17.サバイバル翌日(せ、先輩のお馬鹿!)




 □ ■ □

 


 怒涛の夜から一夜明けた翌日のこと。

 俺、豊福空はどうにかこうにか先輩とのサバイバルに勝利(だと思う、多分)。

 睡眠という生理的欲求に負けた先輩と一緒に揃って健全におやすみなさいをし、スンバラシイ朝を迎えた。正しくはスンバラシイ昼を迎えた。


 四時半に寝たことが仇になったんだろうな。


 俺達は朝を迎えても全然目が覚めなかった。

 召使の晶子さんが俺達を起こしにノックしても、特に俺は昨日に体力を使い果たしたのかなかなか目が覚めなかったわけなんだけど……。

 

 ええい、ここからがすっとこどっこい!

 先に目を覚ました先輩が何を思ったのかコンチクショウっ、サバイバル延長戦を申し出てきやがったんですよ!

 

 ははっ、びっくりしたね。

 深い眠りについていた俺がグースカグースカ寝ていたら体に何か這うような感触がして。くすぐったい正体も分からず、ぼんやり意識を浮上させようとしたら、口内に何かぬめっとしたものが入ってきて。

 これまたなんだろうと思って薄っすら目を開けたら、朝から先輩がドアップじゃあーりませんか。


 それだけだって混乱するのに、口内に蠢く慣れた感触に気付いちまってもっと混乱。

 目覚めのディープキスとやらで俺は大変な目に遭った。抵抗しようにも、昨日の無理が祟ったのか体は筋肉痛。腕なんて暴れる先輩をずーっと拘束していたから重いのなんのって。


 ジタバタする俺を押さえ込んで何度もキスしてくる先輩は、完全に俺が起きたことを確かめて解放。

 美人顔でヤーらしく口端を舌で拭いながら「おはよう」と挨拶してきた。


「な、何するんですか」


 寝込みを襲うなんて、肩で息をする俺に先輩はニッコリ。


「眠り姫は王子のキスで目覚めるというだろ? さあ、目覚めのキス後は昨日の続きだ! お互い睡眠も取ったしな、元気ハツラツするぞ!」


「え゛? ちょ、ちちょぉおおっ、先輩ぃいいい! うわぁあっ、服返して下さいよ!」


 こんなものポーイだという手つきで寝巻きと肌着を脱がせちまう先輩はマジモードだった。本気と書いてマジだった。

 朝から顔面蒼白、じゃね顔面紅潮(?)するなんて思わなかった俺は上半裸になった羞恥やら危機やらで大パニック。なんでどうしてこんなことにっ、嗚呼、甘く見ていた攻め女!


「うわっ。そこに痕付けないで下さいっ。見えるっす!」


「見えていいではないか。あたしのモノって証だ。嬉しいだろ?」


「か、簡単に痕って消えないんですからね、キスマーク! 俺、月曜は体育があってですねっ。は、恥ずかしい思いを……ま、また付けたっすね!」


 大した抵抗もできなく、寧ろちゅっと鎖骨やら首筋やら沢山吸われてもう駄目だうわぁあ俺の昨日の努力がぁああ! と、嘆いていた矢先。


「お嬢様いつまでおやすみなのです?」


 コンコンッと扉をノックする音。

 寝室には鍵が掛かっているんだけど、ノックした相手は合鍵を持っているらしく、ガチャっと鍵を解除して糸も容易く中に入って来た。


「おはようございます、鈴理お嬢様。空さま。お食事のした……くッ」


 ピッシャーンゴロゴロ。

 雷に打たれる、この擬音語がお似合いであろうその人物は見事に硬直。ががーんっとショックのあまりにその場で佇み、俺等を凝視していた。

 

 見る見る不機嫌になるのは鈴理先輩。

 見る見る羞恥で顔が赤くなるのは俺。

 見る見る青褪めるのは竹光さん。


 この三つ巴の図といったら、天国と地獄、いや地獄一色だ。


「食事は後で取る」


 今はお取り込み中だと先輩が手でシッシと竹光さんを追い出そうと試みる。

 はいそうですか、と頷いて引き下がる、竹光さんじゃない。血相を変えて悲鳴を上げた。


「おじょぉおおさま! な、なんってことをっ、まさかっ、そんなっ、あれほど言ったにも拘らず空さまと、空さまと」


「安心しろ。今、第二ラウンドに入ったばかりだ」


「ご、誤解を招くっすその台詞! 第一も第二もないっすから! た、竹光さんっ、俺達は何もまだっ、過ちなんて……あああ竹光さん!」


 ぐらっとその場で両膝をついてしまう竹光さんはオイオイ泣き出した。


「この竹光がいながら、十代後半でなんという過ちをっ、ああ竹光、一生の不覚でございます」


 とかなんとか、竹之内家に仕え始めてからこれまでのことを走馬灯のように思い出してオイオイシクシクグズグズ。


 すっげぇ罪悪感を感じたんだけど、俺はまだ過ちはしていない!

 セーフ、セーフだよ。恋愛ABC法則によると、俺達はまだAの段階です! いやBかな……ちっげぇ! 俺達はまだA段階! セーフっすっ、竹光さん!


「鈴理お嬢様。もはやこの事態。空さまを婿養子にするしか責を取る方法がございませんぞ」


「それは喜ばしいことだな!」


 なんでそーなるんっすか、あーあ、もう誰も俺の話を聞いちゃくれねぇ。

 ガックシ肩を落とす俺はベッドに沈んでもう一寝入りしたくなった。だって体の節々が痛いんだよ、筋肉痛なんだよ、腕も重いんだよ。


「体がだるいっす」


 俺のヒトコトによって勘違いを起こした竹光さんの涙は増量し、先輩は「これからもっとだるくなるぞ」と、余計な助言をして下さったのだった。まる。

 


 閑話休題。

 こんな大騒動はあったけど(どうにか俺等は健全な関係を保ったままだと信じてくれた竹光さんは再三再四俺等に、というか先輩に健全な関係でいるよう注意を促していた)、俺は朝食兼昼食を先輩と一緒に取り、夕方まで先輩と勉強会、そしてDVD鑑賞で時間を楽しんだ。

 余談として何度かメイド服を着させられそうになったことを付け加えておく。

 

 んでもって日が沈み始めた頃、俺は先輩の家を後にした。

 夜から英会話だという先輩に途中まで送ってもらうことになったわけだけど、日が沈み始めるに連れて、何だか先輩の元気がなくなっちゃって。


 寂しいんだろうなって分かったから、「また遊びに来ていいですか?」ありきたりな言葉で彼女を慰めた。


 途端に破顔する先輩は「今度こそしような」と燃えていた。うん、燃えてくれた。

 元気になってくれて嬉しい反面、毎回俺はサバイバルを強いられるんだろうかと身の危険を感じたり。ほんの少しだけ、自分の放った台詞を後悔した。



 そうそう。

 母屋を出て正門に向かう途中、俺は真衣さんと顔合わせになった。

 真衣さんは俺達が日曜という休日を満喫している間、ビジネスマナー教室に行っていたらしい。特に真衣さんはご両親に期待を寄せられているらしいから、そういった作法にすこぶる気を付けるよう言われているらしい。

 ややお疲れ気味の真衣さんに、「お邪魔しました」頭を下げれば、「また来てくださいね」優しく微笑まれた。


 次いで、先輩にいってらっしゃいと挨拶。


「気を付けて行って来て下さいね。鈴理さん」


「お心遣いありがとう。真衣姉さん。いってきます」

 

 ふっと笑みを浮かべる先輩だけど、その笑みは何処となく余所余所しい。

 一線引いているんだと他人の俺から見ても丸分かりなんだから、真衣さんは余計状況を理解しているだろう。寂しそうに真衣さんは会釈をして母屋に向かった。


 その際、振り返って俺たちにヒトコト。


「昨日はとても素敵な夜だったみたいね。空さま、キスマークが一杯……ハッ、ということは鬼畜になった空さまが恥らう鈴理さんに痕を付けるよう強要……キャー! 空さまそんなっ、キャー!」


 ………限りなく余計なヒトコトを言い放ったのは言うまでもない。


「真衣姉さん! あたしは攻め女ですよっ、恥らわせる専門ですから!」


 これまた先輩が余計なヒトコトを返したんだけど、俺はツッコむ気にもなれなかった。

 キャーと興奮しながら母屋に向かう真衣さんに、「まったく」と息をつく先輩は俺に声を掛けて正門に向かい始める。バカみたいなやり取りだったけど、今のやり取りこそ、二人が素で話せた瞬間なんじゃないだろうか?


 今は二人の、いや先輩と姉妹の間に溝があるけれど。

 正しくは先輩が自己防衛のために姉妹達と溝を作っているけれど。


「空、何をしている? 置いて行くぞ。それとも、もう一泊していくか?」


 名前を呼ばれて俺は先を歩く先輩に「待って下さいよ」、夕風と共に駆け出す。

 きっといつか、鈴理先輩は自分で作った溝を取っ払って姉妹達と歩む日を掴む。自分でその日を掴むんだって、俺は信じている。


 だって彼女は受け男が認めた攻め女なんだ。先輩はその場で足踏みばかりする人じゃない。臆病風なんて振り切って、ガンガン攻め込むに決まっている。俺の彼女はそういう人なんだ。

 何年掛かったとしても、先輩はいつか、前進する契機を掴む筈だ。


 でも、もし先輩がその契機をいつまでも掴めないというのなら、


「先輩。今度は俺の家にも泊まりに来て下さいね。部屋狭いし、大したもてなしもできないっすけど」


「いいのか。絶対に行くぞ。お前のご両親とも沢山お話したいと思っているんだ」


 その時は受け男も全力で手を貸そう。

 自分の問題は自分で解決するものだけど、契機を掴む手助けくらいなら、したって全然許されるに違いない。

 だって人間は一人で生きているんじゃないんだ。誰かに支えられて今日を生きている。


 だったら、


「なあ、空。昨日の約束、絶対に果たそうな。冬が楽しみだ」


「はい。約束っすよ」


 俺はこの人を支えたい。

 そう思うようになったのは、先輩、貴方のせいっす。貴方の一途な好意が、いつの間にか俺の世界を先輩中心にさせた。



 ああ、そうか、俺、もしかしてもう落ちているんじゃないだろうか。鈴理先輩に――。

 

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