Chapter5:王子系攻め女

XX. 肉食様は狩人



【受け男】

読み方:うけおとこ


 本来、攻める立場にいるであろう男のポジションをぶんどられ、あれやそれやどれやこれや、至らん手で攻められる男のことを指す。



 ※此処に記載している“受け男”は決して乙女チックでもMでもなく、極々普通の男である。




 □ ■ □




「なっ、なななな、なんで此処まで追って来るんっすかっ。常識的に此処は入れない場所っすよっ! モラル的にアウチイヤーンですよ! キャー変態って叫びますよ!」



 前略、今日(こんにち)も日本国という不況大国で働いている父さま、母さま。

 あなた方の三番娘、竹之内鈴理は今、とても美味しいシチェーションに舌なめずりをしているところであります。やや場所が場所なだけに美味しいと呼ぶには似つかわしくない場所でありましょうが、あたしにとってそんなこと二の次三の次。大事なことは目前の獲物は食らうことにあります。


 獲物のこと所有物、改めあたしの彼氏の名前は豊福 空。

 極々普通の庶民派貧乏人学生で、わりと苦労を背負っている私立エレガンス学院の特別補助制度特待生です。一目惚れから時間が経ち、正式に恋人になって今まさに彼を追い詰めたところです。

 大体このようなところに逃げ込んで、あたしが来れないとでも思ったのでしょうか? つくづく我が彼氏は抜けていて愛い奴です。


「小学生じゃあるまいし、そのような脅しであたしがさっさと此処から退散するとでも思ったか? あたしに常識など通用しない」


「通用して下さい。いえ常識を採用して下さい! 此処はっ、男子便所っす―――ッ!」


 男子便所の最奥で絶叫する空に、「人がいないからいいではないか」あたしは腕を組んで肩を竦める。


「そういう問題でもないっす。男女で分かれている空間なんだから入ってきちゃ駄目なんっすよ」


 おカタイことをほざく空にあたしはヤレヤレと溜息。

 だからあたしの前でそれが通用するかっつーの。第一あたしが此処にいるのは空に元凶がある。

 

 晴れて正式な恋人、両想いになったのだからキス以上の進展を望もうとあれやこれやそれやどれや行動を起こしているというのに、毎度の如く空が逃げてしまう。

 逃げれば追い駆ける、それが攻め女の性分であるからして、逃げるキャツを何処までもどこまでも追い駆けて此処にいるわけなのだが。逃げ場がないと悟るや否や、空はあたしに常識を説いた。


 まったくもって生意気な奴だ。まあ、そこもいいのだが。


 壁に背を押し付けて逃げる隙を窺う空に一笑。

 まだ逃げられると思っているんだろうが、ふふっ、此処で逃げたが運の尽きだったな。


 にやり、あくどい笑みを浮かべるあたしは、脇を擦り抜けて逃げようとするキャツの腕を掴むとそのまま最奥の洋式トイレの個室に押し込んで鍵を掛けた。


「イ゛っ」


 潰れるような悲鳴を上げる空は、逃げ場を失って千行の汗を流している。逃げたくても出入り口はあたしが占領しているから挙動不審気味。

 ははっ、追い詰められている、追い詰められている。


「せせせせ先輩、個室に御用なんてない筈っすよねぇ。ほっらぁ一緒に此処から出て、えーっと、ケータイ小説のお話でもしましょう?」


「うむ。後でゆっくりしような。今は、そうだな。もっと大切な事をしようか」


 完全に場の空気を読んでいる空は、「今はちょっと気分的に乗らないな」なーんてしどろもどろ焦点を泳がせている。


 ではそういう気分にさせるまでだ。なあ?


 踏み込んで懐に入ったあたしは、ギョッと驚いている空の肩を掴んで壁に押し付けた。

 この後、何が起こるのか察している空は見る見る頬を紅潮させてブンブンブンブン、千切れんばかりにかぶりを振ってタンマを申し出てくる。往生際が悪い。


「もう逃げられない」


 じゃあどうするか。素直に受け止めればいいさ。

 目と鼻の先の距離で、ニッと相手に綻んだ。


「あたしとのキス好きだもんな。嫌なら抵抗してみればいいさ」


「ず、ズルイっすよそれ! お、俺が抵抗できないの知っていて言っているでしょう?」


「分からないぞ。ヤればできるかもしれない」


「先輩意地悪いっす! なんっすか、Sモードにでも入ってるんっすか!」


 四の五の言うことが大好きな空の口を塞いだのは、この直後のこと。

 空が抵抗するか? 勿論、抵抗なんかできる筈ない。何故なら、空もまたキスが好きだから。知っていて意地悪を言うのは好き故に、だ。

 よく言うだろう? 好きな奴には意地悪をしたい、と――。


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