08.どうせなら行動して後悔しようぜ
「さっきは本当に悪かったな。うちは
響子さんは俺の一つ上なのか。俺の先輩だからかもしれないけど、ホントお姉さんって感じがする。微笑まれると妙に緊張してしまうんだから困った。俺、こういったタイプの女の子と接点が無かった。
けれども肝に銘じておかなければならない。響子さんの前では曲がったことはするな。
じゃないと俺、あの蹴り喰らったその日から男じゃなくなっちまうかもしれねぇもん! あの蹴り、強烈だろうな。男として何かが再起不能になるって。
次に自己紹介してきてくれたのは、何処かボンヤリとしている男不良。お前は何処を見ている? って思うくらい遠目でどこかを見ている。妖精さんと戯れているお顔だ。
「
大きな欠伸を漏らしているシズは「眠い」と独り言を零した。
何で眠いのか、何で髪を水色に染めているのか、何処を見ているのか、色々ツッコミたいところはあるけど何も言わないことにした。こっそりとヨウが彼の趣味は睡眠と食欲だということを教えてくれる。
ああ、だから眠いのね。遠目を作っているのは眠いからボンヤリしているんだな。なるほど納得。シズも俺達とは別の高校に通っているらしい。響子さんと一緒の高校なんだって。
最後に自己紹介してきてくれたのは、今までの中で一番大人しそうな女の子。
「わ、
しどろもどろになりながらご丁寧に頭を下げてきてくれる。俺も思わず頭を下げた。
この子だけは不良というより、俺と同じ地味日陰の類に入ると思う。不良の中にいたから、この子も当然不良って思っていたんだけど、改めて見ると凄く大人しそうで不良とは程遠い。髪染めていないし、装飾品も付けていないし、化粧もしていない。なんか1番親近感を抱いた。
ちなみにココロも響子さんやシズと一緒の高校に通っているらしい。ということは、三人は俺とは別の高校に通っているってことか。
自己紹介をしてきてくれた三人に「宜しく」って挨拶して、俺も自己紹介をすることにした。
「田山圭太。一応、いちおうヨウの舎弟で、ケイって呼ばれていて……そんでー」
「オレは認めねぇええええからな!」
俺の自己紹介タイムを見事に引き裂いてくれたのは、先程の金髪不良。
あの痛烈な痛みは過ぎ去ったのか、完全復活して此方にズカズカ歩み寄ってくる。俺は逃げ腰になった。
だってこいつの目、据わっているもん! 鼻を鳴らしながら俺の前に立った金髪不良は、頭の天辺から爪先まで目を配って睨んできた。
「ホンットアンタ普通で弱そう! 何でアンタみたいな奴がヨウさんの舎弟なんだ⁈」
ウルセェな! どうせ俺は普通日陰男子だよ。殆ど喧嘩とか無縁だった弱そうな平凡男子だよ。普通で悪いかコノヤロ。あと好き好んで舎弟になったわけなじゃないぜバッキャロ。出来ることなら今すぐ返上してやりたいぜ、不良の舎弟なんざな!
心の中の俺は果敢にも金髪不良に反論している。現実の俺は引き攣り笑いしているだけ。何本か青筋が立っているかもしんないけど、反論なんて大それたこと出来ないという悲しい凡人のサガ。反論して喧嘩に持ち込まれたら、絶対に負けるからな。
「落ち着けよ」ヨウは吼える金髪不良を宥め始める。不満そうに「だって!」と俺を指差してくる金髪不良は脹れ面を作る。
「こいつがヨウさんの舎弟なんて…不釣合いですもん。腕っ節が強いとかなら認めても良いですけど、こいつ、なあんにも無さそうじゃないですか」
「グダグダ言うんじゃねえ。モト。ヨウが決めたならそれでイイじゃねえか。男のクセにちっせーな。玉潰すぞ」
文句を垂れる金髪不良に響子さんが一喝。響子さん、曲がったことが嫌いな上にネチネチ文句垂れる奴が嫌いなんだ(玉潰すって、マジこわっ)。
金髪不良は身を竦めてしまった。が、俺に対する不満は止まらないようだ。俺の表情を見て何の癪に障ったのか、キッと睨みつけてくる。
「オレはアンタみたいな奴、ぜぇぇええってぇええ! ヨウさんの舎弟なんて認めねぇからな! 認めてもらいたいならオレと勝負しろよ!」
モトという不良は俺に果たし状ならぬ果たし宣言してきた。
何で来て早々喧嘩を吹っ掛けられたり、悪態付かれたり、勝負しろって言われなきゃならないんだ。俺、なあんにも悪い事してないのに。思わず溜息。それが金髪不良の癪に障ったのか、片眉をつり上げてきた。
「アンタ余裕こいているんじゃねえぞ! 表に出ろぉおお!」
「モト。いい加減にしろ。何が気に食わないんだ?」
ヨウが呆れながら止めに入ってきてくれた。俺を睨みながら金髪不良は鼻を鳴らす。
「全部っす!」
全部だってさ。そりゃ参ったね。あははは、帰ろうかな、俺。
「こいつの存在自体、気に食わないですよ!」
「……だとしても、だ。今の挨拶はねぇだろ。腐った挨拶は好きじゃねえ」
「うぅ……」
「それに俺が誘ってケイを此処に連れてきた。仲間がケイに怪我させるような真似なんざされたら、連れて来た俺はケイになんて詫びればいい?」
途端に金髪不良はシュンと項垂れて「だって」と口を尖らせる。
もしかしてヨウの舎弟になりたいのか、こいつ。なりたいなら俺、喜んで舎弟の座を譲るけど。金髪不良、ヨウを慕っているようだし。項垂れる金髪不良にヨウは溜息をついて、代わりに紹介してきてくれた。
金髪不良の名前は
「悪かったな。ケイ。モトに代わって詫びさせてくれ」
「いや、気にしてはないけど」
めっちゃ気にしてるけど、さ!
「モトは悪い奴じゃねぇんだ。普段は気の利く良い奴なんだが。今は虫の居所が悪いらしい」
紹介してくれるヨウには悪いけど、俺、このモトって奴とは友達になれそうにない。
だっていきなり殴り掛かってきた奴だぜ? 俺、そういう奴と仲良くなれるほど器用な男じゃないって。毛嫌いされているなら尚更だ。
「違うっすよ。コイツが気に食わないだけっす」
これだもんな! 絶対仲良くできないっつーの。
「……モト、テメェな。ケイ、ほんと悪かったな」
「いいって。うん、パワー溢れた挨拶ダッタヨ」
「あー! 今馬鹿にしただろ! アンタ馬鹿にしただろ! オレなんかな! アンタよりもヨウさんのこと知っているんだぞバーカバーカ!」
そうかよそうかよ、俺は何も知らないんだぜバーカバーカ!
「……マジで悪い、ケイ」
「……素晴らしい後輩だと思うよ。ヨウ」
うん、ほんとヨウのことを尊敬しているのは分かったよ。ヨウは改めてモトに目をやり、肩に手を置く。
「何でそんなに機嫌悪いんだ、モト。普段ならこんなこと絶対しねぇだろうが。今日のお前、三倍不機嫌じゃねえか」
「べ、別に……オレは舎弟が気に食わなくて」
「モトちゃーんが狙っていた中古のゲーム、先に買い手がついちゃったんだってー」
後ろからワタルさんの声が聞こえた。
振り返ればやっぱりワタルさんがいた。エスカレータで上って来ているところだった。どうやら今まで二階でゲームに勤しんでいたらしい。ニヤニヤと笑いながらワタルさんが俺達のところに来た。
「モトちゃんが喉から手が伸びるほどやりたがっていたゲームソフト取られて、さっきまで嘆いてたんだヨヨヨ~ン」
だから機嫌が悪いんだよ、とケラケラ笑ってくるワタルさん。相変わらず口調が一々ウザイ。
ってか、じゃあ何か? 俺はゲームが買えなかった鬱憤をぶつけられていたのか? そりゃあんまりじゃねえかよ! 舎弟とかそんな話以前の問題だろそれ!
不機嫌の理由が分かり、ヨウも心底呆れているようだった。居た堪れないのか口を尖らせながらも言い訳を始めるモト。
「誰かに借りようと思っても、誰も持ってなかった限定ソフトが五千で買えたんですよ? しかも全シリーズ合わせて五千! なのに取られて…」
「だからってケイに当たるんじゃねえよ」
「オレ『パーフェクトストーリー』がしたくて堪らなかったんです。なのに取られて悔しかったんです。誰か持っている人を紹介して下さいよ!」
嘆くモトに、ヨウは呆れ返って言葉も出ないようだった。
「んなの俺が知るか。テメェで探せって」
「結構難しいと思うぜ、ヨウ。『パーフェクトストーリー』は期間限定でしか販売しねぇレアなRPGソフトだもん。予約しねぇ限りなかなか手に入らないし」
「ケイ。お前、詳しいな」
「だって俺も持っているから。パーフェクトストーリーのⅠからⅣまでの全シリーズ」
実は結構ゲームする方なのだ。ゲーマーというほどでもねぇけどさ。するとギャーギャー嘆いていたモトが目を皿にして俺の方を見てきた。
ヤバッ、余計なことを言っちまった。ヨウの舎弟になっている気に食わない俺がソフト持っているなんて、モトにしちゃ腹立たしいよな。愛想笑いを浮かべながら、話題を逸らすためにワタルさんに話し掛ける。
「朝はメールどうもです。寝ちゃってすみません」
「いいよーいいよー。僕ちゃーんの伝言を覚えてくれていただけで。ケイちゃーん、盛っていたもんね」
「も、盛っていません! ついでに言っちゃなんですが彼女いません!」
「分かっているって。ケイちゃーんはからかい甲斐あるなぁ」
俺は嬉しくねぇから! ワタルさんに反論できず(勿論恐いから)ヤキモキしていると、シズから携帯の着信音が聞こえた。
シズはダルそうに欠伸を噛み締めながら携帯に出ていた。煩いゲーセンでよく電話なんか出来るな。感心していると、シズは眉根を寄せてヨウやワタルさんに視線を向けた。
「弥生(やよい)からだ。ハジメと一緒にコンビニに向かっていたら、奴等に喧嘩吹っ掛けられたらしい。今、川岸の廃工場に逃げ込んだらしいがハジメだけじゃ対応できない人数らしい」
奴等? それは一体、誰を指しているのだろうか。弥生、ハジメ、という奴はヨウ達の仲間だって分かるけど。俺以外、皆険しい顔を作っている。ココロは「弥生ちゃん達大丈夫かな」とオロオロし始めていた。盛大な舌打ちをして響子さんは地団太を踏む。
「あいつ等っ、ハジメがあんま喧嘩デキねぇこと知って狙いやがったんだ。ちっせー奴等ッ」
「川岸の廃工場は途中までしか俺様のバイクでも行けねぇぜ。どうする?」
ワタルさんの口調が変わる。ニヤついた表情が全くない。キレている証拠だ。
「だったら走って行くだけだ」言うや否やヨウは上り専用のエスカレータを降りて行った。俺が呼び止めてもヨウの耳には全く届かなかった。
途方に暮れている俺に、ワタルさんはいつもの口調で笑ってくる。
「ヨウちゃーんは誰よりも仲間思いだからジッとしてられないんだよーん。自分のメンバーの誰かが傷付いたら、誰よりも逸早く助けに行こうとする奴だから。さてと、僕ちゃーん達も行こう。バイクに乗れる組は乗ってねん」
ワタルさんが皆に指示している間も、俺は心の中で溜息をついてしまう。
不良って本当に厄介だ。恐いし逆らえないし、俺達地味日陰組からしたら、不良は眩し過ぎて別世界の人間のように感じるし。俺はそんな不良の中に嫌々入った。入らされたって方が的確かもしんねぇ。
だからこういう喧嘩騒動の場合、俺は関わらなくても良いんじゃないかと思う。ヨウの舎弟と言っても成り行きだし。
皆が行動を開始する。シズは喧嘩慣れしてねぇ俺を気遣ってココロと一緒にいるよう言って、他の皆と一緒に階段で下りて行った。その際、モトに睨まれた。きっと「舎弟のクセに」なんて思っているんだろうな。
ココロは俺をチラチラ見て「大丈夫です」とはにかんでくる。
「みんな、お、お強いんです。ケイさん、あ、安心して下さいね」
「……なあ、川岸の廃工場って言ったよな?」
「え? ……ええ」
「川岸の廃工場。走っても二十分は掛かるぜ。バイクで行けねぇなら……ったく、俺って馬鹿じゃねえ?」
俺自身に悪態付いて、床に転がっている通学鞄を手に取るとエスカレータに向かった。
「あ、ケイさん」ココロの呼び止めに手を振って俺はエスカレータを転がるように降り始める。三階から二階、二階から一階、途中客の誰かとぶつかりそうになったけど気にせず段から飛び降りる。
店内にいた学生の集団が「何だコイツ?」という目で見られたけど、痛くも痒くも無かった。
ゲーセンから飛び出した俺は、ワタルさん達の姿を目にしながら自分のチャリに向かう。ポケットから鍵を取り出し、急いで鍵を外すとチャリを通行路に出して素早くチャリに跨ぐ。
「あれ? ケイちゃーん?」
ワタルさんの声が聞こえたけど、完全に無視して俺はチャリを漕ぎ始める。
俺のチャリの速さなら直ぐにヨウに追いつく。風を切って俺はヨウの後を追った。
「スッゲー速さ……」
去って行ったケイにモトは目を丸くする。
あのチャリの速さ、異常じゃね? そう思うくらいケイのチャリの速さは凄き。あの速さで何処へ向かったのだろうか。呆然と見送っているとシズからヘルメットを投げ渡された。
「乗れモト」
「あ、ああ」
ヘルメットをかぶりモトはシズの後ろに乗った。
「やるじゃーん。ケイちゃーん。気に入ったよよよん」
「そのウザイ喋り方どうにかなんねぇのか」
「響子ちゃーんったらぁ、僕ちゃーん傷付いちゃうぞ」
「ウルセェんだって。その喋り。けど、一つだけテメェに同感してやるよ」
響子の言葉の意味を理解し、ワタルはニヤニヤ笑いながらバイクに乗った。
◇
俺は真正の馬鹿だと思う。
無理やり不良の舎弟にされて、その日から怯えるっつーか頭の痛いっつーか、そんな日々が訪れて。ヨウに出会ったことを凄く後悔した。あの時なんでチャリを爆走させちまったんだと嘆いたし、あの出来事を取り消したいと思ったし、おかげでタコ沢に恨み買っちまったし。
今だってその気持ちは変わらない。俺、前のように地味で平凡で薄情三人組と適当で平穏な日々を送りたいと思っている。
なのにどうしてチャリを走らせているんだろうな。
多分、見ちまったからだと思う。仲間が危機に曝されていると知った時のヨウの顔を。バイクでも途中までしか行けない川岸の廃工場に仲間の為に、走ってでも向かうなんて。あんなヨウを見ていたら、何か手を貸したくなるじゃん。何かしてやりたくなるじゃん。きっと此処で何もしなかったら、仮に平穏な日々が戻ってきても俺は一生後悔すると思うんだ。
不良に手を貸して後悔するのと、何もしないで後悔するのだったら、手を貸して後悔した方が後味良いじゃん。俺には腕っ節なんて無いけどさ。俺には喧嘩経験なんて殆ど無いけどさ。
ハンドルを切って俺はスピードを落とさず通行人を器用に避けていく。
通行人に目を配り、俺は派手な不良の姿を探す。この周辺にはいないようだ。
まだ先に行ったのか? ペダルを漕いでいると、信号前で立ち止まっている不良を見つける。息があがっているのか、膝に手を置いて赤になっている信号を睨んでいる。信号を待つ時間さえ惜しいようだ。俺はチャリを止めた。
「ヨウ!」弾かれたようにヨウがこっちを見てきた。俺は笑って後ろを指差した。
「急ぐんだろ? 乗れよ」
俺は腕っ節も無いし、喧嘩経験も殆ど無いけど、お前の足くらいならなれるんじゃないかと思う。なあ、そうだろ?
あがった息を整えながらヨウは俺を見て小さく笑った。やっぱイケメンの笑う顔って反則だよな。どんな時でも格好良く見えるんだかさ。ヨウは迷うことなく俺の後ろに乗ってきた。しっかり肩に手を置いて掴んでくる。後ろを一瞥して俺はペダルに片足を乗せた。
「注意事項は三つ。荒運転でいくから振り落とされるな。振り落とされても俺は拾わない。とにかく限界までスピードを出す。以上」
「オーケー。いつでもいいぜ。舎弟」
俺はペダルを力一杯踏み、信号とは別の方向へ走らせる。
ヨウは「ハア?!」って声を出してきた。予想外の行動だったんだろう。運転に集中しながらヨウに説明した。
「この先、四つの信号が待っている。んでもって信号で時間食う確率が高い。だったら裏道を通った方がいい」
「ケイ。分かるのか、道」
「任せとけよ。裏道を使えば、十分以内で着く。しっかり掴まっとけ!」
ハンドルを右に切って細い路地裏へと入って行く。
妙に湿気た生臭い空気が鼻腔を擽るけど、振り切るように俺はペダルを漕いでいく。
転がっている空き缶がチャリの何処かに当たったのか甲高い音を立てて、宙を舞いまた地面へと叩きつけられていた。どっかの店のエアコン室外機にぶつかりそうになりながらも速度は落とさない。
路地裏を抜けると直ぐに民家のコンクリート塀が現われた。ぶつかる覚悟で俺はハンドルを切る。ぶつかる直前、ペダルから片足を離し塀を蹴って衝突を防いだ。チャリが傾き倒れそうになったけど、チャリのハンドルを器用に切りながら態勢を持ち直す。速度は落ちていない。あまりの荒運転にヨウは俺の肩を痛いくらいに掴んでくる。痛いけど落ちられるよりマシだからここは我慢することにした。
上り坂が見えてきた。限界までペダルを漕ぎながら俺は坂に挑む。坂に差し掛かると立ち漕ぎだ。よく坂を上り下りするけど、やっぱ一人と二人じゃ違う。マジにきつい。坂に思わず俺は音を上げたくなった。
だけど、ここで音を上げたら格好悪い。俺から「乗れ」っつったんだ。これくらい格好付けなきゃ男廃るだろ。平凡以下になるぜ、俺。
「ケイ、大丈夫か? 降りるか?」
「ちょっ、今は話しかけるなッ……あと少しで上れッ、た!」
ダサいことに息があがっている。
俺は唾を何度も飲み込んで、どうにか息を整えながら下り坂を下りて行く。この下り坂を抜けた先に川岸の廃工場がある。ラストスパートだ。全速力でペダルを漕いで坂を下る。
風が伝う汗を撫でていく。相当汗を掻いているみてぇだ、俺。
「ヨウ。言っとくけど俺、喧嘩には自信ないぜ? 弱いわけじゃないけど強いわけでもねぇから」
「ああ、此処までしてくれただけで十分だ。サンキュ」
「礼は仲間を助けてからな」
「それもそうだ。チッ、奴等め」
奴等。ヨウは誰のことを言っているのか。
今は聞くべきじゃないんだろうな。俺はヨウの言葉を聞き流すことにした。坂の終尾が近付いてくる。ハンドルを握り直して運転に集中していると、のんびりと通行人が俺達の前を過ぎろうとする。
あれは見覚えがあるぞッ、っつーか危ねぇ! のんびり歩くんじゃねえって! ベルを鳴らして通行人に危険を知らせる。
通行人は「何だ?」って見てくる。そして猛スピードで坂を下りてくる俺達に目を削いでいた。ヨウは舌打ちをする。
「タコ沢! 邪魔だ!」
「ッ、俺は谷沢だあっ、アブナっ!」
ギリギリでタコ沢を避ける。「チンタラ歩いているんじゃねえ!」ヨウが怒鳴った。
ちょ、お前、なんでこんな時に喧嘩売るようなことしているんだよ。タコ沢のことだから、多分。
「ッ、喧嘩なら買うぞゴラァアアア!」
ホッラァァア来た! 追い駆けて来ちゃっただろ! どうしてくれるんだよ、ヨウ! あいつ、ファイト精神強いから根性で追い駆けて来るって!
後ろを一瞥すれば、恐い形相で追い駆けて来る赤髪の不良が目に入る。その髪の色、どう見てもタコウインナーしか連想できない。なんて思っている場合じゃない。厄介事に片足突っ込んだばっかりなのに、何でまた一つ厄介な事がやってくるんだ。あれか厄介事は更なる厄介を呼ぶのか。冗談じゃないぜもう。
とにかく今は、川岸の廃工場に向かうことが先だよな。タコ沢は後でどうにかする。そう思うことにしよう。
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