11.初おでーと物語(その4)



 □



 百貨店を飛び出した鈴理先輩を追うために、街道を突き進む。

 未だに走る彼女を捕まえることはとても難しい。あの足の速さには感服するよ。逃げ足の速い俺を捕まえるだけあるよな。


「先輩、止まって下さい!」


 俺の呼び掛けを総無視する鈴理先輩は、淡々と歩道橋を上り始めた。


 ゲッ、ちょ、ちょっと待って下さいっすっ!


 おおぉおお俺、歩道橋は不味いんだけどっ、だって俺、極度のっ、極度の高所恐怖症! せ、先輩も知っているでしょう! 下では自動車達が走っているとかっ、激怖!

 ああぁああっ、でも今の先輩は頭に血が上っているようで、歩道橋の階段を上り切っている。


 躊躇いを見せていたら見失ってしまう。目を瞑って段を上りきると、火事場のなんちゃらで先輩の背を追い、やっとの思いであたし様を捕まえることに成功する。


 「放せ」腕を振る彼女に、「嫌っす!」全力で拒絶。それでも手を振ろうとするものだから、俺は声音を張った。



「手放さないって言ったのは先輩じゃないっすか! だったら、ちゃんと手を握っておいて下さいよ! 俺は貴方の本気を誰より知っていますから!」



 鈴理先輩の動きは止まり、目を瞠ってくる。「そうでしょう?」俺は同意を求めた。



「こんな男を襲ってはキスをして、キスをしては好きだと言ってくれて。本気だと認めざるを得ないじゃないっすか。知っています、貴方の本気。そして俺が金目当てで先輩とお付き合いしているわけじゃないと、先輩は知ってくれている。それで俺は十分です。二階堂先輩にあんなことを言われた時は、ほんと、焦っちゃいましたけど……周囲に浮気心を持つなと言われましたしね。俺は貴方を信じますから」



「……空」


「さっきの告白も焦っちゃいました。顔から火が出るかと思いましたよ」



 おどけると、鈴理先輩の強張った表情が崩れる。


「悪かったな。少し取り乱してしまった」


 彼女が真摯に詫びてきた。俺の手を握り返し、もう放さないとはにかんでくる。それは良かった、俺は相槌を打ち、彼女と同じ顔をしたまま、体をぶるぶると振動させる。


 「空?」訝しげに顔を覗き込んで来る彼女に、「お、お願いが」半べそで懇願。



「追ってきてなんっすけど……場所変えてもらっていいっすか。吐きそうっす」



 体から冷汗、脂汗、何汗がドッと滲み出てきた。先輩、すんません、本気で無理っす。泣きたいくらい無理っす!


「た、高い……」


 恐怖のあまりにぼろっと一粒の涙を零してしまう。高所恐怖症を舐めるなよ。普通に怖いんじゃボケェ! トラウマがあるんじゃい! 男の意地で上ってはみたけど、やっぱ怖い、高い、こわたかい!



 グズグズと高所に嘆く俺を目にした鈴理先輩が、大慌てでハンカチを取り出し、顔を拭ってくれる。

 せっかく格好良い姿を見せられたと思ったのに、これは残念過ぎる。手を引いてもらって階段を一緒に下りてもらう姿、最高に情けない。このヘタレ受け男!



 俺の気を落ち着かせるために、鈴理先輩が代々木公園まで先導してくれた。


 此処は本当に大きい公園で、中央広場を筆頭に、陸上競技場やサッカー場、サイクリングコースなどといった施設が充実している。


 生い茂る草木は青々として、都会で疲労している訪問者の心を癒してくれる。水景施設に設置されているベンチに腰掛ける頃には、俺の気もすっかり落ち着いた。

 並行して、内心べっこべこにへこんでしまう。高所恐怖症でまた泣いちまった。情けねぇ。男を見せる場面で、泣くとかどんだけ残念だよ。まーじ俺じゃ彼女のヒーローにはなれないよな。

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