XX.草食は今日も命がけ!




――なーんでこうなっちまうんだろう。



 キスされながら俺は自問自答。

 いつものことだけど、今日はこれまた濃厚。

 今日も今日とて先輩に大変遺憾な行為を強いられそうになった俺は、昼休み中Bダッシュをして逃げ続けていた。咄嗟の思いつきで、男子便所に逃げればこっちのもんだろうと思って逃げ込んだんだけど……甘かった! 此処まで追って来るとは!


 先輩にモラルはないんっすか、モラルは! 俺だったらぜぇえったい女子便所になんて入れないぞ!


 個室に追い込まれた俺は、今まさにあらやだぁなキスをされている真っ最中なんだけど、最近の先輩のキスはチョーねちっこい。

 両想いになった日を境にキスの深さが大きくなったっつーかなんっつーか。


 とにもかくにも元々上手い(んだと思う。他の人とやったことないから分かんね)先輩のキスが、更にバージョンアップしちまった。

 彼女は遠慮も容赦も加減もなくディープキスを仕掛けてくる。バードキスなんてハナっから仕掛けない。最初から濃厚でディープなキスを仕掛けてくる。


 おかげで俺はタジタジだ。

 へろへろのタジタジ、ああ情けないぜ、ヘタレ受け身男! とか思っている場合じゃなくっ、マジっ、死にそう! 


 無理、ギブギブぎぶっ、先輩の両肩を掴んで俺は白旗を挙げた。

 もう限界だと体を優しく押し退けようと努めるんだけど、完全Sモードに入っている彼女は目でニッと笑い、後頭部に手を回してきた。


 俺を窒息死させる気っすか先輩!

 本気で無理だと手に力を籠めれば、合間合間で「鼻で息すればいい」と助言してきてくれる。


 あ、なーるほど。

 そんなことにも気付かない俺って超キス下手なのかもしれませんね。

 だってしょーがないでしょ。キスするってだけで一杯一杯になるんっすから! ……って、そうじゃなくって、キスを止めろとゆーとるんですよ、俺は!


 だけど彼女はやめる気なんて、さらさらないらしい。

 ものすっごいねちっこいキスと一緒に、ものすっごいねちっこい手つきで背中に手を這わしてくる。と、思いきやブレザーに手を掛けてきた。

 何をする気なんだ。片隅で警戒心を抱くけど、意識はキスに集中しているから状況判断能力が欠けちまう。


 だから足元に何かが落ちて、俺等の片上靴を覆うそれを見る余裕さえない。

 ディープなキスで喉を鳴らしてしまう俺に、先輩は容赦なし。

 「ふっ」吐息を漏らすと、行為が荒々しくなった。足が震えてきたぞ、マジで。そろそろ舌も痺れてきたな、とか思っていた頃、先輩がようやく解放してくれる。


「っはぁ……」


 ぐったりと壁に凭れた。

 ひゅうひゅう、呼吸を乱す俺とは対照的にすっきりした顔をする彼女。


「キスに溺れさせる空も可愛いな。息苦しそうに顔を顰めているところが、またなんともそそる」


「あ……悪趣味……いたっ……せんぱっ」


「痕が消えかけている」


 荒呼吸を繰り返して彷彿している俺の首筋に痕をどんどん残してくれる先輩。

 毎度付けてくれるもんだから、キスマークは一向に消えてくれない。首筋や鎖骨辺りには、いつもキスマークが存在している。まんま彼女の所有物の証。


「見えないところがいいっす……っ、そこは見えますから」


「ふふっ、見せればいいさ。あたしの証なんだから」


 先輩はすっげぇ楽しそうに見上げてきた。


「まさしく美味しいムードだな」


 ウキウキ声で言う彼女。

 首を傾げる俺だったけど、やっと熱が少しだけ冷めて状況判断ができるようになる。


 あれ、俺のブレザーが下に落ちて……いつの間に脱がされた? あっらーカッターシャツが開襟されている。ボタンもぜーんぶ外してくれちゃって……下着のシャツが見えうをおおおいっ!


「なっ、ななななっ、ちょ、うぇえええ?! ありえないっす! なにっ、テクニカルなことをしてくれてるんっすか!」


 慌てる俺を余所に、お触りお触り、先輩の手がじかに背や腰を撫で回してくる。

 ぎゃあああっ、え、エッチィイイ! 先輩のエッチ! 逆セクハラ反対! ついでにセクハラも反対!


「お、男にセクハラしても楽しくないでしょ!」


「あたしはとても楽しい」


 ああああっ、先輩はそういう人でしたそうでしたね!


「楽しまないで下さい!」


 大パニックに陥っていると、


「キスをしながら脱がすと場が盛りがるらしい。まさにそのとおりだな」


 彼女は天使の笑みで悪魔な発言をしてきた。これもケータイ小説で学んだことだとか。


 畜生、あの悪魔本め。先輩に余計な知識を植え付けやがって!

 いや、あの本は本来女の子がキュンするような要素いっぱいなんだろうけどっ……変わり者の先輩はそれを俺に試すもんだからタチが悪い。男が女に、じゃなく、女が男に、だもんな。先輩のモットーって。


「シないっすからね」


 どうにかセクハラの手を止めることに成功した俺は、彼女の肩を掴んでちょい距離を置かせる。

 まったく気にしていない彼女は、「エロイ格好だな」俺の身形に一笑してきた。


 エロイは省いて、誰がこんな格好にしたと思うんっすか! ああもう、最悪っす!

 急いでシャツのボタンを留め始める俺は、「男の自尊心皆無っす。ボロボロっす」嘆いてグチグチブツブツ。

 

 ふふっと笑う先輩は、嫌だったら突っぱねても良かったんだぞっと微笑。

 途端に俺は一の字に口を結んでしまう。またそーやって意地悪ゆーてくるんっすから……俺がそれをできない前提で言っているでしょう? ですよね? その目は絶対楽しんでいるでしょっ!


「そーら。いいんだぞ、抵抗しても。空も男だもんなー? 受け身ばかりではなく攻めたいもんなー?」


 顔を覗き込んでニコーッと笑ってくる先輩に、俺は小さく呻いてポツリ。


「……抵抗できたら苦労しないっすよ。先輩だから許しているんっす」


「ほう、それは何故?」


 なんっすか先輩! 言葉攻めっすか、今日の気分は! とことん意地悪いっすよ! エスいっすよ!

 どうせ羞恥を噛み締めている俺を見たいが故の意地悪でしょうけど、でも、そう簡単に手に乗ってやらない。

 理由を尋ねてくる先輩に向かって、「好きだけじゃ……理由になりませんか」赤面しながらも頑張って告白してみる。


「それとも理由あった方がいいっすか?」


 なら頑張って理由作りますけど、フイッと先輩から視線を逸らして俺はまた口を閉じる。

 受け身男も言う時は言いますですよ。ええ、言わないとやってられるか! って気分。一種の自棄か? これ。


 すると先輩は意表を突かれたような顔をした。

 でもすぐに破顔して、「いや」十分過ぎると一笑。

 弄られ過ぎていじけ虫になっている俺にごめんごめんと謝罪して、そのまま「お詫びに沢山可愛がってやる」また距離を詰めてき、た……うをーい……それ全然お詫びになっていませんから。


 「ヤりませんよ」念を押せば、「ああ分かってる」空はそう思っておけばいい、と鈴理先輩。


 それってフカヨミすれば、俺の意思とはカンケーなしに事を進めるぞって意味じゃ。

 だからぁあああなぁああんでそうやってご都合なことばーっかしようとするんっすかね、我が彼女は!


 「駄目ですよ」「あたしは好きなようにやる」「もう十分でしょ」「むっ、足りるわけないではないか!」「キス以上はNGです」「あたしを誰だと思っているんだ。あたしがヤると言えばヤるんだ!」「また我が儘を言う!」「生意気だぞ空、エロイ格好しているくせに」「誰がこんな格好にしたんっすかああ!」「煩い煩いうるさーい!」「うわわっ、力技とか卑怯っす!」「こら逃げるな!」


 男子便所の狭い個室でヤーンな言い争いをした挙句、ドン、バンッ―!

 攻防戦を繰り広げて大暴れした俺等はドアの鍵を解除した拍子に、折り重なるように倒れた。


 先輩の下敷きになった俺はアイタタタッ、腰を強打した。

 上に倒れてくる先輩はいきなりドアを開けるなって文句を言ってくるけど、しょーがないじゃないっすか。咄嗟の判断で開けちまったんだから。


 あ゛……。


 俺は向こうから飛んでくる視線に気付いて、ぎこちなーく視線を流す。

 そこには手洗い場で手を洗っている男子生徒二名。顔も知らない男子生徒は気まずそうに愛想笑いをしてきた。俺も愛想笑いを返す。

 ははっ、ごめんなさい。公共の場でヤーんもどきしちまって。


 沈黙が訪れる中、先輩だけが「個室に戻るぞ」グイグイシャツを引っ張ってくる。


 こ、こんの気まずい雰囲気を感じながらも、まーだヤる気満々なんっすか!


「ほら、空」


「ほらじゃないっすぅうう! ナニ言っちゃっているんっすか! ヤらないっす!」


「あたしに逆らう気か? なるほど、上等だ。真剣にお誘いしているあたしを一蹴すれば、どうなるか、その身に刻んでやろう。一度の行為では終わらないから覚悟しろよ」


 ニンマリ笑う悪魔に俺はドッと汗を流しか(先輩、俺等ヤったことないじゃないっすか。ナニそのヤったことあるような口振り!)、絶対に嫌だ。覚悟なんてできていない。


 かぶりを大きく横に振る。

 弱々しく生唾を飲んで空笑いした後、なりふり構わず先輩の身を押し退けてBダッシュ。豊福空は戦闘から逃げ出した。


「あ、こらブレザーを忘れている! 逃げるとか論外だろ!」


 怒鳴る先輩がこれまた俺のブレザーを持ったままBダッシュで追い駆けてくる。

 仲良く男子便所から出た俺達は、これまた仲良くいつものように鬼ごっこを始めた。


「空! そんな格好で廊下を走るな! あたしだけが見て良い姿だぞ、そのエッロイ姿は! 誰かが欲情したらどうする、襲われるぞ!」


 阿呆なことをのたまう先輩に、「先輩だけっすから!」目一杯叫んで俺はボタンを留めにかかる。誰が好き好んで平凡・普通・貧乏学生に欲情するんだよ。


「ああもう留め難い。先輩、追い駆けて来ないで下さい! ボタン留められないっす!」


「あんたが立ち止まればいい話だ」


「だから、先輩が追い駆けて来るから止まれないんっす! 止まって下さい!」


「あたしはあんたが逃げるから追い駆けているだけだ!」


「俺は先輩が追い駆けて来るから逃げているんっす!」


 ドタバタ、廊下を走りながら俺は必死にボタンを留める。

 くっそう。なんで毎回まいかい、こっちが赤面するような恥ずかしい目に遭わないといけないんだ。

 もっと普通に学生さんらしい、ピュアで甘酸っぱい恋人の時間を過ごしたいって思うのは俺の我が儘っすか?! 我が儘っなんすか?!


 全力疾走プラス、余所見をしながら下から三つ目のボタンまで留める。よし、残り三つ。さっさと留めて先輩から逃げ切らないと貞操の危機――ドンっ!

 緊急事態発生、緊急事態発生、生徒と衝突事故を起こしたようだ。


 「うわっつ!」俺はその場で生徒と一緒に転倒。余所見をしていたから、教室から出てくる生徒に気付かなかった。

 完全に非は俺にあるから、「ごめんなさい!」慌てて謝罪。刹那、痛い拳骨を頂いた。


 ぶつかったのは大雅先輩だったようだ。

 これまたナイス&バッドタイミング。尻餅ついている彼は、カッコイイことに加害者の体をキャッチはしてくれている。


 だけどあらまあ、美形が超憤った顔になっている。

 いきなり何してくれるんだと青筋を立て、口元を引き攣らせる大雅先輩はこの俺にぶつかるとはいい度胸じゃねえかと胸倉を掴んできた。


 ご、ごめんなさい。

 でも悪気があったわけじゃな……俺にも俺の事情というものが……。

 だけどやっぱりごめんなさい。廊下を全力疾走していた俺が悪いっすよね。本当にごめんなさい。おろおろ狼狽して謝罪していると、


「豊福。悪いって思うなら俺に慰謝料、ちゃーんと払えよな。ああちなみに、金なんざいらねぇ。体で慰謝料を払え、豊福」


 「え゛?」目を点にする俺に、「は?」これまた目を点にする大雅先輩。


 今の台詞は大雅先輩がほざいたものじゃない。

 明らかにトーンはソプラノ、女性のものであるからして? 今の台詞をほざいたのは……揃ってぎこちなく視線を向こうに投げれば、ニッタァと笑っている愉快犯の川島先輩。その隣では「素敵」頬を赤くしている宇津木先輩がいたりいなかったり。


 絶句と引き攣り顔の両方を作り上げる俺等を余所に川島先輩が調子付いて話を続ける。


「『ってなわけだ、今から男子便所に行くぞ。拒否権なんざないからな』と、うち的にはこういう流れになると思うんだ。百合子」


「わたくし的には保健室というシチュエーションが宜しいですわ。そちらの方がベッドもございますし」


「バッカ、ヤり難い場所でヤるってのが萌えの醍醐味でしょーよ。スリリングも便所の方があるし」


「そう……ですけれど。ふふっ、でもどちらでもいいですわ。空さんの格好、絶対大雅さんが無理やりボタンを外し……どうしてその現場を見られなかったのでしょう。残念ですわ。もう一度してくれないでしょうか」


 この腐ったお嬢様を、はてさてどうしてくれようか。

 ヤーんな想像されて肌が粟立つ俺と大雅先輩。


 でもって「豊福っ」怒りを増大させる某俺様は、お前のせいでいたらん妄想をされちまったじゃねえかとガンを飛ばしてくる。

 ご、ごめんなさい、大雅先輩が好きなのは宇津木先輩っすよね。分かっているっす。いやでも妄想されちまったのは俺の責っすかね! 向こうの趣向に問題があるんじゃっ!


 わなわなと青筋を立てる大雅先輩はぐわんぐわん胸倉を握り締めて、体を揺すってくる。


「テメェっ、マジっ……百合子にっ……百合子にっ……大体なんだこの格好! 鈴理にヤられかけてたのか?! だったらいっそヤられちまえ!」


「そんな殺生なっ! 命辛々逃げてきたんっすよ俺!」


「で、この俺様にぶつかってっ……このザマっ。テメェ、マジ百合子の妄想どおりにしちまうぞ! あああぁあもういい俺は……俺はどっちも経験してやる! どぉおおせ俺は百合子の妄想の中じゃ、男女ぺろっとイケるんだぜ美形俺様くんだぁああ! 兄貴でも平凡でもどんと来やがれぇえ!」


「藪から棒にどうしたんっすか?! ヤケクソはノーっすよ! 乱心しちゃダメっすよ! 幾ら宇津木先輩のためだからって、そりゃあお門違いってもんっすよ! それに俺、ヤ、ヤられるなら鈴理先輩がい「では空、一緒に体育館倉庫にでも行こうな」


 この忙しい時に……その声は。


 泣きたい気持ちを抑えつつ、視線を流せば追いついた肉食獣(♀)のお姿。俺のブレザーを片手にニッコリ微笑んでくるけど、ちっとも微笑みになっていない。

 オッソロシイ視線を真正面から受ける俺は臨時逃走体勢に入った。つまりは逃げ腰だ。


 禍々しくどす黒いオーラを放っている鈴理先輩は、


「だから言っただろ? その姿で走れば、誰かが発情すると……」


 グッとブレザーを握り締めて不敵な笑みを浮かべてくる。


「空、あたしは二次元のあんたが誰かに妄想されようと、それこそいたらんカップリングを作られようと寛大な心で見るつもりだ。なにせ百合子はあたしのために攻め女小説を手掛けてくれているのだから、多少の我が儘は此方も聞いてやらないとフェアではない。が、三次元リアルではそうもいかない。あんたが誰のものか、ちゃーんと教えなければいけないようだな。そのカ・ラ・ダに」


 泣いても喚いても叫んでも手加減してやらないぞ、なんぞ仰られる鈴理先輩は本気モードに入った。


 や、や、やばい。これはやばい。

 本能が叫んでいる。先輩はヤる気だ。絶対にヤる気だ。


「まずは」


 唸る彼女は離れろと命令。

 いつまでくっ付きあっているのだと指摘されて、俺達は瞬時に距離を置いた。 

 べつにこれは事故で至近距離になっていたからであって、ヤマシイ気持ちとか、あらやだぁな気持ちとか、宇津木先輩の妄想のようなことはこれっぽっちもなかったんだけど、彼女の凄みについつい条件反射。


 命令どおり距離を置いて、お互いにへらっと笑ってみせる。


「ヤられて来い」


 仕返しなのか、残酷な事を仰る大雅先輩が俺の背中を容赦なく蹴り飛ばした。

 痛みと衝撃でつんのめる俺は態勢を崩しつつも、「おっとっと」どうにか物に掴まって転倒を回避。ホッとする間もなく、俺は青褪めて掴まった物、いや者に視線を下げる。


 ニッと口角をつり上げてくるのは我が彼女。

 虎視眈々と狙っていた獲物を捕らえることに成功したような、そんな歓喜に満ちた光を瞳に宿している。


 ゴクリ、恐怖のあまりに固唾を飲んでしまう俺は恐る恐るすり足で後退。腰を掴まれて逃げることも叶わず。


 膝裏を蹴られて、世界が軽く反転。

 体躯の小さい先輩に背中を支えられるという、なんともマヌケな体勢になった。


 あはははっ、周囲の皆が痛い目で見てきてる気がする。先輩方から揶揄の声も聞こえる気もする。気にしちゃダメだって思っても俺のハートが傷付きそう!

 だって俺、これでも一応男の子! 受け身でも男の子なんだものっ、自尊心がズタボロのボロクソだ。


 毎度ながらのこの公開処刑ならぬ公開プレイもどき、どうにかしてくれないかな。廊下でこんな羞恥プレイとか、軽くトラウマになりそうなんだけど。

 心中で涙を呑む俺を余所に、「あんたはあたしのものだ」彼女がはっきりと物申した。


「所有物のクセに、誰彼触らせるなんていただけないな。誰が許可した? んー?」


 グッと顔の距離を詰めてくる彼女、微かな吐息が顔に当たる。



「あたしのものはあたしのもの。あんたのものも、あたしのもの――なあ、そうだろ、空?」



 嗚呼、前略、今日も不況の波に抗おうと必死こいて働いている父さん、母さん。

 あなた方の息子、豊福空は今日も今日とて攻め女という持論を掲げている肉食系お嬢様に攻められています。ヘタレ受け身草食系息子でごめんなさい。


 でも、彼女には敵いません。

 こんな攻撃型肉食系女子に誰が勝てるのでしょう? あの幼馴染み許婚さんだって力や行動で負けることがあるのですから(負けて女装をさせられたことも多々だとか)、本当に強い女性です。


 それに俺自身もわりかしこのポジションについては、諦めています。定着もしつつもあります。


 なにより好きな人が男ポジションを望んでいるんです。

 少しくらい自尊心が傷付いても、喜ぶ顔を見たいんですよ。言い訳だといえば言い訳ですけどね、これ。


 どっちにしろ、男ポジションに立てるものなら、攻めポジションに立てるなら、できるもんならとっくにやっています。

 ほんっと、おれの彼女は何処までも我が道まっしぐらでジコチューのあたし様。何もかもあたしの言うとおりにならないと気に食わない、俺の、おれの。


「ここはカレシさまと呼ぶべきなんっすかね。それともヒーロー?」


 微苦笑交じりに言えば、満面の笑顔が向けられた。


「なんでそんなに空は可愛いんだ」


 食っちまいたいっ、とかなんとか言われてぎゅうっと抱き締められる。

 ちょ、痛いっす先輩! 力強いっす! 苦しいっす! 可愛いとか嬉しくない。寧ろ先輩の方が可愛いッ……ぬわわぁああああ?!


「せ、先輩っ、手、手っ。腰っ、撫で回さないで下さいっす! ぞわぞわするっす!」


「うむ、おかしいと思わないか? 空。女の腰を触る事が楽しい男がいるのならば、男の腰を触る女がいてもおかしくないと思う。なのに、少女向けの漫画や小説、挙句の果てにケータイ小説等々ではそんな描写がまったくない。世の中は不思議な事だらけだ。男女平等を唱えるならば、こういう行為も平等だろ?」


「だったら男の俺がこう言ってもおかしくないっすよね。セクハラ反対っす!」


「馬鹿だな空。あたしの行為は許されるんだぞ。何故だと思う? 例えるならば、そう愛犬のアレックスを撫で回すのと一緒だ。幾ら愛犬を撫でてもそれはセクハラにならない。同じように空を撫で回しても、あたしの行為はセクハラにはならない。あんたはあたしのもだろ? たった今、肯定の返事をしたではないか!」


「こ、肯定しましても俺には人権というものが存在しておりまして。愛犬と同レベルにされるのはっ……せめて公の場でのセクハラは勘弁して下さいィイイイ!」


 悲鳴を上げる俺を無視してくれる肉食お嬢様は、公共の場で堂々とセクハラという名のお触りおさわり。


 「放課後はセックスだぞ」「し、シないっすよ!」「ではいつまでもお触りだな」「それも堪忍っすよぉお!」


 何を言ってもやめてくれない先輩の腕から逃げようとする俺、豊福空はこうして毎日を攻められて生活している。

 女ポジションに立たされ、あらやだぁな行為や貞操の危機に遭いつつも、ちゃーんと男女逆転カップルとして成立しているもんだから、困ったもの。



 そう、俺は“受け男”と称され、今日も先輩と(一応)健全で、(多分)イチャイチャラブラブな、平和(といえるか分からないけど)時間を過ごしていた。



「先輩っ、此処じゃ恥ずかしいっすからっ!」


「羞恥心は興奮を煽るらしいぞ?」


「なあああんで先輩はそうなんっすか! 人目を気にして下さいっす!」



 これからもきっとこんな毎日が続くのだろう。

 あの時の俺達は当たり前のように思っていた、当たり前のように。当たり前が大事だと気付けないほど、当たり前のように。

 

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