罪獣

ひほさん

第1話

「にー、にー」

ある日の帰り道、道脇のゴミ箱の影から、可愛らしい声が聞こえてきた。そっとゴミ箱をどかしてやると、そこにはススに汚れた白い毛で、宝石のように青い目をした猫がいた。前に飼われていたのか、首には鈴が着いていたが、ボロボロに壊れており、着いている意味がほぼ皆無としか言いようがなかった。

「おいで」

かがんで、そっと手を差し出す。猫は、恐る恐ると言ったように僕の指先の匂いをクンクンと嗅ぎ、手に擦りついてくる。どうやら、警戒はしていないらしい。やはり、飼い猫だったからだろうか。

「フフ…………かわいい。じゃあね、バイバイ」

そう言って、猫のもとを立ち去ろうとすると、猫は、にーにー鳴きながら僕のあとを付いてくる。さすがに困った。僕の家では、犬や猫を飼うことは母親が許さない。しかし、魚は飼っても良いと言う。なんとも犬や猫に失礼な母親である。

その後、追い払っても、猫は、にー。と鳴きながら僕に擦り寄ってくる。完全に懐いてしまったらしい。

(困ったなぁ………………)

どうしようか悩んでいるうちに、家に着いてしまった。“夏崎”という表札が壁にはまっている、インテリ系な一軒家。住宅街から離れた所にあるため、周りは静かで、木々に囲まれている。今は、共働きの両親は帰ってきていない。

「にー、にー」

「うーん………………どうしようかなぁ…………」

猫の頭を撫でながら、頭をひねる。今は、午後の4時20分。まだ明るいけど、暗くなったらまずいかもしれない。

「にー」

「ん ?お腹すいたの? 」

肉球をポスポスと押し付けてくるので、勘で聞いてみると、まるで僕の言ったことが理解出来たかのように、ストンとその場に座り込む。

「待っててね」

すぐに家の中に行き、自室で制服をハンガーに引っ掛け、クローゼットに放り込むようにしまうと、水色のTシャツとジーパンを着て、台所から鯖の缶詰を取ってきて、家の裏側に猫を連れてきて、缶詰を開ける。

「どうぞ」

「にー」

猫は、嬉しそうに目を細め、アグアグと鯖を食べ始めた。相当お腹がすいていたのか、三分くらいで平らげてしまう。汁で汚れた足をペロペロと舐めながら、猫は座ったまま、にー。と鳴くと、森の中へと駆けていった。

「あれ…………お腹いっぱいになったんだ。よかった」

満足して家に戻り、テレビのスイッチを入れる。今の時間はニュースくらいしかやっていないが、面白いニュースもたまに入っているので、そのままにしておいた。

『昨日の夜22時20分頃、西区の廃工場で、男性の遺体が発見されました。被害者の男性、栗森 昭夫さんは、身体のあちこちが食いちぎられており、まるで、猫に食べられたネズミのような状態だったと、警視庁は発表しました』

恐ろしいニュースを見てしまったと後悔しつつ、リモコンを取ろうと立ち上がったら、母親の声が聞こえてくる。

「ただいま~」

「おかえり」

「またニュース見てたの? 」

「うん」「も~、そんなん見るならドラマ見なさいよ。面白いわよー」

「う~ん……また今度ね」

適当に返事を濁し、冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注いだ後、2階へと向かい、自分の部屋のドアを開ける。

「んぁ? 誰だお前」

速攻で閉めた。今、なん、なんか、裸の女性がいたようないなかったような……

「入るなら入れよー。オレは気にしねェから」

ドアの向こうから、少し低めの女性の声が聞こえてくる。夢ではなかった。

「いやいやいや、あなたが気にならなくても、僕が気になっちゃうんです! せめて、ベッドの中に入っていてください! 」

「んーだよ、ったく…………って、ベッドってなんだ? 」

驚きのあまり、ドアを開けてしまう。そこには、やはり一糸まとわぬ裸体の女性が僕に背中を向けて立っていた。肩にちょっとかかるくらいの黒い髪で、スラリとした体型をしている。それを確認したら、すぐに手で目を隠す。

「ベ、ベッドはそこです! あなたの横! 」

「あぁ、なんだ。コレか。ん? なんだこの雑誌…………つまんねェ、いらん。んで? コレに入ってりゃいいのか? 」

雑誌が投げられる音の次に、シーツが擦れる音がしたので、恐る恐る目を塞ぐ手をのけると、顔だけ出した女性がこっちを見ていた。その女性は、あの時の猫と同じように、青い目をしていた。まさかね…………この女性があの猫って事ないよね。そんなファンタジーじみた事は起こらないよね~。お願いしますどうか違ってください。

「あ、あなたは、誰です? 」

「あ ?誰って、お前、オレに鯖食わしてくれたじゃねぇかよ。覚えてねぇのか? 」

やっぱりーーーー。あの時の猫かーい。

「な、なんで猫が人間に……? 」

そう言ったら、女性が少し体を出して言った。

「なんでか? 教えてやるよ。だってオレ、“猫又と猫のハーフ”だからな」

「へぇ~~ぇぇぇぇええええ! ? 」

ね、猫又と猫のハーフ! ? そ、それは聞いたことがない。なんで? ハーフってことは系統が違う親の血が混ざってるってことだから…………なんで! ? 猫又と猫って遺伝子的に違うの !?猫って入ってるのに!

驚きの連続で頭の回路がショートしかけている僕に、その、“猫又と猫のハーフ”さんは、嬉しそうに続ける。

「知らなかったろ? なんだぁ? ハーフがあるのは人間だけだとでも思ってたのか? 」

「い、いや…………そんな事は考えたことなかったです…………というか、あの~…………一ついいですか…………」

「あぁ ?なんだよボソボソと言いやがって、モヤシかお前は…………いいや、今からお前の事、モヤシって呼ぶ」

いきなり話を進められて、置いてかれそうになっていたが、どうにか流れに乗り、一言。

「服…………着てください」


「この服なんだよー !オレは明るい色は嫌いなんだーー! ! 」

「じゃあコレですか! ? 」

そう言って、僕はクリーム色のチノパンのかわりに、紺色のジーパンを差し出す。クローゼットの中の服を手当たり次第に彼女に差し出すが、中々彼女の好みに会う服が見つからない。というか、彼女が思ったよりワガママなのが原因だと思う。それしか思えない。

「それ動きづらそうだからヤダ」

「ジャージがいいんですか !?なら、これしかないですよ! ? 」

「…………色がヤダ。けど、ジャー……ジ ?コレがいいな。動きやすい。よし、モヤシ、今からジャージ買おうぜ」

「無理です。お金ないし、今の時間はもうお店閉まっちゃってます」

その後、“猫又と猫のハーフ”さんの衣服を探してみたが、一向に本人の希望に合わないようで、ようやく赤を基調とし、腕と足の部分に白のラインが入ったジャージで落ち着いた。下着は、“猫又と猫のハーフ”さんが洗濯物からそれっぽいものを勝手に拝借してきたらしいが、大丈夫なのだろうか。

「モヤシー。腹減った。魚くれ」

「僕はあなたの召使いか何かですか? 」

「当たり前だろ。オレより弱いんだから」

「取っ組み合いとかしたことないのに、僕を弱いと決めつけて、さらに奴隷扱いなんですね…………」

ジャージを着た“猫又と猫のハーフ”さんは、本棚から取り出したマンガをベッドでゴロゴロしながら読んでいる。赤の他人の家で、よくこんな事が出来るものだ。しかも、初対面の人に向かって「お前」呼ばわりとは、そうとう気が強いだろう。多分、喧嘩になったら絶対勝てない。

「ご飯だよ~」

最悪のタイミングで母さんが下から声をかける。部屋から飛び出そうとする“猫又と猫のハーフ”さんを必死に押さえつける。

「なんだよ! 」

「ダメ! 絶対ダメ! ! 鯖缶ならなんとかしますから、部屋で大人しくしててください! 」

“鯖缶”という言葉を聞いた瞬間、彼女はベッドに寝転がり、マンガの続きを読み始めた。一安心。

その後、適当に夕食を済ませ、冷蔵庫から鯖缶を取ってきて、部屋へと戻る。

「お! 鯖じゃねぇか! 早くよこせ! 」

ピョンと飛びかかってくる彼女をかわし、鯖缶を後ろに隠した後、少し強気で彼女に言った。

「待ってください。鯖缶はあげますけど、その前に、僕の質問に答えてもらいます。分かったら、座ってください」

彼女は、ベッドの上であぐらをかき、軽くイラついた顔で頬杖をつく。

「………………なんだよ。質問って」

「まず第一に、あなたの名前は? 」

その質問に、彼女は少し顔を曇らせて答えた。

「………………知らん。オレが生まれた時には、母ちゃんも父ちゃんもいなかった。それで、フラフラとさまよってたら、誰かに拾われた。顔までは覚えてねぇがな。それで、拾われた1週間後だかそんくらいに、オレはその家から追い出された。それで、またフラフラとそこら辺歩いてたら、お前に会ったんだよ、モヤシ」

「モヤシでは無いんですけど…………なるほど…………じゃあ、こんな名前はどうです? まぁ、僕の好きな小説の登場人物の名前ですけど…………せん

「仙……」

彼女、改め、仙は、しばらく考え込んだ後、ベッドに寝転がり、こう言った。

「お前に任せる…………まぁ、お前のつけてくれた名前、嫌いじゃあねェがな」

「嫌いじゃないなら、そう呼ばせてもらいます。よろしくお願いしますね、仙」

「フン…………勝手にしろ」

そう言って、仙は僕が渡した鯖缶を力まかせに開けると、美味しそうな顔で食べ始める。

「ハァー美味かった…………あ、モヤシ、今度は、オレが質問する。それに答えろ」

「どうぞ? 」

「お前の名前、なんつーだ? 」

「僕の名前ですか、あー確かに、今まで名乗ってませんでしたね。僕は、“りん”、夏崎 凛です」

「はァァ! ? モヤシ、お前女だったのか! ? 」

仙が胸ぐらを掴む勢いで顔を近づけるので、流石にびっくりした。

「違います! 僕はちゃんと男の子ですよ! ?」

「だって、凛って普通女の名前だろ! ? てか、今一度見てみると、お前女に見えるな !髪伸ばせばいけるぞ! ハハハハ! ! コイツは傑作だ、最高だぜ! 」

そこまで言わなくても…………まぁ、実際、去年の中一の時、文化祭でかつらをつけられ、女装をさせられた。その時に、女子から、かわいいだの、女の子みたいだのと、キャーキャー言われたので、強くは否定出来なかった。

ゲラゲラと笑い転げる仙をそのままに、僕は宿題に取り掛かる。

「…………何やってんだ、モヤシ」

「宿題。てか、名前言ったのにまだモヤシなんだね? 」

「別にいいだろ。減るもんじゃねぇし」

「そういう問題じゃなくてね? 僕の心の問題なの、分かる? 」

「知らん。お前の心の中までは覗けねぇよ。できる事っつたら、罪獣ざいじゅうを殺すことだけだ」

ん? “罪獣を殺す”?

頭の上にハテナしか浮かばないのを見て、仙はニヤニヤしながら机の上に座る。

「罪獣ってのはな、罪を犯した野郎から現れる、妖怪みたいなモンだ。ソイツの大きさ、形で、その主がどのような罪人かが分かる。」

「ふ、ふーん…………頑張ってね」

それしか言えなかった。いきなりラノベ系の事を言われてもついていけない。だいたい、そんなの僕に何の関係もないじゃないか。

そう思ったら、仙が拗ねたように僕に詰め寄ってくる。

「あ、モヤシ~、お前今どうでもいい。って思ったろーー」

「その通り」

「なんでだよー、面白いだろー」

「全然面白くないんだけども !?てか、僕はそれをどうしろっての!?」

その質問に、仙は頭を捻る仕草をした後、いきなり窓を開けて夜の闇夜へヒラリと飛び降りると、猫の如くどこかへ行ってしまった。

「なんなんだよ、もぅ…………」


次の日、通り魔が捕まったというニュースが、朝からバンバン流れていた。

「捕まって良かったね~。私、一安心だよ~。あ、父さんは年末まで帰って来れそうにないって~」

「うん……いってきます」

まだ寝ぼけているのか、語尾がのんびりしている母さんの言葉を背に受けて、黒のリュックを背負い、学校へと向かう。僕の通う清峰(せいほう)高校は、そこら辺の高校よりレベルが上らしく、生徒は学校指定の制服か、私服登校が許可されている。僕は気分で制服かどうか選ぶが、今日は私服にした。黒のトップスの下に、白のロングTシャツ。最近暑くなってきたので、黒のワイドパンツをチョイス。10分くらい経ち、改札口を通ると、ホームで友達が手を振っていた。

「おっはよー! 凛ー! 」

「あ、今日はお前私服なのか。やっぱ、お前私服の方がいいぞー」

「そうかな……よく分かんないや、谷山さん、どう思う? 僕の格好」

黒のガウチョパンツに、淡いピンクのロングTシャツを着た、谷山さんこと、谷山 流希奈は、持ち前の明るさで答える。

「うんうん! 凛君は私服が一番だよー! そのー、なんて言うの……とにかく、凛君はそれがいい! 」

「う、うん……本合君は? 」

上下紺一色のパーカーつきジャージを着た、本合君こと、本合 明宏は、スマホをポケットにしまうと、サッパリした短髪の頭をガリガリとかき、僕たちとホームに到着した電車に乗りながら、言った。

「なんつーんだろーなー……制服の時のお前って、別人っつーか……本当のお前じゃないみたいな感じがしたんだよなぁ。谷山、お前もそう思わなかったか? 」

「確かにね~。制服の時の凛君、いつもよりすっごい静かになってた時あったし、ずっとイヤホンをスマホにもささずに耳につけて本読んでた時もあったし……」

多分、それは静かに本が読みたかったからだったと思う。あと、制服の時に別人みたいになるって言うのは驚いた。私服の時も、制服の時も、いつも通り過ごしてるつもりなんだけどなぁ……

「そ、そんな話は置いといてさ、今日って部活何時から? 本合君」

「あー、今日と明日はねェってサ。生徒会入会式が来週の月曜にある。そっから練習は始まるとよ。最初からシュート練だってサ」

「そっか、ありがと。夏の大会近いからねぇ、ミドルシュートの命中率あげなきゃ……」

「お前、ドリブルでの切り込みは上手いのに、レイアップだの、ミドルシュートとかの命中率クソ悪いからな。3Pシュートはすげぇ命中率だけど」

「レイアップできないのは仕方なく無い? 凛君は背低いし、159センチでしょ?今」

コンプレックスになりつつある、背の低さを指摘され、朝からゲンナリする。

「ぅん……こ、これでも2センチ伸びたんだからね! ?」

「やー! ムキになる凛君カワイイー!」

「やめてね? 何回言ったか忘れちゃったけど、所構わず僕に抱きつくの」

「ホラ、お前ら降りっぞー」

そんなこんだで、授業の後の、新入生歓迎会などの準備に追われた結果、帰りが夜の八時をまわってしまった。

「じゃあね、また明日」

「おう、またなー」「バイバーイ! 」

(急がないと……ご飯作れない……)

二人と別れた後、少し早足で電灯が灯る道を歩いていると、足首にヌルヌルする何かが巻きついてきた。

「ひゃっ! ? 」

それは、一気に両腕と体に巻き付き、強い力で締めてくる。蛇? でも、こんな大きさの蛇が住宅街にいるだろうか。

「うっ……ぐっ……」

「フュゥゥゥゥ…………」

血なまぐさい息と共に、頬にザラザラした舌が這いずる。体を必死によじって抵抗するけど、圧倒的に向こうの力が強い。さらに強い力で締め付けられ、体が悲鳴をあげる。

「ぐあ……ああぅっ! アぐぅぅ……」

「フシュウウウウウウウ…………」

ついには首にまで巻き付いてきてしまう。力は入っていないようだけど、力を入れられた瞬間、僕は多分死ぬだろう。

「だ、誰か……助け……」

「ホーらよっ!! 」

聞き覚えのある声と共に、今まで体を締めていた感覚が消えて、体に自由と安心感が入り込んでくる。

「ハァっ、ハァ……せ、仙」

「よォ、モヤシ。危なかったなぁ?」

電灯の灯りの下に、真っ黒な刃がついた刀を肩にかついだ仙がいた。服も、赤を基調としたジャージから、紺をメイン色とし、腕の部分に一本の白いラインが入ったTシャツ、下は、同じく紺色メイン、裾の部分が白のガウチョパンツに包まれていた。

「な、なんで?」

「お前、見りゃ分かんだろ、罪獣討伐だよ。ホレ、そこに転がってるのが奴だ」

そう言って、電灯の明かりに灯され、僕の目の前に写ったのは、白い体に、黒の模様が入った蛇のような生物の死骸。見た目は蛇そっくりだけど、目と思われるものはなく、下顎が黒くなっており、カッターの刃のような歯が並んでいる口には、灰色の舌がデロンと垂れ下がっていた。

「うッ……」

「コイツが罪獣だ。まぁ、コイツくらいの大きさなら、主はまだ3、4回しか罪を犯してねェな。それも、ロープによる絞殺ってとこか…………まぁ、それでもテレビもんか……モヤシ、大丈夫か?」

「う、うん……大丈夫」

何故そこまで分かるのだろう。体についたヌルヌルをハンカチで拭き取りながら立ち上がると、仙が刀を鞘に収めて一言。それとほぼ同時に、罪獣の姿もドロドロと溶けて、排水溝に流れていく。仙の話によると、完全に死んだらしい。

「罪獣っつーのは罪を犯した奴から出てくるってのは話したよな? そいつらは基本的に人間の心に住み着き、ある一定期間潜伏した後、主の体を離れて辺りをさまよい、さっきのお前みてぇに、人間に襲いかかるんだよ。罪獣が死んでも、主が死なねぇのが気に食わねェがな…………」

「へぇ……それで、あれなのかな……その人の罪によって、罪獣の姿も決まるの?」

「そーゆーこった。さっき言ったみてぇに、コイツの主はロープとかによる絞殺ってところだな。さ、帰ろうぜ。いつも通り鯖缶くれよな、凛」

「仙、初めて僕の名前呼んだね……ありがと」

「べっ……別にいいだろ! 普通に名前呼ぶくらいよ!」

「あれ? もしかして、仙……デレてる?」

「うっせー! デレてねぇよ!」

そう言いながら、僕たちは夜道を駆けていく。家に着くと、家には明かり一つない。リュックから鍵を取り出し、家のドアを開けると、冷蔵庫から鯖缶を取り出して、仙に投げる。

「ほいっ」

「サンキュっ」

スナップを効かせ、ノールックで投げたのにも関わらず、仙は平気な顔でキャッチする。

「凛、なんか手伝うか?」

「大丈夫、基本的な家事はできるから。仙はゆっくり休んでて」

「りょーかい」

刀を侍の如く腰に差し、二階へ上がっていく仙の背中を見て、急いでご飯を炊き、適当に夕食を作る。スマホに届いたメールによると、母さんは今日一日帰って来ないらしい。

「フゥ……ごちそうさまでした」

食器を片付け、二階の自室へ向かう。ドアを開けると、仙がマンガを読んでいるところだった。

「あっ……」

部屋に入った瞬間、気付いた。仙、床に置いている刀をどこから持ってきたのだろうそれと、今着ている服は……多分、僕の引き出しから適当に引っ張り出したのだろう。そう予想して、クローゼットの引き戸を開けると、予想的中。タンスの下に何着か服が落ちていた。

「……なんだよ」

「仙! その刀どこから持ってきたの! ?あと、その服、僕のだよね! ?」

「あー……刀は、昨日の夜中に、お前の家の物置ン中漁ってたら見つけた。服は、そんな感じだ。まぁ、これ借りるわ。あと、その刀、鞘に引っ付いてた紙には鉄刀だって書いてあったぞ」

「へ、へぇ~……物置からねぇ……抜いてみていい?」

「ホイ、重いから気ィつけろよ」

そう言って、片手で投げられて飛んできた鉄刀を両腕で優しく受け止める、つもりだった。

「重っ! ?」

冗談じゃなく、本当に重かった。推定で、1.4キロある。

「な? 言ったろ、重いから気ィつけろよって」

恐る恐る床に置いて、鞘から抜いてみると、刃は薄い黒の部分と闇のように真っ黒の部分で構成されている。薄い黒の部分が斬るところになっているらしく、紙を当ててみると、スラリと切れてしまう。

「ちょちょちょ! コレ真剣じゃん! なんで僕の家にある訳! ?」

「知るかよ……ギャーギャー喚くな。うっせェ」

マンガを本棚に戻し、ベッドに横になった仙は、どこからか持ってきたうちわでパタパタとあおぎながら言った。

「凛ー、あっちぃよー、脱いでいいか?」

「ダメ、絶対ダメ。脱ぐなら僕が見てない時に脱いで! ちょっとぉ! 僕が見てない時って言ってるでしょうがぁ! !」

僕の言葉を気にしないように、仙はTシャツをポイッと僕に投げ捨てる。それはフワリと漂い、僕の顔にかかる。

(待って……本当に脱いじゃったんだよね……だったら、このまま取らない方がいいかも)

そう思っていたのに、仙がTシャツを僕の顔から引きはがす。

「うわっ! ちょっ、待ってっ……」

「なんだよ? ちゃんと着てるから大丈夫だぞ?」

「そう言う問題じゃないんだけど! ?」

そう言って目を開けると、ちゃんと黒のスポーツウェアを着ている仙があぐらをかいていた。なんか、一安心。

「うぇ~、汗でベタベタだ……人間って奴はよくこんな感覚ガマン出来んなぁ……」

「え? 猫って汗かいてもなんとも思わないわけ?」

「バカか、猫が汗かくほど動き回ると思うか?」

「なるほど。確かに、大体ぐでーってしてるよね」

「そういうこった。あぁ気持ち悪ィ……」

「なんなら、シャワーでも浴びたら?」

「じゃあ行ってくるわ」

「うん……って、あれ? えっ! ?仙! ? ちょっと! ?」

自然な流れで部屋を出ていく仙を見た後に、引き止めようとドアを開けたけど、今日母さんは帰ってこないことを思い出し、胸を撫で下ろした。そして、ドアを閉めようとした瞬間、仙の猫らしい叫びが聞こえてくる。

「うにゃー! ! ! !」

「あぁもう! なんなんでィすか一体ィ! !」

軽く発狂しながら下に降り、お風呂場のドアを開けると、全裸の仙が僕に飛びついてきた。その勢いで、僕は仙にしがみつかれたまま床に倒れてしまう。絵にしたらかなりマズイ。

はいそこ。ラッキースケベとか言わない。

「……どうしたの?」

「水……ヤダ……」

(あ、そっか、仙、猫だったんだっけ……確かに、猫は水嫌うからなぁ……なんでなんだろう)

そう思いつつ、暴れる仙を押さえつけながらシャワーを浴びさせ、また適当に僕のクローゼットから引っ張り出したジャージを着せる。その後、仙は大きな欠伸をして、モゾモゾとベッドに潜り込み、柔らかな寝息を立てた。その様子だけは、猫そっくりだった。


何ヶ月かの間で、僕と仙はたくさんの罪獣を討伐した。体が磁石で出来ている、全身トゲトゲのやつとか、標識の板の部分に切れ目を入れるほどの斬れ味を持つ羽を羽ばたかせながらすごいスピードで飛んでくるもの。とにかく、色んな罪獣がいた。何回か死にそうになったけど、仙と一緒なら心強かった。日常でも、色んなことで仙とケンカもしたし、ゲームとか色んなことをして、楽しくて、幸せだった。

(こんな時間が、いつまでも続けばいいのに)

そう思っていた。


「…………匂うな。向こうからだ…………」

ある日、母さんが父さんと旅行に行っている時、仙といつも通り罪獣退治に来ていた。今日は少しだけ遠出をして、山のふもと近くの田舎街に来てみた。仙の話によると、こういう所に、罪獣は溜まりやすいという。

何匹か潜んでいた罪獣を鉄刀で斬り伏せ、辺りを見回す仙の目が鋭く光る。その先には、周りの白いペンキが剥がれた工場が佇んていた。

「あそこの工場? でも、確かあそこは潰れちゃった工事だって聞いたよ」

「……そっから強い気配を感じる。凛、お前はここからもうついてくるな。マジで死ぬぞ」

「仙……」

今まで以上に本気な仙の声に、少しビックリしたけど、覚悟を決めて言い放つ。

「いいや、仙が死ぬ覚悟ができてるなら、僕も死ぬ覚悟はできてる。これでも、脚は早い方なんだからね?」

「ハッ……あれこれ言っても無駄みてェだな、行くぞ、凛」

「うん!」

鉄刀を担ぎ、走り出す仙の後を、僕は自転車を押しながら追いかけ、廃工場へ向かった。


「……うっ……臭い……」

「あぁ、こいつぁ血の匂いだな……それも、相当時間が経ってやがる…………」

敷地内で1番大きな建物の入口にかけられたサビだらけの鉄の鍵を叩き斬り、ドアを開けると、ムワッとした熱気と鼻にネットリと絡みつく血の匂いがした。窓という窓に、すべて釘と板で塞がれており、熱気が逃げるところがなかったからだろうと予想出来た。

「……凛、オレから離れるな…………どこから来るか分からん……」

「……うん…………! 仙、上だ!」

「分かってるよ! ぬぅア! !」

「Gyuwawawawawawawawa! ! ! !」

鉄刀に弾かれ、開け放たれたドアの光に照らされたのは、全身が真っ黒で、耳元まで裂けた大きな口から赤黒い舌を出し、2足で立ちながらコチラを見る、罪獣の姿だった。その眼は赤く光り、腕には大きな鉤爪がついている。筋肉質な脚にも、腕よりは小さいが、恐竜のバリオニクスに似た鉤爪がついている。

「Gyuwawawa……」

「コイツ……主は指名手配並の犯罪者だぞ?」

「来るよ!」

その罪獣は、生物とは思えないほどの脚力で飛び上がり、落下の勢いを乗せた鉤爪を振り下ろす。

「このッ……頭悪ぃ戦い方だなぁ!」

仙は鉄刀を担ぎ、一気に飛び退く。僕は、必死に走り、二階への階段を駆け上がる。

「Gyuwawawawawa! !」

「クソッタレ! いい加減くたばれ!」

鉤爪を鉄刀で弾きながら、仙はイラついてるようだ。罪獣は、赤い眼を細めて、鉤爪を振り回す。鉄刀と鉤爪が当たる度、赤い火花が散る。

「仙! 落ち着いて、動きが雑になってる!」

「知るかよ! !」

そう言って、鉤爪を弾き、罪獣を蹴飛ばす。倒れた罪獣に、鉄刀を突き刺そうとするが、とっさにクロスさせた鉤爪に阻まれ、罪獣の蹴りが仙の腹部にヒットする。ドンッという鈍い音と共に、仙の体が天井近くまで跳ね飛ばされる。

「ゴフッ…………こんにゃろッッ……」

意識を強制的に引き戻して身体を捻り、回転を加えながら、飛び上がってきた罪獣の鉤爪を叩き斬り、脳天にかかと落としを直撃させる。

「コレで……終わりだ……ッッ」

床に叩き付けられ、ビクビクと痙攣する罪獣に、鉄刀を突き刺そうとした瞬間、罪獣の目が一層赤く輝き、いきなり消えた。

「クソッ! どこ行きやがった!」

今までの騒ぎが嘘のように静まり返る。聞こえるのは、降り出した雨の音のみ。板を叩く雨粒の音が、工場の中一面に響く。

「…………」

「…………」

ゆっくりと、壁に向かって近づこうとしたら、上からガシャンという金属音。

「しまっ…………凛ッッ! !」

「えっ……」

後ろを振り返る間もなく、背中に強烈な衝撃。背骨が軋み、肉が潰されるような感覚が、コンマ1秒の間に、ダムが決壊し、大量の水が流れ出して近くの村を粉々に破壊するように、僕の脳内に大量の情報を送る。

「うぐっ……がハッ!」

その情報を一つ一つ理解する暇もなく、下り坂を一気に駆け下りるジェットコースター並の速度で吹き飛ばされ、ゴミの山に頭から突っ込む。

「あぐッ……うっっ……」

なんか柔らかい感触が伝わってきたのを最後に、僕の意識は途切れた。



「…………ん…………凛…………凛!」

「う……せ…………ん…………」

暗闇から意識が徐々に戻ってくると、誰かが僕の名前を呼んでいた。少し低めの、女の人の声。うっすらと眼を開けると、仙が顔を返り血で赤くしながら僕を見ていた。身体を起こそうとすると、今までにない激痛が走る。

「いづぅ! ……罪獣……は……」

「なんとか殺ることができた……なんとか……な」

顔を動かし、少し遠くを見ると、鉄パイプが身体中に刺さった罪獣の死骸が転がっていた。それは、僕が見た直後に、ドロドロと溶けだし、排水溝へと流れ込んでいった。

「……良かっ……た……」

「さっさと帰るぞ…………立て、ないよな……」

「うん……無理……僕、あの時……」

仙の話によると、僕はあの時、罪獣の折れた鉤爪によって吹き飛ばされ、大量のボロ布が詰まったごみ袋の山に突っ込んだらしい。通りで柔らかいと思った。けど、そのおかげで軽い打撲程度でなんとかなったと思う。しかし、まだ息苦しい。

「ゆっくりなら……歩けるかも……苦しいけど……なんとか」

「そうか……いいや、オレがおぶってやる」

「ありがと……」

仙の背中に、僕は体を預ける。暖かい温もりがTシャツ越しに伝わって、まだ生きてるんだな。という実感を持たせてくれた。仙は、僕をおぶりながら自転車を押して歩いている。少し時間が経って、いくらか呼吸が楽になってきたので、仙の背から降りて、ゆっくりと歩き出す。

「もういいのか? 無理になったらまた言えよ、おぶってやるから」

「ありがと……じゃあ、帰ろっか。」

雨が上がり、一番星が瞬く道を、僕達は歩いて帰って行く。



「凛君~! 大丈夫~!?」「大丈夫かよお前……誰かに落とされて肺に傷がついたって…………」

「ありがとう、本合君、谷山さん……部活は?」

あの時以来、なんか呼吸をすると胸の部分が痛かったので、医者に行ってみたら、まさかの肺に傷がついていたそうで、1ヶ月近く安静の処置を取らされた。学校に行って授業を受けられないので、これは退院したらの取り戻しが辛いなァ……。と、ベッドに横になりながら灰色の空を見て思っていた。

そして、今日も本合君と谷山さんがお見舞いに来てくれた。

「二人こそ大丈夫? 部活の大事な時期なのに……」

「なーんのなんの!」

「お前が復帰してくれば、どうにかなるだろ!今回も期待してるぜ! あ、凛、今日の授業分のノートだ」

「ありがとね、僕も早く復帰できるように頑張るよ。あと、ノートありがとう」

二人の笑顔を見て、僕も自然と笑顔になる。

「じゃ、またな!」「バイバーイ!」

「うん。またね」

二人が出ていった後になんとなく窓を見ると、そこには宝石のように青い眼をした白い猫がちょこんと窓の枠に座っていた。そう言えば、僕が家に帰れないため、仙に鯖缶をあげることができない。

「ゴメンね、仙」

口パクで言うと、猫状態の仙は大きくあくびをした後、用が済んだみたいにヒラリと身を翻して、植木の中をスタタターと駆けていく。

そして、20分くらいたった時、猫状態から変化して、人間の姿になった仙がいつもの格好をして、ぶっきらぼうな顔をして入ってきたのに驚いた。その手には、赤いバラが一輪。

「えっ、仙来たんだ。さっき猫状態で来てたじゃん」

「嫌ならすぐ帰るぞ? オレだって来たくて来たわけじゃねぇし」

(じゃあなんで来たんですかね?)

そんな事を思っていると、仙は花瓶に真っ赤なバラを一輪さして、僕の肩にポンと手を置く。あの日、傷付いたとは思えぬほど、白く、キレイな手。

「まだまだ奴らは倒しきれてねぇからな、早く治せよ、モーヤーシ。」

「だーかーらー、モヤシじゃないって……ありがとね、仙」

口角を上げて、病室を出ていく仙の背中を見送り、灰色の雲の間から差し込む日光を見つめる。

罪獣は、どこにでもいる。もしかしたら、キミも罪獣の主かもしれない。

今日の夜も、どこかで黒い刃が光ってる。

そこは、キミの街かもしれないよ?《ルビを入力…》

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罪獣 ひほさん @Kuan

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