03.真面目に授業を受ける、それが学生の本業だ!



 ◇ ◇ ◇



 やっぱダルくても授業はサボっちゃ駄目だよな。

 今の時間、数Aなんだけど授業にやっとついていけているってカンジ。

 ところどころ先生の言ってる言葉に「何それ?」って思うし。黒板と教科書とノートを睨めっこしながら俺はサボらなきゃ良かったと大後悔だ。利二に教えてもらっていたから、辛うじて授業内容についていけるけど正直言ってきついよ。


 ノートも全然取っていないから、後で利二に借りないとな。ノート点検で減点食らうのはかなり痛いぜ。


 数学が苦手な俺にとってノートや出席や提出物で点数を稼がないと、単位が仮に貰えたとしても評定が悲惨なことになる!


 でも出席で点数を引かれると思うから、テストの時に平均以上取らないと結局悲惨な評定が。

 じゃあ、ヨウ達の誘いを断って真面目に授業に出られるかって言ったら、それができないんだな。できたらとっくに俺は不良と縁を切ってる。


 あははっ、困っちまったぜ。田山圭太、(多分)留年はしないだろうけど、一年の評定が悲惨なことになっちまうぜ。


 評定の悲惨な理由が「授業をサボりまくってこんな悲惨なモノになっちゃいました。てへ」なんて言ってみろッ、確実に親に殺されるから! その前に授業サボッてることを黙ってるから、バレたら確実に殺されるんだけどさ。


 三者面談とかで言われそうだな、出席率のこと。前橋だったら親にチクりかねない。


(あ~~~! 嫌だけど家に帰ったら勉強しようッ、今度あるテストで全教科平均以上取らないと色々ヤバイッ!)


 平均以上取っていたら、出席率を言われても「もうサボらないでね」って注意くらいで済みそう。な気がする。うん、気がするだけだけど。

 大きく溜息をついてノートを取っていたら、引き出しに突っ込んでいる携帯のランプが点滅していることに気付いた。メールが来ているみたいだ。


 授業中はサイレントモードにしているんだ。じゃないとメールとか来た時、バイブ音鳴ったら最悪じゃん? 俺と前橋と学年主任の三者面談になっちゃうじゃん? そんな地獄は味わいたくねぇもんな。


 だから嗚呼、メール、スルーしたいんけど。

 俺は先生にバレないようこっそり携帯の画面を開いた。 


『From:荒川庸一 件名:無名

 暇…。英語、意味不明。何語だよ。これ』


 勿論、英語だろ! 俺は思わず声に出してツッコミたくなった。どうにか堪えて返信を返す。よし、授業に集ちゅ……もう返事が返ってきたし?!


『From:荒川庸一 件名:無題

 俺は日本人だ。英語イラネェ。てか、返信遅くね? 前の時間もなんか遅かったぜ? 寝てたのか?』


 バッカヤロッ、お前と違って真面目に授業を受けているんだよ!

 しかも俺に日本人主張するなよ、俺も日本人だっつーの。お前と同じように英語なんかチンプンカンプン、英語イラネェよなって思ってる日本男児だよ。


 『授業中だから遅いんだって。先生に見つかったらヤバイだろ』返信をしたら、また直ぐに返事が来た。



『From:荒川庸一 件名:無題

 バーカ。見つかったら睨め。舐められンぞ?』



 お前が教師を舐めているよ! 真面目に授業受けてこーい!

 携帯を握り締めてツッコミたい気持ちを抑えていたら、先生から愛想なく名前を呼ばれた。めちゃめちゃビビッて思わず身を強張らす。

 ヤバイ、見つかったか? 冷汗を流しながら顔を上げたら、チョークで黒板を叩きながら「ここの解答は」って質問してきた。


 良かった、携帯弄くってるところを見つかったわけじゃないんだ。俺は素早く引き出しに携帯を突っ込んで立ち上がる。黒板に書いてあることは教科書の問題だよな。俺は教科書に目を落とした。


 えーっと何々。A、A、B、B、B、Cの6文字を横一列に並べる。この時、二つのAが隣り合わな……合わない……はぁ?


 これはこれでピンチッ、ワッカンネ! 何言ってるんだよ、この教科書。俺に分かる言葉で説明しろって。

 答えられなかったら恥ずかしい思いするし、適当に答えて間違っても恥ずかしい思いするし、正解をビシッと答えてさっさと座りたいんだけど答えが分からないし。だから当てられたくないんだよチクショウ。

 焦りに焦って教科書と睨めっこしていたら、先生が教卓の上を大袈裟に叩いてきた。心臓が飛び上がった俺を余所に先生が怒声を上げる。


「苑田! 起きんか苑田! ……土倉! お前もだ!」


 答えられない俺に怒ったわけじゃなくて、先生は爆睡している弥生とハジメに怒ったみたいだ。

 俺は後ろを振り返る。俺のいる列の最後尾で爆睡しているのはハジメ。その隣で同じく顔を伏せて寝ているのは弥生。二人とも授業受ける気ゼロみたいだ。

 「まったく」先生は愚痴を漏らすと、俺に座るよう言って二人を起こしに向かう。


 助かった……俺は腰を落として大きく溜息をついた。


 まだ須垣先輩が条件を出してきて一日目なんだけどさ。

 不良さま達が真面目に授業に出席してらっしゃるせいで(真面目に出席してるって言っていいのか?)、俺、真面目に授業…受けられないんだけど。前の時間、ヨウは勿論、ワタルさんからもメールがあったし。不運だ、俺。

 二度深く溜息をついて俺は引き出しに突っ込んだ携帯を確認する。返信していないのにまた一通、ヨウからメールがきていた。 



『From:荒川庸一 件名:無題

 返信がねぇ。まさかケイ。先公に見つかったか? やっちまったか(笑)』



 誰のせいで俺がこんな思いをっ……。

 頼むから、静かに平和に平穏に授業を受けさせてくれよッ。

 頼むから、真面目に授業を受けなくてもいいから、真面目に授業を受けている俺の邪魔をするなよッ。

 (まだ余裕だけど)出席状況が危ない今、必死で授業内容を理解しないと評定が。最悪、進級が……なんで俺、こんなに悩まされるんだろう。不良さまと頭痛のする毎日を過ごしている上に、勉強のことで悩む日が来るなんて。


 ……泣くな、圭太。こんなのいつものことだろ。ファイトだ、圭太。


 俺は心の中で涙を呑んだ。




「おっつー。ケイ!」


 数A終了のチャイムが鳴ったと同時に弥生がやって来た。

 授業中ずっと爆睡してエネルギーを温存していたせいか、かなりハイテンションだ。いいよな、寝れる度胸があってさ。こっちは授業真面目に受けられなくてローテンションだって。言っても弥生も不良だしな! テンションはある程度の合わせるぜ! 俺、自慢じゃないけど空気を読むのは得意(と思っている!)


「ケーイ、お昼だよ。おーひーる」


 ニコニコしながら「お昼一緒食べよう」って言ってきた弥生は、俺に弁当かどうか聞いてきた。「いつも弁当だよ」弥生の問いに答えれたら、「いいなー」って俺の机の上に座った。

 ……弥生さん、一応、俺の机なんだけど。いや座ってもらってもイイケドさ。


「お昼代浮くよね。毎日お昼買ってたら馬鹿にならないもん。それにケイのお弁当って可愛らしいよね。タコさんウインナー毎日入ってるんでしょ? ケイって趣味可愛いよね」


「そうなんだ。昼代がバカにならないから、母さんが弁当を……って、ちょっと待ったァ! 弁当の中身は俺の趣味じゃないって! 母さんが勝手に」


「え、お母さんに頼んでるんじゃないの? ワタルが言ってたよ」


 頼んでいるか! 俺はそんなメルヘンチック男子じゃないっつーの! 寧ろ、ちょっとばかし恥ずかしいって。高校になってまでタコさんウインナーが入ってること……。

 とにかく俺の趣味じゃないからな!間違っても「俺、タコちゃんウインナーじゃないと嫌なの……お母さん」なんて言ってないからな!(うおえっ、想像しただけでキモイ!)


 くっそう、ワタルさん、適当なこと言いやがって。

 どうせ俺をからかって楽しんでるんだろうけどさ! 後でシバく! ……ことはできないから、文句言う! ……こともできないから、取り敢えず弁当の趣味をやんわり否定しよう。うん。

 弥生と駄弁っていたらハジメが大きな欠伸を零しながらやって来た。


「ケイ、弥生、昼飯は?」


「私は売店で買って来るつもり。ケイはお弁当があるって。ハジメは?」


 もう買っているとハジメはコンビニのビニール袋を俺達に見せ付けた。ハジメっていつもは昼休み前に学校を抜け出して、コンビニで昼飯を買うんだ。

 けど今日から一週間、真面目に学校ライフを送らないといけないから登校中に買って来たそうな。一週間は学校を抜け出すこともデキナイしなぁ。面倒だけど、そうするしかないよな。


「ホント厄介なことに巻き込まれたよ。まさか犯人扱いされるとはね。まあ、生徒会長サマの言い分も分からなくは無いけどさ」 


 ダルそうにハジメが溜息をついた。心外だとばかりに弥生は脹れ面を作る。


「ヒッドイ話だって。十分な証拠も揃ってないくせにッ、あああああっ、ムカツクー! 思い出しただけでムカムカする!」


「弥生、ヒッドイ顔になっているよ」


「ハジメ酷い!」


 弥生の脹れた顔が更に脹れる。

 おどけてみせるハジメは笑声を漏らして、早めに売店で飯を買うことを勧めていた。早くしないと人気商品は無くなるから、そう言葉を付け足して。脹れたまま弥生は俺に「酷いよね」って話を振った。


 いっやぁー、ここで俺に振られても困るんだけどなぁ。俺は苦笑いを返す他なかった。

 「なんかケイもひどーい」脹れていた弥生はコロッと表情を変えて笑いを零すと、売店に言って来ると俺達に告げて教室を飛び出した。


 だけどすぐに教室に戻って来た。どうしたのかと思えば、弥生は財布を忘れて行ったみたいだ。ヤラかしたと俺達にペロッと舌を出して、自分の通学鞄から財布を取り出すと教室を出て行った。

 その際、俺達にヒトコト。


「先に行ってていいから。何かあったらメールしてね」


 残された俺とハジメは視線を合わせた。

 さあて、と、弥生がああ言ってきたからには体育館裏にボチボチ移動しないとな。今日も天気がいいから、あそこで弁当を食べたら美味いんだろうな。

 弁当と水筒を持って俺はハジメと一緒に教室を出た。最初の頃は弁当と水筒を持ってウロウロすることが恥ずかしかったんだけど、慣れたらそうでもなくなった。慣れって恐いよなぁ。


「ケイはどう思う? 今回の事件のこと。率直な意見が聞きたいな」 


 ハジメが真面目な話を吹っ掛けてきた。俺は戸惑って間を置いてしまう。

 率直って言われたからには、正直に答えるのが1番だよな。


「まあ……疑われても仕方がないとは思う。俺達、よくサボってるからさ。生徒会側の気持ち、分からないでもないけど」


 こんなこと言ったら軽蔑されると思ったけど、意外にもハジメは俺と同じ意見だって告げてきた。


「僕もケイと同意見なんだ。須垣の疑う気持ちも分かる。こんなことヨウ達に言ったら怒られそうだけど、僕達のような生徒ってのは教師にとっても生徒会にとっても目の上のたんこぶなんだよ」


 髪は染める、ピアスの穴はあける、服装違反上等な上に授業はよくサボる。教師にとって頭痛のしてくるような生徒達だろうね。学校の秩序を守っているって言ったら大袈裟かもしれないけど、秩序を守っている生徒会にだって僕等のような生徒は煙たがりたいものさ。


 でも注意したところで僕等の態度が改まるわけじゃない。ますます悩みの種になってくる、けど、どうしようもない。

 そんな時に今回の事件が起きた。そりゃ疑いたくもなるだろうね。 ハジメは吐息をついて、俺の方を見た。 


「学校側にとって僕等は落ちこぼれ。問題が起きたら真っ先に疑われても仕方ない。こちらの言い分を聞いてもらっても、日頃の行いを指摘されて信じてもらえない。容疑が晴れても疑いの眼は向けられままってこともザラ。学校にはそういう教師が多いから、ヨウは極端に教師を嫌っている。決め付けられることが嫌いなんだ、ヨウって」


 そういえばヨウが担任と接していた時の、あの態度。


 ただ横着ぶっているってわけじゃなかったような……俺も教師が好きってわけじゃないけど、ヨウのように毛嫌いするほどではないな。

 須垣先輩の時だって、俺達を犯人だって決め付けたわけじゃないけど、疑いを掛けられた時、かなりキレてたもんな。恐かったなぁ、泣きそうになったなぁ、逃げたくなったなぁ、あの時のヨウ……マジで恐かったぁ。


「須垣先輩に落ちこぼれって言われた時、ヨウ、マジギレしてたよな」


「ヨウは学校では落ちこぼれかもしれないけど、不良としてはピカイチな奴だよなぁ。校則違反上等で、でも仲間大切にして。僕とは大違いだ」


 ……ハジメ、どうしたんだよ急に。俺はハジメを食い入るように見つめた。


「僕は学校でも落ちこぼれだけど、不良としても落ちこぼれなんだよなぁ」


「不良としても落ちこぼれ?」


「喧嘩からっきしでね。中学の時からヨウ達の足を引っ張ってばっかりさ。ケイも知ってるだろ、僕が袋叩きにされたの…っていうか、ケイは僕を助けてくれたひとりだったね」


 「あの時はありがとう」面と向かって礼を言われたら、なんてリアクションしていいか分からない。一ヶ月も前のことだしな。取り敢えず「どういたしまして」って言葉を返す。

 瞬間、ハジメは何処となく辛そうな顔を作りながらも、失笑を貼り付かせた。


「学校で落ちこぼれるより、不良として落ちこぼれる方がシンドイね」


「ハジメ?」


「ケイ、僕はさ……」


「もすもーすぅ、おふたりさぁあん! ア、ア、アテンションプリーズ!」


 真面目な話をしている時に、後ろから腕を回された。

 廊下に響き渡るうざったい口調を耳にした瞬間、誰が俺達を呼んだのか、誰が俺達の首に腕を回してきたのか、振り返らなくても分かる。ハジメも同じだと思う。足を止めてハジメと一緒に後ろを振り返る。

 ニタニタと笑っているワタルさんが立っていた。やっぱりワタルさんだよなぁ。あんなウザ口調を使う人、この人以外いないって。


「ヨウちゃーんの教室に行こうピョーン。今日はそこで食べることに決定だってよーん」


「え、なんで? 体育館裏は?」


 俺の疑問にワタルさんは肩を竦めた。


「僕ちゃーんも事情は知らない。ただヨウちゃーんからメールでそう言われた」


 何かあったのかなぁ? 俺達は顔を見合わせた。もしかしてまたなんか問題でもあったのかって懸念したんだけど、これについての答えはすぐ分かることになる。





「ざけやがってッ! 俺が教室出たらあいつがいやがって胸糞悪い笑いしながらへらへらへらへら『もうサボりかい?』だぁあ? ナメてやがるのか˝あーんの生徒会長! っつーか、タコ沢遅ぇ! なにチンタラしてやがるっ、コーラはまだかよ! もう三分経ってっぞ! 直ぐ買ってるってメール返してきたじゃねえか!」


 まーだ三分しか経ってないだろ。

 常に誰かを追い掛け回しているタコ沢だって、一階の中庭にある自販機まで三分は掛かると思うぞ。

 三分で戻ってきたらあいつのことを、俺は疾風のように現れて疾風のように去っていく『月光仮面のお兄さん』もしくは『月光仮面の不良さん』と呼ぶぞ。パシられているタコ沢に同情しながら、俺は人様の席で弁当を広げていた(席の主には悪い気がするけど俺達、適当に机をくっ付けて昼食を取っているんだ)。


 頭に血がのぼって、正しい日本語に成り立っていないヨウの話はこうだ。

 いつものように授業が終わったヨウは、一足早く体育館裏に向かっていた。

 だけどヨウが来ることを見計らっていたかのように廊下で須垣先輩と出くわし、「体育館裏でおサボリかい?」と言われたそうな。負けん気の強いヨウは昼休み終わる五分前には教室に戻るって食いついたそうだけど、普通に教室で食べればいいじゃないかと須垣先輩に笑われたとか。


「普段もサボるために体育館裏でたまるんだろ? だったら一週間くらいは教室で食べた方がお利口さんだと思うけどなぁ」


 なーんて、余計なことを言ってくれたらしい。そこで喧嘩を吹っかけなかったヨウは偉いと思う。


 しかし、ヨウの機嫌は低空飛行中。

 勘違いかもしれないけど、ヨウの不機嫌のせいで肌がピリピリする。実は不機嫌という名の電磁波を醸し出しているだろう、ヨウ! 先生や生徒会に喧嘩売れるくらいだ、お前不良だから何でも出来そうな気がしてきた! ……にしても恐いなぁ、不機嫌なヨウ。不良は置いておいて、ある程度、ヨウ達と親しくなったとしても、やっぱこういう時はビビッちまうよ。ワタルさんやハジメは付き合い長いから、まったく気にしてないっぽいけど。


 冷凍コロッケを口に放り込みながら俺はヨウから目を放し、ハジメの顔を盗み見た。

 ハジメ、ヨウの機嫌の悪さに呆れ笑ってるけど、俺の脳裏にはさっきのシンドそうな顔が過ぎってしかたがない。


 『不良として落ちこぼれる方がシンドイ』って、あれはどういう意味だったんだ。

 どういう気持ちでハジメは俺に吐露してきたんだ。何か続きを言おうとしていたことは分かるんだけど、途中でワタルさんが来たから聞きそびれたんだよな。


 でもハジメの様子を見ていると、さっきの話はもう良さそうだし、この話はそっとしておこう。


 もしかしたらヨウ達に聞かれたくない話かもしれないしな。

 ハジメから目を放して俺は白飯を口に運んだ。“不良の落ちこぼれ”か、妙に胸に引っ掛かるな。この言葉。べつに俺、不良じゃないけど、妙に引っ掛かる。どうしてだろ、ヨウの舎弟だからかな。


「もぉー、場所変わったなら早くメールしてよね」


 ビニール袋を手に提げている弥生が文句を垂れながら教室に入って来た。

 適当に空いている席の椅子を掴んで俺の隣に座る弥生は、「いつもの場所まで行っちゃったじゃん」と脹れていた。

 わざわざ体育館裏まで行った弥生に、お疲れと声を掛けた。そしたらケイが悪んだよ、とかワケが分からないことを言われた。背中叩かれた。八つ当たりだろ、絶対。当たられた俺、スッゲー可哀想っていうか惨め。いーよいーよ、俺みたいな男に当たりやすいもんな。

 弥生は体育館裏で生徒会長に会った、と報告してきた。


 どうやら生徒会長は本格的に俺達が犯人じゃないかって目星を付けているらしい。簡単に言えば、俺等は見張られてるんだ。信用無いよな、俺達。監視したい気持ちは十二分に分かるけどさ、こっちからしたら気分の良いモンじゃない。

 ヨウは盛大な舌打ちをした。


「とことん疑われてるな。ざけやがって」


「しかたねぇってヨウ。取り敢えず、一週間耐えることにしよう。まだ1日目だぞ? この調子じゃ一週間持たないって」


 こうやって不良に意見できるようになったんだな、俺。成長したよな。俺は俺を褒めたい。

 ヨウは頬杖をして吐息をつく。


「ンなこたぁ分かってるんだよケイ。俺が気に食わねぇのは、あの野郎のやり方だ。チッ、なんっつーかやり口がどっか似てるんだよな。ヤマトと」


 ヤマト。その単語に俺は表情を強張らせた。しょーがないよな! そいつに俺、喧嘩、じゃない。一方的フルボッコされたんだし! 顔が引き攣るのは自然現象だ! と、思いたい。思わせてくれ。

 ワタルさんはケラケラ笑った後、目を細めてニンマリ。


「ねちっこーいやり方はヤマトちゃーんにそっくりだよねぇ。もしかしてヤマトちゃーん、裏で糸を引いてるかもねぇ。あの生徒会長と繋がりがあっちゃったりして」


 背筋がゾクッとした。

 思わず、持っていた箸を落としそうになる。どうにか箸を持ち直すと俺は「まさか、」とばかりに笑った。


「そ、そんな馬鹿な。だって今回の事件はこの学校内ですし。あの生徒会長が日賀野と繋がりを持つなんて」


「繋がりがあるかどうかは分からないけれど、あのヤマトなら裏で糸を引けてもおかしくないと思うよ。ケイ。向こうにはアキラがいるしね。繋がりがあっても不思議じゃないよ」 


「おい……ハジメ」


 ヨウがハジメの言葉を止めた。

 けどハジメはコーヒー牛乳で喉を潤しながら、「知ってた方がいいんじゃないかな」と返答。


「相手を知らなかった。そのせいでケイはヤマトにフルボッコされた。弥生だってヤマト達絡みの連中に襲われた。事が終わって相手を知る、それじゃあ遅いと思うよ。違うかい? ヨウ」


「そりゃそうだが、べつに今じゃなくてもイイじゃねえか。その話」


「僕ちゃーんもハジメちゃんの意見に一票。アキラのことは知っておいた方が良いと思いマース。遅かれ早かれ知るなら、今話しておこうよーよー」


 二人に意見されたヨウは、「今じゃなきゃイケねぇのかよ」苦虫を噛み潰したような顔を作って後頭部を掻いている。


 ……誰? アキラって。

 すっかり蚊帳の外に放り出された俺は隣に座っている弥生に視線を向ける。弥生は首を横に振った。弥生はアキラという人物を知らないらしい。ということは、ヨウ達が中学時代につるんでいた不良仲間か(俺と弥生は高校でヨウ達と知り合ったから、ヨウ達がつるんでいた中学時代の不良仲間を知らない)。

 アキラのことを知らない俺や弥生のために、顔を渋めていたヨウが簡単に説明してくれた。


「アキラっつーのは中学の時つるんでた奴のひとりで、名前は魚住(うおずみ) 昭(あきら)。奴はとにかく顔が広かった。性格に一癖も二癖もある……まあ、とにかく取っ付きにくい性格をしてた。グループが分かれた時、奴はヤマト側に付いたんだが、あいつは特に敵に回すと厄介なんだ。顔が広いっつーことは交流も広い。誰と繋がりを持っているか分からないんだ。グループが分裂したあの頃は、まさかここまで最悪の仲になるとは思っていなかったから危険視してなかったんだが」


「アキラと繋がりを持つ奴なんて、大体ろくな奴じゃないけどねんころり。僕ちゃん、おトイレに行ってきまーす」


 ワタルさんが席を立った。これ以上話なんか聞きたくない、とでもいうような態度だ。

 さっさと教室を出て行くワタルさんに違和感を覚えたのは、俺だけじゃないようだ。弥生が心配そうに「ワタル、その人と何かあるの?」とヨウに尋ねる。


「だから今言うのはヤだったんだ」


 ヨウは顔を顰めて、頭の後ろで腕を組んだ。そして軽く溜息。「あいつとアキラは親友だったんだ」 

 親友だった。それって危険視しているアキラって奴とワタルさんが? じゃあワタルさん、教室を出て行ったのは単に話を聞きたくないと思ったわけじゃなくて……。


「まぁ、あいつの口から直接聞いたわけじゃねぇんだけどな。少なくとも仲は良かったんじゃないかと思う。俺にはそう見えた。小学校からの付き合いだったって聞くしな。ウザさもどっこいどっこいだった」


 ヨウは軽く肩を竦めた。

 ワタルさんと同じくらいに、ウザイ人いるんだ。一度お目に掛かってみたい。あくまで遠くで見るだけがいいけどさ。 


 けど今の話が本当なら、ワタルさん。辛いだろうな。元親友と対立関係なんて。俺だったら辛い。たとえ“元”が付いていたとしても、昔、親友だったことには変わりないんだから。

 結構、ヨウ達の中学時代って複雑な人間模様だよな。「今、話さなくても良かったんじゃないか」ハジメにヨウが意見した。ハジメはどことなく可笑しそうに笑って、飲み終わったコーヒー牛乳のパックを潰し始める。


「ワタルは弱くないから大丈夫だよ。彼は強い。――強いよ」


 意味あり気に笑うハジメに違和感、というか“何か”を感じた。これが具体的に何かって言ったら分かんねぇだけど、何か、今のハジメは違う。

 知り合って日の浅い俺がそう思うくらいだから、ヨウや弥生は尚更、違和感みたいなのを感じたと思う。ハジメの言葉の真意を探るような眼差しを作っていた。俺達の視線から逃げるようにハジメは「まあさ、」と明るい声を出した。


「ヤマトやアキラが絡んでるかどうかは置いといて、この1週間乗り切ろう。お授業をサボらずに、あの会長様を見返してあげましょう」


「だよねぇー。私たち何もしてないし。あ、そうだ。私、チョコレート買ってきたんだ。みんなで食べよ。新発売だって!」


 話題を逸らす弥生の発言のおかげで、一気に空気が軽くなった。

 チョコの箱を開けて机に散らばせる弥生に、「いっちばーん」ハジメがチョコを取っていく。「ちょーっと」弥生はハジメに文句言ってたけど、俺は二人のやり取りに思わず一笑。

 ヨウと目がかち合ってまた一笑。


「まずは目の前の問題を片付けなきゃな、ヨウ」


「ああ。そうだな。ヤマトのことはまた今度だ。あー、なんっつーか辛気臭ぇ話は無理だ。疲れる。ダリィ。っつーかタコ沢、コーラはまだかよ」


 携帯を取り出してタコ沢にメールし始めるヨウを眺めながら、俺は軽く息をついた。

 だよなぁ。やっぱ重い空気ばっかじゃ身が持たないよな。 


 ただでさえ須垣先輩のせいで面倒なことになっているんだ。

 日賀野関連の話は暫く聞かなくてイイって感じ。っつーか一生聞きたくない。そしてアイツには二度とお会いしたくない。でもでも、できればフルボッコのお返しとして一発顔面にパンチ……いや唾を吐きかける……いや悪態を付く程度はしたい……うん、やっぱ会わなくてイイ。



『また会おうぜ、ラッキープレインボーイ。次は良い返事を期待している』



 ブルッ。

 俺は身震いした。日賀野が別れ際に言った台詞を思い出しちまったよ。ホント、あいつが今回の事件に絡んでいないことを願うよ。懇願に近い気持ちを抱きながら、俺は冷えたエビフライを口に放り込んだ。


 一週間、何事も無く事が済めばいいな。


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