XX.何がしくったって全部しくった!
(こいつと一緒に帰るのはしくったかもしれない)
学校を後にした俺はチャリを押しながら早々後悔していた。
良くも悪くも荒川庸一という男は目立つ。こうして肩を並べているだけにも関わらず、纏う空気が俺とまったく異なっているとみた。
肩を並べているだけなのにも関わらず、漂ってくるオーラがイケていた。空気までイケているってどういうことだいおい。隣を歩く俺のツラのおかげさまでキャツのイケメンが一層煌いているように見えるのは、もはや気のせいではないと思われる。
ええい、イケメン滅びろ! バルス!
「なあ田山。あの時、気付かなかったのか? 車輪で人を踏んづけたこと」
話題を振られ、心中でバルスを連呼していた俺は愛想の良い笑顔を作ってかぶりを振る。
「犬猫のフン、もしくはガムだと思ったんだって。俺、家に帰って車輪をチェックしたくらいだし。荒川はどうして喧嘩を売られたんだ?」
「んー、なんでだっけ?」売られた喧嘩の内容なんぞ一々憶えていないと頭部を掻く。
その動作がキッラキラ輝いて見えるのは、俺の目に補正でも掛かっているのだろうか。ぐぎぎっ、惨めだ。俺が同じことをしてもキッラキラも補正も掛からないのに!
横目でキャツを見やる。
ふわっ、と慣れない甘い香りが鼻腔を擽った。
香水をふっているようだ。不良さまは目に見えない場所すら着飾るんだな。
だけどすべてを僻んで拒絶することはできない。気さくに話題を振って話を盛り上げてくれるところとか、会話のリズムとか、笑うツボとか、俺とすっげぇ気が合うんだ。人は見た目だけじゃないんだと思う。
今日だけの我慢だと思いながら、楽しく会話を繰り広げていると前方から怒声が飛んできた。
びっくらこいて足を止める。荒川も気だるそうに足を止めた。揃って前を確認、「ゲッ」俺はつい声を上げてしまった。俺達の前に仁王立ちしているのは、チャリでぶつかりそうになったあの不良さま。
やっば、俺、この人をチャリで踏んづけたんだよな。記憶にないけど。
千行の汗を流す俺を余所に、赤髪をオールバックにしている不良は関節を鳴らしながら荒川を睨み付けた。
「やっと見つけたぜ荒川庸一。日曜はよくもやってくれたな。あの時の雪辱、今此処で返してやるぜ!」
「あー、おとついくれぇにチャリで踏まれていた負け犬くん。何だよ、わっざわざ俺を探しに来てくれたのか?」
「誰が負け犬だゴラァ!」
くわっと血走った目を見開き、鼻息を荒くする不良に縮みこんでしまう。
ひええぇぇぇ、怖っ。怖ッ!
しかも、チャリの話題は触れないで! チャリで踏みつけたの俺だから! 加害者は此処にいるのよ!
「メンドクセェな」
今日は喧嘩したい気分じゃない。荒川は面倒な顔を作って呑気に欠伸を一つ零していた。それが癪に障る態度なのか、向こうのボルテージがグングン上昇。一方的ではあるけど一触即発の雰囲気になった。
うっわぁ、これはヤバイ。喧嘩の雰囲気が漂い始めたぞ。俺は喧嘩なんてごめんなんだけど、ごめんなんだけどな!
ふと赤髪オールバックと目がかち合う。
内心でビビっている俺はやや体を引いた。こめかみに冷汗が伝う。なにやらヤな予感である。
「そのチャリ。その面。見覚えが」
ドキリ、嫌な方に心臓が高鳴る。
「俺は覚えがないよーなー」
白々しく誤魔化してはみるものの、
「ダァアアア! 貴様はあん時の奴じゃねえかー!」
うぎゃあああ! 顔を憶えてやがったよこいつ!
しかと俺のことを憶えてくれていたよっ! やっべぇ、マジでやっべぇ! これは非常にヤバイ!
「あん時はよくも踏んづけてくれたなっ」
「いや、あれはですね。こ、故意的じゃなかったんですよ」
「犬猫のフンだと思ったもんな?」
「そうなんだよ。あははっ、家に帰ったら車輪をつい確かめてしま……いえっ、これには浅いわけが!」
この人は俺を窮地に追い立てたいのだろうか? 向こうのボルテージが更にツーランクアップしちゃったじゃんかよ。
あの時のキャツだと分かった目前の不良さまは、ガンを飛ばし一歩足を前に出した。
「来るぜ」荒川庸一が軽い口振りで物申す。「く、来るって」どぎまぎに前方を見やれば、地面を蹴って猪突猛進してくる不良さま一匹。
この時点で頭が真っ白になった俺は、危険が突進してくると本能で察知。
「殴られるのは」咄嗟にチャリのカゴに入れていた通学鞄を、「ぜってぇ」手に取り、「ごめんだ!」気付いたら相手に向かって投げていた。やっちまった……、我に返ると同着のタイミングで俺の鞄は相手の顔面に命中。
不良さまはその場にしゃがんで顔を押さえていた。
「ご、ご、ごめんなさい。あの、自己防衛が働いて……無事ですか?」
身悶えている様子からして、無事じゃなさそう。
ですよね、俺の通学鞄には教科書等がひしめき合っているので重量感たっぷり。投げられたら凶器にだってなっちゃうんだぜ!
呆気に取られていた荒川は、「な。ナイス」俺の行動に大声を上げて爆笑。
イケメン不良くんはどんな顔をしても格好良いらしい。爆笑するお顔も女子達が見たら黄色い悲鳴を上げるに違いない。羨ましいな、ルックスの高い人は。
なんて、思っている場合じゃない。
絶対に許してもらえないと悟った俺は通学鞄を取りに行くためにチャリを一旦その場に置き、素早く鞄を回収。次いでチャリに跨り、「荒川乗れ!」ペダルに足を掛けて後ろに乗れと指示する。
軽く瞠目する荒川。
だけどすぐに綻んでチャリの後ろに乗ってきた。
「一人で逃げることもできるだろうに。節介な奴」
ははっ、そうできたらしたいっつーの。
だけどな、そんな薄情なことできるわけないだろ? 追々のことを考えるとさ! それにニケツなんて本当はしたくない。今の時代、ニケツは罰せられるんだぜ? でも、交通違反と命。どっちが大切かってそりゃあ命だろ! 自分イチバンだろ! 俺は自分が可愛いよ!
「いいか、しっかり肩に掴まっていろよ。少々運転が荒くなるから」
言うや否や俺はペダルを踏んでチャリをかっ飛ばした。
人間二人分の重みがペダルにのし掛かってくる。
けど重みを感じる余裕はない。なんでかって、あいつが追い駆けて来ているからだよ! チャリ相手に根性を見せてくる不良さまは、俺達を捕まえようと全力疾走。
荒川は後ろを振り返って、「頑張るなあいつ」能天気に笑っていた。笑い事じゃないぞ、この状況。
くそう。単にチャリを走らせているだけじゃ、捕まる可能性があるな。確実に撒かないと。
「荒川。路地裏に入る。急カーブにご注意を!」
「うをっつッ!」
右にハンドルを切って路地裏に逃げ込んだ俺は、不良を撒くためにチャリの速度を上げる。
「スッゲェ」こんな細い道を難なくチャリで通れるなんて、荒川庸一は褒めを口にした。嬉しいけど、できることなら別の場面で褒めて欲しかったんだぜ!
背後から怒号が聞こえる。後ろを一瞥すれば見る見る姿形が小さくなっていく不良さま一匹。
いける、確実にあいつを撒ける。
俺は渾身の力を込めてペダルを漕ぎ続けた。路地裏は日当たりが悪いせいか、視界が悪く、しかも道々に障害物が散乱している。
でもそれを気にしていたら絶対に撒けない。
ハンドルを使って器用にかわし、俺は細い路地裏を颯爽と駆け抜けた。そのまま大通りに飛び出すと、俺はチャリを漕ぎ続けて近くの川原まで逃走。さすがについて来れなかったようで、不良の姿形気配はない。
十二分に安全を確認し、俺はブレーキをかけた。
「ふうっ。ここまで来れば、もう大丈夫だと……はぁ、疲れた」
グッタリとハンドルに凭れ掛かる。
同乗している荒川は、「やばかった」マジオモレェよ、チャリの後ろ、と大はしゃぎしている様子。乗ってるだけは良いよなぁ。俺は必死でペダル漕いでいたんだけど。
それにしても死ぬかと思った。まさか不良に追い駆けられる日が平和主義者の俺に訪れるなんて、アンビリバボー。
チャリから降りた荒川は、まーだ絶賛してくれているのか、「テメェ。チャリの腕スゲェじゃんか!」あんな路地裏をスイスイ進めるなんて凄いと褒めてくれる。
「伊達にチャリ爆走男じゃねえなテメェ! チャリの後ろ、超楽しかったぜ」
「ぼかぁ、チョー疲れましたヨ。もう駄目っす。終わりましたっす。シンドイっす。青春の全部を今の騒動に費やした気分だ!」
おどけに、「じゃあもう枯れるしかねえじゃん」荒川は笑声を上げ、「枯れるはひでぇよ」俺も笑声を上げた。
なんでこんなに親しくなったかな。俺達。馬の骨が合ったってヤツ? 不良と仲良くするなんて、変な感じ。俺は不思議な気持ちを抱いた。
きっと、あれだよな。
今まで地味な奴等とバッカ接してきたから、日向人間と仲良くするのが俺には眩し過ぎるんだな。
ま、もうこうやって接する機会はないと思うけど。あって欲しくないけど!
「あ、そうだ。荒川、気分直しにもう一枚ガム食べる? 今噛んでいるヤツ、味がなくなっただろ?」
いそいそとブレザーのポケットを探ってガムを探す。
「気に入った」荒川の意味深な独り言に、「ん?」どうした? 俺は相手を見つめる。チューインガムを取り出して相手に差し出すと、一枚それを抜き取りながら荒川が柔和に綻んだ。
「荒川?」首を傾げる俺に、「ヨウだ」仲間からはそう呼ばれていると返事された。
ますます心情が読めない。荒川庸一だからヨウだってあだ名は分かるけれど、それを俺に伝えてどうするんだよ。
「このあだ名を呼ばせる人間は少ねぇんだ。テメェにならいいって思えた」
「んー、そりゃどうも? お前の価値観についていけてねぇからよく分からないけど。お前がヨウって呼ばれたいなら、そう呼んでも」
「お前は今日からケイだ」
困惑気味に返答していると、荒川、じゃね、ヨウが更なる混乱に貶めた。
田山圭太だからケイだとあだ名を付けてくれるヨウ。口角を持ち上げ、「俺達。初めましてにしては気が合ったし、テメェは見た目に反してオモレェし、このまま逃すのも惜しい。だから俺はテメェと兄弟を結んでみようと思う」
淡々と語る不良に俺は目を点にした。
兄弟を結んでみようと思う? 兄弟? それって兄弟分のことだよな?
――まさか。
「ケイ、俺はテメェを舎弟にする。お前は今日から俺の舎弟だ」
持っていたガムを地面に落としてしまった。呆けた顔で相手を見やると、自信あり気に笑みを浮かべている不良一匹。断る選択肢は持たせてくれないようだ。
勿論、俺の本音はじょ、冗談じゃない! 俺なんかが荒川庸一の舎弟になんかなったらパシリ決定じゃないか! である。
短いながらも長い高校三年の学校生活をパシリな日々で埋め尽くしたくはない。
だから表向き謙遜してみせた。
「い、いいよ。舎弟なんて大それたこと、俺なんかができるわけないし。喧嘩とかやったことないぞ」
「もう決めた。俺はテメェを舎弟にする。なんか問題でもあんのか?」
大有りだよバカヤロウ! お前の舎弟になったら俺の高校生活がめちゃめちゃだ!
毒言したいけれど、不良相手に反論できるほど俺も勇敢な人間じゃない。始終引き攣り笑いを浮かべ、不良の申し出に首を縦に振るしかできなかった。
この些細で気まぐれな出来事が、後々の俺の人生を大きく変えることになるなんて、その時の俺は知る由もなかった。
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