06.変にお誘いを断るとお友達を失くすと知っているもんで



 耳元で着信音が聞こえてくる。


 設定は小にしている筈。なのに着信音が大きく聞こえるのは時刻に原因があるんだと思う。喧しい着信音に叩き起こされ、俺は唸り声を上げながらベッドサイドに手を伸ばす。

 目覚ましの隣に置いてある充電中の携帯を手探りで探し、どうにか携帯を探り当てるとコードを抜き取って耳に当てる。


 声が聞こえない、あ、俺、ボタン押してないや。っつーか誰だよ、こんな時間に電話してくる奴。


 靄がかかった思考回路をどうにか動かしながら、俺はボタンを押して「もしもし」と声を掛ける。携帯の向こう側から聞こえてきたのはハイテンションボイス。


『ヘイヘイヘーイ! グッドモーニング、ケイちゃーん!』


 アリエネェ。ワタルさんからだよ。


『お元気? 今、もすかすて彼女とお楽しみ中? いや~んケイちゃーんったらやるぅ!』


 眠い。


「ワタルさん。おや、すみなさい」


『わわわっ! もしもしケイちゃーん?! 折角のお電話切っちゃうの?! もっとお喋りしようよー。どうせ、彼女いないでしょー。お楽しみ中じゃないでしょー。ケイちゃーん童貞でしょー』


 何を言ってらっしゃるんだ。この人。

 俺は眠いんだよ。スッゲェ眠いんだよ。今何時だと思っているんだよ、四時半だぜ。起きる時間には早過ぎるって。嫌がらせ電話にも程があるって。

 しかも最後の嫌味は痛烈だっつーの。どうせ彼女出来たことねぇよ。大きな欠伸をして俺はウトウトと夢の世界に旅立とうとしていた。


『もしもーし! ケイちゃーん起きてるー?』


「んー……起きてますよ……」


『ちょ、ほんとに起きてる? まあいいや。ケイちゃーん、ヨウちゃーんからの伝言。今日の放課後空けといて欲しいんだって。自分で伝えろって話だよねぇ。僕ちゃーんをパシリにするなんて。いや、ヨウちゃーん今、喧嘩で』  


 もう駄目。俺、眠い、限界。

 携帯から聞こえる声をBGMに俺はおやすみなさいモードに入った。そして早朝、目が覚めた俺はベッドの上に転がっている携帯画面を開いて盛大な悲鳴を上げることになる。


 

 ◇ ◇ ◇



 俺、一応今まで学校では良い子ちゃんの部類に入っていた。

 ウザッたい教師の説教も素直に聞く振りをしていたし、教師があーしろこーしろ指示してきた事も適当にこなしていたし、風紀検査もよっぽどの事がない限り引っ掛かることはなかった。


 好きで良い子ちゃんになっていたわけじゃない。校則を破るだけ面倒なことになるし、教師の話も適当に聞き流せば何も言われない。

 つまり説教垂れられるのが面倒だから、素直に話を聞いていた。守っていた。ただそれだけ。地味で平凡日陰生徒なら、俺の気持ち分かってくれると思う。

 だって面倒じゃん? 色々言われるのってさ。そういう厄介事に関わりたくないから、俺、今まで良い子ちゃん生徒として学校に通っていたのに。


「田山。お前が携帯持って来ているなんて珍しいな」


「好きで持ってきているんじゃねーよ」


 引き出しにコッソリ携帯を入れて操作していたら利二に見つかった。

 利二に見つかったからと言ってどうこうなるわけじゃないから、俺も安心して携帯を弄くることが出来る。担任の前橋が来たら教えてくれるよう頼み、俺は携帯のボタンに指を掛けた。


 すると透が俺の席までやって来て「僕、チクっちゃおうかなー」って、ワザワザ茶化してきやがった。それはマジ頼むから止めてくれ。携帯見つかったら解約させられちまうだろ。保護者呼び出しの刑になっちまうだろ。そんな面倒で厄介な事には巻き込まれたくないっつーの。


 軽く透を睨めば、透が「ジョーダンだって」と俺におどけてみせる。

 俺は鼻を鳴らして携帯画面を閉じる。今、俺がしていたのはメールの返信。誰に返信って、そりゃ……一応、俺の舎兄に当たる奴。深い溜息をついた直後、携帯さんが忙しく振動し始めた。返信早過ぎだろ。

 携帯画面を開こうとしたら、透が俺の肩をチョンチョン指で突っついてきた。


「何だよ」


 俺が口を開こうとする前に、透が困った顔をして目の前を指差す。指差した方向を見れば、俺の前に仁王立ちしている学級委員の横野さまが……最悪!


「田山くん。アナタ、それは何ですか!」


 俺の手元を指差す横野に、俺は引き攣った笑いを見せてやる。超真面目学級委員は俺の手元の物を不要物と捉えたようだ。腰に手を当て「田山くん!」って怒鳴ってきた。


「携帯は学校に不必要でしょ! アナタは風紀を乱すつもりですかー!」


「お、お、俺だけの力で風紀を乱せたらスゲェって!」  


「自分だけはいいや。そういう考えが増えて風紀を乱していくのです! 考えてみて下さい。ひとり道端にゴミを捨てる人が出てくると、この人もやっているんだという安心感が生まれ次々にゴミを捨てていきます。それが大きくなり今、環境問題に発展しています! それと同じ原理ですよ! 田山くん!」


 横野さま、携帯一つに環境問題で説教垂れるのは……しかも俺が携帯持込の第一人者だと思われているようですが、周囲を見て下さいよ。俺だけじゃなく、他の人も携帯を持ち込んで思い思いの事をなさっていますよ。なんで俺だけ注意するんでしょうかね。


 やっぱ俺が地味で日陰生徒だから言いやすいってヤツ?

 いやいやいや! 例え、俺が言いやすそうな日陰生徒でも? 例え、俺が聞き分け良さそうな生徒でも? この問題は平等に説教せねばならないのでしょうか。俺だって光り輝く日向生徒と同じ生徒だぜ。 同じ人間だぜ。平等に扱ってもらいたいって思うのは普通だろ。


 ここはキッパリ言ってやる。


「田山くん、聞いていますか」


「え……あー聞いているけど。そのーあの、別に俺だけじゃ」


「何ですか?」


 相手の目が据わっている。田山は無言の威圧にダメージを受けた。


「だから……俺だけ」


「言いたいことがあるならハッキリ仰って下さい」


「何でもゴザイマセン」


 どーせ世の中、アンフェアだよ。平等なんて夢だよ夢。恐い顔を向けられて俺は冷汗ダラダラだし。

 横野に愛想笑いを浮かべて頬を掻いていたら、傍観者に回っている透と利二が視界の端に映る。二人は何やら焦った様子で廊下を指差していた。廊下の方を見たいのは山々だけど、俺、今、横野から視線逸らしたら瞬殺されそうなんだって。


「以後気を付けますか?」


 見据えてくる横野に、どう返事を返そう。俺、出来れば「俺だけに言うな」って反論したいんだけど。横野に反論はキツイな。


「ケイ。おい、ケイ!」


 うわっつ、そのお声は。弾かれたように横野から目を逸らして廊下側に視線をやる。

 窓を乗り越えて教室に堂々入って来るのは俺の舎兄。ヨウの登場にクラスメートの目が俺に注がれる。嗚呼、ヤな注目。俺的にはもっとソフトな注目のされ方を望んでいるんだけど。俺は片手を上げて、どうにか「よっ!」と元気よく挨拶。


「はよ。どうしたんだ? メールしているのにワザワザこっち来ることないんじゃないか?」


「ワリィ。現社の教科書持ってねぇか? 忘れちまった」


 意外なお言葉に俺、内心びっくり仰天。

 まさかヨウが現社の教科書を求めに来るなんて。ヨウみたいなタイプ、教科書忘れても平然としてそうなんだけどな。もしくはロッカーに教科書を置いていたりしてると思っていたけど、もしかしてもしかすると根は真面目なのかも? 


 たまたま現社があって教科書を持って来ていた俺は、引き出しから教科書を出してヨウに放り投げる。

 片手でキャッチしたヨウは「ワリィ」って、爽やかに謝罪してきた。イケメンの顔は今日も輝いているな。クラスメートの女子が「かっこいい」って密かに囁かれているぜ。


 女子の囁き声に気付いているのか気付いてないのか、ヨウは反応を示さなかった。


 あれですよね、イケメンはそういうお声に慣れていらっしゃるですよね。いえ嫌味ではありません。皮肉のつもりです。決して嫌味ではありません。皮肉のつもりです。でも少し羨ましい。俺も「キャーッ! カッコイイ!」とか言われてみたい。容姿の時点でアウトだけどさ。


 でもでもでも。一生の中で、一度でいいから言われてみたいよな。夢、夢、夢ぐらい見てもバチは当たんないよな。所詮夢だしな……思う時点で、俺、だいぶん痛いよな。

 ヨウはといえば、あろうことか学級委員の目の前だというのに平然と俺の机に座ってきた。「行儀が悪いです!」横野の注意をスルーして俺に話し掛けてくる。お前、強いな。羨ましいくらいだぜ。喚いている横野もスゲェと思うけどさ。


「ケイ。今日分かっているよな?」


「分かっているって。ワタルさんから伝言聞いたし。けどさ、なんでワタルさん。あんな時間に電話なんて掛けてきたんだ? 俺、マージ眠い眠い」


「そういやワタルとの電話の途中で寝ちまったんだって?」


「だってよぉ。ワタルさん、四時半に電話を掛けてきたんだぜ? 新聞屋もまだ来てねぇって」


「の、ワリには、よく俺の伝言憶えていたな」


「ワタルさんが直々に『僕ちゃーん伝言一回しか言わない主義だからね♪』ってメールを下さっていたんで。おかげで思い出すのに苦労した」


 早朝、目を覚まして俺、マジビビッた。だってワタルさんからメールがあって、『だから二度と言わないからね』とか画面で出てあったんだぜ。ワタルさんとの電話は夢だと思っていたのに。思い込んでいたのに。


 ただでさえ不良に慣れてない(というか恐い)っつーのに、堂々と「伝言? 何それ? 何処のお方の伝言?」なんて聞いてみろって。俺、ワタルさんに完璧焼きいれられる。ワタルさんにカツアゲされる。ワタルさんに殺される。ついでに伝言を寄越したヨウにも殺されかねない。


 朝から半泣きで必死に記憶を巡らせたよ。思い出そうと躍起になったよ。朝飯、喉を全く通らなかったよ。傍から見たら俺の顔、相当切羽詰っていてマヌケだっただろうな。どうにか思い出せた時の、あの、言いようの無い嬉しさと言ったら、もう、言葉に出来ないぜ。


「忘れていたなら、俺に聞きゃ良かったんじゃね?」


 お、おまっ、俺の努力と感動に水を差すなよ!なんてツッコめない俺は、顔を引き攣らせながら「そうだな」って愛想笑いを返す。

 お前には分からないんだ。この苦労と恐怖心と闘った俺の気持ち。そりゃお前の言うこと、ご尤もだけどさ。俺はお前に殺されないよう。


「ま、それはどうでもイイとして」


 しかもどうでもイイ言いやがったなお前。


「ドタキャンすんなよ? ケイ」


「するかよ。有り難く行かせて頂きます」


 俺、放課後にヨウと遊びに行くことになっているんだ。ヨウは俺に自分のダチを紹介してくれるんだってさ。

 はははは、終わった。ヨウのダチって言ったら不良、不良、これまた不良の集まり。日陰凡人男子生徒が日向組不良に会うんだぜ。ヨウはきっと俺を舎弟だって言うだろうな。既に舎弟がいるって言っているみたいだし。

 嗚呼、どんな白けた眼が飛んでくるんだろう。想像するだけで胃が痛む。俺の心情を知ってか知らずか「気の良い奴等バッカだぜ」と、笑いながら背中を叩いてきた。


 そりゃヨウにとって気の良い奴等でも、俺にとって気の良い奴等か分からないじゃないか。


 「アイツ生意気。やっちまおうぜ」になんないかなー。憂鬱だ。不安だ。行きたくない。断れない俺、非常に情けないぜ。


「荒川くん! 貴方、机は椅子ではありません! 下りなさい! チャイムが鳴りますよ!」


 あ、まだ横野、ヨウに注意していたんだ。ヨウは横野の最後の言葉だけに反応して、時計に視線を送った。 


「お、もう時間か。ケイ、んじゃまたな。教科書借りるな」


「後で返してくれよ。現社、俺もあるんだからさ」


「わーってるって。ちゃんと返しに来る。教科書ねぇと寝れねえもんな」


 机から下りてヨウは「またメールする」って、俺に言葉を残して教室から出て行った。呆然と見送っていた俺は取り敢えず手を振って「またな」って返す。


 をーい!  お前はカモフラージュを確保する為に教科書を借りに来たんかい!

 しかも今の言い草、俺も教科書使って器用に寝ています。って言っているようなもんだぞ! 俺は一応、居眠りはしてねぇーよ! うたた寝しそうになることはあるけど、頑張って授業受けているんだぞチクショー!

 大きく溜息をついて額に手を当てる。放課後、切に帰りたい。ホント。マジ。本気で。ヨウのダチとやらに紹介された後、カツアゲとかされねぇーかな。リンチとか無いよな。


「田山くん」


 まだ横野はいらっしゃったようだ。落ち込んでいる時に横野の相手は辛い。真剣な眼差しで横野は俺の机を叩いてきた。思わず驚いて声を上げる。


「な、何だよ横野」


「学級委員は何の為にいると思いますか?」


「……はあ?」


「学級委員はクラスの秩序を守る為、そしてクラスメート一人ひとりのサポートをする為、存在するのです。田山くん、貴方、もし何かあったらこの学級委員の横野梓に言ってきなさい!」


 眼鏡を押して、俺に指差してくる学級委員・横野梓。

 カツアゲされないよな? とか、リンチされないよな? とか口に出していたみたいで、横野が何かあったら学級委員の自分に言ってこいって胸張ってくる。何か頼もしいぞ、横野。何かカッケーぞ、横野。


「ですが! この件と携帯は別件です! 携帯は以後、絶対に学校で使用しないように!」


 フンと荒々しく息を鳴らして席に戻って行く横野。

 だから携帯は俺だけじゃないって。何で俺だけに言うよ。ああ、やっぱり横野って典型的な学級委員だよな。俺を心配してきてくれているのか、利二や透がチラチラこっちを見て来る。が、チャイムが鳴ったら早々に自分の席に着いていた。


「ギリギリセーッフ!」


 光喜が慌しく教室に入って来る。

 あ、そういやお前、教室にいなかったな。地味だからいなくても全然違和感無かったぜ。


 どうでもいいことを思いながら、俺は永遠に放課後なんて来なくて良いと本日何度目かの溜息をついた。

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