14.サバイバル本番(ゲッ、危ない展開!)
【先輩の自室にて】
改めて問おう。
青春とはなんぞやもし?
豊福アンサー。
俺の中の青春というものは爽やかで甘酸っぱく、ほろ苦いものだと決まっている。
例えば、サッカーマネージャーがサッカー部員に恋をしてやきもきする。
サッカー馬鹿には恋愛の「れ」も興味がなく、ひたすらボールとオトモダチになっているそいつに恋しちまって、どうすれば彼は振り返ってくれるのだろうと恋煩いを抱く。
やきもきした結果、彼が振り向かなくとも私は彼の事が好きなの。ボールを追っているその背中が好きなの、と理解。
はてさて片恋を抱くマネージャーは、告白すらすることもなく、ただただ部員を想う……のだったのだが、しかーし! いつしか彼の方から歩み寄ってくれるようになり、少しずつ自分に話し掛けてくるようになったではないか! これは一体どうしたものか。
マネージャーは思う筈だ。
どうしよう、話し掛けられるだけで毎日がもう幸せ。
ああでも彼にもっと近付きたいわがままな私も……はぁ、溜息ね。
なーんちゃって。
甘酸っぱく爽やかでほろ苦い恋を経験するマネージャーのような青春を、俺は“青春”だと定義したい。
間違ったって、今の状況を青春だとは呼びたくない。
彼女に風呂場を襲撃され、あれよあれよと騒いだ挙句、興奮のし過ぎでのぼせてしまったとか……青春ではなく、ただのお笑い種だよ畜生。
ああああっ、思い出しただけでも動悸がやばくなる。死にそう。
先輩の谷間っ、今思い出しても色っぽかったなぁ……ああくそっ、俺なんて土に還ればいいんだよ。
「空、大丈夫か? アクエリ、飲めるか?」
ぐだぁっとソファーに凭れて座り込んでいる俺に、氷いっぱいのグラスを差し出してくる先輩は何度もうちわで風を送ってくれる。
「ヘーキっす」
力なく笑う俺はグラスを受け取って水分補給。
冷え切った液体が食道を凍らせる勢いで胃に滑り落ちていく。
一気に水分を飲んだ後、俺はグラスをテーブルに置いて再びソファーの背面に沈んだ。まだ頭がくらくらしているよ。ちょい頭痛もしているし。
ははっ、情けねぇ。
「うむ、ちょっと調子に乗り過ぎたな。空の純情さを考慮して仕掛けるべきだった。いや、焦る姿はとても楽しかったが。赤面する空の顔ほど、そそるものはないしな」
先輩、ちっとも反省していませんね。
こっちたらぁ、許容範囲オーバーでのぼせたっつーのに。あーもう、どうにでもしてくれって気分。
「あれ、先輩まだ髪乾かしてないんっすか?」
と、俺は先輩の髪が濡れていることに気付く。頭にタオルはのせてるけど、それだけ。毛先に水滴が付着している。
もう一つ気付く。
先輩の寝巻きが薄紅色のネグリジェじゃあーりませんか。うそーん、超可愛い寝巻きだけどさ、なんかさ、超焦る俺がいるんだけど。
だって生地も薄いし、なんか露出度高くないっすか? 肩丸見えっすよ。俺の気のせいっすか? 俺の気のせいなんっすかね?
取り敢えず平常心を装って、「髪乾かしてきて下さい。このままじゃ風邪ひくっす」と促す。
「そうだな、じゃあ少し待ってろ」
先輩はソファーにうちわを置いてドレッサーの下へ。
引き出しからドライヤーを取り出して、スイッチオン。髪を乾かし始める。
ブオオオン、ドライヤーの音を語にするとこんなかんじ。
………。
先輩が髪を乾かしている、その間、だまーってソファーに座り込む俺だけど、なんだろうか、この居心地の悪さは。
なんというか、あれだ、準備段階に入ってるカップルのように思えてならないというか、なんというか。意識し過ぎ? かもしれないけど、でも、警戒心は抱いておかないといけない空気というか。甘いんだよ、なんかこの部屋、空気が甘いんだよ。
先輩だってこの空気に気付いていないわけじゃあるまい。寧ろ作っているのかもしれない。創造主なのかもしれない。
ブオオオン、「……」、ブオオオン、「……」、ブオオオン、「先輩。眩暈、ちょっと治まってきたかもっす」、ブオオオン、「そうか。それは喜ばしいことだ」、ブオオオン、「……」、ブオオオン、「……」
この会話の少なさっ!
俺は異様な緊張に襲われるし、先輩の含みある妖笑は色濃くなっていく一方、確実に階段を上っているぞ!
嗚呼、話題っ! 何か話題はないか! 危なくなってきたぞ、この空気! 無言はアブネェ!
「そういえば先輩の部屋ってテレビとかないんっすか? もしかしてテレビを観ようとする度に移動するんですか?」
取り敢えず苦し紛れに出した話題だけど、先輩は反応してくれた。
「テレビ? ああ、この部屋にもあるぞ。空、そこのテーブルにリモコンがあるだろ」
と、言われ、俺はテーブルに目を向ける。
確かにリモコンらしきものが幾つか……「それの右端がテレビだ」赤いスイッチを押せと指示されたからぽちっとな。
すると天井からでっかい液晶テレビが降りてきた。
す、すっげぇ、なにこのハイテク! テレビが天井から降りてくるとかっ、マジスゲー!
「おおっ」感嘆する俺は、ぽちっとボタンを押す。
電源の入ったテレビからは、お兄さんニュースキャスターがいたく真顔になってお茶の間に報道を伝えている。
今の時間は、あ、十時過ぎか。じゃあまだ何かあってるだろ。今日は土曜日だから洋画劇場もあるだろうし、なんか面白いバラエティ番組だってある筈。結構テレビっ子な俺は、ボタンを操作してバラエティ番組にかえた。
おっと、今話題の芸人達がゲーム対戦をしているようだ。
体を張って作られたステージのアトラクションに突撃している。
こんな大画面でテレビを観られるなんてさすがはお嬢様。映画とか観たら迫力あるんだろうな。ちょい洋画にしてみてもいいかな?
「空はテレビをよく観る方なのか?」
髪を乾かした先輩が戻って来る。
隣に腰掛ける彼女に俺は小さく頷いて肯定してみせた。
「結構なんでも観るんですよ。家にはゲームがないから、暇になったら読書、勉強、もしくはテレビって決まってるんっす。ドラマも観ますし、映画や野球、ああ、将棋や囲碁も観ますよ」
「それはまた渋いな」
「意外と観てたら楽しいんですって。先輩はやっぱり恋愛ドラマとか映画が主ですか?」
「そんなことはないぞ。お笑いも観る。わりと芸人は好きなんだ」
実際お笑いライブにも言ったことがある、愉快そうに語る先輩だけど、……似合わないな。お嬢様がお笑いライブを観に行くなんて。
先輩がそこのライブにいるだけで異色を放ちそう。場違いが此処にいるよ、マジかよ、別嬪此処にいてもいいのかよ、なーんて芸人さん以上に注目されそうだ。注目を浴びないよう変装でもしてたり? ありえそうだな。
「映画もよく観るんだ」
DVDを沢山買い込んでいる、でも観る暇が無くてなかなか消化できないのだと仰る彼女は折角だし、観てみるかと誘ってきた。
「空の気分も晴れるかもしれないしな。どうだ?」
願ってもないことで(だって何もしなかったらッアーな時間がやって来ちまう!)、俺はうんうんと頷いて誘いに乗った。
先輩は洋画邦画その他諸々のDVDを沢山買い込んでいるようで、ラックに詰め込まれているDVDの山を見せてくれた。
てっきり恋愛物ばっかりかと思いきや、アクション映画やミステリー映画、ホラー映画なんかもあった。
相当の映画通だな、こりゃ。時代物なんかもあるし。
「ほのぼのとしたい気分だな」
先輩はアニメDVDを取り出して、これにしようと俺に同意を求めてくる。
それは未来から来た猫型ロボットと愉快な仲間達の織り成す冒険物だった。
意外だな、先輩ってそういう親子が楽しめそうなものも見るんだな。
なんでも良かった俺はこっくりと頷いて(艶かしいものだったらどうしようかと冷や冷やしたけど!)、早速アニメ鑑賞開始。
二時間半あるアニメだから、十時から観たら零時半を回っちまうけど、ぜーんぜん余裕。
先輩とベッドを陣取り、童心に返った気分で映画を観ていた。
途中、先輩が呼んだのか頼んだのか、召使さんが部屋に入ってきて飲み物を新たに用意してくれたから、それを飲みながら鑑賞。
「うむ、猫型ロボットの道具はつくづく羨ましいな。あたしはあれが昔欲しくてな。父さまに作ってもらえないかと頼んだ事があった」
「それこそ未来人に頼まないと無理な話っすね。だけど俺もどこでもいけちゃうドアが欲しくて、何処で売ってるのかと父さんに聞いたことがありました。絶対億単位するドアだと思いましたよ」
「……空。子供のくせに夢がないぞ。しかしあれは便利だよな。あのドアがあれば、いつでもどこでも空の寝込みを襲えるではないか」
「……先輩こそ子供の純な夢を壊さないで下さい」
他愛もないことをペチャクチャ話しながら、無事に二時間半の映画鑑賞が終了。
お互いに「面白かったっすね」「癒された気分だな」スッキリした気分で、映画の感想を述べた後、就寝準備を開始する。
先に歯を磨かせてもらおうと、洗面所を借りた俺はシャコシャコと歯ブラシで歯は勿論、歯茎まで隅々磨いていく。
眠くなってきたな。俺の家、わりと寝るのは早いんだ。昼間はなんちゃって執事として働かされたしな。
ハードだったよなぁ、特に肥料運び。重たいのなんのって腰にきたよ。
がらがらっ、ぺ。
うがいをして口を濯ぐと、洗面セットを仕舞って欠伸を噛み締めながら先輩の部屋に戻る。入れ替わりで先輩が歯磨きをしに自室を出たから、その間、俺は寝る場所でも整えようかね。そう寝る場所。
えーっと、寝る場所ってソファーでいいのかな?
いやでも、向こうのベッドに枕が二つあるし。あそこで寝なしゃんせ、とベッドが手招きしてるということは、俺は先輩と……ん? ……あれ? ……ナニ、俺、まったりしてるんだよっ!
「嗚呼、しまったっ。ほのぼの映画を観てしまったせいか、すっかり気分がリラックスしてしまッ、ど、どするよっ! これから寝るんだぞ! サバイバルが始まっちまうんだぞ! 能天気に眠いとか思ってる場合じゃないんだぞ! あ、でも先輩だって今日は習い事で疲れているかもだしな。何事もなかったかのように寝ちまえば、そう、お互い、寝ちまえばこっちのものっ」
だけど念には念を置いて、今日はソファーで寝ようかな。
うん、そうしよう。大体若かりし男女(学生)がひとつのベッドで寝ようというのがおかしいんだよ。え? 考え方が古風? いいんだよ。頑固頭だと言われようとなんと言われようと、俺はソファーで寝る!
決まれば即行動あるのみ。
俺は洗面セットを鞄に仕舞うと、ベッドに向かって颯爽と枕を手に取った。
うっし、毛布も拝借したし、準備万端。ソファーはちょい狭そうだけど、寝れないってわけじゃ「そーら」
ビクッ、俺は持っていた枕と毛布を手から滑り落とす。
ぎこちなく振り返れば、「うわぁあ!」真後ろに先輩がいた。いつの間に?!
「それを持って何処にいこうとしているのだ? あんたの寝場所は此処だぞ」
つんつんと空いたベッドを指差す先輩の目、ちっとも笑っていない。
逃げようとしているわけじゃないだろうな? あーん? と、脅されている気分である。まる。
「あ、ほら、俺って超寝相が悪いんっすよ。だから、そ、ソファーをお借りしようと……いや、別に……逃げるとかじゃなくっすね」
ニコッと笑いじりっと一歩踏み出す先輩に、俺はへらっと愛想笑いで一歩後退。
さあて早速追い詰められてきたぞ、俺。サバイバルはまだ始まったバッカだっていうのに、いきなりのピンチ展開。
誤魔化さないと、でもどうやって、ナニを話題に?!
「じゃ、じゃあベッドで大人しく寝ます。時間も午前様過ぎちゃいましたし、ね、寝ましょうか?」
良い子のみんなはベッドに入る時間です、さあ夢路を歩きましょうそうしましょう。
俺の切なる願いが先輩に届けば苦労はしない。残念悪い子ちゃんは「これからは大人の時間だ」と言って、俺をベッドに引きずり込でくる。
「お、俺は良い子ちゃんだから寝ますっ、寝るんっすよ!」
と言って足を踏ん張って抵抗してみるけど、悲しきかな向こうの方が力がお強し。
「ほら、ベッドに入るぞ。なあに今はベッドに入るだけだ、な?」
「今はってフレーズが気になるっす! い、嫌です!」
無理やりベッドに乗り上げられそうになる。
ああでも、此処で負ければ流される。いつものように絶対に流される! 駄目だぞ、サバイバルの勝者になれ俺!
目一杯足を踏ん張って抵抗する俺に、「ったく」観念しろと先輩。
観念しているなら、さっさとヤられていますよ、俺! でも観念できる問題じゃないからこうやッ「そーら」、おっとっとっ!
先輩がグイッと腕を掴んで引っ張ってくる。
足を踏ん張っていた俺は、「うをっつ」増した力に体のバランスを崩してそのままベッド転倒。
ただ転倒するだけならまだ良かったんだけど、先輩側に倒れこんだ俺は必然的に彼女を巻き込んで転倒というアクシデントを起こしちまう。
「イッタッ」俺の下敷きになった先輩の声で、「すみません」慌てて上体を起こすけど……あー……どうしようかな。この体勢。
先輩が俺の下にいちゃうんですけど。
ははっ、俺、まさかの押し倒し成功? 実は俺もロールキャベツ系男子だった?
ああああっ、くそっ、なんでこんなっ……どうにでもなれぇえ! 男になるチャンスだぞ俺!
完全に思考停止(プラス混乱)になっている俺は、取り敢えずロールキャベツ系男子っぽく台詞を吐いてみることにした。
「先輩、実は俺、貴方をずっとこうしたかったんすよ。やっぱ俺、男みたいっす。こうして攻めたい。貴方を鳴かせたい」
にっこり、満面の笑みを浮かべて、その手首を掴み、先輩を見下ろす。
ポカーンとしている先輩は一向に反応を見せない。「あたしを鳴かせたいのか?」やっと口を開く彼女に頷いて、
「シちゃっていいっすよね? 風呂の時から、我慢できなかったっす。言ったっすよね? 発情したらどうするんっすかって。俺もやっぱり男だったんですよ、鈴理先輩」
先輩に微笑を向けた後、俺は彼女のネグリジェに手を伸ばす―……振りをして、よしよしと頭を撫でた。
これまた先輩がぽかん顔で俺を見上げてくるけど、俺は構わずよしよし。
ついで、「あ、用事を思い出したんで」ポンッと手を叩いて素早く彼女から退くと、颯爽とソファーの後ろへ移動。そこに腰を下ろした後、一呼吸。
で。
(うわぁわあああああああっ、俺のオバカァアアアア! 事故でも先輩を押し倒した俺のおばかぁあああああ!)
悲鳴にならない内なる悲鳴を上げて、激しく身悶え。後悔。羞恥。を噛み締めることになった。
まさかまさかまさか、先輩を事故でも押し倒してしまうなんて。
彼女に見上げられた時のショックと言ったらぁ……押し倒すなんて大それたことをする予定、これっぽっちもなかったのに。事故だとしても彼女を押し倒した。
しかも阿呆な台詞を吐いた。鳴かせたいってなんだよ。鳴かせたいって。
幾ら混乱していたからとはいえロールキャベツ系男子になれるかな? なーんて、安易に思った俺が馬鹿だった! 攻めたい? ベラボウのちくしょう、攻める勇気もないよ。攻められる勇気もないけど。
なんかもう、泣きたいくらい情けないぞ。
馬鹿みたいに緊張はするし、変な事は口走るし、事故るし。風呂から上がって、余計先輩のこと、意識しちまっている俺がいるから……またなんか感情処理が追いつかない。
深い溜息をついて、火照る顔を冷ますために顔を上げる。
視界の端に薄紅のネグリジェが見えて、俺は硬直した。ぎこちなく視線を向ければ、しゃがんだままニコーッと俺を観察している先輩の姿。
「空から攻められるとは思わなかったぞ。あたしを鳴かせたかったのか? ん?」
ボンッと顔を真っ赤に染めた俺は、「わ、悪ノリっす!」上擦った声でお返事。さっと視線を逸らした。
どうせ俺にはそんな度胸、一抹も無いんだ。先輩にだって本気に思われて無いだろうし、俺自身も行為には断固反対している。
だから、その、男としての台詞を言っても……先輩にはお遊びって分かって……俺ってすっごくカッコ悪いよな。
男としての魅力皆無。先輩は攻め女だろうと女の魅力満載なのに。
「そんなことないさ」
声に出していたようで、先輩は俺の言葉を全否定した。
「少し焦ったぞ。空の台詞には。見惚れてしまうくらいにな。まあ、攻め発言が似合わないのは否めないがな。特にあたしの前では」
え?
目を見開く俺に、本当だぞと先輩が綻んだ。
「焦ったから」そっと膝を付いて、「攻め心に」ジリジリと詰め寄って、「炊きついた」俺の下にやって来る。反射的に後ろ後ろへと下がる獲物の俺を追い詰めるように四つん這いでやって来るハンターの彼女。
四つ角に逃げ込んだ俺は、これ以上逃げられないことに気付き、たらっと冷汗を流した。
サバイバル本番開始五分でこれかこれなのかこの展開なのか。
俺のせいか? いや、俺だけの非じゃないだろ。これは。
(ど、ど、どうしよう。先輩、目がマジモードなんだけど!)
豊福空、人生最大のピンチを迎えている気がする。
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