03.車内の談笑



 □ ■ □



 放課後。

 超楽しみであり、激不安でもある財閥交流会に誘われた俺は、学校を終えるとすぐさま帰宅準備。一旦家に帰ることにした。


 正しくは帰路を使って直スーパーに行く予定。

 何度も言うように午後5時から6時の間に大事な大事な大事なスーパーのタイムセールがあるからだ。

 俺の働きによって豊福家の明日の飯の運命が決まるんだから、絶対にこれだけは譲れなかった。


 はてさて学校から家までの帰路は約45分、家からスーパーまで徒歩15分、タイムセールは5時から6時までの間。走ればギリ5時にスーパーに到着する。

 5時ジャストに参戦したい俺は最初こそ大慌てで支度をしていたんだけど、教室にやって来た鈴理先輩がスーパーまで直接乗せてってくれると申し出てくれた。


 一個人の理由で車に同乗させてもらうなんて、なんだか申し訳ない気持ちにもなるんだけど、折角なんで彼女に甘えた。

 一週間毎日まいにち、もやし炒めにだけは絶対になりたくない。


 先輩の車には他に大雅先輩、川島先輩、宇津木先輩……と財閥交流会に行く組が同乗。

 なんと鈴理先輩含めた先輩方は俺のスーパーのタイムセールについて来ると言い出した。というのも各々目的地に向かうより、一団体になって行動した方が行動もし易いし効率も良いとか。


 考えてみれば確かにそうだ。


 皆、直で会場に行くと言う。

 私事に付き合ってもらった後、俺の家に寄ってもらって荷物を置き、揃って会場に行った方が待ち合わせだのなんだのといった手間も省ける。


 なにより俺がひとりで会場に行ったら、迷子になりそうだ。方向音痴ではないのだけれど、財閥達の借りる会場だ。

 きっとドデカイ場所に違いない。鈴理先輩曰く、ホテルの会場を借りたらしいし。


 ということで、皆で行くことになったもんだから、いつもの高級車がバージョンアップ。

 なにがレベルアップしているかというと、後部座席が向かい合うように取り付けてあるんだ。所謂リムジン。

 漫画のような車が俺の前に見参するとか、どんだけ先輩の家はお金持ちなのだろう。


 改めて考えさせられる。

 川島先輩と一緒に呆気取られていたんだけど、某お嬢様や御曹司はさほど珍しくもないようで、車にさっさと乗り込んでいた。


 さすがはお金持ちの嬢ちゃん坊ちゃんだよなぁ。

 運転手の田中さんに挨拶をして、庶民の俺達も車に乗り込む。

 運転側の後部席から順に宇津木先輩、川島先輩、大雅先輩。向かい側の席に鈴理先輩、俺で腰掛けた。


 うわぁ、シートもフカフカ。座り心地バツグンっ……なんだか太腿に違和感。いやもう理由は分かっているんっすけどね。


 俺は眉根をつり上げて、隣に視線を流す。

 そこにはヒトの太腿をお触りお触りしている彼女の姿。

 「先輩……」何しているのだと聞けば、「スキンシップだ」満面の笑顔を作る鈴理先輩。


「空の太腿がな、あたしに触られたそうにしていたんだ。まったく、あたしを誘ってくるなんて悪い太腿っ……むっ。空、何をする?」


「悪いおててを封じているんっす」


 しっかり先輩と手を繋いで、「お触りは我慢しましょうね」引き攣り顔で直談判。


「論外だ! 今だって我慢しまくっているのだぞ」


 先輩は空いている手で俺を指差し、ブンブンと上下に振ってこれ以上我慢させてどうすると喚き始めた。

 焦らしプレイはもう沢山だとか言ってくれるけど、普段から俺を好き勝手にしているじゃアーリマセンカ!


 そりゃあキス以上のことはNGだって言って全力で逃げてはいるけれど、結構貴方様の我が儘にお付き合いしているつもりなんっすけどね。

 男の自尊心ズタボロ覚悟で、おにゃのこポジションに立っているじゃないっすか! 何が不服っすか!


 俺の訴えに先輩は、キリッとした顔を作った。


「不服も何もあたしはあんたの息子を受けいr「センッパィイイイイイ! 雄々しいにもほどあるっすっ! この先は放送禁止にさせて頂きます!」


 何故だと腕を組む先輩だけど、何故もどうしても畜生もないっすよ。

 男がそれを口にしても白眼視されるシモのお話を、女性の貴方がしてしまうのは尚更ダメっだと言いたいんっす!

 俺だけならまだしも、大雅先輩たちがいるんっすよ……なんでそう、羞恥というものを知らないんっすかね。貴方様ってお方は。


 溜息をつく俺を余所に、「次はこれで行くか」指を鳴らす川島先輩が車内であらやだぁな小説を書こうかと宇津木先輩に話し掛ける。


「それはいいですわ」


 パンッと手を叩く宇津木先輩は、そういうシチュエーションでいきましょうとニッコリ。


 あの小説ってまさか、あれっすか。

 架空鈴理先輩と俺のアリエナイ二次創作っすか? 車であらやだぁ……なんて、ちょ、それって。


「んー、運転手がいた方がスリリングだよなぁ。てことは、声は我慢するってことで……だけど小説の鈴理、超鬼畜のエスだし。鈴理、あんたどっちがいい? 聞かせるのと我慢させるの」


「うむ、迷うが……やはり此処は声を出させる方が良いな。真っ赤になる空が読みたい」


「鈴理さんならそう言うと思いましたわ。空さんは、どちらがよくて? 声を出す方? それとも我慢?」


 なんで経験の無い俺にそれをお聞きするのかな? 宇津木先輩。

 俺は、俺は、学生期間は過ちを犯さないつもりっす。

 流されそうにもなるけれど、高校生じゃあヤらないつも……なんだか泣けてきた。視界が揺れている。間違ったって嬉し涙ではないっすよ、これ。


「もう好きにして下さい」


 限りなく無感情で返答し、頭上に雨雲、否、雷雲を作って俺はずーんと落ち込んだ。

 向こうではキャッキャと女子三人が小説で盛り上がっているけど、ちっとも盛り上がれないっす俺。


 どう転んだって俺はヤられる男なんっすね。

 どどーんと落ち込んでいる俺に同情してくれたのは大雅先輩。

 だけど彼は、「ただヤられるだけならマシだぞ」励ましの代わりに苦労話をポツリ。寧ろ羨ましいくらいだと神妙な顔を作る。


「俺なんて、どっかの誰かさん妄想のせいで兄貴とイチャラブ……ははっ……どーしよう。実の兄貴とデキちまっちゃって……二階堂財閥も終わりだな。世継ぎがいねぇなんて……養子を取るしかないぜ。おまけに最近じゃあヘーボン野郎とイチャラブ。世も末だ……マジで。俺は女とイチャラブできねぇのか? そうだったらガチ切ねぇ」


「ふぁ、ファイツっす大雅先輩」


 がっくり肩を落とす大雅先輩に俺は心底同情した。お互い、苦労しますね。

 騒いでいる女子達の隣で溜息をつく野郎共。まるで天国と地獄のようだ。


「世継ぎといえば……鈴理、やっぱ豊福のことは公の場では伏せておいた方が無難だぜ」


 大雅先輩は思い出したように、話題を切り替えた。

 弾かれたように鈴理先輩が大雅先輩を見やる。


「一応俺等許婚だし」


 彼はしかめっ面を作って、俺のためにも伏せておいた方が良いと助言。

 恋人の噂は財閥界を駆け巡っているだろうけれど、今日のパーティーは一応正式な交流場。カタチだけでも許婚として振舞っておかなければ、会場は騒然となるだろうし、追々親が煩い。


 だから俺のことは“ただの友達で後輩”としておこう。

 口裏合わせを始める大雅先輩に、鈴理先輩はちょっと不満気な顔をしたけど、「空のためだしな」しょうがないだろうと相槌を打つ。

 んー、なんだか俺、本当に行っても良いか不安になってきたんだけど。二人の立場が危ぶまれるなら、遠慮して今すぐ下車するけど。


 許婚たちに大丈夫なのかと尋ねれば、「安心しろって」と大雅先輩。「公の場では内密にするだけだ」と鈴理先輩。 


「誘ったのは俺等だ。許婚の立場とか、心配しなくていい。豊福は純粋にパーティーを楽しんでくれ。大体許婚なんて今の時代流行らない恋愛だ。こっちだって自由に恋愛したいっつーの。鈴理とお付き合いなんてごめんだぜ」


「それはこっちの台詞だ。アンタのようなヘタレ俺様を夫にするなんてごめんもごめんっ、喘がせても楽しくない!」


「俺を喘がせる? ッハ、お前の間違いじゃねえか?」


「ほぉ、あたしを喘がせるとでも? リード権は常にあたしにあるということを忘れるな」


 「テメェ馬鹿か?」「大真面目だが?」「寝言は寝て言え」「そっくりそのまま返す」「ヘタレ男」「じゃじゃ馬女」「オープンスケベ」「むっつりスケベ」「可愛くねぇヤツ」「女々しいヤツ」


 バチバチと青い火花を散らす許婚達はフンッと鼻を鳴らし、そっぽ向いた。

 あーあーあー、なんでそう喧嘩しちゃうんっすか。お二人さんはわぁあお?!


「やはりあたしは空が良い。受け男があたしのタイプっ! こういやって受け身を取って赤面し、アタフタとしてくれるヤラシイ空が良いのだ!」


「はは……うれしいかぎりっす。でもなんかうれしくないっす。とりあえず、ヤラシイは否定しても?」


 むぎゅっと抱き締められてくる鈴理先輩に空笑いしていた俺だったけど、運転手の田中さんがスーパーに着いたと教えてくれ、現実に返る。


 さてと主婦戦争に参戦してこようかな。

 時間は五時前二十分、間に合ったようだし時間にも余裕がある。


「んじゃ、俺は行って来ますんで。皆様はどうぞ、此処に……って、先輩方、なあにしているんっすか?」


 川島先輩を除く先輩三人が身支度を始める。


 「折角なので」経験してみようと思いまして、のほほんと宇津木先輩。

 「俺も経験してみてぇ」パーティーに連れてってやるんだから、体験させろよと大雅先輩。

 「空の手伝いをしたくてな」自分も参戦するのだと鈴理先輩。


 な、何を言い出すんっすか。

 主婦戦争という名のタイムセールを舐めているんっすか?! 右も左も知らない嬢ちゃん坊ちゃんが参戦すれば、揉みくちゃにされること間違いないっすよ! 下手すれば怪我しかねないっす!


 俺はやめた方が良いと助言する。

 川島先輩も同調し、やめとけやめとけとヒラヒラ手を振って肩を竦める。


「あんた達が激安商品をゲットできるわけないじゃん。箱入り娘息子は大人しく此処にいなって。どーせあんた達、苦労もせず物買えるんだし? 泣いて帰って来るのがオチだって」


 何処となく挑発的な口調でにやりと川島先輩は一笑。

 ちょ、そんなこと言ったら……。


「言いやがったな川島っ……よーし、ゲットしてきてやろうじゃねえか! 泣いて帰って来る? ほざけ!」


 地団太を踏む大雅先輩に、


「早苗、あたしに向かってそのような侮辱……空、あのチラシを貸せ! 激安商品とやらっ、ゲットしてやる! 庶民の主婦が出来るのだ。あたしができないわけないだろう!」


 青筋を立てる鈴理先輩、


「まあ、そんなに凄いのですの? でも努力すれば一つくらい取れますよ。わたくしもチラシ、見せて下さいな」


 心配には及ばないと笑声を漏らす宇津木先輩。


 あーあ。宇津木先輩はともかく、あたし様と俺様の闘争心に火が点いた。川島先輩、絶対に狙ったでしょ? これはお遊びじゃないんっすけど。


 溜息をついて額に手を当てる俺の隣で、先輩方がチラシを拝見。


 ふむふむと頷いて、各々これだと決める。

 こうなったら最後、止めても無駄だろうから連れて行くけど……本当に大丈夫かな、俺、自分のことで手一杯だから先輩達のフォローなんてできないっすよ。


 時間も無いので、川島先輩を残して俺達は下車。

 いざスーパーへと足を運ぼうとしたんだけど、駐車場に一際目立つ高級車が俺等の前に停まってきた。俺達の乗っていた高級車も、そりゃあ目立つんだけどさ、光沢帯びたボディを放つその車もなかなかに目立つ。


 この車の主もタイムセールお目当てなのか。


 首を傾げた俺の隣で、「ゲッ! あの車は……」声を上げる大雅先輩。

 体を強張らせて、足を一歩後退している。知り合いの車かと尋ねる前に、扉が開かれて人が下車。


 俺は思わずカッコイイと目を丸くする。

 降りてきた人物は学生のようだ。制服を身に纏っている。

 ロングヘアと胸の膨らみからしてその人は女性だって分かるんだけど、何故か彼女は学ランを身に纏っていた。でもちゃんと女性だって分かる。


 その人はイケメンオーラをムンムンに放ってくる。

 モデルさんのように背丈も高く、俺と同じくらい。大雅先輩より、ちょっと低いかなーって思うけど、女性にしては背丈がある方だ。


 あれだ、あれ、この人を見てると宝塚を思い出すぞ。

 顔立ちも、何処となく純な日本人じゃなくて、日系に西洋の血が混じっているような感じ。

 ハーフ、もしくはクオーターなんだろう。カッコイイ女性と称すなら、きっとこの人がピッタリだ。サラッと絹のような栗色髪の束を靡かせ、俺達と向かい合ってくる女性に大雅先輩はやっぱりと顔を顰めた。



「玲、なんでテメェが此処に……嗚呼、嘘だろ、ただでさえ苦手なのに此処で会っちまうなんて!」



 うぇっと顔を顰める大雅先輩は何で此処にこいつがいるのだと嘆いた。

 え? じゃあこの人が鈴理先輩の好敵手? 改めて御堂玲先輩を見つめる。

 背丈の小さい鈴理先輩に比べて、この人はとても大きいな。本当に王子みたいだ。王子系プリンセスと言ったところかなぁ。


 御堂先輩は大雅先輩を見るや否や、「失礼な男だ」と開口一番に毒づく。


「僕が現れては不味いのか? 大雅。まったく君は相変わらず、無作法な振る舞いをしてくれる。挨拶がなっていないどころか、下品極まりない。まあ、男なんて皆そのようなものだろうがな。君は美しくないね」


「るっせぇよ。どんな態度取ったってテメェは悪態ついてくるだろうが」


 負けん気の強い大雅先輩はフンと鼻を鳴らして、腕を組むと不機嫌そうにそっぽを向いた。

 「無礼者だな」嘲笑してくる御堂先輩だったけど、一変して宇津木先輩に微笑を作ると片手を取ってガラス細工を包み込む。


 そのまま、そっとその両手で彼女の手を握り締めた。


「御機嫌よう、百合子嬢」


 蕩けるような極上の笑みを浮かべてくる御堂先輩に、「御機嫌よう」ほっこりと宇津木先輩は笑顔を向ける。

 ご機嫌になる御堂先輩は今日も美しく可憐だと口説き、それは嬉しいと宇津木先輩は頬を桜色に染めて照れ照れ。そこがまた愛らしいと口説くもんだから、宇津木先輩はお口が達者ですね、と言葉を返している。


「あんた達何しているわけ? 早くしないと……誰、あんた」


 此処で川島先輩の登場。

 いつまでも車の傍にいる俺達を不可解に思ったんだろう。車から降りて様子を見にやって来る。


「これはこれは初めましてお嬢さん」


 宇津木先輩の手を解放する御堂先輩は軽く会釈して彼女と握手。呆気取られる川島先輩に可愛い人だと一笑を零していた。

 鈴理先輩にはそれこそ握手はしないものの、会釈して丁寧に挨拶。幾分表情は柔らかかった。


 噂どおり、男には辛辣、女には甘々なんだなぁ。この人。


 砂糖を噛み締めているような甘い台詞・光景を目の当たりにした俺は、人知れず胸焼けを起こしていた。

 こういう台詞、直接耳にすると、んでもって甘い光景を目にするとスンゲェむず痒いよな。なるべーく目を付けられないように、後退して不機嫌に腕を組んでいる大雅先輩と肩を並べることにした。


 俺も一応生物学上男だからな。

 目を付けられたら最後、胸を抉るような言葉を吐き掛けられるに違いない。変に関わって傷付くのもヤなんで、努めて空気になれ、俺!


「僕を知らないお嬢さんもいることだ。改めまして、お初にお目に掛かります。僕の名前は御堂玲。鈴理や百合子、そして大雅の幼馴染み、と言ったところかな。以後、お見知り置きを。どうぞ玲と呼んで下さい」


 ぺこっとお辞儀してくる御堂先輩の自己紹介は完全に川島先輩限定だろう。

 俺なんてアウトオブ眼中、視線すら向けられない。

 いや、いいんだけど、それはそれでなんだかもの寂しい気もする。それとも気付かれていない? ……や、やっぱ挨拶ぐらいしておこうかな。


 ちょっとくらいの辛辣は親衛隊で慣れている。

 なんだか存在自体スルーってのが一番堪えるかも!


 挨拶をしようかどうしましょうか、心が揺らいでいる余所で、「何故あんたが此処に?」鈴理先輩が首を傾げた。


 その様子だと会場に向かっている途中だろう? 彼女はそう御堂先輩に指摘した。

 曰く、御堂先輩は走行中、見覚えのある高級車を見つけ、こりゃ絶対鈴理先輩の車だと判断。高級車がスーパーなんぞといった庶民の空間に突入したもんだから、こうして追跡し、今に至るというわけだ。


「君達も行くのだろう? どうせなら皆で行きたくてな」


 爽やかな笑みを浮かべる御堂先輩だけど、これは女子限定なのであしからず。野郎なんて一抹も視線にくれちゃない。


「それに、あれだ。噂を確かめたくてな。本当ならばじっくり話を聞きたい。会場ではゆっくりと話すことは不可だろうからな」


 ちょいと意地の悪い顔を作る御堂先輩は、意味深に鈴理先輩を見据えた。

 噂、と言いますとあれですか。あれですよね。あれだったりしちゃいますよね。その、鈴理先輩の「彼氏ができたそうだな?」嗚呼、やっぱり。


 物凄い興味があるらしく、今日は連れて来ているのか? どのような男なんだ? だったら紹介しろ、矢継ぎ早に質問質問質問。

 雨霰のように質問を飛ばしてくる。あの表情からして良い意味で紹介しろ、と言っているわけではないだろう。


 鈴理先輩が何かを答える前に大雅先輩が口を開いた。「此処にはいねぇよ」と。

 彼の目が訴えていた。こいつに此処で暴露したら、公の場でも鈴理先輩の彼氏を弄ってくる可能性がある。せめてパーティーが終わるまでは彼氏の正体を伏せておけ、終わってから紹介しろ、じゃねえとメンドクサイことになりかねない。そう許婚に視線で主張。


 アイコンタクトを受け取った鈴理先輩も、「後日紹介してやる」と腰に手を当てた。


 途端に御堂先輩は残念そうな顔を作る。


「なんだ、連れて来ていないのか? 鈴理が一般の男にベタ惚れというものだから、どういう男か僕が見極めてやろうと思ったというのに。まあ、鈴理のことだから、きっと物凄い童顔で愛くるしい顔つき。女のような可憐さを放っていて、体躯はとても小さく、抱き心地が良い……まさしく守ってやりたい癒し草食系男子だろうな。ぽにゃほわ系だろ?」


 なるほど。初対面であろう俺に鈴理先輩の彼氏ではないか疑惑を掛けられないのは、彼女の理想男性像がそうなっているからか。

 童顔。女のような可憐さ。体躯が彼女より小さく抱き心地が良い……癒し草食系男子……ぽにゃほわ系……。

 嗚呼、耳が痛い。草食男子以外っ、全部当て嵌まらない彼氏が此処にいるんですけど。


 初耳っす、先輩の理想男性像ってそういうカワユイ男の子だったんっすね。

 カワユさも畜生もなく、ただのヘーボン男子ですんません。

 これでも毎日を必死に生きてる男っす。そんな男に惚れてくれてどーもっす。おかげさんで俺も惚れちまったよ。


「ベタ惚れだそうじゃないか。鈴理ともあろう女が、男にゾッコンなんて。君も落ちたな」


 フンッと鼻を鳴らして皮肉ってくる御堂先輩、「仕方が無いではないか」すかさず鈴理先輩が反論する。


「あたしの彼氏は、ヒッジョウに小悪魔でな。誘いプレイが上手いというかなんというか。笑顔に魅せられてしまったのだよ。抱き心地も良いし、腰の触り具合もバツグン、キスをした時の必死さと言ったら、そりゃあもうそそるもそそる」


 ………。


「更に言えばな、まったくもって初心(ウブ)なものだから、何をするにしても一々赤面。ああいう奴ほど苛めたくなるというものだ。それでも『先輩、もっと』なんて必死に誘われた時には、まったくもってこいつは小悪魔だと魅せられてしまう」


 ………。


「そうそう、あたしの彼氏なんだが。一番何が魅せられてしまうのかというと、やはり(ピ――“放送禁止用語”――)で(ピ――“放送禁止用語”――)なところなんだ。キス以上のことをすると(ピ――“放送禁止用語”――)を強請って」


「センッパイ、此処は公共の場なんで……彼氏さんのご自慢は控えて下さいねっ?」


 あははのはっ、で彼女に歩んだ俺は自慢話を綺麗に遮断。

 御堂先輩の意地の悪さなんて比にならないほど、意地のワッルーイ顔を作ってくる鈴理先輩はニヤリニヤリ。


「おっとノロケ過ぎたか? それはすまなかったな」


 まったく悪びれた様子もなく謝罪してくる。俺の反応をぜぇええったい楽しんでいるだろう。俺と鈴理先輩の関係を隠しているからって調子に乗り過ぎっすよ、鈴理先輩!

 心中で地団太を踏んでいる一方で、御堂先輩はポカン顔。本当にゾッコンなのかとちょい驚いている様子だった。


 即答肯定笑顔、彼女は頷いて目尻を下げる。



「誰よりも努力している男でな。どのような環境にも屈せず、何があっても笑っていられるそいつの笑顔を、全力で守ってやりたいと思った。ずっと、守っていきたいと思える恋に、あたしは落ちてしまったのだよ。玲」



――その笑顔があまりにもあどけなくて、あどけなくて。嗚呼、見とれてしまう俺がいた。


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