07.攻防デート




 □ ■ □



 デート当日。

 時刻、午前11時。場所、駅前広場の時計台前。天気、ぽっかりと白い雲が浮かぶ晴天。


 鳩が群がっている広場の時計台前で立ち尽くしていた俺のこと豊福空は、見事に挙動不審者となっていた。まだ熱があるのか? いやいや、ちゃんと完治している

 だったら理由は一つしかない。

 竹之内財閥三女・竹之内鈴理先輩と初デート、しかもプライベートで初デートをするから挙動がおかしくなっている。

 とどのつまり、俺は緊張しまくっている。ついでに言えば、やや身の上が心配。カッコ、先輩が俺を襲うかもしれない危険性があるからカッコ閉じる……と。


 気持ちを誤魔化すように頭部を掻いて、その場でそわそわ。空を仰いで嘆息。ドキドキしては地団太。キョロキョロと周囲を見渡し、彼女の姿を探す。そわそわ。ドキドキ。キョロキョロ。エンドレス。


「ダメだっ――!!」


 ついに俺は緊張のあまりに頭を抱えてしゃがみ込んだ。目前の通行人達が訝しげな眼を飛ばしてくる。そりゃそうだ。男子高生が落ち着きなく挙動不審な態度を取っている上に、しゃがみ込んで頭を抱える。この場の不審者を指すなら、間違いなくそれは俺のことだろう。


 だけど白眼視をしてくる周囲に気遣う余裕はない。生まれて初めてのデートに思考回路はショート寸前。そら緊張するだろう?

 しゃがみ込んだままの姿勢で腕に巻いている時計盤に目を落とす。


「待合わせ時間は11時半。現在の時刻10時54分。うわぁ、時間まで40分近くあるよ」


 時計台の針と自分の腕時計の時間が合っているか確認。携帯でも時間を確認して、今の時刻を頭に叩き込んでおく。


 先輩と改めてデートの約束を交わした一昨日の夜。

 勢いで日曜にデートをすることになったけれど、俺は肝心のスケジュールについて何一つ考えていなかった。


 デートといえば、定番の食事、映画館、動物園、水族館、遊園地にショッピング等々が思いつく。

 初デートに浮かれていたけれど、具体的に何も予定を立てていないのは男として減点ものだろう。予定を立てるのは男の仕事。いくらカノジョポジションとはいえ(しかも年下)、豊福空は男。できることなら彼氏としての務めを果たしたい。


 フライト兄弟に相談すると「取り敢えずラブホだけはやめとけ」と助言をちょうだいした。お、お前等……俺をどういう眼で見ているんだい!


 俺は健全な関係を求む。

 性欲がないわけではないけれど、そういう行為を知識として知ってもファンタジーな世界としか認識できない。

 俺が典型的な草食系男子だからだろうか? アダルトな世界を知るのは先でいいと思っている。


 片隅で面倒事はごめんだと思っているからかもしれない。

 世間体的に責任を取るのは“男”だもんな。情事の気遣いを回すのも“男”。家庭を養っていくのも“男”。いくら男女平等とはいえど、“男”の地位は“女”よりも大きく責任も重い気がする。


 なにより俺自身、彼女の傍にいて和気藹々と日常を過ごす方が楽しい。つまりは性欲が湧いてこな以下省略。これって男として終わり疑問符………ま、まあ、それは置いておいて、今は予定について悩もう。


「お嬢様を喜ばせるデートスポットってどこだろう? お金持ちはある程度、行き尽くしている気がする。こんなことなら本人に直接、行きたい場所を聞けばよかったな」


 山手線を使って渋谷にでも行くべきか。


 池袋や新宿も考えるけれど、あそこに行ってどうするよ。

 それこそ買い物か? 貧乏君には縁のない場所だし、行ってみたいけど、金銭的な問題が出てくる。俺の財布には樋口一葉さんが一枚。学生としては大金、俺にとっても大金なのだけれど、お洒落な街で悠々と買い物できる金額ではないのである。これでも奮発している方だ。


 ちなみにこのお金は父さんが俺に託したもの。

 母さんがデートのことを父さんに話したようで、餞別に受け取れと男前に差し出してくれた。恐れ多くて受け取れずにいたのだけれど、「少しは甘えなさい」お前はいつも必要以上に遠慮するから。そう言ってお札を押し付けてきた。


 その際、彼女に食事でも奢って良いところを見せればいい。おつりは自分の小遣いにしていいから、父さんはそう言ってくれたっけ。


 遠慮をすればするほど、うちの両親は寂しそうに笑うから、俺は最終的に笑顔で受け取った。

 二人が俺を甘やかしたい気持ちは知っている。口を揃えて楽しんできなさいと言ってくれた両親に土産でも買って帰ろう。これでも俺はファザコンマザコン、両親が大好きだ。大切にしたい人達だ。


「学院生活が落ち着いたら、バイト探さないとな。二人にお金をめぐんでもらうのも悪いし」


 両親からは学業をおろそかにするだろうから、やめておけと止められている。

 特に俺は特別補助制度を受けているから、そう簡単には成績を落とせない。無効になったら困る。でも俺は家計のため、自分のために土日だけでもバイトをしたい。


「何かとお金がないと困るもんな……今もそう。デートにしちゃ空気を読めてないだろ。服を買う金くらい溜めないと」


 すくりと立ち上がり、俺は自分の身形を見て溜息。

 本日の豊福空の格好、上はカッターシャツとネクタイ、下は制服のズボン。つまりはまんま制服姿……しょーがないだろ、俺が持っている私服よりかは制服の方が立派だったんだから。私服よりかはこっちの方が決まっている。ブレザーだけでも脱いだ俺は偉いと思うんだけど。


 ……初デートに制服かぁ。先輩、失望しちまわないかなぁ。

 女の子って初デートはデート以上に気を配るって聞くしなぁ。ガッカリしないかなぁ。向こうはお金持ちのお嬢だし、きっと可愛い姿で来るんだろうな。ワンピースとかさ。ロングスカートとか……先輩はミニスカートより、ロングスカートの方が似合うよな、絶対。

 中身はともかく、外貌は物大人しそうなお嬢様に見えるし。俺自身、ロングスカートの方が好きなんだよね。いや先輩がミニスカートでも良いとは思うんだけど。


 想像しているうちに顔が熱くなった。


 誤魔化すように頬を掻きながら、すくっと立ち上がって目を泳がせる。


「どっちでもいいか。どっちも似合いそうだし」


 こうやって想像して顔が熱くなるってことは、やっぱり俺、意識しているんだろうなぁ、先輩のこと。だからこそ自身の身形にちょい鬱になっているわけでして。なっているわけでして。

 ……ん? 俺は眉根を寄せた。


「なにやら腰辺りがゾワっとするのは誰かに撫でられている感覚……セクハラ的感覚……先輩何しているんっすか!」


 セクハラ魔改め俺の腰をなでなでのおさわりしていたのは、まさしく俺の待ち人。

 いつの間に俺の隣に立っていたのやら。俺より少し背の低い彼女は視線を上げて俺にニヤリニヤリ。ノッケから攻め顔を作っている。そりゃないよ先輩!


「まさに俺を襲って下さいとばかりに、無防備な姿で突っ立っていたものだからつい、な。相変わらず襲いたくなる腰だな」


 はい減点、女子の発言じゃない。


「……ご、ご都合主義な解釈やめて下さいよ。あと、こんなところで不謹慎な言葉はやめて下さい。取り敢えず、おはようございます」


「ああ、おはよう。待たせてしまったみたいだな。本当は11時に此処に来て、空を待つつもりだったのだが。ついでに、このあ・た・しを待たせた時間の応酬を頂戴しようと思ったのだが。一本取られたな」


 待たせた時間の応酬ですと、な? 俺は引き攣り笑いを浮かべた。どんな応酬を求められるのか、想像もしたくないっす。


 さてと。俺は先輩の姿を改めてマジマジと観察。先輩はロングスカートでもミニスカートでもなく、まさかの短パンジーンズ。お嬢様がジーパン……いや差別はいけないよな、差別は。


 だけどなんっつーの? 俺の想像していたイメージではなかった。

 彼女の格好は超ボーイッシュでカジュアル系……超オトナのお姉さんという感じがした。つまりはカッコイイわけなんですよ。すっげぇカッケー。なんか男の俺が言うのもなんだけどカッケー。見惚れちまう。ハンチング帽がまたまた決まっている。何より、その短パンから見えるすらっとした脚と、真っ白なブラウスが強調する胸が男心をげっふん!


 あっれー、制服姿の俺って超ダサくねぇ?


「カッコイイっすね。先輩ってそういう格好が好きなんですか?」


「ああ、大抵こんな感じだ。ボーイッシュな格好が好きでな。空をいつでも食えるように、少しラフにしてきた」


 親指を立ててくる鈴理先輩。

 この発言が無かったら、花丸満点なカッコイイお姉さんなのになぁ。残念極まりない。


「空はブレザーを脱いでいるみたいだが制服なのか? なんだ、制服で来るならば言ってくれたら良かったのに。そしたら、あたしも制服で合わせたのに」


 先輩は俺の服装を見て、そのセンスじゃなく、服自体について脹れる。服の中で制服が一番マシなのだろうと察しての発言なのだろう。

 「めんぼくないっす」俺は素直に詫びて、これからどうしようかと先輩に尋ねた。生まれて初めてのデートが始まると思うだけで緊張するな。プライベートで先輩と遊ぶなんて初めてだしな。ぜひぜひ楽しい思い出にしたい。


「今日は懐にも余裕あるっすから!」


 ある程度の場所はどんと来いだと先輩に笑みを向ける。よしよし、父さんの助言を聞き入れて今日は先輩に奢るぞ。うん、少しは先輩にいいところを見せないとな!

 嗚呼、前略、お金をくれた父さん、母さん。貴方達の息子は心を彼女にいいところを見せるため、男をみせるために、貴方達から貰った大事な五千円を使おうと思います。勿体無いなんて思っていません。息子の豊福空は彼女のために、立派な男を見せたいと思います!


「ならば空、お互いに行きたい場所を出してみようか。そうだな、あたしはデートのシメに」


「先輩、釘を刺しますがラブホはダメですよ」


 笑顔で場所を口にする先輩に、俺は素早く待ったを掛けた。片眉をつり上げる鈴理先輩、やっぱりそうきたかと引き攣り笑いを浮かべる俺。お互いに数秒沈黙が流れた。


「空、あたしが行くと言えば行く。いいな?」


 あたし様発動か?! ええい、負けて堪るか!


「よくないっす! 先輩っ、俺は健全にお付き合いしましょうと毎度のことながら言っているじゃないですか!」


 先輩はむむっと眉根を寄せて、嫌だの一点張り。


「デートのシメはラブホだと決めているんだ! あたしは空をなーかーせーたーい! おーかーしーたーい! いーたーだーきーたーい!」


「お、大声でなんてことを言うんっすかぁあああ! お嬢様がそんな不謹慎なお言葉を口にしてはいけません!」


「それは差別と言うものだ、空。まったくあたしの所有物の癖に生意気だな。この場で公開プレイしてもいいぞ! べろちゅーするぞ!」


「なっ、先輩! 初っ端からあたし様をフル活動させないで下さい! ダメったらダメっす! いたいけなお子様だって此処広場にはいるんっすからぁああ!」



 とある穏やかな日曜日、時刻11時6分、駅前広場の時計台の下で不謹慎発言を飛び交わせているカップル一組。誰がどう見ても、カップルは不審者な類に入っていた。 


 日曜の午前中からなあに話しているんだか!



 □



 さて一方、此方は駅内部カフェ店にて。


「うぬぅううう! 隊長、やはり情報は本当でしたね。憎き1年C組豊福空と我がアイドル鈴理さま、お、お、お、おでーとだなんて!」


 双眼鏡片手にサンドウィッチを頬張る高間 裕次郎は煮え切らない気持ちを噛み締めて窓向こうを観察。

 忘れているかもしれないので再度説明しておくが、彼のこと高間裕次郎は『鈴理さま見守り隊』の親衛隊副隊長である。頭に巻いた鉢巻、『I Love Suzuri !!』が今日も痛々しく輝いている。

 カウンター席に着いている高間は忌々しいとばかりにサンドウィッチを引き千切るように裂いては、モゴモゴと残骸を口におさめていく。無残なサンドウィッチの姿など目もくれず、ただひたすらに駅広場向こうの時計台下を観察。カッコイイ姿のお嬢様に見惚れ、制服姿のダサ男に地団太を踏んではキィキィと怒声。とても忙しい男である。


 さて、そのお隣で優雅に珈琲を啜っているのは、『鈴理さま見守り隊』の親衛隊隊長・柳 信幸。同じく『I Love Suzuri !!』鉢巻が痛々しく以下省略。



 爽やかに珈琲を啜っているものの、やや表情は引き攣り気味。やはり片手には双眼鏡。


 悪趣味な事に人様のデートのデガバメをしては副隊長の高間と怒りを噛み締め合っていた。

 憤るくらいならばそんなことしなければ良いではないか……と思うかもしれないが、なにせ我等のアイドルが平々凡々一年とおデートをするのだ。デガバメしないわけないではないか! 此方は『鈴理さま見守り隊』なのだから! 情報を入手したのだからデガバメするだろう。おデートはある意味、我等がアイドルの一大事なのだから!


「隊長っ、このままおとなしゅうデガバメで終わるなんて堪えられないですよ!」


 涙ぐむ副隊長に、「当たり前だ」グッと握り拳を作り、柳は熱弁。


「何のためにこうやって尾行を決意したと思う? デートを台無しにし、二人の仲を裂くためではないか。高間!」


 作戦はこうだ。デート最中に此方がこっそりと手ぐすねを引いておく。そして頃合を見計らって、タイミング良くトラップ発動!


 豊福空の究極にかっこ悪い姿を見せてやり、我がアイドルを失望と落胆に落とす。アイドルは空を見切ってフる。空は絶望。お互いに険悪ムードで関係終了。ピリオドが打たれる。此方は万々歳。嗚呼、なんて完璧パーフェクトな作戦だ。


 一件以来、自分達親衛隊は『鈴理さまお守り隊』から『鈴理さま見守り隊』に改名させられ、二人の関係に口出しはしないと約束させられた。


 そう、だから口出しはしないつもりである。

 だがしかし、手出しするなとは約束させられていないが故、親衛隊は二人の仲をこっそり引き裂こうと策に出ている。


 簡単に言えば、往生際の悪い親衛隊である。


「隊長、なじられたいですね。鈴理さまに」


「ああ、本当にな。見下されたい。想像するだけで動悸がおかしくなる」


「そうですね、鼓動がバックンバックンします」


「踏まれたいな、高間」


「はい、踏まれたいです。隊長」


 M発言をしつつ、二人は珈琲を啜りながら双眼鏡でデガバメ。どうやら向こうカップルは移動するらしい。


 こうしていられない、こちらも尾行を開始しなければ! 二人は双眼鏡を鞄に仕舞い、仲間にLINEで連絡を取りながら腰を上げて移動を始めたのだった。


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