10.初おでーと物語(その3)




 □



 楽しくも愉快、時々ハラハラドキドキな昼飯を堪能した俺は先輩と一緒にパスタ店を後にして再び百貨店内をぶらぶらっと歩いていた。

 太っ腹に彼女に奢ることもできたし、腹ごしらえも済んだことだ(結局パスタは全部平らげちまった)、次は何処に………うん、ごめんなさい。


 俺は嘘をつきました。どこら辺から嘘をついたかというと、パスタ店を後にした辺りから。

 パスタ店に出るや否や、彼女は俺の腕をガッチリホールド。ぐわっしぐわっしと足音を立てながら、ズルズルと俺を引き摺って何処かへ向かい始めたんだ。焦って何処に行くのかと聞いたら、先輩、ニッタァと口角をつり上げてヒトコト。


「空が周囲の目を気にしたものだからな、行く所は一つ」


 先ほどとは違う、ブランドファッション店に入った先輩は俺を置いて、服の入った棚を覗き込み始めた。置いてけぼりを食らい、どうすれば良いか分からずおとなしく彼女の様子を見ていると、彼女はレディース用のワイシャツにネクタイ、ミニスカートを選んでクレジット払いで購入(高校生でクレジットカード?)。店員さんにここで着たいことを告げ、試着室へ飛び込んだ。


 そして俺の下に戻って来た彼女の姿は、超ボーイッシュでカジュアル系から一変。学生に近い服装となった、似合うには似合うけど、さっきの方が大人っぽかったし格好良かった。それなのに彼女はわざわざ服を買って着替えてしまった。


「これでお揃いだろう?」


 先輩は満面の笑顔で浮かべる。わざわざ俺のために着替えてくれたあたし様。

 俺が周囲の声や目を気にしちまったもんだから……しかも俺の性格を理解しているのか、服を与えるんじゃなくて(与えるとか同情されているようで腹立つしな)、自分が合わせる選択肢を選んでくれた。


 嬉しいような、申し訳ないような。ちょっと途方に暮れたような気持ちを抱くけれど、彼女は気にせずに「お似合いのカップルだな」


 笑みを返し、「先輩はなんでも似合うっすね」敢えて服を着替えた話題に触れず、服装を褒めた。申し訳ない気持ちにもなるけど、気に病んでいたら気遣ってくれた先輩を落ち込ませるかもしれない。


 いや、彼女はお似合いのカップルと言われたいんだ。だから着替えてくれたんだ。


「じゃあ、今度はお似合いになるように俺の服の買い物に付き合って下さいね」


 俺の態度は彼女を無意識に傷付けていたに違いない。お似合いと言われる努力もしていないくせに微々たることで気にするなんて、俺も器がちっちゃいな。


「もちろんだ。あんたはあたしのものなのだから、釣り合わないわけがないのだよ」


 一喜一憂する彼女が本当に可愛いと思うようになってきてしまった。おかしいな、彼女は俺とは対照的な性格をした雄々しい性格の持ち主。獰猛な肉食系お嬢様なのに。変わった嗜好の女の子なのに。

 そんな彼女をもっと喜ばせたくて、俺は柄にもなく言ってしまう。


「なら幸せな彼氏、いえカノジョっすね。俺」


「……据え膳食わぬは女の恥なのだよ」


 目を据わらせたあたし様に危うく店内で襲われかけたのは余談にしておく。言わなきゃ良かった!



 店を出た後は、服のお礼として彼女の我儘に付き合い、アイスクリームを食べに地下売り場に向かう。

 鈴理先輩は大のチョコミントアイス好きで、カップ指定の三段重ねアイスをどちらともそれにしていた。舌を巻く光景だったけれど、彼女はとても幸せそうだったからよしとしよう。


 俺のストロベリーアイスを狙っているあたし様が「食べさせろ」とご命令してきたから、スプーンで掬いおすそ分け。ご満悦に自分のアイスを俺に食べさせ、傍から見れば本当にらぶらぶしているだけのカップルに成り下がる。


 けれど本人達は楽しかった。


 いいじゃんか、お初でーとくらい、有意義に過ごしたって。


 学院ではできないような糖分多めなことをしたって罰は当たらないと思う。


 デートなんだ。お嬢様と平民じゃ価値観も違うし、所持金や嗜好もまるっきり違うけれど、和気藹々デートを楽しみたい気持ちは一緒。いつしか彼女と釣り合うかな、という考えも忘れ、俺は存分に先輩との時間を楽しんだ。


「た、隊長。我々はいつ、二人に突撃するんですか。デガバメつらいんですけど!」


「もう少し待て。豊福空がトイレで席を立った時を狙うのだ。ひとりになったところを皆で襲う。これでいこう。作戦C『彼氏がいつまでも帰って来ない激おこ!』だ」


 ……何か声が聞こえたような気がするけど、ま、いっか。



「ッハ、噂は本当だったのか。鈴理」



 アイスクリーム屋を出て、歩きながら次は何処へ行こうかと話し合っていた最中のこと。

 蔑むような、呆れたようなハスキーボイスが俺達の背中に投げつけられた。鈴理先輩の名前を紡いだ声の主を目で探すために首を動かす。


 なにぶん休日で賑わう百貨店は人が多い。

 声の主を探すのは一苦労するだろう、と、思ったのだけれど一般市民とは明らかに違うオーラを醸し出す美形男が数十メートル先で腰を手に当てていた。な、何、あの美形男っ。背景に薔薇が咲きそうなほど美形なんだけど。なんっつーか容姿端麗で、鼻筋がすーっと通っているんだ。


 しかも、うちの学校と同じ制服を身に纏っている。ネームプレートカラーで先輩の同級生なのかな、とおおよその判断はつく。


 ついでと言っちゃなんだけど、見るからに金持ちそう。そういうニオイっつーのか、プンプン漂ってくる。俺と同族じゃないことだけは確かだ。


 鈴理先輩も美形男を見つける。

 一瞥するや、「空。今度は雑貨を見よう」完全に相手を無視。俺の手を引いて、せかせかと歩く。

 先輩、そこで無視っすか。無視するような方なんっすか?! じゃ、じゃあ俺もスルーした方が……うん、良くないっすよね。向こうの眼光の強さからして。


 さっさと歩く彼女を止めるべく美形男、あー、Aさんと仮名をつけよう。Aさんが俺達の前に回って鼻を鳴らす。


「庶民と付き合い始めたと聞いたが、本当に庶民と付き合っているなんてな。アタマ大丈夫か? 容姿も取り得も財力もなさそうな奴だが」


 心を抉る三拍子を揃えなくてもいいじゃないか! 俺だって気にしているんだから! ……別に貧乏が恥ずかしいとか、微塵も思ってないけどさ。

 Aさんの発言に片眉をつり上げた鈴理先輩は、「あんたには関係ないだろう」喧嘩口調で突っ返す。


「あたしの意中をあーだこーだ言う権利など、あんたにないだろ。ったく、相変わらず小さいことでグチグチ言う男だ。ケツの穴も小さいんじゃないか? 掘られてしまえ」


 なっ……せ、先輩、なんて品のないことを! 仮にも貴方様はお嬢様ですよ! 身分を抜かしても貴方様っ、女の子ですよ! ……ほ、掘られてしまえって。深い意味は考えないようにするっすけど。


「フン、相変わらず性格的に可愛くねぇ女オトコめ。姉妹たちとは大違いだな」


 相手はあたし様の毒舌に慣れているようだ。平然と毒を返している。


「姉妹は姉妹。あたしはあたしだ。ヘタレ男」


「だあれがヘタレだ。泣かすぞ。ああ違った、鳴かすだったな」


「ほぉー。あたしを鳴かせる? たわけたことを言ってくれる。あたしがあんたを鳴かすなら分かるけどな。ま、あんたを鳴かすなんてごめんだ。あんたの喘ぎ声を聞いて、誰が喜ぶ?」


「全国の女性たちじゃねえの?」


「ははっ、自意識過剰にもほどがある発言だな」


 ………ついていけねぇ、この、お下品な会話。完全に俺は蚊帳の外に放り出されたよ。


 唖然としてやり取りを見つめていた俺は、さて、どうやって輪に入ろうかと思案を巡らせる。輪に入りたいわけじゃないけれど(寧ろ品のない輪に入りたくないけど)、このまま放置プレイされるのも些か辛い。先輩を罵っているAさんのお名前くらい知りたいしさ。流れからしていただの同級生ではなさそうだし。

 いざ口を開かんと唇を微かに動かした直後、「お前が豊福か」Aさんに名指しされた。向こうは俺のことをご存知の様子。


「苗字のわりに、財力のない庶民とは聞いていたが……見るからにだな」


「…………褒めてくれてどもっす」


 なに? 貴方様は豊福って苗字を馬鹿にしているのか?

 内心でムカッとする俺は、「この方誰ですか?」先輩に質問を投げ掛ける。フンッ、鼻を鳴らして先輩は答えてくれた。



「こいつは二階堂財閥の次男坊。二階堂にかいどう 大雅たいがだ。一応、あたしの幼馴染みで同年だ。いや腐れ縁というべき男かな。自称肉食系男子らしいが、あたしから見たらヘタレでケツの穴が小さい男だとしか思えない。しっかも……あたしに指図ばかりしてくるという。大体このあたしに指図、だと? あんたみたいな似非俺様キャラなんぞ、需要なんてないんだからな! 需要者がいたら、そいつの顔を拝んでみたいものだ。いいか、俺様キャラがリアルにいたらウザイだけなんだぞ! 態度がでかいというか、ジコチューというか、えらそうというか。ケータイ小説で俺様が流行っているからって、リアルワールドがお前のような俺様を欲していると思うなよ! 阿呆め!」



 捲くし立てるように二階堂先輩に意見する鈴理先輩は言ってやってぜ、みたいな清々しい顔を浮かべた。


 あっれー。あたし様も同じなんじゃ……だってあたし様は俺様の女版。うん、きっとツッコんじゃいけないんだろうな。俺は何も触れない、触れないぞ。


 散々な自己紹介をされた二階堂先輩は軽くこめかみに青筋を立てて、呻き声を上げた。


「仮にも表向き上は許婚だろうが」


 もう少し、まともな紹介は無いのかと舌を鳴らす。ポカーンとして聞いていた俺だけど間をたっぷり置いて、鈴理先輩と二階堂先輩を見やり、「許婚?」いやーな現実にドッと冷汗。

 ちょ、待て待てまて、許婚って双方の親の計らいで婚約が成立した組を指すんだよな。ということは、この二人って、えぇぇえええ。


「せ、先輩。許婚いたんっすかっ。目の前の方っ、許婚なんっすか⁈」


 驚きかえる俺の質問に、ちょっと決まり悪そうな顔を作って先輩は肯定。

 「親が決めた許婚だがな」更に補足するために、彼女は腕を組んで相手を睨んだ。


「許婚と言っても、あたしと大雅は一切認めていない。これは幼少から変わりないことでな……昔からあたしとこいつは仲が悪い。夫婦にでもなったら、即離婚届を出しそうなくらいな」


「お前を娶った日には、俺自身の人生が終わる。ああ終わっちまうっつーの。鈴理はいっつも俺に指図しやがるし」


 お互いがお互いに指図をされる事がおキライらしい。

 俺からしてみれば、どっこいどっこいな性格をしていると思っているんだけど……あれか、同属嫌悪って奴か――だけど許婚がいるってことは、やっぱり親としては財力のある同士でお付き合いして欲しいって気持ちがあるんだろうな。

 財閥を後世に語り継がせていくために、少しでも財力のある財閥と付き合わせる。庶民の俺には奇想天外摩訶不思議な世界だけど、許婚ってだけで手前の身の程をたっぷり突きつけられた気分。俺達、本当にお付き合いしても大丈夫なんだろうか?


 不安を募らせる俺の腰がグイッと引かれたのはこの直後のこと。


 「なっ!」驚く俺を余所に、「そんな顔をするな」思わず襲いたくなるだろ、間違った慰めを掛けてくれる先輩は爛々と目を輝かせて見つめてきた。


「大丈夫だ、空。あたしはあんたしか見えていない。今、不安か? 不安にさせたか? 不安にさせたよな? なら、詫びとして一晩ゆーっくり不安を取り除いてやる。安心しろ、あたしが撒いた種だ。一晩と言わず、二晩でも三晩でも不安を取り除いてやるから、な?」


「わぁあ先輩、そんな甘い声で囁かれると……っ、めっちゃくちゃ身の危険を感じるっす! 現に今、俺の腰をお触りお触りしていたでしょ!」


「空の腰は触り甲斐があるからな。ついつい、なっ!」



 世界が半回転。


 膝かっくんをされた俺のバランスが崩れて、後ろに重心が傾く。

 サッと先輩が片手を背中に回してくれたから、床に激突することはなくなったけど、こ、この格好は。図体のでかい馬鹿後輩が、背の低い美人先輩に支えられているという、あらら、よく恋愛ドラマでありそうなワンシーン。


 普通だったら俺が先輩を支えるであろう場面なのに……チクショウ、こんなところにまできて、おにゃのこのポジションかよ俺!


 男としての自尊心がズッタズタになりそうなんだけど! いやもう、半分くらいはズッタズタだけど! 今に始まったことじゃないけど、嗚呼、カッコワルイぞ俺。


 とにかくこの体勢をどうにかしないとっ……周囲の白眼視が飛んできそうでとんでき「空」満目一杯に広がる先輩の綻びに俺の動きが止まった。



「悪いな空。あんたが不安を抱いても、あたしは簡単にあんたを手放せそうに無いんだ」



 微かに先輩の瞳に宿る光が濁った気がした。

 もしかして俺は、ちょっとだけ先輩の脆い部分に触れているのかも。そんな悲しそうな顔して欲しくない。

 重力に従って垂れ下がる先輩の髪が俺の顔を擽ってくる。瞬いた後、俺は微笑を返し「すみません」詫びを口にして目尻を下げた。


「さっきから俺、身分のことで先輩を気遣わせてばっかりっすね。服のこともそうですし、今のことだって。すみません。俺、大丈夫っす。だって俺は自分で決めて先輩の傍にいるって決めたんっすから。そりゃ身分のことで、うーんって悩むこともありますけど結構勉強にもなるんっすよ。逆に俺が教えてあげられることだってあると思いますっす」


「――そうか、そう言ってもらえると嬉しい」


 一変して曇りない笑みを浮かべてくる先輩に俺は嬉しくなった。

 鈴理先輩、俺のことを気遣ってくれる一方で、俺と同じように不安を抱いていたのかもな。庶民の俺が財閥の娘と肩を並べることに窮屈な思いをするんじゃないかって。周囲の目を気にする俺を見て、悲しい思いをしていたのかもしれない。

 嗚呼、そうだよな俺だけじゃないんだよな。俺は財閥の娘と付き合っているし、先輩は庶民の小僧と付き合っているんだ。身分その他諸々で抱く不安はお互い様なんだよな。


「……お前等、恥ずかしい奴だな」 


 不意に聞こえる第三者の呆れ声で、先輩を見つめていた俺は我に返る。

 俺は今、どんな体勢をしているんだっけ。此処はどこだっけ。二階堂先輩がいること忘れていたよーなー。なかったよーなー。一気に羞恥心がッ、アアアアアアアッ、駄目だ、死にたい! 今のなしっ、ナシナシナシナーシ!


「失礼します!」


 俺は身を捩って先輩の手から逃れると、ベタンと尻餅をついたことなんてなんのその。


 ふらふらっと壁に歩むとそこに手を置いて、ドーンと落ち込んだ。頭上に雨を降らせて落ち込んだ。


 いやだってよ、俺、小っ恥ずかしい体勢のまま、先輩にガチ告白しているんだぜ? しかも二階堂先輩がいる前で。

 せめて体勢くらいっ、体勢くらいはさっ……慣れちまった? おにゃのこポジション。受け身deイケイケゴーゴーポジション、慣れちまったのか……くそうっ、やっぱ、モロッコで性転換か。


 ううっ、俺を此処まで育ててくれた父さん、母さん。息子が突然娘になっても子供だって言ってくれますか?


 トントントンっと壁を指で突っつきながら、俺は盛大に溜息と唸り声を上げた。


 一人称をいっそのこと“私”にでもしてみようか。

 それとも“僕”にして小動物系可愛い僕キャラを演じ……童顔じゃないしな。普通顔の凡人BOYだし。

 それにさ、俺がそんな女子の心を射止めるような小動物系可愛い僕っ子男の娘っ子キャラを演じても、ぶっちゃけキモイだけだろ。ナニ? 俺、潤んだ瞳で「センパイ。僕、甘い物食べたいな」とか言うのか? 先輩に向かって? ~~~そんな俺キモイっ、ああっ、キモ過ぎる!



 ついでにンなことしたら、変な勘違いを起こした先輩に、お持ち帰りされちまいそうじゃないか! 攻め顔で「なるほど。その目は誘っているのだな」とか言われてテイクアウトさッ……バッカァアアア! 立場上、テイクアウトするのは俺だろ! なんの心配しているんだよ、俺! テイクアウトうんぬんかんぬんで悩むとか、俺は乙女かよ! 俺の場合は乙男おとお? いや、これじゃあ単なる乙男おつおとこだろ。乙だ俺。



 「俺のお馬鹿」ズーンとその場に両膝をついて落ち込む。


 嗚呼もう、この場から消えてしまいたい、切に。生きていてごめんなさいな気分だ、切に。男になりたい、切に。


「まったく、空は照れ屋だな。あんなところで赤面しているなんて。堂々とラブイチャができない奴なんだ、あたしの所有物は」


「……俺様の目には羞恥のあまり爆死したくなっているようにしか見えねぇけどな。鈴理、あのオトコのナニが良いんだ?」


「むっ、あたしのオトコを軽んじる発言は慎め。先程から空にして無礼だぞ。第一あんた、なんで此処にいるんだ?」


「親父の付き合いで此処のデパ地下を視察しにな。二階堂財閥は此処のデパ地下に融資しているからな。ったく、てめぇの彼氏がどんなものかを見に来たが」


「襲いたくなるだろう?」


「……いや、俺は男を見て興奮するタチじゃねえって。鈴理、てめぇが思っている以上に交際はスキャンダルだ。仮にも竹之内財閥の三女だろうが。なんで、そんな男と付き合っているんだよ」


 落ち込んでいる俺の余所で、先輩方が濃厚そうな話を繰り広げている。

 二階堂先輩は肩を竦めて、「続かないんじゃねえの?」俺と鈴理先輩の関係をズバッと指摘。財閥の娘と庶民じゃ前途多難は一目瞭然だし、実情、表向き自分と許婚なのだ。両親の耳に入ればどうなることか。


 「ナニよりも」フッと意地の悪い笑みを浮かべて、二階堂先輩はあくどく言った。


「財閥は財力が要だ。噂じゃそいつ、庶民の中でも財力が低位だそうじゃないか。ナニ、ヒモ男なのか? そいつ」


 衝撃が走った。だ、誰がヒモっ、誰がヒモだよ!


「ほおっ。つまり、空があたしの金目当てで付き合っているとでも?」


 「普通そう思うだろう」ハッ鼻で笑い肩を竦める二階堂先輩に、「なるほどな」そういう考え方もできなくはない、鈴理先輩は一つ頷いた。

 え、いや、俺はそういうつもりまったく……。


「ならば、今すぐ竹之内の名を捨ててやる。そうすれば、あんたの意見は覆り、空もそのような目で見られなくなるだろう。あんたも変人許嫁がいなくなって万々歳さ」


 「は?」「へ?」大雅先輩と俺の声が揃う。鈴理先輩、何を言って。



「財閥の令嬢だから、そのように思われるのだろう? 財閥の令嬢だから、空に気を遣わせてしまう。だったらあたしはいらない、令嬢の地位などいらない。あたしはな大雅、空に一年も片思いをしてきたんだ。ようやく結ばれる機会が手に入ったのに令嬢の地位が邪魔しているのならば、あたしはここで投げ捨ててやる。あたしはっ、あたしはっ、本気で空が大好きなのだ――!!」



 周囲を轟かせる声音。

 通行人たちが立ち止まり、野次馬と化す。大雅先輩は石化し、俺は赤面。肩で息をする鈴理先輩は感情のまま顔を紅潮させ、悔しそうに下唇を噛みしめる。


「どうせあたしは姉妹と違って期待されていないんだ。どのような男と付き合っても、両親は何も言わないだろうさ。あんたとも親同士が決めた許婚。本気になれば白紙にすることなんて、明日にでも可能だろう」


 ……先輩、なんでそんな寂しそうな顔。あ、ちょっと!


「先輩、待ってください!」


 昂ぶった感情を暴走させているのか、鈴理先輩が駆け出した。慌ててその背を追うために、俺も磨かれた床を蹴る。更にその後ろを大雅先輩が追っているようだ。


「待てって鈴理! 誰もそこまで言ってねぇだろう! 待ちやがれ!」


 どこかしら焦燥感を滲ませた声。彼なりに言い過ぎたと罪悪を感じているようだ。

 けれど、大雅先輩は通行人と衝突。ド派手に転倒し、俺達の後を追う事が困難になった。なんだかタイミング良く衝突事故を起こしてくれたな、悪いとは思いつつ通行人達には感謝をした。今の彼女は俺に任せておいて欲しい。否、俺が彼女を追い駆けたい。




「アイテテッ。くそ、相変わらず可愛げのねぇ女。べっつ……あそこまで言ってねぇっつーの。俺様なりに心配して、だな」


 ブツブツと文句垂れている大雅は、なんでタイミング良く通行人とぶつかってしまうのだと舌打ちを鳴らした。


 一方で、大雅と衝突事故を起こした、いや、わざと起こした通行人二人組は内心で溜息。


「(隊長。これはこれで切ないような気がします。ある意味あの二人の仲を応援しているような)」


「(仕方が無いだろう。豊福空よりも、二階堂大雅の方が鈴理くんの敵だと思ってしまったのだから!)」


 というか我がアイドルに許婚がいたなんてっ。嗚呼、アイドルに彼氏、許婚、なんてこったいな気分である。某見守り隊の親衛隊隊長と副隊長は、知らず知らず深い溜息をついた。


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