07.我が家にお嬢様がやってくる!(その1)




 □ ■ □



「おはよう、空。今日はあんたと徒歩で家に向かうことにしたぞ! とても楽しみにしているからな!」



 あくる日の先輩はすこぶる機嫌が良かった。俺のお誘い効果がいかんなく発揮されたらしい。


 登校した俺を昇降口で待ち構えていた鈴理先輩は、「あんたと下校デートだ」挨拶代わりに下校の話題を振ってきた。いつも車で送り迎えされている竹之内お嬢様三女だけど、俺のために帰りのお迎えはいらないと言ったみたいだ。

 とびきりのニッコニコ笑顔で一緒に歩いて帰るとのたまってくる。


「そうっすか。でも俺の家、遠いっすよ」


 元気ハツラツの彼女に向かって俺は目尻を下げる。


「構わないぞ。寧ろ、下校デートをしてみたかったのだ」


 鈴理先輩はハイテンションで答えた。


 うん、良かった。

 いつもの先輩に戻ってくれているみたいだ。はしゃぎように微笑ましさを感じるぞ。誘った甲斐もあるってもんだよな。

 ほんっとここのところの鈴理先輩、様子がおかしかったしな。元気になってもらって俺も「空の家でセックスはできるのか?」



 ………。



 笑顔を貼り付かせた俺は上履きに履き替えながら彼女に忠告を述べることにした。


「先輩。俺の家は狭いです。両親とは常に至近距離です。したがっていかがわしいことはできません。いいっすか?」


「空のご両親が帰宅する前にヤることをヤればいいではないか! 時間に追われながらするセックスはな、とても燃えるそうだぞ。あたしは必死になっている空を見たいのだ。うむ、あの時の嬌声も耳から離れないし、是非ともあたしは」


「センッパイィイイ! 頼みますから……頼みますから、俺の家では健全にしましょう! 親にいたらんことをしているなんてば、ば、ばれたら、おぉお俺、顔向けもできないっすよ!」


「いたらない? まだセックスしてないでは「とにかく健全重視でお願いしますっす!」 


 ぶすくれる鈴理先輩は、「じゃあこっそりお触りは良いだろ?」なんて爆弾発言。

 腰や体を触ったりするだけなら許容範囲だろ? とかなんとか、言ってくれる先輩だけど、貴方様の触る行為は一々々々ねちっこいんっすよ。できることなら却下したいところっす。


「健全重視か。ABC段階で言えば【-A】といったところか」


 我慢できるかどうかが不安だと鈴理先輩。


「空が煽ってくるからな」


 あくまで俺のせいにしてくる先輩に俺はググッと握り拳を作ってスルーを試みた。


 ここで下手にツッコめば返り討ちに遭いかねない。忍耐をつけることも大切だ。そう、大切なんだよ豊福空っ、ゾゾゾッ?!


 背筋を伸ばす俺の腰をお触りしてくる鈴理先輩は、「朝からヤラシイ」ふうむ、我慢ができるかどうかは至難の業だと首を捻って独り言。俺は貴方様の手から逃れられるかどうかが悩ましい問題っすね。困った、先輩を元気付けるとはいえ自分から罠に飛び込んだ感が否めない。

 先輩の理性を信じてはいたいんだけど……おイタしてくる手を捕まえて俺は思案を巡らせる。

 この行為にいつもだったら不機嫌になる彼女だろうけど、今日はご機嫌もご機嫌。早く放課後にならないかなぁっと口ずさんでいた。



 待ちに待った放課後。

 一足先に帰りのSHRを終えた鈴理先輩が俺の教室前まで飛んできた。

 俺の席は廊下側だから、待ちきれない様子で廊下を往復している彼女の姿を目にしてしまう。子供のようにはしゃいでいる鈴理先輩に自然と笑みが零れてしまうのは、俺が彼女の嬉々に少しならず触発されているからだろうな。


 長ったらしい明日以降の報告が終わると起立、礼、解散。

 生徒達は談笑を交えながら身支度を始める。俺も急いで通学鞄に教科書を詰め込んだ。彼女が待っているんだ、早く行ってやらないと。


「そーら! 早く帰るぞ。今日は空と午前様過ぎてもランデブーだが、時間は無駄にしたくない。一分一秒無駄なくあんたを攻めたいんだ!」


 ……相変わらずお嬢様はTPOを弁えないんだから。


「空を攻め倒すぞ!」


 大声で気合を入れている鈴理先輩に俺は多大な羞恥心を抱く。


 先輩、ここは俺のクラスっすよ? 分かってくれています?

 大声で攻めだのランデブーだの、単語的にマシとはいえもう少し場の空気を読んでから発言してくれないだろうか。


 いや、それができる人だったら俺は苦労していないけど。


 クラスメートは既に慣れた光景なのか、談笑を途切れさせることもなく和気藹々と会話に浸っている。フライト兄弟からは悪意ある含み笑いを頂戴したけど。

 鞄を持って彼女の下に行くと、やっと来たとお小言を頂戴しつつも笑顔で帰ろうと腕を引いてくる。


 おっとっと。

 危うく転倒しそうになった俺は、体勢を持ち直して鈴理先輩と昇降口へ。

 そこで大雅先輩と遭遇し、「放課後デートかよ。アツイねぇ」意地悪さを含んだ揶揄を飛ばされてしまった。

 俺が何か言う前に、「違うぞ!」デートではなくお泊りなのだと胸を張る鈴理先輩。


 余計なことを言うんじゃ……。



「空からお誘いがあってな。今日は空の家ですき焼きをご馳走になるのだ。しかもお泊り付きときた! 泊まりに夕飯、そして空を頂けるなどこれ以上にない美味話!

 御両親とも親睦を深められるチャンスだし、陰でこっそりあーんなことやこーんなこともできるし。スリルも少々味わえるかもしれないし。なにせスリルは興奮の糧になるというではないか」



「豊福。正直に言え、本当は鈴理に食われたいんだろ?」


「滅相もないっす。俺は健全お泊まり計画を決行しているだけです」



「うーむ、空と共に入浴したいが……御両親は許して下さるだろうか? 入浴はまだ健全ラインだと思うのだが。庶民の浴室は狭いと聞くし、ご許可を得られないかもしれない。しかしあたしは浴室の狭さも恋愛オプションの一つだと思っている。狭ければ狭いほど、空との密接度も上がる……押し倒さずいられるだろうか、あたし。空はえろいしなぁ」



「……健全お泊り計画がなんだって?」


「……健全お泊り計画(仮)と名づけ直します」



 饒舌に本日のスケジュールを立てていく彼女、大雅先輩は呆れ顔で肩を竦めていた。


「馬鹿だろお前。自分から地獄に飛び込むなんて」


 ご尤もなことを言われてしまう。ほんとっすね、馬鹿をしているとは思うっすよ。


 でも彼女が喜んでいるなら俺はそれでいいと思っているんだ。最近の彼女は本当に変だから。少しくらい危険に身を投じても彼女には笑っていて欲しい。

 小声で吐露すると意味深に大雅先輩は鼻を鳴らし、「大切にしてくれているんだな」許婚としては嬉しいところだと一笑を零す。許婚としてというより、幼馴染として嬉しいところだと大雅先輩は台詞を言い直す。


「テメェが鈴理の彼氏で良かった。あいつって激変わっているからさ。あいつの掲げる持論についていける野郎がいるか不安だったんだ。俺でさえ、あいつの持論は『……』だったし。そういう面さえ豊福は受け入れてくれている。改めて安心した」


「ふふっ、認めざるを得なかったんですけどね。おかげさまで俺の男としてのプライドはボロ雑巾も良いところです。はぁ、俺の男道、何処で間違ったかなぁ」


 「男の娘だもんな?」笑ってくる先輩に、「意地悪いっす」俺は受け男なだけだと鼻を鳴らして反論した。男を捨てたわけじゃない。無理やり女ポジションに立たされているだけで、べつに娘になったわけじゃないよ。

 いつか娘になる日もくるかもしれないけど! モロッコで性転換手術をするかもしれないけど!


  と、熱弁暴走していた鈴理先輩がハタッと我に返り、こんなことをしている場合じゃないと手を叩いた。

 早く帰らなければならない、なんたって今日という時間は長いようで短いのだから!


 握り拳を作る彼女は、「大雅のせいで時間のロスだ!」べしりと許婚の背中を殴ってそそくさと歩き出す。その際、しっかりと俺の腕を引いて。 


「あーあ。おアツイったらありゃしねぇ」


 苦笑する大雅先輩に手を振って俺は鈴理先輩と正門を潜り、帰宅路を辿る。



 いつもだったら車で送り迎えされる彼女だけれど今日は俺と徒歩。

 申し訳ないことに四十分ほど歩かせることになるんだけど、彼女は嬉しそうに気にしていないと返事してくれた。


 よっぽどお泊りが嬉しいらしい。


 浮き足で歩く彼女はしっかりちゃっかりと俺と手を繋いで前へ前へと歩く。

 こんなに喜んでくれるならまた次回も誘おうかな。

 第二回目お泊まり計画という気の早い計画を脳内でしていると先輩が視線を持ち上げた。俺と視線を交わす先輩は、唐突に「寄り道をするぞ」と切り出す。


 寄り道、とは?


 瞬きする俺に、「鈍い奴だ」寄り道イコールデートに決まっているだろ? と彼女は物申す。


「この日のために。ちゃんと空の通学路を隈なく調べたのだ」


 熱く語る鈴理先輩は、まずは本屋からだと手を引いて右折してしまう。俺の通学路を隈なく調べたってところにツッコミを入れるところなんだろうけど(だって隈なくって……)、そこは敢えて触れず、彼女のご要望に沿って本屋へ。


 そこで鈴理先輩は大量の恋愛小説を手にし始めた。

 さすがは恋愛スキー。どんどん腕に小説が積み重なっていくんだけど。


「先輩。それ全部買うんっすか? 見積もって軽く十冊はありますけど」


「ああ、購入予定だ。すべて待ち望んでいた文庫本でな。あとは……おっと忘れていた! 新作が出ていた筈だ!」


 言うや否や先輩がとある売り場コーナーへ駆けた。


 急いで後を追った俺は微妙な気分に陥る。

 だって先輩が立ったコーナーはケータイ小説コーナー。尤も攻めの参考書として用いられる本の前に、我が彼女が立ったんだけど。

 俺に持っていた小説を持ってくれるよう頼み、彼女は早速単行本に手を伸ばす。で、購入予定の小説山に重ねた。


 タイトルはふむふむ、『君がいた夏』なんか青春っぽそうだな。良かった、安心「これ等も追加だ」何々?


『スイング決めて甲子園へ』


 ああ、野球青春物。


『さよならの風-また君に会う日まで-』


 帯びには果敢無い恋と表記されているから悲恋かな?


『俺サマに愛されちゃって三千里』


 ……どっかで聞いたことのあるフレーズ。


『意地悪プリンス~そんな君に愛されちゃったの~』


 ……どーんな君に愛されちゃったの?



『お前は俺専奴隷ちゃん③』



 うげっ、えげつねぇタイトルきたよ!

 しかも三巻だと? 続き物だと? なにこれ怖い、奴隷とか怖い! なにが怖いかってこれを参考に行動を起こすであろう先輩が怖い!

 さ、さすがに奴隷とか、そんなことは思わないよな? な?! 先輩優しいもの、きっと、きっと!


 ガタブルで青褪める俺に気付いているのかいないのか、先輩はこれは面白いぞ、と頼みもせず内容を説明し始めた。


「この話はな。借金を背負った少女が金持ちボンクラ息子専用のメイドになる話なんだが…、このボンクラ息子が次第次第に成長していく話が微笑ましくてな。成長と共にSっ気も発揮されていって。相手を奴隷ちゃんと呼ぶくせに、いざとなれば名前で口説く。テクニカルなお男だな、まったく」


「………」



「実はな。ネタバレになるのだが、ボンクラ息子がチョーカーを少女にプレゼントする話があるんだ。

 なんでチョーカーをプレゼントしたと思う?

 少女は当然飾りをプレゼントしてくれたと思ったんだが、ボンクラ息子の意図はこうだ。“choker”は息を止める人や窒息させる人の意味合いが含まれている。つまりチョーカーをプレゼントした奴にお前はいつだって俺に息の根を止められそうになっていることを忘れるな。それは俺のものだという証だ、という歪んだ愛情の表れなのだよ!


 奴隷奴隷と貶してはいるが心から少女を欲し、我が物にしたいと思っているのだ。

 なんてことだ、そういう愛情表現もあったとは! 目からうろこだったぞ。


 チョーカーをプレゼントする。それだけ独占欲が強いと示したかったのだろうな。それは二巻の話になるのだが……うむ、チョーカーか。アレックスにも首輪がついているし、ここは一つ所有物を示しておくのも悪くはないような」


 ちっとも悪いことっす!

 おおおぉおお恐ろしい思考になりそうなお嬢様がいて怖い、コワーイ! そして俺、アレックス(犬)と同レベルっ、切ナーイ!


「しょ、小説ですからね」


 自由が利くのだと誤魔化し笑いを浮かべ、俺は内心で号泣した。ケータイ小説のドチクショウ。不健全ドチクショウ。参考にする先輩はドドドチクショウ、と。

 まだチョーカーに執着を見せる彼女だったけど、不意にジーッと俺の首筋を見て笑顔を零す。


「やっぱりやめだ。証は既にあるからな」


 それが見えなくなるのは嫌だと鼻歌交じりに言い、本棚へ視線を流した。

 あっさりと諦めを見せた鈴理先輩に首を傾げていたれだったけど、何が見えなくなるのか、その言葉の意図に気付いて唸り声を上げることとなった。


「消えたらまた付けてやるぞ」


 ニタッと攻め顔を見せる彼女に、俺は耳を赤く染めるしかできない。鈴理先輩、それはそれで恥ずかしいからやめて下さい。


「おやん? 恥らうということは期待しているのか? 空。本当に嫌ならば赤面ではなく血の気が引くところだしな」


「いいぃいい意地悪っす。先輩!」


「当然だ。意地悪をしているのだから。最近のマイブームは意地悪かもしれん。俺様も捨てがたいんだがな」


 意地悪にしろ俺様にしろSのエッセンスが入っているんで、俺的には「……」だ。

 こうなれば俺も意地悪を! ……返り討ちが怖いからやめておこう。先輩に意地悪をしたら最後、攻め魂に火がついちまう。


 どっちにしろ俺の分は悪い。

 また首鎖骨にキスマークを付けられると思うだけで顔から火が出そうになる。


 い、いつか俺も付け返す!

 決めた、いつか先輩に付け返……火に油を注がないかな? この行為。食われそうだぞ。

 何をしても分が悪いと察してしまい、俺は小さく溜息をついて敗北感を味わった。やっぱ彼女には勝てないや、精神的にも肉体的にも。



 さて大量の本を購入した鈴理先輩は俺を従えて、次の店に行くかと先導する。


 その際、紙袋二つ分の本を持って行動……するかと思いきや先輩がいつの間に呼んだのか、店の外に出るとお松さんが待機。荷物を持って颯爽と去ってしまった。


「さすがばあやだ」


 空気を読んでくれる素晴らしい教育係だと彼女は綻んでいたけど、俺的には“何処かで監視していたんじゃ”と挙動不審になっていたりいなかたり。


(ん? あの見覚えあるグラサン男は)


 ふと俺はイタリアンパスタ店の看板に隠れているスーツ姿のごつい男に気付き、ギョッと目を削いでしまう。

 よくよく見るとグラサン男が二、三人、見受けられたり。

 あいつ等は以前、俺が風邪でぶっ倒れた時に乗り込んできた取立て屋……じゃね、先輩のガードマン。


 俺の視線に気付いたグラサン男のひとりが静かに敬礼してきた。

 太陽に煌くグラサンが「ご安心を。あなた方の身の安全は此方で保障します」と訴えてくる。


 前に俺と先輩は誘拐事件を起しているから(不本意だけど)、何かとガードマンが見張ってくれているんだろう。

 けど、これは、下手なことができないのでは。


 言葉を失っていると、「何をしている? 行くぞ」鈴理先輩が声を掛けてきた。でもって腰を引いてくる。大切なことでもう一度、先輩が腕ではなく腰を引いてきた。


「ぎゃっ!」


 悲鳴を上げる俺は普通にしましょうと主張するんだけど、


「普通ではないか? いつもしていることだろ?」


 今更何を言っているんだとばかりに先輩が首を傾げてくる。

 た、確かに今更な訴えかもしれませんけどっ、けど!


「此処はお外です! も、もうちょっと人目を気にしましょうよ! あ、そうだ! 今日のお泊まり会は俺が主催したんで、俺がリードします!」


「要約すると、リード権をあたしから奪うだと?」


 いや、そんな大それた意味合いはないんだけど。

 手遊びをしつつ、俺は背後のガードマンの視線を気にする。

 改めて先輩側の人間がいると認識してしまうと、なんか受け身な自分が恥ずかしくなってきた。


 ここはガツーンと男を見せたい。攻めはしないけど(というかできないけど)、ガツーンと男としての器をっ、ちゅっ。


 へっ、ちゅっ?


 目を点にする俺を余所に、「生意気すると今度はべろちゅーだ」満面の笑みを浮かべる鈴理先輩は食指で俺の唇をなぞった。白昼堂々本屋の前でキスされたことに気付き、俺は絶句してしまう。

 あ、ありえねぇ! こんなところで、こんったらところでキスするなんて! 数十秒前に人目を気にしようって訴えたばっかだったのに!


 羞恥に震える俺に先輩はトドメを刺してきた。


「森崎達に見せ付けてやったな」


「もりさき?」


 ニンマリ笑みを浮かべてくる鈴理先輩が次の店に行こうと足を動かし始める。

 数秒間を置いて俺は森崎と呼ばれる人物達が、あのガードマン達を指すことに気付き、「先輩は意地悪だぁあ!」半狂乱になって絶叫した。


 あぁああ、ありえないっ、あの肉食お嬢様っ……俺が人目、否、ガードマンの目を気にしているのを知ってわざとキスするなんて! ドエスっ、先輩のドエス!


 前を歩く先輩からは能天気に笑われてしまい、それがまた羞恥を煽る結果になったのは蛇足としておく。



 本屋の後に赴いたのはペットショップ。

 目に付いたから動物を見ようと入店した。そこで一頻り、動物を見て癒された後、お手頃のアイスクリーム店に赴き、先輩がアイスを購入。俺は経済的な理由で買えなかったんだけど(一個230円はなぁ)、先輩はそれを見越してひとつだけアイスを買ったらしい。

 なんでか? 彼女は食べあいっこをしたかったらしい。


「ストロベリー味だぞ。空」


 あんたの好きな苺さんだ、とかなんとか言ってスプーンで差し出してくる先輩の目は輝いていた。ああ輝いていましたとも。


「さあ食べろ。あーんプレイだぞ!」


「ちょ、可愛らしいあーんの後にプレイなんて悍ましい単語をつけないで下さいっ。なんかヤラシイっす!」 


 「ほらほら」迫ってくる鈴理先輩のあーんプレイはなんとも凄みがあった。

 なんでっしゃろう、ラブラブの『ラ』も垣間見えなかった。寧ろおどろおどろしい空気と彼女の見えない目論見が交差していたような。逃げることもできず(逃げたら後が怖い)ダマーッて彼女の差し出すアイスを食べる。差し出されては食べる。食べる。食べ……あれ、先輩は?


「ご自分は食べないんですか」


 俺は相手にクエッションする。


 すると彼女はおもむろに話題を切り出してきた。それはそれは真剣な眼で、キスの話題を切り出してくる。


「学生同士で交わすキスは甘酸っぱい。よく耳にする表現だな?」


「え、まあ」


「しかるべきあたしと空も学生だな?」


「そりゃあ……」


 スンバラシイほどヤーな予感がした。


「あたしはな、空。味のついたキスをしてみたいのだ。分かるか? 学生同士で交わすアッマーイそして何処か酸味のあるキスをしたい。はてさて空は今、苺さんのアイスを食べたわけだが」


「……、……、……ゲッ、なに考えてるんっすか! 先輩っ、此処は駄目っすよ! 人通りが。ほ、ほっらぁ、俺もアイスを食べさせてあげますからっ、だから待って下さい! さっきちゅーしたじゃな「甘酸っぱいキスが欲しいんだ」ぎゃぁああっ! 鈴理先輩おじひをぉ?!」


 ぎゃぁああああっ、先輩のおばか、おばか!

 俺、周囲の殺意を買っている気が……リア充爆発しろって罵られたら先輩のせいっすからね! うぎゃぁああああ! しつこいぃいいい!

 濃厚なちゅーを強制的に交わした俺は最悪だとしゃがんでどどーんと落ち込み、「甘酸っぱいどころか」甘さマックスだったな、先輩はいたらん感想を述べて満面の笑顔を浮かべていた。

 スプーンでアイスを掬い取り、口元に運ぶ彼女は美味しいとそれを咀嚼。

 空と同じ味がする、とか、またいたらん感想を述べている。


「空、おかわりは?」


「遠慮します」


 「なんだ。ノリの悪い奴だな」鈴理先輩はパクリと溶けかけたストロベリーアイスを口に入れ、美味しいおいしいと味を堪能。

 唸り声を上げる俺は膝に肘をついて頬杖をつく。昼下がりの通りで俺、彼女となあにしてるんでっしゃろう。

 今の光景、絶対通行人に見られたよな。チラッと視線を上げれば、森崎さん達が(さっきのガードマンな)通行人の視界を遮るように立っていた。


 ……まさか、あれ、俺達への配慮か?


 訝しげに森崎さん達を避ける通行人の視線は彼等に注いでいる。

 サングラスのブリッチ部分を押してどっしり壁となっている彼等を一瞥した彼女は、「邪魔かもしれんが我慢してくれ」と片手を出してきた。


「父さまが誘拐事件を引き摺っているのだ。ガードしてくれるのは嬉しいが、過度なガードも如何なものだろう。うむ、折角の公開ちゅーが台無しだな。だが安心しろ、空。あんたのガードも両親に頼んでいるから、何かあればすぐ森崎達が駆けつけてくれるぞ!」


 俺は常日頃から、誰かに見守られているんっすね。なるほど。嬉しくないっす。

 知りたくなかった事実に俺は二度目の溜息。下手なことできない、んにゃ、下手なことはさせられないじゃないか。


「常に公開プレイなんて」


 鬱々とする俺の隣ではアイスを美味しそうに平らげる唯我独尊の彼女がいたという。



 こうして恥ずかしい思いばかりさせられる俺はこの後、先輩と何故かコンビニに赴き、お菓子を多めに購入。

 先輩曰く入る機会が少ないそうだから(入ったことないわけじゃないらしい)、是非この機に入ってみたかったんだとさ。


「あまり市販の菓子は食べられないしな」


 沢山買ったし空のご家族への土産にしよう、と言う鈴理先輩。

 彼女のお父さんのクレジットカードでそれらを購入していた異様な光景といったら。いったら。

 コンビニから出ると俺達は今度こそ寄り道せずに帰宅路を歩くことにした。あんま寄り道していても(主に先輩が)金を浪費するだけだ。


「あ、持ちましょうか?」


 多めに購入したわけだし、此処は男としてその荷物を持とうかと彼女に気遣いを見せる。

 普通は遠慮もしくは喜んで手渡してくれるところなんだけど、変わり者の彼女は損ねた表情で「あたしは空のカレシだ」カノジョが荷物持ちなど論外だと主張してそっぽ向いてしまうという。


 なんで機嫌を損ねてしまうやら。

 取り扱いに困ってしまう肉食お嬢様の機嫌を回復するため(そしてやっぱり男として動きたいため)、俺は彼女の持っている荷物ごと手を握った。


 最初こそ不機嫌に一瞥してくる彼女だったけど、


「しっかり手を繋いでおかないとカノジョは、どっかへ行っちゃいますよ?」


 軽い発破を掛けたために一変して呆け顔へ。そして笑声を漏らし、「そうか」だったら繋いでおくとしようか、と俺の挑発に乗ってくれた。


 何故だろう。

 挑発したのは俺なのに、小っ恥ずかしい思いをしたのも俺という。


 

 ……ごっほん、閑話休題!


 

 アパートに到着すると、俺は彼女と共に階段を上がって自分の住む部屋に赴いた。


「あれ?」


 部屋の前にスポーツバッグが置いてあることに気付き、首を傾げてしまう。

 このバックは……「うむ。あれはあたしの私物だ」持ち主は早々に見つかった。


 あれは鈴理先輩のバッグらしい。

 曰く、寝泊り具をばあやさんに持って来てもらったとか。どうりで彼女の荷物が通常どおりと思ったら。


「それじゃあ、家に入りましょうか。狭い部屋っすけど、今日明日は寛いで下さいね」


 俺は彼女に綻び、我が家だと思って欲しいと言葉を添えるとドアノブを回す。 

 挨拶を入って中に入る彼女だけれど、今は部屋に誰もいない。両親は仕事なんだ。今日も汗水垂らして家計を助けてくれている親には頭が下がらないよな。


 好奇心を宿した瞳をあちらこちらに向ける彼女は早速俺の机に赴き、机上を覗き込んでいた。


 亡くなった両親と今の両親、両方が飾られた写真立てに一笑してくれる優しい彼女に俺もこっそりと一笑を零す。


「お茶でも淹れますね。麦茶と煎茶、どちらがいいですか?」


 鞄をちゃぶ台に置いて彼女に尋ねる。


「煎茶がいいな。だがその前に着替えて良いか? シャツがやや汗臭いんだ」


 加えて制服のままで過ごすより、私服で過ごしたいと鈴理先輩が申し出た。


 俺は勿論だと快諾する。

 折角家に来てくれたんだ。ゆっくりと寛いで欲しい。これは先輩を元気付けるための泊まり会でもあるんだから。


 うーん、俺も着替えようかな。

 家着は人前では着れなくなった古着だけど、彼女ならドケチな俺を知って、げふん、倹約に心がけている俺を知っているから、ボロいと笑ってもそれで終わるだろう。


 お茶の下準備が終わったら俺も着替えよう、そうしよう。


 先輩に狭い洗面所を案内して、此処で着替えてくれと指示すると俺は台所に戻ってお茶っ葉を準備するために戸棚へ。


 ちゃっちゃか用意をするとヤカンに水を入れてガスコンロに設置。

 つまみを回し、火を掛けている間に着替えをするために机付近のハンガー掛けに赴いた。


「空。制服を掛けるハンガーはあるか?」


 ハンガーにブレザーを掛けていると、着替え終わった先輩がひょっこりと顔を出した。

 やけに早い着替えだったなぁ。もっと時間が掛かると思ったんだけど。

 先輩はラフだけどお金持ちお嬢様の雰囲気を醸し出すレース付きの可愛らしいに、ベージュの短パンを履いていた。


「ありますよ」


 俺はハンガー掛けにハンガーを戻し、予備のハンガーを押入れから取り出すとそれを彼女に手渡した。適当にカーテンレールに掛けてて良いからと微笑し、俺は中断していた着替えを再開。

 ボタンを一つ外して、二つ外して、み……、この背後から感じる邪悪な視線は。


 カッターシャツのボタンを外すに外せなくなった俺は愛想笑いを浮かべながら、ぎこちなーく後ろをチラ見。

 きっらきらとした輝かしい眼が全力で俺に注がれていました。まる。


 ふう、やーれやれなんだぜ。


「先輩。ちょっとだけヤカンを見てもらっていていいっすか? 俺、洗面所で着替えてきますから」


「何故だ? 此処で着替えればいいではないか。あたしは気にしない」


 俺が気にするんだよい。


「ネタは上がっています。そのスマホはお下げなさい」


 俺は彼女の持っているスマホを閉じるよう命じる。


「おっと。なんでスマホが起動しているのやら」


 すっとぼける鈴理先輩はイソイソとスマホを閉じて背後に隠す。

 あぁあああ、着替えが早い理由が見えた! 相変わらず不純なことばっかり目論むんっすから!


「センッパイ! 俺の着替えを見たところで得はないっすよ!」


「他者はそうかもしれん。だが、あたしは例外だぞ、空」


「所詮は野郎の着替えっすよ」


「自覚があるなら、ででーんと着替えてしまえば良いではないか。女子か!」


「貴方がただの女子ならいざ知らず……先輩は肉食攻め女っすよ! おぉおお俺、向こうで着替えてっ! いやもう、このままでいいっす! ま、まだお湯は沸いてないかっ?!!」


 うぎゃっ、悲鳴を上げそうになったのはこの直後。

 ニッコリニコニコ笑顔を向けてくる彼女が目と鼻の先まで詰め寄ってきたんだ。

 悪意ある笑みは攻めモードそのもの! ちょ、駄目っすよ! 来て早々あらやだぁなことをするのは!

 だって此処は俺の部屋で、人は俺達しかいなくって、ガードマン達も不要で……あんれ? 拒む理由が見つからないんだけど。母さんもまだ帰宅するには時間を要するだろうし。


 実はすっごいピンチな環境にいるんじゃないかと気付いた鈍感男は、千行の汗を流して壁を背に伝い歩きを試みる。

 無論鈴理先輩が逃すはずもなく、「そーら」背伸びして耳に舌を忍ばせてきた。

 「だめっす!」完全に動揺している俺に、「だが夜はご両親がいるのだろ?」攻めるのは今しかないと鈴理先輩はニンマリ口角を持ち上げる。


 言い訳も見つからない俺の頬を包んで、



「今度はちゃんとキスをしよう」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る