03.不良の攻略はムズイです


 今から昼休みだ。


 ヨウとワタルさんはコンビニで何か買ってくると言い(俺の学校の近くにはコンビニがある。

 売店よりも品揃えがイイ為に2人はコンビニに行くそうだ)、俺は弁当を持参しているため、教室に戻ることになった。ヨウが昼飯代を貸してくれるって言ったけど、折角弁当を持って来ているし勿体無いからと丁重にお断りした。


 本音を言えば、早く教室に戻りたかったんだけどさ。

 ヨウ、ワタルさんと別れた俺は、やっと解放されたと重い足を引き摺って教室に戻った。だって恐かったんだよ。凄く恐ろしかったんだよ。ヨウとワタルさん。特にワタルさん。なんか、ところどころキャラが違うし、キレ気味というか喧嘩の話になると一人称が『俺様』になるんだよ。ある意味ヨウよりも恐いかもしれない。


 というか、改めて不良さまは恐いって実感。


 色んな意味でヤツれてしまった俺は教室に入った瞬間、安堵してその場に崩れそうになった。

 俺が入ってくるのにクラスメートがどよめきの声を上げる中、俺はどうにか自分の席に着くと机に倒れるように顔を伏せた。


 つ、疲れた……ひとりでよく頑張ったよ、俺。

 孤独にたたか……いや、孤独によく堪えた、俺。あんな恐い不良二人相手に、よく泣かなかったな、俺。


 俺自身を心の中で褒め倒していると、机が大きく振動した。

 ヨロヨロと顔を上げれば、利二が地味に俺の目の前に立っていた。何十年ぶりに利二の顔を見たような気がする。実際に言えば、朝ぶりなんだけどさ。利二の後ろには光喜と透が立っているような……嗚呼、もうダメ。俺、疲れ果てた。燃え尽きた。真っ白な灰になった。


 軽く利二達に笑って、おやすみなさいモードに入ろうとしたら光喜が俺の肩を大きく掴んできた。


「田山生きているか! 傷は浅いぞー!」


「隊長殿。自分はもう駄目であります」


「死ぬなー! 何があったか隊長の俺に話せ! 敵は取れないが、同情してやる!」


 さすが光喜。

 敵が取れないってとこが、正直者だよ。お前。利二が呆れ顔で光喜に「冗談言っている場合じゃないだろ」ってツッコんでる。光喜はハッと我に返って、真剣な眼で俺を見据えてくる。


「田山、何があったんだ。今まで何していたんだ?」


「俺? 今、お前と話している」


「ちっげ! 今までの話だよ! 荒川庸一と一緒だったんだろ? 大丈夫だったのか?」


「だいじょうぶ、ダイジョウブ、大丈夫、あははは、勿論……大丈夫なもんか! 俺、マジ死ぬかと思ったんだぞ! ひとり孤独に恐い思いしたんだぞ! クッソー、どうして不良さまは母音に濁点を付けるんだ、恐いっつーんだ! なんで豆乳なんだ! 確かにカラダにはいいけど、豆乳って俺、あんま好きじゃないんだ!」


「落ち着け。田山。言っている意味が分からん」


 利二の言葉も、俺の耳には入らない。

 だって真面目に恐かったんだ。ヨウが、ワタルさんが、特にワタルさんが! ヨウよりもワタルさんが恐かった! 下唇のピアスが痛々しかった!

 一頻り喚いた俺は、大きく溜息をついた。

 そりゃタメだから、話してみればフツーだけど、やっぱ恐いんだよな。髪は染めているし、母音に濁点つけるし、ピアス痛そうだし。それでもって舎弟確定みたいだし。冗談じゃなかったんだ、舎弟の話。


 利二達は、各自椅子と弁当を持参して俺の周りに集まった。


 こういう場合、何があったか話せってことなんだろうなぁ。うん、お前等、イイ奴等だよ。友情を感じるよ。うん、薄情者だけどさ。弁当を取り出した俺は、食欲が湧かないまま無理やり弁当を胃に押し込み、ポツポツ昨日のことを三人に話すことにした。俺がヨウの舎弟になったことを話せば、三人が三人とも驚愕な顔を作ってきた。


「うっそだろ。お前、荒川庸一のッ、舎弟になったのかよ」


 光喜が素っ頓狂な声を上げる。透は少し顔を顰めて言った。


「冗談じゃないの?」


「だったら嬉しいんだけど、どうも冗談じゃないっぽい」


「……大変なことに巻き込まれたな」


「そーなんだよ。ごめんけど、午前中あった授業の分のノート見せてくれ。利二」


「それは構わないが、田山。お前はこれから大丈夫なのか?」


 食事していた手が止まる。

 これから大丈夫なのか、それは当人の俺にさえ分かっていない。大丈夫じゃないかもしれないし、大丈夫かもしれない。


「分かんねぇ。ある日突然、俺がキンパになっていたら笑ってくれ」


「圭太くんが金髪かぁ。あんまり想像つかないけど」


 想像して眉根を寄せる透。今のところは笑うところなんだけどな。


「なあ、今から断るってことは無理なのか?」


「光喜。お前が俺だったら、断れるか?」


「……無理。無理。絶対無理」


「だろ? 俺もそんな感じだから、観念するしかないんだ。すでにワタルさん…貫名渉と知り合った上に、メアド教えたもんな」


「うっそだろー⁈」


 本日二度目の光喜の絶叫が教室に響き渡る。やっぱり驚くよな。俺も驚いているよ。


「取り敢えず、お前等は関わらないように気を付けろよ。神経磨り減るから」


「気を付けろって、僕等どうやって気を付けるのさ」


「……俺の半径三メートル以内に近付かないとか」


 光喜と透が思い切り椅子を引いて、俺から遠ざかる。


 正直な反応してくれるなコノヤロー。今のは、ちょっと傷付いたぜ。かぁんなり傷付いたぜ。いやぁ、分かるんだけどな。俺も二人の立場だったら関わりたくないって本気で思うもんな。ダチの災難が自分にまで降りかかって来るなんて、そりゃ俺も勘弁だしよ。

 ただひとり遠ざからなかった利二は、変わらず険しい顔で玉子焼きを口に入れる。


「田山。お前はどうするんだ?」


「どうするって、どうしようもないだろうなぁ。あっちが舎弟の件を切るってなれば話は別だけどよ。今のところ、そういう雰囲気でもねぇし、そういう風な話が俺からデキるわけでもねぇし。……ま、利二も俺の半径三メートル以内に近付かないようにして、関わらないように気を付けろよ。その方がお前の身のためだぜ」


「人の心配をしている場合じゃないだろ。自分の心配をしろ」


 利二は真っ直ぐ俺の心配をしてきてくれた。お前、薄情者だけどさ、マジ薄情者だけどさ、


「利二は大人だよなぁ。アレより」


「アレ言うなって。俺だって一応、心配してやっているんだぜ?」


「そうそう。これでも僕等、圭太くんを心配しているんだよ」


 嘘つけ。じゃあ、さっきの行動はなんだよ。俺から遠ざかったままだし、説得力ねぇって。

 そういえば、ヨウとワタルさん。コンビニに飯買いに行くっつっていたけど、その後、何処で食うんだろう? 体育館裏かなぁ? 俺、一緒に食う約束はしてねぇから安心だけど気にはなるな。

 深い溜息をついていると、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。


 利二達が硬直、俺も硬直。


 でも俺はぎこちなく利二達の方を見ると、視線で「離れておけ」と俺から離れることを強要する。利二達はすぐさま俺から離れた。心の片隅で薄情者! とか思っているけど、離れてくれた方が都合も良い。

 いや、あいつ等のためじゃねぇよ? あいつ等のためでもあるけど、もしも何かあった時、俺、何もデキないと思うし、寧ろ見捨てちまいそう。格好良いことをしているようで、実は自分のためだ。騒ぎまくっている生徒達の声が聞こえてくる廊下の方を見た瞬間、教室のドアが勢いよく開いた。


 俺は思わず絶叫を上げたくなった。

 教室に入ってきたのは、予想していたヨウでもワタルさんでもない。


「田山圭太っつーのは、どこだ? このクラスって聞いたんだが」


 き、昨日の赤髪の不良さまじゃアーリマセンか! どうして俺のお名前を知っているのでしょうか⁈

 なに、貴方様は俺と同じ学校だったってヤツ? だって、昨日は私服だったじゃないですか! やば、これはヤバッ! 俺、あの人に二回も恨みを買うようなことをしちゃったんだよね。

 一回目は、ヨウとの喧嘩の最中。二回目は、ヨウと帰っている最中に恨みを買うようなことを。勿論、不可抗力だけど! っつーか、全部ヨウ絡み、元凶はアイツだ!

 俺は弁当片手にコソコソと机の陰に隠れながら、教室の後ろのドアから出ることにした。


「おい! そこでコソコソしているヤツ! 田山圭太だな!」


「ッ、やばっ」


 俺は素早く立ち上がり、慌てて駆け出した。机や椅子を蹴りながら俺を追い駆けてくる赤髪の不良さまは、凄まじい形相をしている。


「覚悟しろ!」

「ごめんって! でも、あれは不可抗力だったんだって!」


 机の上に飛び乗って、俺は赤髪の不良さまから逃げる。その途中でちょっと弁当を食べる。

 だって弁当食べる時間だし! 弁当残すの勿体無いし! 横野から「行儀が悪いです!」って指摘されたけど、カンケーねぇ!

 髪の不良さまは気に喰わなかったらしく、口元を引き攣らせて指の関節を鳴らしていた。


「舐めやがってゴラァア!」


「ギャー! 舐めてはないからー!」


「待ちやがれ! 田山けいッ、どわぁあああ!」


 赤髪の不良さまがド派手にコケた。

 どうしたのかと俺が首を傾げれば、透が今のうちにとばかりにニッコリと視線を送ってきた。どうやら透が赤髪の不良さまの足を、上手に引っ掛けたようだ。マジ透カッケー、地味にカッケー! お前、薄情者だけど勇気ある!

 俺は片手を出して透に感謝すると、机から飛び下りて教室から逃げ出した。

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