08.初おでーと物語(その1)



 

 □ ■ □



 世の中のカップルの皆様方は初デートをどう過ごすんだろうな。


 やっぱり無難に映画館に行ったりして和気藹々と平穏に時間を過ごしたりするんだろうけど……俺等の場合、普通のカップルとはちょい違う種類。なにせ肉食系女子と草食系男子、攻め女と受け男と称された(というか先輩が称している)カップル。


「だから空。あたしが空の腕に絡んでベッタリ歩くでは、あたしが面白くないではないか。空がしろ。さあ早く」


「だから先輩。身長的にも立場的にも俺が先輩の腕に絡んでベッタリ歩く、じゃあ目に毒なんっすよ。ここは無難に手を繋ぐ、でどうっすか?」


「あたしのカノジョではないか!」


「彼氏っ、先輩、俺は彼氏!」


 ヒヨコのように唇を尖らせ、脹れ面を作る鈴理先輩はしっかり俺の手を握って不満を漏らす。「空はカノジョなのに」ぶつくさと文句垂れ、恋愛ケータイ小説では可愛い彼女が彼氏の腕に絡んでいる場面があるのだと俺に説教をしてくる。


 またケータイ小説っすか。心中で溜息をついて手を握り返した。先輩はどんだけ俺に女の子を強いたいのだろう。男の俺がしてもアンバランスな光景だろうに。普通のカップルにはなりきれないよな、俺等って。


 取り敢えず、形だけ普通のカップルと同じようなことをしながら、俺は先輩と街道を歩く。

 今から俺達が行く場所は百貨店。そこならショッピングも食事もできるだろうと結論が出たんだ。


 山手線を使って渋谷駅を目指し、そこから徒歩で目的地に向かう。渋谷に決まったのは鈴理先輩のご要望があったからだ。どうやら彼女は一帯を網羅しているらしく、あそこは自分の庭のようなものだから案内役を買うと申し出た。


 俺は仕切りたがるあたし様に主導権を譲り、彼女とぶらりぶらり都心の街を進む。さすがは若者の街で都心、右も左も人でごった返している。待ち合わせとして人気のハチ公像前には人間が群がっていた。観光客もいるようだ。人気スポットの一つだよな。


 人とぶつからないように注意を払いながら、鈴理先輩と肩を並べる。


「休日だから人が多いっすね」


「まったくだな。右も左もヒト、ヒト、ヒト。目が回りそうだ! 普段、自家用車で移動している分、このような光景は新鮮且つ慣れないものだ。こんなにも人間がいるのだから、あたし達のような攻め受け逆転カップルがいても良いと思うのだが」


 思考はいつだって逆転カップルなんっすね。

 微苦笑を零していると、「ドキドキするな」先輩が不意にこんなことを告げてきた。目を丸くする俺に緊張しているのかと質問を投げれば、当たり前じゃないかと彼女。


「好きな奴とデートなのだ。緊張しないわけないのだよ」


 柔和に綻ぶ先輩から視線をそらし、空いた手でぶっきら棒に後頭部を掻く。今のは反則だ。



 百貨店に入ると、そこも人でごみごみ。ごみごみ。ごみごみ。


 先輩の言葉を借りるなら目が回りそうだった。

 ブランド店であろう化粧品店や鞄や財布が置いてある雑貨店を通り過ぎ、エスカレータで上の階へ。


 昼時だから先に食事を済ませようか、と話していたのだけれど、あまりの人の多さに後回しとなった。

 時間帯をずらしてゆっくり食事をしたいもんな。早速行くあてがなくなったのだけれど、案内役を買って出ていたあたし様は俺を引き連れて一件の服屋へ。


 ブランドくさいファッション店内でメンズ服を漁り始めた鈴理先輩は、手当たり次第に手に取って俺に当てていく。

 彼女はきっと釣り合うかどうかを気にする俺の心情を察したのだろう。


「空は暖色が似合うな」


 ワイシャツに淡い黄色のカーディガン。ネクタイを締めて、ご満悦に服をコーディネートしていく。似合うと連呼するあたし様が試着室の姿見を指さし、自慢のカノジョだと鼻高々に笑った。


 カノジョじゃなくて彼氏なのだけれど。


 俺の訂正も耳に入らないのか、鈴理先輩は今度服を買う時は自分を呼ぶよう命じた。誰よりもお洒落にしてやるとあたし様、「こうして並ぶとあたし達はすこぶるお似合いだな」とても釣り合っていると俺に態度で示した。


 着せ替え人形にされた後は、大手の書店に向かい、彼女から恋愛小説を読むよう勧められる。


「ケータイ小説でもいいし、純文学でもいい。とにかく恋愛小説を読め。漫画でもいい。カノジョとして知識を得ておくのだ!」


「か、カノジョとしての知識っすか」


「そうだ。例えば、そうだな……あの恋愛漫画とかお勧めだぞ」


 高い本棚に手をのばし、ぷるぷるとつま先立ちをする鈴理先輩が一生懸命に漫画を取ろうとする。

 手伝うために後ろから彼女の欲しい本を取って、相手に差し出してやれば、彼女にめちゃめちゃ怒られた。曰く、彼氏が彼女の本を取ってやる場面は恋愛では定番らしい。


「あたしより身長が高いなど言語道断なのだよ!」


 地団太を踏んで悔しがる彼女は俺に縮めと無茶ぶりな命令をよこしてくる。

 それは無理なので、俺は近場から本棚を取るための台を運び、彼女の前に置く。


「これに乗れば身長が高くなりますよ


 そっと台を指さす。


「あたしがそれで喜ぶとでも?」


 腕を組むあたし様が不貞腐れたまま台に飛び乗る。思いのほか喜ばれたようで、空を見下ろせると彼女は子供のように喜んだ。単純なお嬢様である。


「あ、先輩。ウサギさんっすよ」


 横切ろうとした動物ショップでガラスケースに入っている耳を垂らしたウサギを見つけ、先輩を呼ぶ。好奇心を宿した目でウサギを見つめるあたし様は可愛いと頬を崩した。それに同意してやると、彼女は自分のようだと意味深長に呟く。

 容姿のことを言っているのかと思いきや「ウサギは万年発情期らしい。あたしのようではないか」とのこと。唖然とする俺の鼻先に口づけして、「な?」小悪魔に首を傾げてくる。赤面したのは直後のこと。俺達のやり取りを不思議そうにウサギが見つめていた。



 こうして初デートを大いに楽しんでいた俺と鈴理先輩は、そろそろ時間も良い頃だろうと飲食フロアがある最上階までエレベータでのぼった。幸いなことにこのエレベータは外の景色が見えない。高所恐怖症でも普通に乗り込むことができた。



 そういえば行く先々で、やけに大声で話し込む客たちがいたけれど……あれは何だったのだろう? 俺達にはまったく耳に入らなかったけどさ。



 昼食はパスタになった。

 鈴理先輩お勧めのパスタ店があるらしく、好き嫌いのない俺も異論はなかった。


「ごゆっくりどうぞ」


 案内してくれた若い女店員さんに会釈し、テーブルに置かれたお冷に手を伸ばす。百貨店内を歩き回っているだけなのに、足が疲れたな。人が多いせいかも。


「さ、空。飯を決めよう」


 鈴理先輩にメニューを手渡されて、俺は早速中を開く。

 パスタ、イタリア料理に用いるめん類のこと。イタリア料理からきているだけあって“パスタ”という名前の響きを聞くだけでも、何だかお洒落だなぁ……と感じるのは俺だけだろうか。ついでに店内もお洒落だ。


 見渡す限り、西洋を意識した室内模様。

 日本人が西洋に憧れを抱いていることを主張しているかのような、モダンなテーブルに椅子、天井にはクルクルとプロペラ(シーリングファンって名前らしい。先輩に教えてもらった)。レンガ壁に、ワックスの利いたフローリング。


 下に目を落とせば照明の光が、フローリングの表面に当たって反射している。


 まあ、何が言いたいかっていうと、それだけ入ったパスタ屋がお洒落店だってことだ。


 そいでもってお洒落な格好をしていない、服装KYな俺にとっちゃ……ちょい居心地の悪いところでもある。先輩に気を遣わせるから表情には出さないけど、お洒落な格好をしている先輩に対して、俺……ほんっと服装に関しちゃ残念だよな。先輩と比べたら、容姿も残念だけど。


(選んでくれた服は自分で言うのもなんだけど、似合っていたよな。バイトし始めたら服を買いたいな)


 メニューに目を通す。ボロネーゼ、ナポリタン、カルボナーラ、ペペロンチーノ。見事にカタカナばっか。スパゲッティなんてミートソースしか食ったことないんだけど。

 しかも此処ではミートソースをボロネーゼと呼ぶらしい。大層お洒落な名前だな、おい。どれを選んでいいか分からず困惑する俺に、「決まったか?」向かい側に腰掛けている先輩が声を掛けてきた。素直に返答する。


「先輩、見たこともない単語ばっかりでよく分からないっす。先輩は何にしたんですか?」


「あたしはヴォンゴレ・ロッソだ」


「……ろっそ? っすか?」


「ああ、ヴォンゴレ・ロッソだ」


 おかしい、先輩と俺の間で文化の違いを感じる。同じ国・地域・場所に立っていて、尚且つ、お互いに日本語ぺらぺらなジャパニーズな筈なのに、何故に文化の違いを感じるのだろう。俺と先輩の間には異文化が顕在している。


 見事に固まっちまった俺だけど、「じゃあ先輩と一緒にします」これ以上待たすのも悪いから、同じものを頼むことにした。見慣れないカタカナを見るのもヤだったしな。


 こうして俺は先輩と同じものを注文。よく分からないヴォンゴレ・ロッソというパスタを頼んで、やることないから手持ち無沙汰になる。おっとデート中なわけだから手持ち無沙汰は失礼な表現だよな。しっかりとデートを満喫しなければ! 人生初のおでーとだぞ、おでーと。


「あ、そうそう」


 話題を見つけ、俺は先輩から借りている携帯を取り出して画面を開いた。


「先輩。俺、どうにか写メの撮り方が分かったんっすよ。保存もできるようになりましたし」


「何を撮ったんだ? ……まさか女などとケッタイなことを言うわけじゃなかろうな? まあそれも良かろう、仕置きの対象になるだけなのだからな!」


 なんでそーなるんっすか。


「違いますよ」


 怖い顔を作る先輩に全力で否定して見せた後、空(俺じゃなくて青空の空な)を撮ったのだと主張。現代っ子に近付くため、俺はこうして日々苦手な小型機械と闘っているわけだ。

 写メも撮れない現代っ子ってどーよ。

 鈴理先輩は俺から携帯を受け取ると、綺麗に撮れているじゃないかと褒めてくれた。


「しかし空、名前のとおり画像が空ばかりだな。空が好きなのか? 空」


「ややこしい言い方はやめてくださいよ先輩。その画像たちは俺が練習に撮っただけなんで、別に空が好きというわけじゃ。その内、お気に入り以外は消そうと思っていますし。先輩は携帯で何か撮ってないんっすか?」


「愛犬を撮っているぞ。見るか?」


 スマホを起動し、先輩は俺に愛犬を見せてくれた。先輩はゴールデンレトリバーを飼っているらしい。真ん丸瞳をこっちに覗かしている愛らしい犬が写っていた。ちなみに名前はアレックスだとか。さすが先輩、俺の予想どおり名前はカタカナだな。お嬢様の愛犬だもんな、名前がカタカナで納得だ。


「指でスライドしたら次の画像に飛べるから。自由に見ていいぞ」


「はいっす。どれも可愛いっすね。寝ている姿だ。あ、これ、先輩が写っている。それにこれは俺だし……は?」


 愛犬の画像が一変、次の画像から何故か豊福空と呼ばれている少年の画像が。

 画像の少年は板書しているのか、黒板を見ながらシャーペンを走らせている姿があったり、なかったり。

 次の画像もイチゴミルクに感動している俺、次も机に伏せて寝ている俺、次も携帯を弄っている俺で。俺、俺、おれ、おれ、以下同文。


 「先輩これは」固まる俺に対し、「おっと」俺の手から携帯を奪い戻した鈴理先輩は笑顔で俺をパシャリ。


「豊福空、ゲットだぜ」


 誤魔化されるか!


「せ、先輩っ、なんっすかその画像!」


「何って空の画像だ」


「そりゃ見れば分かりますよ! だから、なんで先輩の携帯に入っているんすか! ……悪く言えば盗撮っすよね、それ」



「むっ、失礼だな、空。あたしはちゃんと身を弁えている。いいか、例えば愛犬のアレックスを撮る場合、アレックスに『撮るがいいか?』なんて聞くか? 聞かないだろ? 当たり前のように撮るだろ? それは何故だと思う? アレックスがあたしの愛犬だからだ。同じように空もあたしの所有物。例えこっそりと空を盗み撮ったとしても、それは“盗撮”という行為には当たらない。他者がすればそれは盗撮だが、空はあたしの所有物なのだ。つまりあたしのした行為は盗撮ではなく、れっきとした撮影ださ・つ・え・い。所有物を撮って保存する。そして楽しく観賞する。それの何が悪いというのだ!」



 握り拳を作り、どどーんっと熱弁してくる我が儘お嬢様に俺、唖然と脱力と溜息。


 こめかみに手を当てる他、思い付く反応が無かった。どうしてこの人はこうなんだろうか。


 あたし様をフルに発動してからもう……俺って愛犬アレックスと同レベルなんっすか。


「じゃあ先輩、俺が勝手に先輩を撮ってもいいんっすか? 保存して観賞するっすよ?」


「それはとても嬉しいな。つまり空があたしのことを想ってくれているということだろ?」


「~~~せんぱいっ……嫌じゃないんっすか?」



「全然。空に想われるのだから、幾らだって撮ってもらって構わない。あたしがこうやって空を撮っているのは、好きな奴をいつでも見られるようにという行為からだしな。好きな奴の画像は幾つあってもいい。まあ、本物には劣るが。本物に勝るものなどないと思うぞ、おっと空、顔が赤いが大丈夫か?」



 確信犯はニヤリニヤリ、俺の顔を見て口角をつり上げている。俺はといえば、誤魔化すようにちびちび水を飲んで喉を潤していた。くそう、珍しく攻めようと思ったのに(頑張って観賞するという言葉も付け足したのに)、あっという間に返り討ちにされちまったよ。


 チラッと先輩を流し目。俺の反応を面白おかしそうに楽しんでいる。テーブルに頬杖を付いて、極上の攻め笑みを浮かべてきた。


「空はあたしに想われるのが嫌か? 反応からして、喜んでいるように見えるが」


 ゴフッ。食道を通る筈の水が気道に寄り道してくれたおかげで、俺は盛大に咽る羽目になった。



「ははっ、真っ赤だな」



 余裕綽々で笑う鈴理先輩を軽く睨んでも無効化。

 今回も俺の敗北は決定のようだ。先輩に勝ったことないけどさ。

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