16.サバイバル本番(誰の勝ち?)
カッチカッチカッチ、こっくりこっくり。
カッチカッチカッチ、こっくりこっくり。
カッチカッチカッチ、こっくりこっくり……くしゅん。
自分のくしゃみに俺は遠退いていた意識を浮上させる。
やっべぇ、マージ眠いんだけど今何時だろう? えーっと時計……あ、向こうに掛け時計がある。
えーっと4時半。嘘だろ。どんだけ四隅を陣取っているんだよ俺達。
硬いところに座っているせいか腰が痛いんだけど。
ついでに腕も重いや。先輩が散々暴れてくれたせいで、ずーっと腕に力を入れなきゃいけなかったから。
俺はノロノロと視線を下げる。
そこには俺と同じように夢路を歩き始めている先輩の姿。
すっかり腕の中で大人しくしてくれちゃって……ま、習い事があったんだ。お疲れなんだろうな。俺だって執事のお仕事をさせられて超お疲れだよ。先輩とめちゃめちゃ暴れまわったし。
「先輩、寝ましょうよ」
俺は相手に声を掛ける。
これじゃあセックスもヘチマも何もない。体力と眠気の限界だ。
「んー」
唸る先輩は折角のチャンスなのに、と欠伸を噛み締めつつ、渋々引き下がった。
先輩も散々暴れまわったせいか眠気が勝ったみたいだ。こっくりこっくりと首を上下に動かし始める先輩に思わず一笑。
起こさないように態勢を変えて、膝裏に手を入れる。
どっこいしょ、の掛け声で腰を上げた俺は腰に鈍い痛みを感じつつ、先輩の意識がハッキリしていたらすこぶる嫌がるであろう姫様抱っこでベッドに歩んだ。
女の子を初めて姫様抱っこしたな。
いつも俺はされる側だったし。はは、情けねぇ。
(やっぱり人間の体って重いんだけど……先輩の腕力の怖さを知ったような)
先輩が重い、というより人間の体は重いと声を大にして主張したい。
こんなにも小柄な体躯に、俺はいつも攻められているんだな。改めて見下ろすと不思議な感じ。
他愛もないことを思いながらベッドに先輩を寝かせて、静かに布団を掛ける。
聞こえるか聞こえないかの寝息を立てて、身を丸める先輩を一瞥した後、俺は一旦電気を消すために部屋の出入り口へと向かう。
パチッ。
電気を落とした後、ベッドに戻って俺の分の枕と毛布を手に伸ばした。
やっぱ一緒には寝れないよな。若かりし男女が一つのベッドに寝ちまうなんて。健全な関係を保つためにも、今日のところはソファーを借りよう。
と、先輩の手が伸びて俺の寝巻きを掴んできた。
「お?」瞠目する俺はゆっくりと先輩に視線を向ける。そこには不機嫌そうに重たい瞼を持ち上げている先輩の姿。引き込むような力で寝巻きを引っ張ってくるもんだから、俺は苦笑。
観念することにした。
セックスは免れたんだ。
これくらいの我が儘は聞いてあげないとな。
「失礼します」一声掛けて、俺は布団の中に体を入れた。
瞬く間に先輩が擦り寄って来る。まるで抱き枕を抱くように俺の体に手足を巻きつけて、ホッと安堵の息を漏らした。
超距離が近い……と思う俺だけど、「あったかい」彼女の吐露で思考を止めた。
うつらうつらと夢路を歩きつつ、先輩は唇を動かして語り部に立つ。
俺はといえば、ジッと先輩の独白に耳を傾けていた。
「家の中はいつも肌寒く思える。特に寝る時間は……寒いんだ。心寒い」
「寒いんっすか?」
「ん、寒い。毎日寒い。四季に関わらず寒いんだ」
そっか。寂しいんっすね、先輩。
大雅先輩は言っていたな。人間は独りになると、愛情を求めちまうって。大好きなお前にガオーッすることで、孤独を霧散しようとしてるのかもしれない。同時にお前の心が欲しいんだろうな、と。
先輩は毎日、凄く寂しいんだ。あっためて欲しいんだ。この環境に、家族関係に、すべてに。
学校ではそんな念を抱く事がないから、そういった一面は爪先も見せないけど、先輩は俺の思っている以上に孤独を抱いている。
家族の前ではあんな能面なんだ。姉妹とさり気なく会話に加担すればいいのに、それさえできず、自分の価値観で悶々と空気になっているんだ。
俺が思っている以上に鈴理先輩は孤独を抱いている。人肌を欲しているのは、きっとそのせい。
暗闇の中、彼女を恍惚に見つめた後、俺はそっと腕を伸ばして抱き締めてくれる先輩の頭を撫でた。
「先輩はひとりじゃないっすよ、ダイジョーブっす」
「大丈夫」繰り返し、言葉を掛ける。
先輩は独りじゃない、それに先輩が思っているほど独りでもない。周囲が独りにさせてくれない。俺もそのひとりだ。
軽く撫でたまま教えてやる。俺が迷子になった時、偶然居合わせた真衣さんとの会話を。
彼女は先輩とまた仲良くしたいと願っている。誰よりも一番仲の良かった先輩と、また隔たりも溝もなく仲良くしたいと思っている。
先輩と正反対な立場の彼女は期待されたくないと苦言していた。期待ゆえにいつの間にか生まれてしまった隔たりに苦悩している。
姉といつの間にそんな会話を交わしたのだ、と眠気を含みつつ瞠目する彼女。それを無視して、俺は言葉を重ねた。
「先輩や真衣さんと同じように、他のご姉妹も寂しいと思っています。俺が貴方の家庭のことをどうこう言える立場じゃないっすけど、先輩は先輩が思っているほどご家族に過小評価されていません。特にご姉妹には」
だって先輩が一生懸命に話していた彼氏の話を、姉妹達はちゃんと聞いてくれていた。
俺が向こうの御両親にボーイフレンドと言われた時も、すかさず口を挟んでくれた。姉妹は先輩が思っている以上に、先輩のことを心配している。
「ゆっくりでいいと思います。少しだけご姉妹に歩んで、先輩の悩みを打ち明けてもいいと思いますよ。それとも先輩はご姉妹のこと、嫌いっすか?」
そんなわけない。
先輩は姉妹に対して、劣等感を抱きたくないと怖くなっているだけだ。
けれど、他の姉妹だってきっと同じような思いを抱いている筈だ。
姉妹に期待されているうんぬんかんぬんで不安を抱いている鈴理先輩のように、姉妹もまた距離を置かれたことに不安を抱いて居心地が悪くなっている。
「四姉妹は皆が皆、仲が良かったんでしょう? 尚更居心地が悪いと感じている筈ですよ。期待されていないと思っている先輩も、期待されている真衣さんも、その他のご姉妹もきっと。
いっそのこと皆で腹を割って、家庭内情について話したらいいんじゃないかと思います。明日あさってやれ、なんて野暮なことは言いません。先輩の心が決まった時にでも、ポロッと本音を口にしてみたらいいと思います。三人とも喜んで相談に乗ると思います。勇気がいるかもしれませんけど、でも、先輩ならできるっす」
また姉妹と仲良くしたいと思う気持ちがあるなら、きっとできる。
「ダイジョーブ、今からだって遅くない。だって先輩、ご姉妹はそこに健在しているんですから。ね?」
子供のように言い聞かせて、ひたすら頭を撫でてやる。静聴していた先輩は「今はまだ」、口ごもってギュッと俺を抱擁。
ふふっ、そうっすね。簡単にはできないっすよね。
偉そうなことを言うだけなら俺だってできますもん。高所恐怖症を克服します! なんて、口だけなら何度でも言えますもんね。勇気がいりますよね。
だから、その勇気が持てるまで俺は先輩の支えになりたい。
勇気が持てるその日まで、ずっと。持った以降もずっと。
俺は俺の意思で先輩と体を密接にする。そしたらもっと近くに来いとばかりに先輩が抱き込んできた。
ありゃりゃ、本来俺がしなければいけないであろう、その役を先輩が取っちゃうんだからもう。
苦笑を零す俺に、「眠い」先輩は限界を訴えて瞼を下ろした。
その際、彼女は言ってくる。目覚めたらベッドからいない、なんてことになっていたら許さない、と。
先輩曰く、ひとりでベッドに寝る行為はあまり得意じゃないらしい。
昔からひとりで寝ることを強要されていたらしいんだけど、夜が来る度に人肌が恋しくて恋しくて。お母さんやお松さんに絵本等々で寝かしつけてもらっていたそうだ。
けど、目が開けたら誰もいないことが多かった。それが寂しいらしい。
「大丈夫ですよ」
俺は此処にいる。ずっと此処にいる。
第一、この状況でどーやって俺がベッドから抜け出しているんだろうな。こんなにもガッチリホールドされているのに。
「おやすみなさい、鈴理先輩」
小さな欠伸を零し、俺も瞼を下ろすことにした。
今日はいろーんなことが色々あり過ぎて目が回ったけど、でも、楽しかったな。
なによりも先輩の心に触れられた。それは俺にとって大きな歩みだ。
度々セックスクライシスが訪れたけど、どうにか乗り切った。本当に今日は楽しかった。そして先輩の知らない一面を知れた。
なんだかもっと先輩を知りたくなったな。俺って貪欲だ。
遠退く意識の中、俺は今日一日のことをちょいとだけ振り返ってみた。
振り返っても振り返っても今日という一日が先輩一色に染まっている。
それが凄く照れくさいけど、とても嬉しかった。
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