04.攻めはどんなときも!
「本当の子供ではない? 空。あんた、養子なのか?」
「簡単に言えばそうなりますね。右の写真は俺を産んでくれた家族で、左の写真は俺を育ててくれた家族なんです。今の家族って言う方が適切かもしれません。俺には両親が二人ずついるんっすよ。右の家族は俺が小さい時に亡くしました」
「では、空は今の御家族と血縁関係がないのか?」
俺は説明を重ねる。
「いえ無いってことはありません。今の家族は前の父さんの弟。つまり今の父さんなんっすけど、俺は父さんの弟夫婦に引き取られた子供なんですよ。引き取られても苗字は変わらないんですけどね」
「だから今の豊福家の子供ではない、と言ったのか」
「ええ。交通事故で亡くなったそうなんっすけど、正直そこら辺は憶えてなくて。でも前の両親の思い出ってのは不思議と残っているもんです。今の両親も好きですけれど、前の両親も大好きでした」
気付いたら前の親がいなくなって、今の親が現れた幼少の思い出。まだ俺は小さくて、戸惑いばかり覚えていた。
今では育ての父さん母さんも好きだし、生みの父さん母さんも好きだ。それだけはハッキリ言える。鈴理先輩は俺の元に戻ると腰を下ろして、「すまないことを聞いたな」詫びを口にしてきた。
「俺が勝手に話したんっすよ」
俺は目尻を下げて先輩に笑い掛ける。隠すことじゃない。
そりゃ前の両親を失くして悲しいけど、今の両親が俺を精一杯育ててくれているしな。
貧乏とか全然苦じゃない。
寧ろ早く楽させてやりたいってのが俺の気持ち。親孝行したい。
俺は今の両親が大好きなんだ。
「それより先輩、デート本当に申し訳無いっす。折角約束していたのに……ゲホ。学校も早退したんでしょ?」
俺は話題を変えた。
改めてデートの謝罪をする。
多忙の身の上の先輩と約束をしていたのに、俺の方が破っちまうなんて。発端は俺なのに。
「確かに残念だったが、正直、あたしは今の状況でも満足しているんだ」
満足? なんで? 先輩が楽しみにしていたデートを、俺の風邪のせいで潰したのに。
疑問を抱く俺に先輩は言葉を重ねる。
「どういう形であれ、空と共にいれる時間が出来た。デートなど口実に過ぎない。本当は学校以外の場所で空と会えれば、何処でもいいんだ。二人きりで過ごせれば何処でも、この時間も、あたしにとっては幸せな時間だ」
微笑む先輩は口を閉じちまう。
俺はどう反応を返せばいいか分からなかった。
こんなの絶対反則だろ。熱で気持ちが安定していないってのに、そこに先輩がそんな熱烈な甘い口説きをするなんて。自分の心拍数がどんどん上がっていく。
しんと室内が静まり返っている。俺の心拍数の異常な鼓動が聞こえて、聞こえて。
いっけねぇ、俺、どんどん先輩に惚れていくのが分かるよ。
静寂に耐えかねた俺は毛布を引き上げた。顔を隠そうって思ったんだ。
けど先輩がそれをやんわり止める。火照っている手を取って唇を寄せてくる先輩に俺はもう絶句、鈴理先輩は限りなく柔らかな笑顔。
「おまじない。早く良くなれよ、風邪っぴきヒロイン」
俺の思考回路はショート。
先輩は微笑のまま俺の手を取っている。傍から見れば異様な光景だと思う。身動きも出来ず固まること15秒後、鈴理先輩は自分の首を締めたとばかり嘆いて俺の手を取ったまま身悶え始めた。
「今の空はまさに初々しいヒロイン! 赤面するヒロイン! あたしのポジションは口説きに成功したヒーロー! なのに、なのに、なのにっ、空は風邪をひいている。あたしは手を出せない。こんなの拷問ではないか! 嗚呼、食いたい、食いたい、食らい尽くしたい」
………。
今ので完全に思考回路が回った。
アッブネェ、いつもの俺なら赤面で固まるなんてことしないのに。女のポジションになっていると気付いて、防波堤を張るのに、今日は風邪菌のせいで心身弱っているせいか普通に状況を受け入れていたよ。
なんでヒロインとか言われて赤面しているんだ、俺。キモイって。
それとも慣れてきた? 女ポジション。
実は受け入れている? 女ポジション。
どっちでも良くなってきている? 俺、おにゃのこのポジション、受け入れている? 受け身de全然いけるぜ?
……いや認めない。認めないぞ。
俺は男だ。間違ったって女々しくならないぞ。いつか先輩と立場逆転するんだ! 豊福空は男らしく生きてみせようぞ!
ということは、それは俺が先輩を押し倒すわけで? ……別に俺、そういう性交に走りたいわけじゃないもんな。先輩と過ごせれば満足って感じ。健全的な意味でリードできれば万々歳ってやつ。あれ? これって男として終わっている? 性欲薄い俺って終わっている? 盛り時期なのに、俺って男として色々とやばい?
「よし、我慢は互いの体に悪いな」
そうそう、先輩が自己完結して行動を開始するし……しー……しー……。
俺は慌てて上体を起こすと掛け布団を取ろうとする先輩の手首を掴んで、「何しているんっすか」大袈裟に笑声を漏らした。
あははっ、先輩、ちょーっとたんまっすよ。病人に何をしてくれようとしてくれのか、すんげぇ分かっちゃうんだけどそれはたんまっす。
「今日くらい勘弁してくれないっすか」
ふふふっ、先輩も大袈裟に笑声を漏らして真似てくる。「汗を掻けば治りも早いそうだぞ」物騒なことをにこやかに言う。
「空は寝ておくだけでいい。後はあたしに任せろ。何、ただ汗を掻くだけだ。汗を、な」
「全力で遠慮します」
「何? 空はあたしの心遣いを突っ返すつもりなのか」
「はい。丁寧にお返し致します、先輩」
「そーら。無理やり敷かれたいか?」
「せーんぱい。ゴホッ、もはやそれは脅しの領域っすよ。今日は病人なんっすから大人しく、優しくして下さいっす」
チッ、先輩は舌打ちを鳴らす。どうやら俺が病人だってことを考慮してくれたようだ。ホッと安堵の息をついた。
だけど、俺は先輩を甘く見ていた。鈴理先輩はこれしきのことでめげなかったんだ。待機しているグラサン男のひとりにタオルを用意するよう指示。素早くグラサン男がスーツケースからタオルを取り出すと、先輩はそれを受け取って台所へ。
何をするのかと様子を見守っていると、先輩は流し台でタオルを濡らし硬く絞って勢いよく広げる。
そして極上の悪人面、違った、極上の攻め面を俺に向けてきた。
「空、脱げ」
「……はい?」
「だから脱げと言っている。汗を掻く行為は諦めてやろうではないか。だがしかし、これで諦めるあたしだと思ったら大間違いだ。熱が出ているせいで汗を掻いているだろ? 拭いてやる。多分、疚しい気持ちもないと思う。とにもかくにも病人には優しくしなければならないしな。なあに、最初は上だけで良いぞ。最初は、な」
俺は反射的に布団から飛び出した。思わず近くにいたグラサン男のひとりの背の後ろに隠れる。
先輩の顔は明らかに“汗を拭く”行為だけじゃ済みませんよ、という顔している! 攻め顔に悪意さえ見え隠れしている!
嗚呼、風邪の時に襲ってくる寒気とは別の意味で体が震えてきた。これは身の危険を感じる悪寒だ、悪寒。
「逃げる必要などないぞ?」ジリジリ詰め寄ってくる肉食動物に、あ、違った。鈴理先輩に、俺は何度も首を横に振ってグラサン男の背中に身を隠す。
「空さま、盾にされるのはちょっと」
グラサン男は戸惑っているみたいだけど構ってられない。 熱で弱り切っているにも関わらず、先輩が押せ押せ攻め攻めしてくるんだぜ。誰だって逃げるって!
先輩は先輩でグラサン男に退くよう命令している。
「お、お嬢さま」それは如何なものかと、グラサン男は勇気を持って先輩に意見した。俺に味方してくれた。
だけど鈴理先輩は笑顔を崩さずに、グッと握り拳を見せる。ググッと力を込めながら親指を立て、その指を下に向けた。
ま、間違ってもお嬢さまがする行為じゃない! しちゃならないだろ、そのお行儀悪い行為!
途端にグラサン男は背に隠れている俺を引っ張り出して、「どうぞ」鈴理先輩に捧げた。残りのグラサン男二人もどうぞどうぞって俺を捧げて、自分の身の安全を確保する。
裏切り早いなおい。
「つっかまえた」鈴理先輩が俺の腕を掴んで、ズルズル布団の方へ引きずる。
「え、遠慮するっす!」俺はその腕を振り払おうと躍起になるわけだけど、相手は女性であるからして、彼女であるからして、強くは振り切れない。熱もあるし、体に力が入らない。
そんなこんなしている内に布団の上に放られて、鈴理先輩が濡れタオル片手に迫ってきた。
遠慮なく寝巻きのシャツと下着のシャツを一緒にたくし上げてくる。
ま、不味い!
俺は先輩に全力ストップをかけた。
「この期に及んで」諦めてしまえ。先輩の呆れ顔にもめげず、俺は逃げ道を考えた。熱のある頭で素早く考えた。んで、出た言葉が。
「ひ、人がいるっす! お、俺、先輩以外の前で脱ぐのはちょっと!」
ちーん……ヤッちまった。
先輩“以外”の前で脱ぐのはちょっと、って、おまっ……そりゃ女子が言いそうな台詞。
別に上半身を脱ぐ分には男の前であっても構わない、のに、今の台詞はアリエナイ。
本当に立場だけじゃなく男のあるべき姿が失われつつある。俺は完全に女子化しちまっている。
どーんと落ち込んで自己嫌悪している俺に対し、先輩はパァッと目を輝かせた。それは、それは子供のように目を輝かせてくれた。
「空、所有物らしいカワユイことを言ってくれるではないか。なるほど、あたし以外の奴に肌は見せたくないのだな? うんうん、確かにあたしも他者に空の肌を見せるのは抵抗がある。よし、お前達、終わるまで壁側を向いとけ」
俺は自分で自分の首を締める状況を作っちまったようだ。
どーしよう。このまま全裸になるべき? ワイルドになるべき?
……上半裸にはなれる。でもそれより下は駄目だろう。俺はただの露出魔だろう。変態だろう! 良いもんでもないだろ!
あっれぇ、頭が真面目にボーっとしてきたぞ。
八度もあるのに飛び起きたり、喚いたり、逃げたりしていたから、マジで限界が。視界がちょいぐらついている。
ボーっとしている場合じゃないって、早く対策練らないと、俺、先輩に食われちまう。
「さて、空。準備は整ったぞ」
うきうきしながら俺の寝巻きシャツと下着シャツをポイポイッと脱がせる先輩。
抵抗しなきゃいけないの分かっているのに、頭が重いという……成されるがままという……あ、冷たっ、今、鎖骨辺りを拭かれたような。今は腕? うん、なんか、冷たくて気持ちが良い。
「うっ」不意に首辺りを拭かれた。冷たさに声を漏らせば、先輩の手が止まる。
あ、首拭かれて、気持ち良かったのに……。
「空、あたしの理性を試しているのか? 試しているのだな。でなければ今のような嬌声はっ、嬌声はっ。あたしの理性は持って20秒。そろそろ限界が来ているのだが。しかも空、先程以上に顔が熱で蕩けているぞ。冷たさで気持ちが良いのは分かるが……誘っているのか? お誘いか? 誘いプレイか?」
あー駄目だ。
先輩の声が途切れ途切れにしか聞き取れない。
何か言っているのは分かるんだけど……、先輩、何か質問してきたよな? えーっと確か……。
「先輩……気持ちいい。もっと」
拭かれた場所、めちゃめちゃスーッとするし、べたついた肌がさらっとなったって感じ。
だけど先輩、俺の返答を聞いた瞬間、身悶えた。あらんばかりにタオルを握り締めて体を微動させる。
「~~~っ……理性、よく持った方だ。生肌を見ても即押し倒さなかったあたしを褒めたい。しかし今のでトドメを刺された。今のは空が悪い。ああ悪いさ。殺し文句だろ? なあ? そういう台詞は別の場面で言ってこそ、もっと魅力的な言葉になる。そうは思わないか? そらっ……おっと、空、大丈夫か?」
「しんどい。視界がグルグルしてきたっす」
先輩に凭れて俺は目を閉じる。
本当にしんどくなってきたんだ。やっぱ暴れ過ぎだよな。騒ぎ過ぎだよな。ちょっと先輩に気遣える余裕がなくなってきた。
「まったく仕方の無い奴だな。ここまであたしを誘っといてまたオアズケか?」
先輩の笑声が耳元で聞こえる。髪を梳かれたと思ったら、額に何か柔らかいものが落ちてきた。
「おやすみ。少し寝ろ」
甘い囁きに俺の意識は沈んでいく。うん、もう寝よう。色々と疲れちまったから。
それに、凭れている先輩の鼓動が聞こえてくる。それが凄く安心するんだ。凄く安心、すごく心地良い。
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