03.愛の力でお見通し
「アーイテテテッ。超拳骨いてぇ。いや俺も悪かったけど、ここまで本気で殴らなくてもいいじゃんか。学ランに短髪でイケメンなんて、どっからどう見ても男だろ? そりゃ声とか体型とか見ればさ、男とは違うと思うけど……先入観で男って思い込んじまうじゃん。めっちゃ美少年だし」
頭部を擦るイチゴくんは開き直ったようにブツクサ文句垂れていた。
痛恨の一撃を脳天に食らい、そのあまりの痛さに自分だけが悪いんじゃないと思ったらしい。
「このド阿呆」
隣に座っているアジくんが容赦なく頭を叩いて、反省しろと咎める。
「そんなこと言っても勘違いするじゃないか」
俺の隣に座っている御堂先輩に視線を流してイチゴくんが肩を竦める。
逃げるように向こう側の席に移動してしまったエビくんが、友人が失礼をしてしまいすみませんと改めて頭を下げてくれる。俺も一緒にごめんなさい。
不機嫌に眉根を寄せている御堂先輩は、「豊福の友人だから許す」もしそうじゃなかったら地の果てまで殴り飛ばす予定だったと鼻を鳴らした。
ただでさえ男嫌いの彼女だ。男と一緒にいるだけでも普通に不機嫌なのに、まさかの不本意乳揉み事件が勃発してしまったため婚約者の機嫌は最高に悪い。
ほんっと申し訳ないっす。
女性にとって屈辱的出来事だと思うんで、だからその、我慢します。太ももを撫でられる行為。
しれっと逆セクハラをしてくる婚約者に目を瞑り、どうして俺の居場所が分かったのかと彼女に尋ねる。「馬鹿だな。僕が豊福の居場所を把握できないとでも?」満面の笑顔でスマホを取り出した。
「GPS機能があれば、何処でも豊福の行動を把握できるぞ。君がカラオケに向かったことも、そこに入らずバッティングセンターに入ったことも把握澄みだ」
もっと詳しい情報を口にするべきか?
彼女の問い掛けに、俺は限りない棒読みで「わぁ。愛されてますね俺」と指を組んでスマイル。
これ以上の情報を聞いたら俺が喪心しそう。
何処にGPSが付いているんだ? 御堂家に借りたスマホか? 初耳なんだけど。
さて彼女が此処にいる理由は俺のお迎えらしい。
時間を確認すると既に8時過ぎ。随分、皆と話し込んでしまったようだ。時間が経つのって早いな。
「空の婚約者って心配性だな。自分ひとりでも帰れるだろうに」
わざわざお迎えなんて、どんだけ心配性なんだとイチゴくん。
「当たり前だろ。財閥の婚約者なんだ」
誘拐される可能性は十二分にある、と御堂先輩は素っ気無く返事した。それには何も言えない。本当に誘拐されたことがあるからこそ何も。
「なにより豊福が性的な意味で襲われたらどうする。以前、男からSMプレイ未遂を犯されそうに」
「えっ、空……! お前、どんな悲惨な目に遭ってるんだよ!」
また余計な話題を掘り返しましたね。それ親衛隊がヤらかした道徳指導でしょ。
危うくMにされそうになった思い出に浸り、俺は溜息をつく。ベルト鞭は痛かったな。
「豊福は僕の彼女だ。身を案じたことに越したことはない」
「俺は彼氏です、御堂先輩」
「うわっ、女に彼女って言われてらぁ。これが噂に聞く攻め女か!」
「馬鹿だね翼くんは。あんなの序の口にすら入らないよ」
「そーそー。もっと過激だぞ。毎度の如く空が発狂しかけてるもんな」
さっきも発狂しかけたんだけど。
好奇心を瞳に宿らせるイチゴくんに、フライト兄弟がまだまだ甘いと指摘。
「例えば?」イチゴくんの惜しみない質問に、「ふーん。君は攻められたい願望なのか?」フライト兄弟が返事する前に御堂先輩が口を開いた。好奇心を宿らせているイチゴくんに思うことがあったらしい。
「そういうことじゃないけど」
あんま想像がつかないとイチゴくん。
「アジから聞いていた時は、こう……もっとイチャイチャのラブラブだったんだけど。やっぱ元カノが凄まじかったのかな。さっき公開プレイも未遂だったし」
素朴な感想を彼が口にしたせいで御堂先輩の中の闘争心が燃えた。めらめらっと燃えた。
「お、おいイチゴ。お前はまた余計なことを」
「だってアジが聞かせてくれるのってすっげぇじゃんか。わりと普通なんだな、今の攻め女って」
嗚呼、オーラで分かる。
僕が鈴理に負けていると言いたいのかい? 豊福、君は彼にナニを話したんだい? と、無言のオーラが俺を責めてくるよ。俺は何も言ってないのに!
ドッと冷や汗を流していると、王子が人の腰に腕を回してきた。
「勘弁してあげようと思ったけど、やっぱり許してあげない。お昼、百合子に何かしたみたいだし、そのお仕置きもかねて、ね?」
「あぁああああの人が、人がいますから! 他にお客さんだってンンンンン?!」
ぎゃー! ちょ、ぎゃぁあああああああああ! 何をされているかはお察しを!
「はい呼吸」息継ぎの暇を与えてくれる王子は、善意ではなく、悪意をもってそれを促す。俺の理性が切れないように。より羞恥を感じるように。
「あと五回。頑張ろうな。豊福はキスが苦手だし、息継ぎの時間はあげるよ」
王子は紳士ではなく、鬼畜だ。鬼そのものだ。
「――はい、五回。よくできました」
くしゃくしゃっと髪を撫ぜられる。
行為以前にボッサボサだった髪は、これによって更にボサボサになってしまう。いや、そんなこたぁどうでもいい。髪なんてどうでもいい。
今の俺の気持ちはひとつ、死にたい。それの一点張りだ。
ずるっと腕までおりたブレザーを引き戻し、半泣きになりながらカッターシャツのボタンを留める。
「イチゴ」「翼くん」ジトーッとフライト兄弟が元凶を白眼視。彼は彼で必死に俺に謝ってきてくれた。
「ご、ご、ごめん空。俺はほんっと好奇心のつもりだったんだ。まさかこの場で実演してくれるとは思わなくってさ……あーモンハン並みに初心者に厳しい光景」
「せめ、おんなだからね。おれのおうじ」
「な、泣くなって。俺は何も思わないぞ」
うそつけ。目が泳いでいるじゃん。
嗚呼、俺はどうして此処にいるの。なんで俺、公衆の面前で攻められたの。どんな攻められ方をしたんだっけ、友達の前で……もう駄目だ。生きていく自信がなくなった。男として生きていく自信がなくなった。
「おにゃのこになりたい」
オカマでもいいよ。俺は男じゃなくなったんだ。
バイバイ、男の俺。ハロー、おにゃのこの俺。これからはセーラー服で学校に登校するから……嗚呼、でも今着ている制服が勿体無いから御堂先輩と同じように男装って形を取ろう。
そう、今の俺は男装しているんだ。うふっ、おしゃまな俺ね。
顔を紅潮したままグズッと涙ぐむ俺に、「大丈夫だって! お前は受け男なだけだ!」と、アジくん。
「そうだよ受け身なだけだ! 君は僕達と同性だよ」と、エビくん。
「攻め女怖ぇ。やっぱ空の立ち位置には立たなくていいや」と、イチゴくん。
各々励ましやら率直な感想やらを述べてくれる。
すっかり落ち込んでいる俺の隣では、王子系プリンセスが満足げに口角をつり上げている。やられるよりやるほうが楽しいとのたまう彼女は、俺に子供は男女両方欲しいもんな、と質問してきた。
「もうどうでもいいっす。二人でも三人でも、飛んで十人でもどんとこいっす。俺、頑張りますから」
「空くん。一応聞くけど、頑張るって産むの意味じゃないよね? 君、男だよ」
だってシュワちゃんは男でも妊娠できていたよ(某映画の話だけど)。
ズーンと落ち込んでいる俺を余所に、「いいじゃんか空!」これぞ本当の肉食草食カップルってカンジがする、とイチゴくんが励ましてくれた。
「ほらさ。どんなに肉食女でも、最後は男に食われちまうパターンが多いじゃんか。でもお前等にはそれがなさそう! そう、真正の肉食草食カップルなんだ! 希少だぞ!」
彼は爽やかな笑顔で親指を立てた。
この野郎。事の元凶はイチゴくんなんだけど、御堂先輩の闘争心を焚きつかせてからに。畜生。
「とにかくさ、折角こうして知り合えたんだから、今度五人で遊ぼうぜ」
イチゴくんが話題を切り替えた。
すこぶる不機嫌になる御堂先輩をスルーして、「バッティングセンター行こう」イチゴくんが積極的に誘ってくる。ぼっちでバッティングしていたことを相当根に持っているらしい。この面子でいいから行こうと提案。
「なんで僕まで面子に入っているんだ。花畑」
「いいじゃん、ご縁あって此処にいるんだし。行こうぜ。女でも楽しめると思うしさ。それとも運動駄目? 王子のくせに?」
「……今のは挑発として受け取っておこうか。僕が君に負けるとでも?」
「勝負はやってみねぇと分かんないもんだぜ。俺は御堂に勝つ自信大有りだから!」
「チッ、年下のクセに僕のことを呼び捨てとは生意気な。君にはひとつ、身の程知らずという言葉を叩き込んでやろう」
「んじゃ決まりな」今度集まってバッティングセンター行こうとイチゴくんが指を鳴らした。
「見た目は美少年でも」女のお前には負けない。はっきり物申すイチゴくんに、「ふっ。負けて吠えるなよ」世の中は実力社会だということを教えてやる。王子が完全にやる気ッズになった。
嗚呼、ほんっと強引ゴーイングマイウェイイチゴくん。
なんと御堂先輩を言いくるめちまいやがった。あの男嫌いの御堂先輩をその気にさせるなんて、すっげぇツワモノだ。
楽しみだなぁ、ニコニコと笑みを零すイチゴくんに対し、ガンを飛ばしている王子。
真逆の反応なのに約束は取り結ばれた。
いつになるか分からないけど大丈夫かな、この面子で集まるなんて。不安も不安なんだけど。
「てか俺達も行くのかよ」
「僕。三球しか当てられなかったのに」
巻き込まれたフライト兄弟、どんまい。ついでに公開プレイされた俺もどんまい。
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