XX.草々、豊福空


 □ ■ □



 前略、今日も不況の波に抗っている父さん、母さん。


 あ。宛先がちっげぇ。

 仕切りなおして、前略、天国で不況の波があるかどうか分かんないけど、一応抗っているであろう父さん、母さん。息子の豊福空は色んな事件を経験して、今日も元気に学校に登校しております。そりゃあもう元気です。


 未だに完治していない横っ腹の痣や撃たれた右腕その他諸々を総無視して只今昼休み、絶賛全力疾走中です。


「こら空、何故逃げる!」


「逃げるに決まっているじゃないっすかっ! なんでっ、なんでっ、完治していない怪我人を襲おうとするんっすか! イミフっす!」


「失敬な! 襲うとはしていない。怪我の具合を診ようとしているだけだ。まあ、ついでにセックスを」


「ほっらぁああああ! そのミエミエ下心! 俺は断固としてヤりませんからね!」

 

 ドタドタドタ。

 前みたいに平気になった階段を飛び下りて猛ダッシュする。

 背後で同じく可憐に階段を着地する鈴理先輩は、傷を癒してやるだけだと言って追い駆け回してくる。癒し方に問題ありっすよ!

 どうせ舐めるとか、ちゅーとか、畜生とかっ、するつもりでしょぉおお!


 「うわああんっ、先輩のケダモノ!」嘆く俺に、「光栄な褒め言葉だな」後で覚えてろよ、と意地悪くニヤリ。


 攻め心をもっと焚きつかせてしまった馬鹿な草食系男子は、より悲鳴を上げながら颯爽と廊下を走る。

 廊下は走っちゃなんない? 貞操の危機にいけないも何もあるか!


 先輩に追いつかれそうになった俺は、咄嗟の判断で自分の教室に逃げ、談笑していたフライト兄弟を盾にする。


「追いついた」


 超満面の笑顔で俺を見てくるハンター竹之内に、千行の汗を流して「ごごご慈悲を」取り敢えず懇願してみる。無駄だって分かっていても、まずは直談判。

 俺の訴えを綺麗に無視する先輩は、フライト兄弟が邪魔だと思ったのか彼等にご命令。


「そこを退け。でなければ、困ったことをするぞ。そうだな……メイドコスというものを、うちの彼氏共々してもらおうと」


「空。お前の彼女がお呼びだ」


「空くん、逃げちゃ駄目だよ」


 あっさりと背後にいた俺をどうぞどうぞと差し出すフライト兄弟。生々しい裏切りを見た。

 ひ、ひでぇえっ! 自分の身が可愛くてオトモダチを売るとかひでぇえっ! 気持ちは分からないでもないけど、でもやっぱりひどっ、うぇええをおおい先輩、勘弁っすよぉおおお!


 逃げようとする俺の左腕をしっかり掴んだ先輩は、鼻歌交じりでそのまま俺の体を持ち上げ、肩に担ぐ。


 お姫様だっこじゃないだけマシだけど、これはこれで小っ恥ずかしい。図体のでかい後輩が、小さな体躯の先輩に担がれているとか、男の自尊心ズタズタだっ!

 「おろして下さい」「問答無用」ジタバタ暴れる俺をスルーして教室を出る鈴理先輩は、ズンズンと廊下を歩いていく。


「ああああっ、豊福空っ、鈴理さまにっ、キィイイイ! NのくせにM的なことをされるなんてっ!」


「泣くな高間。いつか、いつかあいつと鈴理くんの仲を引き裂くんだ。それまで涙は取っとけ」


 廊下の隅でジェラシーをムンムン放ちながらこっちを睨んでいる『鈴理さま見守り隊』の親衛隊隊長と副隊長を見つけてしまった。

 果たしてこれはM的なことをされているのだろうか? ヤられている時点でM? いやいや認めないっすけどね! ……あ、そうだ。 


「先輩。今日の放課後、大丈夫っすか? LINEしたと思うんっすけど返信こなかったから」


 首を捻って先輩に質問。

 先輩をお誘いしたい場所があるんだけど。


「ん? ああ悪いな、返信できなくて。大丈夫だ、空けておいたから。空から誘われるなんてな。やっぱりシたいのではないか!」


「都合の良い解釈しないで下さイダダダダッ、先輩。今、横っ腹の痣にっ」


 この体勢はちょいキツい。

 訴えれば、ひょいっと俺の体を横抱きにしてくれる……これはこれで泣きたいんっすけど。やっぱお姫様抱っこに落ち着くんっすね。

 「顔が見れた方が良いな」したり顔の先輩に、「またそういうことを」唸る俺。


「嫌いではないだろ? 空はあたしのこと、好きだもんな?」


「ぐっ」


「嫌いか?」


 この愉快痛快確信犯。俺の気持ちを知っているくせに。

 赤面した俺は「重症っす」敢えて好きを口に出さず、負け惜しみでその場を凌ぐ。ツンデレ反応だと大爆笑してくれる先輩に超悔しい気持ちを抱いた。

 誰がツンデレ! 俺、先輩の攻めにツンどころかタジタジっすよ! タジデレっすかね、こういうの。


 でも、今に見てろっす。

 今日の俺にはちゃんと計画があるんっすからね。

 押せ押せ攻め攻めな先輩に勝つ自信はないけれど、赤面くらいはさせる計画があるんっすからね!


 草食受け男だって逆襲をするんだ。


 そう心中で決意、叫ぶ俺にはとある計画があった。

 別に大したことじゃない。

 でも前々から決めていた計画だ。俺にとっては大事な計画を放課後、決行する。





「うむ、空。あんたが来たがっていた場所とは此処か? まだ高所恐怖症が治っていないというのに、これはハイレベルじゃないか?」


「ははっ、ワカッテイマス。今の俺じゃレベルが足りなさ過ぎますよね」


 放課後。

 運転手の田中さんに頼んで連れて来てもらった場所は、某アウトレットモール。

 そこの敷地内に突っ立っている俺と鈴理先輩は、ただただ空を仰いで沈黙を作っていた。ああすげぇな、あの高さ。飾られているゴンドラが小さく見えらぁ。車輪状のフレームがやけに馬鹿でかく見える。


 呆然と見上げている先にあるのは先輩が大好きな観覧車。

 放課後に来た時刻が時刻だからか、夕陽が向こうに見える。車輪状のフレームも夕陽色に染まって綺麗だ。


 まだできたばかりの観覧車だから、向こうには長蛇の列。

 主にカップルバッカで桃色オーラが向こうでムンムン。一応俺等もカップルになっているんだ。あそこに入りたいけど、俺が高所恐怖症だから。


 無理して乗ろうとは思わない。

 情けない話、高所恐怖症はまだまだこれからも付き合わないといけないトラウマで、窓から景色を見るのもすごく苦労している状態だ。先輩が一緒に景色を見てくれようとしても、調子の良い時じゃないと窓にさえ近付けない。

 階段は平然と上り下りできるようになった。記憶も戻った。トラウマの原因も分かった。

 プラマイゼロ、結局前の俺と同じ状態だ。


 そんな俺が観覧車に乗った日には、先輩に迷惑しか掛けない。

 分かっているよ。見栄を張ってまで乗ろうとはしないさ。


 でも決めていたことは実行したい。


 俺は先輩の手を握って、「こっちへ」観覧車真下付近まで歩む。

 足を止めると人がいないこと確認。疎らに人はいるけど、この際しょうがない。首をしきりに傾げる先輩と向かい合って、俺は頬を紅潮させながらおずおず口を開く。


「高所恐怖症。治すのにすっげぇ時間掛かると思います。いつになるか分かんないっす。だけど、その、治ったら最初に俺と観覧車に乗って下さい。本当は観覧車で伝えたかったっすけど、今の俺には無理だから此処で言います」


 決めていたんだ、観覧車で絶対に気持ちを伝えるって。

 色んなアクシデントで気持ちを鈴理先輩に伝えちゃったけど。前みたいにグズグズ泣いてる時じゃない、弱っている時じゃない、過去に嘆いている俺じゃない。


 真剣に人に気持ちを伝えるって決めた俺で此処に立っているんだ。



 さあ、今度こそ真っ直ぐに伝えよう、肉食お嬢様にこの気持ち。

 もう理由を付けて逃げたりせず、相手のことを知りたいからお付き合いする条件も投げ捨てて、傍にいたい自分のこの意思を彼女に告げよう。


「鈴理先輩、俺は貴方が好きです。知りたいから付き合っていましたけど、好きだと自覚しました。先輩のことが好きだから、俺と正式にお付き合いしてください」


 不意打ちに赤面する彼女にしてやったりと、一笑。

 勇気を出して彼女の両頬を包むと、俺から二度目のキスを送る。

 彼女に負けず劣らず顔が赤く染まる俺だけど、それでも良かった。彼女に想いをこうして告げられたんだから。




 前略、天国で不況の波があるかどうか分かんないけど、一応抗っているであろう父さん、母さん。


 あなた方の息子、豊福空には今、好きな人がいます。

 すっげぇ困った人で、攻め攻めの押せ押せ、雄々しい性格の男ポジション憧れお嬢様なんですが、彼女のおかげで非常に困った学園生活を送り始めてしまったんですが、でも押されるまま押されて結局好きになってしまいました。


 女ポジションに立たされたり、なんだったり、困ることも多々あります。


「チッ。こうやって不意打ちとは生意気な。空、触れるキスだけじゃ足りないぞ」


「あ、ちょ、襲おうとする前にタンマっす。お返事を下さい」


 だけど彼女のこと、どーしょうもなく好きになった重症な俺がいます。

 最近の悩みは何処まで彼女の我が儘を聞いてあげようかな、だったりです。


 いやセックスはまだまだまだまだまだエンドレス。

 だけど何かしら、彼女の笑顔が見たい俺がいるので自分なりにできることを探したいと思います。


「返事? 決まっているではないか。聞くまでもないだろう? だって空はあたしのもので、あたしは空のものなのだから」


「え、先輩。俺にくれるんっすか?」

 

 

「ああ、返品は不可だぞ」


 


 父さん、母さん。

 肉食お嬢様と草食貧乏人の本当の恋は此処から、始まりそうです。


 この先、何があるか分からないけれど、彼女と一緒だったらどうにかなりますよね? 俺はそう強く信じたいです。俺自身のことで何か遭ったら、きっと彼女が乗り越える契機をくれるだろうし、俺自身も乗り越えられる契機を与えてあげたい。

 そういう関係になれるよう俺、頑張ります。


 大丈夫、本当に何か遭ったらこっちの父さんや母さんに相談しますから。


 また何か遭ったら俺の報告を聞いてやって下さい。


 それでは、お元気で。





 草々、あなた方の息子・豊福空。




◇◇◇


これにて第一幕終了です。

空は無事にあたし様と正式なヒロイン(?)になれましたが、次章からもう一人、攻め女が出てきます。

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