17.想いを伝えたい人はここにいる




 ◇



 体育の時間はすっかり青春の感傷に浸った俺だけど(もしかしてこれもリア充か?)、甘くほろ苦い青春に浸ってばっかりもいられない。学校でたっぷりと睡眠や休息を取り、十二分に体を休ませた後は(勉強は大丈夫かなぁ)、たむろ場に行って集会に参加しないといけなかった。


 今日も俺達は作戦組、偵察組、分析組の三つに分かれて重点的に話し合いを行っている。

 三チームという大人数相手にどう少ない労費で目的を達成できるか、何度もなんども打合せをしているんだ。

 たかだか喧嘩、されど協定を結んだ俺達荒川チームにとっても、榊原チームを打倒したい浅倉チームにとっても、この喧嘩は負けるわけにはいかない。この喧嘩が今後の行動範囲やチームの行く末を決めていくんだ(と、ヨウが言っていたよ! 俺には喧嘩の良し悪しがあんまり分からないけど!)。

 とにもかくにも念入りに話し合いをしておかないと。協定を結んだのにあっさりと負けちゃいました。なんて格好悪いじゃんか。な?


 だけど、話し合いばかりもしていられない。

 いつ榊原や向こうのチームと協定を結んでいる日賀野の耳に事が知れるか。そう思うとグズグズもしていられないんだ。あいつ等の参戦だけは回避したい。幾ら俺等でも奴等相手じゃ苦戦どころか、悪戦苦闘の末に敗北することだってありうる。向こうのリーダーは我等がリーダーと違って生粋の策士だから(ヨウに言ったら怒られる物の言い草だけど)。

 しかも根っからの性悪だ。途中参加であろうと向こうに参戦をされたら、八割方の可能性で敗北しちまう。


 『エリア戦争』は『エリア戦争』で、日賀野達は日賀野達で対処していかないとな。じゃないとアウチ……恐くて怖くて仕方が無いんだぜ!

 だって日賀野の耳に入ったら必然的にその喧嘩面白そうじゃんかプレインボーイ、俺も混ぜろよ、とか言って仕掛けてくるんだ。俺は苦手な日賀野と再会するというかっ! 泣きたいというか! なんというか! 嗚呼……やべぇ、いずれはあいつと再会しなければいけない運命なんだと思うだけで変な汗と恐怖と動悸が。日賀野症候群、恐るべし。


 話は逸れてしまったけれど、そんなこんなで、俺達は今日も話し合いをしている。

 そして目処を付け始めていた。いつ、『エリア戦争』に先陣を切るのかを。


 さて語り部となっている俺は今、分析組に身を置いて話し合いに参加している。

 分析組にはハジメや弥生、ココロ、向こうチームからは副リーダーの涼さんなどが参加。どうすれば一番効率の良い戦ができるか、みーんなで分析中。輪になってジベタリングしている。


「やっぱり一番はさ。榊原チームを倒すことにあると思うんだ、僕は」


 両リーダーに意見するのは我等が頭脳担当のハジメ。

 残り二チームに戦力を傾けるのは正直勿体無い。最終目的は『エリア戦争』の優位に立っている榊原チームを伸すことに意味があるのだとハジメはノートの切れっ端にメモを殴り書き。大御所の榊原チームを伸せば、両チームも萎縮して降参をするのではないかとハジメは考えているみたい。

 しかもこっちには“荒川庸一”というブランド名まで背負っている。双方、荒川庸一という有名すぎる不良の名前を聞けば、降参してくれるのではないか。ハジメはそう考えているようだ。


 それは分かっているのだと涼さんが真っ向から意見を返す。

 榊原チームを伸してしまえば向こうも勝てないと自信喪失。次いで戦意も喪失し、白旗を挙げてくれる可能性は大きい。一番良い効率は榊原チームを伸してしまうことだと述べるものの、涼さんの顔はきわめて険しい。眉根を顰めて口をへの字に結んでいる。


「ばってん、どげんしても二チームば知ったこつかすることはできなか。榊原のところに行くには二チームの目は避けられなかし、見つからなかようにする不可能やけん。北ば陣取ってるから、どうしても東西には見つかるとよ」


 「な?」同調を求められても、「……」俺等はポカーン。

 え、涼さん、今、日本語を言いました? 所々しかわっかんねぇんだけど。むっちゃ早口だったし。何が言いたいかというと方言はやめて下さい涼さん! 今の九州弁ですかね? 前から方言がまじるとは言っていたけど、グレードアップしてね? 完全訛っているよい。


 目を点々にする俺等に、向こうの仲間内が「完全に訛っています」俺等に一切合財伝わっていないと指摘。

 あ、うっかりした。涼さんは誤魔化し笑いを浮かべる。「悪い悪い」片手を出して謝る涼さんは、一つのことに夢中になると完全に方言になってしまうらしい。なるべくは標準語で喋るからと、さっきの台詞を言いなおしてくれた。


「だけど、どげんしても二チームを無視することは出来ないと思う。榊原のところに行くには二チームの目は避けられなかし……じゃない、目は避けられないし、見つからなかようにする不可能やし。北を陣取っているから、どうしても東西には見つかるって」


 なるほど、そう言ってくれたのね。

 まだ方言がまじっているけど、さっきよりは断然分かりやすくなったよ。同じ日本人なのに、異文化の壁さえ感じたよ。方言って結構不便だなぁ。日本人同士で異文化を作り上げちまうんだから。


 さてと話は戻して、分析組は早くも詰み状態に陥っていた。

 分析結果、榊原チームをどうにか倒しちゃえば二チームも白旗挙げてくれるだろうと推測はできた。

 だけど、どうやって二チームに見つからず、北から南まで移動して喧嘩を売りに行くか、そこが問題ポイントだ。なんと言っても榊原チームは、浅倉さんチームと真逆の方角にいる。商店街の地形を考えても東西にチームを置いている双方に見つからないような複雑な道は存在しない。

 かと言って商店街を大回りにぐるっと回り、例の大通りから南門付近に繋がる裏道を使って攻め込むというのも危険な賭けだ。


 確かに裏道を使って攻め込めば、榊原チームと直接対決に持ち込むことができる。


 けれど裏道は一本道。榊原チームが協定を結んだチームを呼んでしまったら、俺達は挟み撃ちに遭って逃げ場を失ってしまう。そりゃあ不味いだろ、幾らなんでも。裏道もそんなに広いもんじゃないから、大勢で攻め込むにはちと窮屈だ。


 弱ったなぁ……こういう喧嘩の戦法を立てるのは苦手だ。

 ゲームならまだしも、リアルの世界だと自分や仲間が率先して動かないといけないし、体力のことも考えなきゃいけない。俺達が超人なら別だけど、生憎俺達はZ戦士じゃない。やれることにも限りがある。無理は出来ない。


「私、こういう問題ってよく分からないけれど、ごり押しは無理なの? 強行突破って言えばいいのかな。そういうのはできない?」


 首を傾げながら弥生が素朴な疑問を口にしてくる。

 おいおいおい、弥生さん。ごり押しなんぞできるわけないだろう? たった今、ハジメが人数の問題を指摘したばっかりだぞ。しかも強行突破だなんて、どうやってするつもりだ? チーム一丸になって肉弾になるってか? そらぁ無謀だろう。


「具体的に強行突破するってどげんゆうこつだ?」


 涼さんが方言まじりに質問を飛ばす。

 意味はなんとなく伝わってきた。強行突破をするってどういうことだ? って聞きたいんだよな。俺もそれは思った。弥生はどんなイメージでごり押すつもりなんだろう?

 すると弥生が満面の笑顔で俺を指差してくる。


「ケイみたいな感じ」


 空気がものの見事に凍てつく。否、凍てついたのは俺、田山圭太である。

 ケイみたいな感じぃ? つまり俺みたいな感じぃ? ……へいお嬢ちゃん、俺を名指しするってどういうことだい?! なんでここで俺が出てくるんだよ! 『強行突破=田山圭太』の方程式は生憎俺自身も持っていない。田山圭太は強行突破なんて物騒な単語なんぞとご縁がございませんよ!


「はあ……荒川の舎弟みたいな感じねぇ。つまり、どげんこと?」


 うっわぁ、その溜息と質問の間!

 白けた眼で見てくる涼さんが、まるで俺に対して白けた空気を作るなと言わんばかりの態度を取ってくる。俺は何もしていないのに! 空気は読む子だと自負しているからこそ、この空気は居た堪れない! 白け空気の冤罪疑いを掛けられた俺乙、田山圭太乙!

 空気を打破するために、俺自身も弥生にもっと分かりやすく説明してくれるよう頼む。じゃないとこの白けた空気はどうにもこうにも俺のせいになりかねない。露骨に焦りを見せる俺に対し、「まんまだよ」弥生は笑顔を浮かべたまま説明を始めた。


「ケイさ、いつも話してくれるじゃん。ヨウをチャリに乗せて強行突破したって」


 んーっと、それはあれか。

 ヨウが無闇に喧嘩を売買したものだから、相手の逆恨みを買っちまって、最悪集団に追い駆けられてしまうっていうあれか? 


「それは相手が大人数だからだよ。俺とヨウの二人しかいないのに、向こうは大勢で向かってくるから、仕方がなしにチャリで逃げるしかないと思って強行突破するんだ」


「それだよそれ! だからさ。東西にいる都丸チームと刈谷チームを無視したいなら、びゅーんっと突破すればいいじゃん! 打倒榊原なら、びゅーんっと強行突破! どう? 名案じゃない?」


「ばってん、そいはちかっぱこまめちゃんやり戦法じゃなか(それは超無理やり戦法じゃないか)?」


 ああもう、だから涼さん、方言が、方言が! ツッコむのもメンドイぞ、あくまで心の中だけだけど! 

 ご尤もな意見を述べる涼さんだけど、弥生の意見がハジメの閃きを導き出したようだ。「そうか!」その手があったと、ハジメはノートの切れっ端に殴り書き。俺等がその殴り書きを読んでも、何を書いているのか些少しか分からない。まるで英語の筆記体みたいな字だ。


 首を傾げる俺等に対して、内容を書き終えたハジメは言う。強行突破プラス、スピード勝負でいこうと。スピードを上手く使えば、都丸チームと刈谷チームを潰し合わせることもできる。無駄な労力を使わず、最終目的に辿り着ける。ハジメは強くつよく訴えて弥生に大手柄だと褒めを口にする。

 そしたら弥生が俺の背中を思いっ切り叩いて(痛ぇ!)、満面の笑顔を向けてきた。


「それもこれも、ケイがオモシロ話を私にしてくれてくれたからだよ!」


 オモシロ……俺は自分の不幸話をしているんだけど。

 いやいやいや、いいんだよ。人の不幸は何とやら、不幸話の方が笑えるしネタになるもんな! くっそう、そのネタにされている俺、ドンマイ!


「早速これをリーダ達に報告してくる」


 一頻り話し合いを終えたハジメは殴り書きした紙切れを片手に行動を移す。

 涼さんも彼について行くらしく、肩を並べてリーダー達の下へ向かった。残された俺達は少しばかり休憩だと羽を伸ばすことにする。


 だけど弥生はこれから出掛けて来ると俺達に伝え、腰を上げて制服についた砂埃を払った。

 彼女曰く、少しばかり情報を収集してくると言う。少しでも三チームの現状の動きを知っておいて損はないと考えたみたいだ。そんな弥生に対して、「一人じゃ危ないって」俺も行こうかと言葉を掛ける。今の事態が事態だ。一人で行動するにはちょっち危ない。俺自身は喧嘩すらできないけど、チャリで一緒に逃げることくらいならできる。

 率先して同行しようか、と提案する俺に、「心配サンクス!」でも大丈夫だと弥生は胸を叩いた。


「たった今、響子にメールを送ったから大丈夫だよ。響子が一緒なら千人力だから。あ、その前に……ハジメ、ちょっとハジメー!」


 思い出したように弥生がハジメの下に駆け出す。見事に染まった、長いながい茶髪を靡かせながら。


 俺はついつい微苦笑を零してしまった。

 本当にハジメが好きなんだな、弥生の奴。無意識だと思うけれど、ハジメの名前ばかり呼んでいるぞ。学校でも、たむろ場でも、日常会話でも。

 弥生は気付いていないだろうけどさ、日常会話でよくハジメの名前が出るんだ。「それでハジメがね」だなんて、まるで彼氏の名前を紡ぐように、意識しているであろう相手の名前を口にしてる。実はハジメも、弥生の名前を口にすることが多い。所謂これが相思相愛ってヤツだよな。


 お互いに思い合えるのだから、本当に好きなんだろうな。弥生も、ハジメも。


 はぁ……なんだろう。この切なくなる気持ち。

 向こうの相思相愛状況を羨んでいる俺がいるよ。いいよねぇ、告白の結果が見えている、互いに片想いをしている方達は。妬み? おうよ、俺だって人間だ。妬みくらいするぜ!


「はぁーあ、切ない」


 思わず口に出して気持ちを吐露。

 侘しい気持ちになる、これも青春か? だったら俺の青春ってほろ苦いんだけど!



「げ、元気を出して下さい! ……なんて、安易に言っちゃいけないと思いますけど」



 ドキリ。

 馬鹿みたいに心臓が高鳴った。

 チラッと流し目で右隣を見やれば、モジモジと手遊びをしながら人の隣に腰を下ろしているココロの姿が。い、いつの間に?! あ……そっか、ココロは弥生の隣に座っていたから、あいつがいなくなった分、ココロが詰めて座ってきたんだな。


 阿呆みたいに心臓が鳴っている。鳴ってやまない。

 ヨウが何度も『攻めろ』とか『言葉にしないと分からない』とか、背中を一蹴してくるもんだから、真面目に彼女を意識する俺がいる。くっそう、平常心だぞ平常心。


「ありがとう。いやさ、ちょっと感傷に浸っていたみたい」


 無難な言葉を選んでココロに笑みを向ける。

 たっぷり間を置いて、「ケイさん……恋をしているんですか?」度肝を抜く疑問をぶつけてきた。ドッジボールで剛速球を鳩尾に食らった気分だった。まさか、ココロからそんな質問をぶつけてくるなんて。

 「ま、まっさか」見え見えの嘘をつく俺の動揺は表に出ていたようだ。面白おかしそうに一本取ったと彼女は悪戯げに頬を崩し、目じりを和らげた。


 なんてこったいジョニー! いっちゃん知られたくないココロに恋心を見破られてしまうとは、どういうことだいマックス! マーックス!


 ……もしかしてココロにばれた? 俺の気持ち。

 試練か、これは試練の時なのか! ああくそっ、ノリで誤魔化すか? それともノリノリで「君のことが実は好きなんだぜベイベー」とか言っちゃう? キャラじゃない。イケメンじゃない俺が告るなんてギャグにしかなんねぇ。そういうチャラけた台詞はヨウみたいなイケメンくんが言って許される台詞! 俺が言ったらサブイ告白だ!


 取り敢えず、お、落ち着け俺。

 まずココロが本当に気持ちに気付いているかどうか、それを探るのが先決だろ。 

 もしも気付いているのなら、腹を括って言おう。失恋ドンマイで気持ちを伝えよう。ヨウは言っていた。気持ちが言えるチャンスがある時ほど羨ましいものはない、と。あいつはチャンスを逃して帆奈美さんに気持ちさえ言えずに敵対しちまった。

 本当は辛いんじゃないかな。日賀野達と敵対したことや、大好きだった帆奈美さんと敵対したことに……本当は。


 片隅でヨウのことを考えながら、「どうしてそう思うんだ?」ココロに理由を聞いた。

 間髪容れずに女の勘だとココロは笑みを浮かべる。スッゲェな、女の勘。怖いくらい鋭いぞ。

 誤魔化しても見苦しいだけだろう。俺は間を置いて頷いた。どっかの誰かさんに恋をしている、と。ココロと同じだと付け足して。


 すると彼女はひどく動揺したように頬を真っ赤に染めた。

 「なんでそう思うんですか?」相手の問い、「男の勘だよ」俺はおどけ口調で目尻を下げる。小さな唸り声を上げるココロは否定しなかった。露骨に態度に出してしまったゆえに、否定しても無駄だと思ったのだろう。態度で肯定をしてくる。恋をしている、と。


 お互いに少しばかり口を閉ざす。

 不意に腰を上げ、制服についた砂を払いながら俺はココロに、ちょっと外で話そうかと誘い出す。安易に此処で話す内容じゃないと思ったんだ。それに二人だけの方が話しやすい。

 此方の気遣いに気付いたココロはこっくりと頷いて誘いに乗ってくれた。『エリア戦争』のことについて真剣に話し合っている両チームの目を盗み、俺とココロはこっそりと倉庫の外に出る。誰にも気付かれないよう、こっそりと。



 倉庫の外に出た俺達はまだ青々としている空の下、倉庫裏に回って積み重ねられている木材に腰を掛ける。

 それまで始終ダンマリだった俺達だけど、木材の軋み音を合図にココロが口を開く。俺の恋ならきっと叶う。きっと大丈夫だ、と。

 根も葉もない言葉だけど、ココロなりに応援してくれるんだと分かった。どうやら気持ちまでは見抜かれていないみたいだ。微苦笑を零す俺は、「どーかな」ちょっと弱気に返答。何故なら俺の片恋相手には別の片恋相手がいる。恋が成就するかと言われたら、かなり低い確率だと思う。


「俺の好きな奴には他に好きな奴がいるんだ。どーしても、そいつに勝てそうにないんだよなぁ。向こうの方が二枚も三枚も上手(うわて)だから。俺なんか逆立ちしても勝てそうにないよ」


 かぶりが千切れるほどココロは首を横に振った。


「そんなことないですよ。ケイさん」


「いやぁ、相手と俺を比較したら、確実に負けているんだよ。現在進行形でさ」


 なーにせ、好敵手は……まさか、まさかの俺の舎兄なんだぜ?

 イケメンで不良で喧嘩が強い。んでもって最近はリーダーシップを惜しみなく発揮してくれている。仲間思いだし、女の子にモッテーだろ? 勝負するまでもない。敗北がどっちを指すかと言ったら、やっぱ俺だよな! 敗北は俺のために用意されているものだと思う!

 負けるとは分かっているんだ。相手を困らせるってことも分かってはいるんだ。


 だけど。


「結局勝ち負けに関わらず相手を見ている俺がいるんだ。気にしない振りをしようとしても、いつの間にか相手のことを考えている。何気ない仕草に振り回されているんだ。どーしても何かせずにはいられないから。勝てそうになくても、最近は……」


「最近は……?」


 一呼吸を置いて肩を竦めた。


「気持ちを伝えようかなと思う俺がいるんだ。何でだろう。今までの俺だったら、きっと行動を起こそうとも思わなかったのに」


 でも、今の俺は何もしないで終わりたくないと思っている。往生際がワルイコトに。

 ヨウ達と出会ってから、負けず嫌いっつー厄介な面が俺の中で見え隠れしている。どうしてもこれでおしまいにしたくない。どうせならスッキリとフラれて、失恋をヨウに慰めてもらって、これからもイイオトモダチでいましょう的に仲良くしていきたい。

 こんなことを思う俺は随分と考え方が成長した。今までだったらムリの一言で終わって、自然と気持ちを消そうとしていたのに。


「恋愛に対しては消極的だったんだけどさ。ちょっとだけ積極になってみようと思ったんだ。好きな子に気持ちを伝えてみたい。結果が分かっていても、好きだと相手に言いたいんだ。フラれたら舎兄がラーメンを奢って慰めてくれるだろうしさ」


 いつもの口調で淡々と片恋相手に自分の胸の内を明かす。

 勿論、明かしている相手が俺の好きな人です、とはまだ言えないけど……予行練習程度にこんくらいは告げてもいいよな。

 俺の告白に呆気を取られていた彼女が、真っ直ぐ俺を見つめて瞬きをしてくる。次第に我に返り始めたらしく、「凄いですね」ボソボソと蚊の鳴くような声を出した。


「ケイさんは……本当にお強いですね。私だったら恐くて気持ちなんて伝えられません。相手に迷惑になるんじゃないかと思ってしまって。私の好きな人にも、実は他に好きな人がいるんです。思いを告げれば、その人を困らせてしまうんじゃないか……怖じてしまうんです。関係を壊してしまうかもしれません。だったら伝えないほうがマシかもしれない。そう思ってしまって」


 手に取るように分かるココロの気持ちに、「俺も恐いよ」正直に吐露。

 人に自分の気持ちを伝えようとする行為は恐い。すっげぇ恐い。今まで告白という行為をすべて諦めることで避けてきたんだ。その行為に立ち向かうとなれば、そら恐いだろ。男でも女でもやっぱり恐いと思うよ。相手に自分の気持ちを告げるって。


 それでも俺はヨウに教えてもらった。

 伝えられる時に気持ちを伝えられる大切さを。本当は嫌だっただろうに、ヨウは自分の恋愛話を持ち出して俺を励ましてくれた。背中を押してくれた。何気ない気遣いで応援をしてくれている。応えないわけにはいかないじゃないか。


 今はちょっと無理だけど……『エリア戦争』が終わったくらいにジミニャーノの勇気を振り絞って告ってみようと思う。

 これでフラれたらっ、ええいっ、自棄食いしてやらぁ! 舎兄が奢ってくれるって約束したんだぜ! 食えるだけ食ってやる! おおっ、田山圭太、男になったじゃないか! これで顔が少しでも良くなれば、完璧(パーフェクト)なんだけどな! 


「きっと今までの俺は自分が傷付きたくないから、告白という行為を避けていたんだ。傷付くくらいなら諦めよう。どーせ俺じゃ相手にされないだろうし…、いつもそう思っていた。でも今回はちょっと勇気を出してみようと思う。ま、地味くんでもやれます根性を見せてみようかと……な?」


 おどけ口調で言うと、それまで静聴していたココロが柔和な笑みを浮かべた。

 それは俺に向けてくれる、俺にだけに向けてくれる、名前通りの心優しい微笑。


「ふふっ。何だかケイさん、凄く自分を持っていますね。私と似たタイプなのにケイさんはとても強いです。私も見習いたいなぁ。何だかケイさんに勇気付けられた気がしました。気持ちかぁ……私も伝えてみようかなぁ」


 癖になっているであろう指遊びをやめて、彼女は俺に小さな決意を零す。

 「一緒に頑張ってみる? 告白」どっちが告白ができるか競争してもいいよ。口軽に言う俺に、競争はやめておくとココロ。けれど頑張ってみたいと遊んでいた指を折り曲げて握りこぶしを作る。


「頑張れるだけ頑張りたい……ような気がします。私、以前も言ったようにずっと苛められっ子で。ウジウジ、グズグズばかりしては相手の顔色ばかり窺っていました。今だってそうです。響子さんのおかげで随分、性格は改善されたんですけど、今でも自分の発した発言に一々相手の顔色を窺ってしまって。相手に嫌われないか、癪に障らないか、また苛められたりしないか……オドオドする自分がいるんです。根暗で卑屈になってしまう自分がいることに嫌悪したり、意志の弱い自分に落ち込んだり、相手に流されてしまう自分に溜息をついたり」


「気持ちは分かるよ。俺も人の顔色を窺うことが多いから」


「これでも幾分マシにはなった方なんですよ? 響子さんと出逢って、ヨウさん達と一緒に過ごすようになってからは学校という公共施設が楽しくなりました。響子さんや弥生ちゃんが支えてくれたから、クラスの皆とも仲良くできるようになりましたし。やっと前向きになれる自分を掴めました。それは不良さん達の出逢いのおかげ。学校では恐れられている不良さん達がこんな私に優しく、そして仲良くしてくれたおかげなんです」


 俺だってそうだ。

 不良の出逢いで俺は今までにない俺を手に入れることができた。


「不良さん達って着飾っているだけで、根っこは私と同じ十代。同級生なんだなって分かりましたし。ちょっとやることが大人染みたり、公序良俗に反するようなことをしたりはしますけど、基本的に私の出逢った不良さん達は皆良い人達ばかりでした。小中学時代のようにウジウジばかりしたくないので……自分を変える意味で気持ちを伝えてみようかなぁ」 


 ポジティブ発言に俺はうんっと頷いて笑顔を作った。

 ココロがそう思うなら、頑張ってみたらいいと思う。折角そんな風に思えるようになったんだ。その気持ちは大切だと思う。俺も頑張ってみるよ。フラれると分かっていても、どーせ地味だからとか平凡だからとか無理だからとか、そういった逃げを口にするのはやめて、自分の気持ちを相手に伝えようと頑張ってみる。だからココロも頑張って欲しい。


「あれ、響子、まだ来ていないみたい……あんなところにケイとココロがいるじゃん。二人とも何をして」


 微かに聞こえる弥生の声は俺達の耳には届かない。

 ふっと頬を崩して微笑み合い、俺は彼女の恋心を心の底から応援することにした。



「ココロなら気持ち、伝えられるよ。ヨウに伝えてみろって気持ち」


「はい、ケイさんも頑張って下さい。弥生ちゃんへの告白」



 「はひっ?!」どこかの誰かさんが悲鳴を上げたことにより、デガバメの誰かさんは通りすがりの浅倉チームの人間に声をかけられたのだけれど、やっぱり俺達は気付かない。

 お互いに頑張ると笑い、健闘を称えあった。彼女から視線を逸らし、頑張ろうと自分にも励ましを送る。


 しかしその数十秒後、俺は物の見事に硬直してしまう。


 あれ、ココロの奴、今なんて言った? なんで弥生が出てくるんだ?

 あれ……もしかして弥生のこと好きだって思われている? あれ? あっれー? あっれぇええ? まさかの展開なんですが! 大慌てで視線を戻し、「違うから!」俺は両手を振って頭から名指しされたの相手を否定する。


 片恋相手に誤解されるとか無いぜ、ほんと! なんで俺の片恋相手が弥生になっているんだよ!

 そりゃ弥生とよく話す方だとは思うよ? だけど俺、「実は弥生に気があっちゃってさ」とか言った? 言っちゃった? ……ンなこと言ったらハジメにぶっ飛ばされるぞ! 喧嘩できない同士が喧嘩しちまうぞ!

 全然違うからと焦る俺に対し、ココロも「どうしてヨウさんが?」本気で焦っている様子だった。そしてまさかとばかりに、顔を赤くして少しだけ声音を張ってくる。何だかちょっと声には怒気が含まれていた。


「け、け、ケイさん、まだ誤解をしていたんですか! 私、ヨウさんに対しては憧れしか抱いてないと言ったじゃないですか! 違うと言ったじゃないですかー!」


 酷いヒドイと言ってくるココロにワケも分からず責められたけど、俺だって異議あり!


「お、おお俺だって弥生が好きとか、一言も言ってないんだけど! 弥生にはハジメいるしさ! 傍から見たかんじ、二人って相思相愛だし、俺の入るところないし! 異性として好きだと思ったこともないし!」


 なのに、どうしてそんな誤解するんだよ。

 ちょいココロを責めたけど、彼女はまだ異議ありとばかりにぜぇっと一呼吸置いて物申す。


「だってケイさん、弥生ちゃんと凄く仲が良いから! とても羨ましいと思うくらいにっ」


「それだったらココロだって、ヨウを見る時の目はすげぇ優しそうだったよ! すっごく嫉妬するんだからな」


 ぜぇぜぇっ、二呼吸ぐらい置いて俺等は取り敢えず視線を逸らして感情整理。

 弥生のことを好きだと思われていたなんて、俺の日頃の行いって一体……そりゃあいつとはよく話す関係だけど。

 勢い余って嫉妬するとか言っちゃったけど、ココロが悪いんだぞ。俺はココロのことが好きなのに、弥生のことが好きだって誤解しているから。ココロ、俺と弥生の仲を羨ましいって言うし。言うし。いうし。いう……し?


 じんわりと顔に熱が集まってきた。

 ちょっと待て。今のココロの発言はどういう意味なんだ? え、それはそういう意味に捉えていいのか? 俺だってそこまで鈍くない。まさかココロの好きな相手って。あいてって、まさか。

 いや落ち着け。とにかく落ち着け。最優先に落ち着こうか。深呼吸、はい深呼吸……ちょ、何が何だか分からないぞ。平常心を保とうとしているけれど俺、心中で大パニックを起こしているぞ。


 ぎこちなく相手を盗み見ると、向こうも顔を赤くして嘘だとばかりに俺を一瞥。

 視線がかち合えば、向こうは俯いてしまった――ココロが俺の気持ちに察している。同じように俺もココロの気持ちを察しちまった。馬鹿みたいに心臓が高鳴る、体温がグングン上昇していく、口内がカラカラに急速に渇いていく。


(ココロは俺のことを。ヨウじゃなくて、俺のことを?)


 これは夢か幻か、それともドッキリか。

 違う。これは現実だ。まぎれもない現実なんだ。彼女は俺をそういう対象で見ていたんだ。

 もしここでうやむやにしてしまえば、ココロは自分の気持ちを隠してしまうだろう。時間が経てば経つほど隠してしまうことだろう。そんなの嫌だった。俺は彼女の口から気持ちを聞きたかった。これは夢じゃないのだと信じたかった。


 だから俺は今この瞬間に伝えないといけない。自分の気持ちを。

 緊張のあまりに頭が真っ白になりそうだ。だけど、まずは、まずは否定をしないと。彼女の誤解を訂正しないといけないと、前にも後ろにも進めない。


「弥生のこと友達として好きだよ。弥生はお喋り好きだろう? 調子ノリな俺と気が合うんだ。クラスも一緒だからだし、彼女といる時間は多い。でも弥生を異性としては見ていない。あいつにはハジメがいるしな。俺自身、良いお友達感覚。そういう好きじゃないんだ。俺の好きな人は弥生じゃないんだよ」 


 意を決して相手を直視する。

 瞬き一つ俺を見つめている彼女の瞳を見つめ返すと、揺れる黒い瞳に光が宿った。返答のかわりにぎこちない笑みを向けてくれる。

 彼女もまた緊張しているんだと分かった。怖いんだ、相手に気持ちを伝えることが。分かるよ、俺も同じだから。変に汗は出てくるし、できることなら調子のいいことを言って誤魔化したいし、今のはナシと逃げて笑い飛ばし、事を済ませたい。


「俺の想いを伝えたい人はここにいるんだ。目の前にいるんだよ」


 だけどそれじゃ何も変わらないし、決意も口先だけに終わる。

 相手に伝えたい、この気持ちは本物なんだ。理由をつけて逃げることはもうやめると誓った。彼女の前で宣言した。だから。


「ココロ、俺の話を聞いてくれるか?」


 もったいつけるように彼女に問い掛けると、小さく相槌を打たれる。期待を篭めた瞳が可愛らしく見えた。




「集合、榊原チームに動きがあったらしいぞ! 集合、直ぐに集合!」





 何処からともなく聞こえてくる不良の怒号。それによって我に返る俺達。

 吹き抜けていく風によって、今の現状を思い知らされてしまう。おいおい……まさか。


「……もしかして召集?」


「み、みたいですね」


 あはは、あはは、お互いに乾いた笑いを浮かべた。

 今からが恋の正念場だというのにっ、この仕打ち! そりゃないぜマドモアゼル! 榊原チームのKY! 神さまのいけず!

 こんな大事な時に……いや、あっちも大切なんだけどさ。何もこんな時に、人生初めてのイベントを経験している真っ只中で、こういうオチはないと思うんだけどな! せめて告白タイムを終えてから、そういうイベントが発生して欲しかったな!


 告白ムードだったのに、何も言えてないなんて出鼻挫かれた気分なんだぜ。

 脱力する俺は仕方がなしに木材から下りて、ココロに中に入ろうと誘う。頷くココロも木材から下りて、皺の寄ったプリーツを軽く伸ばし、俺に行こうと苦笑い。戻る前に、俺はココロから視線を逸らして照れ隠しするように、頬を掻いた。


「あのさココロ。『エリア戦争』が終わったら……ココロに言いたいことがあるから。予約な」


 先を歩く彼女が足を止めて振り返ってくる。

 プリーツから手を放すと、恥ずかしそうに、でも何処か照れたような笑顔で、



「はい。待っています。私もケイさんに言いたいことがあるので……予約ですよ」



 ココロは真っ直ぐ俺を見て頬を紅潮させながらも、満面の笑顔を向けてくれていた。

 それは出逢った中で一番の笑顔。誰にも勝る女の子の笑顔。大好きな子の笑顔。見ているだけで幸せになれるのだから、気持ち的には凄くあたたかい。彼女の隣に並ぶと、「戻ろう、ココロ。榊原達のことが気になる」ぽんっと肩に手を置いた。こくんと頷き、彼女は何事もないといいのだけれど、と眉根を下げる。


 だけど召集があるということは何かが遭ったということだろう。俺とココロは駆け足で倉庫へと戻った。予約のことをいつまでも念頭に入れながら。


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