01.彼女には許婚がいない



【某日晴天 車内にて】


 車窓から見える景色はまるで回り灯籠どうろうのようだ。

 似たり寄ったりの街並みが流れては消え、流れては消え、エンドレス。古びたたこ焼きや、何処に属するか分からないシャッター店。最先端の流行りを取り入れようと一際目立っている服屋に、人の出入りが激しいコンビニ。


 つまらない景色だと溜息をついていると、向かい側に座っているお目付けの蘭子らんこに苦笑いされた。

 彼女は今年で四十になるベテランのお目付けだった。着物がよく似合う女性で、今日も淡い紺の着物を身に纏っている。

 なんだとばかりに視線を流せば、「ご機嫌ななめのようですね」現在進行形で抱いている心情を指摘される。


 不機嫌にならないわけならないではないか。

 これから向かう場所を考えると胃もキリキリする。

 ナニが悲しくて、馬鹿げた行事に出席しなければならないのだろう。まったくもって令嬢も楽ではない。


れいお嬢様、そう不貞腐れたお顔をしても仕方がないですよ。我慢して出席して下さいな」


 今日のパーティーは貴方様の伴侶が見つかるかもしれない、大事なパーティーなのですよ。

 毎度パーティーが行われるごとに言われるお決まり台詞にもウンザリだ。苛立たしく玲は溜息をついて、荒々しく前髪をかきあげた。


「ナニが伴侶だ」


 一生決まる筈などない、キッパリツッパリと鼻を鳴らす玲は腕を組んで口を一の字に結ぶ。伴侶なんていらない、自分がバリバリと未来の財閥のために仕事をすればいい話だ。


「そう言われましても、いずれ後継者が必要となります。ご家庭だって欲しいでしょう?」


 養子でも取ればいい、フンと鼻を鳴らす玲は舌を鳴らして大反論。


「僕は男嫌いだ。君も知っているだろう? このような性格だから、珍しくも許婚がいないんだ。いや、白紙になったというべきか。まったく男のナニがいいのか、僕には理解できない。断然女の子の方が可愛いし、可憐だし、魅力的な生き物だと思うのだが」


「……玲お嬢様。そういう発言は公共の場では控えて下さいね。誤解されかねないので」


 本当のことを言ったまでだと玲は素っ気無く顔を背ける。


「もう17だというのに。お嬢様は損していますよ」


 蘭子は肩を竦めた。


 17といえば花盛り、学園生活も然りだが、恋愛も積極的に歩んでいい年頃。

 なのに目前の令嬢はいつも女子と戯れて。歩んでくる男子を一蹴しているというのもあるだろうけれど、それにしたって恋愛に対して消極的過ぎる。彼女の父も、どうにかして男に興味を持たせたいと躍起になっているのだが、結果は謂わずもこれだ。


 はてさて困った。

 彼女はどうしたら男に興味を持ってくれるのだろうか。


 そうだ。蘭子は玲の興味を示しそうな話題を切り出した。



「最近、鈴理令嬢が恋に夢中だそうですよ」



 竹之内財閥三女・竹之内鈴理は良くも悪くも玲の好敵手(ライバル)である。

 なにかあれば、いつも彼女と競り合っていた玲だから、ああほら、言ったそばから少しばかり興味を示している。仏頂面に視線を流してくる玲は、「それがどうした」あいつには大雅という許婚がいたではないか。驚くことではないと毒づいてきた。


「とうとうあいつも大雅との恋愛に目覚めたか。どれほどオトメチックな奴になっているのか見物だ」


 なんて皮肉る玲に、蘭子は首を横に振る。


「いいえ。鈴理令嬢は、一般の方とお付き合いしているようですよ。それはもうメロメロだそうで。大雅令息のことが気掛かりではありますが、とても睦ましい仲だそうです」


「鈴理が一般人と? それはまたどういう風の吹き回しだ」


 瞠目する玲に、「本当にそうですね」クスクスと蘭子は笑声を漏らした。


「しかも通われている学院では、有名過ぎるほど彼氏さまにアプローチしているそうですよ。なんと言いますか、情熱的だそうです。それにしても、どういう方なのでしょうね? 鈴理令嬢を夢中にさせるような男性って。昔から鈴理令嬢は変わられたお方でしたけれど……その彼女を受け入れてくれる男性が現れたことは確かなようです」


 ふーん、窓枠に肘を突つき、頬杖をつく玲はちょいと思考を巡らせた。


「鈴理がメロメロになる、ねぇ。あいつの男趣味は僕と共通しているところがあるからな。きっと物凄い童顔の可愛らしい顔つき、まるで女のような可憐さを放っていて。体躯は小さく、抱き心地が良い……まさしく守ってやりたい癒し草食系男子だと思うぞ。ぽにゃほわ系に決まっている。容易に想像もついてしまうな。だが」


 一度見てみたいものだ、鈴理を夢中にさせている男とやらを。

 男嫌いではあるが好敵手の男には少しばかり興味が湧いてきた。


「僕が見極めてやる」


 意地の悪い笑みを浮かべる玲は、その彼氏を一目見て鈴理の男の見る目を試してやると心中で決意。どっちにしろボロクソ言ってやるんだけどな、と嬉々を溢れさせる玲は瞼を閉じて記憶のページをめくる。


 昔から鈴理とは争っていた。身長や学力、胸の大きさその他諸々。

 なにより男ポジションに立ちたい気持ちはお互いに強く、男嫌い故に自分が“男”になって、男女共々リードしてやると野望を抱く自分。男ポジションにしか憧れを抱けなかった鈴理。お互いに男ポジションを目指して突っ走っていた。

 一人称を“僕”にし男装を好む自分と違い、それこそ男そのものになろうとはしなかった鈴理だが“攻め女”という持論を掲げて、自分の望む男ポジションを手にしようとしていた。


 選ぶ道は若干異なるものの、望むものはいつも同じだった。


『女は男を食ってこそ、価値があると思わないか? この世の中は男が女を食う物語ばかり。つまらん! あたしは攻め女を貫いてやる』


『鈴理。女は男に勝ってこそ存在意義があると思う。男なんて不要だと思わないか?』


『それこそつまらないぞ。あたしは男を押し倒したり、鳴かしたり、喘がせたりしたいのだ。男がいなければ攻め女になれないではないか。玲こそ男嫌なのに男装しているではないか、アンタの持論に反していないか?』


『反していない。僕は世の中の男が嫌いなんだ。負けるのも嫌いだ。男女平等とはいえ、何処かしら男尊女卑が存在する。だったら、僕自身が男になって男に勝ってやるのさ。男ポジションを奪ってやる』


『それは面白い思想だ。男ポジションを奪ってやる、か。そこは同調してやろう』


『君に同調されても嬉しくともなんともない』


 あの鈴理が男に夢中。

 嗚呼、どんな男だろう。


「今日のパーティーに連れて来たらいいんだが……鈴理の彼氏、か」


 調べ甲斐がありそうだ、玲は口端をぺろっと舐めて悪戯っぽい顔を作った。


 その表情に蘭子は小さく溜息。これはもう暫く、男にも恋愛にも興味を持ちそうにない。

 玲の子供を抱けるのはいつだろう、密かに涙した蘭子だった。



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