第7話 隻腕の聖騎士
馬車の外と言えば、まさしくジリ貧状態だった。
護衛対象が居ないのであればいざ知らず、常に馬車に気を配りながら戦っていれば効率も落ちるという物だ。
魔物は死ぬまで止まることのない理性無き敵、それが意味するのは「追い払う」「逃げ切る」と言うことが難しい。
迷宮のように入り組んだ地形であれば逃げ切ることもできなくはないが、こうも単純な場所ともなれば、一度見つかってしまうと逃げ切るのは難しい。それは、乗馬していたとしても、足の速い相手には通用せず、そして、魔物は理性を持たない為、劣勢と判断して退却するほどの知能が無く、殲滅しなければ解決しない。
騎士達は隊列を組み、防波堤を構築して馬車を魔物から防いでいるが、それは防衛に回っていることを意味しており、遊撃部隊となって魔物を積極的に処理している者らは前後を護衛していた一部の騎士とアーデルハイド配下の侍従らだけだった。
「多い……」
魔物は魔力源が多い方へと集まる習性が有り、一行の元へ集まってくる魔物の数は非常に多い物となっていた。
本来であれば守りを捨てて攻撃に専念しなければこの数を殲滅することなどできないのだが、護衛の任に付いている騎士や侍従は攻撃よりも守る事に専念しなければならない。
大剣を振るい、その一振りでゴブリンやコボルトらを数体薙ぎ払っているルイスであるが、周りの様子が芳しくない。
「貴方達は側面の援護を、正面は私とルイスで十分です!!」
アイリスは前方で魔物の処理に当たっていた侍従に命令し、防戦一方の側面に向かわせる。
彼女は魔石で造られたナイフを魔物の向かって放ち、魔法を発動させる。そのナイフには呪文が刻まれており、魔力を消費せずに魔法を放つ事ができる使い捨ての道具だ。
爆音と共に魔物の一帯が爆ぜ、その姿を小さな魔石へと変える。
「さっきから減ってない」
手練れの二人が大立ち回りして、森から次々と現れてくる魔物を殲滅している。しかし、倒せども殺せども、まるで減る様子がない。
「重々承知しています。原初の炎、竜の息吹となりて、悪を払え!!」
アイリスはトロールに向かって詠唱する。
呪文を唱え始めると、その手には燃えたぎる火球が現れ、詠唱が完了するとトロールに向かって放たれ、命中する。その巨体はすぐさま火だるまへと変貌し、その隙を突いてルイスが距離を詰める。
一閃、横薙ぎに放たれた重い一撃は周囲の魔物を巻き込みながらトロールの胴体を真横に分断し、消滅させた。
凄まじい、この一言に尽きるだろう。
アイリスは3年前に、ルイスは半年前にアーデルハイドに抱えられることとなった元冒険者だ。仕事内容は随分と様変わりしてしまったが、2人が動きにくいメイド服姿などではなく、各々動きやすい格好をしているのは戦闘能力が高いからに尽きる。
加えて、身体能力や魔法の威力を増幅させる魔剣を装備した彼女らは獅子奮迅の活躍を見せていた。
「私たちはともかく、他が心配」
「とは言え、ここを離れようにも、増援が止まないのでは動きようがありません」
「さっきから大きい個体が増えてる、そろそろ打ち止めのはず」
この森の中を移動するには身体が小柄な方が有利だ。もし、大型の魔物が居るのであれば、それらは足の遅さが原因で遅れて到着するようになる。
トロールも体格だけで言えば大の大人2人分の巨体を誇るが、魔物としてはそこまで強力な物ではなく、見かけ倒しではないが強敵とも言えない存在だ。
「これ以上の敵はあまり相手をしたくはないですね」
手品のようにナイフをどこからともなく取り出し、魔物の集団へ投擲、魔法を発動させて爆発させる。
襲い来るハイエナのような魔物を手にした剣で切り捨てながら、ナイフを取り出す。
「疲れるにはまだ速い」
ルイスはそう言いながら恐ろしい切れ味で魔物を数体まとめて切り捨てる。
2人が心配しているのは体力的な話ではなく、魔力の心配だ。魔剣は高い身体強化魔法や所持者の魔法強化、その他にも特殊な能力を備えている。しかし、そんな強力な装備にはそれ相応の魔力が要求される。特に扱いきれない場合は燃費が格段に悪くなる為、訓練が必須とされる。
ルイスは剣を振り回しているだけだが、身の丈ほどある大剣を自前の怪力だけで振り回しているわけではない。戦場を縦横無尽に駆け巡れているその高い身体能力は彼女自身の優れた能力と魔剣の恩恵があってこその物だ。
対して、アイリスは魔力消費のないナイフを投擲して魔力の消費をある程度抑えているが、数が数だけにそれだけでは処理しきれず、魔法を唱えて広範囲殲滅を行っている。
長期戦になれば魔力の残量を気にしなければならない人間側が不利になることは分かりきっていた事だ。未だに終わりが見えない戦いにおいて、どれだけ魔力を温存できるかが問題だ。
「そんなことは分かっています、しかし、この状況で強力な相手が出てきてどれだけ耐えられるか」
2人は魔力が続く限り、ある程度までは問題なく敵を倒し続けることだろう。しかし、今の状態でも大量の魔物に苦戦している騎士達はそうではない。
幸いなことに魔法を使ってくるような面倒な魔物は現れてはいないが、それでも苦戦している現実は揺るがない。これ以上に強力な魔物が出てきた場合、馬車を守る為に組んでいる隊列が崩れかねない。
「き、キマイラだああああ!!」
そんな声が後方から響き渡り、一行に動揺が走る。
獅子の頭に山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ正真正銘の化け物だ。魔物としてはかなり強力な部類に入り、獅子が吐く息は毒を帯び、山羊は灼熱の火球を吐き出すというとんでもない相手だ。
「厄介な相手」
「こっちも大概ですよ」
今すぐにでも救援に駆けつけたいのは山々だったが、魔物の軍勢から現れたのは先ほどまで倒していたトロールとは明らかに筋肉の付き方が違う筋肉隆々の化け物だった。
「バフォメット……」
山羊の頭をした化け物、巌の大剣を持ち、難敵と片付けて良いほどの相手ではなく、手練れの冒険者チームを派遣して倒すような怪物だ。そんな相手が5体、尋常ではない状況だ。
その光景に大立ち回りしていた彼女らもさすがに萎縮してしまう。
「倒したことは?」
「一度だけ」
「それなら十分」
直後、5体のバフォメットが邪魔と言わんばかりに周りの魔物を吹き飛ばしながら突撃してくる。
いくら魔剣を装備しているとはいえども、たった2人で相手をするには人手が足りない。しかし、そんなことを考えているほどの余裕など無く、今はただ、一刻も早くこのバフォメットを倒さなければ背後に居る者達が危険に晒されるのだ。
ルイスは大剣を振るい、1体のバフォメットに斬りかかる。並みの魔物であれば反応すらできずに終わるのだろうが、相手は上位の魔物、ルイスの並外れた速さに反応して巌の大剣でその一撃を受け止めた。
しかし、彼女はその剣をいなして、くるりと一回転、一撃を受け止めたバフォメットとは別に、その真横から抜けようとしていた他のバフォメットに重い一撃を加えた。が、その不意な攻撃にすら反応したバフォメットは巌の大剣で防いでみせる。
「原初の炎、竜の息吹となりて、悪を払え」
ルイスの後方からアイリスは他のバフォメットに対してナイフによる投擲を2回続けて行い、さらに詠唱を行い、灼熱の火球を放つ。
狙いは別々の個体で、狙いは足止めにあった。
火球した個体は火だるまとなり、突撃体勢は解除されて悶え苦しんでいる。しかし、魔石のナイフに込められた魔法によって爆発を受けた2体のバフォメットは違った。
正面から爆発を受けたにも関わらず、その強靱な肉体はびくともせず、そのまま突撃を続行する。
それに反応してアイリスは魔剣を振るい、1体のバフォメットに斬りかかる。さらに、もう1体の個体にナイフを投擲し、妨害を計った。だが、爆発を受けたバフォメットは止まることなく、馬車へ目掛けて突撃する。
止める手段がない。
彼女らは馬車へ突撃するバフォメットを止めるだけの手立てがもう残っていないのだ。
2人の妨害を突破したうバフォメットは巌の大剣を振るい、一閃、馬車を引いていた馬の胴体をバッサリと両断、続けざまにその巨体で馬車にタックルをかましたのだ。
馬車は横転するどころか、隊列を組んで護衛に当たっていた騎士らを巻き込みながら反転、今まで何とか保ってきたギリギリの戦いがついに崩壊し始めたのだ。
今しがた吹き飛ばされたのはアーデルハイドとルキウスが乗っている馬車で、激しい衝撃を受け、街道の脇まで飛ばされ、木に打ち付けられて停止する。
今の衝撃で頭をぶつけたのか、アーデルハイドは頭から血を流しながら馬車の窓から上半身を這い出して辺りを見た。
それは地獄絵図と言っても過言ではない。
今の衝撃に巻き込まれた騎士達は力なく倒れ、馬車の周りには魔物たちが群がってくる。
馬車を吹き飛ばしたバフォメットが低く響く咆哮を上げ、追撃と言わんばかりに巌の大剣を振るい、馬車から這い出てきたアーデルハイドに襲いかかった。
全身の血の気が引いた。死の恐怖に怯えている暇すら無く、逃げ惑う事も、悲鳴を上げることさえ許されない。ただ、無造作に提示された死と言う概念を押しつけられるだけだ。
彼女はギュッと目を瞑り、その痛みが襲い来る事を恐れた。
「惑え、揺らげ、楔を打ちて拘束せよ」
ただ、そんな優しい声が響き、まるで時が止まったかのように感じた。
そして、少し遅れて低く響き渡る遠吠えが戦場に響き渡った。
アーデルハイドはゆっくりと目を開け、目の前に広がる光景を見て、息を呑んだ。
影だ、魔物たちは自分達の影から伸びる鎖のような物に身体を拘束され、その動きをピタリと止めていたのだ。先ほど巌の大剣を振り落としたはずのバフォメットもその例外ではなく、自身の影から伸びる鎖によって動きを停止させられ、刃が今にも届くというところでピタリと静止した。
直後、強靱なバフォメットの肉体は真っ二つに両断され、霧散、巌の大剣ごと消滅した。
「揺らげ、貫け、汝の影は杭と成す」
続けて、影によって拘束されていた魔物は影から伸びる刃に串刺しにされ、消滅する。
周囲に残されたのは魔物の核となっていた魔石だけで、それもその現象を引き起こした人物から伸びる影に沈んでいった。
隻腕の聖騎士、一言で例えるのならばそれだ。
実態を持った影を揺らしながら立っていたのは左腕のない騎士だった。
スラリとした高身長の騎士は女性と見間違うほどに整った顔をしており、結った銀色の長髪は彼の動きに合わせて揺れていた。翡翠色の瞳は残った魔物らを冷たく見据えている。
右手に握られた白銀の魔剣からは薄らと光を纏っており、先ほどバフォメットを倒した人物が誰であるかを物語っていた。
「な、なんだ、この狼は!?」
その後方、先ほど現れたキマイラを2匹の黒い大狼が捕食しており、仲間割れかと思われたが、他に居る2匹の大狼が周囲の魔物を次々と喰らっていた。
召喚した時と比べると何倍も大きくなり、大型とされるキマイラより一回り小さいほどにまで成長していた。しかし、最大にまで成長してもその食欲が衰える事など無く、ゴブリンなどを丸呑みするほどにまで至っている。
「大地を踏み鳴らせ、影より来たりて隷属せよ、我は扉を開く愚者」
白という色を抱かせるその出で立ちに反して、彼の影は大きく揺れ、真っ赤な魔石が吐き出される。そして、闇が溢れ出て、影がその姿を形作る。
黒い巨人だ。トロールやバフォメットに引けを取らないゴーレムが2体召喚され、動き出す。
「あ、えっと……」
いきなり現れた隻腕の騎士に戸惑いを見せるアーデルハイドに対して、彼は一瞬だけ彼女の生存を目視で確認すると、興味がなさそうに次の行動に移る。
「……誇り高く吠えよ、影より来たりて隷属せよ、我は扉を開く愚者」
更に続けて、辺りで動き回っている狼よりも、遙かに小さい黒い狼が4体召喚される。
それらは身体の構築が終わると周囲の魔物らに向かっていき、各々攻撃を開始する。先ほどまで劣勢であった局面が一変して、名も知らぬ、隻腕の騎士の行動によって好転した。
ゴーレムは接戦を繰り広げているアイリスらの元へ向かい、それに彼も続く。
本来、単体を倒すことさえ困難なバフォメットを4体も相手にしていた彼女らは、じりじりと後退しつつあった。
2体のバフォメットと打ち合っているルイスは正面から剣を受けて見当しているが、その力を思う存分発揮したとしても、重い大剣では2体が振るう巌の大剣を受け流すのが限界で、アイリスと言えば1体の魔法を放ちながら侵攻を阻み、もう1体からの攻撃を避けることが精一杯だった。
「下がれ!!」
アイリスに斬りかかるバフォメットに一撃、白銀の魔剣からは光が発せられ、巌の大剣を振るっていた腕を切り落とした。
その直後、腕を切り落とされたバフォメットに1体のゴーレムが襲いかかる。ゴーレムはまるで粘土のように片腕を槍に変化させる。彼の攻撃によって大きな隙ができたバフォメットの胴体に槍を突き立て、まるで粘液のように姿を変えた。
ゴーレムは元々人の形を取っていたが、今はその原型を留めておらず、まるでスライムのように粘液のようになり、バフォメットを包み込んだ。そして、すぐにその姿は元のゴーレムへと戻る。
その光景を見たアイリスは一瞬呆気にとられたが、すぐに我に返る、そして―――
「原初の炎、荒れ狂う竜の息吹、聖人の献身を見よ、祈りの炎は悪を浄化する、この一矢こそ奇跡の輝き!!」
彼女は長い呪文を唱え、魔法で足止めしていたバフォメットに向かって炎の槍を放つ。魔剣により増幅されたその魔法の威力は強大な物であり、放たれた炎の槍はバフォメットの胴体を貫き、火柱が上がる。すると、修復限界に達したのか、バフォメットは消滅し、その場に魔石だけを残す。
しかし、高火力の魔法を放っただけに、彼女の呼吸が荒くなる。いくら優秀な人物でも魔力が無限にあるというわけではなく、アイリスも限界が近かった。
続けて、前方で打ち合っているルイスらの元へゴーレムが走って行く。
ルイスが2体のバフォメットに押され、後ろに下がった瞬間、入れ替わるように2体のゴーレムが突撃し、バフォメット相手に取っ組み合いを開始した。
強靱な肉体を持つバフォメットの怪力を相手にジリジリと押されて行くゴーレムだが、攻撃をするには十分すぎる隙が出来上がる。
その脇を抜けて隻腕の騎士が一閃、それに一瞬遅れてルイスも回り込んで重い一撃を放つ。
2体のバフォメットは胴体を切り裂かれ、霧散、魔石をその場にゴトリと落として消滅した。
そして、戦場に残ったのは有象無象の下位の魔物のみ、戦場を駆け回る狼が手当たり次第に魔物を喰らい、飲み込む。そしてバフォメットが消滅したことを確認するとゴーレムもゴブリンらに襲いかかり、腕を大きな刃へと変形させ、切りつけ、変形させ、そして吸収していった
終わりの見えた戦いは掃討戦へと移行し、正体不明の騎士の出現により兵士達は疑問を抱きながらも、好転した戦局に奮起し、剣を振るい、襲い来る魔物たちを打ち倒していった。
その正体不明の騎士はと言えば、白銀の魔剣を振るい、唯々魔物を討ち滅ぼしており、掃討戦になると協調性の欠片もなく、黙々と戦っている姿があった。
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