02.容疑者は不良(と俺?!)
◇
『 生 徒 会 室 』
突き出しプレートに印刷されている文字を、俺は声に出さず読み上げた。
生徒会っつったら全校生徒の前で話したり、ダルイ生徒総会の準備をしたり、学校のために陰で一生懸命働いたりする組織だよな。学級委員だってしたがらない俺にとって生徒会なんて、まったく、って言っていいほど縁がない。
みんなの前に立ちたがらない、出たがらない、話したがらない野郎だぜ?関われって方が無理。そういう系は苦手なんだ、俺。
だから“生徒会”室なんて高校卒業するまで、一歩も足を踏み入れない領域だと思っていたのに。
俺は心の中で溜息。溜息。また溜息。
できることならすぐにでもトンズラしたいんだけど、前に立ってらっしゃる須垣先輩が逃がしてくれなさそうだし、
「チッ、ダリィ」
ヨウを置いてトンズラすると俺が後々泣きを見る!
軽い舌打ちをして苛立ちをまぎらわしているヨウを須垣先輩が面白がるように笑ってるんだから、またヨウの怒りが上がるんだよなぁ! 隣に立ってるだけでヒシヒシ伝わってくるぜ、ヨウのお怒りが。
あのさ……どーでもいいけど俺に八つ当たりとかはしてくるなよ。
「ケイ、これが終わったらゲーセン行こうぜ。マジ腹立つ。やってられねぇ」
「お、おお。いいけど」
思ったそばから、ヨウからのお誘い。
うっわぁ。絶対ゲーセンでエアホッケーをするんだぜ! 気が済むまでエアホッケーをしまくるんだぜ! ……い、いやだなぁ。気が済むまでヨウとエアホッケーに付き合うなんて。
ヨウの奴、メチャクチャ強いから、俺ボロクソに負けるんだよな。いつもボロクソに負けてるってのに、今日のヨウとエアホッケーをしてみ? ボロクソどころか惨敗どころか、怒りの捌け口にされる! その光景が目に浮かぶから気がドッと重くなった。
だからってお誘いを断るわけにもいかない。っつーか恐いからできねぇよ! マジ、どーして俺ってこんな役回りばっかなんだよ! ついてねぇー!
俺が嘆いている間に(あくまでも心の中で)、須垣先輩が生徒会室のドアを引いた。
中に入ると生徒会役員であろう生徒達と、先輩の言ったとおりワタルさん達が席に着いていた。俺達が入って来たことに気付いてワタルさんが挨拶代わりに片手を上げると俺達を手招きしてきた。
迷うことなくヨウと俺はワタルさん達のところへ向かう。
「遅いじゃーん。何してたの? 二人が来るまで僕ちゃーん達、待ちぼうけ喰らってたんだけど?」
「ウッセェな。担任に呼び出し喰らってたんだよ」
「まさか舎兄弟揃って?」
「悪いかよ」
不機嫌そうに答えるヨウに、「ダッサー!」って声を上げてワタルさんは大笑いした。ワタルさん、スゲェよな。こんな状態のヨウを笑い飛ばせるなんて。
机に通学鞄を置きながら二人のやり取りを見てたら、ブレザーを軽く引っ張られた。
「ちーっす、ケーイ」
満面の笑顔で挨拶してくるのは弥生だった。
弥生の隣には銀に髪を染めているハジメが座っている。「ケイ、昼休みぶり」同じようにハジメが柔らかな表情を作って挨拶してきてくれた。
ハジメ、本名は
だから初めてハジメと顔を合わせた時、ワタルさんが、
『フルボッコにされた同士だねねねねん!』
余計なことを言ってくれた。
マジあれを言われた時、俺もハジメも引き攣り笑いしかできなかったぜ。ワタルさんにとっては笑い話でも、フルボッコにされた俺達にとっちゃゼンッゼン笑えなかったって。
ちなみにハジメと弥生と俺は同じクラスなんだ。弥生は同じクラスだって知ってたけど、まさかハジメまで一緒にクラスだとは思わなかった(不良と同じクラスかよ! って嘆いたことは俺だけの秘密だ)。
二人とも不良なだけあって学校をよくサボる。
ハジメは今の今まで怪我してたから学校に来れなかったみたいだけど、怪我が完治してから俺達とよく体育館裏でふけてるよ。今日も一緒にふけてたし。
弥生は学校をよく抜け出して他学校に通っている響子さんやココロと一緒にいるみたい。3人はスッゲェ仲が良いってヨウから話を聞いた。
あ、俺達のところに来る時もあるんだぜ。
今日も二時限目まで俺達と一緒にいたし。ヒトコトで言えば弥生って自由奔放な性格の持ち主だ。ヨウと関わりを持たなきゃ知り合うことも無かっただろう(是非とも知り合いたくは無かったよ)二人に挨拶をした俺は、席に着いて抱いていた疑問を2人に投げ掛ける。
「なあなあ。どうして俺達、呼び出し喰らったか知ってるか?」
「わっかんないんだよね。私……生徒会室に来てくれって言われただけだし。ハジメは分かる?」
「同じく来てくれって言われただけだからなぁ」
「そっかぁ……うわッツ!」
横から胸倉を掴まれた! 嫌な予感がするぜッ。
顔を上げれば、青筋を立ててメッチャ苛々していらっしゃる……。
「ゴラァア。覚悟はいいかクソ地味野郎が」
嗚呼、やっぱりお前か、タコ沢。
「た、タコ沢さん。いっやぁ、これまた奇遇」
「谷沢ダァアアア! ふっざけるなよケイッ、テメェ表に出やがれぇえええ!」
「ちょぉおおお、い、今ぁああ?」
俺、貴方様に沢山恨みを買うようなことをしたような気がしないでもないですが、このタイミングで喧嘩を売られますか⁈ このタイミングで⁈
容赦なく俺を引っ張り立たせようとするタコ沢に落ち着くよう宥める。
「なんでそんなに怒ってるんだよッ、俺、何かしたか⁈」
「過去を振り返れば腸が煮えくり返るが、今日ほど腹立つことはないぜゴラァア! テメェのせいで俺まで呼び出し喰らったんだぞ!」
「お、俺ぇ⁈ ってか何で呼び出された理由知ってるのか?」
「俺が知るかぁああああ! けどテメェ等舎兄弟がいる時点で、貴様等が元凶だっつのは分かる! よくも俺を巻き込んでくれやがったなぁああ!」
ンだとコラ!
そっちだって俺を散々巻き込みやがったじゃないか! 確かに巻き込んだこと多々あったような気がするけどー……とにかくタコ沢のクセに吼えるな! お前なんて、黙って弁当のおかずにでもなっとけよ。タコ沢印のタコウインナーとかさ。
「誰が弁当のおかずッ、タコ沢印のタコウインナーだぁゴラアア!」
「ッ、し、しまった口が滑っ」
どうやら思ったことを口に出してたみたいだッ、いつもはしないヘマをしちまったよ!
嗚呼、やっべぇ、俺の胸倉を掴んでらっしゃるタコ沢さまの怒りが上昇してる。俺は愛想笑いを浮かべて「なーんちゃって。てへ」と、俺なりに可愛らしく舌を出した。
「や、ヤダなぁ。たこ、いや谷沢さん。ジョーダンだって。マイケルジョーダン。田山圭太が言ったジョークだから圭太ジョーダン。なーんちゃって。てへてへ」
「貴様ッ、それ以上なんか言ってみやがれ! ぶっ殺すぞ!」
「ごごごごめんって! そんなに怒るなよ!」
見事に俺はタコ沢の怒りを煽ってしまったようだ。
俺ってタコ沢の怒りを買うの上手いな! さすが俺、じゃないッ、俺のバカチーン!
息苦しいくらい胸倉を掴んでくるタコ沢に愛想笑いを浮かべていると、弥生が助け舟を出してくれた。
「タコ沢! 今のジョーダンは笑うところ! 空気読みなさいよ!」
「笑えるかぁあああ!」
ははは……助け舟じゃなくて、煽り舟を出してくれたな。弥生。おかげでタコ沢の怒りがツーランク上がったぜ。俺達のやり取りにハジメが笑ってるし。笑ってる暇があったら助けろって、ハジメ。
しかもなんでヨウやワタルさんまで笑ってるんだよ。いつから俺達のやり取りを見てたんだよ。
「やっぱケイは何かしらヤラかしてくれるよな。さすが俺の舎弟」
「だーかーらー、からかい甲斐もあるんだよね~ん」
どっちも嬉しくねぇ台詞をどーも! ってか、どっちでもいいから、タコ沢から助け出してくれないか?! 俺、いつタコ沢に殴られるかと思うだけで汗が噴き出るんだけど!
タコ沢のガンから逃げながら、心の中でめちゃめちゃビビッてると大袈裟な咳払いが聞こえた。俺を色んな意味で助けてくれたのは、俺達を呼び出してきた須垣先輩だった。
「みんな座ってもらえるかな。これが終わったら廊下で好きに暴れてもらっていいから」
ニコッと笑ってくる須垣先輩。
あくまでも爽やかに笑ってくる須垣先輩になんかまたひとつ、ヤーなカンジを覚えた。
須垣先輩の指示で俺達は着席する(良かった、タコ沢の手から逃げられたヨ!)。
改めて生徒会室を見渡せば、俺達に目の前には須垣先輩や生徒会役委員数名。後は俺達以外誰もいない。
なんか居心地悪いな。生徒会役委員が俺達を怯えるように見てくるから、これまた居心地が悪い。まあ俺じゃなくて不良のヨウ達に怯えてるんだろうケドさ。
「さてと」ニッコリ微笑んでくる須垣先輩が話を切り出してきた。
「全員揃ったところだし話を始めようか。あ、申し遅れたね。僕は須(す)垣(がき)誠(せい)吾(ご)。一応、生徒会長をしている」
ヨウに喧嘩を売るような発言をしてきた先輩は生徒会長だったのか。まあ、雰囲気はそれっぽいから言われても驚きはしない。寧ろ納得。
軽い自己紹介をしてきた須垣先輩に、俺の隣に座っているヨウが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「前置きはいいんだよ。さっさと始めやがれ。俺達に何の用だ。クッダラネェことで呼び出したんじゃねえだろうな」
「せっかちな後輩だな。まあ、いいだろう。実はね、困ったことが起きたんだよ」
困ったこと?
俺達はキョトンと須垣先輩を見つめた。
事の始まりは今日の昼休み始まり五分後のこと。
須垣先輩を含む生徒会役委員達は近々行われる総会について話し合いをするため、いつもどおり生徒会室にやって来た。生徒会室は何事もなく静かに先輩達を迎えてくれた、ようにみえた。
だけど換気のために窓を開けようとした時、先輩達の目にヒビが入った窓ガラスが飛び込んできた。ヒビの入った窓ガラスは一枚だけ。でも明らかに誰かが故意的にヒビを入れたような痕跡がある。しかも生徒会室は一階にある。
今朝この教室を使った時はヒビなんて入ってなかったことを知っている先輩達は、この学校の生徒の誰かがやったのだと推測した。
「犯行は一時限目から四時限目の間。ヒビ入っていた窓ガラスのすぐ側に溝があるんだけど、そこの溝に煙草の吸殻が捨てられていたんだ。まだ真新しい吸殻がね。多分、犯行の時に吸って溝に捨てたんだろうね。困ったものだよ」
浅い溜息をつく須垣先輩の説明に、俺は頭の中で整理する。生徒会室の窓ガラスにヒビが入っていた。犯行は今日の一時限目から4時限目の間。窓ガラスのすぐ側には溝があって、そこに吸殻が捨てられてあった。吸殻はまだ真新しい。そして俺達は呼び出された。つまり俺達、う、疑われてるってことか。
確かに俺達、午前中の授業サボったけど、午前中はずっと体育館裏でたむろってただけぞ! 悪いことしてたっちゃしてたけど、生徒会室付近には一切近寄ってねぇーよ!
須垣先輩の話にワタルさんが困ったように、でもいつものようにニヤニヤとニヤついていた。
「僕ちゃーんたち、容疑者に選ばれちゃったってことかぁー。ビックリマンボー」
「ハァア? フッザけるな! 俺達じゃねえよ!」
ヨウが思い切り机を蹴って須垣先輩達にガンを飛ばす。
生徒会役委員の皆様たちは、すっかり小さくなっている。殆どの方が俺達の先輩なのに…ゴメンナサイ、気持ちは分かります。不良恐いですよね。俺も恐いですもん。
教師も涙ちょちょぎれになるヨウの怒声にも動じない須垣先輩は、ニッコリと微笑んで机上でに肘をついて手を組んだ。
「決め付けるわけじゃないけれど、君達が一番疑わしい。午前中の授業をサボってたそうじゃないか」
「サボッてはいたけど、私達、生徒会室に近寄っても無いし場所も今の今まで知らなかったし」
反論する弥生に「やってないって証拠は無いよ」と、バッサリ須垣先輩が言い捨てる。その言葉に俺は喰らい付いた。
「それじゃあ逆にお尋ねしますけど、俺達がしたって決定的な証拠はあるんですか」
「ケイの言うとおりだよ。僕達がしたって証拠は?」
「っつーか、俺はこいつ等と無関係だゴラァアア! なんで俺まで呼び出される!」
吼えるタコ沢を無視して、俺とハジメは須垣先輩に証拠はあるのかと尋ねた。「君達はよく授業をサボるそうじゃないか」須垣先輩は笑顔を崩さず答えた。
「君達の身形とイイ、授業をサボることとイイ、度々耳にするヨロシクナイ噂とイイ、疑われても仕方がない要素は沢山ある。実際、僕等生徒会以外にも事情を知っている先生方は君達がしたんじゃないかって疑ってる。まあ日頃の行いが災いしたってことだよ。価値のない落ちこぼれくんたち」
須垣先輩の仰ることはご尤もだと思う。
堂々髪を染めて服装違反はする。授業はよくサボる。学校を抜け出す。度々ヨロシクナイ噂を耳にしては頭痛を起こさせる。日頃から教師の反感を買うような行いをしてたら、そりゃ疑われても仕方がないと思う。
だけど上辺だけを見て“価値のない落ちこぼれ”って言い方はないんじゃないかな。
ホラ、“落ちこぼれ”って聞いて隣に座ってるヨウとか立ち上が……ッ、ちょちょちょ! ヨウッ、なんで立ち上がってるんですか。今にも掴みかかりに行きそうだしッ!
「おや、何か気に食わないことでもあるのかな? 落ちこぼれの荒川くん」
ニッコリと笑って先輩は怒りを煽ってくるし! 須垣先輩、絶対確信犯だろ!
職員室にいた時から不機嫌だったヨウの堪忍袋の緒はそろそろ限界の限界みたいで、目の前の机を蹴り倒して須垣先輩をビビらせるようにワザと音を鳴らして机を踏ん付けた。
生徒会役委員の皆様方は怯え切ってるけど、相変わらず先輩は笑顔を崩さない。色々強いな…須垣先輩。
「黙って聞いてりゃ人を犯人扱い。挙句の果てには落ちこぼれ呼ばわりか? テメェ、舐めてンのか? ˝あ?」
「落ちこぼれほどよく吠える。耳障りだ」
毒を含んで言の葉を吐き捨てる須垣先輩、「ッハ、本当は生徒会役員の誰がしたんじゃねえのか?」ヨウも負けちゃいない。
「テメェ等がやってねぇって証拠もねぇンだろ」
「話を聞いていたかい? 犯行は今日の一時限目から四時限目の間。生徒会役委員は全員、授業に出ている」
「それは授業と授業の間の休みも含んでの、一時限目から四時限目の間の犯行ってことだろうが。誰だってやれる可能性はあるだろ? 俺達がやったって十分な証拠もねぇくせに決め付けるんじゃねえ。それともなにか? さっさと犯人を見つけ出して先公どもに好い面でも見せようってか? 生徒会長さまよぉ」
初めて須垣先輩の片眉が微動した。癇に障ったみたいだ。取り巻く空気の温度が下がった気がする。
「僕達は決め付けているわけじゃない。ただ1番疑わしい生徒達に目を付けているだけさ」
「だったらハッキリ言ってやるよ。ンな馬鹿なこと、俺達はしてねぇってな」
「日頃から馬鹿ことをしているクセに吠えるね」
「ああ、吠えてやるよ。だって俺達はしてねぇんだからな。賭けてもいい、俺達はしてねぇ」
ヨウは先輩に断言した。不機嫌のせいか自然と声が低い。
見ていた俺の心境。マジ、うっわぁ、ヨウ、カッケー! ってカンジ。なんかさなんかさ、イケメン不良がこんなカッケー台詞言うとマジでカッケーんだけど! 腹立つくらいカッケーんだけど!
同じ台詞を俺が言っても、ここまでカッコイイとは思わないだろうな。いいよなぁ、俺もイケメンに生まれてきたかったな。女の子にもモッテモテなんだろうなぁ。ナウい格好だって似合うんだろうな。
そんなこと思っている場合じゃないよ。
須垣先輩は一つ頷いてヨウに極上の笑みを向ける。
エンジェルスマイルっていうより、キラースマイル。不良とは別の恐さを持ってるような…だって先輩のスマイルを見ただけで鳥肌が立ったもん! 俺は思わず二の腕を擦った。
「なるほど。そこまで言うなら君達を信じてあげてもいい。ただし、それなりの態度を見せてもらわなくちゃね」
「態度、だと?」
地を這うような声でヨウが問い返す。先輩の笑顔に磨きがかかった。
「君達がこんな馬鹿なことをしていないというのなら、この事件の真犯人が捕まるまで、君達全員、一時限目から始まる授業すべてに出席してみせて欲しい。つまりオサボリ禁止ってことだね。とはいえ、それでもこのまま真犯人が捕まらない可能性があるし、君達も辛いだろうから一週間という条件を付けよう。一週間、君達全員、一時限目から始まる授業すべてに出席してみせてほしい。
もともと君達の素行がヨロシクナイから疑われるんだ。今回の事件も毎度まいど君達が授業をサボらなければ、容疑者として名が挙がることもなかった。それは君達に非がある。僕等の言い分を正論化するわけじゃないけれど被害側から見た時、サボってばかりの君達が犯人じゃないかって疑っても不思議じゃないだろ。僕等の立場になって考えてごらん。きっと君達が僕等の立ち位置にいたら、僕等をなんの躊躇いもなく疑うだろう? それだけ君達は相応のことをしているんだ。
でも君達はしていないと言う。なら、それなりの態度で行動で僕等を信じさせてみせてほしい。君達がそれなりの態度を見せてくれたら、僕等も『ああ、落ちこぼれでも彼等は犯人じゃないかもしれない』って思うだろうから。人を信じさせるというのは、そういうことさ。何事も態度で示してもらわないと、ただだだ馬鹿みたいに吠えられてもこっちとしては信じるどころか疑う一方だからね」
逃げ場を塞ぐように須垣先輩がニッコリ笑ってきた。
須垣先輩の爽やかスマイルがデビルスマイルに見えて仕方がないのは俺だけだろうか。取り巻くオーラが黒いっつーかさ。人の神経を逆撫ですることがお上手というかさ。
そりゃ、一週間真面目に授業に出るだけなら俺的に余裕だと思う。“俺的”にはさ。
だけどヨウを始め、ワタルさん、弥生にハジメ(とオマケでタコ沢)はよく授業をサボるから、そんな条件を突きつけらたら…なぁ。
俺は皆の顔色を窺った。はは、みーんな嫌そうな顔してやんの。
てかさ、皆さん、フッツー授業は全部出るものだろ? そう思う俺はオカシイか? オカシくないよな? 俺は普通だよな? 普通の男子校生だよな?
みんなの嫌そうな態度(俺はそんな態度とってないからな!)に、須垣先輩がワザとらしく肩を竦めてきた。
「やっぱりそんなものか。あそこまで僕等に啖呵切ったっていうのに、していないと証明もしようとせず尻尾を巻いて逃げる。さすが落ちこぼれくん達。疑われても逃げるしかできないなんて。その乱れた服装は君達の愚かさを象徴したいだけなんだろうね。負け犬だよ、君達は」
ンッマァ! ほんとっ、人の神経を逆撫ですることがお上手!
そんなことを言えばどうなるか、馬鹿だって分かるぜ! ホラぁ……、隣を一瞥すればヨウの不機嫌度がまた上がってる。
「テメェ……ッ、マジ腹立つんだよッ!」
「もう我慢できないなぁーん。生徒会長さん。僕ちゃー……俺サマ達に喧嘩売りやがって。ウゼェんだよ」
ヨウに続き、ワタルさんがニヤつきながら机を蹴り倒して腰を上げた。
俺も生徒会役委員の皆様も超ビビッて声も出ない。ついでに泣きそう。マジ泣きそう。だってあのワタルさんがキレ気味なんだぜ。恐いってものじゃない。恐過ぎて泣き喚きたいって。取り巻くオーラが須垣先輩以上に黒いし。
「それじゃあ見せてくれるかい? 君達がしていないという、その態度を」
それでも平然と笑っていられる須垣先輩ッ、凄すぎだろ?! あんたの肝、少しでいいから俺にも分けて欲しいくらいだぜ!
てか、駄目だ駄目だ。須垣先輩の挑発に乗ったらこれ以上の厄介が降り掛かってくるって。ただただ一週間授業に出席すればいい話なんだろうけど、その一週間、平穏に日々を送れるとは思えない。ここはプライドを捨てても乗らない方がいいと思うんだ。
少し冷静になって考えてみれば俺達の疑いはすぐ晴れると思うんだ。だってやってないんだし。少しの間、投げ掛けられている疑いの眼を我慢すればいいんじゃないかと思うよ、俺は。
「一週間だな」
どすのきいた声でヨウが唸る。
お、おい、まさか、ヨウ……お前、挑発に……バカバカバカ! 乗るなッ、須垣先輩の思うツボだぞ! 俺はともかくお前達が一週間、授業を真面目に受けられる筈がないだろ!俺は自信持って言えるぞ!
「あー分かったわかった。見せてやろうじゃねぇか。俺達全員、テメェの案に乗ってやるよ。それで文句ねぇだろうが」
嗚呼、言っちまった。やっちまった。マジかよ、ヨウ。
「そン代わり、俺サマ達が犯人じゃなかったって分かったその時は覚悟してやがれ」
「あそこまで言われちゃこっちだって腹が立つもの! やってやるわよ!」
「面倒だけど方法がそれしかないなら、やるしかないなー」
ワタルさんも弥生もハジメも見事に先輩の挑発に乗せられたようだし。不良って『落ちこぼれ』とか『愚か』とか『遠吠え』とか、そんな単語以上に『負け犬』っていうのが許せないみたいだ。
特にヨウとかワタルさんは喧嘩では勝ち組。『負け犬』なんてプライドを傷付けられるような単語、聞き捨てならないんだろうな。でも大丈夫なのかよ。一週間なんて。
大きく溜息をつく俺を余所に須垣先輩は決まりだと手を叩いた。
「それじゃあ一週間、君達の」
「おい待てゴラァアア。一つ俺から言いたいことがある」
須垣先輩の言葉を遮るようにタコ沢が口を開いた。青筋を立てているタコ沢が小刻みに微動している。どうしたんだ? タコ沢。
「この事件は今日の午前中だっつったな?」
「ああ、何度もそう言っているけれど」
「じゃああ、俺はやっぱり無関係じゃねえかゴラァアア! 俺は今日の午前中、ずっと職員室で教師どもから小言を貰ってたんだぞゴラァアア! なのになんで俺まで呼び出されてやがる!」
自分は関係ないと熱く主張する漢不良・タコ沢元気。
そっかぁ……お前、午前中サボってたわけじゃないんだな。なのに呼び出されちまったんだな。ヨウのパシリくんなもんだから、疑いが自然とお前の方まで流れてきたんだな。可哀相に。
タコ沢の主張に須垣先輩はキョトンとした顔をしていたけど、「職員室にいたのか」と納得したように頷いた。
「ということは谷沢くんの疑いは晴れるね。僕の出した条件はしなくても」
「タコ沢くんは俺達と一緒にいたもんな?」
満面の笑顔でヨウがタコ沢の肩に手を置いた。
「ふ、フザけんな! 俺は午前中」
「俺達といたもんなー? 君は俺のために働いてくれてたもんなー? 君は俺の優秀なパシリくんだしなー?」
テメェ、まさか自分だけ助かろうなんざ思ってねぇよな?そんなことしてみやがれ、後でどーなるか覚えてやがれ。あ˝ーん?
笑顔でタコ沢を脅すヨウの内なる声が聞こえた気がしたのは、果たして俺だけだろうか。
「一緒にイマシタ」
握り拳を作って怒りを堪えているタコ沢は盛大な舌打ちを一つした。タコ沢、賢明な選択肢を選んだと思うぜ! ヨウに逆らったらお前、後々フルボッコにされるって!
あと俺から言えるのは一つ、タコ沢ドンマイ!
俺は哀れなタコ沢に励ましの言葉を贈った。口に出すとタコ沢がキレることが分かっているから、心の中で贈ってやった。
こうして俺達は身に覚えのない容疑を晴らすため、一週間授業をサボらないという短くて長い日々を送ることになった。
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