抹茶フラッペと生放送

「あーきら、今度の土曜遊びに行かん?」

「珍しいな、遊ぶだなんて」

 同期の恭平が昼休みにそんな事を言ってきた。俺は珍しいと思いながら話を聞く。

「それがさー、今持ってるパソコン買い換えようと思ってさ、ゲーミングにしたい訳」

「それならNEXTGEARおすすめ。俺も使ってる」

「一緒に買いに行こうぜ~」

「まあ、良いけど」

 その位一人で行けるだろうと思ったのだが、どうぜ暇なのだ、付き合ってやろう。

「やった、じゃあアーケード、駅側に十二時集合で、昼もどっかで食おうぜ~」

「おー、いいよ」

 俺たちは昼を食堂で食べ終えて、業務に戻った。今日は探索型RPG、パラノイアのアップデートがある。パラノイアの業績は優秀で、国内ダウンロードが一千万を超えた。これからも伸びていく事が予想されていて、俺たちはプレイヤーが離れて行かないように日々新しいコンテンツを開発しなければならない。その為の会議がこれから行われる予定だ。

「会議始まるぞ」

「え、急げ急げ」

 パタパタと会議室まで俺たちは走り、会議室にプロデューサーやディレクターが来ていたので、俺たちは遅くなりました、と言って席に着く。

「さて、揃ったね」

 プロデューサーの梶井さんが立ちあがって挨拶し、会議が始まった。

「開発のみんな、今度オンライン放送で開発状況を実機プレイしながら伝えようと思う。新しいコンテンツの遊び方や改善した点などを伝える予定だ。若手組からも開発陣として出てもらおうと思っている。もう予定は組んであって、今度の土曜の夜七時からだ。坂本と星川のどちらかか、二人一緒に出てもらおうと思ってるんだが、どうだ?」

 プロデューサーの視線が俺たちに向いた。俺は咄嗟に二人で出ます、と言ってしまった。恭平の恨めしそうな眼を受け流して、スンと前を向く。

「坂本も出てくれるか?」

 梶井さんが恭平に問いかける。恭平は渋々と言った感じで、出ますと言った。

「ありがとう、まあ、時間外労働だが給料は出るから安心してくれ」

 ぱあっと恭平の顔が明るくなる。ひょうきんな奴だ。

「あとでスケジュールと台本渡すから、読んでおいてくれ」

「分かりました」

「了解っす」

 梶井さんは苦笑しながら、今度の開発について話を始めた。

 会議が終わり、解散となる。俺たちはスケジュールと台本を貰って持ち場に戻った。

「いやあ、俺も放送出るのかー」

「不服か?」

「いや給料が出るなら不服じゃない」

「変な事言うなよ?」

「変な事って?」

「いや、何でもない、台本通りに頼む」

「任せてよ」

 恭平はそう言ってパソコンに向かい始めたので、俺もパソコンでコンテンツの紹介のパワーポイントを作り始めたのだった。


 土曜日昼、俺は恭平と合流するためにアーケードに向かった。十六時からリハがあると言うのでそれまでに買い物を済ませてしまいたい。

「あ!あーきら!」

「よう」

「あっちでエナドリ配ってたの貰っちゃった、俺飲まないからあげる」

「サンキュー」

 俺は早速それを開けて、飲み始めた。

「じゃ、行こう」

「おう」

 恭平はルンルンと歩いていき、目的の店にたどり着く。ここら辺で一番ゲーミングPCを取り扱っている店だ。

「えーと、NEXTGEAR……」

「これじゃない?」

 陳列されている棚からお目当ての物を見付けて、俺は恭平に声を掛ける。

「たっか」

「高いよな」

「まあ、予算四十万位と思ってたから、良いけど」

「それなら良いが」

 俺は恭平が店員にこれくださいと言うのを眺めながら、何処に飯を食いに行こうか考えた。今日は那瑠さんの所に行こうか、それとも行きつけの油そば屋にしようか。

「じゃあお会計お願いしますねー」

 のんびりとした店員さんの声で、那瑠さんの所に行こうと決めた。

「よーし」

 カートにPCを入れて貰った恭平はカラカラとカートを押してレジに並ぶ。会計を終えて、一旦家に置いてくるわーと言って、恭平は一度家に帰っていった。俺は那瑠さんの店に向かって、恭平に店の名前を教えてここで待ってるーとメッセージを送った。

「こんにちは那瑠さん」

「お、秋良、いらっしゃい」

 にこやかに出迎えられて、今日は連れがいますと告げる。

「彼女か?」

「いえ、同期です」

「ほう、珍しい」

「たまには良いかなと」

「うんうん、嬉しいよ」

 じゃあ、何飲む?と那瑠さんは訊いてきた。俺はカプチーノにシナモンフレーバーをトッピングに頼み、暫く待つ。

「おまちどおさま」

「ありがとうございます」

 俺は熱いそれをク゚っと一口飲み、歪んでしまったラテ・アートを眺めた。もったいないなと思った時もあったが、それを言ったら夏生から飲むためのコーヒーだよと言われた事がある。それを思い出しながらもう一口。苦さを味わった所で、恭平が今着くとLINEを送ってきた。俺は二人分のオムライスを那瑠さんに頼んで、恭平の到着を待つ。

「いらっしゃいませ~」

「秋良、お待たせ」

「よう」

 カウンターにつかつかと歩いてきた恭平に隣に座るように促した。

「お洒落な店知ってんねー」

「俺の父さんのお姉さんがやってんの。昔からお世話になってる」

「へえ~」

「聖北総研の橋本さんいるだろ?」

「うんうん、よくお世話になってるね」

「奥さんだよ」

「へえ~!」

「お、秋良、そちらが同期の?」

 那瑠さんがオムライスを持ってやってきた。那瑠さんは面白そうな顔になってそう言う。

「あ、坂本恭平です、どうもウチの秋良ちゃんがお世話になってます」

「ははっ、秋良ちゃん、よく来てくれてるよ、恭平ちゃんもどうぞ御贔屓に」

「恭平で良いっすよ」

「恭平ね、覚えとくよ。私は星川那瑠。はい、ご注文のオムライス」

 ふわっとしてトロリとしているオムライスを目にして、恭平の目の色が変わった。

「うわ、美味そう」

「デミグラスソースが良いんだよなあ」

「冷めないうちにどうぞ」

「ありがとうございます」

「いただきます!」

 二人でスプーンを持って一口。卵の優しい味とデミグラスソースの甘酸っぱい味が広がった。

「美味い、これは、何と言うか、俺が今まで食べたオムライスで一番美味い」

「そうだろう?俺のおすすめだよ」

「ありがとう。食後に何飲む、恭平」

 那瑠さんから問われて、恭平はメニュー表を手に取った。

「あー、抹茶フラッペが良いっすね」

「オーケー、では、ごゆっくり~」

 那瑠さんが行ってしまうと、恭平は俺に耳打ちするように、小声で言葉を紡いだ。

「橋本さんの奥さんなんだよな?」

「ん、そうだけど」

「めちゃくちゃかわいいじゃんか!推せる!」

「……既婚者だぞ?」

「俺通うわ」

「マジで?」

「マジもんよ」

 恭平はにこやかになってそう言うので、俺は溜め息を吐いたのだった。

「程々にな?」

「分かってんよ、既婚者って分かってりゃ、ダメージも少ない」

 スンと恭平が真顔になってしまったので、まだ彼は推していた声優が結婚した事を引きずっているのだろう。そんなに推せる人がいるのは幸せな事だ。という所で俺は美穂を思い出して、泣きそうになるのだった。

「何、どした!泣きそうな顔しちゃって!」

「なんでもない」

「なんでもない顔してないって秋良ちゃん」

「ちゃん付けやめろ」

 俺は鼻水をすすって笑った。

「オムライス、冷めちまうぞ」

「食わなきゃ」

「おう、食おうぜ」

 俺たちは黙々と食べ終えて、食後のコーヒーを貰い、ホッと一息つく。

「那瑠さん、美味かったっす!」

「お、口に合ったか、良かった。はい、抹茶フラッペ」

 那瑠さんは恭平の言葉ににこりと笑って答えた。それはもう恭平の胸を打ち抜くには充分だった。

「か、かわいい……」

「え?」

 那瑠さんが訊き返すが恭平には聞こえていない。

「供給過多だ。もう笑わないでください那瑠さん」

 恭平がかろうじでそう言ったので、那瑠さんはよく分らんが笑うなと言うならそうする、と真顔になった。

「あっ、真顔も良いっすね」

「もうだめだこいつ」

 俺は溜め息を吐いて、恭平が抹茶フラッペを飲み終わったタイミングでお会計をしてもらい、半ば引っ張るようにして恭平と共に店を出た。

「あー俺の那瑠さん……」

「お前のじゃないからな?」

 俺は再度溜め息を吐いてそう言う。時間は十五時前。会社にいても良い頃合いだろう。ともかく、俺たちは会社に向けて歩き出した。

「あーマジで那瑠さん美人」

「まだ言ってんのか」

「うん」

「今度実家で小っちゃい頃のアルバム見せてもらうか?」

 俺は半分冗談で言ったのだが、恭平は真面目な顔になって良いの?と言ってきた。俺はまあ良いんじゃね、と答える。父さんと母さんなら那瑠さん好きを一人連れて行っても何も言わないだろう。なんせあの二人も那瑠さんが大好きだからだ。

「いやあ、本当に美人だし、かわいいし」

「まだ言ってんのか」

「いやどの声優よりもかわいいし良い声してんね!」

「昔はバンドやってたらしいよ」

「すげー」

 ひとしきり那瑠さんについてのは話が終わった頃、やっと会社に着いた。

「おはようございまーす」

 二人で挨拶すると、ちらほらと土曜出勤の方々から返事が返ってくる。俺たちはデスクに座り、最終確認をし始めた。

「化粧とかすんのかね」

「スタイリストさんくるって言ってなかった?」

「ああ、言ってたかも」

 俺たちは台本を読み込んでから時間通りに会議室へと向かう。スタイリストさんが待機していて、俺たちは慣れない化粧を施してもらった。

「うわ、顔ベタベタする」

「触らないでくださいね~、パウダー塗ったらさらさらになりますから」

 スタイリストさんは苦笑しながら恭平にそう言って、パウダーを塗り始める。俺も同様にしてもらって、あとはヘアセットだ。コテをあてて、くるっと俺の髪は外跳ねになる。俺の髪はいわゆるウルフカットで、少し襟足が長いのだ。

「これで終わりです、頑張ってきてください」

「ありがとうございます」

 俺たちはお礼を言ってスタジオ(会議室)に入る。まだプロデューサーたちは来ていないようだ。指定されている席に座って、台本を再度読み始める。ある程度読んで頭に入った所でプロデューサーたちがやってきた。

「お、星川、坂本、早いな」

「お疲れ様です」

「お疲れ様でーす」

「お疲れ、生放送だから迂闊な事話すなよ~」

 そんな事で釘を刺されて、俺たちは話しませんよ、と苦笑いをした。カメラの調整や照明なども入っていて、本格的に始まろうとしている。俺たちは柄にもなく緊張してきた。滅多に人前に出ない俺たちが、公の場に出ると言うのだ、緊張しないわけがない。

「いや緊張すんね」

 恭平の言葉に俺も頷いて、溜め息を吐いた。

「実機渡しておく」

「はい」

 プロデューサーからテスト用の実機を預かる。という事は本番俺たちが操作をするという事だ。俺はレベルや装備を確認し始める。恭平も同じ様に確認し始めたので、俺たちは顔を見合わせて、このアカウント強くね?と同じ事を言った。

「やっぱり?強いよね」

「ああ、装備も揃ってるし、見た事無い衣装着てるし」

「これが今度実装されるやつか」

「ぽいな」

 そうしている内に生放送が始まった。プロデューサーの一声。

「パラノイア、公式生放送ー!」

 拍手で始まった生放送は、順調に今後のアプデやコラボ情報、盛り沢山の内容だった。そして俺たちのちょっと先のアプデ情報のコーナーがやってきた。

「えーまず、マッチング機能を改善します。今までは一人の方がパーティを組む際沢山の時間を要していましたが、手軽にマッチング出来るようになります。またレベル差を無くす為に同レベル帯の方とマッチングするようになります。現在のレベル分布表をスクリーンにお願いします」

 スクリーンが変わったタイミングで、また俺が話始める。

「このように、レベルが高い方も増えてきましたので、今後もっと手応えのあるダンジョンを実装予定です」

 スクリーンが戻り、俺の顔が映ってから実機の画面になる。実機プレイの時間だ。俺は実機のパラノイア1と言う名前で、恭平が持っているのがパラノイア2だ。俺はパラノイア2をパーティ招待して、テストプレイを始める。

「このように、いつもよりも強い敵からは、品質の良いアイテムがドロップするようになります。このアイテムは今後トレード機能でもトレード出来るように調整予定です。トレード機能の紹介をします。トレードで欲しい素材がソート出来るようになります。ここの右側のソートボタンをタップしてもらうと、ソート画面に移ります。ここから先程ドロップしたアイテムを探すことも出来ます」

「いやあ、今までよりも更に使いやすくなりますね」

 プロデューサーの声が掛かって、俺ははい、そうですねとにこりと笑った。次はアプデに伴うガチャシステムの改善、恭平の番だ。

「次はガチャシステムの改善です。今まで欲しい衣装が手に入らなくて泣く泣く諦めた方も多いと思いますが、ガチャが定期的に入れ替わり、復刻もします。また天井システムを改善し、最大で五十連で欲しい衣装が手に入るようになります。もし過去の衣装で取り逃した衣装があれば、この際に引いてみてはどうでしょうか。天井システムは前からありましたが、ガチャの確率とコスパを考えた時に五十連が丁度いいのではないかという判断です。またすり抜けた際、次の五十連で確実に手に入るようになります。」

「楽しみですね」

「はい、俺も楽しみです」

 俺たちの出番が終わり、またプロデューサーの説明が入る。俺たちはホッと一息ついて、プロデューサーが話しているうちに飲み物を一口飲ませてもらった。

「今回のアプデに伴って、各地のカフェでコラボをさせてもらえることになりました。対象カフェはイベントページからご確認ください。コラボグッズや特別なドリンクをこの際に手にしてみてはどうでしょうか」

 プロデューサーはそこでいったん区切り、さて、と前置きしてまた話始める。

「長くなった生放送も此処で終わりの時間です。沢山の方々に視聴していただけて嬉しい限りです。では、また今度の放送でお会いいたしましょう、それでは、さよなら~」

「さよなら~!」

 みんなで声を合わせてカメラに向かって手を振った。はい、オーケーです、とカメラマンさんが言う。俺たちは手を振るのを止めて、立ち上がりお疲れ様です、と声を掛け合った。

「いや、充実した内容だった。ありがとうみんな」

「プロデューサーもお疲れ様でした」

「ありがとう」

 俺たちは別室で化粧を落として、帰路に就く。

「ねね、秋良ちゃん、コラボカフェにユーモレスク入ってんよ!」

 運営のサイトを覗いていた恭平が驚いた顔でそう言った。俺も初知りだったので驚く。

「え、マジ?」

「マジもんよ」

 恭平はほら、とコラボカフェ一覧を拡大して見せてきた。本当だ。那瑠さん何も言ってなかったのに。俺たちはこの後飲みの予定を入れて、那瑠さんの店に向かった。那瑠さんにはまた来たのか、と言われそうだが、放送を見ていてくれたかもしれないし、と思って行きたくなったのだ。

「いやあ、今日だけで二回も会えちゃうなんて、俺ったらラッキー」

「お前の頭が羨ましいよ」

 俺はクスリと笑った。そして那瑠さんの店に着く。

「いらっしゃいませ~」

「こんばんは那瑠さん」

「こんばんは~」

 那瑠さんはちょっと意外そうな顔をして、カウンターに座りなよ、と言った。

「放送見てたぞ~。随分かっこよかったじゃないか、二人とも」

「あざす!」

「いつからコラボカフェやるって話来てたんですか?」

「一ヶ月前位かな。プロデューサーさんが直談判しに来たよ」

「すげー」

「プロデューサーさんもウチの常連さんだからな」

「え、マジすか」

 俺は驚いて、もしやこの後来るんじゃないかとヒヤッとした。

「愚痴とかよく聞くよ。まあ仕事柄色んなお客さんの愚痴はよく聞いてるけど」

「プロデューサーにも愚痴が」

「二人の事は大層褒めてたよ。安心しな」

「良かった」

 俺たちは酒を注文して、飲みながらパラノイアをプレイし始める。実機のような強いアカウントではないのが少し残念だが、このアカウントは初めてのプレイヤーIDを与えられているのでそれだけは嬉しい。ちなみに恭平のは二番目だ。

 俺たちはパラノイアの話を那瑠さんとひとしきりして、盛り上がった。

「いや、天井システムありがたい、本当に」

「那瑠さんがそこまで入れ込んでるとは」

「嬉しいっす」

「昔から探索型RPG好きなんだ。蓮もやってるよ」

「蓮さんまで」

「橋本さんっすか!」

「そうそう、そういや総研と関わりあるらしいな、蓮は役に立ってるか?」

 那瑠さんはおどけた顔で訊いてきた。俺たちはお世話になりっぱなしですよと口を揃える。

「そりゃ何よりだ」

 そうして那瑠さんとゲームの話で盛り上がりながら、俺たちの夜は更けていったのだった。

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