02.サバイバル準備期(その2)




 □ ■ □




【学食堂にて】



 きたるべき昼休み。


 結局勿体無い精神がいかんなく発揮された俺がおずおずと四限目の授業に遅れて飛び入り参加をし、「豊福何していたんだ?」と教師に軽く怒られ、若干気まずい思いを噛み締めたことはさておき。


 更に昼休みになったと同時に着替えに男子便所に駆け込んだせいで、五分ほど二階堂先輩のいる二年のフロアに行けず。

 更に更に支度を整えて先輩のところに行っても二年何組か知らないから、一つひとつ教室を覗いて先輩を捜していたために時間ロスをしてしまい、待ち人になっていた先輩に理不尽なお小言を食らったこともさておいて。


 俺は恋敵ともいうべき許婚さんと、学食堂でメシを取っていた。鈴理先輩にはLINEで、今日は一緒にご飯は食べることができませんと言っておいたけど……返信が無い。


 大丈夫かな。唐突だったから怒っているかも。

 最悪、仕置きがっ、想像するだけでドッと冷汗である。

 どうしようこれを機に泊りの夜、あ~れ~なことになったら。


 くそう、問題は山積みになっていく一方だ……けど、今は目前のフリーズ化しているお方の解凍が先決だよな。


「二階堂先輩。心中察しますけど、俺の弁当はいつもこんなんですんで、気にしないで下さいね」


 この学校に入学して何度目だろう、俺の弁当にフリーズ化する生徒って。


「いや、だって、テメ……キャベツが弁当に詰まっている。キャベツだけかよっ」


「いえいえ。ほら、キャベツを捲ると人参やら大根やらごぼうやら、野菜スティックが顔を出すんっすよ。今日は野菜弁当っす。すごいでしょ? このご時世、野菜もすこぶる高いのに、なんて贅沢! ご近所の人が野菜をおすそわけしてくれたんで、贅沢弁当になっているんですよ」


 ただし。野菜のみ弁当だけど。

 そりゃあ、二階堂先輩の日替わり定食Aと比べれば、貧相に見えるかもしれないけど、俺にとってはちゃーんとした昼飯だぞ。今日はなんと、野菜だけでなく、ゆで卵付きだしな。母さんったら、お塩までご丁寧に付けてくれちゃって……奮発してくれているよな。


「イタダキマス」


 両手を合わせて、バリバリとキャベツを食い始める俺は、気にせず食べて下さいと笑顔を作った。

 そしたら先輩が無言で俺に焼肉を数枚弁当に入れてくれた。

 

「ええっ、ちょ、先輩!」


「いいから食え。それだけじゃ腹空くだろうが。健康男子が食う量にしちゃ足りないぞ。栄養を摂れ」


 な、な、なんてイイ人なんだ。

 まさかのお肉をご提供して下さるとは、ど、ど、どうしようか。俺も何か返すべきっ、そうだ、ゆで卵でも。


 おろおろおどおどする俺に、「何もいらねぇから食えって」なーんて太っ腹なことを言われてジーンと感動。

 お肉様とこれから呼んでもいいかな、ミート先輩でもいいかな? 焼肉先輩でもいいかも?


 理由は一つ、だって肉をくれたから! 


 でも先輩にはお気に召さなかったみたいで、大雅先輩と呼ぶよう言われた。


 だから俺は大雅先輩と呼び名を変更する。

 はふはふっと肉を頬張って幸せを噛み締めていると、「お前。苦労しているんだな」弁当の中身と俺を見比べて同情心を向けてきた。んー、苦労という苦労はしてないんだけどな。


「そりゃお金がないと不便な事ってありますけど、苦労はしていませんよ。だけど、そうだな……お金があれば贅沢食いをしてみたいっすね」


「贅沢食い? なんだ、寿司をたらふく食いたいとか?」


「いえ、板チョコの一気食いっす! ほら、板チョコって升目になっているじゃないっすか。俺、升目に添って一日一枚ずつ割って十日ほど持たせるんっす。なんかその場で全部食っちまったら、勿体無い気がして。だって一気に食ったら明日にはチョコがないんっすよ? 切なくないっすか?」


 今度はいつチョコが食えるかと思うと、つい小さく小さく割って日を持たせようとしてしまう。

 だから願いが叶うのなら、板チョコを一気に食ってみたい。

明日のこともなあんにも考えず、がっついて贅沢食い。想像するだけで至福だ。お寿司をたらふく食べたいとか、贅沢過ぎて恐れ多い!


「他にも三パック入りのヨーグルトをその日に食べてしまいとか、ポテチをその日で一袋食ってしまいとかあるんっすけど、今の夢は板チョコの贅沢食いっすかね……大雅先輩。そんなに哀れむような目で俺を見ないで下さい。俺にとっては贅沢であり夢なんっすから」


「寧ろ、その夢を今すぐ叶えてやりたい俺がいる。なんだろう、無償に泣きてぇ。ほんっと苦労しているんだな、お前」


「泣きたいほどの苦労もしていませんから! 苦労は……寧ろ、鈴理先輩との攻防戦だったりするんっす。あの、折角なので鈴理先輩のこと聞いていいっすか?」 


 「いいぞ」


 首を縦に振ってくれる大雅先輩に早速質問。鈴理先輩って昔からあんなに攻め攻め女子だったんですか? っと。

 すると大雅先輩は遠い遠い目を作って、「おうよ」肯定の返事をしてくる。


 その目が哀愁を誘っているんですけど、なにかエピソードでもあるんだろうか?


「あいつはな、昔っから恋愛小説やドラマ、アニメにハマッてたんだが……それらの影響なのか男を敷きたい願望があってよ。ほら、あいつって男ポジションに憧れているだろ? 昔からああでさ。俺もとんだ目に遭ったもんだぜ。


 例えば……あれは小3だったか。

 あいつと遊ぶ約束をして、あいつの部屋にお邪魔させてもらったわけだ。

 そしたらあいつ、部屋に入る俺を見るや否や『あんたとあたしは許婚だよな?』って確認してきて。事実だから『そうだぜ』って頷いたら、『では新婚ごっこをしよう!』とか提案を出されたんだ。

 小3にもなってままごとかよーって嫌がったら、『文句を言わずこれを着ろ』とか言ってレースのフリフリエプロンを見せ付けてきた。

 おい、なんの真似だよ。冗談なのか。ドッキリなのか。俺が着るのか。動揺する俺に、ニッコと笑ってあいつは悪魔な発言をしやがった。

 

『だから新婚ごっこだ。あんたは新妻をやれ。あたしは新夫をやるから。ほら、新妻といえばエプロンだろ。大雅、これを着けろ。なに心配するな。サイズはあたしが調節してやるから。可愛いだろ? 大雅早く着ろ。な? な? なー?』


……必死に逃げたぜ。逃げまくったぜ。プライドのために」


 レースのエプロン、男にレースのエプロン。


「他にも女装させようとしてきたり、押し倒されたり、姫の役させられそうになったり。そりゃあ、色んな危機に直面した。逃げ切れたこともあったが、捕まったことも多々。ああくそっ、俺の黒歴史っ! あいつの性格がこれまた男前っ、じゃね、女前だから姫様抱っことかぁああああっうわぁああああくそぉおおお!」


 頭を抱えて身悶えしている大雅先輩は、「穴があったらそこに住みたい」耳まで赤く染めてぐわぁあと唸っている。

 俺のためにも、大雅先輩のためにも、聞かなきゃ良かった。今のこと。

 ブルッと身震いをする俺は人参スティックを素手で掬い取り、ポリポリと噛み砕いていく。憂鬱になってきたぞ、外泊。


「で、でも……今はそんな男を女装させたりする趣味は」


「ふっ。甘いなテメェ。あいつは男のメイド姿やセーラー姿に、『これは使える』って今でも言っているんだからな。はっはっはテメェ、大変だな。きーっと狙っているぜ。彼氏のメイド姿やセーラー姿」


 ヤケクソに、そしての不幸を清々しく笑ってくださる大雅先輩。

 過去に苦労をしてきたんだな。同情はするよ、同情は。


「じゃ、じゃあもう一つ! ……その、鈴理先輩、俺と、せ、っくすしたいとか言っちゃっているんですけど、本気、だとも思うんっすけど。今度の土日、俺、先輩の家に泊まりに行くっす。健全の仲を保つにはどうしたらいいっすか? 許婚さんにこんなこと聞くの、どうかとも思うんですけど」


「言ったろ? 俺と鈴理は両親が決めた許婚であって、当事者同士はそういう目で見られないって。第一仮にそういう関係になっちまったら、俺とあいつは濡れ場の時苦労すると思うぞ。なにせお互いに肉食系のがっつきタイプだからさ。リードしたいって願望が先立って喧嘩しちまう。鈴理にはお前みたいな受け身へなちょこタイプが合っているだろうよ」


 ひひっ。揶揄する大雅先輩に、むっと脹れ面を作って見せると「へいへい」質問に答えてやるって、と肩を竦める。


「そうだな」


 箸を置き、頬杖を付いて、満遍なく俺を観察した先輩は指差して助言。


「常に警戒心と神経を研ぎ澄まして、第六感をいかんなく使え。それしか方法はねぇ」


「まどろっこしい言い方っすけど……要は逃げろと?」


「それしかねぇんだよ。あいつにヤられたくねぇなら、とにかく逃げて、逃げて、にげて自分の身を守れ。あいつを押し倒すとか、無理だろ?」


「無理っすよ! お、おお……俺は……プラトニック関係でいきたいんっすから」


「童貞くんっぽそうもんな。まあ、いいじゃんか、一回くれぇ鈴理とヤっちまったら? シたら、あいつの気、少しは治まるかもしれねぇし」


 とんでもないと椅子を押し倒し、俺はテーブルを叩いた。

 うをおいっと驚きの声を上げる大雅先輩に、「過ちは駄目っす!」声音を張ってバンバンとテーブル上を叩きまくる。


「俺っ、責任取れませんもん! 経済的にも、社会的にもっ、俺はまだ子供なんっすから! それに……安易な行為で苦しむのはっ、俺じゃなくて女性の鈴理先輩っすよ! 保健の授業で習いませんでした?! 安易な行為はするなって」


「いや、そりゃそうだけどよ」


「そ……それに俺だって、こ、怖いっすよ。じょ、女性に触れるとか。未知な世界っす」


 もごもごと口ごもりながら、俺は椅子を立て直して腰を下ろす。目を点にする大雅先輩だったけど、俺の恐い発言に大爆笑し始めた。

 ひ、ひどいっ、笑い事じゃないのに。

 身を小さくする俺に、「悪い悪い」ヒィヒィ笑声を漏らし、目尻に溜まった涙を指で拭いながら、転がっていた箸を拾う。冷め始めている焼肉を一枚挟んで、口内に運び咀嚼。素材を味わいつつ、「誰だってそうだろうよ」俺に目尻を下げた。

 そうっすかねぇ……俺はへの字に口を結ぶ。


「肉食系男子は……その、怖じるなんてしなさそうですし」


「バッカ。そりゃ恋愛ドラマの見過ぎだ。よく見る肉食男子俺様系が誰彼ガオーッと襲う。そんなこと、そうできたことじゃねえ。俺だって無理だ」


 いやでも身近に男ポジションに憧れた方が恋愛ドラマとやらを見過ぎて、あれやらこれやら手を尽くして俺に襲い掛かってくるのですが。


 初対面の日だって、此処学食堂でちゅーをしちゃったんだぞ。

 次いで、「えっちをするぞ!」とか言われたんだぞ。翌日からガチの貞操の危機を迎える羽目に。


 しかめっ面を作る俺に、「鈴理は例外だ」ありゃ絵に描いたような典型的に肉食系女子だと大雅先輩は苦笑する。


 ですよねぇ、鈴理先輩の攻めモードはまさしく絵に描いたようなキャラっすもん。


「まあ、それでも怖じがないとは言えないと思うがな。相手に触れるって、やっぱ怖いと思うぞ。俺だって初めての時は内心ビビッてたしな」


 てことは、経験が……この金持ち畜生。

 鈴理先輩という許婚がいながら、ナニしているんですか。その彼女の彼氏が言うのもなんっすけど。


「鈴理が執拗にお前に触れたがるのは、お前がそんだけ好きってことだ。触れて、触れて、ふれて、もっとお前を知りたいんだろうぜ。

 どんな一面も知っておきたいっつー我が儘を抱いているんだろうな。

 あいつは熱しやすく冷め難いタイプだから、一回恋に落ちたらそう簡単には諦めないぞ。猪突猛進の性格だから、ガンガンいこうぜで攻めまくる奴だ。

 鈴理がお前に執着心を抱いている理由がイマイチ見えんが、多分あいつの中で“お前じゃなきゃ駄目だ”って理由があるんだろうな。


 あいつは雄々しくても意外と孤独を抱いている。

 お前に触れて触れてふれて、その孤独を拭おうとしているのかもしれない。

 よく言うだろ? 人間は独りになると、愛情を求めちまうって。大好きなお前にガオーッすることで、孤独を霧散しようとしているのかもしれない。


 同時にお前の心が欲しいんだろうな。

 半分以上は、好きな奴を『鳴かせたい・苛めたい・ヤッちまいたい』って自分の欲求で動いているんだろうけどよ。

 片隅で孤独を拭おうとしている。少なくとも俺にはそう思える」



「鈴理先輩が、孤独?」


「ああ、あいつは孤独なんだよ」



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