15.サバイバル本番(え、マジでヤるの?)



「あの、せ、せ、せんぱいっ……そ、そろそろ、ね、寝ましょうか? ぐっすり眠って、あ、明日に、そ、備えましょう。ね?」

 


 追い詰められた俺はえへらえへらと笑い、その場を凌ごうとする。

 情けなく上擦り声で空気を読まずトンチキなことをいう俺だけど対処法は間違っていない筈だ。ああ間違っていないとも。

 

 午前様を過ぎた時刻、人間の脳は睡眠を欲求し、夜に眠るとインプットされているのだから。

 人間の三大欲求は『食欲・睡眠欲・性欲』の三つであると先輩が教えてくれた。


 ということは、俺は本能と良識に従って睡眠欲を取る。自然の流れだろ。な?

 一方の先輩は捕まえたと口端をつり上げて両手首を手早く掴み、壁に押し付けてきた。


「煽ったのは、あんただ。発破をかけたのはあんたなんだぞ、空」


「え、えーっとご、ごめんなさい。血迷った行為は謝るんで、ここらで勘弁を」


 なんで四隅に逃げちまったんだろう。

 はい右に壁、左にも壁、後ろにも壁で、前には先輩。ピンチ。嗚呼、昼間にちょい発破もどきのキスをかわし、夜は夜でちょいちょいイイムード。


 風呂場騒動後に、トドメの俺の攻め宣言。攻め心を焚き付けてしまい、結果的に大ピンチ。


 俺、つくづく思うけど自分で自分の首を絞めているよな。

 ばーか、俺のばーか、マジでヤられちまえ! 明日は赤飯だぞ! ……ひとり漫才をしている場合じゃない。


 スーッと目を細めて見つめてくる先輩の鋭い眼光に、緊張やら、寒気やら、危機やら、汗やら。もはや自分の感情を把握できないほど俺は混乱している。

 ドッドッドと高鳴る鼓動のせいで体温は急上昇。誤魔化しがてらにぐーぱーぐーぱー手の平を開閉してみるけど、意味は成さない。


 そっと額を重ねて瞳を覗き込んでくる先輩の視線から逃げようと、目を伏せれば、「逸らすな」とご命令が下る。

 そんな殺生な、とか思う俺だけど、凛と澄んだ声音には逆らえず、おずおず指示に従って視線を合わせる。


 目と鼻の先に彼女の顔があって、思わず赤面。

 なんだってこんなことになったんだよもう。異常なまでに意識しちまうだろ。


 くそっ、ほんっと風呂場の一件のせいで俺、今、過剰反応を起こしている。とにかくこの艶かしい空気を打破しないと。


ああくそ焦るな。焦るなよ俺。いつものように空気を壊すような発言とか、行動を起こして打破しよう。

 パターン化になっているだろ、大丈夫、だいじょ―……「空。好きだ」次の瞬間思考が停止した。



「あんたが好きだ。あんたが欲しい」



 ふっくらとした薄い唇が耳元で好意を囁いた、その唇で、俺が何か言う前に彼女は荒々しく口付けしてきた。

 昼間のキスとはまた違う。呼吸さえ奪う、強引なキス。豪快なキスだというべきなのか、それとも荒いキスだというべきなのか、どことなく余裕のないキスだった。そして初めて体感するキスだった。


 所謂、これが先輩の本気モードってやつなのかもしれない。


 呼吸をしようと必死にもがく俺なんて一瞥することもなく、壁と体でしっかりと俺の体を挟んでディープで濃厚なキスを交わしてくる。

 忙しなく動く両肩に、より押さえ込もうとする手、爪が俺の肉に食い込んでいる。きっと痕として赤い三日月ができているだろう。生理的な涙目は仕方が無いとしても、性急過ぎる行為にはついていけない。ついでに息も続かない。


 交わす度に奏でる水音がやけに耳に響く中、だんだん力も抜けてきて俺はズルズルと壁から背中を滑らせていく。


 中途半端になった体勢で交わすキスがまた辛い。呼吸も体勢も辛い。キスから生まれる快楽も辛い。息子さん、反応しそう。欲を抑えるのに必死だよこれ。


 くうっ、喉の奥を鳴らす俺は限界を超えていた。

 のぼせたように頭がくらくらする。またのぼせたかも、先輩のキスで。


 ふっと唇が離れていく。

 ひゅっと喉を鳴らして呼吸を始める俺の口端を舐め上げて、自分の口端も舐めて、人の首に噛み付いてきた。

 「イッ」痛みで声を上げる。素知らぬ顔で視線を合わせてくる先輩は肉食獣のようにやらしく笑みを浮かべてきた。


「残念だが空。あんたが努力と勇気で攻めたとしても、こうして倍返しがくるだけだぞ」


 息をつく俺はうつらうつら相手を見つめる。

 やっべ、逃げないといけないのに、体がちっとも……先輩の本気モード、舐めていたかも。今までの攻めなんて戯れの戯れ。先輩の本気ってめっちゃ強引で、荒々しく、どことなく余裕のない態度を取るんだ。

 ははっ、ほんと肉食獣みたいだな、ほんと。


「空。やっぱりあんたはこうして攻められている方が可愛い」


 耳元で囁かれたと思ったら左耳を舐められた。

 縁を丹念になぞってくるもんだから、残念な俺は普通に体を震わせちまう。内に生温かい舌が侵入してくると、過剰反応を起こしてしまった。水音や内部を擦る音が鮮明に聞こえる。なっ、中を舐められて。


「舐め、ないで下さいっ」


 変な感じがする。本当に変な感じがするから。主張しても知らん振り。寧ろ、「どんな風に?」と聞かれる始末。

 どんな風に、と言われても。


 反対側の耳にも同じ事をされ、俺はさっき以上に身悶えた。明らかに右の方がおかしい。変な感じが一層、変に感じる。


 ぴちゃっと聞こえる水音。背筋に走る妙な感覚。呼応するように足先がピクン、ピクンと宙を蹴る。

 時間を掛けて舐められるにつれて震えが大袈裟になった。耳だけで、こんなにも過剰反応する人間の体の不思議。俺は一体どうしたんだろう。


「耳はもっと開拓する必要があるな。空の耳には性感帯があるようだ」


 開拓とか性感帯とか艶かしい単語を耳元で囁かないで下さいよ。小っ恥ずかしい!


「ちなみにな。耳の後ろは、かなりの人が性感帯を持っているらしいぞ」


 説明するや否や耳をなぶっていた舌が肌を滑って耳の裏へ。付け根を舐め、後ろを擽り、首筋に移動した。


 そのまま容赦なく首筋を噛み付かれる。痛みで声を出す俺がいた。

 首筋から鎖骨を何度も吸われる。息を呑む俺がいた。

 至近距離で瞳を見つめられる。見つめ返す俺がいた。


 なにも抵抗ができないのは、向こうの相手の力が強いのか、それとも俺の力が抜け切っているからか。


 さらっとした髪が俺の首筋を擽る。

 むず痒い感覚に堪えながら、「せんぱい」俺は力なく相手の名を呼んだ。空はあったかいな、先輩は身を丸めて肩口に顔を埋めてきた。チクチクしたむず痒さが増す。


「こうしていると空の脈が分かるな」


 俺にも伝わってくる。先輩の体温が。

 ついでといっちゃなんだけど先輩、俺の肩口、じかに舐めてくれちゃっている。舌の感触が体をぞわぞわとさせるんだけど。


 すとんと背中が滑り、体が床に崩れる。

 力なく見上げると、鈴理先輩が妖艶に微笑して覗き込んできた。赤みを帯びた唇が艶かしい。あれと重ねていたと思うだけで胸が熱くなる。もっと欲しい、本能的に思った。


「先輩、キス」


「空。教えたよな?」


 あ、おねだり、教えてもらったっけ。


 「キスちょうだい」言葉を紡ぐと、「いいよ」空の満足するだけあげる。

 ゆっくりと顎を掬い取られ、そのまま唇が重なった。舌の侵入を容易に許す俺は、おずおずと己の舌を差し出す。根っこから先端にかけて絡む舌が熱帯びていた。

 息継ぎの合間に唾液を嚥下するとエロイ、と笑われてしまう。その言葉にすら反応する俺がいた。


 ただただ思う。

 もういいかもしれない、と。


 先輩に任せて、後は野となれ山となれ。あれよあれよと夜を明かすのも良いかも、と。


 だってもう逃げられないんだ。

 先輩のぬくもりからも、キスからも、欲情からも。どっちが抱くとか、リード権を持つとか、そんなのどうでもいい。俺は欲しい。この人が欲しいんだ。

 交わすキスが、とても気持ち良い。


「あ、」


 そっと離れていく舌が名残惜しいと思った。

 「ちょ、だい」まだ欲しくて覚えたての言葉を紡ぐ。理性が失いかけているのかもしれない。普段なら絶対にしないキスの強請りを繰り返した。


「空、待て」


 そっと人差し指の腹が口端をなぞる。

 飲み込めなかった唾液を拭う、その指が差し出された。ゆっくり舌で舐めると、指先が口腔に侵入してくる。

 軽く舌を押された。とんとんと舌をノックされると、つい、彼女の指先を舐めてしまう。


「やらしい」


 慈しむように目で笑い、鈴理先輩がずるりと指を抜く。その指を舐める仕草がどうしようもなく欲情的だ。


「空、キスちょうだい」


 こてんと首を傾げ、おねだりをする先輩がちょっとだけ可愛く思える。

 “ちょうだい”は女の子が言った方が効果てき面だと感じた瞬間だ。


 そっと口元を親指でなぞると、俺は彼女のおねだりを聞くために、優しく唇を重ねる。体に手を添えられた。

 先輩は再び舌を絡ませ、人の体をまさぐってくる。


 ひゅっ、喉が鳴った。

 まるであらゆる俺の性感帯を知ろうと艶かしく愛撫してくる手。抵抗感は出てこない。


 と、その時、第二の俺がバッカヤロウと本体を罵ってくる。


 なあにしているんだド阿呆、しっかりしろ、俺!

 お前の身分はなんだ? たかがスチューデントだろ! 食われちまったら最後、お前は盛大に後悔する。する筈だ!



本体の俺>>けど逃げられねえじゃんかよ。


第二の俺>>諦めるな! お互いの心の準備ができていないんだ。否、俺の心の準備と覚悟できていない。安易なセックスなんて絶対に認められない。結果的に先輩を傷付ける。傷付くのは俺じゃない、彼女なんだ。


本体の俺>>気合でどうにかなるんじゃ。一回くらい。


第二の俺>>アホか、一でも十でもやったら過ちだぞ! 若気の至り? うるせぇ、そんな安易なもんじゃねえぞ。それにな、お前だって無事でいられるかどうか分かんないんだ。忘れたのか、先輩の嗜好を!



 心中で二人の俺が葛藤している間も、先輩はキスで草食男子を翻弄させる。

 彼女のねだったキスに応えたせいか、濃厚も濃厚で思考回路が一抹も回らない。

 第二の俺がヤバいと嘆く中、本体の俺はもはやなすがまま。先輩の行為を受け止めることしかできなかった。


 ねっとりしたキスから解放されると、先輩は彷彿している俺に言う。


「ベッドに行こうか、空」


 ひゅ、ひゅ、忙しなく呼吸をしつつ視線を持ち上げる。

 理性が失いかけていると分かっているみたいで、俺の返事は期待していないようだ。口端から垂れた唾液を舌で拭い取り、熱のこもった吐息を耳にかけてくる。体が震えた。


「本当に可愛いな空。どれほどこの日を楽しみにしていたか。あんたはどう鳴いてくれるんだろう? ここはあたしの部屋だ。誰にも邪魔されない」


 耳にキスをされる。

 軽く目を伏せて唇の感触を楽しんだ。



「せん、ぱい。くすぐったい」


「ふふっ、補助奨学生の優等生くんもこんな顔をするのだな。本当にヤラシイ。今夜は色んな事を試したいな。この時のために用意していた道具も向こうにあるし。一夜だけでは足りないかもしれない」



 ………道具?



第二の俺>>思い出したかバカヤロウ。食われるべからずだぞ!


本体の俺>>おう、思い出したよ。



 言い争っていた内なる二人の俺が結論付けた。逃げるべきだと。


 うん、忘れていたよ。

 先輩は普通のセックスじゃない、アブノーマルなセックスを望んでいたっけ。

 縄とか変な薬の入った小瓶とか用意していたっけ。

 そして此処は先輩の部屋。他に何が息を潜めているのか予測不可能だ。


 一変して青褪める俺は自分の欲情を振り払い、理性をかき集め、しきりに空笑いを零して小さく首を振った。

 嫌だ、俺はまだ死にたくない。


 「ん?」先輩は首を傾げてくる。


「なんだ。此処がいいのか? 空は変わった嗜好の持ち主だな。それもまた可愛いが」


 先輩だけには死んだって変わった嗜好なんて言われたくない!


「では早速」


 イタダキマスと両手を合わせて、寝巻きに手を掛けてくる先輩に、


「ま、待って下さい!」


 タンマを掛ける俺はどうにか上体を起こして、ブンブンブンブン首を横に振った。

 さっきまで抜けていた力を復活させ、どうにかこうにか先輩の体を押し退けようとする。


 が、しかーし。


 忘れてはならない。先輩は合気道を習っているお嬢様だということを。

 他にどんな護身術を習っているかは知らないけど、俺よりかは強いってことを忘れちゃいけない。

 つまりなにが言いたいかって言うと、抵抗すればするほど向こうも力をいかんなく発揮してくるってことだ!


「そーら、さっきまで乗り気だったろ?」


 ニコッと笑って心を見抜いてくる先輩に、俺はうぐっと言葉を詰まらせながら、グルグルと急ピッチに思考を回した。


 なんて言い訳しようか。

 キスのせいで愚かなことを思ってしまったんです? 先輩が攻めてくるから戸惑っちゃって? ちょいとサタンに囁かれて魂を売ろうとしました?

 どれも妥当な台詞だけど、なんかしっくりこない。


 じゃあ、あれだあれっ!


「せ、先輩がセックスに……道具を使うって言うから。その俺、怖くなって」


 俺は阿呆か。この言い方だと齟齬(そご)が出てくる。

 一応道具を含めたセックスが怖いと伝えたつもりだけど、今の言い方だと。


「ああ。悪かったな、空。一番最初から道具を使うのは邪道だった。じゃあ普通にするか」


 ほっらぁああこうなっちまうじゃねえかよ、先輩乗り気満々じゃんか!

 ああああっ、どうする、どうするよ! あれか、エビくんが言っていた泣き落とし? 怖いから無理っすとでも言うか?


 だけどこれは究極にダサくないか。

 男が女にエッチ怖いんで無理ですうぇええん……マジドン引き光景! 某少女漫画でよく見る展開だといえば確かにそうだ。

 女の子が無理だと泣き出す光景は胸きゅん、であるが、であるが、俺は遺憾なことに男でありポジション的に泣き出す立場。想像するだけで目に毒過ぎる。

  

 嗚呼。

 男のプライドを取るか、俺達の明日の未来を取るか、さあどうするよ。豊福空……考えるまでもないか。ああもう、なんでこうなるんだよ。

 くそ、乙女系ちげぇ乙男系純情派を演じりゃいいんだろ! やってやらぁ!


 内心で十字を切りつつ、俺は「やっぱり駄目っす」怖くてできないと先輩に直談判。先輩の肩に両手を置いて、軽く押し退けた。


「空?」


「あの、その、キスはできてもセックスは……怖いんです。気になる人なら特にそうです。傷付けてしまいそうで。俺は先輩の心には触れたいと言いました。でも体にはまだ……意気地なしかもしれないけど、怖くて、だからその……すみません」


 俺、おれ、怖いんです。先輩とエッチなんてできないよ。エーン。エーン。じわっと涙目でうるうる……になれていないのが残念な演技力。


 だって仕方が無いだろ。

 咄嗟に涙目になるとか巧みな技術はもっていないんだから。涙を武器にするのは女の子だろ! 男はちっちゃなことで泣くなって昔から言われているだろ!


 その代わり、項垂れて無理だと連呼。

 何度も怖いんだと小声で訴える。なんかもう究極に死にたいけど、健全な未来を守るためだ。自尊心なんて捨てようじゃないか! ははっ、笑いたきゃ笑え! おおいに笑ってくれ!


 それに……これは本心でもあるんだ。

 読んだこともないケータイ小説で描かれている男のように女を簡単にガオーッなんて、俺にはできないし、第一女に触れるって行為が恐れ多い。

 耳にタコができるほど保健の授業で性教育を受けてきたんだ。安易にできるわけないだろ。

 怖い、性欲の意味を持って人に触れるのは怖いよ。好奇心でできることじゃない。


 そう思うのは果たして俺だけなんだろうか? 他の男はフツーにできているのだろうか? 謎い、謎いよ。


 情けない俺の訴えを聞いた先輩はダンマリになる。


 もすかすて呆れちまったかなー?

 ちょいと不安になって恐る恐る顔を上げれば、「ッ~~~!」盛大に身悶えている残念な美人さん此処にあり。

 これはキタ、とばかりに両手で拳を作って目を爛々輝かせていた。

 これこそ自分の求めていた攻め女と受け男のストーリー展開だと感動に浸った後、先輩は俺にキスする勢いでグッと顔を近付けてくる。


「そんな可愛い目で訴えられると、尚更襲いたくなるではないか。空も罪な男だな」


「え゛? お、俺、怖いって!」


 コワイの意味分かります? 良い感情じゃアーリマセンよ! な、なんで焚き付いてるのこの人。


「フッ、空。怖いのはあんただけじゃないさ。あたしだって怖い。好きな奴に触れることはあたしだって怖いさ。

 けどな、空。恐れ以上にあんたが欲しいと思うんだ。なんでだと思う? 理由は簡単明白。あんたが好きだからさ。言っただろ? あたしはあんたの最初の女になりたいと同時に、最後の女になりたいとな。

 そうすれば、空はずっとあたしの傍にいてくれるような気がしてな。いてくれるような気? いや違うな。


 正真正銘あたしの所有物になると分かっているからこそ、あんたを求めるんだ。なんたって、あんたはあたしが狙った獲物。

 つべこべ言わずにあたしに流されればいいんだ。そうすれば恐怖以上の世界、見せてやるさ。そう、あたしで一杯の世界をな。何も考えず、あんたはあたしのことだけ」


 「見て」先輩の指が、「聞いて」ゆったりとした動きで、「感じていればいい」俺の唇に人差し指を押し当ててきた。


「余計な心配するな。責はあたしが取るし、恐怖でなく楽園を見せてやる。だからあんたは身を委ねて、あたしの男になればいい」


 この時、俺、豊福空は思った。

 嗚呼、俺様系小説が好きな麗しき全国の女性様方。こういう身勝手極まりない、我が道まっしぐら台詞にときめくのですか? と。

 ときめく方がいらしたら、俺の前に連れて来て欲しい。ときめきポイントを是非教えて頂きたいんだぜ!


 そして思う。

 嗚呼、先輩はやっぱり一筋縄でいく相手じゃないなあ、と。


 ガンガンいこうぜモードを解除するための演技が、まさかこうしてヒートアップするなんて。


 なんてこったい、先輩の思考回路が全然読めない。ついでに悶えポイントも読めない。

 大体エッチ怖いよぉお! と、恐れおののいているイタイケボーイをガンガン攻めようなんて、どういう人情を持っているんっすか先輩!

 色んな意味で俺は泣きたくなってきましたよ。あたし様思考は分析不可能だ!


 そしてこの雰囲気、先輩の言葉を借りるなら、いつものパターンっす! 自分の解釈で事を進めないで下さい!


「さあて、今度こそ始めるか。あ、そうそう、少しくらい抵抗してもいいぞ? その方が燃えるからな」


 下着のシャツごと寝巻きを捲り上げてくる先輩に、


「ちょ、ちょぉおお?! 何してるんっすかぁあ! ぎゃあああっ、エッチィィイ! 先輩のエッチィイイ!」


 俺は悲鳴を上げて全力死守。


 「おっ、空。脇腹にほくろが」「口に出さないでいいっすよ!」「言葉攻めだ。嬉しいか!」「ただのイジメですからぁあ!」「ほらほら、観念しろ。逃げ道は無いぞ」「くっ、こ、こうなったら!」「なッ、なっ! こら空!」


 一変して焦る先輩の声音。


 何故か? 俺が隙をついて先輩をぎゅーっと抱き締めているから。

 コアラのようにぎゅーっと抱きついて、それこそ悪さばかりする腕も一緒にぎゅーっとして、先輩の動きを封じる。


「放せ空! これでは次に進めないだろ!」


 先輩の訴えを退けて、ひたすら抱擁。

 そうすると意地でも先輩は腕から抜け出そうとする。


 ええい、意地でも放すか! 俺は嫌だ嫌だと首を振って先輩を抱き締め続けた。


「先輩は俺の腕の中でおねんねです! さあ一緒におやすみなさいっす!」


「あたしに指図とは生意気な! 此処から抜け出したら覚えとけよ空!」


 そんなこと言われちゃあ、こっちだって絶対に放してやんねぇ! こりゃもう持久戦だ!


 「放せ!」「嫌っす!」「襲えないではないか!」「襲わなくていいっす!」「むっ、だがキスはできるぞ!」「う゛っ、き、キスされても放さないですよ」「ほぉー」「ほ、ほぉーっす」「キスされたら力が抜けるくせに」「そ、それでも放さなっ、や、やめっ、耳は反則――……」


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