晴樹のホワイトデー

「なあ俺の机に置いてあるチョコレートのプレゼント主知らねえ?」

 俺は登校時間ギリギリで入った教室の、机の上に置いてあるチョコレートの山を見てクラスの友達に声を掛けた。

「いや女子いすぎて分かんなかったぜ」

「そんなにか」

「ああ」

 丁寧に置かれたチョコレートの箱の山を見て溜息を吐く。プレゼントしてくれるのは嬉しいが、お返しが大変だとぼんやり考えた。

「これはA組の美華ちゃん、これもA組の希ちゃん……これは……」

 名前が分かるプレゼントを鞄に詰め込んだところで予鈴が鳴り、担任の真波先生が教室に入ってきた。

「皆おはよう、お、晴樹モテモテだな、さっさとしまえよ」

「ハーイ」

 くすくすとクラスのみんなから笑われる。俺はちょっと気恥しい気持ちになって、急いでプレゼントをしまった。


 昼休み、俺は告白の手紙を入れてくれた女子の元へと向かった。入れてくれたのは五人。去年よりも多かった。急いで昼食をかきこみ、時間がある限り他のクラスを見て回った。そして丁寧にプレゼントのお礼とお断りの言葉を言う。皆口々に玉砕覚悟だったからと言うので、なんとなく居心地が悪かった。俺にはその時彼女は居なかったので益々気が引ける。

 俺は残った昼休みの時間で貰ったチョコレートを頬張った。捨てるのは勿体ないし失礼だと思うのだが、たぶん太る。ちょっと筋トレの量を増やすか、と考えていた所で昼休みが終わってしまった。

 

 放課後、部活のために着替えてピロティに向かう。雪でグラウンドが埋まっているので俺たちサッカー部や野球部など外の部活の面々は交換でピロティや廊下などを使用しトレーニングを行う。

「よう、晴樹、今年も大量に貰ったらしいな」

「尋人先輩、こんにちわっす。何で知ってるんすか……」

 一つ上の、藤原尋人先輩は面倒見が良くサッカーも上手い頼れるキャプテンだ。彼はトレーニングの機械を運びながらケラケラ笑った。

「いやぁ、さっき他の部員から聞いたんだよ」

「噂って怖いっすね」

「モテモテで羨ましいよ」

 尋人先輩はまた笑ってそう言うが、先輩がモテている事は周知の事実だ。こんなに優しい人を俺は見たことがないし、ましてやそのルックスの良さで振り返らない人はいないだろう。

「先輩もモテるでしょうに」

「俺モテないよ。好きな人からもちゃんとしたチョコは貰えなかったし、皆義理チョコばっかりさ」

 これは聞き捨てならない事を聞いた。

「先輩好きな人いるんすか」

「ああ、同じクラスにいるんだよ」

 先輩の好きな人、これは気になる。俺は軽い準備運動をしながら尋人先輩に尋ねる。

「どんな人なんですか、先輩の好きな人」

先輩も同じように準備運動をしながら答えてくれた。

「凄く美人でさ、努力家なんだよ。進路先も聖北大学に決まってて、俺と一緒なんだよね。アプローチはしてるんだけど俺に興味無さそうでさ、参っちゃうよ」

 この時期に大学が決まっているという事は推薦で合格したのだろう。先輩が部活に顔を出せているのも頷ける。

「俺が女子だったら先輩の事絶対放って置かないのになあ」

「そうか、それは嬉しいな」

 先輩は照れた笑いを見せて頬をかいた。

「でもさ、俺の事眼中に無いってさ、結構燃えるよ。絶対振り向かせてやる!みたいな」

「あー、なるほど」

 そこまで好きな人に出会ったことがない俺には分からないが、先輩の恋路を応援したいと思った。俺は告白されて付き合う事が多かった。追いかける気分も味わってみたいと思うが、なかなかそこまで好きになれる人がいないというのが現状である。正直羨ましかった。

「いやぁ、ホワイトデーに告白したいけど、三月って自由登校じゃん?学校来るか分かんないし、連絡先も交換して貰えないんだよね。八方塞がりなんだわ」

「それきついっすね」

「本当にな。どうにかなんねえかな」

 先輩は溜息を吐いて自嘲気味に笑う。確か先輩は姉の有希と同じクラスだったなと思い出した。

「先輩、もし良かったらですけど、有希に頼んでみます?同じクラスでしたよね」

「晴樹……有希ちゃんなんだよ」

「え?」

「だから、好きな人。有希ちゃんなんだって」

「え、ええ?」

 先輩は顔を赤くして、また溜息を吐く。俺は頭が追い付かなくなって、しばし放心してしまった。

「晴樹から有希ちゃんの連絡先聞いちゃったら駄目なんだよ。もう少し頑張ってみるわ」

「は、はい」

 先輩は準備運動を終わらせてトレーニングに入る。俺も頭を整理しながらトレーニングに励むのだった。


 家に帰ると、もう有希は帰ってきていた。ソファに身を沈めてゴロゴロしながらスマホをいじっている。俺がただいまと声をかけると、身を起こしておかえりと言ってくれた。俺は尋人先輩の事を言おうか悩んだ。

「どうしたの晴樹、そんな所に突っ立って」

「あ、いや、何もない。それよりさ、バレンタインのお返ししたいんだけど、有希お菓子作れる?」

「作れないよ」

 有希はニコニコして言う。あっさりと返されたので面食らった。

「お菓子なら秋良とか那瑠ちゃんとかに教われば?」

「あ~。那瑠さんのところ行こうっと」

「私も行こうかな、友チョコ結構貰ったんだよね」

「じゃあ一緒に行こうよ」

「いいね。そうしよう」

 俺たちはそうと決まれば、という勢いで那瑠さんに電話をする。那瑠さんはすぐに電話に出てくれた。

「もしもし?」

「あ、那瑠さん、俺です」

「晴樹か、どうした?」

 俺たちは三つ子で声も顔もそっくりだが、那瑠さんは一度も俺たちを間違った事がない。素直に嬉しい。

「バレンタインのお返しを考えていて、お菓子作り教えてもらえたらなーって思いまして」

「ああ、いいよ。いつにする?ホワイトデー前日でいいか?」

「はい、お願いします」

「分かった。その日は……火曜日か。定休日だから何時に来てもいいよ。都合がついたら来てくれ」

「分かりました、ありがとうございます!」

 俺たちはその後少し話をして電話を切った。有希にピースサインを送る。有希も顔を綻ばせて喜んだ。有希はそういえば誰かにチョコレートを贈ったのだろうか。

「有希はさ、誰かに贈り物した?」

「市販のチョコレート皆に配ったよ」

「それだけ?」

「うん、それだけ」

 有希らしいなと思った。有希は料理やお菓子作りが苦手だったなと思い出す。秋良や夏生は誰かから貰ったのだろうか。

「有希。俺チョコレート沢山貰っちゃったから、ちょっと分けるよ」

「え、良いの?」

「うん、結構あるからさ」

「ありがとう」

 俺は名前が入っていないチョコレートを有希に幾つか渡した。有希はこんなに良いの?と言ってきたが、俺は良いよと返して包みを開ける。美味しそうな生チョコだ。

「美味い」

「美味しーい!晴樹はいつもこんなに貰ってるのね、モテモテだね」

「いやあ。義理チョコも多いよ」

 俺は生チョコをもう一つ口に放り込んでそう言う。有希はニコニコしながら言葉を続けた。

「義理チョコもって事は本命チョコも貰ったの?」

 そう来たか、と俺は溜息を吐く。俺はやれやれと首を振った。

「本命も貰ったけど全部断ったよ」

「何で?」

 有希の無垢な瞳とぶつかる。

「よく知らない相手と付き合うのも何か申し訳ないじゃん?」

「確かに」

「だから断った」

「そっかそっか」

 有希はうんうんと頷いて、またチョコを頬張った。俺は生チョコを口の中で溶かして水を飲む。甘ったるい香り、コーヒーが飲みたい。

「最近さ」

「うん?」

 有希がそういえばという感じで口を開いた。

「サッカー部の部長の藤原君によく話しかけられててさ」

 俺はギクリとする。ついさっき有希の話をしたばかりだった。

「チョコ欲しいのかなって思ってあげたんだけど、なんか残念そうにしてたんだよね」

 心の中で違うんだ!と叫ぶが、俺は軽く流す。ここで俺が何かをやらかす訳にはいかない。何か良い言葉は無いかと探していると、秋良と夏生が帰ってきた。

「あ、おかえり!」

「ただいま」

「ただいま有希、晴樹」

 二人はコートを脱いでハンガーにかけ、鞄を下ろしてそれぞれソファに座る。秋良がこっちを向いて口を開いた。

「晴樹、今年も女子泣かせだったな」

「仕方ないよ、何人とも付き合う訳にもいかないし」

「そうだよなあ」

「そう言う秋良はどうだったんだ?」

 俺は鞄を漁る秋良に声をかける。秋良は鞄から一つ一つ丁寧にラッピングされた箱や袋を出した。

「俺は部活とかクラスの女子から義理チョコ貰ったよ」

「良かったじゃん、夏生は?」

 俺はぼんやりと天井を見上げていた夏生の方を見る。

「俺は……まあクラスの女子から」

「やっぱそんなもんだよなあ、晴樹が一番モテるって三つ子として何だかな」

 秋良が恨めしそうにこちらを見た。俺は気まずくなって頬をかく。ははっと笑って受け流してキッチンの机の上に鎮座するチョコレートの箱に目をやった。特にモテたいと思った事もないし、特別ファッションにこだわっている訳でもないのに、どうしてこんなに差が出てしまったのだろう。

「ま、俺はパソコンが彼女みたいなもんだから良いけどさ、お返し、頑張れよ」

「それは笑うわ。俺那瑠さんの所でお返し作るんだけど、二人も来る?」

「僕は市販のやつ買うからいいや」

「俺は自分で作れるから大丈夫」

 夏生と秋良はそう答えて、二人同時に欠伸をした。俺もつられて大きく欠伸をする。こういう時に俺たちは三つ子なんだなあと自覚する。俺たちはくだらない事で笑ったり泣いたりする時いつも一緒だ。有希は俺たちを見て笑った。

「ただいまー!遅くなっちゃった、すぐご飯作るね」

 母さんが帰って来た。俺たちは口々におかえりなさいと言って出迎える。

「あらあら?このチョコレートの山は晴樹かな?」

 母さんはキッチンに来て、食材をエコバックから冷蔵庫に移しながらそう言った。俺はちょっと照れながら頷く。

「晴樹はモテるね。はい、これ、ビターチョコ。三人に買ってきたよ」

「やった」

「ビターチョコ嬉しい」

「え~葵ちゃん私には?」

 有希はソファから身を乗り出して、対面式キッチンの向こうにいる母さんに言った。母さんは微笑んで、包みを一つ有希の方に見せる。

「有希と私はこっちのクッキーだよ」

「やったあ」

 有希は嬉しそうにしてキッチンへ向かう。

「今食べる?開けていい?」

「夕飯が終わったら一緒にコーヒーでも飲みながら食べようか」

「はあい」

 母さんはそう言うと夕飯の準備に取り掛かる。今夜は鍋らしい。俺たちは一度部屋着に着替えるために自室に戻った。


 三月十三日。俺と有希はバスに乗って聖北高校前まで行き、そこから徒歩で那瑠さんの店まで向かう。三月も半ばだというのに雪がちらつく寒い日だった。

 カランカランと店の鈴が鳴る。店の中は暖かかった。那瑠さんは、よく来たねと言って、カプチーノを俺たちに出してくれた。いただきますと言ってコーヒーを飲む。暖かい優しい味がした。

 コーヒーを飲み終えた俺たちに、那瑠さんは優しく丁寧にクッキー作りを教えてくれる。初心者でも失敗しない美味しいクッキーの作り方だそうだ。俺たちはメモを取りながら生地を作る。

「ラッピング用の袋とか持って来た?」

 那瑠さんの一言に俺は、あ、と声を出す。那瑠さんは笑って言葉を続けた。

「忘れてきたか。生地を休ませる時間が必要だからその時に買っておいで」

「はい」

 それから十数分で生地が出来上がって、俺は一人で外に出る。有希は寒がりだから、俺なりの気遣いだ。俺は近くの百均に向かう。風はさっきよりも弱くなっていて、雪も止んだようだ。急ぎ足で店に入ってラッピング用品を探す。幸いホワイトデーの期間だったので店頭に並んでいた。俺は女子が好きそうな可愛らしい袋を、何人分か分からないが適当にセレクトしてレジを済ませる。そして急いで那瑠さんの店に戻った。

「早かったな」

「はい、急いで来ました」

「まだ寝かせてるから、適当に座っていていいよ」

「分かりました」

 俺はカウンター席に座る有希の隣に腰を下ろす。ラッピング用の袋の他にクッキーの型を買ったのでそれを有希に見せると、有希はキラキラした目で感嘆の声を漏らした。

「私型抜きなんてしたことない!楽しみ!」

「そんなに喜ぶなんて思ってなかったよ」

「ふふ、ありがとう晴樹」

「いえいえ」

 那瑠さんは俺たちを眺めてコーヒーを啜っている。それがかっこよかった。それから十分位して、那瑠さんは丸めた生地を冷蔵庫から出してから、うん、と頷いた。

「もう十分に冷えたから、あとは伸ばして型抜きだな」

 有希は我先にと伸ばし棒を手に取って、小麦粉をふった台の上で生地を伸ばし始める。ルンルンと鼻歌なんか歌って、とても楽しそうだ。

「何の型使う?」

「クマとか?」

「いいね!」

 俺たちはわいわいと型抜きをして、オーブンシートにそれらを並べる。那瑠さんが先に温めておいてくれたオーブンにセットして、俺たちは手を洗ってまたカウンター席に座った。

「楽しみだね!」

「うん」

「そこまで楽しんでくれて良かった、教え甲斐があったよ」

 那瑠さんの笑顔に癒されつつ、また俺たちはコーヒーを淹れてもらう。その間俺はラッピング用の袋を準備して、何人に配れば良いのか考えた。

「晴樹、何人に配るつもりなんだ?」

 那瑠さんの言葉に俺は思案する。名前が分かるだけでも二十は超えているだろう。

「三十もあれば十分かなあ」

「じゃあ一人二、三枚か。まあ大きめの型だったしちょっとしたプレゼントには丁度いいな」

「良かった」

 熱々のコーヒーを受け取りながらホッと溜息を吐いた。有希も私もその位いるかも、と言うので多めに袋を買ってきて良かったと思った。

 辺りにクッキーの焼けるいい香りが漂ってくる。俺と有希はお腹をぐぅと鳴らした。

「ふふ、二人とも、何か食べるか?」

 那瑠さんがそう言ってくれたので、俺たちはありがたくその言葉に甘える事にした。

「そうだな、昨日からの余りで申し訳ないけどニューヨークチーズケーキでいいか?」

「もちろんです」

「わーい」

 有希はまた目を輝かせる。有希を好きになる尋人先輩の気持ちが少しだけ分かった気がした。那瑠さんは保冷庫からチーズケーキを出して、俺たちの前に置いてくれる。俺たちは手を合わせてからそれに手を付けた。

「美味しーい!」

「美味いです、那瑠さん」

「それは良かった」

 那瑠さんは微笑んで俺たちを見る。しっとりとしたチーズにサクッとした底の生地が美味い。俺はケーキとコーヒーを交互に口にしてひと時を楽しんだ。

「そろそろ焼きあがりだ」

 那瑠さんはそう言ってオーブンからクッキーを取り出してケーキクーラーの上に一つ一つ丁寧に置く。俺たちはそれを見て、わぁと声を上げた。綺麗なキツネ色のクッキーだ。那瑠さんが味見だと言って俺たちの皿に一枚ずつ置いてくれたクッキーを食べる。

「ん!美味いっす」

「熱々を食べられるのは作った人の特権だな」

「美味しーい!」

 那瑠さんが、あとは冷まして袋詰めして完成だなと言ったのに頷いた。それにしても美味い。お菓子作り初心者でも美味しく作れるんだなぁと思った。

「よーし、冷めたぞ」

「はーい」

 那瑠さんの一声で俺たちはまた調理場に立たせてもらう。クッキー三枚ずつの袋が、その数五十袋。大量に出来上がったそれを、有希は写真に収めていた。

「完成、だな」

 那瑠さんがそう言って俺たちの肩をポンと叩いてお疲れ様と声をかけてくれる。俺たちはお礼を言って、クッキーの袋を、持って来た紙袋に詰め込んだ。

 帰り際、外は晴れ。俺は見送るよと言ってくれた那瑠さんに、クッキーの袋を一つ手渡した。

「ん?くれるのか?」

「はい。今日のお礼と、ホワイトデーのプレゼントです。今日は本当にありがとうございました」

「ふふ、ありがとう。ありがたく頂戴するよ」

「また来ますね!」

「ああ、待ってるよ」

「那瑠さん、また来ます~」

有希ものんびりとそう言った。俺たちは手を振って別れ帰路に就く。

「それにしても、クッキー美味しかったね」

「うん、めちゃくちゃ美味かった。明日が楽しみだ」

 毎年チョコレートを貰っていたがお返しはいつも市販のものだった。今年のホワイトデーは良い日になる、そんな予感がした。

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