№01:不良と愉快で迷惑な仲間達
01.これで俺もイケメンを立たせるパシリのひとりに(ry
「うっわ。やっぱ夢じゃないよなぁ。昨日のメールが携帯に残ってらぁ」
目が覚めるとすべてが夢でした。
なーんてよくある漫画のオチを期待していたんだけど、寝起き一番に携帯を開いてメールを確認した俺は落胆の絶望。
起こしていた上体をベッドに沈ませ、「学校に行きたくねぇよ」グチグチと愚痴って布団を被った。視界が利かなくなる布団の中で、俺は携帯の辞書を起動させる。
検索する文字は“しゃてい”。
検索結果、しゃていには二つの熟語が出てくる。
【射程】銃の発射の起点と、着弾点との距離をいうらしい。弾丸が届く最大の距離ともいうとかなんとか。
【舎弟】弟。他人の弟。それでもって弟分って意味らしい。
……はぁ、舎弟か。
俺はうんぬん唸りながら携帯を閉じる。サボりたい。今日学校をすこぶるサボりたい。サボッちゃおうかなとか甘い考えが浮かんでは消え、消えては浮かんで。
「サボれねぇよな。母さん、仮病を見抜くのは上手いし」
嘘って分かった途端、張り手が飛んでくるだろうな。
結局、悩んでも気が滅入るだけだから、何も考えず学校に登校してみる。愛チャリに跨って颯爽と風を切りながら学校に向かう、この道の途中まではマジ最高。テンションフルテン。
だけど学校が見えて来た瞬間、俺の表情は本日の天気に反してどんより曇り模様。学校の敷地に入った時の俺の顔、たぶん笑えたと思う。チャリ置き場に愛チャリを置いて昇降口に向かう。
「あ、田山」
すると俺を見捨てた奴そのイチ(別名:薄情者そのイチ)に挨拶された。
「生きて登校できたみたいだな。良かった良かった」
面白可笑しそうに俺に声を掛けてきたのは、
よく読み方を『はせ』と間違えられるけど、こいつの名前は『ながたに』だ。俺はこいつに出会うまで長谷を『はせ』と呼ぶなんて知らなかったけれど。
光喜は地味グループに所属している、代表的な日陰組男子。でも地味に野球部で活躍している、地味スポーツマンくん。したがって俺よりかは、幾分地味じゃないと思う。幾分な。
そばかすを散りばめた顔を視界に入れた俺は、「光喜かよ」白眼視に近い視線を飛ばしてそっぽを向く。
ニタニタ笑う光喜は、「顔は腫れてないし、青痣もない。喧嘩はしていないようだな」とご感想を述べてくれた。ドチクショウめ! 俺は舌を鳴らして、光喜に唸り声を上げる。
「薄情者め。昨日、助けもせずに逃げやがって」
「馬鹿。お前が俺の立場なら絶対逃げるだろ? なんたって、あの荒川庸一に呼び出し食らったんだぜ? お前」
荒川 庸一。
俺の通っている学校で恐れられている不良。俺とタメ。同級生。
嗚呼、思い出しただけで俺は溜息をつきたくなる。深いふかい溜息をついたら、光喜が目を輝かせながら「何があったんだい?」と肘でワザとらしく小突いてきた。面白ネタ話を手に入れたって目をしている。こいつ、シメたろうか?
「で、どうだったんだ? 呼び出しは? まさかの告白? お熱ぅ!」
それを聞いた瞬間、俺は腹部に鋭い痛みが走った。
胃がギリギリしてきたよ。眩暈もしてきたよ。思い出せば出すほど、マジで胃が痛い。
嗚呼、ストレス。俺はもう駄目だ、ストレスで死ねる。アイタタタっ、しゃがんで俺は横っ腹を押さえる。
「お、おい田山?」
大丈夫か、俺の様子に光喜が一変。
屈んで優しく体調を気遣ってきてくれる。が、言葉で慰められると思うなよバカヤロウ! 俺は、俺はっ、嗚呼、あろうことか不良と関係を作ってしまったんだからなっ! オトモダチなんて軽い関係じゃないんだからな!
「なんで俺なんだろう。俺じゃなくたって、他にも面白いヤツ沢山いるだろうに。いるだろうに」
「田山?」
「俺の人生終わった。もうやだ、お家に帰りたい。お家に一生引き篭もっていたい」
嘆きながら立ち上がった俺は、頭上に雨雲を作ってトボトボと教室に向かう。
あまりの落ち込みように光喜も、「マジでなんかあったのか?」と腫れ物を触るような接し方だ。ははっ、だがしかーし、俺は立ち直れないね。立ち直れるわけないだろ。だって不良と関係を以下省略。兄弟になって以下省略。俺の高校生活は暗黒に以下省略。
人生に絶望しながら教室に入ると、俺を見捨てた奴そのニ、そのサンが教室で待ち構えていた。
ニヤニヤと笑いながら、「あ。圭太くんだ」怪我はしてなさそうだね。嫌味ったらしく言ってくる薄情者そのニ。
挨拶代わりに昨日はどうだった、と聞いてくる薄情者達。
くっそー、分かるんだぞ。内心じゃ「昨日何があったんだよ? どんな恐怖があったか聞かせろよー。笑わせろよー」とか思っているんだろ! 俺がお前等だったら同じことするんだ。お前等も絶対にそう思っている筈! 地味な分、共通点があるしな。
普通だったら不貞腐れて対応するところなんだけど、今の俺は限りなくヒットポイントがゼロに近い。
遠い眼を作って、ヘラヘラヘラ。ケラケラケラ。あははのあははは。
ショックを通り越して笑う他なかった。もはや現実逃避の領域。
「やあ、透くん。利二くん。今日も元気そうだね。ぼかぁ嬉しいよ。これからも、素敵学園生活をエンジョイしな。俺、陰ながら応援している。そう、陰ながら。……っ陰ながら。日向化もしれねぇけど。俺は今日から日向デビュー。嬉しくねぇ」
俺はどういう学園生活になるんだろう、想像するだけで胃が断末魔を上げそう。
ズーンっと落ち込みながら、俺は自分の机に着席。通学鞄を置くや否や、机上に伏して自分の不幸を嘆いた。
「なんで俺っ、俺なのっ、俺なんでしょう!」
荒川庸一さんよ、べつに俺じゃなくたって良かったじゃないですか。
兄弟になるならもっと素敵な人がいただろうに、なんで俺なの! イケメンくんと地味くんじゃ大差があり過ぎて、俺の存在が霞むじゃあーりませんか! なに、俺という名の地味を横に置くことで己を煌めかせるとか? だったらふざけるんじゃねえぞこの野郎。これだからイケメンという生き物は嫌味なんだ! ……いやそれ以前の問題か。どうしようかね、ほんと。
うーうー唸っていると、「田山」本当に大丈夫か、光喜が声を掛けてきてくれる。
「まさか苛めのターゲットになったのか? お前」
いえいえ、楽しく談笑しましたよ。苛められてはいません、今のところは。
「圭太くん。どうしたの? 冗談抜きに、その落ち込みようは尋常じゃないよ」
尋常じゃないでしょうね、そりゃそうでしょうね。
だって俺、あいつと兄弟になっちまったんだもんっ! あいつは兄貴、俺は弟……タメなのに兄弟になっちまったよ!
「田山。良ければ話してくれないか。笑い話にしたいんじゃない。純粋に心配しているんだ」
利二のイケメソ。フツーくんのクセにカッコイイこと言ってくれちゃって、惚れてまうやろ。
さっきとは打って変わって心配してきてくれる薄情者三人組に俺は、ちょっち感激していた。それだけ俺の落ち込みようは凄まじかったってことだよな。
だけどさ、フツー落ち込むし、悩むだろ。
学校一恐ろしい荒川庸一の舎弟にされたんだぜ? 悩まない平々凡々日陰男子なんて、そうはいないぜ。これに悩まない男子生徒は、よっぽどの能天気野郎かお気楽野郎、楽観主義者だって。
三人の心配は受け止められても、話す気分になれない俺に追い撃ちを掛けるように、「ちょっと田山くん」クラスメートのひとりから声を掛けられた。
顔を上げれば、めっさ恐い顔をして仁王立ちしている超真面目学級委員(♀)の姿が。
「田山くん。今日の朝清掃当番は」
貴方でしょ、キリッと眉根をつり上げてくる。
彼女の名前は
当番の俺が朝清掃をしていないことに憤怒して、注意を促してきたようだ。
俺の学校には朝清掃というクソメンドクサイものが存在する。朝のSHRが始まる十分前から清掃が始まるんだけど(簡単な教室や廊下掃除をする習慣があるんだ。当番はグループごと)、時間になっても動かない俺に横野はカチンときたらしい。
はいはい、やるって。日陰男子っつーのは、こういう女子の言葉に従うしかないんだよな。
俺は腰を上げて掃除用具箱に向かう。
こうして俺は気鬱な気持ちを抱いたまま、朝清掃を開始。当番じゃない薄情者三人組は、廊下掃除を始める俺に何があったのか、しきりに声を掛けてくるけど返せるの溜息ばかりだ。
どうしても話す気分になれない。俺の気持ちが整理できていないのに、話せるわけないだろ。
掃除を終え、朝のSHRが始まる呼び鈴が鳴る。学内に響き渡る呼び鈴に、のんびり廊下を歩いていた生徒達は駆け足で教室へ。俺も掃除道具を片付けて自分の席に戻った。が、事件はこの直後に起きる。
「よっこらしょ」
ダルイ掃除を終えた俺が椅子に腰を下ろしたとほぼ同着に、
「ケーイ!」
不慣れなあだ名が教室に響き渡った。クラスメートは学年の問題児の出現に度肝を抜き、俺は軽く腹部を押さえる。
嗚呼、この声は。おずおずと廊下に視線を流せば、金髪に赤のメッシュを入れているイケメン不良さまが窓枠から上体を乗り出していた。お前を見るだけで泣きそうになる俺がいるんだけど!
荒川庸一(通称:ヨウ)は、俺に用があるみたいで呼び鈴を総無視。
堂々と教室に入って着席している俺の前に立った。
おいおい、注目度マックスなんだけど! なにこのヤーな注目!
「はよっ、ケイ。やっぱテメェ、朝から学校にいたんだな。ケイは朝から学校いるって言ってたから、久しぶりに朝から登校しちまった」
ニッと笑みを向けてくるヨウに、俺は心中でツッコむ。
朝から登校はフツーだろ、フツー。表向きの俺は、そりゃもう愛想良く「ヨウ。おはよう」と返してやった。
だって愛想良くしねぇと怖いもん。怖いんだもん不良! てか、チャイム鳴ったよ。自分のクラスに行けって! 俺の前から消えてくれ!
なーんて小生意気なことも言えず、「ヨウ。お前、メシ食ってないのか? 腹の虫が鳴いてるぞ」と、当たり障りのない話題を出して自己防衛策を取る。
「食う暇なかったんだって。しっかも眠い眠い。ダリィな、朝から学校ってのも。寝不足だ、俺」
A―HAHAHA! 俺もお前のせいで軽く寝不足だよ! 不良の舎弟になっちまったんだぜ?! そりゃ寝不足にもなる。
「そうだ、なあケイ。ふけようぜ」
「え?」
いきなり何を言い出すんだ、お前は。
「ふけるって」戸惑う俺に、「サボろうぜ」折角朝から来たんだし、サボらないと損々、ヨウは当たり前のように語る。
お前、何が折角で、何がサボらないと損々だよ。授業を受けろって。欠課が増えたらお前、進級できなくなるぞ。
「テメェに絶好の場所を教えてやる。行こうぜ」
「い、行こうぜって。あ、ちょっと、あら……じゃない。ヨウ!」
勝手に決めるなっつーの!
でも何も言えない。ノーなんてもっと言えない。そんな度胸あるならとっくに、舎弟の件はお断りしているよ。
俺は泣く泣く席を立って、教室を出る舎兄の後を追った。「遅ぇ」早くしろよ、先公来ちまうだろ、と毒づく舎兄はこっちだと先導してくれる。が、ありがた迷惑な先導だ。
(ううっ、まさか昨日の今日でサボリに誘われるなんて)
断れない俺、乙。
心中で涙ぐみながら、俺は舎兄と一緒に人生初のおサボりを経験することになった。
「ま、マジかよ。田山! 何があったんだ!? たやまー!」
「これは、冗談抜きに心配かも。圭太くん、大丈夫かな」
「やばい系か? 田山、無事に戻って来るといいが」
残念なことに、俺の耳には薄情者三人組の心配する声は聞こえていなかったという。
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