03.サバイバル準備期(その3)
孤独、その単語に俺は口を閉じるしか術を取れなかった。
そういえば、ちょいちょいと寂しい顔を目にしてきたな。
「金持ちには金持ちなりにジジョーってのが存在するもんだ。わりかし子息令嬢ってのも楽じゃねえんだぜ? ……あいつの抱えている孤独は、お前自身が見つけ出してくれたら、と思う。俺からじゃ言えないし、俺が見つけ出すことができても、それを取り除くことはできねぇ。惚れられた受け身くんだからこそできるんじゃねえの?」
美形金持ちがカッコよくウィンクしてくる。
俺だから、と、言われましても大雅先輩……どうすればいいのか、抽象的にも、具体的にも、分からないんですけど。
先輩の孤独を見つけることができるだろうか。
そして俺がそれを取り除くなんて大それたことを、果たしてできるのだろうか。
唸っていると、
「やっぱヤられるしかねぇって。それが一番手っ取り早い」
と、大雅先輩に余計な助言をされてしまう。
俺は赤面した。だ、だから……ヤられたくないんだって!
「む、無理っすよ。大雅先輩」
「テメェは寝転がっているだけでいいじゃねえかよ。リードはあいつがしてくれるんだし? ああ、それか俺様が講義をしてやろうか?」
「講義?」
「おう。肉食攻め女のあいつを、押し倒せるこ・う・ぎ」
「イ゛?!」素っ頓狂な悲鳴を上げる俺に、「ロールキャベツ系男子になっちまえよ」ボソボソッと大雅先輩が声を窄めてくる。
なんだよ、そのロールキャベツって。そりゃ弁当にはキャベツは入っていますけど。
目を白黒させる無知で
「いいか、ロールキャベツ系男子ってのは」
言うや否や、自分の残り少ない焼肉を箸で摘まみ、それを俺の弁当の中に入れてきた。というか、キャベツの下に隠した。
「お前みたいな草食系男子の姿をキャベツだとすると、俺みたいな肉食系男子はこの焼肉。お前は受け身系で、俺は攻め系。分類に分けると見た目どおりキャベツは草食、焼肉は肉食だ。ではここで問題。キャベツと肉が合わさった料理といえば、なんだ?」
「無難に考えて野菜炒め……と言いたいですけど、先輩がさっきから口走っているロールキャベツって言うのが妥当っすね」
「ご名答。つまりこうだ。今、この弁当箱を見る限り、キャベツしか見えない。だがちょいと箸でほじくってみると焼肉が出てくる」
キャベツの下に隠した焼肉を箸で取り出して、先輩が口角をつり上げてくる。
「これと同じように、ロールキャベツも外見はキャベツだけど、中身は肉が詰まっている。人間に例えれば、普段は草食系にしか見えない優男だけど、中身をほじくってみればガッツリガツガツ肉食系男子ってわけだ。お前にピッタリだろ?」
「お、おぉお俺にピッタリって」
「男はやーっぱ攻めなきゃ駄目だぜ。べつに普段はそのへなちょこっぷりでいいけど、濡れ場まで攻められたら立場がねぇだろ? テメェだって一応男。攻めたいだろ? な?」
そ、そりゃあ、攻めて先輩の赤面が見られたら儲け物だけど、相手は鈴理先輩だぞ、鈴理先輩。男よりも男前、じゃない、女前なんだから、先輩を攻めたら最後、俺の身の上が危うくなる。自分から地雷を踏みに行くようなものだ。
面白そうに笑う大雅先輩は、「鈴理も実は攻められたいかもだぜ」と耳打ちしてくる。
え、ほんとに、マジで?
目を丸くする俺に、うんっと大真面目に頷く大雅先輩。
「あいつ、実は乙女思考も持っているからな。可愛いことを思ったりすることもあるんだぜ。今頃思っているんじゃないか、『空。いつになったらあたしを押し倒してくるんだろう』って。『攻めてこないなんて、あたしのこと嫌いなのかしら』とかも思ったりして」
途端に俺はサーッと青くなった。
そ、そうだったのか。せ、先輩……実は俺の攻めを待っていたりっ……ちょ、落ち着け。落ち着け。落ち着け。
仮にも鈴理先輩だぞ。あの鈴理先輩が俺のような受け身アウチ男の攻めを待っているなんて、到底考えられないんだけど。いやでも、大雅先輩は鈴理先輩の幼馴染みであるからして、お互いのことは何でも知り尽くしている。
と、いうことは、乙女鈴理な面も実は知っていたり?
付き合いの浅い俺には知らない、鈴理先輩の一面を知っている幼馴染みの大雅先輩。その先輩が言うんだ。
もしかしてもしかするとひょっとすると、であるからして。
なら、やるっきゃねえ。
いつも攻められているんだ。たまにゃあ、攻めたって、攻めたってだなぁ!
「た、たたた大雅先輩っ! あ、あの俺でも、ロールキャベツ系男子になれますか?!」
「お前のやる気次第で、どどーんっとなれるぜ。ロールキャベツ系男子」
「ほ……ほんとっすか?」
「おう、ほんともほんと。安心しろ。乙女な鈴理のために、この俺がどーんっとお前をロールキャベツ系男子に「空にナニを吹き込んでいる。こんの大馬鹿者が!」
ガンッ―!
学食堂の天井を突き抜けるような物音と共に、大雅先輩の頭に降ってきたのはお見事なチョップ落とし。
「ッ!」両手で頭を押さえる大雅先輩と、呆気に取られる俺。フンと鼻を鳴らす犯人に対して、大雅先輩が何しやがるんだと大喝破した。犯人は俺等の話題の中心となっている鈴理先輩本人。
悪びれた様子もなく、ずんずんと大雅先輩に歩み寄って「誰が乙女だ」と言って、こめかみに青筋を浮かべる。
「大雅、あんた……あたしが乙女と呼ばれることに対し、すこぶる嫌悪感を抱いていることを知らんわけではなかろう。それに、なんであんたが空と一緒にいるんだ……まさか、いたらん真似をしているのでは」
「いっでぇ。この暴力女め。痛烈な踵落としを食らわせやがって。ッハ、それにな、俺が豊福と一緒にいてナニが悪いんだ。こいつはな、俺と友達になって下さいって頼んできたんだ。ヤサシー俺はそれに応じたわけだ」
なんか、最初から俺が大雅先輩とお友達になりたかったみたいな言い方されているけど、べつにそういうわけでも……今口を出したらややこしいことになるから黙っておくけどさ。
「空が?」
整った眉根をつり上げる鈴理先輩が俺を流し目にしてきた。曖昧に笑って俺はむしゃむしゃとごぼうスティックを歯先で噛み砕くことに専念する。美味い、ごぼうスティック、美味いよ。
「ということだ。鈴理、俺は何もしちゃねえぞ」
「空と大雅が友達、ねぇ……馬鹿を言え! それでは王道に反するぞ! いいか陰湿陰険許婚が彼氏を苛め倒し、あたしがそれを助ける。それにより、あたし等の仲が深まって、濃厚な一夜を過ごす。これが王道プロットだろ?! なんであんた等が仲良くするのだ! 折角のシチュエーションを……まったく空気が読めん奴だ」
「はあ?! 俺って、そんなにも嫌味キャラかよ! お前の彼氏と、お前の許婚が和気藹々メシろ食っていちゃいけねぇってか?!」
「だから、空気を読んであたしと空の恋愛シチュエーションに協力しろと言っているのだ」
俺は鈴理先輩の中じゃ大雅先輩に苛められる予定だったんっすか。物騒な。
まあ俺自身も、最初こそ苛め……っつーか、嫌味罵倒その他諸々なことは言われるんじゃないかと思ってはいたけど、話してみるとイイ人だったよ。身勝手ではあるけどさ。
「まったく」
間違った方向に憤っている鈴理先輩は椅子を引いて、俺の隣にどっかりと腰を落とす。
ジトーッと相手に見つめられる。含みある視線に俺はドッと冷汗を流す。
なんか、すっげぇ責め立てられている眼なのだけど。
視線を泳がせて、必死にごぼうスティックを噛み砕く。
すると彼女は小さく吐息をついて俺の弁当箱の右隣に可愛らしい弁当箱を置く。
豊富なおかずに目を瞠り、つい先輩を見つめた。
ぶうっと脹れている先輩は、「これはあんたのだぞ」と視線を返してくる。
「急にキャンセルされて、これの処理に困ったんだからな。いいか、空。あんたはいつでもあたしの隣に座っとかないといけないんだぞ。所有物のクセに、一丁前にキャンセルとか。あんたの弁当だけでは足りないだろ?」
「うっ。それはすんません……そしてサンキュです。頂きます」
綻べば、むくれている先輩の表情が和らいだ。先輩はその顔のまま言うんだ。「で、仕置きは何がいい?」って。
わぁいとおかずに箸をつけようとした俺は、手からそれを滑り落とす。待て、なんでそこで仕置き……そ、そりゃあ、急に昼食キャンセルしたのは悪かったと思うけど。
ぎこちなく相手を見やれば、ふふふっと妖しい笑声を漏らして俺の肩に手を置いてきた。
「あたしではなく大雅を選んだんだ。それなりの覚悟があってのことだろ?」
「か、覚悟って」
「そうだ。前からあんたに似合いそうだと思っていた……ちょっと待て、確かスマホに……あったあった。罰としてこれを着ろ。あたしの家に来た時でいいから」
テーブル上に置かれたスマートフォンのディスプレイをおずおずと覗き込んで、目の前が絶望と化した。
俺がこれを着ろって? 冗談でもきつい。完璧にそれスカートじゃんかよ、それ。
画面には『アリスのコスプレをしてみよう』とかノリ良く記載されているけどっ、そりゃ女の子が着るからこそ萌えが発生。俺が着たらマイナス萌えが発生するわけだ。
「これのポイントはな」
活き活きと語る先輩の目は、そりゃあもう、爛々もらんらん、煌いていた。
「スカートが長いってことだ。ロングスカートは清楚でいいと思うんだ。ミニスカはミニスカで萌えがあるが、あたし的に空はロングだと思うんだ。ちなみに大雅はミニスカを穿かせたことが」
「……大雅先輩」
「忘れた。ああ忘れた。俺は何も憶えちゃない。なーんも憶えてねぇんだ」
ガツガツ日替わりA定食を食べている大雅先輩のオーラには哀愁が含まれているような。
そうっすか、そうっすか、ほんっとうに苦労してきたんっすね。大雅先輩。心中察します。
……今度はその先輩の苦労を俺が
顔を強張らせる俺に構わず、鈴理先輩は「それにロングだとな」キランと眼光を一輝き。
「中でナニをしても、分からんだろ? ミニスカだと分かってしまうが、ロングだと、手を入れても本人には何をするか分からないロマンがある。いいな、そういうロマン」
「どこぞのセクハラ親父っすか?! 嫌ですよ。す、スカートだなんて……俺が着てもキモイだけです」
「安心しろ。着るのはあたしの前だけ。あたしは盛大に萌えるだろうから。まあ、萌え過ぎて襲っても責任は持てないが」
ああああっ、笑顔と期待と妄想を含む眼で俺を見つめないでくれ先輩! 俺は、おれは、土日の外泊が余計怖くなったんだけど!
身震いをする俺に、「どんまい」大雅先輩がこれまた満面の笑顔で励ましてくれた。
半分以上は面白いと思ってくれているんだろう。目で分かる。
ゲンナリしていると、「おうおう盛り上がっちゃって」「楽しそうですわね」二つの笑声が聞こえてきた。首を捻ると鈴理先輩のお友達、川島先輩と宇津木先輩がトレイを持って立っていた。定食を買ってきたようだ。
そういえば、鈴理先輩は昼食を……あ、お弁当を持っている。此処でお弁当を食べようとしていたんだな。
「鈴理、すーっかりご機嫌になったわね。さっきまでイジケ虫になっていたのにさ」
「煩い早苗」
「ほーんとのことじゃなーい。な、百合子」
「ええ、ほんとですわ。あら、大雅さんもご一緒でしたの? こんにちは」
宇津木先輩に微笑まれ、「あ、おう」生返事をする大雅先輩。
ふふっと笑声を漏らす宇津木先輩が隣に座って良いかと聞く。
「べつにいいけど」
ぶっきら棒に返す某俺様先輩に俺は思った。わっかりやすいな、この人、と。
あからさま宇津木先輩の前じゃ態度が違うんだもんな。大雅先輩の好きな人、誰が好きなのか、分かっちまったよ。
てか、おいおい、男は攻めが大事なんじゃないのか?
好きな人が隣に座ったというのに、話題も振らないってどーゆーことだ? 攻めはどーしたよ、攻めは。
「ドヘタレ、もっと攻めていけばいいのに」
鈴理先輩がちっさな悪態をついた。
なるほど、好きな人の前じゃイマイチ押しの足りない俺様になるんだな……然して、受け身の俺と変わらなくないか? それ。
「ふふっ、大雅さん。口端にソースがついていますわ。失礼します」
「え、うぉっち! いいってっ、自分ですっから!」
「でも誰かにしてもらった方が早いですわ。しかも、そっちは逆ですし。ほら、お顔をこっち向けて」
柔らかな笑みを向けられ、「勝手にしろよ」大雅先輩が投げやりに降参。
笑声を漏らす宇津木先輩は真っ白なハンカチで大雅先輩の口端に付いたソースを拭い始める。
ぶっすりしているけど、大雅先輩すっげぇ嬉しそうだな。目に見えるくらい耳が赤いよ。ははっ、純情さん。
俺は弁当に目を落としてキャベツを箸で摘まむと、隣に座っている鈴理先輩に質問をした。
「先輩。ロールキャベツ系男子の反対ってなんって言うんっすか? 見た目は肉食なんだけど、中身は草食の人のことなんっすけど」
「アスパラベーコン巻き系男子だ。自称、肉食をしているが、あたしから見たらお笑い種だぞ」
よし、大雅先輩はアスパラベーコン巻き系男子で決まりだ。
他の人にはがっつけるんだけど、意中になると晩熟になるアスパラベーコン巻き系男子子俺様、二階堂 大雅先輩。
早く宇津木先輩をモノにできるといいっすね。
俺を何だかんだで応援してくれたんで、俺も応援します。
それはそうと結局、外泊の具体的な解決案見つからなかったなぁ。
(口を揃えて皆、逃げるしかないって言うんだもんな。土曜の夜はサバイバルだな)
無事でいられるんだろうか、今週の土曜と日曜。
嗚呼、こうしてキャベツを口に入れる間にも貞操の危機という名の足音がひた、ひた、と俺に向かっているんだろうなあ。
どうするよ、俺。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます