ダブルショット・ラテと結婚指輪

「よう元気か」

「お前なあ、帰って来るなら連絡の一つでも寄越せ」

 カウンター越しにつかつかと歩み寄ってくる人物、橋本蓮に呆れた声を掛ける。

 胸元には蓮から貰った指輪が電球の灯りに照らされて光っていた。一年と数ヶ月前にここでプロポーズされて婚約まで至ったのは良いが、蓮は全く此処に帰ってこない。この数ヶ月だって、一度も顔を出したことは無い。

 時間は深夜十二時前、そろそろ店を閉める頃だ。

「ごめんって」

「……まあいいさ。なんか飲むの」

 私は諦めたように呟いてから訊く。いつもの事だ、何かしら注文するだろうと思ったのだ。

「ジンライムと鮭茶漬けに鶏の唐揚げとミックスサラダ」

「結構がっつり行くな」

「腹減ってんだよね」

 今日は十二月の月曜日、朝から雪が静かに降っていたが今は止んでいた。明日も仕事の筈だが一体この男の体内時計はどうなっているんだと疑いたくなる。

「ちょっと待ってな」

「おう」

 蓮はそう言うとパソコンを取り出して何やらカタカタとし始めた。もう慣れた手つきで酒を作ると蓮の前に置いてやる。そしてもう止めてしまったフライヤーを温め始める。先程消したばかりだから直ぐに温まるだろう。サラダも殆ど仕込みが済ませてあるので直ぐに出す事が出来た。後はお茶漬けか、私はご飯の残量を確認して……結構残っている……頷くと大きな椀にご飯を盛る。どうせもう誰も来ないのだし、全部食べさせてやろうと思ったのだ。

「はい、お茶漬け」

「サンキュ」

 蓮は酒の前にご飯に手を伸ばした。冷蔵庫の中を眺めるとそろそろ期限が切れそうな卵を見つけたので、厚焼き玉子を作る事にした。冷凍保存してある大根下ろしを半解凍して皿に盛り付けておく。塩で軽く味を調えて、温まったフライパンに卵を流し込んだ。

 あっという間に蓮は大盛りのお茶漬けを食べ切りサラダに手を伸ばす。どれだけお腹が空いているのだろうか。出来上がった厚焼き玉子を出してやると、蓮は喜んで箸を付けた。

「美味い」

「そりゃ良かった」

 温まったフライヤーに唐揚げをそっと入れる、五分位で揚がるので、そのままじっと跳ねる油を眺めていた。

 ピピッ、五分間意識が飛んでいたようで、アラームでこちらの世界に引き戻される。熱々のそれを蓮の前に置いた。

 自分用に入れたモカ・ラテを一口飲んで欠伸をする。昨日は少し夜更かしをしてしまったので眠くて仕方ない。何とかカフェインの力で乗り切って欲しい所だが、それに期待出来そうにない程には眠い。カウンター内にある丸椅子に座る前に、カーテンを閉めて看板を仕舞いクローズの札を掛ける。そうしてから周り拭きを済ませ店内が綺麗になった所で洗い物を始める。依然蓮はパソコンで何かをしている。

「仕事でもしてるのかい」

「まあそんなところ」

「そっか」

 洗い物を済ませると途端に暇になる。夕飯を食べていない事に気が付いたが、お腹も空いていない。丸椅子に腰掛け、腕組みをするとコクリコクリと頭が揺れた。

「眠いか」

「ああ」

 蓮の問いに俯きながら答えると、蓮はパソコンを閉じる。

「部屋で寝ようぜ」

「ああ……」

 もう意識は半分無い所だ。部屋に移動するのも面倒である。

「もうここで寝るからいい」

「駄々っ子め」

 蓮は溜息を吐いて微笑んだ。

「ほら、行くぞ」

「うん……」

 やっとの思いで立ち上がると、蓮にまったく、と言われ姫抱きにされた。

「相変わらず軽いな」

「五月蠅い下ろせ」

「やだね」

 蓮はそのまま自宅のドアを開けると寝室へと向かう。そして優しくベッドに下ろされると蓮はスーツを脱いで風呂に行ってしまった。相変わらず鍛えられた身体だなとうっすら思った所で意識は無くなった。


 寝室に戻ると、那瑠はもう寝息を立てていた。余程疲れているのだろう、眉間に皺が寄っている。

「頑張りすぎな」

 眉間を撫でてやるとそのしかめっ面は落ち着いて、那瑠は目を開けた。

「なんだよ……」

「いや、可愛いなと思って」

「誰彼構わず言ってんだろ」

「言ってないよ」

「どうだか」

 那瑠はまた欠伸をする。そして俺の服の裾を引っ張った。

「寝ようよ」

「ん、ああ」

 俺は横になって腕枕をしてやった。小さい身体が俺の腕の中で丸くなる。コーヒーの匂いがした。

「おやすみ」

「おう、ゆっくり休め」

 那瑠はすぐに眠ってしまう。俺はなんだか眠気が無くなって、暫くその寝顔を眺めることになった。


 次の日起きるともうベッドに蓮はいなかった。まだ六時半、出勤するには早いだろう。布団から這い出して大きく伸びをする。背中がパキパキと鳴った。何処に行っただろうと家の中をあちこち歩き回ると、蓮は何処にも居なかった。トイレも二回ほどノックしてしまった。少し寂しい気分になりながら店舗に向かう。今日、火曜日は定休日だが寝起きの一杯を飲むために毎朝店の方でコーヒーを飲むのがルーティンだ。眠気覚ましに熱いダブルショット・ラテを淹れた所で家の方の玄関が開いた音が聞こえた。

「おはよう」

 蓮は何事も無かったように、いや、特別何かあった訳ではないのだが、カウンター席に座る。

「お、おはよう」

「どうした?」

「いや、何でもない」

 溜息を吐いてコーヒーを啜る。まだ熱いが寒い冬には丁度良い。

「何か怖い夢でも見た?」

 蓮が唐突にそんな事を訊く。

「いや、見てないけど」

「それなら良いんだけど、ずっとうなされてたからさ」

「眠れなかったなら謝る」

「大丈夫だ」

 蓮は俺にドッピオ頂戴と言うと、ショット追加でと付け加えた。ドッピオは元々苦いコーヒーであるが、ショットを追加したらどれだけ苦いだろうか。そんな事を考えながらコーヒーを淹れる。

「はい、ドッピオ」

「サンキュ」

 蓮も静かにコーヒーを飲んだ。穏やかな時間が過ぎている。

「今日仕事休みだからさ、家でゆっくりしようぜ」

「休み」

「ああ」

「そこは何処かに出掛けるとかじゃないの」

「出掛けたいの」

「いや、出掛けたくないな」

 外を見て呟いた。猛吹雪である。出掛ける気分にはなれなかった。

「元から有給取ってたのか」

「そう言う事」

「なるほど」

 今日はとことんゆっくりしようぜ、と言って蓮はビニール袋を取り出した。何かと思って受け取れば、食料やお菓子がどっさりと。

「どうしたのこれ」

「今日は俺が飯とか作るから、那瑠は休んでな」

 蓮は白い歯を見せてニカッと笑った。相変わらず爽やかだなと頭の隅で考える。

「なんで」

「疲れてんだろ」

「まあ」

「偶に位甘えろって」

「……そうする」

 蓮はそう言うと調理場に入ってきて何を食べたい、と訊いて来る。お任せだと何が出てくるだろう。

「和食で」

「和食?時間かかるけどいいのか」

「ああ」

 まだ朝食を食べるには早い時間だし、出来上がる頃にはお腹も空いているだろう。いつも朝食はここのモーニング、パンとベーコンエッグとサラダで済ませているから、偶には和食を食べたくなった。

 蓮が朝食を作り始めて暫くすると、だんだんその匂いでお腹が空いて来る。ビニール袋を漁るとチョコレートがあったので、その四角いチョコを口に含んだ。

「おい、飯を食ってからにしろ」

「はいはい」

 チョコを口の中で溶かしていると、蓮が思い出したように振り向く。

「そう言えば、結婚式いつしたい」

「式は挙げなくていいけど、桜がうるさいからなあ」

「俺は那瑠の晴姿見たいけど」

「はあ」

 曖昧な返事をしておく。実際お金がかかるしそんなに呼ぶ友人も少ない。式を挙げるのではなく会食程度で良いかなと考えていた。

「ここで食事会するだけでいいよ」

「ドレスは着てもらうからな」

「この身長で似合うと思うか」

「那瑠なら何着ても似合うさ」

 タキシードでも着てやろうかと思ったが言わないでおく。

 蓮が調理を始めて数十分後、時間は七時を過ぎた頃だ。やっと朝食が出来上がった。炊き込みご飯に玉葱とワカメの味噌汁、キュウリの浅漬けにカボチャの煮物。美味しそうだ。蓮は綺麗に皿に盛り付けをして出してくれた。手を合わせて二人で声を揃える。

「いただきます」

 無言で蓮は箸を動かすので、それに倣って同じように箸を進める。

「美味しい」

 一通り箸を付けた所でそう蓮に言った。

「それは良かった」

「ていうか料理、まともに出来たんだな」

「そりゃあ、一人で留学してた時はよく作ってたからな」

「何か意外」

「どういう事」

「貢がせてそう」

「酷い言い草だ」

 蓮はケラケラと笑った。それにつられて自分も笑顔になる。実際蓮はモテるから、こんな自分と結婚していいのかと不安になったりする。でもそんな不安は余所にやって、朝食に専念する。美味しいからあっという間に二人の皿は空になった。

「ご馳走様でした」

「美味かった?」

「うん、ありがとう」

「そりゃ良かった」

 蓮の笑顔に少しだけ癒された。お皿を片付けようと思って立ち上がると、蓮が先に俺がかたすよ、と言って二人分のお皿を洗い始める。ありがたく自分はコーヒーを淹れる事にした。

 自分の分はカプチーノで、蓮の分はショットを追加したドッピオ、ドッピオを味見するととても苦かった。苦かったのでチョコレートを口にする。うん、丁度良い。

 蓮は手際よく洗い物を済ませてドッピオに口を付けた。

「苦くないのか」

「苦いけど、俺はこれが好きだから」

「そうか」

 それから二人で自宅の方に戻ると、蓮はパソコンで仕事をし始めた。手持無沙汰になったので蓮の仕事を覗いて見たが、何かの見積もりだろうか、何が何だか分からなかった。蓮はクスクス笑った。

「気になるか」

「暇なだけだ」

 蓮はそれっきり仕事を始めてしまったのでまた暇になった。買ってきて貰ったチョコレートを口に含む。甘い。蓮のコーヒーを飲んでその苦さに顔を顰めながらチョコレートを溶かす。蓮はまたそれを見て笑った。

 何もない一日、それが蓮と一緒に過ごす事になるなんて思っても居なかった。日常の筈が非日常になる。なんだか落ち着かなくて店舗に向かう。グラスでも拭こうかと思った。

 店舗は静かだった、当たり前か、と思い直してカウンターに立つ。グラスを拭いていると蓮が此方にやってきた。

「折角の休日なのに仕事するのか」

「お前さんには言われたくないね」

「それもそうか」

 蓮はそう言うと目の前に座って此方を眺め出した。大きな欠伸をしているので眠いのかと訊くと寝不足だと答えた。まだ昼前だし休みなら寝てくればいいのにと思ったが何も言わないでおく。

「昼飯、何食べたい」

 蓮はコーヒーを飲みながらそう訊いて来る。お昼ご飯も作る気だろうか。

「昼は作るから良いよ」

「そう」

「ああ」

 グラスもあらかた拭き終わったので食糧庫や冷蔵庫の中を確認する。簡単だがナポリタンでも作ってやろう。あとは付け合わせにブロッコリーとサラダにどうせならチキンソテーでも作ってやろう。献立も決まった所で下ごしらえを始める。チキンに下味を付けて放置、サラダは大根と人参、水菜を切って合わせる。エビを解凍してマリネ風に味を付けた。パスタを計量して二人分用意する。お湯を沸かして塩を一振り。

「美味そうな匂い」

 カウンターでグダグダしている蓮がお腹を鳴らした。

「マリネかな」

「そうそう」

「つまみたい」

「あと少しだから待ってな」

「ういす」

 お湯が沸いた所でパスタを握って落とした。その間にチキンソテーを作ってしまう。ナポリタンが出来上がると同時にソテーも出来上がった。皿に盛り付けて出来上がり。蓮は子供の様に目を輝かせて喉を鳴らした。

「美味そう」

「口に合うと良いけど、さあ、温かいうちに食べようか」

 綺麗に並んだ料理の前に腰を下ろして手を合わせる。

「いただきます」

 蓮は綺麗にパスタを巻いて口に入れた。

「美味い」

「口の中の物が無くなってから話そうな」

「はい」

 本当に子供の様だなと思いながら自分もパスタに手を付ける。我ながら美味く作る事が出来たと思った。蓮が黙々と箸を進めるのを見て少し嬉しくなる。

「今日は良い日だ」

 蓮がふとそう言った。何の事か分からずに首を傾げる。

「何の事」

「いや、何もない日が幸せだなと」

「そうか」

 蓮が笑顔でこちらを向いたのでつられて笑顔になる。確かに何もない日と言うのは貴重だ。いつもはお客様の相手をしていて自分の事を考える暇はあまり無いが、今日は特別何もなく、とは言っても蓮がいる時点で特別なのだが、普段よりも好きな事をしていられる気がする。

「夜は何か飲みながら今後の事でも考えようぜ」

「今後って」

「結婚の話だよ」

「はあ」

 唐突に何を言いだすのかと思えば。確かに婚約して暫く経つが結婚をいつするかなんて考えていなかった。なんせ蓮は仕事の鬼で帰ってこないのだから。

 蓮はソテーを咀嚼してから口を開く。

「俺今の会社でそこそこ良い所まで登ったからさ、もう帰ってこないとかは無いと思うんだよね」

「そうか」

 その言葉に少し嬉しくなった自分が居る。家に帰って来るなら結婚しても良いかなと思った。蓮はすっかり皿を空にして食後のコーヒーを要求した。

「ドッピオでいいの」

「いや、ダブルショット・ラテにしようかな」

「珍しい」

「偶にはね」

 カップを用意しエスプレッソをダブルショット、温めたミルクを注いで出来上がり。コーヒーの香りが店内に漂う。この匂いが好きで喫茶店でバイトを始めたと言う事もあったなと思い出した。そう言えば智弘さんは元気だろうか、そのうち顔を出そうかと思った。自分の分にはバニラ・ラテを淹れて蓮の隣に腰掛ける。

「バニラ・ラテもいい香りだな」

「でしょう」

「逹がよく飲んでた」

「そうだな、最近全然会ってないけど」

「逹も忙しいからな……」

 それっきり蓮は無言でコーヒーを啜る。自分も蓮の横顔を眺めながらコーヒーを啜った。

 雪はだんだん小降りになって来た。外は明るく、雪は青白く光っている。時計を見るともう十四時になろうと言う所だ。随分長い間この沈黙に身を任せていた様だ。

 さて、と蓮はカップを空にして立ち上がる。何処に行くのかと問えば昼寝するのだと言う。贅沢な休日の使い方だ。自分もカップを空にして蓮の後に続く。

 蓮は寝室に向かうとゴロンと横になって端に寄った。まるで入れと言わんばかりだ。ふうと溜息を吐いて布団に入ると蓮が使っている香水の香りがする。そしてそのまま眠気に任せて目を閉じた。


 呼び鈴で目が覚めた。時計を見ると十七時を少し回った所だ。誰かと思いながら蓮を起こさない様にそっと寝室を出る。玄関に向かいながら今出ますと声を掛けた。鍵を開けるとそこには逹が。いきなり訪ねて来るなんて珍しいと思いながらリビングに招き入れる。

「さっき連絡したんだけど返事なかったから来ちゃったよ」

 そういう逹の手には何やら荷物がどっさりと。

「今日北海道旅行から帰って来たんだけど、そのお土産」

「ああ、言ってたな、寒い中お疲れ様」

「ありがとう、こっちが蟹とか海鮮物で、こっちがチーズとかバターとか」

 逹が袋毎に説明してくれたので、そのまま店舗の冷蔵庫に突っ込むことにする。店に出せる様な物ばかりをチョイスしてくれたのかとてもありがたい。

「サンキュ、コーヒー飲んでいくか」

「一杯だけ貰おうかな」

 逹が寒そうにしているので店に置いてあるタオルケットを渡してやって、熱いバニラ・ラテを淹れる。トッピングは勿論キャラメルソース。

 そうして逹と二人で会話していると、蓮がのそのそと起きて来た。

「よう、逹、元気か」

「蓮がなんでここに」

 逹は頬を膨らませて眉を上げる。その顔、有希がしっかり受け継いでたぞとは言わないでおく。

「俺は今日有給、逹こそどうしてここに」

「家族旅行してきた帰りだよ、那瑠にお土産渡したとこ」

「俺にはないの、あ、那瑠、ドッピオ頂戴」

「那瑠に結構食材買ってきたからそれ食べさせてもらって、ていうか蓮いつも何処に居るか分かんないから買って来ようがない」

「ドッピオね、はいはい」

「俺ってそんなに所在地不明なの」

 蓮が此方に向かって訊く。逹と二人で笑いながら肯定した。逹はコーヒーを飲み干すと、葵が家でご飯を作って待っているからと言って早々に席を立つ。

「また時間ある時にゆっくり遊びに来るよ」

「分かった、待ってるよ」

 逹を見送って店舗に戻ると蓮は欠伸をしながら冷蔵庫を覗き見ている所だった。

「今日は蟹か」

 笑って頷いてやるとビールが欲しくなるな、と蓮が言うので、ビールサーバーの準備をする。その間に蟹を茹でて、他に何を出そうかと考える。しかし特に作れそうな物も無いのでとりあえずご飯を炊いておく。

「蟹がメインだと作れる物もないなあ」

「いいんじゃないか蟹だけでも」

「そうか」

「ああ」

 蓮の言葉に甘えて味噌汁だけ作ってしまうと、ジョッキにビールを注いで蟹を皿に盛り付ける。ご飯が炊ける前に出来上がってしまったが、今日くらいは許してもらおう。

「蟹なんていつぶりだろう」

「美味い」

「食べるのが早いよお前」

「那瑠も食えよ」

 溜息を吐いてから蟹に手を伸ばす。蓮はとうにビールに手を伸ばして、蟹を満喫している。

「そういや」

「ん」

 蓮は手を止めて此方を見た。真剣な顔をしているのでとうとう来たかと思った。

「結婚どうする」

 まるでダブルショット・ラテ。苦いくせに甘い。

「結婚指輪、まだ付けてくれてるってことは、俺と結婚しても良いって事」

 にやにや笑いだす蓮が憎たらしい。コクリと頷いてやった。蓮の顔は益々綻んでいく。

「指輪、指にはめても」

「ダメ、どうせ仕事中は外さなきゃいけないし、式の時まで取っといて」

「式、挙げていいの」

「周りが挙げろって言うだろう」

「俺も言う」

「ふふ」

 何だかおかしくなって笑いだす。それにつられて蓮も笑う。

「俺ちゃんと此処に帰ってくるから」

「当たり前だ」

「待っててくれな」

 蓮は爽やかに笑ってビールを呷った。

「美味い、もう一杯」

「はいはい」

 自分の分もビールを注いで蓮の隣に座り直す。

「桜が喜ぶな」

「そうだね」

 以前桜がここで泣いてくれたのを思い出した。自分の結婚式では泣かなかったのに、友人の婚約の話で泣いてくれるとは、良い親友を持ったものだ。桜の所で結婚式を挙げようと決めて、彼女に連絡した。

 彼女は一体どんな反応をするだろうか、それが楽しみだった。

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