11.一度あることは二度ある
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はい、突然ですが学習のお時間になります。
今日の学習は“俺達”について。俺達とは全人類を指します。ということは、人間を指すということですね。
【人間】 ニン-ゲン
ヒトとも呼ぶその生き物の学名は「Homo《ホモ》 sapiens《サピエンス》」である。
学生の間に必ず一回は耳する単語で、世界史や理科総合、もしくは生物学辺りで聞くんじゃないだろうか。
ちなみに決して宇津木先輩の大好きなジャンルからきている名前ではなく(必ずクラスにひとりは勘違い野郎がいるものだ)、その意味は“知恵のある人”だとか。
古来より、ヒトは繰り返し進化を遂げてきた。
最初こそ動物同様、ヒトはワイルド且つ原始的な生活を送っていたけど、次第次第に四足歩行から二足歩行。火の扱い方や道具の作り方を覚え、相手とコミュニケーションをとる言語文明も発達。自分達の生活を豊かにしてきた。
ヒトは学習する生き物なのである。
宗教的にいえばアダムとイブが生まれ(イブってエバともいうんだって。知ってた?)、ヘビに唆されて善悪の知識の実である林檎をかじり。
異性に対する気持ちが男女間に生まれ、ヒトの間にも明確な区分ができた。林檎を食べたヒトは知恵を付けた。
つまりヒトは学習する生き物なのである。
もう気付いていると思うけど、今日の学習で俺が強調したいことはヒトは学習する生き物だということ。
そう、ヒトは学習する生き物なんだ。
ある行為に対して褒められるとヒトは良いことをしたんだと喜び、叱られるとヒトは悪いことをしたんだと悲しむ。幼少から繰り返し学習を積み重ねて、大人へと成長していくヒトは生涯を懸けて学習する生き物。
執拗に言うけどヒトは学習する生き物なんだ。
当然、上記に述べたことは同じヒトである俺も当て嵌まるわけで。
「み、御堂先輩……」
なんの前触れもなしに現れた宝塚の人、じゃね、男装した学ラン姿の王子系プリンセスに三日前の悪夢を思い出し、物の見事に硬直するしかなかった。
そう三日前、俺と騒動を起こした。
というか一方的に騒動を起こして噂を作った挙句、自分だけトンズラしたキャツ・御堂財閥の一人娘、御堂 玲である。
暮れていく夕陽の刻、制服のままクリーニング屋へ行こうとまさに家を出た瞬間のことだった。
「……部屋は此処で合っていたようだ、な」
ぶすくれたように腕を組んでいる男装少女が、ひとつ鼻を鳴らす。
なんで貴方様が此処に、顔を引き攣らせる俺は玄関向こうで仁王立ちしている彼女を凝視。
嗚呼、これを“奇襲”と呼ばずなんて呼ぼうか。まさか扉の向こうにキャツが待ち構えているなんて、誰が想像するよ。
泣きたくなった。
だってこの人と関わったらロクなことがない。現に俺、鈴理先輩に散々仕置きをされちまって。
ぶっちゃけ、御堂先輩と顔を合わせるだけでも辛い。
こうして向かい合っているだけで新着の黒歴史ともいえる忌まわしい仕置き光景を鮮明に思い出しちまって思い出しちまって。
うわあぁああ、赤面しそうだ。
あの時の仕置きはホンット激しくて、マジトラウマになりそう。
声が出るまでやーんされちまった上に、これ以上ヤったら本能的にヤばいと思って何度も許しを乞うたとかアリエナイだろ。受け男はマジで受け受けしくおにゃのこにッ……思い出しただけでも泣きそうだ。
どんなに励まされても、気にするなって言われても、大丈夫だって優しくされても、こればっかしはそう簡単に立ち直れない。
やっぱり俺はどっかでリード権を持ちたいと思っているのかもしれない。
心中でグズッと涙ぐみながらも、表向きは驚愕の二文字を顔に貼り付かせたまま。
体いっぱいに夕陽を浴びている御堂先輩は、視線を逸らしたままこっちを見ようともしない。俺もまた視線を逸らしダンマリ。
殺伐とした空気が双方に流れる。
「えっと、それじゃあ」
玄関扉の鍵を閉めると、俺は相手の脇をすり抜けてそそくさと退散する。
「ひっ!」かっちりと右の手首を掴まれ、俺の体は大袈裟に硬直してしまう。
これも鈴理先輩の不謹慎な教育の賜物かもしれない。ぎこちなく首を捻れば、明後日の方向を見つつ脹れ面のまま、手首を握り締めてくる王子が一匹。
放して欲しいの意味を込め、軽く手首を振ってみる。放れない。もう一度。やっぱり放れない。めげずに後一回。結果は同じ。
ああ、もうなんなのこの人! 俺はクリーニング屋に行きたいんだけど!
「君との関係で噂……立ってしまったんだが」
と、御堂先輩が三日前のことについて苦情を叩きつけてくる。
それはこっちだって一緒である。噂が立つ原因を作ったのは誰っすか!
アータのせいで酷い目に遭ったんですけど。憤っている鈴理先輩に説明することもなく、大騒動を起こして噂まで作っちゃって。
「お、おぉ俺のせいじゃないっすよ。誰のせいだと」
「べつに、嫌じゃないが」
「へ?」
「……ハッ、僕は何を。違う違う、今のは撤回だ撤回!」
頬を上気させ、御堂先輩は君のせいで滅茶苦茶だと空いた手で体を叩いてくる。
俺だって御堂先輩のせいで、滅茶苦茶のぐちゃぐちゃにされていたんですけど! 鈴理先輩から多大な仕置きを受けたんですけど!
とにかく、現状を打破するために俺は彼女に訴える。クリーニング屋に行きたいことを。
するとどうだい? 逃げるなと言われてしまった。俺を置いて逃げたくせに!
「今日中に父さんのシャツを取りに行かないといけないんですよ。先輩こそ、どうしたんですか? 俺に用でも?」
「僕が君に用なんてあるわけないだろ!」
理不尽にも逆ギレされた。ということは、行っても良いかんじ? だったら、さっさと退散するんだけど。
失礼しますの意味を込めて、掴まれた手首を思いっきり振る。振れば振るほど、強く握られるミステリー。
何故だ! 何故彼女は手を放してくれないんだ!
突然、腕を引かれる。
目を真ん丸にする間もなく、壁に背中を叩きつけられた。
それだけでも驚きなのに、顔の真横に手を突かれるのだから、ギョッと身を引いてしまう。巷で有名な壁ドンを女の子にされるなんて、誰が想像しただろう!
「僕が此処にいるのは君に用事があるからに決まっているだろう、それくらい空気で気付け。一々言わせるんじゃない」
至近距離でじっと見つめられ、俺は落ち着くよう慌てふためく。
「御堂先輩。俺は男、貴方の嫌いな男! 距離近いんですけど、大丈夫ですか!」
我に返った御堂先輩が俺をまじまじと見つめてくる。
そして、「ありえない!」絶叫しながら物凄いスピードで俺から距離を置いた。頭を抱えて隣人の玄関扉の前でしゃがみ込む。
ブルブルと体を震わせて、
「男に迫ってしまった。目と鼻の先まで迫ってしまった。これも女性限定の行為なのに。嗚呼、僕はなんてことを! 豊福は男だぞ男っ、分かっているではないか。いやでも認めたくない」
世も末だと嘆いている御堂先輩は、「豊福なんて滅べばいいんだ」なんでか俺に責を擦り付けた。
べつにそれでもいいっすけど、マジで何しに来たんっすか貴方様は。
「そろそろ行っても」「君は薄情だな!」恐る恐る声を掛けると、盛大に文句を投げ付けられた。多分、剛速球並みだと思う。
「僕は君に会いに来たんだ。なのに、此処で置いて出掛けるなんて人情を疑うぞ。男のくせに、男のくせに、そんなに可愛い顔で僕を見てくるし」
「……えっと、熱でもあります? 具合悪いです?」
「…………駄目だ。また変なことを言った。僕の人生は終わったんだ」
膝小僧に顔を埋め、男に興味がある自分が嫌になると嘆く王子に俺は頭部を掻く。
こういっちゃあれっすけど、スッゲェめんどくさいです。御堂先輩。
先輩の押し付けてきたケータイ小説本でいうあれみたいだ。ツンデレさんみたい。
あんたなんか興味ないわよツンツンしつつ、内心は貴方のこと好きなのよデレデレ、みたいな?
俺、昨晩、ツンデレ少女と俺様不良くんの小説を読んだから(半強制的に読まされているともいう)、結構知識はある方ですよツンデレのこと。小説の中じゃどうも思わなかったけど、リアルにツンデレさんがいたらめんどくさいこと極まりないな。
……あれ、そしたら、御堂先輩が俺に気があるみたいじゃ。
ははっ、まさかな。そんなオッソロシイこと、あるわけないよな。
普通貧乏くんを好きだと言ってくれるのは鈴理先輩くらいだ。自意識過剰なことを思うのは乙だぞ俺。
不意に御堂先輩が立ち上がる。
顔を真っ赤っかにしたまま戻って来る彼女は、小声で何かを意思表示。
あんまりにも小さな声だったから聞きなおしてしまう。意地悪をしているつもりはなかったのだけれど、向こうはそう受け取ったのか、「ついて行く!」噛みつくように言葉を発してきた。
ついて行くって、え、クリーニング屋に?
「君が僕を置いて行くようだから、こっちが勝手について行く。それでいいだろう?」
「良いも、何も……用件を言ってくれたら、そっちを優先にしますけど」
寧ろ、とっとと用件を済ませておきたい次第。
クリーニング屋についてこられても、道中の気まずさが容易に想像できる。
なのに御堂先輩は唇を尖らせ、ずんずんと階段を下りていく。一つに結った髪を尻尾のように揺らしながら。
ゲンナリと脱力してしまう。
本気でついて来るつもりなのか。
早く来いと催促されたため、俺は重い溜息を零して階段の手すりを掴んだ。
□
「はい、空くん。これで全部よ。いつもありがとうね」
行きつけのクリーニング屋は、徒歩十分程度の住宅街にひっそりと佇んでいる。
俺が両親に引き取られてからずっと通い続けている店で、そこの従業員である井上のおばちゃんとは顔見知り。十年の付き合いになる。
世間話好きのおばちゃんで、一たび顔を出せば三十分は話に付き合わされるけれど、嫌いじゃないかな。
「また背が高くなったんじゃない? 小さい頃は、私の膝くらいだったのにねぇ。そうそう聞いているわよ。美人な彼女ができたんだって?」
「その情報は母さんからですよね。お喋りなんだから」
ついでに言いたい。
俺の彼女は美人な反面、凶暴且つ雄々しい、と。
「それにカッコイイお友だちもできて。その子は、空くんのクラスメート?」
「え、まあ……先輩ですかねぇ」
俺の背後に立つは王子。
ひとのブレザーの裾を掴み、興味津々に店内を見回している。クリーニング屋に初めて来たようで、「狭い店に服が沢山並んでいる」と感想を述べていた。
こらこら。従業員が目の前にいるんだから、狭いとか言うんじゃない。
「あら。もしかしてお友だちは女の子?」
井上のおばちゃんが先輩の胸の膨らみに気付き、思った疑問を口にする。
どんなに男装をしていても華奢な体や声音の質、全体像で女の子だと分かるようだ。
基本的に男の肩幅は広く声変わりもあるから、高校生の女の子が高校生の男の子になり切るには工夫が必要だ。
御堂先輩は言葉遣いと服の二つのみしか、男になり切っていないから、容易に女の子だと見破られてしまう。
けれど彼女は気にしている様子もなく、「そうです」と頷いた。
すると井上のおばちゃんは、もしかして貴方が噂の、と口元を手で隠してしまう。
「確かに美人ねぇ。想像していた彼女さんと違ったけれど、空くんとお似合いかも」
「お、おばちゃん! 俺の彼女はこの人じゃ」
此処でも噂が立ってみろ、俺は今度こそ犯される!
「またまた。後ろで彼女さんが嬉しそうにしているじゃないの」
嬉しそう……流し目で御堂先輩を見やれば、「豊福がカノジョ」それならイケるかもしれない。いやイケる。カノジョならイケると王子が握り拳を作って、独り言を零している。
俺のカノジョ、じゃなく、俺がカノジョならイケるんっすね。ザンネン、俺は男ですから無理ですけど!
「豊福。荷物は持つよ。貸して」
幸か不幸か。
彼女発言を自分勝手に解釈した御堂先輩は発狂することなく(深い意味で考えていたら、それこそ発狂していたと思われる)、俺に荷物を貸してくれるよう手を差し出してくる。
「何を言っているんですか。これは俺の父さんのシャツですよ。俺が持ちますって」
「可愛い子に荷物を持たせるのは、マナー違反だと思うのだけれど」
こてんと首を傾げる御堂先輩のそれは、素ボケなのか、天然なのか、はたまたわざとなのか。
向こうが意味を理解する前に退散すべく、俺は微笑ましく見守っている井上のおばちゃんに会釈し、先輩の背中を押して急いで店を出る。
ようやく自分の発言の意味に気付いたのか、御堂先輩は疲労したようにこめかみを擦った。
「君と一緒にいると調子が狂うよ。らしくないことばかり言ってしまって」
勝手について来たのはそっちだろうに。
俺だって疲れてきたんですけど。
ぺたぺた、ぺたぺた。お触り、お触り。
なにやらヤーんな予感がっ……嗚呼、やっぱり。
一変してこめかみに青筋を立て小刻みに震える俺は、視線を戻してグッと握り拳を作る。
「うーん。やっぱり無いな。貧乳でもこんなにぺったこんじゃないし……」
ブツクサ呟いてカッターシャツの上から胸部をお触りお触りしているザンネン王子の御堂先輩がそこにはいた。
まーだ俺を女だと思っているんっすか?
どこからどう見ても、この声変わりを聞いても、制服からしても男じゃないですか。いっそのこと股間を触らせてみるか。
阿呆か、それじゃ犯罪歴に名を刻む。俺は変態か。
「豊福、君の用事は終わりかい?」
逆セクハラの手を止め、王子が腕を組む。
俺の用事は終わりだ。
これから帰って夕飯の下ごしらえをする予定ではあるけれど、御堂先輩の御用事は? 俺に用事があることは十二分に理解したから、早く済ませて欲しい。
「ないなら僕に付き合え」
「え、えぇ? 付き合って何処に?」
「煩い。僕も君に付き合っただろう。君も僕に付き合わないとアンフェアじゃないか」
とにかくついて来いと腕を掴まれ、ずりずりと引き摺られていく。
アポなしに訪問してきたのも、勝手にクリーニング屋について来たのも彼女の方なのに、俺のノリの悪さに非難が飛んでくる。理不尽。
さて半ば強制的に連れて来られたのは、駅構内にある和菓子の老舗。
ショーケースに入った大福やみたらし団子、羊羹、花の形をした生菓子。
どれも美味しそうだ。
特に俺の目を惹いたのは、イチゴの入った大福。イチゴミルクオレが大好きな俺だから、当然イチゴ系のお菓子は大好きなのである。
ただイチゴ大福は我が家には贅沢品で、殆ど食べることはない。
俺の家で和菓子といえばおはぎが定番。スーパーのおはぎは安いしボリュームもあるから、買うならそればっかりだ。
「おはぎの種類が豊富っすね。きなこは食べたことあるけれど、青海苔はないや。白ゴマおはぎ、イチゴ入り。今のおはぎにはイチゴも入っているのか。うぐいすおはぎ? これも初めて見る。
あ、こっちの大福にはチーズクリームが入っているそうですよ! わっ、今の大福ってお洒落だ。どんな味なんっすかね」
御堂先輩から付き合わされていることも忘れ、俺は目の前の和菓子に大はしゃぎである。
付添いじゃないと、こういう店には滅多に入らない。
だからだろう。どれもこれも真新しい玩具のように、和菓子が新鮮に見えた。
「豊福。好きなのを選べ。これは君の贈り物だから」
「え?」
目を点にし、御堂先輩に視線を送る。
唇をへの字に結んでいる王子は、「詫びの品だ」と言ってそっぽを向いてしまう。
「不覚ながら君を……置いて帰ってしまったからな。詫びくらいはと思って」
だとしたら、この店に連れて来てくれたのは俺のため?
確かに置いて行かれたこと、もとより彼女から仕置きされた原因になったことに対しては気にしているけれど、お詫びの品なんて恐れ多い。
宇津木先輩がこっそり教えてくれたけど、一件の出来事は財閥内で超噂になっているみたいなんだ。
特に御堂先輩は有名な男嫌いだから、会場で男を襲った言動には誰もが衝撃を受けたらしい。
俺もいい迷惑を被ったんだけど、一般人だから然程支障はなかった。
でも彼女は財閥の令嬢だ。何かしら影響は出ると思う。
「んー、嬉しいですけど、なんか申し訳ないなぁ。気を遣わせてしまったようで」
「まったくだ。おかげで僕は君のことを一日中考え、て……いない、ような気がするようなないような。考え、かんが、っ、えて」
頭から湯気を出す御堂先輩は、俺の遠目に気付き、「考えていないからな!」両頬を抓って上下に動かしてくる。
ずいぶんと初々しい反応だけれど、これって恋する乙女じゃね? ということは……いや、自惚れかもしれないから考えないでおくけれど。
仮に予想が合っていれば、しわ寄せがくるのは誰でもない俺だ。鈴理先輩から怒りを買いかねない。
「早く選べ。日が暮れるだろ」
頬から手を放した王子が、フンと鼻を鳴らして体ごと背を向けてしまう。
下手に遠慮することはできないようだ。そうしてしまえば、御堂先輩の顰蹙を買うだろう。
俺は腫れた頬を擦りながらショーケースと向かい合う。
何にしよう。どれも美味そうだけど、人様のお財布から出してもらうものだから、できるだけ安価なものを。あ!
「御堂先輩、みたらし団子がいいです」
「みたらし? イチゴ大福じゃなくて良いのかい? 君はイチゴ好きなんだろう?」
訝しげな顔を作る御堂先輩が、イチゴ大福を指さした。
イチゴ好きなことを言った覚えはないけれど、細かいことは気にしない。俺はみたらし団子が良いと主張し、一本買ってもらうと人差し指を立てた。
「イチゴ大福も魅力的ですけど、みたらし団子も捨てがたいんですよ。団子なら三等分綺麗に分けられますしね」
「……三等分? まさか、御両親を数に入れているのかい?」
「だって、ひとりだけ贅沢するなんて、俺にはできません。父さん、母さん、いつも必死こいて働いているのに、俺だけ、おれだけ贅沢なんてそんな」
だから三等分し易いみたらし団子が良いのだと主張。
一本を三等分するのだから、お値段的にもお安くつく。一石二鳥だ!
「君って男は」ケチというか、みみっちい性格というか、御堂先輩が憮然と溜息を零す。そして、俺の意見はもう聞かないと述べ、店員さんに声を掛けた。
「すみません。イチゴ大福の白と黒を三つずつ、栗どら焼き三つ、青海苔おはぎ三つ、それからチーズクリーム大福を三つ。以上で」
「せ、先輩頼み過ぎですよ。俺はひとつで良かったのに」
「贈り物だと言っているだろう? 変に分けられる方が決まり悪い。君は本当に御両親が好きだな。ファザコン、マザコンと言われないかい?」
通学鞄から長財布を取り出しつつ、王子が疑問を投げかける。
「周りから見ればそうだと思います。両親の悪口を言われたら、べらぼうにキレますし。ま、ファザコンマザコンと呼ばれてもいいですよ。本当に好きなんですから。彼等のことを一番に幸せにしたい」
「鈴理が聞いたら泣くぞ。一番は自分じゃないのか、と」
一番、そうだな。
本当は一番にしたい。だけど。
「御堂先輩。一端の一般人が一端の令嬢を幸せにできると、本当に思います?」
千円札を抜きだそうとしていた彼女の手が止まる。
深慮に俺を見つめてくるから、「なんでもないです。忘れて下さい」前言を撤回する。今のは失言だった。
支払いを済ませ、店を後にした俺達は自然の流れで帰路を歩む。
御堂先輩は俺に詫びの品を贈りたかっただけのようだけど、受け取った側としてはただただしてもらうだけじゃ申し訳ない。このまま図々しく貰ってさいならするのはあんまりだ。
思い切って我が家でお茶をしないかと誘ってみる。
おもてなしはなにもできないけど、相手に時間があれば、お茶くらいご馳走したい。
まだお茶っ葉は残っていた筈。母さんもまだ帰ってきていないだろうし、少しくらい良いだろう。
鈴理先輩に怒られそうな気もするけど、これくらいは許されるだろう。
人として気持ちを気持ちで返すのは当然のことだし、彼女だって分かってくれる筈だ。
「買ってもらってなんですけど、これ、一緒に食べません? あ、時間がないなら」
口を結んでいる御堂先輩が腕を組み、「べつに」どっちつかずの返事をする。
それはべつに行っても良い、の返事なのか、べつに行きたくない、の返事なのか。
解釈に困っていると、歩道の向こうから砂煙をまき散らすように駆けてくる女性を見つけた。お嬢様と叫んでいる着物姿の女性は、三十半ばに見えるけれど、えっと誰?
「玲お嬢様! お茶をするのですねっ、承知しました。帰宅する際はご連絡下さい。お迎えにあがりますので」
「ら、蘭子……僕はまだ行くと「いってらっしゃいませ。お嬢様」
恭しく頭を下げて、颯爽と去って行く彼女の正体は月光仮面なのでは?
取り残されてしまった俺と御堂先輩は視線を交わすや、「歓迎しますね」「お邪魔するよ」誤魔化し笑いでその場を凌いだ。
「ふふっ、上手くいきましたね。やはり手土産を買わせる甲斐がありました。手土産は相手のお心を許させ、お家に上がりやすくなるものですから。玲お嬢様、しっかり相手のお心を掴むのですよ。……だけれど、あの調子じゃいつ素直になってくれるやら。此処まで連れて来るのにも一苦労しましたし」
曲がり角のブロック塀に身を隠したご婦人が、俺達のやり取りを見守っていたことに、御堂先輩も俺も気付かなかった。
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