08.サバイバル中盤(お家探索中)



 □ ■ □



 豊福空プチ行方不明事件や先輩とのあらやだぁ騒動に、いちおう一区切りがついたその後、俺はようやく客人らしく、先輩に洋館の中を案内してもらうことに成功した。

 気になっていたんだよな、先輩の家がどうなっているのか。


 執事服から地味じみ私服にお着替えして、俺は先輩と一緒に回廊を歩く。

 ついでだからお手洗いの場所を聞いておこうと思って、彼女にお手洗いは何処にあるのかと質問。


 すると彼女はこの辺りは5箇所設置されているから、と満面の笑顔で教えてくれた。ちなみに公共施設でよく見る男女のマークが扉前に描かれているからすぐに分かるだろうと補足してくれる。


 5箇所、家の中に便所が5箇所。

 なんてこったい、どれだけの広さなんだ。


 途方に暮れる俺は、取り敢えず自分の寝るであろう部屋から一番近い便所の在り場所を教えてもらうことにする。

 意気揚々と教えてくれる彼女がとんでも発言をしたのはこの3秒後。


「あたしの部屋から一番近い手洗いは、あそこだ。分からなかったらあたしに聞け」


 あたしの部屋から一番近い?

 俺は自分の寝るであろう部屋から一番近いお手洗いの場所を教えてもらおうとしてるんだけど、まさか、まさかとは思うけど。

 いやでも、こんなに広いんだ。客間もあるみたいだし、俺はきっと客間で寝るに違いない。そうに違いない。


「あの、先輩。聞くの忘れていましたけど、俺って何処に寝るんっすか?」


「当然あたしの部屋だ。安心しろ、あたしの部屋はベッドはダブルだから」


 俺は本格的なサバイバルを強いられるようだ。


「そ、そうですか。それは安心だなぁ」


 目を泳がせる俺にきらっきらした目で先輩は意味深に見つめてくる。


 そんな目で俺を見ないで下さい。

 どんなに期待されても応えられそうにないっすよ。逃げる気満々なんっすから。



 閑話休題、先輩に案内された場所は様々。

 最初に案内されたのは楽器を演奏するための防音室。

 そこには色んな種類の楽器が置いてあった。お決まりのピアノやバイオリンは勿論、フルートやクラリネット、ハープなんてのも置いてあってびっくりした。この部屋に吹奏楽部が集えば、さぞかし素晴らしい演奏会ができるに違いない。


 先輩はピアノとフルートが得意らしく、前者のピアノを聴かせてもらった。

 『ラ・カンパネッラ』という曲を聴かせてもらったんだけど、まず曲名聞いても分からないという。演奏とか聴いても、やっぱり分からん。聴いたこともない。

 でも音楽に疎い俺でも、その曲を弾ける先輩は凄いんだっていうことは分かった。

 指が縺れないか? と首を傾げるくらい、スピードで演奏しているんだもんな。


「空は何か得意な楽器とかあるのか?」


 先輩からこんな質問されると、俺は決まり悪く返答。


「俺、その、音楽とか絵とか芸術関係は駄目なんです。特に音楽はチンプンカンプンで。歌とか……お、音痴なんっす」


「意外だな。あんた音痴なのか?」


「ちっとも音程がとれないんっすよ。あとリズム感も全然。小学校でやったリコーダーとか、指は動くけどリズムが取れなかったから、毎度再テストさせられてました」


「試しに1曲歌ってくれ」


 先輩に言われ、俺はムリムリと首を横に振った。

 簡単な曲でいいから、とか何とか言って『カエルの歌』を弾き始める先輩の強引な戦法で、俺は泣く泣く1曲歌わされる。


 で、歌い終わった先輩の感想。



「あっはっはっはっ! た、確かに音痴だなっ、なかなかの酷さだった」



 清々しいくらい涙を流して大笑いしてくれた。

 酷いやい、俺、音痴って言ったのに! 言った前提でそんなに笑ってくれるとか超酷い!

 ああもう頑張って歌ったのにっ……。


「ほっといて下さい」


 どうせ音痴だと大笑いされた俺は完全に拗ねちまったんだけど、「ごめんごめん」もう笑わないと先輩に頭を撫でられたから、不機嫌を解除することにした。

 内心、まだ癪に障っていたけど、よしよし頭を撫でられて子供扱いされた方が絶対に嫌だろ!


 しかも先輩、


「音痴はある程度、練習すれば直る。気にしているのなら、一緒に練習しよう。な?」


と気遣ってきたんだ。

 優しくしてくれてるのに、ずーっとスネスネ男になるのはお門違いだ。


 そうは言ってもまだまだコドモな俺は、顔がまだむくれたままだった。

 気遣いは嬉しかったから、「約束っすよ」ぶっきら棒に約束を取り付けることにする。

 「ああ絶対だ」あたしが直してやるさ、鈴理先輩は頼もしく一笑してくれたから、俺もやっと機嫌を取り戻すことに成功した。


 ……現金な俺だな!


 

 次に案内してくれたのは、意外にも書斎部屋。

 まさか書斎に案内されるなんて、面白い本でもあるのかな?

 そう思っていたら、そこは先輩専用の書斎部屋。大切な事だから二度言うけど、先輩“専用”の書斎部屋だった。


 なんだよ専用って。

 ご家族で兼用すりゃいいじゃないかよ!

 心中で財閥の部屋の在り方にツッコミを入れていたら、彼女は書斎部屋に置いてある本の説明をしてくれた。


「此処にはあたしの漫画や小説が置いてあるんだ。おっと、漫画を読むなんて意外だと思ったな? あたしはアニメもドラマも漫画も小説も大好きなんだ。アニメもちょいちょい置いてあるぞ。少女漫画系が多いが、少年漫画系も勿論ある」


「へえ、それにしても凄い量っすね」


 はしごを使わないと取れない場所にまで本が詰め込まれている。四方八方本だらけの書斎部屋に俺は呆気取られた。

 と、俺は部屋の隅のデスクに山を見つける。

 ノートの山のようだ。先輩にあれは何だと訊ねた。


 すると彼女は、俺をそっちまで誘導してノートの一冊を手渡してくれる。


「これも小説だ」


 説明してくれる先輩の声をBGMにタイトルを拝見。



『お嬢様と貧乏少年の恋⑤ ~シークレットダーク編~』



 なんだ、このデジャヴは。

 どっかで、そう俺はどーっかで同じタイトルを以前見せられた気がする。深呼吸して中身を開き、びっしり詰め込まれている文章の一部分を拝見。ということで一部公開しよう、『お嬢様と貧乏少年の恋⑤ ~シークレットダーク編~』の中身を!


 

【お嬢様と貧乏少年の恋⑤】


―シークレットダーク編―

(五節:その洞窟の中で)


 

油断していた。 

あれほど天気が良かったというのに、いきなり降られてしまうなんて。


よく聞くように山の天気は変わり易いようだ。鈴理は洞窟の中で、外界から見える土砂降りの雨に溜息をついた。

通り雨ならば良いのだが、一晩中降られてしまう可能性もあるかもしれない。


濡れた服を絞りつつ、これからどうしようかと思考を回していると、「へっくしゅ!」隣から小さなくしゃみが。


「空、寒いのか?」


洟を啜っている少年に尋ねると、「ヘーキっす」平然とした声が返ってくるが、声音は明らかに震えている。やせ我慢しているらしい。


それでも尚、此方に気付かれぬよう、懸命に平然を装い、吸ってしまっている雨水を絞り出そうと脱いだ服を捻っていた。

ギュッと絞る度に、彼の指の間から雫が滴り落ちる。恍惚に見つめながら、鈴理は音なく移動し、彼と肌を密着させる。



「せ、先輩」



狼狽する空が大丈夫だと強がりを言った瞬間、黒い雲の向こうから耳のつんざくような雷鳴が響く。


鼓膜が破れるほどの雷鳴に、空は身を硬直させ、悲鳴を呑み込んだ。

雷が苦手だと知っていた鈴理だが、隠そうとする彼を気遣い、何も言わない。言わないが、行動は起こす。


身を竦めている彼の前に回って、その怖じる顔を覗き込む。

男の自尊心が空自身の中に宿っているため、どうしても情けない面を相手に見せられず、「雨酷いっすね」視線を逸らして他愛もない話題を切り出す。


「こんなに酷いと、今夜中に別荘に帰れるかどうかっ」


刹那、両頬を包まれて視線を無理やり戻された。

顔だけは絶対に見られたくなかったというのに、彼女は鋭い眼光で逸らす行為を禁じてくる。

無言で見つめられる恐怖に、「先輩」おずおず空は名前を紡んで沈黙を切り裂こうと努めた。


なお威圧的な眼で彼を見つめる鈴理は、向こうから聞こえてくる雷鳴をBGMにそっと唇を動かした。


「あたしが傍にいる。何も心配はいらない」


走る稲光、落ちる雷、押し殺される呼吸。

雨音は酷くなるばかり。


「心配なんて、俺は何も」


畏怖の念なんて一抹も抱いていないのだと、空は虚勢を張ったが、彼女には通らなかったらしい。


「だったらあたしを見ろ。一瞬きも逸らすな」


目を眇める鈴理に空は目を閉じて逃げ道を探す。


身を捩って、どうにか彼女の手を振り解くことに成功した空は、


「本当に何も心配なんてしてないんっすよ」


寒さと恐怖に震えている声音を彼女に向けた。


言えるわけないではないか。

男の自分が寒さに震え、雷鳴に一々怖じているなどと。


体が横に引き押されたのは刹那のこと。

「ツッ」湿った岩壁に肩をぶつけた空は痛みに息を殺したが、両手首を各々取られ、それらを岩壁に縫い付けられたことにより痛みを忘れた。


「逸らすなと言ってるだろ。何故逸らすんだ」


「せん」


「あんたはいつもそうだ。何かあればあたしから目を逸らして誤魔化そうとする。その手は通用しない。分からないなら、もう頭で理解しようとしなくてもいい。あたしが身を持って教えてやるから」


耳元で囁き、その耳に齧り、癒すように舌を這わす。 

「教えなくていいっすから」軽く熱っぽい吐息をつく空に、「却下だ」鈴理は笑声交じりに返答。


「あんたが素直になるまで教えてやるさ。その感情を惜しみなくあたしに曝け出せるまで」


「っ……、曝け出しても、失望するだけっすよ先輩。俺はっ、嫌われたく」


「そういうことはすべて曝け出してから言ってしまえ。空、曝け出してみせろ。泣いて、喚いて、悲願して、あたしを求めればいいさ。あんたはあたしの所有物。所有者にそれくらいする義務があるのだから」


這う舌が耳から首筋、そして唇に至る。

感触からなのか、それとも寒さからなのか、軽く粟立っている肌に一瞥した鈴理はそのまま快感を相手に与えるために指を―――…。


 


「―――…指を上半裸となっている空の胸部からほぞ、脇腹。そしてベルトのズボンに指を掛けええええうわあぁああああ! そのままエロに突入してるっすけどっ、先輩ぃいいいい!」


「馬鹿だな、空。エロ突入は『お嬢様と貧乏少年の恋』ではお決まりなんだぞ」


「ゲッ、しかも俺、喘いっ、ぎゃああああキモイっすぅううう!」


「毎度ながら、あたしのドSっぷりには舌を巻く。早く小説を現実にしたいな、空」


 恍惚に夢を語る先輩の傍で、俺はずーんと落ち込んでいた。ああ落ち込んでいたとも。

 だってナニ、この小説の俺の乙女……乙男オツオトコっぷり。俺の気持ちを惜しみなく曝け出したって先輩に嫌われるだけだものプンプン的ノリで描かれちゃってからにもう。


 俺はどこぞの少女漫画主人公か。雷怖いとか、マジお決まりなキャラを演じちゃって。

 ちなみに雷は別段平気っすよ、先輩。


 でもなんとなく性格は掴めているから、全部が全部俺じゃないと否定できないわけでも。

 いやしかし、性行為は断じて許していないぞリアル豊福空は!


 嗚呼、タイトルに⑤って書いてあるから、①から⑤まで取り敢えず最低五回はヤられているんだろうな、架空豊福空は。どんまい小説の俺。


「(川島先輩と宇津木先輩が書いたんだろ、これ。どういう気持ちで友達と後輩の濡れ場を書いてるんだよ。泣けてくる)」


「空、読みたいなら貸してやるぞ。今⑨まで二人が書いてくれたからな。⑩からはなんと前中後になっているらしい! どんな波乱が起きるのか、ドキドキだな」


 前言撤回、最低九回はヤられてるみたいっす。架空豊福空さん。 二桁はぜーってぇヤられているだろ、おい。

 痛み始めるこめかみを擦っていると、「こんなものもあるぞ」まーたいたらんノートを俺に見せ付けてくる。一応お聞きしよう。その内容はいかなるものかと。


「こっちは西洋ファンタジーモノでな。女騎士と神子の話だ。ちなみに女騎士はあたしで、空は神子だ。これがまた切なくてな。お互いに結ばれてはならん関係なのだが、果敢なき運命の如く、恋に落ちてしまうのだよ。攻め女ファンタジーにときめきを覚えたぞ」


「……勿論健全っすよね。だったら読んでみたいっすけど」


「安心しろ。性行為は一度っきりだからな」


 一でも十でもしたら不健全だからね先輩!

 まだ他にも攻め女物語を川島先輩と宇津木先輩が書いているらしく、様々なノートを俺に見せてくれた。

 例えば大学設定小説(まだ普通な方)とか、ホストと客設定(ちなみに俺がホストだってよ!)とか、新婚さん設定(俺の設定主夫ですた)とか、アブノーマルな近親相姦姉弟設定(うえええええ?!)だとか。


 もうそれって俺等? 疑念に思う設定まで多岐に渡ってお二方は書いているらしい。

 先輩の隣で終始遠目を作っていた俺から言えることは一つ、架空豊福空さんはどの作品に出てもヤられているということだった。なーむ。


 先輩は火が点いたように語り語る。


「まったくもって素晴らしい設定たちとは思わないか空。所謂あたし達を使った二次創作だが、モノの見事に此方の性格等々を捉えられている且つ設定が豊富ときた。攻め女がないと嘆いていたあたしに、早苗と百合子は友情をカタチにしてくれたのだ! 好い友達をもったものだ。まず攻め女について理解を示してくれているのだから!

 これからの世の中、ドラマでも小説でも漫画でも、もっと攻め女が出てくるべきだと思う。

 万人向けではないかもしれんが、攻め女を趣向とする日本人は沢山いると思うのだよ!


 いいか、よーく考えて見ろ、空。

 今の世の中、男性同士の恋愛が漫画や小説、アニメになっている時代でもあるんだぞ。ちなみに同性恋愛の代表の名称は『ボーイズラブ』省略形『BL』だ。女性同士は『ガールズラブ』省略形『GL』だからな。覚えておけよ。


 それで、だ。

 腐女子と呼ばれた輩だって日本中にひろーく満えいしているのだから、攻め女の小説やコミック、アニメ、ドラマに映画! そういった類のものが出てきてもおかしくないだろう?! なあ?!

 色んな恋愛形式が受け入れられているご時勢なのだから、攻め女の人口密度が増えたって絶対におかしくない。あたしはそう思っている。

 これからはどんどん肉食系女子×草食系男子で尚且つ、男を押し倒し、鳴かせたいと思う作品が増えて欲しいものだ。


 ええい、こうなれば肉食系女子×肉食系男子でも構わん。

 攻め攻め押せ押せ女が出てくれたらあたしは本望だ!


 男を鳴かせたい、押し倒したい、男ポジションに立ちたい。そういった同志が集って作品を作ってくれたらなぁ。はぁ、攻め女の時代、早く来い」


「………」


 是非とも、そんな時代が訪れないことを願う。俺のような男子が苦労するのが目に見えているから。

 熱くアッツーく語ってくれる先輩のおかげ様で、俺は日本そのもの未来が末恐ろしくなったのだった。




 書斎部屋の後は、先輩の愛犬小屋へ。

 ゴールデンレトリバーを飼っているって前に教えてくれたから、見に行ったんだけど……到着した犬小屋は愛犬小屋っていうより愛犬部屋。俺の家と同じくらいのスペースがあるんじゃないか。


 部屋の中には先輩の愛犬アレックスがいた。


 いいよな、金持ちの犬は。

 こういうぜーたくなお部屋に住めるんだからさ。テラスまであるとか、どんだけだよ畜生。犬に負けた敗北感が拭えない。


 多数犬を飼っているみたいでゴールデンレトリバーの他にも、ラブラドールレトリバーや柴犬の姿が見受けられる。

 でも先輩がいっちゃん可愛がっているのはアレックスみたいで、俺等が入ってくるや否や猪突猛進でゴールデンレトリバーが突っ込んできた。


 ワンワンキャンキャン甘えたな声で鳴くアレックス(♂)は先輩にベタ惚れのよう。クーンクーン可愛らしい声で鳴く。


 だけど、俺にはすこぶる吠えるわけだ。

 コノヤロウ、俺の主人に近寄るんじゃねえ! そんな勢いでギャンギャン吠えてくる。


 だって近寄っただけで歯茎を剥き出しにするんだぜ? ぜってぇ嫌われているだろ。触ろうとか論外。噛み付かれるのが目に見えている。


 あんまりにも俺に吠えるもんだから、「こら。アレックス」先輩が怒ると尻尾がシュンと垂れちまう。

 なんだか可哀想になって「いいっすよ先輩」、俺はお構いなくと苦笑い。


「すっごく先輩のこと好きみたいだから、俺に嫉妬しているんっすよ。初対面だし警戒心も抱いているのかも」


「すまないな空。いつもはいい子なんだ。客人にだって殆ど吠えないというのに」


 溜息をつく先輩の顔に、もっと居た堪れなくなったのかアレックスが小さくクーンと鳴いちまった。

 あーあーあー、ごめんごめん、俺が悪かったよな。先輩のこと大好きなのに、俺が傍にいるから怒っちまったんだよな。犬に向かって話し掛ければ、不機嫌に大音声でワンワン吠えられた……同情はいらないってか? そりゃまたごめん。


「まったくアレックスは。ん? あれはキャシーではないか」


「キャシー? って、え゛」


 向こうからワンワンと声。

 なんだろうなぁっと振り返った瞬間、別のゴールデンレトリバーが俺に向かって走っ……ちょ、これはっ、ぎゃああっ! ドンッ、ドッスン。


 走ってきたゴールデンレトリバーののしかかりを思いっ切り食らっちまった。しかも重い。


 へっへっへっ、俺を見下ろしてくるキャシーと呼ばれたゴールデンレトリバーは円らな瞳で俺を見つめてくる。

 えーっと、ナニその目。遊んでオーラ満載なんだけど。


「んー? 遊んで欲しいのか? こうして見るとお前、可愛いな。うわっつ、く、くすぐったいって」


 べろんと長い舌でキャシーが顔面を舐めてきた。

 何度も何度も舐めてくるキャシーに、「くすぐったいって」笑声を漏らしつつ体を撫ぜてやる。大喜びのキャシーは、ブンブン尻尾を振って俺の顔をべろべろべろ。


 う、嬉しいのは分かったけど、これは、これはちょっと辛いかも。


「この子も先輩の愛犬っすか? うはっ、そんなに舐めるなって」


「いや、キャシーは咲子姉さんの犬だ。此処はあたし達四姉妹の愛犬が集っている。さてと……こらキャシー! あんた、いつまで空を舐めている! 空を舐めて良いのはあたしだけだぞ! しかも押し倒しっ、あたしに対する宣戦布告か!」


「わん!」


「おーおーそうかそうか。なるほど。宣戦布告かっ! あんたは攻めメス犬だったんだな! 咲子姉さんにあんたとは好敵手になったと言っておいてやるからな!」



「……先輩、犬相手にナニ言ってるんっすか」



 大人げなーくキャシーに捲くし立てている先輩の傍で、アレックスが俺に向かって吠え始める。

 多分嫉妬からの吠えなんだろうけど……あれだ、ペットは飼い主に似るってヤツだろうな。キャシーに捲くし立てている先輩の姿と、俺に吠えてくれているアレックスの姿がすこぶる似てる。似ちまっている。


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