10.不良が礼儀正しいと好印象に見えるなんてセコイだろ
駅から出た俺以外の三人の機嫌は最悪だった。
日賀野も魚住も帆奈美さんも中学生時代の仲間だった奴等。今は犬猿の仲なんだから、そりゃ会えば機嫌も悪くなるだろうな。
特にヨウの機嫌はすこぶる悪かった。口を開けば日賀野に対しての悪態バッカ。マシンガンのように悪口が次から次から次から、凄まじいのなんのって半端ねぇよ。響子さんは苛々しながら持参しているガムを噛んでるし、シズはムッスリとして始終ダンマリ。
残された俺はというと……めっちゃ居心地が悪い。自転車を押しながら三人の機嫌を窺うことしかできねぇ。下手に口を出せば八つ当たりされそうだ。機嫌悪い不良達のうち、二人は今から家に来るんだぜ? 気が滅入っちまう! ずっと機嫌悪かったらどうしよう!
だけど、それは俺の杞憂に過ぎなかった。三人とも歩いているうちに熱が冷めてきたみたいで、次第に纏っていた怒りオーラが薄れていく。
「あーあー、宣戦布告しちまった」
響子さんのおどけ口調で一気にどよんでいた空気が晴れた。
「今から大変になるぜ。なにせ、こっちから宣戦布告吹っ掛けたんだからな。気兼ねなく話し合える場所を見つけて、明日にでもみんなで話し合わないとな。まずは宣戦布告したっつー報告からか」
響子さんの意見に俺達は同調した。
いつもたむろするゲーセンで話し合うのは無理だろ。誰でも入れるし、誰が日賀野達と繋がっているか分からない。できれば誰かの家で話し合えれば良いんだけど。人数が人数だもんな。俺の家でもいいけど、うーん、全員が部屋に入ったら狭そうだしなぁ。
「ま、これに関しちゃ今日は仕舞いだ」
ヨウが話を打ち切った。
そうだな、今、話し合っても仕方が無いもんな。この件は後日話し合おうということになった。
響子さんはバスで家に帰るらしい。俺達はバス停まで響子さんと同行。そこで別れてシズの間食用のお菓子をコンビニで大量に買った後(あんだけバーガー食っといてまだ食うのかよ)、俺の家へ向かった。
俺の家は響子さんと別れたバス停から徒歩15分先のところにある。
日賀野達との一件を忘れるように他愛もない会話を飛び交わせながら、俺達は家へと歩いた。
田山家は住宅街の一角にひっそり息を潜めている。一軒家なんだ。俺の家って。緩やかな坂を上ると我が家が見えてくる。残念なことに新築じゃない。古いわけじゃないけど、それなりに年期の入った平屋建ての一軒家。どこにでもありそうな一軒家だ。
家に着くと、早速ヨウとシズは揃って俺の家を見上げて人の家を観察し始める。
「でけぇな」とヨウ。「一軒家。羨ましい」とシズ。二人とも住まいは一軒家じゃないらしい。興味津々に我が家を観察している。人の家って興味が出るよな。分かるわかる。俺もそうだもん。
でも俺の家はなあんにもないぜ。期待されても困るぞ。
車庫にチャリを置いた俺は二人を連れて玄関へと向かう。引き戸式の玄関に立つと向こうから騒がしい声が聞こえた。そりゃもう立っているだけで此処まで声が聞こえてくる。
俺は片眉をつり上げて、くるっと二人の方を向く。
「ヨウ。シズ。我が家はめっちゃ煩いからな。それだけは覚悟しておいてくれよ」
キョトンとした顔で二人は俺を見てきた。
「泊まらせてもらうんだ。文句ねぇよ」
「ふぁ~……ヨウの言うとおりだ」
二人は快く承諾してくれたけど……分かっていない。我が家の騒音とも言うべき煩さを。騒がしいのなんのって半端無いぞ。
俺は取っ手に指を引っ掛けて扉を引く。
ガラガラ。扉の引く音と一緒に「ただいま」と挨拶、二人を中に招き入れて扉を閉め、鍵を掛けているとバタバタバタと足音が聞こえた。
早速来たか。けたたましい足音を鳴らしてやって来たのは俺の弟、
ゲーム機片手に俺のとこにやって来た浩介は、「兄ちゃん! 遅いよ、どうして早く帰って来てくれなかったの!」その場で地団太を踏む。「お前なぁ」帰って来て早々なんだよ。憮然と溜息をつくと、「僕は困っていたのよ」意味深に眉根を寄せ、自分の右頬に手を添えた。口調がオネェに変わる。
お……おい、まさか浩介。
「あらやだお兄ちゃん。もう八時半なのに、僕を置いてこんな時間までどこで道草を食ってたの? いけないお人。僕、ボスステージまで行って、どうすればいいか分からず、困っていたっていうのに」
ぶりっ子口調で体をくねらす我が弟。
おまッ、友達がいる前でそのノリをかますか! 見ろよ、ヨウとシズが見事に固まっちまっているだろ! しょっちゅう泊まりに来る利二の前じゃ(もう慣れているから)やってもいいけど、ヨウとシズは初めて我が家に来たんだぞっ! お前も初対面だろ! 俺も帰って来たバッカなんだけど! ……ああくそっ、俺もやってやりゃいいんだろ! やってやらないとお前拗ねるもんな! だから、ンな期待した目で俺を見るな!
俺も頬に手を添えてぶりっ子口調をかます。
「あらやだぁ、それはごめんなさい。けれどね浩介ちゃん、兄ちゃん、お友達と大事なおデートに行っていたの。今日は兄ちゃんのお友達が泊まりに来ているから、これくらいで堪忍してくんなまし。母さんにご報告、宜しくできるかしら?」
「ご・褒・美は?」
「ボスステージの攻・略・よ」
途端に満面の笑顔を見せて浩介は元気よく踵返し、バタバタ足音を鳴らしながら居間へと向かう。
「お母さん、兄ちゃんが帰って来た! お友達連れて帰って来たー! おかーさーん!」
嗚呼もう、ほんと浩介の奴。帰って来て早々恥ずかしいことさせやがってもう。羞恥と一緒に溜息つく俺に対し、「毎度あんなやり取りしてるのか」とヨウ。「今の……弟だろ?」とシズ。二人とも笑声を必死に噛み殺そうとしていた。
けれど努力は失敗に終わっている。笑うならいっそ、声に出して笑ってくれ! 真面目にすんげぇ恥ずかしいんだぞ!
俺の顔を見ては笑う失礼な不良二人を家に上がらせて、まずは居間へと向かう。そこで母さんに泊まりに来たって報告しないと。にしても、二人ともまだ笑っているし。ヨウもシズも笑い過ぎだって。
廊下を歩いていたら風呂場のドアを閉めている我が父を発見。
父さん……なんでパンツ一丁。風呂上りなのか体からホッカホッカと湯気が出ている。我が父は首に掛けているタオルで頭を拭きながら、ゆっくりとこちらを見てきた。そしてニッコリ。
「ああ、圭太。帰ってたのか。後ろの方々はお友達か? こんばんは」
「こんばんは、お邪魔してます」
「今夜、お世話に……なります」
二人は意外と敬語で父さんに挨拶。不良も挨拶できるんだな。
やや戸惑い気味なのは父さんがパンツ一丁だからだ。でもそこは我が父、能天気に会釈して「寛いでくださいな」と笑っている。どうでもいいけど、いつまでパンツ一丁で立っているんだよ!
「父さん、頼むからシャツくらい着てくれって! 友達がいるから!」
「ならサービスかな」胸部を軽く叩き、のほほんと綻ぶ父さんに俺は言葉を失うしかない。誰が親父の上半裸を見て喜ぶんだい? 父よ。
「そう白眼するな、圭太。シャツが無かったんだ。仕方が無いだろ? それに田山家の中じゃ素っ裸で歩いたって罪にはならないさ。なにせ、我が家は父さんがルールだからな。お友達さんが我が家を素っ裸で歩いても父さんは許すぞ」
はっはっは、我が家は父さんがルールだ。笑いながら父さんは先に居間と入って行く。
「ケイの父ちゃんってマイペースだな」
「ほんと……にな」
ヨウとシズが変に感心してくれる。あんま嬉しくないぞ、二人とも。
妙な恥ずかしさに駆られた俺は強く頭部を掻いた後、二人を居間へと連れて行く。居間にはソファーの上でゲームをしている浩介と、のそのそシャツを着ている父さん、それからテーブル台を拭いている母さんの姿があった。母さんは俺達の出現に顔を上げる。
不良のヨウとシズに驚いた様子もなく(内心では多少驚いていると思う)、いらっしゃいと二人に声を掛けた。父さんの時と同じように二人は会釈してご挨拶。母さんは二人に向かってお客様用の優しい微笑を浮かべる。
「圭太から話は聞いているわ。大したおもてなしはできないけど、遠慮なくなんでも言ってね。先にお風呂に入る? あ、ご飯はちゃんと食べた? 夕飯のあまりならあるんだけど。それとも何か飲むかしら? アイスとかお好き? 二人ともお名前は? って、圭太、ぼさっとしてないでお二人に接待してあげなさい! 困ってるじゃないの!」
「そりゃ母さんがいっぺんに質問しているからだって!」
二人だって困るだろ、あんなに質問されりゃさ!
だけど母さんは俺の接待の悪さに二人に詫びている。俺のツッコミは無視してくれている。取り敢えず二人とも困ってるみたいだから、俺が勝手にこの先の行動を決めさせてもらった。
「風呂は十時くらいからぼちぼち入る。俺達、部屋に行くから。あ、金髪の方が荒川庸一。水色髪の方が相牟田静馬」
「庸一くんに静馬くんね。二人とも、着替えとかはある? 下着の替えがないなら、新しいの出すわ。お風呂に入る時に出してあげるから。丁度買い置きがあるの」
「あ……でもワリィしなぁ」
「一日くらい……我慢は……寝巻きは……学校のジャージがありますし」
「いいのよ。我が家に初めて泊まりに来て、何かと戸惑うこともあるだろうし。サービスしないとね。二回目以降から持参してもらえればいいから。それにしても、二人ともカッコいいわね。息子ながら圭太が霞んで見える」
そりゃな、不良の身形はカッコイイだろうさ。
ヨウなんてイケメンに属するんだ。地味野郎の俺なんて霞んで見えるだろうさ! でもそんな地味野郎を産んだのは母さんだぞ!
心中で突っ込んでいると、浩介がゲーム画面から顔を上げてリモコンを手に取った。ピッピッピッとチャンネルを変え始める。「あー!」次の瞬間、母さんが声音を張った。
「浩介! 今から衛星放送で韓ドラ観るんだから、テレビのチャンネル替えないで!」
「今からお笑いがあるからやっだぁ」
「ゲームとテレビを一緒に取るなんてルール違反よ! どっちか一つになさい!」
「今はゲームしてないもーん」
田山家のルールはテレビを見るならテレビだけ、ゲームをするならゲームだけ、パソコンをするならパソコンだけ、と、一つのものに絞らなければいけない決まりがあるんだ。テレビを観ながらパソコンをする、ゲームをしながらテレビを観る、そういった行為は言語道断。やるなら一つに絞らないとルール違反なんだ。
ま、単純に言えば、我が家で人気があるテレビやパソコンはみんなで仲良く円満使おうってことでこんなルールがあるんだ。
けどこのルールがあるせいで何かと喧嘩が勃発。今も母さんと浩介がテレビを取り合っている。
「お母さん、ケチくさい! 子供に譲ってよ!」
「馬鹿、テレビに大人も子供も親子もないのよ! 圭太の部屋にもテレビあるでしょ! そっちで観なさい!」
「兄ちゃんとこのテレビちっさいもん! こっちがいいっ! 母さんの贅肉マン! 三段腹!」
「ンマッ! ゲームばっかりしてるもやしっ子には言われたくない台詞! 根暗になるわよ!」
「僕は地味ですぅー。根暗と対して変わりませんー」
「母さんだってもう歳だから、贅肉が付き始めても気にしてませんー。さっさとリモコン渡しなさい!」
頼むから、客人の前でそういった会話はやめてくれないかな。すげぇ恥ずかしいだろ。
ヨウもシズもポカンと口開けて、我が家の光景を見つめてるじゃないか。真面目に、真面目に、まじっめに恥ずかしいぞ。父さんは止める様子もなく寝巻きを探しているし。これ以上、居間にいると俺、羞恥で死んでしまう。さっさと退散しないと!
「俺の部屋に行こう」ヨウとシズの背を押して居間を出た。
早足で俺の部屋へと二人をご案内、襖を開けて二人の体を部屋へと押し込んで閉めた。ようやくホッと息をつく。つ、疲れた……家族に軽く紹介して部屋に案内するこの過程で疲労がドッと押し寄せてくる。昼間の喧嘩の一件、日賀野達の宣戦布告の一件もあるから今のやり取りは余計疲れた。
ヨウやシズも疲れているんじゃないかな。我が家のやり取り、めっちゃ煩かっただろうし。二人に適当に座るよう言って、改めて詫びる。
「ごめんな、俺の家煩くて。疲れただろ?」
「んにゃ、そんなことねえよ。ケイの家族、オモシレェな。なんかケイの家族って感じ」
「ふぁ~……おじちゃんおばちゃん、良い人だし……」
「ほんとにな」笑声を漏らすヨウは部屋の四隅に鞄を置いた。倣ってシズも鞄を置くと、俺の部屋をグルッと見渡す。
俺の部屋は畳部屋。ベッドや机、箪笥に漫画とCDとゲームカセットが入っている棚、それにゲームするための小さいテレビなんかが置いてある。部屋はわりと広い方だとは思う。この部屋でヨウもシズも寝てもらうつもりだしさ。
それを二人に伝えれば、了解だとばかりに頷いて腰を下ろした。胡坐を掻く二人に寛いでもらうよう言って、俺は一旦部屋から出て台所に向かう。飲み物を持って部屋に戻れば、二人は早速部屋の探索を始めていた。
二人とも棚に入ってる漫画やCDやゲームカセットを眺めていただけなんだけどさ。
「見てもいいよ」俺は茶の入ったコップを二人に差し出しながら言う。
「興味あるのは適当に見ちゃっていいから。CD聞きたいならコンポに入れるし、ゲームしたいなら直ぐ準備できるし」
「あ、サンキュ。なんかさ。ケイんところって自由だな」
コップを受け取りながら、ヨウは妙な事を言った。自由かなぁ、我が家。
シズも同意見だと頷きながらコップを受け取る。
「なかなか……ないと……思う。こういう家……うちは……窮屈……極まりない」
シズのところは愛人がいると言ってたもんな。
どういった事情かは分からないけど窮屈だと思う。我が家を自由って言ってくれる、ヨウのところも家庭環境が複雑なんだろうな。俺は二人と向かい合う形で腰を下ろした。
「ケイの家は……羨ましい……」
半分くらいお茶を飲み干したシズは、ポツンポツンと静かに家庭事情を話し始めた。
曰く、シズの家はシズが小さい頃に両親が離婚している。シズはお母さんに引き取られて女一つで育てられてたらしいんだけど、シズが中学に入る時、お母さんが再婚。あまり上手くいかなかったみたいで、離婚届は出してないけど旦那さんとは不仲。旦那さんは殆ど帰って来なくなったらしい。
代わりにお母さんは愛人を作り、家につれて帰るようになったとか。「家は嫌いだ」シズは眉間に皺を寄せながら語る。
ヨウも同じように家庭事情を話してくれた。
曰く、ヨウの家は四人家族。
お父さんとお母さんと姉ちゃんと自分で暮らしているらしい。バツイチ同士が結婚したから、姉ちゃんとは異母兄弟なんだって。ヨウはお父さんの子、姉ちゃんはお母さんの子らしくて、仲は良くも悪くもないらしいんだけど。親との仲は最悪なんだって。特にお父さんとの仲はすこぶる悪いらしい。
「親父が帰ってくる日は帰らないって決めてンだ」
忌々しそうにヨウは吐き捨てた。
なんかすげぇ複雑なんだな。二人の家庭事情。もしかして家庭事情が事情なだけに不良になったのかな? なんと言ってやればいいか分かんないけどさ、俺から言えることは一つ。
「んじゃ、泊まりたい時は声掛けてくれよ。煩い我が家でいいなら、それなりに歓迎はするからさ。言ったと思うけど、我が家は泊まりに関しりゃ甘いんだ」
「そりゃ嬉しいけど……なんでケイのとこって、こんなに泊まりに甘いんだ?」
ご尤もな質問をヨウは俺にぶつけてきた。
うーん。そうだな、我が家は他に比べれば確かに泊まりにはめっちゃ甘い。
突然友達が泊まりに来ると言っても、反対されたことなんて記憶上ない。理由って理由はないんだろうけど、まあ……あるとすれば。
「父さん方も母さんの方も、兄弟が多いから気にしちゃないんだと思う。親戚同士で集まって寝泊りすることも多かったみたいだし。母さん達自身も友達を呼んで泊まり会してたみたいなんだ」
「へえ、だから突然でもあんな風に歓迎してくれるのか」
「それどころか慣れているよ、我が家の住人は。客が来ても、さっきみたいに素を曝け出しまくってるから申し訳ないんだけどさ」
「そっちの方が……気持ち的に楽だ……気にしてない」
「だな」
やっぱりどっかで気にしてたんだな。突然泊まりに来るってことに。ヨウ達って不良のクセに人様の事情を考えるから、不良らしくないとこがあるよな。いや、もしかしてそういう生活をしてきたから、深く考えるようになっちまってるのかもな。
そんな二人に出来ることなんて少ないけど、でも、やれることはやってやるつもりだ。俺ははにかんだ。
「ヨウ、シズ。泊まりにすげぇ厳しいとこもあるかもしんねぇけど、俺の家はめっちゃ甘い。事情があれば尚更、母さん達は許す。そういう家もあるってこと、忘れないでな」
なんにも気にしないでくれと俺は二人に向かって目尻を和らげた。
「二人が我が家に好感度を持ってくれたなら良かった。煩いなんて苦情受けたら、どうしようかって思ったよ」
おどけてみせれば、二人は笑顔を作った。
不良じゃない笑顔。俺と同級生だって思わせてくれる、飾りっ気のない素顔。どう飾っても、根は俺と同じ十六なんだな。俺も二人につられて笑顔を作った。
不良の二人が楽しめるような物なんて俺の部屋には無い。
そう思ったけど二人は意外にも持っているCDや漫画、ゲームなんかに興味を示した。
特にゲームには大きく興味を示したから、二人のために俺はゲームをセットした。三人で出来るような格闘ゲームを選んでプレイしてみれば二人はすぐに熱中した。一応、これでもゲームの持ち主だから何度やっても俺が勝ってしまったり、なんだけど、二人はそれなりに楽しんでくれた。
それどころか、
「ケイ、お前強過ぎだろ! もっかいだもっかい。勝ち逃げは許さねぇ!」
「……次は勝つ」
これだもんな! しつけぇよ二人とも! 熱中しすぎだろ!
心中でツッコミながら、俺は不良達と何度も何度も勝負する羽目になった。二人とも普段はあんまりテレビゲームをしないみたいだから、やっぱり俺が勝っちまう。それでも諦めない、二人のその根性には感服した。マジで。
その内、シズが腹減ったって持参している間食用菓子を食べ始めたから、合間あいまに菓子が食べれる格闘ゲームじゃない、もっと穏やかなすごろくゲームへ。
これならゲームが下手くそでも大丈夫だろうと思ったし、ミニゲームも豊富だから楽しめると思ったんだ。案の定、ゲームをしない二人には格闘ゲームよりウケが良くて、しかも自分も勝てるようなミニゲームばっかりだから一層楽しんでくれた。純粋に楽しんでくれてるみたいで俺も嬉しかった。
そんなこんなで時間を過ごしていたら、母さんがやって来て十時過ぎたから風呂に入るようにと指示された。
お客さんからということでシズから風呂に入ってもらうことになる。一旦、部屋から出て二人に風呂の使い方を教えてた後、俺とヨウは部屋に。シズは風呂に入ってもらう。その間、俺とヨウはゲームを中断してCDを流しながら駄弁っていた。
「五木もよく泊まりに来るんだろ? ケイの家」
「来る来る。よく来るぜ。第二の我が家になりつつある、ってあいつ言ってた」
そんだけ利二は家に泊まりに来る。
二人みたいに家庭事情が複雑ってワケじゃないけど家が窮屈なんだって、あいつ自身が言っていた。「俺もなりそうだな」冗談交じりに言うヨウに、俺は笑声を漏らした。
「なっちまったら苗字、田山にしちゃえよ。田山庸一。違和感はねぇって」
「ははっ、それもいいかもな」
バタバタバタバタ。
ヨウと楽しく談笑していたら、廊下からドデカイ足音。
まさかと思うけど……嫌な予感を抱いた瞬間、勢いよく襖が開いた。そこには予想したとおり、俺の弟がゲーム機片手に部屋に上がり込んできた。テレビを観終わったのか、目をらんらんと輝かせてゲーム機を翳す。
「兄ちゃん、ボスステージの攻略! ボスまで行って! ……あれ? 静馬兄ちゃんは?」
襖を閉めた浩介は俺にゲーム機を渡しながらシズの姿を探す。
浩介が不良にびびってないのは俺の友達だから……だろう。普段だったら不良を見た時点で浩介は逃げ出している。
でも俺の友達だから臆した様子はない。
それどころか構ってもらおうと素振りを見せてくる。
利二がよく相手をしてくれるからな、構ってもらえるのが当たり前って思っているんだろうな。ボスまで行ってやったら、すぐに出てってもらうつもりだったんだけど、俺がゲームをしてやっている間、浩介は積極的にヨウに話し掛け始めた。ヨウも人は好い、鬱陶しい素振りを見せることなく相手をしてくれる。
すっかりヨウをお気に召したようで浩介はシズが戻って来ると人懐っこく構ってかまってと態度で示す。
これまたシズも人が好いから鬱陶しい素振りを見せることなく相手をしてくれる。間食用お菓子を浩介に見せて、「食べるか?」なんて気遣ってくれる始末。我が弟のことながら非常に申し訳ない。申し訳なさ過ぎる。
シズが浩介を相手をしてくれている間、ヨウは風呂へ、俺は浩介のためにボスステージをしてやる。
ヨウが風呂から戻って来た頃には浩介の待ち望んでいたボスまで辿り着けたから、俺はゲーム機を浩介に渡してやった。目を輝かせて浩介はそれを受け取ると、後は部屋でやると自分から言ってきてくれた。
浩介が部屋に戻ってくれる。あー良かった……安堵する俺を余所に浩介はヨウとシズに「明日も泊まるの?」と質問。
どうやら浩介の中で二人は、『自分に優しくしてくれるお洒落かっこいい不良お兄ちゃん』として登録されたらしい。泊まって泊まってと目が輝いている。
ちなみにいつも泊まりに来る利二は浩介の中で『自分に優しくしてくれる物知りお兄ちゃん』として登録されている。利二って結構物知りで、浩介に色んなことを教えてくれては相手をしてくれている。
「明日は分かんねぇな」「ごめんな……」二人が分からないと言葉を返せば、残念そうに肩を落とした。
「分かんないんだ。そっかー……でも、また泊まりに来てね!」
「おう、来てやる来てやる。また話そうな、浩介」
グシャグシャっとヨウが浩介の頭を撫でる。調子に乗った浩介は満面の笑顔で更に言葉を重ねた。
「庸一兄ちゃんも静馬兄ちゃんも、今度は一緒に夕飯食べようね!」
「ああ……そうだな……ご馳走してもらう」
「絶対だよ? じゃあ、兄ちゃん達、おやすみ。兄ちゃん、ゲームしてくれてありがとう!」
構ってもらった上にボスまで辿り着けた浩介は、ご機嫌ルンルンで部屋から出て行く。
二人ともほんと面倒見がいいというか、お人好しというか、申し訳ないっていうか。浩介のヤツ、図々しいというかさ。
「ごめんな。浩介の相手してもらって。疲れただろ? あいつ、俺の友達だと分かると誰ふり構わず、懐いてくるから」
「可愛いじゃん、浩介。ああいう弟だったら欲しいぜ。また泊まりに来てくれとか、嬉しいこと言うしさ」
「ほんと……にな」
「二人が疲れてなきゃいいけどさ。あ、俺、風呂入ってくるから。適当に寛いでてな」
言葉を残して俺は寝室を出て風呂に向かった。
風呂に入る際、俺はすっかり忘れていた左肩を負傷を思い出した。家族にばれないようにするために普段着ている寝巻きから、一昔前に使っていた寝巻き用のジャージに交換する。これなら肩の黒痣も隠せるし、滅多な事じゃばれないだろう。
湯船に浸かりながら、俺は後でヨウに診察料払わないとな……っと、ぼんやりと思考をめぐらす。本当に今日は濃い一日だった。ワタルさんと一緒に昼間喧嘩しに行って、生徒会長に嫌味言われまくって、日賀野達と再会して、帆奈美さんにヨウの舎弟は後悔するって忠告されて。
俺は帆奈美さんの言葉を真に受けるつもりは毛頭なかった。
後悔するもしないも、ヨウがどういう男かも、自分の目で見極めるつもりだったから。舎弟になった時点で後悔はしているさ。不良に関わった時点で後悔もしている。
でも、今日の泊まりに来たヨウとシズを見て、ちょっと関わって良かったかもって思えるようにもなった。結構楽しかったんだ。三人でワイワイしててさ。どう不良に飾っても俺と同じ16なんだってとこも、家庭事情複雑ってことも知った。うん、ヨウ達って普通の俺とそんなに大差ないんだな。
「けど日賀野達との宣戦布告。あれ、どーなるんだろうな」
うう……考えただけで気が滅入るぞ。
日賀野達と全面的に対立することになったんだし、俺はきっぱりと日賀野に舎弟にはならないっと言った。
元々敵だったんだけど、今回のことで完全に敵になった。日賀野は舎兄のヨウを嫌悪している。舎弟の俺だって同じことが言えるわけだ。日賀野にとって俺って存在はからかいやすいみたいだから、悪い意味で気に入られてはいるんだけどさ。
大袈裟に溜息をついて俺は浴槽から出た。
考えても仕方が無いよな。うん、仕方が無い。あーあ、明日も学校だな。行きたくないな。だるい。
水気を取って寝巻きに着替えた俺は台所に行って水分補給をする。台所には母さんがいた。お茶を飲んでいる俺の頭を叩いて、「何してるの」前触れもなしに叱り付けてくる。いきなり何だよ、もう。脹れる俺に母さんは呆れながら溜息。
「お風呂に入る前に寝床の準備をしてあげなきゃ駄目じゃない。二人がしてくれたのよ?」
「あ、やっべぇ……」
泊まりに来てる二人にさせちまった。大失態だ!
仕方が無いんだから、文句を垂れてる母さんは後で謝っておくよう言い、流し台に立つとちゃっちゃかと皿を洗い始めた。
「不良でも良い子ね、あの子達」不意に母さんは声を窄めた。不良に嫌悪感の色は見せなかった。どことなく安堵の顔を見せている。母さんは分かっていたのかな、ヨウ達が不良でも良い奴等だってこと。
「利二くんみたいな子ばっかり付き合っているかと思ったら、圭太も色んな人と付き合うようになったのね。悪い子達じゃないってのは挨拶で分かったわ。さっき浩介がいっぱい相手をしてもらったってはしゃいでたし」
けど次の瞬間、声がキュッと強張った。
「あの子達。話をしていると、何だか複雑な事情を抱えているみたいだけど」
「……母さん、二人から聞いたのか?」
「勘よ、勘。大丈夫、詮索はしないから。とにかく我が家では変に遠慮させないこと。寛いでもらうこと。それから圭太のお友達なんだから、圭太がちゃんとお世話すること。気遣ってあげること。分かった?」
「はーい」
「あ、圭太。明日は母さん、朝から出掛けないといけないから。明日も泊まるなら、母さん、夕方過ぎに帰って来るからって二人に伝えててもらえる? 何か食べたいものがあったらメールで教えて。買い物はしてくるから。それと朝食は圭太がしてあげて。棚にパンが入っているから」
顎で棚をしゃくる母さんに肯定の返事を返して、俺は二人の待つ自室へと向かう。
その際、母さんに紙パックのミックスジュースを手渡された。俺は紙パックを手土産に自室に入る。二人は敷布団の上で胡坐を掻いて携帯弄りながら駄弁っていた。「ごめんごめん」俺は布団を敷かせてしまった詫びを口にし、ミックスジュースを手渡す。
「布団敷かせちまってごめん。二人がしてくれたんだって?」
「おばちゃんが部屋に来てさ。布団持ってきてくれたから、それを適当に敷いただけだ。大したことしてねぇよ」
「ケイの…おばちゃん……良い人でユーモアあるな」
……ユーモア、ですと?もしかして我が母は俺がいない間に二人に何かしたのか? 恐る恐る尋ねれば、シズが「口説かれそうになった」爆弾発言投下。
話を聞けば布団を敷く際、母さんが二人の顔をジロジロと見つめて、「十年若ければね。お誘いするんだけどね。口説くんだけどね」おばさん定番の台詞を二人に言ったらしい。更に「此処で寝ようかしら。両手に花、両手に庸一くんと静馬くん」なんて阿呆発言したとか。
俺は額に手を当てて肩を落とす。
何、いい歳こいて十代の青年に言ってくれちゃってるの母さん…、頼むから友達に恥ずかしいこと言わないでくれよ。頭痛がしてくるってマジで。気を取り直して、俺は母さんから受け取った言付けを二人に報告する。
「明日は母さん、朝から夕方過ぎまで家にいないって。明日も泊まるなら夕飯のリクエストを遠慮なくどうぞ、だってさ」
「ケイのおばちゃんってつくづく良い人だな。夕飯のリクエストって……普通そこまでしねぇって」
「言ったろ? 泊まりに厳しい家もありゃ、甘い家もあるって。俺の家は甘いんだよ」
まあ、珍しいとは思うけどさ。
世の中いろーんなヤツがいるしな! そういう家が世の中に一軒くらいあって良いといいと思うんだ。「できれば…お願いしたい」決まり悪そうにシズはジュースを飲んでいる。
「さっき母親から連絡…あってな。愛人……明日もいるらしい」
「んじゃ、シズは確定な。ヨウは?」
「ンー。明日も泊まっちまうかなぁ。親父、明日もいるかもしんねぇし。どーせ親父がいなくても、家はツマンネェし窮屈だし。シズが泊まるなら、俺も世話になろうかな」
「ヨウが良ければ、泊まっちまえば? 母さんは二人が泊まる前提で話しを進めてたしさ。うざったいくらい浩介が纏わり付いてくるかもしんねぇけど」
「じゃ、そうする。ワリィな」
「べつにいいって。後で母さんには報告しておくから」
自分で言っておいてなんだけど……と、いうことは、まあ、不良と二晩丸々一緒に過ごすわけで。
ええいっ、俺は恐くなんかないぞ! ちっともってわけじゃないけど恐くないぞ! ちょっとは免疫が付いた(筈)なんだからな! 朝昼晩、不良と過ごす。結構な事だ、ああ結構な事さ! ……ちょっとだけ気が引けたのは内緒だけどな。
でも、思ったほど恐くないってのもほんと。
ヨウもシズも、こうやって部屋にいる間はちっとも不良の顔しないから。うん、思ったほど恐くないよ。今の俺は二人を不良じゃなくて“ただの友達”として見ているから、こんなに楽しいのかも、しれないな。
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