Chapter3:Let's survival!

01.サバイバル準備期(その1)




「はい? 竹之内先輩の家に泊まりに行く? ……そうか空、ついに腹を決めたのか。あーオメデトウさん! 友達として祝福するべきところだよな、笹野!」


「え、あ、僕に振る? ……ゴッホン、えっと、後日赤飯でも炊いて持ってきてあげるよ」



 とある体育のワンシーンにて。

 クラスの集合が遅いと体育教師に怒鳴られ、罰としてグランドを十周するよう言い付けられた俺等は気だるく校庭を走っている。真面目に走る奴もいるけど、俺とフライト兄弟は比較的不真面目に校庭をちんたら走っていた。


 俺は走りながら二人に報告兼相談を持ち掛けてみた。今週の土曜、先輩の家に泊まりに行くんだけど……どうしたらいい? と。


 そしたらエビくんは戸惑い交じりで一笑をしてくるし、男前にニコッとアジくんは微笑んでくれるし、各々祝福の詞を贈ってきてくれるし……期待外の反応をされた。


 赤飯以外にもなんか贈ってあげるよ、空の好きなイチゴミルクオレも付けてやるよ、と二人からのんびりのほほん和気藹々と言われてしまい、俺はフライト兄弟に軽く唸った。


「誰もまだ一晩の過ちを犯すなんて言っていないだろ? 俺、そのつもりはないんだから。先輩の家に来るよう誘われたから家に行く。それだけだって」

 

「え、何を言っているの?」


「冗談かそれ?」


 声を揃える二人に大真面目だと突き返す。

 冗談もコノヤロウもドチクショウもあるか。俺は真剣だよ。食われるつもりなんてまったくもって1ミリもないんだからな! ……に、逃げられるかどうかは別問題だけど。

 大反論にフライト兄弟は「そりゃあ」「無理でしょ」白々しく肩を竦めてきた。


「空。お前なぁ。自然の摂理を考えてみろ。お前の決断は肉食動物の住処に足を踏み込むっつーのと一緒だぞ。餌のお前が肉食動物の前に立ったらどうなる? ガブリだぞガブリ。普段からお前のことを狙っている先輩だ。部屋に連れ込んだら最後、あ~れ~でキャーッ! ……気付けば、夜が明けていた。そうなるのがオチだぞ」


「本多の言うとおりだよ。食べられる事が嫌なら、なんで誘いに乗ったの?」


 ううっ、それは仕方が無いじゃないか。

 誘いを断ったら、その日に食われていたかもしれなかったんだ(ラブホに連行されそうになった!)。お互いをもっと知りたいといったのは俺だけど、泊まりは段階としてぶっ飛びすぎていると思う。


 父さん、母さん、息子は童貞のままでいられるんでしょうか? 童貞を死守するわけじゃないけれど、まだ俺にはエッチなんて早いよ!


 思わず涙を呑み、「大丈夫かな」深い深い溜息をついて肩を落とした。


「食われることも勿論心配だけど、俺なんかが先輩の家に行ったら……家の人に仲を反対されそうでさ。先輩には許婚がいるし」 


 不安は尽きない。 

 先輩には表向き許婚がいる。二階堂先輩の性格は置いておいて、容姿的にめちゃめちゃカッコイイし、財閥の子息だから所謂財力もある。先輩がどんなに容姿や財力なんて無関係だといっても、周囲はそうはいかないだろうな。

 こんな弱音を吐いたら先輩が気にしちまうから、俺もなるべくは気にしたくは無いけど、堂々ともしたいけど、窮屈な思いだってしたくもないけど。


 でもなぁ。世間体ってのは意外と冷たい。

 愛はお金じゃ買えないってどっかの歌のフレーズで言うけど、お金がないと現実話、いろんな面で苦しい。貧乏の肩書きを負っている俺が言うんだ、間違いない。


 お金がなかったが故に不幸せなことだって沢山ある。お金以上に大切なものがあるんだって気付かされることも多いけど、同等に不幸せなことに気付かされることだって。


 お金の有無を問われたら、当然あった方がいい。


 どうしようどうしようどうしようっ、家に行ったら「こんな奴が娘と付き合っているのか!」とか喝破されて、大反対されて、寧ろすぐさま別れるよう言われて、最悪修羅場を迎えたりして。

 アイタタタッ、想像するだけで胃がキリキリしていたぞ。ついでに先輩から逃げられるかどうかもっ、あああっ、不安過ぎる、今週の土日。


「大丈夫だって」


 ネガティブになっていく俺を励ましてくれたのはアジくんだった。いつもの男前でアジくんは言ってくれる。


「不安もあるだろうけどさ、大事なのは結局お前と先輩の気持ちだ。折角泊まりに行くんだから、暗い顔をしていちゃ駄目だろ」


「アジくん」


「空はこうして先輩を気遣える優しい性格じゃないか。お前はイイ男だよ。カッコイイとは、うーんお世辞にも言えないけど……人のことで一緒に泣いて笑える男だ。それってつまりイイ男に違いないってこと。そうだろ? 少しは自分に自信持てよ」


 ニカッと笑いかけてくれる男前に俺は大感激した。

 いつも思うけど、なんでアジくんってこんなに男前なんだ。キング・オブ・男前め。俺のハートを射止めちまってからにもう! 俺、女だったらアジくんを彼氏にしたいかも。アジくんの彼女になれる女の子って幸せ者だと思うぞ。

 率直な気持ちを伝えたら、「ははっ。凄い褒められようだな」参ったなぁ、とアジくんが照れた。


「ほんっとだって。アジくん、カッコイイし男前だよ。顔は普通だけど」


「最後は余計だって。空もイイ男だぞー。顔は普通だけど」


「………」


「あ。そんな顔しないでよ、エビくん。エビくんだって超イケた男だって! 顔は普通だけど」


「そうそう。顔は普通だけど、お前もイイ男だぞ。笹野」


「………」


 褒め合う俺等の隣で、俺等のノリについていけないエビくんが、そっと距離を置いて走っていたことは蛇足にしておく。




 閑話休題。

 授業を終えた俺等は上履きに履き替えながら、さっきの話の続きをしていた。

 男前うんぬんかんぬんじゃなくて、先輩の家に泊まりに行く話な。家族や周囲にどう思われるかは、もうその日その時その瞬間に悩むことにしたんだけど、根本的な問題は解決していない。

 そう、どうやったら先輩と健全な一夜を過ごせるかという問題点だ。

 こればっかしは事前に対策を打っておかないと……マジで貞操の危機が訪れる。


 いつもみたいに学校や屋外じゃない。先輩の部屋にお邪魔させてもらう……所謂プライベート空間に足を踏み込むわけだから、そりゃあ、今までとはワケが違う。


 プライベート空間は人目を気にしなくてもいいしな。


 だから、その、あーれーな展開もわけないわけで。

 お、押しに弱い俺だから、一度流されそうにもなった俺だから(別名:保健室の悪夢)、迫られたりしたら、どどーんとヤられそうなんだよな。そうならないためにも、どう対策を打つか。


 二人に相談しするとエビくんが閃いたように手を叩く。


「泣き落としは? これって効果バツグンだと思うよ。『やっぱり怖いんで』とか言って、グズグズと泣き落とす。向こうのやる気だって削がれるに違いない」


「なーる、ほどじゃないよ、エビくん。それってさ、フツー女の子が使う奥の手なんじゃないの? 俺がしたら、ぶっちゃけキモくね?」


「大丈夫だよ。空くん、女の子ポジションにいるから」


 コノヤロウ、好きで立っているわけじゃないんだぞ。女子ポジション。

 先輩の前では譲ります宣言をしたけど、やっぱ男子ポジションに立ちたいんだよ。受け身でへなちょこ男な俺でもさ! キング・オブ・男前アジのように、俺も男前になりたいんだよ! 泣き落としとか、ぜぇってやだ! ダッサイ!


 嫌がる俺に、「んじゃ逃げ回るしかないじゃん」エビくんが典型的な対策を口にした。

 そりゃそうだけどさ。そりゃそうなんだけどさ。


 ただ逃げ回っても結局は捕まっちまいそうなんだよ。賢い逃げ方を考えないと。

 どうしようかなぁ、溜息をついてフライト兄弟と廊下を歩く。のたのた歩いていたせいか、チャイムが鳴った。


 ゲッ、これは授業終わりのチャイム。体育はちょい早く終わるから……あと10分で着替えてしまわないと、次の授業に間に合わないぞ。


「アジくん、エビくん、急いで教室……ゲッ!」


「どうした、空?」


「蛙が潰れたような声を出しちゃって」


 急停止する俺を不思議そうに見てくるフライト兄弟。

 けれど俺の視線は彼等の向こうに留まっていた。これはUターンするべきだよな、ああするべきだよ。教室の前で腕を組みながらぶっきら棒に宙を睨んでいる生徒の前を素通りする勇気、俺には1ミリたりともないぞ。


 ぎこちなく踵返す俺に、「空くん?」「どうした?」フライト兄弟が積極的に声を掛けてくる。

 あああっ、頼むから声を掛けてくれるな! 向こうに気付かれ「来たか、豊福」


 ……気付かれちまった。


 肩を落として俺はぎこちなく振り返る。

 サメの映画で有名な『ジョーズ』のBGMが聴こえてきそうな歩みでやって来る男子生徒、その生徒は先輩であり、一応顔見知り。俺の恋敵と言うべき存在なのかな? とにもかくにもお会いしたくなかった人、二階堂 大雅先輩だ。


 ズンズンドンドンダンダン。

 足音を鳴らして、俺の前に立つ二階堂先輩は「遅いんだよ」開口一番に文句を垂れてきた。


「俺が教室に行ったら、お前がいて当然だろ? なーんでいねぇんだよ。この俺を待ち人にさせやがって」


 なんでって見りゃ分かるでしょ。

 体育だったんっすよ。体操着が分からないっすかね。

 俺様オーラに負けた俺は素直に「すんません」頭を下げて謝罪。すっごい大人の対応をしたよな、自画自賛したくなるぞ。

 「分かればいいんだよ」気を良くした二階堂先輩はフンと鼻を鳴らしてガシッと俺の腕を掴んできた。


 この腕の拘束の意味は?

 

「二階堂先輩っ、あの、俺……着替えないとッ、イダダダダッ!」


「だあれに向かって口をきいているんだ? テメェが着替えるかどうかなんてカンケーねぇ。俺がテメェに用がある。だからテメェは黙って従え!」

 

 思い切り片耳を引っ張られた上に、耳元で怒鳴られちゃったんだけど。


「来い!」


 そのままの状態で歩み始めたものだから、俺も歩かざるを得ない。

 ああもう授業をサボりたくないのにっ、ちょ、二階堂先輩! お話し合いなら昼休みでも。

 俺は授業に出たい、授業料が掛かっているんっすからぁああ!

 これでも俺、特待生なんっす! 10分休み程度で終わる話じゃないでしょ、雰囲気的に。


 「放して下さい!」「うっせぇ!」唖然としているフライト兄弟を置いて、俺は二階堂先輩に拉致られちまったのだった。




 はてさて、俺が拉致られた場所は人気の無い廊下。

 人がいないことを十二分に確認して、二階堂先輩は耳から手を放してくれた。

 あー痛かった。何も耳を引っ張らなくてもいいじゃないか。耳赤くなってないかな。ジンジンするんだけど。


 そして時間は大丈夫かな。授業には遅れたくないんだけど、マジで。


「いきなりなんっすか……二階堂先輩。こんなところまで俺を連れて来て」


「言っただろうが、話があるって。おっと、逃げるんじゃねえぞ。俺から逃げようなんざ、二万年早ぇ」


 にやり、口角をつり上げてくる二階堂先輩から醸し出されるオーラはまんま俺様。分類からして肉食系。俺とは相反する性格の持ち主のようだ。


 こうして向かい合うと改めて思う。


 オーラが男版鈴理先輩。

 物事は俺中心に回っていますという顔をしている。世界の中心は俺で回っているってか? ええい、俺様は同性として腹が立つぞ。あたし様は女性だから許せるのだ!


 ゲンナリする俺は「授業には遅れたくないんです」と率直に物申す。


「高校は小中学校と違って授業料が掛かっているんっすから、無駄にはできないんですよ。話なら昼休みに聞きますから」


「お前のことは調べ上げている。『特別補助制度』を受けている特待生なんだろ? いいじゃねえか。全額授業料免除になっているんだから」


「なあに言っているんっすか。例え免除になっていようとも、金は掛かっているんです。一円たりとも無駄にはできないですよ」


「うっせぇ奴だな。犯しちまうぞ」

 

「え゛?」


 ズザザザザッ。がに股で後退。素早い動きで二階堂先輩から離れて壁際に避難する。ナニこの人、もしかしてもしかするとそっち系? 女がどうたらとか言ってたくせに、まさかの両刀……? やだもうっ、なんか教室に帰りたい度MAXなんだけど。


 いやいや、でも大丈夫。俺は美形でも可愛い系でもないんだ。普通なんだ。欲情する顔じゃないんだ。


 けど、お、お、おぉおお金持ちの思考ってちょっと飛んでいるから(ぶっ飛んでいるお手本は鈴理先輩だったりする)、もしかしてもしかすると……前略、不況に抗う父さん、母さん、息子は今、ピンチを迎えています。大変な意味で!


 半泣きの俺に、「言葉のあやだっつーの」真に受けるなと先輩が呆れてきた。


 で、ですよねぇ……あー良かった。びっくりした。

 こんなに過剰反応するのも、鈴理先輩のせいだよな。先輩がいつもいつもいーっつも、食うだの、犯すだの、放送禁止用語をぺらぺら言い放ってくるから。

 ホッと胸を撫で下ろす俺に、馬鹿じゃないかと肩を竦める二階堂先輩はそっぽを向いて、「昼休みは不味いんだよ」舌を鳴らしてきた。


「昼休みは鈴理がお前に突撃してくるだろうが。あいつに乱入されると厄介なんだ」


「鈴理先輩……に、聞かれちゃ不味い話なんっすか?」


「不味いも何も、あいつ、俺には容赦ねぇからな。ちょっとでも言えば、飛び蹴りかましてくるだろうし。俺はサシでテメェと話したかったんだよ豊福空。さっきも言ったが、テメェのことはある程度、調べさせてもらった」


「え?」



「私立エレガンス学院、1年C組豊福 空。7月10日生まれのかに座でA型。学費を賄うために『特別補助制度』を受けている特待生。学年テストでは常に五位以内に名を刻んでいる。すげぇな」


「あ、どうも」



「ま、名を刻まないと『特別補助制度』を剥奪されるからな、五位以内に名を刻んで当然だろう。あー、それから運動神経も良い。特に持久力の使う運動関係は大得意。その理由は毎日30分以上掛けて徒歩で通学したり、スーパーのタイムセールのために走ったり、バーゲンセールのために隣町まで自転車をかっ飛ばしたりしているから……か、なるほどな」


「そ、それも調べられているんっすか?」



「当然だ。鈴理の彼氏と聞いたんだ。徹底的に調べ上げるのが俺の流儀だ。あと家が貧乏故に金銭面の管理はしっかりしているが、しっかりし過ぎてケチな部分も多々見受けられるとか」


「け、倹約家なんっす!」



「ナニナニ? 自分に物をくれる人=良い人だと思っているため、餌付けされやすい。イチゴミルクオレ(1パック80円)がお気に入り……テメェ、単純な性格なんだな」



 ブレザーから取り出したカンペらしきメモを読み上げていく二階堂先輩は、憮然と肩を竦める。な、なんでそこまで調べられてっ、なんか小っ恥ずかしいんだけど!


「あーっとそれから……入院経験あり。豊福家の養子で実親は…………あー、なんでもねぇ。今のは忘れろ」


 グシャっとカンペを握り潰す二階堂先輩だけど、バッチシ俺の耳には届いたし、忘れられそうになかった。

 まさかそこお調べられていたなんて……べつに血縁のことを無理に隠しはしないけどイイ気分じゃない。自分で話すならともかく、勝手に調べられるなんて。

 若干不機嫌になる俺に気にせず、二階堂先輩は「後は」流し目でこっちを見た後、おもむろに歩んで来た。嫌な予感が……。


 思った瞬間、またもや腕を掴まれてズルズルと移動開始。



 一体全体何処っ、うわああぁあああタンマタンマタンマー!



 俺は必死に足を踏ん張った。

 二階堂先輩が連れて行こうとした場所は窓際。嫌だ嫌だ嫌だ、此処は四階だぞ、高いじゃないか、怖いじゃないか! 高ければ高いほど俺、パニくるんだぞ!


 それでも引き摺って行こうとするものだから、俺は二階堂先輩の体にしがみ付いた。


「だぁあ! 何するんだ!」


 二階堂先輩から怒鳴られるけど、怖さか、羞恥か、選ぶとしたら後者を選ぶね! 相手が男であろうとかまわないっ、俺は窓際に行きたくないっ!

 嗚呼っ、四階と思うだけで身の毛がよだってきた。体の芯から震えてきた。



 怖い、嫌だ、怖い、怖い――ッ!



「あー……確かに極度の高所恐怖症みてぇだな。悪かったって。もうしねぇから、な? ちと試そうとしただけだっつーの……んな顔するなって。俺が苛めたみてぇじゃんかよ」



 文字通り、あんたが苛めたんだろうよ! やだもうっ、お教室に帰りたいっ!

 脚が竦んで動けなくなった俺を壁際まで引き摺った二階堂先輩は、無理やりくっ付いている俺を引き剥がすとその場に座らせてくる。

 次いで、自分も腰を下ろした。まだ恐怖に身を震わせている俺は、「高くてもヘーキ。俺は鳥、鳥なんだ。飛べるんだ」デンジャラスなことを言って自分を慰めていた。


「悪かったって」


 謝罪してくる二階堂先輩は、絶対にもうしないことを約束してくる。


「だから落ち着けって。マジで」


 いや分かっている、分かっているよ?

 でもちょい平常心が……はぁ……徐々に落ち着いてきた気がする。ふーっと息を吐いて、俺は軽く膝を抱えると、胡坐を掻いている先輩に目を向けた。


「それで? 俺とナニをお話したかったんっすか? こんなに隅々まで調べたってことは……やっぱり許婚としてっすか?」


「んー、まあ、それもあるにはあるけど。あ、チャイム」


「いいっすよもう。気分的に受けられそうに無いんで」


 それに今更でしょ、それ。深い深い溜息をつく俺に、「そりゃそうだ」二階堂先輩はうんっと一つ頷くと、間を置いて口を開いた。俺に質問してきたその内容は、なんで鈴理と付き合い始めたのか、だった。

 突拍子も無い質問だったけど、予想できない質問だったわけじゃない。俺も間を置き、ちょっとばかし考えさせてもらう。適切な言葉を探して探してさがして、返答。


「先輩が俺を好きって言ってくれた。そんな彼女を知りたくなって、付き合おうって思いました。単純且つ明確な返答でしょ?」


「財閥の娘って知っているのにか?」



「勿論知っていましたし、正直不釣合いだって思ったっすよ。でも友達に言われました。『まずは身分を問わずに相手の気持ちを考えろ』と。ぶっちゃけ意識もし始めていましたしね。理由ばかり付けて逃げるのやめて、先輩のこと知ろうと思いまして……今に至ります」



 気恥ずかしい告白をしている自覚はあったけど、全部正直な気持ちだ。

 「鈴理といて楽だろ?」財力的にさ。不意に聞かれた質問に俺は頭上に疑問符を浮かべ、キョトンと相手を見た。


「財力的に、いえ、お付き合いしてもさして生活状況は変わりませんよ。変わったといえば、お弁当がご馳走になったことっすかね。そりゃ携帯電話は借りていますけど、俺がバイトするまでって約束を取り交わしていますし。うーん、先輩に気遣わせている点は否めませんけど。この前のデートだって、私服のことで相当気を遣わせてしまいましたし」


「なんだ、テメェ、鈴理にねだらないのか? 服とか、ゲームとか」


「なんで? ねだる必要あるんっすか?」


 わけが分からない。なんで鈴理先輩におねだりする必要があるのだろうか。家族じゃあるまいし。相手は彼女だろうと他人だぜ? おねだりとか常識的にしないだろう。


「必要ねえ?」


 大雅先輩が首を傾げてくる。


「必要ないというか……そりゃ確かに俺の家は貧乏っすけど、それが恥ずかしいって思ったことありません。先輩に何かしてもらおうと思って付き合っているわけじゃないですし。好意を寄せてくれる先輩を知りたくて、付き合い始めた。それが彼女の隣にいる理由です」


「けど、ねだれば買ってくれるんじゃね?」


「大雅先輩。鈴理先輩は俺のお母さんじゃないんですよ。物をねだるなんて馬鹿みたいじゃないですか」


 うわぁあああ、ショックだ。

 やっぱ貧乏くんがお嬢様と付き合うと、そういう意図があるんじゃないかって疑心を向けられるんだな。周囲にそういう目で見られたりしちゃうんだな。

 不釣合いだけで罵声を浴びせられるならまだしも、これはちときついぞ。


 ズーンと心中で落ち込んでいると、「そうか」お前、そういう風に鈴理を見ているんだな、二階堂先輩がフッと頬を崩してきた。

 

「やーっと安心したぜ。鈴理って性格がめちゃ変わっているからさ。正直、ヒモされちまっているんじゃないかって不安だったんだけど……そうか、あいつの見る目は間違っちゃなかったのか」


「え? なんでそんなこと言うんっすか? 二階堂先輩……先輩の許婚でしょう? 好きなんじゃ?」


「ウゲッ?! 俺があいつを?! ジョーダン抜かせ!」


 悲鳴を上げる二階堂先輩は好きじゃないと即答。


 えー、でもデートした日。

 先輩を必死に追い駆けようとしていたし……俺の指摘に、「そりゃあ」あんな傷付いた顔されたらなぁ、二階堂先輩は頬を掻いて溜息をついた。


「喧嘩ばっかするけど、俺はあいつのこと嫌いじゃない。寧ろ好きだ。おっと悪友としてだぞ。向こうも思っているだろうぜ、俺とは悪友だって。だからー、あー、心配になったんだよ。鈴理が貧乏、じゃね、庶民と付き合い始めたって聞いてさ……先日は悪かったな、変に蔑んで。悪気があったわけじゃない。けどテメェに警戒心が無かったわけじゃねえ。だからあんな態度を取ったんだ」


 なんだよ、この人。

 俺様の肉食系で自分勝手なジコチューかと思いきや、意外とイイ人じゃん。意外とさ。

 

「二階堂先輩って、すっごく友達思いなんっすね。俺こそ、鼻に掛けた嫌味なお金持ちさんって思ってすんませんでした」


「うっわ。この俺をそんな目で見ていたのかよ、お前」


「だって第一印象が悪かったんっすから、しょーがないじゃないっすか。お互い様です」


 自然と漏れる笑声に、不貞腐れていた二階堂先輩もつられて笑声を漏らした。

 ホンット第一印象は良くなかったけど、こうして会話してみるとイイ人だよな。二階堂先輩。変に俺様が入っているような気がするけど、ご愛嬌として受け止めておくことにしよう。


 「先輩とは幼馴染みなんですよね?」「ああ、そうだ」物心付く前から一緒だったんだ、二階堂先輩は顔を顰めながら答えてくれる。

 

「だからお互い、誰にも知られたくない秘密から何から知っているんだ。はぁあ、初対面から許婚とか親同士に紹介されたんだけど、親曰く俺等、初日から大喧嘩したみたいでな」


「えぇええ。まだ物心付いてなかったんですよね?」


「赤ん坊なのに喧嘩したみたいなんだ、俺等」


「それって根本的に」


「馬の骨が合ってなかったんだろうなぁ。俺等」


 赤ん坊の頃がそうだったものだから、物心付いてからはもっと喧嘩が激しくなったそうだ。

 曰く二階堂先輩は鈴理先輩と幼稚園、小学校、中学校ずーっと一緒だったらしいんだけど、殆ど喧嘩しか記憶にないらしい。口を開けば口論ばっかり。何で仲良く出来ないのかと注意を促されれば、必ず言うことは一緒。「こいつが指図するから!」だそうな。


 そりゃあ二階堂先輩は俺様っぽいし、鈴理先輩はあたし様だから、指図するのは好きでもされるのは嫌いだろうな。

 まあ、それでもお互い喧嘩しながらでも仲良くはしてきたらしい、二階堂先輩曰く。

 喧嘩ばっかりする悪友として見てきたものだから、許婚として見ることがどうしてもできないらしい。気の置けない悪友として今日まで過ごしているとか。


「それに俺には……」


 二階堂先輩が口ごもる。

 お? その反応はもしかして別に好きな人が? ブツブツ呪文のように独り言を唱えている先輩を見つめていると、俺の視線に気付いた彼が決まり悪そうに咳払いをした。


「とにかくだ。俺は許婚として幼馴染みとして、……んにゃ腐れ縁? まあ、どっちでもいい。お前がどういう奴か話してみたかっただけなんだ。顔も財力も俺に劣る野郎が鈴理の彼氏だとか聞いて、どういう野郎か気になったんだよ。ありがちな許婚だから恋敵になるとか、嫌がらせをするとか、そんなのは一抹も考えてねぇから。どこぞの嫌味野郎になるつもりは毛頭ねぇぞ」


「(でも初対面は結構な嫌味キャラだったような)そうっすか、じゃあ気兼ねなく仲良くできるんっすね」


 妥当なことを言ったまでなんだけど、先輩はピタッと動きを止めてジトーッと俺を見つめてきた。


「なに? お前、この俺と仲良くしてぇのか?」


 いや、べつにそういうことを言っているわけ……わけだけど、そこまで言うほど友好を深めたいわけじゃない。

 でもどちらかといえば、不仲になるよりかは、廊下で擦れ違う際、お互いに「こんにちは」と爽やかに挨拶が言える良好関係でありたいような気はする。誰だってヤじゃんかよ。不仲とかさ。


「へえ、この俺とねえ?」


 意味深に目を細めてくる二階堂先輩だったけど、次の瞬間ニッと笑って俺の首に腕を絡めてきた。ちょ、苦しい。

「見る目あるじゃねえか、この俺と友好を結びたいとか。しょーがねぇな、べっつ庶民と仲良くするのなんざ嬉しくねぇけど、テメェがそこまで言うならダチになってやってもいいぞ」


 なんでこの人、こんなに喜んでいるんだよ。


「喜べよ。この俺がダチになってやるんだから! そりゃあ俺はテメェよりも、財力はあるし、容姿はいいし、女子にはモテだし、ナニに関しても勝っているけど、だからってダチを作る上限ってのはねぇんだ。寛大だな、俺。金持ちならフツー財力その他諸々で蔑むってのに、俺はダチとして迎え入れてやる。ヤサシーな」


 いえ、寧ろ初対面は思いっきり蔑んでくれましたよね。

 俺は覚えていますよ、ちゃーんと覚えていますよ。苗字に似合わず貧乏とか言っちゃってくれましたよね? 結構根に持つようなこと言ってくれましたよね? 覚えているんですから、俺。

 

「んじゃ早速、昼休み、学食堂で一緒にメシでも食おうぜ。後輩くん」


「え゛? だって、二階堂先輩……昼休みは鈴理先輩が突撃してくるから……って」


「バッカ。そりゃあいつに邪魔されないようお前とサシで話したかっただけであって、メシとこれは別物だっつーの。テメェからダチになりたいって言ってきたんだ。俺の誘いを断る理由なんてねぇよな? てか、俺が誘っているんだ。断る意味なんざねぇだろ?」


 ……もしかしてもしかしなくとも、俺は非常に厄介且つデンジャラスな人と繋がりを持ったのではないだろうか。


 さっきまで鈴理先輩思いの優しいオトモダチだとか思っていたんだけれど、気のせいだったのかもしれない。


 実はこの人、オトモダチが少ないんじゃないか? いないとまでは言わないさ。

 だって鈴理先輩のことを悪友と呼んでいたんだ。悪友でも一応友達として頭数に入れておく。だからオトモダチがいないわけじゃないんだろう。


 ただ……この性格だと、オトモダチが出来やすいとは間違ったって言えないような。

 

「うっし。じゃあ、俺はこれから授業に行くから、昼休みになったら即俺の教室に来いよ。いいな?」


「え、でも俺……昼休みは鈴理先輩」


「待っているぜ。遅れたら扱くからな」


 言うや否や、さっさと立ち上がって駆け足で教室に向かい始める二階堂先輩。


 なんてこったい。

 俺を此処まで拉致った上に、言いたいことだけ言って、オトモダチになったんだから俺の言うこと聞けムードを醸し出した挙句、昼休みに一緒にメシを食べる羽目になるなんて。


 しかも授業に出るんっすんね。

 俺、あんなに授業に出たいと言って、結局はサボらせる方向に持っていったのに。


 俺だって今から授業に出れば、遅刻扱いでなんとかなるだろうけど、見てみろこの格好。体操着のままだぞ。


 いいか、着替えるには教室が必要で。

 着替える場所は教室番号、奇数が男、偶数が女と振り分けられているんだけど……もう授業中。着替えられないぞ。着替えは教室の中だし。



 あーあ、こそこそと着替えを取りに戻るのも、非常に気まずい。



「どうしろってんだよ。これからの時間っ、ああもうっ」



 ヒトコトに尽きる。

 さすがは鈴理先輩の幼馴染み、なんて身勝手な人なんだ!

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