞑り、好(よ)き友達としてあり続けようと心に決めていた。


『俺の好きな人は弥生じゃないんだよ』


 真っ直ぐ過ぎる言葉、直視してくる瞳、緊張した表情。

 まだ言葉という目に見えぬ形にはしてもらっていないけれど、彼の気持ちを察してしまった。そこまで鈍い女ではない。彼の取り巻く空気と言動に察してしまったのだ。

 本当はあの場で彼の気持ちを聞きたかったのだけれど……でも約束した。予約した。遠回しとおまわし気持ちを伝えてくれる、と。あの時の彼は緊張に緊張しながらも『ココロに言いたいことがあるから』、照れ隠しするように頬を掻いて『予約な』、ちょっとぶっきら棒に言葉を紡いでくれたのだから。


 彼は知らないだろう、泣きたいほど嬉しかった自分の心情を。

 小中学校時代に根暗だからと苛められ、好いてくれる人など現れないと思っていた。

 高校に進学して響子と出逢い、好いてくれる人が現れてくれた。弥生やヨウ達とも出逢い、好いてくれる喜びを噛み締めるものの、度々耳にする恋話には無縁なのだろうと思っていた。だって自分は地味だし、すぐに言葉が詰まりオドオドしてしまうし。


 それでも自分の感情を見透かした響子は言った。


『ココロ、アンタにだって好きな奴が出てくるって。好きって想ってくれる奴がいるさ』


『そ……そうでしょうか? 私……こんな性格ですし』


『いる。アンタを男にやるのは勿体無いけど、ああ勿体無いさ。勿体無さ過ぎて、男にやりたくねぇけど、大切な事だから二度言う。勿体無さ過ぎて男にやりたくねぇけど……絶対に好きって想ってくれる奴がいる。うちが保証してやるって。アンタ、良い性格してるんだしさ』 


 自分を励ましてくれた姉分的存在の響子、彼女もまた魅力ある姉御気質の女性だった。

 彼女のようになれたならば、好きと想ってくれる男性が現れてくれるのだろうか。当分、恋愛とは無縁だろうけれど、せめて彼女のように魅力ある女性になるよう努力しよう。そう思っていた。


 ひょんなことからヨウが舎弟を作り、自分と似たような地味っ子を連れて来た。

 最初は親近感、次第次第に不良と頑張って走るその直向きな姿に目を奪われ、いつしか心も奪われ……最初に気持ちを見抜かれてしまったのはやっぱり姉分の響子。直球に『好きなのか?』聞かれ、酷く狼狽した記憶がある。


 あらさま肯定してしまった態度に一笑した響子は、彼のどこが好きなのか理由を尋ねられた。

 誤魔化しても醜いだけだろうから、正直に答えることにした。

 大きな契機はないと思う。ただ惹かれたのだ、と。不良と直向きに走るその背中に。舎弟になった契機がクダラナイ理由でも、舎弟に向いていないと周囲から鼻で笑われても、異色コンビだと言われ続けても、ヨウの舎弟として努力している彼の姿に目を奪われていたのだと。


 不良とあんなにも親しげに話せる同類に凄いと思ったし、惹かれたし、憧れも抱いた。

 口にすればするほど不確かな気持ちが確かな気持ちへと変わっていった。変わっていってしまったのだ。


(片想いで終わると思っていたのに……ちゃんと伝えよう。ケイさんに、この気持ち。頑張って伝えよう)


 強い決心を胸にココロは気持ちを切り替え、同伴する弥生のもとに駆けた。

 『エリア戦争』で直接的な活躍の場はないけれど、裏方でチームを精一杯支えよう。そして、終わったら告げるのだ。ちゃんと……ちゃんと逃げずに告げるのだ。


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