09.プレイボーイならぬプレインボーイとは俺のこと



 小さくなるタコ沢の雄叫びを聞きながら、俺は見えてきた川岸の廃工場を睨み付ける。あそこにヨウのダチがいる。

 太い鎖で出入り口を封鎖した跡があるけど、誰かが故意的にその鎖を外したみたいで出入り口付近に錆びた鎖が転がっている。チャリのタイヤで鎖を踏み付け、川岸の廃工場に入った。視界に飛び込んできたのは古びたドラム缶の山。角材らしきモノや鉄筋らしきモノが無造作に隅で転がっている。


 そして数人の不良らしき奴等が、ひとりの銀髪不良を袋叩きしている。銀髪不良は果敢にも抵抗しているけど、圧倒的に人数が多い。力の差は歴然だ。

 もう一つ目に付くのは二人の不良に追い駆けられている女不良。泣きそうな顔をして逃げている。着くや否やヨウはチャリから飛び降りて、銀髪不良の元へ走った。


「ハジメに何してやがるお前らああ!」


「荒川だッ。荒川庸一が来たぞ!」


 ヨウは取り巻く不良達に蹴りを入れる。

 圧倒的人数なのに喧嘩慣れしているのか、ヨウは一人ひとりの攻撃を避けながら、あるいはワザと受けて隙を突きながらけしかけている。喧嘩慣れしていない俺もやるべきことがあるみたいだ。俺はペダルを踏んだ。


「来ないでよッ、放してよッ、馬鹿! アホ!」


「うぜぇアマだな」


「どうする? こいつ?」


 不良二人のうち一人が女不良の細い手首を掴まえている。

 女不良は必死に足掻いているけど男女の力の差は歴然。無駄な抵抗にしかならず、男達の手からは逃げられない。目尻に涙を溜めながらも、絶対に泣くものかと不良達を睨み付けていた。女ってこういうところが強いよな。


 俺は感心しながらカゴに入れていた通学鞄を、女不良の手を掴んでいる不良に思い切り投げつけてやった。不良の顔面に見事直撃! 不良の片方が俺を睨んできた。俺は臆しながらも言ってやった。


「俺、これでも一応真面目ちゃんなんで? 通学鞄には教科書や資料集等々ギッシリですよ? だから鞄は重たい上に? 投げつけられたら痛いですよね?」


 ついに、ついに不良に嫌味を吐いてやったぜ! スッゲースッキリだコノヤロー! 内心喜びながら、手を振り切って男の手から逃げた女不良に「乗れ!」とチャリを指差す。女不良は躊躇することなく俺に駆け寄ってきた。

 素早く後ろ乗って俺の肩に手を乗せてくる。もう片方が俺を睨み付けて追い駆けて来た。


「く、来るよ!」


「肩にしっかり掴まっていろ。荒運転でいくから!」


 承諾したように肩を握ってくる。俺は直ぐにチャリを漕ぎ始めた。ヨウの時のようには荒く運転できないな。後ろに乗せてるの女の子だし。振り落とされるかもしれねぇ。早々と決着を付けた方が良さそうだ。追い駆けて来る不良に何か出来ないかと目を配らせる。

 そしてドラム缶の山が視界に入る。ドラム缶の山を崩すのは危険だけど、ドラム缶の山のふもとに転がっているドラム缶なら使えるんじゃね? 俺は横に転がっているドラム缶に目を付けた。


「ちょっと衝撃がくるけど、落ちないでくれよ」


「うん、頑張る」


 何をするのか分かったのか女不良が更に強く肩を握ってきた。

 俺はペダルを限界まで漕いで、大きく旋回するとチャリの勢いに任せてドラム缶を突く。「キャッ!」女不良の悲鳴が聞こえた。振り落とされないよう肩を握ってくる。それはいいんだけど、爪を立てているようでちょっと痛い。結構痛い。我慢するけど。

 ドラム缶は鈍い音を立てて追い駆けて来ていた不良に向かって転がる。「アブネッ!」不良はどうにかドラム缶を避けたようだけど、甘い!


 俺は不良に向かってチャリを漕ぎ、ギリギリぶつかるかぶつからないかのところでハンドルを切る。その際、不良の鳩尾に蹴りを入れた。さっき壁にぶつかりそうになった時と同じパターン。壁を蹴ってぶつからないようにするアレを、今度は人にするだけ。


 あんましたくないけど今の場合仕方が無い。

 チャリのスピードと俺の脚力がプラスされたキックを鳩尾に喰らった不良は呻いて片膝をついていた。 

 アウチ、不良に蹴り入れちゃった。なんかもう、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!って感じ。マジどうしよう。罪悪感というより後悔、でもヨウのダチをああいう風にしたんだし。響子さん風に言えば当然の報いってヤツかな。


 もう女不良を追い駆けて来る輩はいないようだ。


 俺は確認して女不良を地面に降ろす。女不良はヨウと銀髪不良の安否が気になるようだ。俺も勿論気になっていて、ヨウ達に目をやる。ヨウは大丈夫そうだけど、銀髪不良が倒れ込んでいる。ヨウひとりで凌げそうな場面じゃない。俺はペダルに足を掛けた。


「ぜぇっ、ぜぇっ……や、やっと追いついたぜッ……ケイ!」


 わぁーお、そのスンバラシイ雄叫びは。

 ぎこちなーく出入り口を見れば、熱気を取り巻いているアツイ男・タコ沢の参上だ! 青筋を立てているタコ沢は俺を見据えてこっちにやって来る。そして俺の前にやって来たタコ沢は、荒呼吸を整えもせず胸倉を掴んできた。


「か、覚悟はいいかッ、この野郎が」


「ちょ、タコ沢! タコ沢さん! 今は無理ムリムリ! たんまたんま!」


「だぁああれがタコ沢だ! 俺は谷沢だっつーの!」


「ギャアアアアアアー! ごめんって!」


 やっぱり不良恐ぇえええ! タコ沢の目が、目が血走っている!

 鼻を鳴らして俺を見据えてくるタコ沢に愛想笑いで「ごめんって」と謝ってみるけど効果は無いようだ。ギリギリと歯軋りして胸倉を握り直してくる。「てへ」可愛く舌を出してみる。タコ沢のこめかみに何本か青筋が浮かび上がった。

 嗚呼、もしかして怒った? 怒っちゃった? 火に油注いだってヤツ?


「か、く、ご、はいいか? あ゛?!」


「……何故に濁点を付けるんだろう。不良って」


「何か言ったかゴラァアアア!」


「ギャアアアアアー! 何も悪いことは言ってないって!」


「ちょっと、その人放しなさいよ! 私の恩人なんだから!」


 タコ沢に果敢にも挑んでくるのは、先程の女不良。

 いや、いいんだよ。無理しなくて。貴方様には関係のない人ですから。

 だからタコ沢をこれ以上煽らないでくれ! 助けてくれるのは嬉しいんだけどさ! 俺の懇願は虚しく散る。女不良がタコ沢の脛を蹴ったのだ。


「うをっツ!」


 妙な奇声を上げてタコ沢が俺の胸倉から手を放す。俺は急いで乱れた胸倉を整える。女不良は俺の顔を覗き込んできた。


「大丈夫?」


「んー……ん、なんとか」


「てっ、あれ? あなた……もしかして私と同じクラスじゃない? 私、サボッてあんまり学校行ってないけど……なんかクラスで見覚えのある顔」


 そう言われると、俺も女不良の顔を見て考える。

 ウーン、そういえばこの人、見覚えあるような気がする。制服は俺の学校のだから、直ぐに同じ学校って分かるんだけど。俺クラス、比較的真面目バッカなんだけどやっぱ数人は不良がいる。その数人のうち大半が学校をサボっていたりするから、不良達の顔をあんまり覚えてないけど。

 入学式終わって数日は不良様方も来ていたんだよな。


 もしもこの人が、俺と同じクラスの人なら俺の思い当たる限り。


苑田そのだ 弥生やよい?」

「田山 圭太でしょ!」


 おおっ、同時。俺も女不良も顔を見合わせたから、お互いに当たっている。


 つまり俺達、同じ学校の同じクラスなんだ。「やっぱり」女不良は嬉しそうにはにかむ。女不良は「弥生でいいから」と言ってきた。俺も弥生に「ケイでいいから」と言った、と、その時タコ沢が怒声を浴びせてきた。


「俺の存在を無視して呑気に自己紹介していんじゃねーぞゴラァアア!」


「あ、タコ沢。悪い悪い。別に無視していたわけじゃ」


「谷沢だァアアアアアアアアア! このッ、勝負しやがれー! 雪辱を晴らしてやる!」


 喧嘩を吹っ掛けてくるタコ沢に、俺は「今はそんな時じゃ」と言葉を濁す。

 そんな時、タコ沢に向かって邪魔と言った奴がいた。俺に鞄をぶつけられた不良だ。鳩尾を蹴りつけてやった不良は未だ悶えているらしく復活する気配は無い。うん、鳩尾は痛いよな。ごめん。心中で謝っておく。


「そいつは俺がやる。退けよタコが」


「タ、コ、だ、と」


 哀れこの不良はタコ沢のタブーを言ってしまった。きっとこの後、タコ沢の怒りを買うだろう。ご愁傷様。

 俺は不良に合掌する。不良は俺の合掌に気付くことは無かった。何故なら、タコ沢が不良に右フックをかましたから。不良の悲鳴が聞こえるが、そんなもん俺の知ったこっちゃ無い。タコ沢の気が済むまで殴られてくれ。


 ふと俺はヨウに目を向ける。

 一人ひとり伸していくヨウはスゲェけど、ヨウはちょっと疲れているようだ。人数が人数だもんな。俺はペダルに足を掛ける。弥生に此処にいるよう言うとチャリを前進させた。さっきと同じ要領で勢いに任せて、ヨウの背後を狙っていた不良に蹴りをお見舞いする。


「あら、ごめんなさーい。俺、足癖悪くて」


 嫌味も忘れない。今だからこそ嫌味が言えるんだ。振り返ってヨウが吹き出した。


「ッ、クク、やるじゃねえかよ。ケイ」


「光栄デスヨ。兄貴」


「言うねぇ。ワタル達も到着したようだぜ」


 出入り口にワタルさん達の姿が確かにあった。


「ヘイヘイヘーイ! なあに、もうおっ始めてるの~ん?僕ちゃーんの分ある?」


 ニヤついているワタルさん。


「ハジメは随分ヤラれてるみてぇだな」


 盛大な舌打ちをしている響子さん。


「弥生は大丈夫そうですけど、響子さん」


 何故か俺を見据えているモト……お前、こんな時まで。


「……眠い」


 欠伸を噛み締めているシズ…眠い言える場面じゃないと思うけど。


 不良達は形勢逆転されたことに悔しそうな顔を作っている。

 反撃しようとしてもワタルさん達が加わったことで、勝てる見込みも無く数分後には不良達全員が伸してしまった。響子さんも喧嘩に強いみたいで、男相手と互角に渡り合っていた。

 全員伸したことを確認すると、ヨウは銀髪不良を起こして何度も名前を呼んでいた。銀髪不良は直ぐに目を覚まし、呻き声を上げながら地面に肘を付いて自分で起き上がろうとしていた。


「馬鹿、無茶するんじゃねえよ。ハジメ。あいつ等にヤラれたんだろ?」


「ッ、はは、まー……ね。僕、カッコ悪いな」


「そんなことないって! 私を庇って助けてくれていたじゃない!」


 弥生が銀髪不良の前で膝を折った。

 何度もアリガトウと弥生は言っている。銀髪不良は情けないとばかりに失笑していた。ワタルさんやシズ、モト、響子さんは「奴等か」と俺には分からない話をしている。ヨウも「奴等」と誰かに対して嫌悪している。皆の後ろで見ていた俺はチャリから降りて、気付かれないようにそっと廃工場から出ることにした。


 今、皆が話していることは俺が安易に聞いてイイ話じゃないと思ったから。どんなにヨウの舎弟っていっても、やっぱり今の俺は部外者だから。

 地面に転がっている通学鞄を拾って、俺は大人しく廃工場の外へ出る。川岸の廃工場とあって外に出るとゆったりとした川が視界に広がった。喧嘩騒動さえ嗤うように静かな波を立て、川は流れている。

 微風が俺を通り抜けていった。気持ち良いとは程遠い風だ。チャリをその場にとめてハンドルから手を放す。ハンドルを強く握りすぎていたせいで指が思うように動かない。軽く揉み解しながら俺は息を吐く。


「奴等、か。何なんだろうな……奴等って」


 得体の知れない不安が襲い掛かってくる。

 奴等、ヨウ達が嫌悪している“奴等”ってさっきの不良達のことなのだろうか。まだ俺は何も知らないし分からない。ヨウ達の見ている世界を。



 パチッ、パチッ、パチッ―――。



「ブラボー。プレインボーイ」


 拍手と一緒に聞こえてきた知らない声。くちゃくちゃとガムを噛む音が聞こえた。俺は身を強張らせて川から目を放す。廃工場の外に出されているドラム缶の上に座っている不良らしき人物を見つける。黒に青のメッシュを入れている不良は、俺が気付いたことに口角をつり上げてきた。


「一部始終見せてもらったぜ? 面白いな、プレインボーイ」


「だ……誰?」


「ここで俺のこと知っちゃ面白くなくなるだろ? お楽しみは後に取っておこうぜ。今日は御見知り置きってことで」


 なんか分からないけど、コイツ危険だ。俺の本能がそう言っている。

 ドラム缶の上から下りて俺の脇をすり抜けて行く。サッと振り返れば、向こうも振り返ってきた為に目が合ってしまった。獲物を捕らえるような鋭い眼だと思う。ニヤリと笑って青メッシュの不良は指に挟んだ手帳のようなモノを見せ付けてくる。生徒手帳のようだ。


 待てよ待てよ。あの生徒手帳には見覚えあるぞ。青褪めながらゆっくりとブレザーのポケットに手を当てる。常に入っている筈の生徒手帳の感触が無い。まさかとポケットに手を突っ込んでみた。やっぱり無い。あれは俺の生徒手帳だ。絶句してしまう。


 いつ取った? あの喧嘩騒動で落としたか? いや、落としたら分かる、だったらいつ……。


「まさか今、取ったのか……」


「賢いじゃねえかプレインボーイ。大当たりだ。へえ、田山圭太っつーの。だからケイって呼ばれていたわけか」


 面白そうに生徒手帳を眺めている青メッシュの不良。

 一通り中を確かめると俺に投げ返してきた。動揺しながらも生徒手帳をキャッチして不良を見た。不良の両耳にはピアスがしてある。銀色のドクロが光に反射していた。何処と無く毒々しく思えたのはドクロのピアスのせいなのか。


「プレインボーイ。また会おうぜ。そのうち俺のテリトリーに大歓迎してやるよ。楽しみにしてな」


「なッ、ちょ、待てよ! あんた!」


 俺の呼び止めを無視して青メッシュの不良は歩き去ってしまった。

 嫌に心臓が高鳴っている。胸を押さえ持っている生徒手帳ごと制服を握り締めた。

 なんだ、なんだ、アイツ。分かんねぇけど危険だ。メッチャ危険だ。俺は、もしかして今回の出来事で、とんでもない厄介事に足を突っ込んだのかもしれない。


 だけど手を貸さなかったきっと、後悔していたと思う。なんであの時……と、一生悔いていると思う。それは断言できる。だから俺は手を貸したことに後悔はしていない。


 自分を落ち着かせる為に俺は深呼吸をして、ポケットに手を突っ込んだ。

 何か俺に待ち受けているとしたら、その時はその時。どうにかなるさ思考で頑張っていくしかないじゃないか。どうせ厄介事には巻き込まれているんだしさ。此処でクヨクヨ、オドオドしても仕方が無い。

 アイツが何処の誰か知らないけど、また会った時に悩もう。今はそうするしかない。そうするしかないじゃないか。


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