【親父も財閥相手に頑張る】


 □ ■ □



【駅前大通りにて】


 すっかり日が暮れてしまった空の下、噴水広場のベンチに座っていた豊福裕作はひとり溜息を零していた。

 ライトアップされている噴水を眺めながら、待ち人となっている。


 今日も、無事にしがないサラリーマンとして一仕事を終えた。

 定時を過ぎると残業代が出ないブラック企業に勤めて、早十年。劣悪な環境によく耐えていると思う。

 さっさと転職をすれば良いのだろうが、三十も後半になると仕事の選択肢も狭まる。二十代の内に転職しておけば、こんなことにはならなかったのだろうが、時機を見逃してしまった。


 安月給で働く毎日。

 世知辛い世の中である。


 さて、そんなサラリーマンなので、仕事が終わると真っ直ぐ家に帰り、晩酌を楽しむのが日課としている。外で飲み歩くようなことはしない。金が掛かるから。

 なのに今日、飲みの約束をしている。会社の上司や客ではなく、未来の親類となる御堂家の当主と。


「……弁護士の相談に乗ってくれるとは言ったが、まさか二人で飲みに行くことになるなんて」


 借金を負った我が家をどうにかするため、息子を自由にしてやるため、一親父として動いているのだが、これは予想外な出来事だった。


 正直に言わせてもらうと気が進まない。

 相手は財閥、自分はしがないサラリーマン、歳の差もある。三十後半の若造だと見られていないだろうか。借金の件で世話になっているのだから、立場的にもごにょごにょ。


 しかし裕作は気持ちを入れ替える。

 息子だって、財閥の令嬢と婚約を結び、不安に駆られているに違いない。それでも頑張っているのだから、親父の自分が頑張らないでどうする。第一大黒柱の自分がしっかりしていなかったから、こんな目に遭ってしまったのだ。父親として償いの行動のひとつでも起こさなければ。


「御堂さん来ないな。待ち合わせは八時だったはずだが……仕事に追われているのだろうか。財閥だしな。仕事の量も凄そうだ」


「そこにいらっしゃるのは」


 来たようだ。

 携帯で時間を確認していた裕作が、お待ちしていましたと顔を上げた瞬間、石化してしまう。そこには財閥の人間が立っていた。ただし、裕作が待っていた人間ではなく。


「ご無沙汰しています。こんなところでお会いするとは奇遇ですね」


 竹之内英也、息子の元カノの父親だった。

 営業回りでもしていたのだろうか。それとも帰宅の途中なのか。財閥の人間が駅前にいることが新鮮でならなかった。いや、着目点はそこじゃない。


「こんばんは、竹之内さんじゃないですか。本当に奇遇ですね」


 裕作は内心で千行の汗を流す。

 これは気まずい人間と顔を合わせてしまった。

 息子の元カノの父親とは、誘拐事件で顔を合せており、そこで幾度とも言葉を交わした。怪我をした息子の病院の一切を受け持ってくれたのも、この竹之内英也だった。

 だが、息子は彼の娘と破局している。どうして破局してしまったのか、その理由は聞いていないものの、別れた以上はそれまでの関係であることには違いない。特別親しい相手でもないからこそ、英也から声を掛けられると困ってしまう。


「息子さんのご婚約おめでとうございます。噂は耳にしていますよ。御堂さんの御令嬢とご婚約したとか」


 これまた気まずい話題を吹っ掛けられてしまう。


「い、いえ。正式に婚約したわけではなくて……よくご存知で」


「財閥界の噂は早いのですよ。これから、息子さんとは顔を合わせる機会も増えそうですね。婚約とはおめでたい話です」


 それについては複雑である。

 婚約の裏に潜んでいる契約も勿論そうだが、あの息子が財閥界に身を置く。それが不安でならない。苦笑いを零して、建前の礼を告げると英也が不思議そうに見つめてくる。

 「お喜びではなさそうですね」的確な指摘に、「不安でして」正直に胸の内を明かす。


「息子が御堂さんのお宅に嫁ぐなんて夢にも思わなくて。まだ息子は16ですし……財閥界は高貴な世界だと認識しております。あの子の肌に合わないのではないかと、実はとても心配しておりまして」


「買いかぶりすぎですよ。財閥界はビジネス界とさほど大差はないです」


「しかし、あの空が財閥界でやっていけるとは思えないのですよ。社交パーティー等で食事会でもしたら、あの子はボロを出すのではないかと。あの子はややケチ、いえ、経済面でしっかりし過ぎるところがありまして。どうにも庶民の子くさいと思うのです。それを理由に空が虐げられたりでもしたら。ネガティブに考え過ぎでしょうか? 考え過ぎなのでしょうか?」


 ああ、気が気ではないと裕作。かなりの親ばかっぷりを発揮してしまう。

 あっ気取られる英也だったが、すぐに表情を戻し、「ご熱心ですね」と愛想笑いを浮かべた。


「苦労ばかり掛けていますから。もう少し、収入が良ければ苦労も負わせずに済んだのでしょうけれど」


 安月給に嘆く裕作はこれを自虐ネタとして振舞ったが、英也は苦笑いしか浮かべられないようだ。

 代わりに大丈夫ですよ、と励ましを送ってくる。


「貴方のご子息はとてもしっかりしてらっしゃいますから。鈴理とも仲良くして下さいましたし」


「けれどあの子は心配掛けまいと、負の面は何も言わないんです。プレッシャーも大きいでしょうに。もう少し、我が儘になって欲しい。そう思えど、あの子は我が儘になれない。血縁の有無がそうさせているのか、と時々考えてしまいます。親がそう思ってどうするんだって話なのですが、時々妙に血縁について考える自分がいるものです。ああ、すみません。粗末な話を聞かせましたね」


「いえ……お互いに子育てには苦労しているようですね」


「おや、竹之内さんのところもご苦労が? 鈴理さんはとても礼儀正しい淑やかな女性でしたよ。あの上品さは教育の賜物でしょうね」


 別れた息子の元カノを思い出す。

 彼女は本当に礼儀正しく、お淑やかで上品な女性だった。息子には勿体ないほどの美人で、周りへの気配りも忘れない、素晴らしい彼女だったと思う。

 今の婚約者も、男装趣味があるものの、親になる自分達に対しては本当に礼儀正しく、優しい女性だ。財閥の令嬢とは皆、躾が良いと思っている。


 けれども、英也は「礼儀正しい。淑やか。上品……だったらどんなに良いか」と額に手を当てて、ため息を一つ。


 裕作は知らない。

 英也の三番目の娘が傍若無人に振る舞っていることを。

 四姉妹の中で誰よりも個性的な三女、その三女が婚約破談を申し出ている。親とは一切口を利かない。無視、スルー、シカトばかり。感化されたように他の娘たちも、特に次女は親に対して反抗するようになった。妻と共に頭痛と眩暈の毎日を送っている。


 それを知らない裕作は、疲労を含んだ溜息をつく英也に、「その様子ではとても大変なようですね」が同情を込めて笑った。


「確かお子様は四人でしたよね? 空から聞いていますよ。全員女の子だとか。父親としては辛いことも多々でしょう?」


「そうなのですよ。異性の子を持つと辛いものです。隣、宜しいでしょうか?」


 長話になってきたからだろう。英也が裕作に隣に座っても良いかと尋ねる。

 源二はまだ来る様子がないため、裕作はどうぞと頷いた。片隅で子育ての愚痴でも聞いて欲しいのだろうと察する。裕作もまた、第三者に聞き流す程度に子育ての愚痴を聞いて欲しいと思っていたので、これは有り難い流れだった。


「今。ご子息はどちらに?」


 英也の問いに、


「御堂家にいます。一応婿養子として花嫁修業……いやいや花婿修行をしなければいけませんから」


 裕作は吐息をついた。


「平日は向こうの家族に預かって頂いているんですよ。土日はバイトを終えて自宅に帰ってきます」


「アルバイトをしてらっしゃるのですか? それは感心ですね」


「空がどうしてもしたいと言うもので。びっくりしましたよ。あの子、事後報告でバイトをしたいと言ってきたんです。採用後に言ってきたんですよ? 私も妻も驚きかえりました。

 奨学生なのだから勉強第一にして欲しいというのに、私達も学院生活を楽しんで欲しいのに、空にはそれが伝わっていなかったようです。前触れもなしにバイトするから、なーんて言われまして。

 自分の小遣い稼ぎならまだしも、家計に入れると分かっていたからこそ大反対しました。親子喧嘩にまでなりそうになったんですが、向こうの熱意に根負けしてしまいました。


 先程、我が儘を言わないって言いましたが、家庭面に関してはわりと我が儘かもしれません。うちの息子は。

 思えば、いつもそうです。エレガンス学院に入る際も、奨学生を取れなかったら働くって言い出したんですよ。受験後にそれを言われまして私も妻も絶句したものです。普通に入っても価値はない。奨学生として入ってこそエレガンス学院を選んだ意味がある! きっぱり言われまして、親子喧嘩勃発ですよ」


 親としては家庭のことなど気にせず、息子に学校へ行って欲しい。

 せめて高校までは通って欲しい、切に願っていた。一親として。稼いでいる自分の立場も無くなる。


「けれど息子には伝わらなかった。どんなに言っても、奨学生を取れなかったら働くの一点張り。中卒で働ける場所なんて限られているのに。長期労働、低賃金は当たり前なのに。学歴社会を甘く見ている息子をきつく叱り飛ばしたものです。

 結局、学院に奨学生として受かったので何事もなく終わったのですが。子供って親の気持ちを酌んでくれない、厚かましい生き物なのでしょうね。将来のことを考えて物を申しているのに、目先のことばかり囚われて背伸びしたことばかり言う。空にも困ったものです。勉強で大変なのに、バイトはまだ頑張って続けていますよ」


「豊福さんのご意見に私も激しく同意します。実は三女の鈴理と、最近揉め事を起こしておりまして。将来のためだと思ってやったことも、受け入れてもらえずにいます。親の思いと娘の気持ちが反比例しているのです」


「そんなものですよ、子供なんて。自分もこんな厚かましい子供だったか? と首を傾げたくなるものです。いえ、厚かましかったんでしょうね。あーもう一度、厚かましかった子供時代に戻りたいものです」


 ライトアップされている噴水に目を向け、おかしそうに笑う裕作につられて英也も笑う。

 本当に戻りたいですね、まったくです、と本音を交し合った。


「それでも子供って可愛いものですよね。私は子供に恵まれなかったので、空にお父さんと呼んでもらえてとても幸せなのです。だからなんでしょうね。結局我が儘を許してまう。

 先程の話に戻りますが、あの子がバイトをしたいって言って、私達は渋々許可をしました。が、やっぱり勉強に差し支えると思って白紙にしようと思った時期がありました。

 塾にすら通っていないあの子は、どうにか勉強時間を増やすことで奨学生を維持しています。バイトと並行していけば、いつか学力が下がるのでは? と思ったんです。

 だから空に言おうと思ったのですが……無理でした。あの子が活き活きとバイト先から帰って報告してくれる姿を見ていたら、とても。


 勉強のことが気になりましたが、バイトはあの子の決めたことです。信じて見守ろうと思ったのですよ。時に目先のことを精一杯頑張っている我が子を評価してやるもの親の務めかもしれません」


 目を見開く英也に、


「とはいえ不安でしょうがないんですけどね。学力が落ちて奨学生剥奪、中退なんてされたら、そんなネガティブなことを思うことも多いです」


 親としての悩みを打ち明ける。

 すると彼は理解を示し、「そうかもしれませんね」と相槌を打って前方を見つめた。

 

「親と子の気持ちは相反するもの。未来を思う親と、目先のことを努力する子とでは、きっと」


「でもこんな悩みでも楽しいものですね。これなら、もう三人くらい子供が欲しいものです。子が増えると悩みも増え、老ける勢いも増しそうですけど、とても楽しそうです。娘ができたら是非パパと呼んでもらいたいものですよ」


「ははっ、娘ばかりだと父親の肩身も狭いですよ。男ではついていけない話題も沢山で」


「親父の辛いところですね。思春期に入ると特にそうでしょう? ストレスも溜まりそうです。ですが竹之内さんなら大丈夫ですよ。あんなに素敵なお子さんがいらっしゃるのですから。まあ、悩みがあれば親父同士で話すのがいちば「豊福さん。飲みに行きましょうか」……え?」


 突然の申し出に言葉を失ってしまう。

 飲みに行きましょうか? え、飲みに行きましょうか? いや、自分は今から、御堂家の当主と飲みに行く予定なのだが。


「家内にもいえない親父の辛さ、ありますよね。豊福さんはよく分かってらっしゃる」


 肩身の狭い思いでもしているのだろうか。裕作は出掛かった言葉を呑み込み、愛想笑いで「そうですね」と同調してみせた。

 すると拍車が掛かったのか、親父としての恨みつらみを口し始める。


「何故仕事をしている親父は評価されないのでしょうかね。不服で、不満で、理不尽です。親父は娘の敵として立たざるを得ない存在なのでしょうか? 確かに私は鈴理に、強引なことをして傷付けてしまいましたが」


「あ、あの」


「息子さんとの関係も否定していたわけじゃない。ただ、あの子なりの幸せをと思いまして」


「そ、空が何か失礼なことでも?」


 裕作は知る由もない。

 英也によって二人が破局している事実を。知ったところで、今さらの話だろうが。



「お待たせしました。豊福さん。申し訳ない、少し仕事が立て込んで……おや、貴方は竹之内さん」



 タイミングが良いのか悪いのか、源二がやって来た。

 その場に顔を合わせた者達に各々思惑がめぐる。特に財閥の当主同士の顔といったら。裕作は危機感を抱いた。この組み合わせはかなり不味い。不味いではないか!

 どうにかこの場を切り抜けなければ、妙な空気に当てられることになる。


 それは分かっていたのに、「こんばんは」「奇遇ですね」双方が挨拶を交わし、とんとん拍子に会話が進んで、何故か三人で飲みに行くことになってしまったという。


 連れて行かれた高そうなバーで重い溜息を一つ。

 自分の給料では到底足を運ばない店内を見渡した後、右に視線を流す。そこには息子の元カノの父親。左に視線を流す。そこには息子の婚約者の父親。丸テーブルを囲んで自分は真ん中。どうしてこうなった。


「申し訳ありません。飛び入り参加するような形を取ってしまって」


「いえいえ。飲みの場は人数がいた方が盛り上がりますから」


 ニコッ、ニコッ、双方の愛想笑いがこれまたなんとも居たたまれなくなる。

 心中では財閥として、自分の想像のつかないことを思っているのだろう。ああ、帰りたい。裕作は無理やりダイキリと呼ばれるカクテルで喉を潤す。つまみはガーリックアンチョビポテトで。


「まさか、竹之内さんと豊福さんがお付き合いがあるとは」


「娘繋がりですよ。事件に巻き込まれた際、少々お話する機会がありまして」


「それは心中御察しします。娘さんは二階堂財閥のご子息と上手くいっていますか? お二人のご婚約は、私としてもお祝いしたい気持ちでいっぱいなのですよ。おかげで玲にも婚約者ができました」


 なにせ、娘さんの繋がりで玲と未来の息子が出逢うことになったのだから。

 上機嫌に笑う源二の、妙に棘がある台詞に裕作は恐怖した。できることなら、すぐに帰りたい。ぎこちなく英也を横目で見ると、彼の笑みが深くなる。


「そちらのお嬢様の男嫌いは有名ですからね。しかし、驚きましたよ。まさか一般の子とご婚約とは。五財盟主の肩書きを持つのですから、その」


「はっはっは。資産家のご子息を婿入りさせるとでも思いましたか? それも考えましたがね。やはり、一番は娘の気持ちですから」


 一般の子と婚約させたからといって、五財盟主の肩書きを穢すような軟な財閥ではないと源二。父親ならば、娘の気持ちを汲んでやることも大切なのだと、意味深長に微笑む。あからさまな挑発である。


 裕作は心の中で涙を呑んだ。

 三十も後半にして、こんなにも重い飲み会を経験するなんて。これでは酔えるものも酔えない。


「空くんとお嬢さんがお付き合いしていた時期もあったそうで。まあ、若いうちは沢山恋愛を経験しておくことも勉強でしょう」


「ずいぶんと仲が良かったですからね、鈴理と空くんは。許嫁がいなければ、もしかすると婚約させていたかもしれません。大雅くんもよい子ですけどね」


「玲と空くんは今、とても仲が良いですよ。毎日を楽しそうに過ごしています。あれは睦ましい夫婦になるでしょうな。いやはや、娘の男装趣味も理解してくれる息子でしてな。男のように振る舞う娘に合わせてくれるのですよ。豊福さん、彼は実にできた息子さんですよ」


「あ、ありがとうございます……そう言って頂けると私も嬉しい限りで」


「娘に一喜一憂する彼を見ますと、空くんも玲の魅力に気付いているのでしょう。可愛いカップルですよ」


 静かにゴングが鳴ったような気がする。

 これは、あれだ、娘を持つ親父の戦いの始まりだ。


「豊福さん。息子さんは鈴理にも、とても心を開いていましたよね。お互いの家に泊まるくらいですから。あの子は少々変わっていますが、根はとても優しく、人を笑顔にさせることが得意ですから」


「え、ええ……あー上品でお淑やかなお嬢さんですよね。空も大好きだったと思います。だから、別れた後はしばらく、落ち込んでいまして。ああ、責めているわけではありませんよ。恋愛は本人同士の問題なので」


「玲が失恋を慰めていたのですよね。優しい子です」


「鈴理は空くんが入院してから、しばらく通っていました。優しい子ですね」


「ワンピースを着せると、妻に似てとても美人なのですよ。女性らしさが出て、非常に味わいがある。ギャップ萌えってやつですね」


「化粧をする娘の面持ちは、まるで別人。お転婆な姿などなく、まさに淑女なのです。四人の娘それぞれに淑女らしさが出て、味わいがありますよ」


 双方、酒が回ってきたのだろうか。

 饒舌に娘の自慢をしている。それこそ張り合うように、自分の娘はあーだ、自分の娘はこーだと言い合い、笑い合っているものだから裕作は遠い目を作った。


 やっぱりこうなった。穏やかな飲み会になるとは思っていなかったさ。元カノの父親と、婚約者の父親のバトルはもはや必然だと言える。


 唐突に、二人からどちらの娘が可愛いかと尋ねられる。白黒はっきり付けたくなったらしい。が、これに関しては物申す。


「やはり、空でしょうか。自分の子供が一番可愛くて……あの子から初めて“お父さん”と呼ばれた時は、本当に感動しました」


 これにより、この争いは“我が子が一番可愛い”で決着がつく。

 よし、少しは穏やかな飲み会になるのでは、と期待を寄せるも……。


「玲と空くんは、まさに夫婦のようでしてな。あれならば三年以内には孫が見れるかと。可愛いでしょうな。私の孫は」


「気が早いですね。上手くいくかは本人達次第でしょうに」


「上手くいくに決まっているじゃないですか。なにせ、私の娘が心から愛した子を婚約者にしているのですから! 玲の気持ちを優先して良かったものです。とても、良かったです」


「は、ははは……どうせ婚約破棄を主張しているのなら、今からでも、鈴理の気持ちを優先させるか」


「おや? 何か仰いました? まるでそちらの婚約が上手くいっていないかのようなお顔ですが」


「あいかわらず癖のあるお方ですね。此方の事情をどれだけ把握しているのか、恐ろしいですよ。策士なところは狐と呼ばれません?」


「狐! はは、お褒めのお言葉として受け取っておきますよ。竹之内さんは動物に例えると猪でしょうかね」


「それは褒め言葉、でしょうかね?」


 いつになったら弁護士の相談ができるのだろう。


(もしや、今日は無理なんじゃ……)

 

 裕作はまた近々飲み会が開かれるのだと、嫌な未来を予想し、肩を落としたのだった。

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