05.わりと馬が合う不思議
◇ ◇ ◇
――きりーつっ。
大きな欠伸を一つ零し、俺は学級委員の横野の号令に合わせて皆と一緒に腰を上げる。
担任に頭を下げているのか下げていのか、微妙な態度で担任に気の抜けた声で挨拶をした俺は、終わった同時に大きな背伸びをした。
やっと今日一日のハードな学校生活が終わった。正直、今日の学校生活はシンドかった。
午前中はずっとヨウ達とふけていて恐い思いをしたし。昼休みは赤髪の不良さまに追い駆けられるし。午後の授業は無事に出ることがデキたけど、午前中と昼休みの疲れがドッと出たせいで眠くて眠くて仕方が無かった。
そういえば、午後の授業にどうして出られたかというと、ヨウが午後の授業は出ると言ったからだ。
授業に出ても寝るだけだけど、出席日数の問題があるからとかなんとか…そんな心配するなら最初っからサボらなきゃイイのにな。欠伸を噛み締めて、身支度をしていると利二が俺に声を掛けてきてくれた。
「大丈夫だったか?」
「おー、大丈夫ダイジョウブ。どうにか助かったよ。そうだ、透。昼休みはサンキュな。あの時のお前、カッケーって」
「地味に活躍したでしょう?」
悪戯っぽく笑った透は俺と利二に「じゃあっ!」手を振って、教室を出て行く。
透は美術部だ。きっとこれから美術部で絵を描くんだろうな。あいつ美術系に興味があるみたいで、地味に美術系の話は詳しい。美術系の話をする時はスッゲー楽しそうなんだ。俺、画才とか無いから絵を描く楽しさとか芸術の深さって分からないけど。
ちなみに光喜は、既に部活に行っていて教室にはいない。
今日は急いでいかないと先輩達にシバかれるそうだ。シバかれるなんて物騒な言葉だけど、光喜自身は部活楽しそうだから先輩達に可愛がられているんだと思う。多分。
俺と利二は帰宅部。
つまりどの部活にも所属していない暇人野郎だ。とはいっても、利二はこれからバイトなんだ。コンビニでバイトしているらしい。どうしてバイトしているかって、そりゃ小遣い稼ぎ。深い理由はないと利二は言っていた。
「利二。時間、大丈夫か?」
「少しヤバイな。走れば間に合うとは思うが」
「じゃあ、直ぐに行けって。時間ヤバイんだろ?」
利二は頷き、通学鞄を肩に掛ける。教室を出て行く際、利二は俺にこう言ってきた。
「あんまり厄介事に巻き込まれるなよ」
それは嫌味なのか? それとも純粋に俺の心配をしてくれているのか?
あまり嬉しくない利二の言葉に、俺は唸り声を上げてしまう。もう既に厄介事に巻き込まれているような気がするんだけど……そう、ヨウの舎弟になってから。
思わず溜息をついていると、クラスメートのひとりが俺に声を掛けてきた。「ナニ?」と聞けば、教室の出入り口を指差して真っ青な顔をする。俺もカラダが硬直してしまった。クラスメートは、用件は伝えた! とばかりに一目散に教室から逃げ出してしまう。
冷汗を流している俺を他所に凄まじい足音を立てて俺に向かってやって来たのは昼休み、散々俺を追い掛け回したあの赤髪の不良さま。
ところどころ青痣とか目に飛び込む。
これはヨウがやったヤツ。赤髪の不良さまはヨウに果敢に挑んで、あっけなくヤラれてしまったのだ。俺、一部始終見ていたけど、ヨウって改めて強いって分かったよ。というか、赤髪の不良さまにヨウがヤラれそうだったっての、アレ、絶対嘘だろ。
だって圧倒的にヨウが強かったんだもん。それかヨウが本当に不調だったか。とにかくヨウは強かった。赤髪の不良さまは俺の前で立ち止まる。気付けば、俺以外、教室に誰もいない。……うわぁ、気まずい。恐ろしい。やっぱ恐いし!
俺は地味な勇気を振り絞って赤髪の不良さまに話し掛ける。
「えーっと、あの……もしかして俺に御用ですか?」
「『昇降口にいる』。荒川庸一ッ、ヨウさんの伝言だッ……クッソー! なんで俺があいつのパシリをさせられているんだ! しかも、パシリし易そうな野郎に伝言なんてッ~~~!」
悔しそうに吼える赤髪の不良さまに、俺は深く同情した。
あの後、ヨウに負けた赤髪の不良さまは、何かあったら仕事をするという……つまりパシリに任命されたのだ。凄く可哀想だったけど、仕方ないよな。ヨウに喧嘩で負けたんだし。文句は言えないって。
「しかも、こんな野郎が荒川庸一の舎弟?! アリエネェ!」
「あの……呼び名が、ヨウのことはさん付けじゃないと」
「あ˝⁈」
「いえ、ナンデモアリマセン! 俺が無礼者でした!」
すみませんすみませんすみません、もう二度と不良さまに口を出しません!
赤髪の不良さまの鋭い視線に、俺はもう既に逃げ腰。
けど、ヘタレでもチキンでもない! 一般凡人学生が不良から睨まれたら、こんな反応を絶対取る! 断言できる! 俺はさっさと教室を出ようと赤髪の不良さまに背を向けて、教室を飛び出そうとしたが、肩を思い切り掴まれた。
「おい、ゴラァア。テメェのせいで妙なあだ名を付けられたんだぞ」
「ッ、あだ名? いやぁ、俺、まだ貴方様のお名前とか知らないので何とも」
「ふっざけんなー!」
「ギャー! すんませーん!」
ギャーギャー騒ぐ俺に、赤髪の不良さまが舌打ちをして肩から手を離してきた。
心臓がバックバクバクいっている。ヤバイ、俺、自分の心臓がその内、恐怖のあまり壊れそうな気がする。俺の様子に赤髪の不良さまが呆れてきた。
「テメェ。そんなんで荒川庸一のッ、ヨウ……さんの舎弟なのか?」
「な、な、成り行きだっつーの。俺が頼んだわけでもなく、成り行きで舎弟にッ……はぁー」
「フーン。成り行きかよ。けど、あいつの舎弟になったってことは、お前、相当厄介な事になんぞ?」
俺は思わず赤髪の不良さまを凝視してしまった。
「相当厄介? 今以上に?」
「はあ? 今のどこが厄介だ?」
馬鹿だろ、お前っていう眼で見ないで下さい。微妙に傷付きます。
赤髪の不良さまは、変にワザとらしい溜息をついてきた。
「あいつは俺達不良の中じゃ、相当有名だからな。その舎弟となっちゃ、テメェもその内なぁ。厄介事なんて可愛らしいもんじゃ、って、おい!」
「やべぇ眩暈が」
これ以上の厄介事が待ち受けていると思うだけで、田山圭太の目の前は真っ白になりそうだぜ。フラッとヨロけて俺はそのまま、机の上に座り込む。
「俺は地味で平凡で日陰人生を全うしていただけなんだ神様は俺に何の恨みがあってこんな仕打ちをなさったんだっ……神様の馬鹿野郎」
「おい、ブツブツ延々と独り言を唱えているんじゃね。不気味なんだゴラァア」
「取り敢えず、明日からキンパで頑張ってみよっかな。うん、俺も不良になれば……なれる度胸なんてねぇって。なあ、あんたはどうやって不良心を呼び覚ましたんだ?!」
もう赤髪の不良さまをあんた呼ばわり。
それほど俺は色んな意味で追い詰められているってことだ。
だってよぉ、赤髪の不良さまが「これ以上に厄介事が起こる」なんて言ってくるんだぞ? そりゃもう、色んな意味で精神的に追い詰められるだろ。赤髪の不良さまは「そうだな」と腕を組み、俺を見据えてきた。
「取り敢えず、」
「取り敢えず?」
「昇降口に行け。さっさと行かないと俺が荒川庸一……ヨウ…さんに、とやかく言われる」
微妙な、沈黙が俺達を襲った。
「遅ぇ。何していたんだよ」
昇降口には不機嫌顔を作っているヨウが、俺のことを待っていた。
不機嫌顔な不良って、やっぱり恐いよな。何かちょっとしたことでカチンってきて殴られそう。俺は両手合わせて必死に謝る。人間、全身全霊で謝るのが最善の手だと俺は思うぜ。
ヨウは俺に怒っているようじゃないみたいだけど、ブツブツなんか文句を垂れていた。そしてヨウは赤髪の不良さまにガンを飛ばす。まさか、手を抜いて仕事をしたんじゃ? って目つき。恐ッ。恐怖心を抱いている俺とは対照的に、赤髪の不良さまは「俺はちゃんとした」とぶっきら棒に腕を組んだ。
ヨウに負けたくせに、なんでこの人は喧嘩腰なんだろうか。またヤラれたいのだろうか。
「どうだか」ヨウは呆れた。赤髪の不良さまは口元を引き攣らせながら、「ちゃんとしたっつーの!」って反論してる。この人、負けたくせに口答えするって度胸はあるよな。
「タコ沢。もう少し使えるようになれよ」
「だぁああっれが、タコ沢だ! 俺の名前は谷沢。谷沢元気だ!」
「谷沢元気?」
「ああ、こいつの名前」
めっちゃ意外。赤髪の不良さまの名前、元気っていうんだ。何だか可愛らしい名前。しかもある意味、本人にぴったりだ。威勢のイイところとか、メチャクチャ吼えるところ(と言ったら俺、ぶっ殺されそうだけど)とかさ。
で、どうしてタコ沢? 首を傾げる俺に、ヨウの不機嫌面が崩れた。
「頭にタコウインナーが乗っていただろ? あれ、お似合いだったし髪の色的にもあのタコウインナーに似てた。だから、タコ沢」
「あーなるほど。面白いネーム付けるなぁ」
「だろ? こいつにピッタリだ」
「誰のせいでタコ沢になったと思ってやがる!」
吼えるタコ沢が俺を指差す。十中八九、俺のせいのですね。すみません。けど、意外と似合っていますよ。タコ沢元気って。
ヨウが「こいつタコ沢だからな」って言うから、俺は何の躊躇いも無く頷いてしまった。悔しそうにタコ沢が握り拳を作っている。ヨウはニヤリと笑ってタコ沢の肩に手を置いた。
「悔しかったら、俺に喧嘩で勝てよ。タコ沢くん」
「ッ~~~!」
「ま、今のところ。百回やっても俺に負けるだろうけどな」
「クッソーッ!」
「あと、パシリくんなんだから俺の事は“さん付け”だぜ? そりゃそうだよな。この俺に喧嘩売ってきた身の程知らずなんだし、尚且つ負けたんだもんな」
意地の悪い笑みを浮かべているヨウに、俺はさっき感じた“尊敬”とか“感動”はただの勘違いなんじゃないか? と思ってしまった。
というか、タコ沢に喧嘩売られて、ヨウは頭にきたんじゃないか? 自分に喧嘩売るなんてフザケるな! みたいな。前回、前々回のこともあるし、今回タコ沢をメッタメタにしてやろうって思ったんじゃねぇかな。しかも今回はそれだけじゃ済まさねぇって、自分のパシリに……やっぱ、俺の分の仕返しはついでのまたついでじゃないか! 尊敬とか感動って思った気持ち撤回!
「ちなみに、舎弟のケイをダシにして俺を倒すなんざ汚い考えは止せよ? そんなの面白くねぇから」
「俺は汚い手を使うつもりはねぇ。堂々真っ向からテメェに勝ってやる! そして舎弟にもな!」
「ゲッ、俺も入るのかよ!」
「テメェのせいでタコ沢になったんだ! いつかこの雪辱を晴らす!」
吼えるタコ沢は俺達を交互に指差し「覚えとけー!」って、吼えながら去って行った。何だかんだで恨みを買ってしまったぞ。そしてつくづく煩いな。タコ沢って。
俺の隣でヨウが意地悪い笑みを浮かべながら、「俺に勝てるかよ」って自慢げ且つ盛大な独り言。その自信、俺に分けて欲しいぐらいだ。
「そういえば、ワタルさんは? 一緒にコンビニへ行ったんだろ? 昼休み、姿を現さなかったけど」
「ワタルはコンビニ先で喧嘩売られたから買っていた。俺は面倒だったから戻って来たけどな。出席日数、稼がねぇと後々面倒だしな」
「喧嘩売られッ」
やっぱり俺は厄介な人達と一緒にいるんだ。どうしよう。舐められないように明日からキンパにしてみるか? ……いやいやいや、残念ながらそんな度胸は無いぞ! 心の中で慌てふためいていた俺は、ふとあることに気付く。
「なあ、何で俺を待っていたんだ?」
「そりゃ一緒に帰るため。チャリ置き場行こうぜ」
こいつ、まさかのまさかだとは思うけど俺のチャリに乗るつもりじゃ。
今の時代、ニケツは罰せられること知っているか⁈ この前は特別だったんぜ! とかいって、結局俺はヨウと一緒にチャリ置き場に行く羽目になる。どうせ俺に断る度胸なんてないよ。まったく無いよ。
案の定、チャリを取りに来た俺は後ろにヨウを乗せる羽目になる。当たり前のように俺の後ろに乗ってくるヨウが憎たらしい! お前乗せてペダル漕ぐって、やたらめったらキツイんだぞ! お前重いし! って、清々しく言えたらどんなにイイだろうなぁ。
ヨウがしっかりと俺の肩を掴んでくることを確かめて、俺はペダルを踏んでチャリを漕ぎ始めた。下校中の生徒と擦れ違う中、俺達は学校から出る。
「家。何処付近?」
「あ˝?」
「だからなんで濁点を……家近くまで送るって言っているんだよ。どうせ、ずっと乗っとくつもりだろうしさ」
「バーカ。こんな時間に家に帰るワケねぇだろ。これからゲーセンに行くつもりだ」
「ゲーセン⁈ 駅まで行かなきゃイケないんだぞ⁈ ッ、はぁー……分かったよ。ゲーセンな」
「お前も来るか? ダチに紹介してやるぜ」
じょ、冗談じゃない! お前のダチってみんな不良だろ! 今日、ワタルさんと知り合っただけでクタクタだよ!
俺は小さい小さい凡人という名の勇気を振り絞ってヨウに言う。
「今度な。今日はパース」
「チッ、ツレねぇな。今度はちゃんと誘いにノれよ」
「了解でーす」
やった、やったよ俺! お断りすることが出来たよ! 平凡でも不良に立ち向かえるみたいだよ! ほんのちょっぴっとだけどな! 内心飛び跳ねて喜んでいる俺に対して、ヨウが詰まらなさそうに舌打ちをしていた。
「お前、芸人体質だからいたら絶対オモシレェのに」「それって褒めているのか?」「一応な」「貶しているだろ」「かもな」「いや、貶しているって」「じゃあ貶しているな」
こいつ。舎弟のことといい、今のことといい、地味くんの俺をからかって楽しんでいるだろ。
俺は小さく息をつくと、力強くペダルを漕ぎ始めた。風が真っ向から吹いて気持ちイイ。後ろに乗っているヨウが「涼しいな」って声を上げている。
「おい、ケイ」
「なに?」
「もっと飛ばせよ」
「チャリ漕ぐのは俺なんだけど……仕方ねぇな。振り落とされるなよ」
「俺が振り落とされると思うか?」
きっと今、自信満々で嫌な笑みを浮かべているんだろうな。俺はさっきよりもペダル強く踏んでチャリを漕ぐ。真っ向から吹く風も強くなって、心地良い風が俺達を通り抜けていく。風の気持ち良さに少し目を細めて、視界を狭めた俺はこれから先の近未来を思い描いてみる。
けど、この先の未来なんて全く想像できない。
タコ沢の言った厄介事が俺を待っているのだろうか。それは勘弁だけど、今はそういう先行き不安な未来を想像しても仕方ない。募る不安を通り抜ける風と一緒に散らし、ヨウを一瞥する。風で靡いている金髪とそれに紛れる赤毛が目に飛び込んでくる。髪、染めるべきかなぁ。舐められないように。
「あーあ。俺、近い内に髪染めるかもな」
「だったらピンクに染めちまえ」
「そりゃ勘弁。ヨウがピンクに染めるなら考えるけどな」
「舎兄弟揃ってピンクかよ。キモッ」
確かに舎兄弟揃ってピンク髪ってキモイな。笑うヨウにつられて俺も笑い声を上げた。
こうやって自然に笑える時は不良のヨウも地味な俺もそんなに大差のない、ただの高校生だって思えるんだよな。笑い声を風の中に掻き消しながら、俺達は下り坂をチャリでくだって行く。
明日もこいつとこうして時間を過ごすのも、まあ、悪くはないかもしれない。
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